ナティシア ー平凡幼女はハードモードな世界を生きるー 作:かげはし
神国に行く前に見たあの壁画の空間とは異なる神秘に満ち溢れていそうな場所。
所々に水の入った球が浮き上がっており、その中に魚がいて、心地よさそうに泳いでいる。その球の一つ一つが光りによってキラキラと煌めいていた。
50人は雑魚寝していても余裕で入りそうな大きな部屋。
中央に置かれた噴水に似た泉から俺たちは出てきたんだろう。
泳いでいけばあの水の球は共に移動することが出来るようだ。イルカの一匹が水の球に入ったまま移動し、シスター……いや、あの女王の周りをくるりと回ってからどこかへ向かうのが見えた。
俺たちと女王が対面する距離は、数十メートルは離れていたように感じた。
しかし彼女がどのような格好をしているのかは分かる。武器を持っていないということも、俺たちを見定めるような目で蛇がシューシューと鳴いているのが見える。
だが何故、デルタと名乗った女王の首筋には綺麗で小さな蛇がいるんだろうか。ペットか何かか?
蛇の種類は分からないが、海そのものの蒼い宝石のような綺麗な鱗が特徴で、その瞳はまるで月の光のように黄色く輝いているように見えた。
「女王……って、龍神様じゃねえの?」
「うふふ、その質問には半分だけそうよと頷いてあげるわね。
どういう、ことだ?
龍神は別にいて、代理でやっているとかそういうこと……じゃねえよな。
でも半分はあっているということは、誰か別にちゃんとした龍神様がいるかもしれない。
「マリー、ちょっとおろしてくれ」
「ですがお姉さま」
「大丈夫だから。俺はこの部屋にいるからさ」
「……はい」
マリーが渋々と言うようにこの国に来る前からずっと抱きしめていた俺を降ろした。
ようやく自由になれた体で、一歩二歩とデルタの元へ向かう。
それと同時に、俺を守るようにか隣に移動したマリーも共に歩き出す。
「……シスターと名乗っておりましたわよね? アレは嘘なのかしら?」
「いいえ嘘じゃないわ。でもまあ……嘘でもあるわね」
デルタが蛇の頭を優しく撫でる。蛇が気持ちよさそうに目を閉じているのが見える。
そうしている間にも俺たちとデルタとの距離は縮まった。もう手を伸ばせばデルタに触れることが出来る程度二は近くにいる。
攻撃をしてもとっさには防御できない程度の位置にいる。
それでもデルタは笑って、俺たちを見つめてきたのだ。
「神国の女王が、よその国にある町のシスターになって何をしていたんだ?」
「前にも言ったでしょう? 誰が敵で誰が被害者かを見極めるためにシスターをしていた。わざわざ長期で国を開けて……例え私がいない神国が戦争で負けたとしても、国家の内部に一度でも入る必要があった。
彼らが何を奪い取ってしまったのかを、国家で何をやっているのかを私が直接知らなくてはならなかったから」
「……何でそんな面倒なことを?」
マリーは笑う。
母親かと思えるような偽りのない優しさを浮かべて、俺を見つめてきた。
そうして、まるで頭の悪い子供にちゃんと理解できるように説明しているかと思える口調になりながらも言う。
「世界が大きく変わろうとしているのよ。たった一つの……ドラゴンが守っていたはずの宝玉によってね」
「はぁ?」
それは、予想外の言葉だった。
いやでも、何故だか知っているような気がする。
デルタの言っていることが真実だとしたら俺たちの知らないところで事が大きく動いているような気がした。
俺はただ普通に勇者をぶん殴りに来ただけなのに。ルクレスさん達と一緒に、人に戻れる道を探って……そして、平和に生きたいだけなのに。
マリーは驚いたような顔を見せたが、それ以上は何も言わなかった。
「……なあ、あんなもので……人を化け物にするような宝玉で、世界が大きく変わると言いたいのか?」
「ええそうよ」
「っ……なんだよそれ!? あんなものを使ったらどうなるのか、国家は分かっていてやっているのかよ!?」
「さあ、それは違うんじゃないかしら」
「はっ?」
それが当然だというかのように、デルタは口にする。
「私は国家の中でシスターとして行動してきた。でもそれだけではなく他の職業も得て、様々な人と接触してきたわ。貴族や王族に近しい者にもよ。まあこれぐらいやるのは当然でしょう?」
「いやそれ当然とかのレベルじゃねえよ。普通に凄いことだと思うんだが……」
「それでようやく分かったことがあるわ。
国家はあれをつかった生体実験を繰り返している。でも何も知らずに実験を繰り返しているせいで世界に大きな影響を与えていると分かっていないのが現状よ」
―――――それは、とても衝撃的な言葉だった。
何か当然だと思えていたことが違うと否定されたような。黒色のカラスは全て真っ白の色なんだと言われたように感じた。
「な、んだそれ……」
「敵は他にもいるってことなのよ、赤毛ちゃん」
どういうことだ。
この女は何を知っているんだ?
