ナティシア ー平凡幼女はハードモードな世界を生きるー 作:かげはし
改めて日々を過ごしていて分かったことがある。
この実験施設はとある洞窟を加工して作られた場所だということ。石材の壁や床のせいで分かりにくかったが、おそらく確実と言えるだろう。
移動している際、蝋燭で照らされた部屋の奥から見える鉄柵付きの窓越しに見えた森林。そして通常よりも高い場所を映す景色がとても久々で、少しだけ涙したのは研究員の連中に見られないように隠したが。
実験でさえモンスターに乗れるかどうかといった試しから、モンスターに自分の血を与えて興奮するかどうか確かめろというもの。木箱を持ってきて、それに右手だけで攻撃しろ。モンスターが生み出す毒を瓶の中に入れてみせろ。
とにかく様々な指示をモンスターたちと交流しながら行っていく日々。
モンスターの檻がある部屋は2つ。1つは俺が使っているルクレスさん達がいる場所であり、もう1つは俺がいた村とそれより前に襲撃された集落の人たちがいる部屋。
モンスターの身体になったことへの混乱と悲しみから徐々に回復したのは、おそらくルクレスさんの計画が生きる目的になっているからだろうと思う。
ここから自由になって、ドラゴンに会い人間に戻る。その希望を抱いて、今の身体や痛みに耐えている。連中への復讐に備えて。
回復魔法で塞がっていても思い出すトラウマを、いろんな傷が出来た経験を連中にぶつけてやるために。
そのために必要なのは、モンスターたちの攻撃を抑制し行動を制限している施設に張り巡らされた魔術核を壊さなければならないということ。
どうやらその魔術核は人間であるというのは分かった。そして張り巡らされた魔術は血管のように地面や壁に膜を覆う形で発生しているというのも、研究員たちの話し声で伝わる。
何処で聞いていたのかは知らないが、ルクレスさんもその情報をとっくに入手していたので恐れ入る。
とにかくもっと情報を集めていかないと。
「ァぅメリぁ」
「……グレン、小声で話そう。大きな声だと連中に聞こえる」
「ぅぃ」
村にいた時に仲良くしてくれていたグレン。
彼が『ウィスプ』と呼ばれる鬼火のような青白い炎のモンスターとなっていても理性は変わらず、ゆらゆらと丸から子供サイズの人型へ形状変化し、ゆっくりと座って俺をじっと見つめる。……見つめてるんだよな?
顔のパーツも何もなく、棒人間の炎バージョンというような形状だからグレンの感情が伝わりにくいときがある。
……まあいい。とにかく元の人間の姿であれば、確実に頷いたとされるグレンにほっと息をつく。
言葉は片言だが、通常であれば俺が触ったら火傷どころか肉と骨を一気に燃やされて溶かされるほど熱い炎の塊となっているモンスターが俺の幼馴染であるグレンならば恐怖心はない。
今回の目的も俺がグレンに触っても熱で溶けるかどうかの実験だ。ウィスプは友好関係があればその炎も柔らかく暖かな物へ変化する……というらしいが。
「触るぞ。手を伸ばしてくれ」
「ぅ」
研究員に聞こえるような大きな声で、グレンに行動を促す。
グレンが少しだけ不安そうにしながらも、片手を俺に差し出した。その様子に研究員たちが視線を集中させて何やら束になった紙の資料にいろいろと書き込んでいるのが見えた。実験の為の観察記録を付けているのだろう。
いつものことだ。カリカリと書かれるペンの音も拷問時に聞いた音と重なってトラウマになって手が震えるが、なんとか耐えてグレンに触る。
「……よし、熱くない」
「おゥ」
「いや熱い。ちょっと温度下げて」
「わカった」
本能でどうやるべきなのか分かっているのだろう。ルクレスさんもモンスターとしての力がどう使えばいいのかなんとなく分かると言っていたし。
片手を触って、俺の手がグレンの炎を貫通するような形で通り過ぎて行くのを何度か行う。
その間に、出来るだけ小声で皆の状況と魔術核について何かわかったことがあるかを話して―――――。
「そこにいたのかね! おお、報告通りの出来栄えじゃないか!」
「な、アレイルクス侯!? 何故ここに!?」
頭上から聞こえてきた大きな声に、俺とグレンは天井を見上げた。
だが、誰かがこちらを見つめているのを視界にとらえて慌てて視線を下げる。
……グレン、顔がないからって見上げっぱなしになってんじゃねえよ!
