「“
四人の
彼らはこれが殺気でないことはすぐに分かった。殺気を当てられた時の怖気、悪寒、それらが一切感じられることのないままに彼らは叩き伏せられたからだ。何か不可視で不可思議な圧力が襲いかかってきている。原理は分からずとも、そうとしか考えられなかった。
その何かを行使しているがたいの良い少年は、彼らを見下し暗く微笑む。彼の表情から滲み出る感情は不安定だ。いつ何をするのか、彼ら
それが、
「すごい便利なんだよこれ。いちいち逃げる相手を追わなくて済むしね」
「み、なとっ……! 三千尋ォ……!!」
起き上がろうと手をつけ肘を立てようとする燈火だが、重みに負けてすぐに肘が曲がり何度も倒れ込んでしまう。まるで瀕死の蟻のように、ただばたついていることしかできない。まな板の上の魚よりも滑稽だ。
「先輩、苦しそうですね」
その姿を嘲笑いながら、ゆっくりと燈火に滲み寄る三千尋。燈火が苦しみ足掻く姿を間近で見ようと興味本位で歩み寄る。
しかし、あと数歩の距離にまで近づいたところで、三千尋の笑みがスッと失われる。
燈火の目が、眩しいくらいに輝いていたのだ。諦めを知らない、諦めることを知らない、不屈の心と志がその瞳に宿っていたのを、三千尋は目にしてしまった。
ふと、三千尋は倒れている残りの三人の表情も確認する。
一人は背負われたまま気絶しており目を除くことはできないが、残りの二人の瞳は諦めの敗戦色を見せようとしない。瞳に宿るのは、勝って生きようという前向きな意志だけ、眩い志だけ。
――――勝てると思ってるのかな。
「――――いやいや、そりゃねぇだろ」
三千尋は歯を剥き出しにして口角を吊り上げ、燈火の顎を軽く横に払う様に蹴った。意識を奪うための蹴りではない、甚振るための軽い遊びのような蹴りだ。
「う、ぐ……!」
蹴られてもなお、燈火が再び睨み付けるように三千尋を見上げた瞬間、三千尋はしゃがみこんで燈火の前髪を掴んでグイッと引き寄せた。
「何その目」
「っ……」
「……助けてあげようか?」
三千尋は燈火の顔を自分の顔にグッと近づけて、黒い笑みを浮かべて囁き出した。
「助ける、だと……!?」
「そう。無暗に人を殺すのはよくないことだと思いません?」
「……崩王の下僕が、戯言をほざくか」
パンッ! と乾いた音と共に燈火の頬が叩かれる。平手でまたしても軽く、その場の痛みだけを考えたもの。倒そうだとか気絶させようだとかは今の彼の脳内にはないようだ。
「とにかく、いい話じゃないですか?」
「本当に助けるつもりか……? 下らんな、見え透いた嘘を……」
「いえいえ、きっちり助けてあげますよ?」
三千尋は少し間を開け、自分の口をさらに燈火の耳に近づけた。
「先輩だけ、助けてあげますよ」
「っ!?」
「あれぇ、どうしたんですか? そんな怖い顔をして」
燈火は目を見開き、三千尋を鋭い眼光で睨み付ける。先程とは違い、その目に対して不快ではなく愉悦を覚える三千尋。
「また補充すればいい話ですよ?」
「ふ、ざけるなぁ!!」
「使い捨てですよ。
燈火は奥歯を噛み締め、三千尋の言葉で蘇ってしまったかつての仲間の死がフラッシュバックする。かつての仲間を殺しきって自害した剣士、愛する者に誑かされた弓兵、仲間を逃がすための囮になって帰ってこなかった不良、引き裂かれ殺し合うしかできなかった双子。どれもこれも、燈火のかつての仲間だ。
それを知っているかのような口ぶりで、三千尋は燈火の心を抉る。的確に傷口に塩を塗って揉みしだく。
「さあ、助けて欲しいですか? 一人だけですけ――――」
「お断りだ!!」
「……ま、そう言うと思ってましたけどね」
食い気味に三千尋の言葉を遮り拒絶の意思を示す燈火。怒気を孕んだその表情と叫びに、三千尋は少し冷めたように溜め息を吐いた。
「――――じゃあ、趣向を変えよう」
三千尋は右手を振り上げ、軽く振り降ろした。
「“
「あ、ぐぁっ!?」
すると、倒れている
「沙也佳さん!?」
「実力で排除します。もう三段階くらい強くしたら圧殺できますよ。次第に強くなっていくので、恐怖も相まっていい声を上げてくれますよ、きっと」
「あ、あっ……!? うぁ、あああああああああっ……!?」
