ナティシア ー平凡幼女はハードモードな世界を生きるー 作:かげはし
「くそっ……くそ……」
戦争が終わったというような雰囲気だが、正直言ってそんな空気に浸れるほど気分が良いわけではない。
深海において崩壊した建物の修繕。
侵入してきた兵士たちが落とした武器を回収し、怪我をした国民たちの治療。
そして、女子供に被害が及んでいないかの再度のチェックが行われている。
瓦屋根から地上の景色を眺める。
誰もが龍神様のお言葉を素直に聞いて、失ったものに関して悲しみに暮れるが……それだけだ。
ああ本当に胸糞悪い。
「浜辺の状況はどうなったべ?」
「……その、壊滅だ」
「そう……そうか。龍神様から命令ばくだっちょる。弔いの準備進めてくれ」
「ハッ!」
屋根の下から聞こえてくる兵士たちの言葉に吐き気がする。
龍神様が浜辺へ直接動けたのならそんな被害は出なかっただろう。
住民を守るべき国王が、勇者と渡り合える力を持っていながら国の奥底で見ているだけだった。だからこうなった。
浜辺へ上がればかつていた住民たちはいない。行方不明か死亡かのどちらかだ。
行方不明となった住民たちに関しては……カイリはあの深海で女子供を連れ去ろうとした国家の連中の残虐さを見て予想がついている。
だから余計に苛立ちが止まらないのだ。
かつてあった建物も全てが崩壊していて、かつて栄えた全てが消えていた。
国家によって奪われた。国王が何もしなかったから、奪われた。
勇者たちによって切られている死体が海底に流れて、それらを弔うことしかできない。
自分は何をした?
勇者を前にして、何が出来た?
「くそがっ―――――!!!」
屋根の上を駆けていくカイリは己の胸をギリギリと掴む。
苛立ちが収まらない。
何故こんなにも怒りが込み上げてくるのかは分かっていない。
今までならば走るか何かの物にぶつかって破壊して怒りを発散させているというのに、もやもやとした気分が消えることがない。
あの勇者に首を絞められたあとからだ。
こんなにも苛立ちが収まらずにいるのは――――。
「くそ……」
国王はよくやってくれた。
様々な国の戦力、その力を吸収して膨大になってきている国家相手によく退けてくれた。
そういう声だって聞こえてくるというのに、カイリは納得が出来ていない。
本来ならば海の中に入らないと圧倒的に戦力が足りていない神国を相手に最低限の戦線で終わらせることが出来たのなら……連中に大打撃ぐらいは与えられたなら……。
国王がもっとちゃんと、動いてくれていたのなら。
(違う。俺が、ちゃんと強かったら……!)
ギリギリと歯ぎしりをして、込み上げてくる怒りを発散するために足に力を込める。
その瞬間だった。
「その怒り、晴らしてやろうか?」
「っ―――――」
聞こえてきた声に思わず立ち止まる。
急に立ち止まった影響で屋根にある一部の瓦がひび割れたが、それを気にせず振り返る。
見えたのは、何故か神国で半裸が基本だというのに長袖長ズボンの真っ白の服を着た男。
服はともかく、その男に見覚えがあった。
一瞬だけ余所者の別人のように見えたが、近づいてみればすぐに誰なのかが理解できた。
「……ラルーシャ? お前生きていたのか!?」
浜辺にて住んでいたはずの男だ。
カイリとは違って前線に飛び出して、そのまま行方不明になった一人のはずだ。
何故こいつがここにいる?
何故俺の気持ちをくみ取るように言ってきたんだ?
