ナティシア ー平凡幼女はハードモードな世界を生きるー   作:かげはし

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68話 水龍神国内部戦線 終幕

 

 

 串刺しとはいかない。

 しかし受け入れた攻撃の刃は全てデルタの身体に傷をつけている。

 

 

「デルタっ!? ―――おい離せよ! デルタが危ないんだぞ!!」

 

「シャー!」

 

 

 蛇が俺の身体に巻きつき動きを止めようとする。

 大人の身体だったら絶対に蛇の抵抗を無視していくことが出来たはずだ。しかし子供の幼い身体では何もできずにデルタが傷つく場面を見るしかない。

 

「死ね! お前はここにいちゃいけねえんだ!」

「ああそうだ! 死んじまえ!」

「やれ! 俺たちの手で潰してしまえ!」

 

 

 攻撃は止むことがない。デルタは抵抗せず攻撃を受けているままだ。

 ただ立っているだけで何の反応も見せない。

 

 カイリに腹をぶん殴られ首を絞められようとも。

 三本槍によって肩に穴が開いて、顔に傷がついて、腹や胸に刺し傷が増えていても――――血がぼたぼたと垂れていき、死にそうなほどの傷になっていても何も言わない。

 

 ……いいや違う。

 デルタの目は、カイリ達に向けられていた。

 カイリ達が浮かべている怒りや憎しみと言った負の感情ではない。とても悲しそうな目で彼らを見ている。

 

 

「可哀そうな子供たち」

 

 

 首を絞められているというのに、デルタの声から聞こえてきたのは何かに同情するようなものだった。

 目の前にいるカイリが動揺し、一歩彼女から引く。

 ほかの国民たちもデルタの様子に攻撃の手を止めて、彼女を見た。

 

 不意に、近くにいたカイリに向かってデルタが彼を抱きしめた。

 何も抵抗できずに、カイリは呆然と受け入れてしまう。

 血濡れた身体がカイリの鱗をじっとりと赤く濡らした。

 

 

「あなたたちの怒りは受け入れましょう。あなたたちの憎しみは私が背負いましょう。私は貴方たちを子供のように思っているわ。苦しいと思える感情は全て私が洗い流してあげる」

「あっ――――――」

 

 天井からまた水が注がれていく。

 抱きしめられているカイリがデルタと共にずぶ濡れになっていく。

 ほかの皆も先程と同じように天井からのシャワーに濡れていく。

 

 しかしデルタを殺そうとしていたあの怒りの殺意が見られない。

 先程の勢いがなくなっている。いや、呆然としているみたいだ。

 デルタの言う通り、感情が洗い流されたということなのか?

 でもどうして……どうやってやったんだろうか。

 

 以前マリーたちから聞いたスキルにそんなものあったのか?

 それが神代の力なのか?

 

 

 

「何やっているんだべ! さっさとその女をやっちまわねえと駄目だ! じゃねえとおいらたちもまたやられちまうぞ!」

 

「っ――――――」

 

 

 急に長袖長ズボンの男が叫んで周りの奴らの目を覚まさせた。

 呆然としていた男女がハッと我に返って武器を構え直す。

 

 カイリがデルタの身体を押して、二歩ほど後ろへ下がって彼女を睨みつけた。

 

 

「……俺は……おれは……」

 

「落ち着きなさい。あなたは今正常な心を持っていないのよ」

「うるせー! 俺は、お前を殺さねえといけねえんだ! そうすりゃあこの怒りも収まる! 殺したい気持ちも、むしゃくしゃする破壊衝動も! 全部消えてなくなるんだ!!」

 

 

 カイリの声に、デルタの表情が変わった。

 微笑んでいた顔が無になる。

 

 氷のように冷めた顔で、赤く濡れた身体なんて気にせず小さい口を開いたのが見えた。

 

 

「そう、()()()()()()()()()()()()()()()()

「えっ?」

 

 

 どういうことだろうか? 

 刻まれた禁忌とはいったいなんだ。

 カイリという男は、マリーと同じ禁忌があるのか?

 

「カイリ、あなたの魂には勇者と悪魔によってその身に傷をつけられているのよ。憤怒を覚える禁忌が刻まれているの。私を殺してもあなたの衝動は消えない。その禁忌を飼い馴らさないと、いつか悪魔に喰われてしまうのよ―――――」

 

「うるせえ! 言い訳なんてすんじゃねえよ!」

 

 

「操られた状態じゃ、話もできないのね……」

 

 

 デルタが深くため息を吐いた。

 そうしてただ小さく呟く。

 

 

「我が身体は水のごとく――――」

 

 

 それは、魔法のような光景だった。

 急にデルタの周囲に突風が吹き荒れる。

 足首程度にまで浸かっている水が彼女の身体を包み込んでいく。

 

 攻撃を仕掛けようとしていたカイリ達が押しのけられるほどの水と風圧。

 俺でさえ思わず壁にしがみついていないと吹き飛ばされそうだ。

 

