ナティシア ー平凡幼女はハードモードな世界を生きるー   作:かげはし

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 受け入れられない感情と記憶が暴走する。


 しかし、それは仕方のないことだ。
 なんせ彼女たちにとっては――――ようやく始まったのだから。







61話 暴走

 

 

 

 

 

 

 苦しい息を吐いて、何とかして酸素を取り込もうと必死に足掻く。

 心臓を掴まれているような苦しみから逃れたくて何かに縋り付こうとしていた手が空を掴む。

 

 しかし、その手を誰かがとった。

 マリーが望んでいる赤色の髪を揺らした幼女ではない。アルメリアがこの手を取るならば、マリーはしっかり彼女を抱きしめるはずだ。

 

 海のような綺麗な瞳が、デルタの手がマリーを掴む。

 デルタが懐から水色の液体が入った小瓶を取り、それをマリーに無理やり飲ませた。

 

 

「しっかりせんか。あの子だけではなくお主まで死んでしまっては面倒なことになるじゃろうが」

 

「あっ……」

 

 

 何故だろうか。ポーションとは違うはずだが息が軽くなる。

 身体を蝕む禁忌が全て消えたわけじゃないし、痛みだってまだ残ってはいるが、先程より楽にはなった。

 

 そうして、周囲を見るようになって初めて理解した。

 

 

 

「ああ、失敗じゃな。わざわざ奴らを入れたというのに……全く、弱いのはいつものことじゃが、数千年も経っているのじゃからそろそろ他人に助けられるような馬鹿はせんでほしいものじゃのぅ」

 

 

 

 デルタの言葉に、マリーは疑問に感じた。

 それはデルタ自身の口調や雰囲気によるものではない。マリーにとってはアルメリアがすべてだった。

 彼女に救われ、その命全てを使うと禁忌に刻まれ誓ったのだから。

 

 

「お姉さま……?」

 

 

 アルメリアの身体が、その肌が影のようなもので黒く覆われていく。

 それは、体毛ではない。光によって出来た影がアルメリアの全身を暗く陰らせているわけではない。

 まるで影で出来た柔らかな布のように見えた。だがマリーの本能がそんな生易しいものではないと察する。

 

 

「ふっ」

 

「なっ!? 止めて!!」

 

 

 勇者がアルメリアに向けて剣で彼女の幼くも柔らかな身体を切り裂こうとする。

 デルタの支配する海水を引き裂く力。そしてその剣技は幼い子供の身体を真っ二つにするのも可能だと分かっていた。

 

 たとえ己の身体が苦しく、息が出来ずに禁忌に溺れようとも……彼女だけは救わなくてはと手を伸ばす。

 

 

「むっ―――――」

 

 

 だがしかし、その剣はアルメリアの身体に届かない。

 

 いいや、その刃が届く前に影によって弾き返されたように見えた。

 

 影がまるで意思のあるようなうねりをみせ、彼女の身体から赤色の髪を覆いつくしていく。

 柔らかそうだったものが、アルメリアの全身を覆い尽くした。

 

 アルメリアの姿勢が低く、まるで四足歩行のようになる。

 黒色の影がすべてを飲み込み、新しい身体を作り上げるかのように固まっていく。

 頭に二本の角。光を反射する鱗のような肌。生えてきた尻尾は鞭のようにしなやかに伸び、棘のように鋭く尖っている。

 顔でさえ、狼のような形状へ変わっていく。

 もはや人ではない。人間の要素がなくなっている。

 

 唖然と見つめていたマリーは見えた。

 アルメリアであった生き物が獣へ変化し、赤い瞳が勇者を映して敵意を見せたのを。

 

 

「グォォォォォォッッ!!!!」

 

 

 アルメリアの声が、獣の咆哮を起こす。

 しならせた尻尾を地面に叩きつけ、轟音を引き起こした。

 

「ああまったく。本当に迷惑しか考えん奴じゃのぅ!」

 

 

 デルタがため息を吐く。

 勇者は何も言わず、ただ馬鹿にしたように笑う。

 

 

「な、なんだっ……!?」

「ひぃぃ! 化け物がいるぞ!」

「おいどういうことだ。これは一体なんだ……!?」

 

 

 眠っていた物を叩き起こしていく。

 数多もの視線にさらされたアルメリアだった獣が、まっすぐ勇者しか見ない。

 

 マリーはこれを知っている。

 人が獣へ変化していく状況を、確かに知っている。

 

 それはまるで――――――。

 

 

「モンスター……?」

 

 