「おめー……いったい何があったんだ?」
「まあ、おいらにもいろいろあったんだべ。そんよりも、どうする?」
手を伸ばされる。
理解不明な誘いに首を傾ける。
本来ならカイリはそんな誘いに乗ることはなかった。
ふざけてんじゃねえぞと怒鳴って、ラルーシャを深海にある医者に見せようとしていただろう。
「このままでいいのか? 国家に奪われたままで良いと思っているのか?」
ただ考える。
あの時の被害を。
大事な故郷を脅かしたあの国家を。
あまりにも動くのが遅すぎた国王を。
「……行く」
カイリはラルーシャの伸ばされた手を掴んだ。
それに満足げに頷いた彼は、手を掴んだままどこかへ歩き出す。
屋根から降りて地上へ。裏道を通って、レンガ通りの先へ。
「……どこへ行くんだ?」
「もうすぐだ」
裏路地を抜け出た先にあるとある遺跡。
被害の大きかった住宅地とは違って、数百年以上も昔から存在している土と石で出来た宮殿跡かと思えるぐらい大きな遺跡だった。
子供のころから何度も見てきた遺跡にカイリは目を見開く。
「なん……だ……?」
見えた先にいたのは数十もの国の住民たちだ。
カイリと同年代かもしくはそれ以上に若い男たちが三本槍を手に集まっている。
遺跡の立つ場所がないかと思える程度にいる人間たちにカイリは混乱する。
怪我をしているのか、包帯を頭に巻いている男だっている。地図を片手に何かを話し合っている若い女たちも見える。
「……これは?」
「おいらが集めた……神国の内部を変えるための革命軍。そんで国家に復讐を誓う集まりなんだべ」
「はっ!?」
「おいらが集めたんだ。全部おいらの声を聞いて来てくれたんだ」
目を見開いたカイリに対して、ラルーシャがその両肩を掴む。
「いいかカイリ。今の神国はあっけなく国家に侵入されるほど弱っちいもんだと思うか? あの巨大な国家を相手に守りの強かった神国が破られたのは何故だ?」
「それは……」
「分かってんだろ。あの国王であり水龍様……いや、女王デルタ様が王権を継承してから神の力が弱まっちまったんだよ。それにあの人はなんもしてくれなかった。最後の最後に良いところを持って行っただけだべ。浜辺で助けてと叫んだ誰かの声を、あの人は聞いちゃくれなかった」
ラルーシャは言う。
浜辺での最悪を思い出してか青白く染まった顔に、カイリはふつふつと何かの感情に支配される。
「なあカイリ。おめーは強い。だがカイリを前線たる浜辺へ出さなかったのは何故だ?」
「国王が、深海を守るために……」
「いんや、前線を崩壊させるのがあの人の目的だったからだべ」
「はっ?」
ラルーシャの言葉に意味が分からずカイリが首を傾けた。
それに彼はただ無理やりといった感じで固い笑みを浮かべてくる。
「もしもだ。前線崩壊が国家とあの国王で交わされた内容だったら? 一部の神国の住民たちを生贄に、彼らが生き延びたとしたらどうする?」
「んなのラルーシャのただの妄想じゃ……」
「なかったとしたら、どうする?」
ラルーシャの言葉に、カイリの思考が熱を持つ。
嫌な予感しかしない言葉に。怒りがまた込み上げてくる。
その怒りのままに、カイリは叫んだ。
「あん水龍様は、あの人は! 国民を犠牲にして国を生き延びさせたってぇのかっ!!?」
「そうとしか見えねえだろう? 戦争の途中で国家が帰ったのもそうなんじゃねーのか。取引を事前にしていたから、急に帰って行ったんじゃねーのか。なあ皆もそう思うだろう!?」
周りにいる人たちが怒りの声を上げていく。
武器を振り上げて「俺達が全部変えてやるのさ!」と叫ぶ声が聞こえる。
皆がカイリと同じ意見だった。
国家の行動に疑問に感じて、ラルーシャの言葉に頷いた彼らは皆、怒りを王へと向けていた。
浜辺にいた者達が行方不明になったのも、複数の兵士たちが死体となって海底へ流れてきたのも……。
国家のせいではあるが、こんな状況にしてしまったのは誰のせいだったのかと。
「おいらたちが変えてしまえばいい。もう王族はいらねえ。おいらたちが国を変えて……強くなって、国家とぶつかればいいんだ」
奪われた怒り。家族を殺された怒り。
怒りが彼らのまともな思考を奪っていく。
国王の対応にちゃんと考えるものはいない。
カイリでさえ同じであった。
「ラルーシャ……作戦は考えてあるんだろうな?」
「もちろんだ! 任せとけ!」
カイリは全てを背負う覚悟を決める。
この国を変えて、国家と……あの勇者を倒してやるんだと怒りのままに決意する。
―――――これは、後に名づけられた『水龍神国内部戦線』の開始の合図でもあった。