 円形に包み込まれた水の中心に、デルタの身体が見えた。

 その水が、蛇のような形を作っていく。

 透き通った透明な水が端っこから黒く色がついて、どんどん黒ずんだものに変わっていく。

 

 何が起きているんだ。

 デルタは何をしているんだ。

 

 

「い、いったいなにを……?」

 

「シャー!」

「っ! おい蛇、どうしたんだよ!?」

 

 

 俺に巻き付いていた蛇がデルタの元へするすると這って行く。

 蛇がデルタの生み出したであろう蛇の形を作っていった水の中へ飛び込んだ。

 

 ――――――その瞬間、黒い水がはじけ飛んだ

 

 

「はっ?」

 

 

 そこにいたのは、人間ではない。

 黒い水で濡れたデルタではない。

 

 俺たちの身体より大きく、全長五メートルはありそうな黒い竜だった。

 

 

「あなた、この国の子ではないわね」

 

「ひぃっ!!?」

 

 

 デルタの声が竜から聞こえる。

 爬虫類のような黄色くて月のような瞳が長袖長ズボンの男を睨みつける。

 

 男は竜に睨みつけられて身体が恐怖で固まったのだろう。

 マリーが無理やり男の手から逃れて俺の元まで走ってくる。俺を抱きしめて男たちを睨みつけてくる。

 

「お姉さま。ああお姉さまお姉さまお姉さまお姉さま―――――」

「マリー。ちょっと落ち着いてくれ」

「はいですわ、お姉さま!」

 

 マリーは相変わらずだが怪我はないようでよかったが、今はそれどころじゃない。

 竜となったデルタが笑う。黒い宝石のような鱗を煌めかせて、巨大で凶暴な魚に近い生き物となったカイリたちなんて気にせずに、ただ長袖長ズボンの男を睨む。

 

 

「正体を現しなさい」

 

 

 不意に睨みつけている男をぱくりと口に含んで喰らおうとする。

 いや、男を食べた!?

 

 

「おいラルーシャに一体何を――――――っ!?」

 

 

 デルタが吐き出した先にいたのは、先程の長袖長ズボンの男ではなかった。

 男の形をしていた顔が解けていく。まるで泥のようにドロドロに身体が縮んで――――その先にいたのは、一匹の蝙蝠に近いモンスターだった。

 

 

「……はっ?」

 

 目の前で見えている光景は一体なんだろうか。

 というか、どうしてモンスターがここにいるんだろうか。

 

 いや、ぶっちゃけ俺たちの周囲で人間だとはっきり言える状態なのは俺とマリーぐらいなもんだが……。

 

 いやいやいや待て。

 カイリの友人だというラルーシャの身体に化けていたモンスターだったってことか!?

 

 モンスターは慌てている。

 翼を動かして逃げようとしているが……デルタが自らの竜の尻尾の先でモンスターをくるっと羽交い絞めにして捕まえてみせた。

 

 カイリはその光景を見つめていた。

 驚愕したように目を見開いて、捕まってじたばたと暴れているモンスターを見たのだ。

 

 

「なっ!?」

 

「ら、ラルーシャさんは何処だ!?」

「……あれ、僕何でこんなところにいるんだべ?」

「あれ、龍神様?」

「デルタ様だぁー! あんれ、何でそんな大事な時期にしか見られない姿になっているんだぁー?」

 

 

「……はっ?」

 

 

 先程までのあの攻撃的な様子がなかったかのように、国民たちが武器をバタバタと地面に落としていく。

 カイリ以外の人たちが全員、あの人外の姿から徐々に人の形へ戻っていき、国王であるデルタへ向かって頭を下げた。

 

 

「あなたたちはこのモンスターによって操られていました。武器を手に、私に攻撃をするようにと……カイリ、あなたはその身に刻まれた禁忌の力によって暴走させられていたのよ」

 

 

「……おれは……おれ、は?」

 

 カイリが両手で顔を覆って混乱したように独り言を呟く。

 周囲にいる国民たちでさえ、驚愕したように慌てた様子で龍神様を見つめている。

 

 

「ぼ、僕たちが龍神様に攻撃を!?」

「そんな……私は、なんて酷いことを」

 

「うふふっ。落ち着きなさい我が子たちよ。王は全てを許しましょう。操っていたのはこのモンスター。ラルーシャの姿を偽っていた敵なのですから」

 

 

 微笑んだデルタが人の形へ戻っていく。

 ……いいや違う。デルタだけではない。人間と蛇の形へと戻っていくのだ。

 

 蛇の尻尾にはあの操っていたモンスターが羽交い絞めにされている。

 じたばたと暴れているが、蛇はそれを離そうとしない。

 

 

「皆さんは復興作業へ戻りなさい。カイリ、あなたは私達と共に奥の部屋へ行きましょう」

 

 

 

 デルタの笑った顔は、恐ろしいほど輝いていた。

 それに――――彼女の身体には、先程まで受けていた攻撃の傷一つ残っていなかった。

 

 

 

 

 

 


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