ナティシア ー平凡幼女はハードモードな世界を生きるー   作:かげはし

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 純粋な心というのは、時に悪意より残酷な場面をみせることがある。

 例えば、幼い子供が虫を解体していたというもの。例えば、立つのが最近なほど幼い子供が食べてはいけない洗剤を口に含んでしまったというもの。


 理性は、社会においてのルールだと俺は思う。

 ならば、無垢で何も知らない心は?
 まだ幼い子供が、凶暴で肉食のモンスターに変わってしまったら?


 それが、現状を意味しているのだろう。


 だから、どうにかして生き残らなくてはならない。
 目の前にいる子供のためにも。俺自身のためにも。

 俺はまだ、生きなくてはならないのだから。








7話 数センチの一歩

 

 

 

 

 

 

 前世で見たことのある小熊。ルクレスさん達がいた部屋のモンスターよりも可愛らしくぬいぐるみのようにモコモコしていて丸っこい。

 光の網が張り巡らされた壁に弾かれたことを攻撃されたとでも思ったのか、何度も壁に体当たりをしている。無駄な行為だと言うのにそれを行う。

 

 本能のままに行動している。中身が人間ならばこんな行為は意味がないって分かるはずだろうが、『小熊』であるからには幼い可能性が高いってことで……。

 

 

「何をしている検体0。さっさとそのモンスターの背に乗ってみせろ!」

 

 

 ああくそ。ちょっとは考えさせろっての!!

 このまま無視したら駄目なのは分かってる。だから行動しないと……。

 

 

「……なあ! ちょっと落ち着いて冷静になろうぜ。壁にいくらぶつかっても意味なんてないぞ」

 

 

 小熊が鼻息荒くこちらを見た。

 二本足で立っていたというのに、四つん這いになって四足歩行で一気に駆け寄ってくる。

 

 

「がぅー!」

 

 

 突進なんて勢いじゃない。ダンプカーがブレーキも掛けずに猛スピードで俺に向かって来るような感覚。

 可愛らしい外見に似合わず、手加減なんてものを知らないモンスターだと感じられる殺意。

 

 何とか足を動かして突進してくる直線状を避けると、奴は勢いよく俺から通り過ぎ、すぐに爪で地面を引っ掻いて壁にぶつかる前に急停止する。

 どう身体を動かせばいいのか分かっているのだろう。人間らしいところがなくなっていた。というか、ルクレスさんたちと同じ元人間なのかこいつ?

 

 

 

「最初っからトラブルだなんて本当にやってられないな……」

 

 

「がぉー!」

 

 

 突進しても避けられると学習したのだろう。

 小熊が二足歩行になって立ち上がり、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。

 

 伸ばされた爪が天井の光に当たって反射し輝かせながらも、俺の方へとゆっくり移動してくる。

 恐る恐る後ろへ後退し逃げるが、小熊は近づいてくる。

 

 

「何をしている検体0!」

 

 

 うるせえよ俺にどうしろってんだよ!

 

「がぅー」

「あっ……は?」

 

 

 小熊が、泣いている?

 瞳を潤ませ、毛皮で分かりにくいが一筋の涙を流しているように見えた。

 錯覚か……?

 

 涙を流しているように見える小熊だが、歩みは止まらない。

 だから俺も後ろへ下がる。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

 やがて光の網目がある壁にぶつかって、背中が一気に燃え広がるように熱くなった。壁に接触した部分が痛い。でも拷問された時に比べたら痛くない。ただ火傷しただけだけど。

 

 やばっ――――!!?

 

 

「がうー!」

「ぐっ……!!」

 

 

 いつの間にか目の前にいた小熊が俺に爪を振り下ろす。咄嗟に横にずれて、爪が頬をかすりながら地面へとぶつかり、その衝撃で小さな俺の身体が簡単に吹っ飛ばされた。

 何度か地面をバウンドし、転がってぶつかった先は壁がっ。

 

 

「ぐぁぁっ!?」

 

 

 いっだぁぁ!!?

 痛い痛いっ。熱くて痛いっ!

 くそっ。火傷した背中が猛烈に熱い。

 激痛で身体をうつ伏せに寝転がりながらも痛みに耐える。

 

 荒く呼吸をして、何とか痛みが治まるのを待つ。立ち上がることは無理だ。すごく痛いし、視界がまた明滅している。このままだと気絶するかもしれない。

 

 

「がぅー」

 

 

 刹那、息が止まった。

 ものすごい近くに小熊がいる。小熊の体温が感じられるほどの距離に奴がいる。

 ふんふんと俺に鼻を近づけて匂いを嗅いで。

 

 嗅いで……?

