一方、グラ・バルカス帝国とフィルアデス大陸においてそんなことが起こっているとは知る由もない日本国のとある地方都市。
駅構内や周辺のマンホールや排水溝を作業員達が段ボールやシートで塞いでいた。
駅と契約している害虫駆除業者による定期的な害虫駆除作業の日であった。
全てのマンホール、排水溝を塞ぎ終え幾つかのマンホールに差し込んだ噴射装置で一気に高圧の業務用殺虫剤を噴射する。
通常であれば出口を全て塞がれて地下で逃げ惑う害虫を殺虫剤が一掃するか下水にまで追いやる。
だが、しかし今回は違う事が起こる事になるとは誰も想像だにしなかった。
作業員が地下に殺虫剤を噴射して数分後。
「ははははっ、でよー」
「うっわ、そいつバッカでー」
「うぃー」
「うわ、お、おっさん!そこトイレじゃねぇよ!ズボン下ろすなって!ちょ、駅員さーーん!」
「どうかしましたかー?」
駅構内は夜遅く各種売店は閉まっているとはいえまだ終電まで多少の時間はあり、ほろ酔い気分のサラリーマンや泥酔して柱や壁際で眠ってしまっているサラリーマンを駅員が起こしていたり、遊び帰りの若者やら酔ってトイレの場所を間違えて周囲の人が慌てて駅員を呼んだりとでまだそれなりに人はいる。
ガンッ!
突如として構内に響き渡る金属音に駅構内の人々は動きを止め、何が起きたのかと辺りをキョロキョロと見回す。
駅員は設備が壊れたのかと確認を始める。
人々が行動を再開しようとしたその矢先。
ガンッ!ガンッ!ガンッ!
先程と同じ辺りだけではなく、別の場所からも金属音が立て続けに鳴り響いた。
「え?なんだ?」
「なになに?」
「ちょ、怖い・・・」
「一体なんだ・・・」
「なぁ、あそこの塞がれたマンホールなんか動いてね?」
「ほんとだ」
「みなさんちょっと失礼します。何が起こるかわかりませんから下がっていてください」
数人の駅員がガタガタと動くマンホールに近付く。
「なんかおもしれぇ。ネットに上げてみよ」
「俺も俺も」
「あたしも」
何人かがスマホを取り出し動画を撮影し始める。
ガァンッ!
一際大きな金属音と共に駅員達が近付いていたマンホールが弾け飛んだ。
宙を舞うマンホールの蓋は重力に従い派手な金属音を立てて床に落下する。
床の大理石が欠け、破片が飛び散る。
マンホールを避けた駅員が立ち上がり、他の駅員と顔を見合わせ蓋の無くなったマンホールを遠巻きに見る。
カサカサカサカサッ・・・!!
そんな音が聞こえそうなほどのゴキブリの群れがマンホールから駅構内に這い上がってきた。
「うわぁっ!?」
「きゃぁっ!ゴキブリ!」
後ずさる見物人達。
だがその直後に更なる悲鳴が上がる事になった。
ガサガサガサガサッ!!
マンホールの中から次々と駅構内に這い上がってくるラッドローチの大群。
他のマンホールも封印をマンホールの蓋ごと弾き飛ばされそこからもゴキブリの大群とラッドローチの大群が這い上がって来た。
「ぎゃあああぁぁぁ!巨大ゴキブリ!?」
「なんかやばい!逃げろ!!」
「ね、ねぇ待ってよ!驚いて倒れた時に脚が・・・!!」
「無理無理無理!!」
「こっ、てめぇ放せ!!」
転倒し足を挫いた水商売らしき女が一緒に連んでいた遊び仲間に助けを求めるが我先に逃げ出していてなんとか一人の足にしがみ付いた。
なんとか振り解こうと足を振る。
「う、うわぁぁっ!!?」
「ひいぃぃっ!?」
不運な駅員数人がラッドローチの群れに襲われる。
体当たりというシンプルな攻撃だがその威力は硬い甲皮と巨体に似合わない瞬発力が合わさった結果は人体にとって例えるなら勢いよく蹴られたサッカーボールが直撃したような感じだろうか。
それが立て続けに、しかもバラバラの方向から来るのだから溜まったものではない。
あっという間に行動不能に陥り結果はラッドローチの群れに集られその柔らかい皮膚を食い破られ肉を貪り喰われる。
「ぎゃあああああぁぁぁっ!!ひぎいいいぃぃぃぃっ!だ、だずげっ、だれがだずげでえぇぇ!!痛いいだいいだいいいいいっ!!」
「ひ、ひいいいぃぃっ!嫌だ嫌だ嫌だ!」
大量の巨大ゴキブリに食い殺される駅員達。
その阿鼻叫喚の光景が目の前で繰り広げられる。
さぁっ、と足に女がしがみ付かれていた男の顔から血の気が引く。
「じょ、冗談じゃねぇっ!放せ!この馬鹿放せ!!」
ガッ!ガッ!