■
広大な実験施設に資金と必要支援を行ってくれている国家の東貴族の一角である領主アレイルクス侯。
私達の実験の成果を強く急かしている人物であり、人を作る禁忌を指示した恐るべき人。
何人かの兵士と共に視察―――――という形で来たのだろうか。突然すぎるが、慌てて来訪を歓迎するために彼が座ろうとしているソファの前に研究員の皆が跪く。
「アレイルクス候、わざわざ研究所まで赴きいただきまして誠にありがたく―――――」
「ああいい。そういうのはいらぬ。それよりも成功体についての資料を読んだ。アレがそうか?」
「え、ええ……」
「おお、確かにモンスターと交流しているではないか! はははっ! これは良い。流石は竜の宝玉だ!」
「り、竜の秘宝?」
「ああそうか。お前さんは知らないんだったな。実験はしているが、それがどうやって作られたのかはこの施設ではいらない情報だった」
ニヤニヤと上機嫌に笑うアレイルクス候。新しい成果に満足しているのか、私達に向けて嗤う。
片手を上げた候が「立ち上がることを許可する」と言ってくれたため、ゆっくりと立って話を伺う。
「戦争において必要なのは何か分かるかね諸君?」
「……兵士ですか?」
「そうだとも。圧倒的な力、戦力。そして戦争以上の脅威となるモンスターたちへの牽制。それらすべてが叶うのが宝玉だ。我が国の勇者がドラゴンと対峙した際に奪ったとされるものだが、その力が今のコレなのだよ」
「……検体0が、その力だと」
「いいや、全てだ」
他の研究員と顔を見合わせてアレイルクス候を見る。
彼はただ、下で行われている実験を見つめていた。下では検体0がウィスプと呼ばれるモンスターの炎を手で浴びてその温かさを確かめている最中だった。
「アレイルクス候、質問の許可を」
「ああいい。許可しよう」
「はい。宝玉の力というのは具体的にはどのような……」
「一概には何とも。すべての力の解明には至ってはいないのでな。貴様らのような研究員だけではわかり得ぬ力の深淵だ」
「はぁ……では、私達が行う『人を作る』というのもそれに当てはめられるのですか?」
「ハハハっ! それは最終目的だ。今はその通過点―――――人がモンスターとなるための実験だ」
「………はい?」
今何と言った。
アレイルクス候は、なんと仰った?
「人を、モンスターに変えている……というのですか?」
「ああそうだとも。領地には至っていない無法の村。国家と帝国の間に位置し、そのどちらにも位置してない大森林に潜んだ三つの村を実験に選んだまでの話だがな」
「ま、待ってください! 国家と帝国の間とはすなわちあのメリア大森林のことですか!? りょ、領地に至ってないといっても、確かあそこの森林の村はいくつかが国家に属すると決められ、兵士招集がかけられていたはず。て、帝国に属する村もあったはずでは!?」
「男どもは兵士招集がかけられ王都に集められただろう。それ以外は価値のない村人だ。あの鬱陶しい大森林のせいで領地には至らず、モンスターが蔓延る中で暮らす酔狂な心を持った人間ならば実験に役立つと思ったのでね」
人間が、モンスターとなる実験を村規模で行う。
それはなんという恐ろしい事態か。
「帝都に属する村でさえ実験に使ったのだとしたら……そ、それは戦争行為に繋がるんじゃ……」
「ハッ。そこまで有能な探査魔術を奴らが持っているわけはないだろう。せいぜいがモンスターに襲われたと噂されるだけだ」
「……はぐれゴブリンですか」
「おお、知っていたのかね?」
「ええまあ……私には可愛い甥がいますので」
はぐれゴブリンの噂はメリア大森林の近くに建てられているこの実験場で聞いたことがある。