国家が敵なのは確実。だがそれ以外は……?
「何故数千年にもわたって誰もが何も知らずにいたのに、急に伝説だと言われてきたドラゴンを簡単に見つけて、その宝玉を呆気なく奪ったのは誰なのか。誰が何故宝玉を使って人をモンスターにする実験を始めたのか……当然、そこにはちゃんとした意図がある」
「……世界を大きく変えようとする敵がいる?」
「ええそうよ、それも人の単純な好奇心を利用してね。まるで悪魔のような所業だわ」
今までされてきたことを思い出したのだろうか、彼女の言葉にマリーが口を噛みしめ顔を俯かせてきた。
デルタでさえ、あの塵屑と称した領主を見下したような目をしてどこか遠くを睨みつけている。
だがすぐに表情を変えて、俺を見てまた優しく微笑んできた。
「私がこの場所にいない間に、子供たちは龍神様とこの神国を守り守られて戦争を耐え抜いてきた」
「子供たち?」
「ええそうよ。この国にいる住民。そしてシスターになって保護し、神国に移動した子供たち。全員が私にとっての子供よ」
シスターとしてやっていた時間は嘘じゃなかったんだろう。
子供たちといった言葉の端から感じる優しさに何も言えずにデルタを見上げる。
彼女の目は覚悟に満ち溢れているように思えた。
「私はここへ帰ってきた。やらなけらばならないことが見つかった。それで、もう争いは終わりにしようと思うの。赤毛ちゃんにも手伝ってほしい。――――だからここへ連れてきたのよ」
そう言った瞬間だった。
不意に蛇がデルタの首筋から腕へ移動し、俺の目の前へ近づいてくる。
それにマリーが少し警戒したようだったが、蛇は近づくだけで何もしてこない。
デルタでさえ蛇のやりたいようにやらせている。
そして、至近距離で蛇に見つめられていてようやく分かった。
この蛇の瞳には、月の色だけではなく海の色も混じっているみたいだということに。
「シュー……シュー……」
「……んん?」
何故だろうか。蛇を見ていると妙に苛立ちが込み上げる。
なんかこう、蛇がこっちを見つめているだけなのに馬鹿にされたような気分がする。
思わず蛇の顔面をぶん殴ってやりたくなるような衝動が―――――。
「ねえ赤毛ちゃん。彼を見ていて何か感じることはない?」
「えっ、と……なんかちょっとイラッとするけど……」
「それだけ? まだ分からないの?」
「えっ?」
言われた言葉を再度問いかけようと、口を開いた瞬間だった。
――――――カンカンカン、と鳴り響く鐘のような大きな音。
身体の奥底が響くような音が部屋中から鳴り響いている。
「なんだよ急に!?」
「お姉さまわたくしから離れないで!!」
マリーに抱き上げられた衝撃で頭が揺れる。
しかし鐘の音以外はなにも変わらない。急に攻撃されることはないし、何かが来たわけでもない。
ただの鐘の音が鳴り響いているだけだが……それにしては何か嫌な予感がした。
「警報音……深海からかしら……」
デルタは空を見上げてただ鬱陶しそうに何かを睨み上げていた。
蛇が俺からデルタの方へ戻っていく。シューシューと何か鳴いていて、それにデルタが頷いたように見えた。
「―――――本当に、鬱陶しい」
デルタの瞳が、月色に光り輝いたように見えた。