「いいえ違うわ。モンスターじゃないわよ」

 

 

 デルタの口調が変わる。

 いつの間にか彼女の首筋にいた蛇が、アルメリアだった獣へ直進する。

 

 

「シャーっ!」

「グゥォォォォッ!!!」

 

 

 蛇が彼女の首へ絡みついて離れない。しかもアルメリアの首に、あの固そうな影をも貫いて噛みついているではないか。

 

「デルタ。お姉さまにいったい何を……!」

「大丈夫よ。理性を取り戻させるショックを与えているだけだわ」

 

 

 じたばたと暴れる四つ足の獣の影が少しずつ消えていくのが見える。

 畜生から次第に幼い人間の姿へ。

 

 

「シャーシャー!!」

「グ……ォ……」

 

 

 アルメリアの元の姿へ戻っていくにしたがって、彼女の力が抜けていき地面へ倒れて行ったのが見えた。

 

 

 

「ああ、我はこんなのにやられたというのか? 畜生に堕ちた阿呆を数千年も前からずっと危惧していたというのか?」

 

 

 何故か勇者が失望したような目で倒れ伏したアルメリアを見下した。

 何かするのではないかと警戒するが、彼は何もしない。

 

 それどころかようやく気絶から復帰した兵士たちに視線を送り、背中を向けたのだ。

 

 

「撤退だ。帰るぞ」

「えっ!?」

 

 

 勇者の言葉に驚いたのは、マリーだけではない。

 周囲にいた兵士たちがデルタへ視線を向けて困惑したような声で彼に責め寄る。

 

 

「な、何故ですか!? 目の前に倒すべき女王がいるというのに何故!?」

「馬鹿か貴様ら。我らの命は王の命を刈り取ることではないだろうが」

「で、ですが……!」

 

「何か文句でもあるのか?」

 

 

 勇者の目は鋭く尖る。

 まるで爬虫類かのように人とは思えない目で、兵士たちを睨みつける。

 

 味方でなければ平然と殺してきたかもしれないその冷たい目に、兵士たちは肩をびくつかせた。

 

 

「待ちなさい。好き勝手に侵入し暴れたくせにそのまま帰らせるわけないでしょう?」

 

 

 しかし勇者の言葉に眉をひそめたデルタが、海水を使って彼らの行く道を阻む。

 デルタの蛇が威嚇をしている。国の人々が困惑しつつも女王の言葉に従い武器を手に即座に攻撃できるように仕向ける。

 出入り口はデルタの意のままに操れる。水龍が完全に行く手を阻めばこの国から外へ出ることはできないだろう。

 

 故意にだと思うが、彼らの侵入を許したデルタ達にとってはそう簡単に国から出させようとは考えていないだろう。

 

 

「想像はついているけれど……ちゃんと答えてくれるかしら? あなたたちが何をしようとしているのかを」

 

 

 もちろん悪意は今ここで殺してしまおう。

 そう考えているのか、デルタは勇者を見据える。

 

 

「ふん……何をしているか……そんなこと俺が知るわけないだろう」

「……あら。戻ったみたいだけど、あなたも知らないことはないはずでしょう? あなたはアレと同一なんですから」

 

「ふん。どうでもいい……俺は我が―――尽くすべきあの方のために、生きてここから帰還するのみだ」

 

 

 勇者は懐から黄金色に光り輝く丸い宝石を取り出す。

 真珠のような透明なソレに、蛇が目を丸くした。

 

 勇者が振り上げた丸い宝石が、天へ向けて一線の極太の光を放つ。

 海の支配をも超える真っ白の光線。水龍と呼ばれる神の領域を侵すその力。

 

 誰かに縛られることのない無限の力に、デルタは冷汗を流す。

 

 

「なっ!? ……宝玉ではないわね。でも、その力は」

 

「楔は打ち付けた。国の王を刈り取らずともいずれ終わる。さあ行くぞ」

 

 

 真っ白の光へ向けて兵士たちが続々と中へ入っていく。

 勇者が光りへ歩き出した。

 

 

 一度だけ立ち止まり、倒れているアルメリアを見て鼻で笑っている勇者が光りに呑まれて消えていく。

 宝石の光が消えた瞬間、残されたのは国中の人々。そしてデルタとマリーのみであった。

 

 倒れたアルメリアの姿にデルタが眉をひそめた。

 

 

 

「仕方ない。話さなくてはならないわね……まったく……」

 

 

 

 ため息をついたのは、デルタと蛇のどちらだったのだろうか。

 困惑しっぱなしのマリーは全然理解が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

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