いくら弟家族が王都にいたとしても、私にとっての可愛い甥っ子が殺されないかと心配で手紙を書いたのだから。
そのはぐれゴブリンの秘密。
人間を作り上げるという禁忌よりもさらに許されない罪を私達は重ねていた。
身体が罪を重ねた恐怖で震えている。他の皆も嫌な考えをめぐらせ、手を震わせて涙をこぼす者がいた。だが、人を作る禁忌を犯すことを承知の上で我々はここにいる。だからそこまで絶望している研究員はいなかった。
それでも嫌な予感がした。
まさかとは思うが。まさかアレは―――――――。
「あ、アレイルクス候。最終目的が人を作ると言うことですが……。ならば、あの検体0は……」
「外部魔術師から聞いてはいないのか? いや、あいつらも頑固なところがあるからな。よし、ここまでの成果を出した貴様らの褒美として教えてやろう。アレは宝玉の力を耐えきった唯一の成功体だ」
「……ああ」
それは、すなわち人ということか。
ホムンクルスでも人工物の生き物でもなんでもなく、ちゃんとした幼女であるということなのか。
「……王は、それを知っておられるのか」
「何故貴様にそこまで詳しい説明をしなければならない?」
「し、失礼しました」
覚悟を決めねばならない。
周りを見れば、全員が真剣な表情で頷く。
知らないと言っても、ちゃんと交流していれば分かったことだ。
私達の罪は重い。人を作り上げる以上に禁忌を犯している。それと同時に好奇心もあったのは事実。
人がモンスターに変異することができる宝玉を、私達も調べてみたいと思えたぐらいに。
「ああそうだ。アレらは全て処分しろ」
「しょ、処分……」
アレイルクス候は、なんでもないような口調で言う。
ただ飽きた玩具を捨てる子供のように。無感情で傲慢に。
「あの低レベルモンスターたちのことだ。ここに来る前にいくつかの檻を覗いて見たが、ほとんど使えないモンスターばかりではないか。冒険者でも退治できるモンスターは実験に相応しくない。全て殺処分としろ」
「っ……ハッ」
殺処分か……。
いつものことだ。
必要ないと分かれば魔術師に頼んで閉じ込めた部屋で燃やすか凍らして粉々にするか毒で殺すか。そういう判断を私が下していた。
ああ、いつものことだ。
知らなくてもいいことを知ってしまったが故にその冒涜さも分かってまた身体が震えて吐き気がする。
「……あの検体0を戦争に投入できるか否か明日の実験で耐久試験を行う。拷問道具の準備をしておけ。それとそれまでに全てのモンスターを殺処分にしろ。新しい実験体は数日後に届くようにしてあるからな!」
「は、はい……」
「さて、まだまだやるべきことはあるのでな! また明日にこちらへ来よう! 彼女の実験をこの目で確かめたいのでな!」
「は、はい。アレイルクス候……」
候が出て行った先で、拳を深く握りしめた。
「あちっ……」
瞬間、幼女の小さい声が私の耳に届く。
傍聴魔法が仕掛けられていたならば、彼女の声もこちらに届かないはずなんだが。
聞こえたとはすなわち――――――。
「ッ――――おい、傍聴魔法は仕掛けたのか!?」
「仕掛けていませんよ」
「あっ……す、すいません! 私が指示を出すのを忘れていて……」
ローブの魔術師は何も言わずに首を横に振った。指示待ち人間の魔術師はこれだから……。
それに苛立ちながらも、ひたすら謝ってくる後輩の研究員の肩を叩いて大丈夫だと仕草で示した。
「検体0に聞かれていたとしても問題はないと判断しておこう。……とにかく、アレイルクス候の指示に従うぞ」
「ですがそれは……」
「私達はもう重罪人だ。覚悟を決めろ」
「……はい」
嫌な空気が、部屋中に広がっていた。