日本国一行がヌカワールドに滞在して数日が経つ。
総支配人は遠出をしているのかまだ戻ってこない。
護衛部隊の隊長はある事に頭を悩ませていた。
それは隊員達のストレスであった。
とにかくこのヌカワールドは治安が悪く、最低でも一時間に一回は銃声が聞こえて来る。
酷い時はそのまま銃撃戦になる。
見張り当番の回って来た隊員は隊長自身も含め気の休まる時がない。
そのストレスからか幻覚を見る隊員が続出しており隊長は頭を悩ませていた。
しかしその実態は・・・・。
時を遡り、夜間の不寝番の隊員がテントの周囲を警戒していた。
遠くからレイダーの笑い声や怒声、おまけに銃声が聞こえて来る。
「早く日本に帰りたいな・・・」
ぼそっと呟く。
日本でなくても自衛隊が駐屯している基地のある友好国でも大歓迎だ。
「ふぅ・・・」
椅子に座り、しかし警戒は緩めない。
カサッ・・・・。
「んっ?」
何かが動いた気がした。
「誰かいるのか?」
懐中電灯を向ける。
ひび割れた道路、植え込みの影。
不気味である。
「・・・・気のせいか?」
しばらく周囲を照らすが特に変化はない。
「緊張の連続でおかしくなりそうだ・・・」
カサカサカサッ・・・・。
「!!」
(やっぱり何かいる!)
咄嗟に銃を構え安全装置を解除する。
懐中電灯から銃のフラッシュライトに変えゆっくりと向かって行く。
「いいか、警告する。我々に敵意はない。大人しく立ち去れ」
酔ったレイダーがからかいに来たのかと思い警告をする。
ガサッと黒い何かが暗がりから出て来た。
それはフラッシュライトの明かりに照らされる。
「・・・・・・・・は?」
突然の事に隊員の思考はフリーズした。
それは例えば台所や不潔な場所に出没する・・・・。
しかしその大きさが尋常ではない。
「う、うわああああぁぁぁっ!!?」
思考の再開した隊員は思わず叫んだ。
カサカサカサッ!
叫び声に反応したのか一直線に向かって来た。
パパパパパパパパパパパパパパパパッ!!
反射的に引き金を引き、弾丸が発射される。
それは半数が地面を削ったが残りは突進して来るそれ・・・ラッドローチに当たった。
「敵襲か!」
「全周囲警戒を厳にせよ!」
「外交官の二人は伏せて頭を守っていてください!!」
テントからつい今まで寝ていたとは思えない程の俊敏さで自衛隊員達が銃を構え次々と出て来る。
「何があった!?」
隊長は不寝番の隊員に問い質す。
「ご、ご、ゴキブリです!!」
「・・・・・・・・・は?」
隊員の答えにしばらく隊長の脳はフリーズした。
「馬鹿野郎!ゴキブリにビビって発砲したのか!!」
「ち、違います!違わないけど違います!」
パニック状態の隊員に周りの隊員が落ち着くよう声をかける。
「ば、馬鹿でかいゴキブリです!とにかくでかいゴキブリです!」
隊員が自分の見たものをなんとか伝えようとするが隊長も他の隊員も自 分達の知っているサイズの物から少しだけ大きい物しか想像できない。
隊長の頭の片隅で地球では一部の国で手のひらサイズの大きさのゴキブリがペットで飼われていると何かで見聞きした記憶が呼び起こされた。
ここはアメリカから転移して来たから一緒にそれらも転移して来たのだろうと結論を出す。
「落ち着け。地球でも少し大きいサイズのゴキブリをペットとして飼っている人達がいる。それを見たんだろう」
「す、少しじゃありません!馬鹿デカかったです!数十センチはありました!」
「分かった分かった。おい、周囲を捜索しろ」
