「でぇぇぇぇぇぇい!!」
「てやぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
迫り来る槍を受け流し、襲いかかる剣を捌いて反撃する二人の若者。この作業だけで既に十分は経過している。
相手の剣を持つ手を切り裂き武器を落とし、槍の木製部分である柄を切り穂を落とし、相手の戦意を喪失させる。実にまどろっこしく、穏やかな方法でこの場を乗り切ろうとしている。
二人は背中を合わせ一呼吸置く。互いの背後を守る形となる、今できる最善の休息だ。
「ハハ、ちょっと数多いな」
「虎之助さんにはこの新年初売りのデパートの人混みのような大群がちょっとに見えるんですか?」
「見えないな、どっちかっつーと滅入ってるよ」
「ですよね」
なんとか場を持たせようと会話を試みる虎之助であったが、結果的にはこの状況が如何に危ないものかを再認識させられる形となってしまった。
「沙也佳ちゃんはまだ大丈夫?」
「体力的には、ですけど」
「ハハ、やっぱり精神的に来るものあったか」
何とか笑って見せる虎之助と沙也佳。しかし、現状は笑えるほど甘くはなかった。
黒い兵士の十数人は虎之助や沙也佳の攻撃に気絶してしまったが、それ以外は武器を失っても後ろの兵士から補充し、再びこちらへ向かってくる。殺してやろうという意思が溢れ出ている。
「なんというか、気味が悪いです……。武器を持つ手は明らかに素人なのに……」
「統制もしっかりしてないし、寄せ集めって感じがダダ漏れだ。なのに――――」
「――――なのに、何度も何度も向かってくる」
「台所に出てくる黒いアレの方がまだマシだな。黒い見た目は一緒なのに」
虎之助と沙也佳はその表現に苦笑する。
二人を取り囲む黒い兵士たちは、おぼつかない不慣れな行動で二人へ向かってくる。何度も何度も、意識が途絶えるまで必死に向かってくる。
まるで、何かに怯えているように。
二人に武器を落とされ倒される様を見た他の兵士たちは、明らかに動揺し困惑していた。まともな言葉を発してはいなかったが、虎之助や沙也佳から見れば、「どうやったら勝てるんだ」、「こんなに強いなんて聞いていない」と言った具合に困惑しているような様だった。
それでもなお、兵士たちは二人に刃を向ける。
困惑し、動揺し、恐怖してもなお、二人に対して慣れない武器を持ち特攻する。まるで、二人以外の別の恐怖の要因があり、それに支配されているかのような、無様な傀儡だった。
「物量で押してこない。自分の攻撃が味方に当たるのを恐れてるのか、その逆なのかは分からないけど、戦闘慣れしてないってことは分かる」
「物量で押す自信がないのでしょうね。急造された兵士って感じがすごいですから」
「本当に、指揮官の一人でもいたらオレたち死んでるね」
「洒落にならないこと言わないでください!」
虎之助の冗談染みた発言に沙也佳が大声を上げる。それほどまでに、虎之助の発言があまりにも現実味を帯びていたからだ。
沙也佳の人混み発言にもあったように、黒い兵士たちが物量という利点を活かし効率よく確実に殺しに来られたら、沙也佳も虎之助も剣技だけでは突破できないだろう。
沙也佳の不安を駆りたててしまったことに若干反省しつつ、虎之助は剣を握っていない方の手で自身の胸元を
――――“これ”一つだけじゃ脱出できないな。
溜め息を押し殺し、虎之助はチラリと沙也佳の方を向いた。自分よりも小さい身長、立ち向かうその姿勢に、一人の少女を投影する。
――――何を敵の女といちゃついておるかぁー!!
「いやいやこれじゃないだろオレ!」
「え!? な、何が!?」
――――トラ、確実に一人ずつ倒してゆくぞ!
