A.ああ!(伝説って?)
「ジータならいないよ」
「え」
「ビィもいないぞ」
「えっ」
久しぶりに帰ってきた故郷。
懐かしい空気を胸一杯に吸い込みながら、妹分にさてどんなお土産話をしようか考えていたグランは予想だにしない事態に頭が真っ白になった。
家に帰れば誰もおらず、外出中なのだろうかと顔見知りの近所に挨拶がてらに質問した結果がこれである。
「え、えーとどこかに出かけてるってことですか? あ、いつもの森かな!」
「いや旅に出ちまったんだよ」
「え」
気を取り直したグランがブローを喰らったようによろめく。
「だ、だんちょー!」
その背を慌てて支えるのはアンナ。
敬愛していた祖母の死去から戻る家に戻っても独りぼっちだという理由でグランと共にザンクティンゼルに訪れていた。
「た、旅ってどこにいったの?」
『自分探しの旅にでもでたんじゃねーのか?』
呆然としているグランの背からアンナと抱えるぬいぐるみが顔を覗かせるが、男は首を横に振った。
「いやいや違う。なんでもな、親父さんから手紙が来たんだとかなんとか言ってたぜ?」
「えっ」
「この間、村の近くにエルステ帝国の船が来てな。それからすぐだったかな、ジータの奴がいなくなっちまったのは」
まあジータの奴ならどこかで元気にやってんだろ。
などとしみじみ腕組みするおじさんに別れを告げて、グランたちは自分の家へと戻った。
「どうしょう」
「どうした団長ー! 元気出せ!」
「気分が落ち着くハーブティーがありますが、飲みますか?」
グランの家。
正確に言えばグランと今はいないジータの家にて、清掃を終えていたウェルダーたちがグランたちを迎えてくれた。
アンナ、ウェルダー、ジャスミン、ゼヘク。
この四人が今グランと一緒に行動をしている仲間だ。
セフィラ島での調査を後陣の騎空団に引継ぎしてから、グランの騎空団は半ば解散していた。
サブリーダーのヴェルトールは仲間集めのために離れており、フェザーとランドルは腕を鈍らせないためといってパンデモウニムへ、スタンとエシオは故郷に顔出しに、ウィルは集めた魔物資料の清書といって知り合いでもある魔物絵師のとこへ、ラムレッダは途中まで一緒だったのだが地酒を求めて途中で降りた。合流地点は決めているのでまた会えるだろう、多分。
「……なるほど、エルステ帝国か」
グランとアンナの説明に、包帯を巻き直しながらゼヘクが口元に手を当てる。
グラン、アンナ、ウェルダー、ジャスミン、ゼヘク。
「何か面倒なことに巻き込まれて出たと考えるべきだろうな」
「ロザミアさんの時みたいに?」
ロザミア。以前出会ったことのある元帝国の騎士のことである。
装着者の能力を増幅するという仮面をつけており、その呪縛からの解呪のために帝国の施設を襲撃していた女性でかつてグランたちも事情もあり共闘をしたことがある。
そのため帝国の脅威と闇についてはグランたちも承知している。
「こんな辺境に帝国の船が来たというのも気にかかるな。グラン、帝国が求めるものに心当たりは?」
「いや、まったく」
ゼヘクの問いに、グランは首を横に振る。
グランの記憶にある限り、ザンクティンゼルは平和な田舎の島だった。
穏やかで、時間が止まっているかのように平穏な日常を繰り返すだけの辺境。
未だに行方知れずのジータの父を探すために、島を飛び出してから故郷がどれだけ平穏だったのか実感するぐらいだった。
「ジータに父さんからの手紙が来たみたいなんだけど、それの中身も分からないし」
「団長さん、確かジータさんとは手紙のやりとりをしてたんですよね? そのことは?」
「それが……15才になったら旅に出るつもりだっていうことぐらいで」
しかもそれを知ったのがつい先日のことである。
セフィラ島に潜っている半年間の間、外部との連絡が出来ずに、自分へと当てられた手紙は交流のある商店へと預けられていた。
「セフィラに潜ってる間にそういう手紙がきてたんだけど、それから先は手紙はなかった」
「うーん、世間から置きざりになっていたか」
「しょうがないと思うぜ、セフィラのことは封鎖されたんだし」
セフィラ島。
ファータ・グランデ空域において高々度に存在する島であり、かつて覇空戦争での激戦地として幾多に戦火に焼かれた大地である。
そこを支配権として封鎖と調査を行っているのがネメア皇国であり、その内部に関しては国家機密だ。
グランたちがこのセフィラに関わったのは、騎空団連合ラファールでの任務が遠因だった。
ラファール所属の騎空団でも信頼された騎空団にしか任務に与えられない【パンデモニウム】
そこに少数精鋭の騎空団でありながら調査任務に加わっていたのがグランたちの騎空団であり、パンデモウニム内部において無限としか言いようがない魔物の群れに、幽世と名乗る軍勢。
これを歴戦の騎空団たちが調査と口減らしに連戦を繰り返しており、参加している中には古の戦場――定期的には覇空戦争時代に撃墜され、あるいは封印された星晶獣が活性化して復活する全空屈指の激戦地において上位の戦績を残す騎空団も所属している。
人間はここまで強くなれるのかと言いたくなるぐらいに極まった騎空士たちであるが、秒単位で数十の魔物を蹴散らす彼らでさえ代わる代わるに潜り、第五層と呼ばれる戦域に踏みとどまり、復活し続ける魔神を滅ぼしながら押し留めているのが現状の精一杯だ。未だに赤き地平も、地上も見えてこない。
グランたちはその面々の一席に席をおいていたが、その少数精鋭のフットワークの軽さを見込まれたのだろう。
ラファール経由で秘匿任務としてネメア皇国からセフィラ島の調査隊として参加依頼を受けていたのである。
「しかし、困りましたね」
グランが遠い目をしながら、地獄としか言いようがない激戦の記憶に思いを馳せていると、新しくハーブティーを入れ直したジャスミンの呟きが耳に入った。
「ジータちゃんも騎空士でもやっているんでしょうか? それならラファールで情報が入るかもしれませんけど」
「団長、ジータは島にはいないんだよな?」
「うん。それは間違いないみたいだ」
村のみんなが見なくなってからそれなりの時間が立つらしい。
となれば別の島に移動してるのは間違いない。
「ポート・ブリーズで情報を集めよう!」
帝国の船が何故ここにきていたのか気になるが、もしもジータが島から出たならばそこで準備なりをしていてもおかしくはない。
何か事情や事件に巻き込まれているなら守ってやらないといけない。
僕はジータの兄貴分なのだから。
妹を護るのが兄の義務だ。
そうしてグランたちは久方ぶりの故郷から慌ただしく旅立った。
姿を消した家族を探して。
そして、その先で不死鳥の獣と出会うことになることをその時は知らなかった。
一方その頃、ジータは無能チビ凸が操る光大砲星晶獣を思う存分に殴り壊していた。