隊員達は思わず〝ゴキブリ探しかよ〟と表情に出しつつ命令に従い周囲を懐中電灯で照らし探す。
「ん?」
一人の隊員が地面が何かで濡れているのを見つけたが周囲には何もない。
「異常なし!」
「異常ありません!」
「こちらも異常ありません!」
次々と異常無しの報告が上がって来る。
「ほ、本当です隊長!嘘じゃありません!」
「お前、精神的に参って来てるんだ。もういい、不寝番は俺が変わるから休んでよろしい。この任務が終わって帰還したら休暇を取って本土に帰ってゆっくりと休むんだ。田舎の両親に元気な顔を見せてやれ。お前達、手を貸してやれ」
隊長は隊員がストレスで幻覚を見たと結論付け隊員を休ませた。
なお、隊員の撃ったラッドローチはと言うと瀕死になったラッドローチは植え込みの側にある排水溝から下水道へと逃げ込んだものの息絶え、他のラッドローチの餌になっていた。
また、他の日には・・・。
このヌカワールド内では総支配人によってクラフトされた浄水装置から供給される綺麗な水が豊富にあり、更に異世界に転移後は転移前にパーパルディア側に存在した川の流れがヌカワールド側に変わりそれを大量の浄水装置に通す事でタダで大量の綺麗な水が手に入る状態になっていた。
まぁそれでも二百年も使用されていなかった水道から水を供給できるはずもなく、総支配人が園内の複数箇所にクラフトしたVaultのキッチンユニットから供給する形になっており、荒れた園内にポツンと近未来的で小綺麗なキッチンユニットがあるその姿はとてもシュールであった。
ともあれその綺麗な水は総支配人の計らいでレイダーでも奴隷でもトレーダーでもヌカコーラ狂いでも使用可能であり、日本国一行も自炊や飲用でその恩恵を受けていた。
余談ではあるがそのヌカコーラ狂いが総支配人にヌカコーラの出る水道のあるキッチンユニットを作って欲しいと要望した時、流石の総支配人も困った顔をしたとかしなかったとか。
それはさておき、一人の自衛隊員が水汲み係として近場のキッチンユニットに水を汲みに行った時の話だ。
空のウォーターバッグを手に水汲みに向かっていた。
しかし運悪く水道の故障が起きており、インテリレイダーが修理を始めているが手探りの修理でいつ直るか分からず他のキッチンユニットに行く事を勧められた。
しかし・・・・。
「まずい、迷った・・・」
案内板などなく案内された道は道とは言えない。
状態の悪い地面や障害物を避けて進んだ結果、今自分がどこにいるか分からなくなった。
当然ながらGPSなんか持って来ていないし仮に衛星が十分な数打ち上げられていたとしても地図にない場所だから意味は無いのだが。
「ん?」
建物の陰になっている場所から何か音が聞こえた気がした。
それに何やら生臭い匂いも。
警戒態勢に移り銃を構えながらそうっと様子を伺う。
数人の人影がしゃがみこんで何かをしていた。
「なんだ・・・・?」
双眼鏡を覗き込む。
その集団は全員が髪の生えていないスキンヘッドだった。
それだけならレイダーの集団かと思えるがその頭皮は全員が萎びたような皺が走っていたり亀裂が入っていたりした。
そしてその手と口元は赤黒い液体で濡れていた。
「ぞ・・・、ゾンビ・・・・!?」
真っ先に頭に浮かんだのは生ける屍ことゾンビであった。
「グアァァァァッ!」
「やばい!」
唖然とし無防備になっていた姿を見られた。
ゾンビ・・・・否、フェラルグールは貪り食っていた獲物を放置し一直線に自衛隊員へ向かって来る。
「マジかよ!?」
タタタッ!