「うん、状況的にこっちだな」
「だから何が!?」
「あ、悪い。ちょっと考え事を」
――――身長ほとんど一緒の女の子と共闘するとなると、どうしてもダブっちゃうよなぁ……。
虎之助は自身の相棒とも呼べる、片恋慕の少女のことを思い起こしていた。虎之助がこの世界にやってくる前、盛大に告白したのはいいものの、その返事を聞くことなくこちらに誘われてしまった。
胸を張って告白の返事を聞けるように、この世界でも無様なまねはできない。
自己本位ではあるが、結果が他人のためとなる意志を抱き、虎之助は不敵に笑う。
「今度はちゃんと守らせてもらうよ」
「今度……? ああ、あの時のこと思い出していたんですか? いい具合にシンさんには勘違いされたままですよね」
「え? ……あ! いや、そういう訳じゃ」
「シンさんには虎之助さんが私を庇ってるように見えたみたいですけど、あの時は逃げてる最中に力尽きた虎之助さんを、非力な私が運んでる最中に足を躓いて転んだだけで――――」
「わ、悪かったって! ちょっと、その、軍人との戦闘後だったから余力もなくてさ……」
シンに保護される直前のこと、虎之助が沙也佳を庇うように覆いかぶさった状態で二人は発見された。その背後からは崩王の配下である黒い兵士たちが追撃しようと迫ってきていた。その光景を見たシンは、「虎之助は沙也佳を庇い、体中に傷を負ってしまった」のだと。
しかし、沙也佳と虎之助が知る事実は違う。
真実は、「空腹とダメージにより倒れてしまった虎之助を沙也佳が運んでいる最中、足をもつらせて転んでしまった」のだ。
この世界に来る寸前、ある軍人に滅多打ちにされた虎之助に、一人を庇いつつ逃走して追撃兵を追い払うと言う芸当はできなかった。
それをまるで弱みでも握っているかのように、沙也佳はシンにそのことを告げないまま虎之助の体裁を保っている。
「オレは話してもいいって言ってたのに、ズルズルとここまで引っ張ったもんだから言い出せなくなっちゃったんだぞ?」
「それを見計らった上で、シンさんの中の虎之助さんの好感度を上の中くらいまで上げたんじゃないですか」
「え? ……マジで?」
――――この子、とんだ小悪魔じゃないか……。
「さ、雑談はこれくらいにしましょうか。向こうも痺れを切らしちゃいそうです」
沙也佳に対するイメージががらりと変わった虎之助だったが、沙也佳の言葉により現実の戦場へと意識が戻される。
飛び込んでは来ないものの、ジリジリと間合いを詰める兵士たち。気付けば二人を取り囲む兵士たちの密度がさらに大きくなっていた。
遂に、物量での押し込みに切り替わったのだろう、虎之助は思わず生唾をゴクリと飲み込んでしまう。乾きで張り付いていたような喉を引き裂くように、粘っこい唾液がゆっくりと通過する。
「なんとか頑張りましょう。シンさんが戻ってくるまで!」
「そう、だな。よし!」
確りと剣を構え直す虎之助と沙也佳。くだらない話し合いは生き残った後に取っておこうと、言葉を交わさずに理解しあった。
黒い兵士の一人が大きく剣を振り上げる。これが振り下ろされた瞬間、大群が波となって押し寄せる。虎之助も沙也佳も、生に向けての行動を開始する。
『行くぞ
「ぬぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
黒い兵士の凶器で作られた大波が迫ろうとした瞬間、虎之助の前方の黒い兵士の集団の中央から獣のような叫び声と共に、何十人と言う黒い兵士が爆風に巻き込まれたように吹き飛ばされた。
「な、な!?」
同時に、沙也佳の前方の黒い兵士の集団にも異常が起きる。まるでドミノ倒しのように、扇状に兵士がバタバタと倒れていく。彫像のように固まってしまった兵士は、関節を曲げることも伸ばすこともなく、その体制のまま硬直して倒れ込んでいく。
「ワシの身内に手を出すたぁ、いい度胸だ」
決して大きくもなく鋭くもなく、通る声ではないその言葉は、まるで耳元で囁かれたように兵士全体に襲いかかる。その声の発信源たる人物から発せられた殺気に乗り、音速を超えて伝播する。
「え、なに、なに!?」
沙也佳は目の前の異様な光景に、黒い兵士と同じように動揺する。刀を持つ手を思わず降ろしてしまうくらいだ。
しかし、沙也佳の背後に立っていた虎之助は違った。その声と殺気に一度は目を見開いて驚いたが、その殺気に快楽を覚えてニヤリと笑う。虎之助は自覚していないが、涙腺から爆発したように涙が溢れ出していた。
――――なんだよ、こんなところで彷徨ってたのかよ……!
