ナティシア ー平凡幼女はハードモードな世界を生きるー 作:かげはし
戦争をしていると聞いていたが、なんだか拍子抜けだった。
周囲の様子を見る限りあまりにも平和に感じるのだから。
「国家との戦争はどうなっているんだ?」
「ああ、こっちで警報が鳴ってないんでなぁ。こっちが有利だと思うどー」
「……こっちでって?」
「あんれ、知らねえの? この国は水で出来た縦に繋がる諸島なんだど」
「はぁ!? 諸島ってどういうことだよ!? いや待て、水で繋がったって意味もどういう……」
「そのままの意味だ。そういやぁ自己紹介がまだだったな。オデはダンカだど」
「それよりもちゃんと説明してくださるかしら。わたくしたちがいる場所は戦争真っ只中の場所。いつお姉さまが危険な目に遭ってしまうか見極めないといけませんから」
「おおどうだな!」
栗色髪の男―――ダンカが話してくれたのはこの国についての簡単な話だった。
歩きながら話す彼の言葉は現実では考えられないこと。
「国は水龍様の水で道が出来てんだぁ。陸に繋がる一番上に浜辺、その次に海の中に沈んだ深海、そんでそれより深い奥にある中央の水龍様がおる竜宮と島々があっでな、戦争しでるのは浜辺の方なんだぁ」
縦に、それも水で繋がっている国。
だからだろうか。周囲に警戒したような男たちが石レンガで囲われた噴水のような水の溜まり場にいるのは。
普通なら有り得ないことだ。現実で考えるならば、ただの水の流れに身を任せて浜辺から深海へ一気に下りていくという行為は水圧で肺が潰れて死んでしまう。
でもって俺たちが来た場所から深海へ行くことだって普通は不可能。そこまで息は続かないし、有り得ない。
だから分かってしまう。ここは本当に神の国なんだろうということが。
俺たちが来た入り口は本当に外部の水流からの入り口でしかなく、水で繋がった道は物理的に繋がっているのではなく魔法か何かでショートカットしてこちらへ行き来できるのだろうということが。
空を見上げた先は海の中。水と空気があるこの大地の間にある透明な何かに覆われているのも、魔法の一つ。
「……だから空を見上げても太陽が見えず海面のようなものしかないのか」
「そうだど。ここは深海。二つ目の場所だかんなぁ」
「水で繋がっているというのも……おそらくわたくしたちが通ったあれと同じものってことでしょうね」
「そうだど! 通り道だから濡れるのはしょっちゅうなんでなぁ。水に強い服でも着てねえど風邪ひいちまうだよ」
ああだから男どもはほぼ半裸。女は水着っぽい服装で歩いているのか。
商店街のような道を通りつつ、俺たちを珍しげに見つめているのも若干乾ききっていない服が水着っぽいものじゃないからか。
子供たちでさえ名前が書かれていないあのスクール水着のような物を着て珊瑚のような何かを手にとって駆けていく姿が見える。
歩いている道の間には川がいたるところで流れており、そこに魚たちが優雅に泳ぎながら進んでいくのが見える。
国のはしっこは、空気と水の間にある透明な壁なんだろう。きっと。
「ほれ! ここからダイブして奥へいけば神様にあえるど!」
「へっ?」
不意にダンカが指で示した場所は男たちが警戒していない透明で青色のガラスに覆われた綺麗な噴水っぽい水の広場。
その水に飛び込めとマリーの背中を押してくる。
「ちょっと背中を押すのをやめてくださるかしら!?」
「いや待てよまだ心の準備が!!」
「無理に押さなくてもわたくしたちで行きますわ!」
「ほれ、じゃあいっで来い!」
ダンカあの野郎! 俺たちの話も聞かずに飛び込めと言うか、無理やり背中を押して飛び込ませやがった!
ぶくぶくと大きな流れがある水に沈み込み、流れに身を任せてぎゅっと目を瞑り耐える。
マリーが俺の身体を強く抱きしめるのが分かる。
でも、あの時とは違って――――すぐに浮き上がることが出来た。
「ぶはっ! ダンカの野郎あとで覚えてやがれ!」
「ええもちろんですわお姉さま! 平手打ちだけでは済ませませんわよ!」
「あらあら、うふふふふふっ! 来るなり言う言葉はそれなのね、赤毛ちゃんたち」
聞こえてきた声に思考が停止した。
マリーでさえ驚愕に目を見開き、口元が震えている。
水から出て見上げた先にいたのは、羽衣を巻き付け、豪華な和装を身にまとい小さな蛇を首に巻きつけた女性。
俺たちを神国へ導いたあのシスターが、竜宮の乙姫っぽい格好をして優雅に微笑んでいるのだ。
「改めて初めましてかしら。―――――私はデルタ。この神の国の女王よ」
■
「くそがっ!!!!」
カイリは酷く荒れていた。
まだ己の力は戦争の前線へ赴くほどのものではないと連中が言った言葉に荒れていたのだ。
前線での状況は聞いている。
勇者のせいで仲間たちが死んでいったことを。
すべての死体が水龍様によって海の底へ供養されていったことを。
「くそっ! 何で俺は! 出れねえんだよ!」
道端にあるバケツを蹴って怒りを発散させる。
俺ならばうまく勇者を殺せる。俺が暴れてこの命を派手に使ってみせる!
そう息巻くカイリの戦意を否定したのは、前線へ行くことを否定した水龍様のせいだった。
己の力のなさに悔しいと彼は歯ぎしりをする。
水龍様が何を考えているのか分からないと彼は己の感情を必死に受け流そうとする。
でも怒りは収まらない。
仲間が死んで行っているのに何もできない己が憎い。
「深海まで来たら……絶対に噛み殺してやる……」
背中がうずく。
歯が尖る。
首筋にある
勇者への憎しみ。そしてこれからこの深海にまで来るかもしれない国家の連中を絶対に殺してやるという意思を持って空を見上げたのだった。