 

 

「あれ……」

「ぐるぅ?」

 

 

 どれだけ時間が経っても俺を攻撃しようとする気配がなかった。

 どうしてなんだろうかと何とか首を上げて小熊の方を見ると、奴は小さく首を傾けてただ俺の目の前で可愛らしく座り込んだ。

 敵意が急になくなった。最初に出会った頃の殺意も何もかもがなくなって、戸惑ったような表情で首を傾けているだけだった。

 

 

「ぐぅー」

「……ははっ。ああ、そうか」

 

 

 必死に立ち上がって、座っている小熊に抱きついた。もふもふでふかふかの大きなぬいぐるみのように、抱き心地は最高だった。

 俺を一気に殺せる位置にいる。小熊の胸の中にいる。

 それでもこいつは攻撃しようとしてこない。

 

 だから上にいる研究員たちに聞こえない程度の小声で、小熊に向かって話す。

 

 

 

「……なあ、血の臭いで同族だって思ったのか? それとも村の人間だっていう何かの匂いがあるのか?」

「がうー」

「ごめんな、クマの言葉はわからないや」

 

 

 何にせよ。これでようやく話が伝わる。何で俺を敵対していたのに急に味方になったのかは分からなかったけれど。

 とりあえずやるべきことをやりながらでもいいから考えよう。ルクレスさんに話をするのもいいかもしれないな。

 

 

「なあ、俺の話を聞いて……他の仲間がいるならそいつらにも伝えてやってくれ」

 

 

 できれば伝えられることを、祈っておこう。

 幼い小熊に微かな理性があることを信じて、今俺を襲わない事実に希望を抱いて伝えよう。

 

 こいつは俺を攻撃して殺しにかかってきた。でもそんなのどうでもいい。どうして攻撃してこなくなったのかとか、ちょっと考えることがあるけれどそれもどうでもいい。

 俺の村にいた奴かどうか判別がつかないけれど、同じ被害者なら仲間も同然だから。

 

 

「ほう! よくやったぞ検体0! さあそのグレートリトルベアの背に乗ってみせろ!」

 

 

 失態を見せた部分もあったけれど、ちゃんと成功したんだから俺の価値は上がったように見えたらいい。

 

 

 

 

 

 

 私はただの人間だった。

 人間だったわ。

 

 大好きなママと、お姉ちゃんやお兄ちゃんたちと一緒に畑を手伝って、ほんのちょっとの食べ物で満足して暮らしてた。いっぱい散歩して、私と同じ年の赤い髪が綺麗な女の子と友達になって、他の皆と遊んで暮らしてた。

 

 でも、急に来た大きな光のせいで私の身体は崩れちゃった。ボロボロに崩れて、お兄ちゃんぐらいに大きくて丸っこくなっちゃった。毛もぶかぶかだし、気持ち悪い。

 それに身体が崩れて血が出て、すごく痛いし辛いのに、誰も助けてくれなくて泣いてママを呼んで……。

 

 その後のことはあまり覚えてないの。

 

 

 大人の人たちが私を無理やりどこかへ連れて行って、そこで痛い思いをする。

 狩りに出かけてくる人が仕掛けるような罠……えっと、檻っていうんだっけ? たくさんの優しいモンスターたちがいる部屋へ連れて行かれて、その檻に入れられる。

 

 檻に入れられると、周囲にいたたくさんのモンスターが私を取り囲んで今日あった痛い思いをした話を聞いて、慰めてくれる。

 

 

「頑張ったねイヴァ。お姉ちゃんも頑張ったけど、あなたの方がもっとすごいわ」

 

 

 なんで私の名前を知ってるの?

 

 

「暴れたら駄目だぞ。泣くんじゃないイヴァ、お前を失ったら俺達……お兄ちゃんが凄く悲しむからな」

 

 

 お兄ちゃんとお姉ちゃんの声が似てるけど、私は貴方たちを知らないよ。

 

 だれなの?

 

 

「ママがいるわ。イヴァ。安心して」

 

 

 ママと同じこと言って、檻の隙間から手を出して私の頭を撫でてくれるけど、誰なんだろう。

 ぼんやりと鳴き声しか上げられずにその手に身を委ねた。

 

 部屋の外は嫌いだ。

 でもこの檻の中は凄く気持ちいい。

 居心地は良いけれど、凄く悲しい。

 

 ママたちに会いたい。お兄ちゃんやお姉ちゃんに会いたい。

 友達に会いたい。

 

 痛くて痛くてずっと目を閉じていた。

 見ているけれど、見てないふりをしていた。

 もう嫌だった。ママたちに似た声をするモンスターと一緒にいると、私はもう一人なんだって思って。

 悲しくて悲しくて、死にたくなった。

 

 

 ごめんなさいアルメリア。

 あなたの綺麗な赤髪を見て、あなたの血と肌に染みついた薬草の匂いを嗅いで、私は一人じゃないんだって分かったの。

 ようやくあなたをまっすぐ見ることが出来たわ。

 ようやく、懐かしい景色を見ることが出来たような気がしたわ。

 

 

 だからちゃんと伝えるね。

 あなたには言葉が届かなくても、あのモンスターたちには通じるみたいだから。

 

 ママたちに似たモンスターに、あなたのお話をするからね。

 だからまた会おうねアルメリア。私の大好きな友達。

 

 

 

 

 

 

 

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