その涙を決して拭くことなく、吹き飛ばされた兵士に気を取られて呆然としている兵士に飛び込んで、何人もの黒い兵士の腕や足を切り裂く。
「トゥラトゥラトゥラァアアアアアアアアアアアアア!!」
溢れ出る虎之助の涙が、兵士の返り血と混ざり還元される。黒い兵士たちはどちらに対応していいか解らず困惑する。
虎之助の雄叫びに数秒遅れて意識を明確にさせた沙也佳は、虎之助の様に兵士の中へ突っ込んでいく。彼女の剣技の速さは親族の中では遅いものの、素人から見ればまるで壁のように襲い来る驚異である。
「せやぁああああああああああああああああああああ!!」
文字通り一瞬、瞬き一回すら間に合わないほどの速度で兵士の両腕を切り裂いていく沙也佳。決して致命傷を与えることなく、正確かつ迅速に対処していく。
関節がほぼ完全に凝り固まってしまっている兵士に止めを刺していくだけの行為、沙也佳がさほど手こずる理由は一つもなかった。
一方の虎之助は、ちぎっては投げちぎっては投げと言った具合に黒い兵士の塊を瓦解させていく。しかし、沙也佳の方とは違いこちらの兵士は身体の自由が利く。動揺しているからと言って、圧倒的多対一であることは変わらない。黒い兵士たちはもう我武者羅になって剣を振るう。
しかし、虎之助はその状況でも笑いを崩さない。
「使えるのはコイツで打ち止めだ……。吹っ飛びやがれ!!」
シュウウウウウゥ……、と音と煙を放つ塊を虎之助は黒い兵士が密集しているところへ放り投げた。
コロコロと転がってきたその塊を見て、兵士が思わずそれを拾い上げようとした次の瞬間――――
――――ドォン!! と眩い閃光と色鮮やかな花弁を纏った光と炎の爆弾が炸裂した。
兵士たちの何十人かは先程動揺、今度は本当に爆風に巻き込まれて打ち上げられた。兵士たちはもう何が何だか分からない状況に陥り、遂には武器を投げ出して敗走するものまで現れた。
彼らを支配していた恐怖という糸が、
「ハハハハハ! トゥラトゥラトゥラ、トゥラトゥラトゥラー!!」
歓天喜地の至境に達し、虎之助は残った兵士たちの武器を掻き毟る。
黒い兵士たちが半壊してきたところで、遅れて二人の和服姿の人物が戦場に参加する。
「“
「“ 吹クカラニ、秋ノ草木ノ、シヲルレバ、ムベ山風ヲ、アラシト言フラム”」
一本の透明な柱のような塊が地面からせり上がり、黒い兵士だけを吹き飛ばすような暴風が吹き荒れる。黒い兵士が密集していた場所はほとんどなくなってしまう。まるでこの二つの攻撃は黒い兵士だけを一掃するためだけに作られたものようだ。
「シン! 無事だったか――――」
「どらのずげざぁああああああああああああああああああああああああん!!」
「え、みぎゃ!?」
シンは虎之助の無事に感極まり、虎之助の腹部目がけて飛び込んで頭を腹部に食い込ませた。衝撃に一度は声を発したものの、徐々に襲い来る気持ち悪さに虎之助の顔は次第に青く染まっていく。
耐え切れなくなった虎之助はそのまま背後へ倒れ込んでしまう。同時にシンの頭がさらに突き刺さり、虎之助の意識が手放されようとしていた。
「シン、退きなさい。虎之助氏が今にも死にそうだ」
「にょわっ!? ご、ごめんなさい!」
燈火の言葉で現状を理解したのか、シンは勢いよく虎之助から飛び降りるが、虎之助はまともに言葉を発することができないでいた。
「…………情けない。こんな風になるような軟な育て方はしてないつもりなんだがな」
「まあ、虎之助さんですし、少し抜けていても……」
「それで得心行くのはどうなのかのう……」
成長した自身の孫がグッタリとしている様を見て、嬉しくもあり悲しくもある複雑な気持ちを内包した表情を浮かべる、立花虎蔵。
出会ったばかりのことを思い出し、少しだけ頼りづらいことを理解しているからか、虎蔵同様に感情の混じった顔を作る、黛沙也佳。
虎之助という人物がどういう人間なのかを二人の言葉からしか読み取れず、虎之助に対してあまりいい感触を得ることができない、大道寺銑治郎。
気絶寸前の立花虎之助を囲う様に、三人の
――――敗退した
――――これほどまでに結束力のある
――――団体行動を拒み単独で突撃し、帰ってこなかった忍がいた。
――――戦争の記憶に体を支配され、兵器と共に自爆したメイドもいた。
――――彼らと似通っていて、それでいて決定的に違う。
――――まるで、
――――それでいて、
――――
――――紫。此度の選別で、この世界の役目は終わりが見えるぞ?