沙也佳が身動きもとれず悶えて苦しんでいく。上から圧し掛かる重圧に肺が押され、内臓は圧迫され、頭には
沙也佳の意識が朦朧とし出し、目の焦点も会わない程混乱してしまう。顔を紅潮させたと思えば全身を粟立たせ、自分の感情が理解できない状態に貶められてしまった。だらしなく唾液を垂らし、意識を保つので精一杯のようだ。
何とか支えになろうと、もう一人の
「沙也佳ちゃんを狙うのは甚だ不本意だけど、しかたないよね。悲しいけどこれ戦争なんだよね」
「や、めろっ……! やるなら私から殺せっ……!!」
「先輩は今のところ生かしておこうと思ってます。僕は優しいですからね」
そう言いながら三千尋はもう一度腕を振り降ろす。そうするとさらに沙也佳の身体がビクビクと痙攣して体が悲鳴を上げだす。
「いやっ、いやぁああ……!! ひぎっ、いやっ、やだぁあああああああ――――」
それを最後に、沙也佳はまともな声を上げられなくなってしまった。人語にならない、掠れた動物のような叫び声。
「さ、できるだけ平等に殺してあげたいので、次はそのおじいさんに喘いでもらいましょうか」
「ぐっ……」
「やめろ、やめろ港……!」
「――――やめないよ、こんなこと滅多にできないんだからさ」
燈火の懇願を振り切り、虎蔵を標的にして再び能力を行使しようとする三千尋。彼の腕が不条理に挙げられ――――
「川神流、無双正拳突き!!」
三千尋の背後から脇腹に鋭い拳が食い込んだ。
「――――ぐっ……!?」
「ちょっとやりすぎたな、お前」
「かっ、川神、百代っ……!? 何で――――」
「答える義務は、ない!!」
百代は余していたもう一つの腕で、三千尋を地下道の最奥まで一気に弾き飛ばした。
三千尋は未完成の地下道の遥か深くに落下してしまう。地下道の奥から三千尋の叫び声が響き渡ってくるが、百代はそれを気に掛けることなく燈火に近づいた。
それをやってのけた張本人は、艶やかな黒い髪を揺らし、燈火に対して手を差し伸べた。
「大丈夫か?」
「……ああ、助かった。よく来てくれた」
燈火は百代の手を掴み立ち上がり、すぐさま沙也佳の下に駆け寄る。
「あ、あ…………」
「沙也佳さん、沙也佳さん!」
「退け。こういうのは同じ女に任せろ。男に見せちゃいけない顔してるからな」
百代は燈火をグイッと押しのけ、着ていた川神学園の制服をかけて沙也佳を覆い、沙也佳の顔を隠す様に抱きしめた。次第に沙也佳の痙攣も収まり、気づくと沙也佳は眠りに落ちていた。
「つぅ……。スマン、何もできなかった」
ようやく自由が利くようになった虎蔵が、虎之助を叩き起こしてこちらへ寄ってきた。
「じいちゃん、何かあったのか? ていうか沙也佳ちゃん大丈夫!?」
「もう黙ってろ」
「沙也佳さん以外は何とか大丈夫か……。川神、沙也佳さんを任せていいか?」
「ああ。まゆっちから頼まれていたことでもある。任せておけ」
百代が沙也佳を背負ったところで移動を再開しようとした燈火の下に、二つの人影が向かってくる。
「おお! お主ら無事だったか!」
「銑治郎殿! 生きておったか!」
「そう易々としにゃせんわい、かっかっか!」
無事生還した銑治郎と虎蔵はがっちりと握手を交わす。それを横で見ている虎之助は全く銑治郎との面識がないせいでこの光景が不思議で仕方がなかった。
「さ、沙也佳さん!? どうしたんですか一体!?」
その虎之助の横を駆け抜け、シンが意識を失っている沙也佳に駆け寄りアワアワとしていたが、そっと沙也佳を触ってシンは沙也佳が生きていることを確認する。
沙也佳が生きている、それだけでシンに涙を流させるには十分だった。
「よかったぁあああああ……!」
「さて、全員揃ったな」
燈火は全員の姿を確認する。
沙也佳が倒れている理由も分からず困惑しているが、虎蔵から一定の距離を保ち離れようとしない虎之助。しつこくまとわりつく虎之助を何度も肘や足で弾いては困ったように笑う虎蔵。その二人のやり取りを笑いながら見守る銑治郎。
気を失っているものの、まだ戦線に復帰できる可能性のある沙也佳。沙也佳背負いながらも圧倒的な力を見せつけることができるであろう百代。百代に背負われた沙也佳の顔色を何度も確かめようとするシン。
――――使い捨てですよ。
――――使い捨てなどではない!