持っていたスケボーで女を殴り必死にその場から逃れようとする。
「いたい!やめて!やめてよ!!」
「うるせぇっ!ゴキブリに食い殺されてたまるか!」
バキッ!
勢いよく叩きつけられたスケボーがへし折れる。
血塗れになりながらも男の足にしがみつく女。
「このクソアマ!死にやがれ!!」
ザグッ!
「あぎゃあああああぁぁっ!!」
へし折れたスケボーを勢い良く女の体に突き刺す。
激痛に女の手が男の足を放す。
「ざまぁみろ!!」
ゲシッ!
女の頭を苛立ちまぎれに蹴り飛ばし走り出す。
女は後頭部を柱に勢い良く叩きつけられ絶命した。
「冗談じゃねぇ冗談じゃねぇ冗談じゃねぇ!!」
遮二無二足を動かし駅構内を逃げ惑う。
あちこちのラッドローチの姿がある。
「やった!!」
視界に駅構内の旅行代理店が見えた。
まだ明かりがついており、強化ガラスの向こうに何人かの人影が見える。
「入れてくれ!開けてくれ!開けろ!開けろよ!!」
入り口の自動ドアの電源は落とされ、内側から鍵をかけられているのかビクともしない。
自動ドアの向こうにはこの短時間でテーブルやソファーが積み上げられバリケードが作られていた。
「よ、よそへ行ってくれ!ゴキブリが入って来る!」
「ゴキブリより人間の命だろ!早く入れろよ!」
叫びながらガラスを破ろうと旅行冊子の入っていたラックを叩きつけるがヒビも入らない。
「お、お前さっきあそこで女を殺しただろ!人殺しを入れたら俺らまで殺されるに決まってる!」
「そうだ!人殺しは他に行け!」
「こっち来るな!」
ガラス越しに人殺しと連呼される。
状況をよく見れば緊急避難と言えなくもないが極限状態で興奮状態の生存者達にそんな冷静な思考はできない。
「ち、ちくしょう!てめぇらあとで覚えてろよ!!」
ラッドローチに囲まれかけその場から逃げ出す。
ドガッと足に衝撃を感じ派手に転倒する。
大理石の床から立ち上がろうとするが次々とラッドローチが体当たりし あっという間に動けなくなった。
ラッドローチに身体を食い破られ激痛に身悶えるが失血により急激に動きを弱める。
もはや痛みも感じなくなり、肉を巨大なゴキブリに喰われると言う悪夢以外の何物でもないこの状況下で意識が急激に遠のく。
意識が消え、絶命する寸前に男はある考えに至った。
(あの時、女を引っ張って逃げてれば逃げ切れていたんじゃ・・・?)と。
騒ぎと複数の通報により大量のパトカーと警官隊が到着した時にはラッドローチは駅の出入り口や殺虫剤の薄まったマンホールを使って姿を消しており、通常サイズのゴキブリが食い散らかされた人間の死体に集っていると言うトラウマ必至の光景を目撃する事となった。
駆けつけた警官隊もこの凄惨な惨劇の跡に耐えきれず嘔吐する警官が続出した。
生存者は保護され惨劇を撮影したスマホは証拠品として没収された。
警官隊によって保護されるまでの間に動画共有サイトにアップロードされた極一部のラッドローチを映した動画は政府からの指示で動画共有サイトから削除されるが、タイトルを無関係の物にされたり序盤に無関係の動画を貼り付けて後半にその動画など手を替え品を替えアップロードされては削除されるいたちごっこが繰り広げられる事となった。
事態を重く見た政府は直近の混乱を封じる為に生存者の精神病をでっち上げ、政府の息のかかった精神病院に強制入院させ隔離を行い、巨大ゴキブリ対策本部が極秘裏に設置される事となった。
政府によるでっち上げによる強制入院は映画とかでは定番。