「しかたねぇな、っと」
燈火が考察を繰り返していると、いつまで経っても意識がはっきりとしない虎之助の首根っこを掴み、虎蔵は自身の背中に虎之助を乗せる。
「こんなデカくなった孫を背負う羽目になるとは思わなかったな」
「似合うとるぞ?」
「うるせえ」
「それじゃあシンさん。早いとこここから逃げましょうか」
燈火とシンはそこでようやく最も優先すべき行動を思い出す。
自分たちがなすべきことは、漂流物を逃がして集結させること。そのためにこのコウガ第三帝国からは即刻脱出しなければならない。
「そうですね……。燈火様、早く“悪七兵衛”の像に――――」
「――――待て」
シンが燈火に案内を頼んだ瞬間、銑治郎が静止をかける。
「どうした、銑治郎殿」
「儂らが向かう方向から、この戦争の臭いとは別の血生臭い悪臭が漂ってきよる。儂が先導してそいつの足止めを任されようぞ」
「なに……? 私は何も感じないが……」
銑治郎が感じたその臭いを、燈火同様、他の誰もそれを察知することはできなかった。
「儂だけに向けられとる殺気、そう判断して間違いないじゃろう。なぁに、厄介な相手だったら頃合いを見て儂も抜け出すわい」
「ならばワシも」
「ならん」
虎蔵の申し出に、銑治郎は重くのしかかるような威圧感を込めた声で拒絶する。銑治郎の目は虎蔵を責め立てるような冷たい視線を放っている。
「家族を背負ったままじゃ。そのまま戦わせることは儂は許さん。放り出すことも許さん。その虎之助とやらを担ぎ、燈火とやらに従って疾く疾く逃げい」
「し、しかしだな」
「それに、酒に乗じて宣っておったではないか。なるだけ剣は使いとうないと。無理して戦わせることなぞ儂にはできん」
虎蔵に向けていた視線が急に緩んだ暖かいものとなる。まるで慈悲の視線でも向けているような、仄かにひと肌を感じさせる母親のような目。
「虎蔵殿が来たのは儂より未来じゃが、歳は儂の方がちょいと上じゃ。儂の顔を立てい。もう直に米寿だとかいう欲しくもない肩書が下る。祝い事と言う意味でも良いぞ?」
「…………銑治郎殿」
「しっかり餓鬼共を護っとくれ。それになんだ、杞憂やもしれぬしな。かっかっか!」
銑治郎が声高らかに笑う。それが大げさに振る舞っているものだと理解するのは、虎蔵にとって難しくないことだった。
――――先程から刀に手をかけたままのくせに、何を言ってるんだ。
しかし、虎蔵はそれを口にすることなく、銑治郎の覚悟を汲み取ることにした。
「任せたぞ。再び会えたらまた一杯交わそう」
「旨い酒を用意しとけ」
虎蔵と銑治郎は腕をぶつけあい、一つの約束を交わした。
銑治郎はすぐに燈火よりも前に立ち、刀を抜いて肩に担ぐ。
「先導は任せてもらおう」
「…………シン」
「分かっています」
銑治郎と虎蔵の会話を聞いていた燈火はシンに何かを耳打ちしていたようで、燈火の呼びかけに対してシンは静かに頷いた。
「…………? 何じゃ?」
「こちらの話です。先導、お任せします」
「……かっかっか、任された!」
銑治郎を先頭とし、漂流物脱出組は出口へめけて疾走を開始する。
あとがきしょーとすとーりー 異端厨虎之助
虎之助「剣士のくせに花火使うオレって異端?w」
沙也佳「えっ」
虎之助「将来の職業上仕方がないんだが?w 今の内に練習しているだけなんだが?w」
シン「と、虎之助さん……?」
沙也佳「こ、転んで頭でも打ったのかな?」
虎之助「剣士のくせに奇襲とかばっかりのオレって異端?w」
シン「独房の中で転ぶってのもそれはそれで……」
沙也佳「急にどうしちゃったの……?」
虎之助「恋愛成就させるために大将首打ち取ろうとするオレって異端?w」
沙也佳「」イラッ
シン「」イラッ
完