反射的に先頭いた一体の足を撃つ。
足が千切れ飛び、転倒するフェラルグールに後続のフェラルグールが巻き込まれ集団転倒に発展した。
好機と脇目も振らずに脱兎の如く駆け出す。
ただ我武者羅に逃げていると突然広い通りに道を行き交うレイダーや奴隷たちの姿のあるヌカワールドの一般的な光景が飛び込んで来た。
突然路地から飛び出して来た珍妙な格好をした人物にレイダー達も一瞬だが動きを止めた。
だがその背後から来るフェラルグールの姿を見ると即座に銃を抜き撃ち始める。
そしてフェラルグールを始末し終えるとお約束かのように流れ弾を原因としたレイダー同士の撃ち合いに発展して行った。
這々の体で水も汲まずに戻って来た隊員を隊長が問いただす。
「ゾンビです!ゾンビが出たんです!」
「ああ、うん。とりあえず、休んでいろ」
先日の隊員と同じように幻覚を見たと判断されてしまった。
他にもあるが、こんな感じで隊長にとっては隊員達がストレスからノイローゼになって行っていると思われていたのだった。
「すまん、ちょっとトイレに行って来る」
休んでいたテントから出て近場のトイレに向かう。
「一体、このヌカワールドにはどれだけの数のレイダーがいるんだ?」
率直な疑問を口にした。
一時間に一回は銃声が聞こえるし銃撃戦も珍しく無いこのヌカワールドでは銃による死者が相当数いるのでは無いかと隊長は想像していた。
例え死に至らなくてもこの衛生観念とはほぼ無縁な環境下では傷から細菌が入ったりして感染症に至りやがて死を迎えてもおかしく無い。
銃による負傷はただ傷を塞げばいいというものでは無い。
体内に侵入した弾丸を摘出しなければ金属片が体内の危険物になる。
だが手術を行えるような技術をこの集団は持っているのか甚だ疑問であった。
「はぁ・・・またか」
トイレに続く道で二人のレイダーが言い争いをしていた。
「おおっ!?やんのかコラァッ!?」
「上等だオラァッ!」
原因は不明だが二人の喧嘩はレイダー流の決着の付け方・・・勝った方が正義にあっという間に発展した。
隊長は巻き込まれないよう物陰に身を隠す。
「しかし、レイダーって連中は肝が座ってるのか鈍感なのか・・・」
周囲を見回すと喧嘩とは無関係のレイダー達はまるで何事も起きてないかのように食事をしていたりヤクを決めていたりと近くで銃撃戦が起きているのに慌てた様子はない。
やがて銃声が不意に止んだ。
「へっ!馬鹿が!」
勝った方のレイダーは地面に唾を吐き捨てると鼻歌を歌いながら立ち去って行った。
路上には負けたレイダーが置き去りにされていた。
「・・・・・・・」
隊長はこんな死に方だけは御免だと思っていた。
「ガハッ!」
倒れていたレイダーが口から血を吐きながらヒューヒューと虫の息状態の息をする。
「あー、ぢぐじょう・・・いでぇ・・・・」
瀕死のレイダーの姿を眺めることしかできない隊長だったが、その瀕死のレイダーがゴソゴソと腰に下げていた道具入れに手を入れ何かを探しているのが見えた。
それは奇妙な形をした注射器だった。
「死の間際にまで薬か・・・」
薬物中毒者の末路を見ている気分になる。
レイダーはその注射器・・・スティムパックを体に突き刺すと中の薬剤を体内に注入する。
レイダーの苦痛に満ちた表情が和らぎ、息も安定して来る。
そして・・・・・そのレイダーは何事もなかったかのように立ち上がった。
「・・・・・・・・は?」
思わず目が点になる。
「あー気分悪りぃ。酒だ酒」
何事もなかったような足取りでその場を立ち去るレイダー。
「・・・・・・・・・」
自分の目を難度も擦る隊長。
「・・・・・俺も相当ストレス溜まってるな・・・・帰ったら俺も休暇申請しよ・・・・」
余りにも常識離れした光景に自分も幻覚を見るほど疲労が溜まっているのかと彼は結論付けた。
その日・・・いや、既に日が変わっている深夜。
朝田と篠原は不寝番の隊員にテントに外から声を掛けられ目を覚ます。
「こんな夜中にどうしました・・・?」
寝袋から身を出し腕時計を見れば真夜中だ。
「総支配人が戻って来ました」
「そ、そうですか。それでは朝にでも会談のアポを・・・」
「それが、朝からですと当分の間取り込むとかで・・・今からなら時間があるそうで・・・・、その、総支配人がすぐ側で返事を待っています」
隊員はチラリと後ろを見る。
パワーアーマーなるパワードスーツに身を包んだ総支配人がこっちを見ている。
フェイスアーマーで表情は全く読めない。
「わ、分かりました。すぐに着替えますのでお待ちいただいてください」
「分かりました、伝えます」
日本国使節団と総支配人は遂に接触した。
一瞬操作ミスって編集中に投稿してしまった・・・・。