三千尋に言われた言葉を思い出し、心の中で反論する。
――――此度の徴収で、この戦いを終わらせてみせる。そのために私は私を捨てたのだ。
燈火の決意は固い――――
◇ ◆ ◇
「――――武神はなしだろ」
地下道の最奥まで弾き飛ばされたはずの三千尋は、百代の正拳による傷以外の大きな外傷は見受けられなかった。ピンピンしているという表現は間違っているが、同様に満身創痍という言葉も似つかわしくない。かと言って、平然としている訳でもない。体は確かに大きな怪我を刻んでいながら、三千尋の興奮状態は冷め止まないでいた。
肉体と精神の繋がりが希薄なのか、三千尋の状態は正常ではなかった。
「崩王様々だよ、まったく」
三千尋が立ち上がり体の異常を確かめる。
――――右拳だったのは幸いだったかな。
三千尋はまだ戦えると判断し、これからどうしようかと思考を巡らせる。
「目的は果たしたし、漂流物撲滅ってのももう少し先延ばししてもよさそうだし」
「追わないの?」
そこに、革のベルトでギチギチに固められた少年が来訪する。
「高坂、君こそ追わなくていいの? 待望の武神様がいるっていうのに」
「伝言は渡した。それに、あの人が誰かを背負った状態での決闘は望まないから」
「そう。それじゃあ帰る?」
「いやいやお前ら。
虎綱と三千尋が帰宅の意思を示して出口へ向かおうとしたところに、またしても新たな来訪者がやってきた。
「灯、接待はもういいの?」
「手早く終わらせてきたぜ。崩王ちゃん自分で動こうとしないもんだから」
「――――ちゃん付けするお前の方が
「立場、弁えてみようか?」
「余計なお世話だ修行馬鹿共。それより、もう帰っちまうのか?」
やいのやいのと言い合いを続けながらも、三人は
「それで、灯は何でここまで?」
「戦果の報告だ。一応全員に通達しないと崩王がうるさいもんでよ」
「まるで友人みたいな口ぶりはやめてくれないかな? 一応僕たちの頭張ってるんだから」
三千尋が灯の態度に苦言を呈する。上下関係というか、主従の関係から部を弁えろと暗に指摘しているのだ。
しかし、灯は飄々とその苦言を意に介さず適当に受け流してしまう。
「はいはいご忠告どーも。そんなお前に素敵な
「今さっき団体様を逃がしたばかりなんだけど」
「間に合わなかったって報告すりゃいいけど、やらなかったら流石に俺も怒られる。そりゃ勘弁願いたいんでね」
「はぁ……。命令だっていうならやるよ、やればいいんでしょ?」
諦めたように溜め息を吐き、三千尋は灯と一緒に残党狩りに講じることとなった。
「あれ、僕は?」
「先に北の戦線帰っても良いぜ?」
「
「男に懇願されたってホイホイ着いていかねーからな?」
「じゃあ終わるまで待ってるよ。なんか
「――――そんな死んだような目を好き好んで見る奴いねぇよ」
あとがきしょーとすとーりー 共同企画控室
王貴「」
エリカ「そんな真っ白にならなくてもいいじゃない……」ガチャッ
十夜「あれ、王貴……さん?」
王貴「! 貴様、確か主人公枠の塵芥……」
エリカ「ハロー。どうしたの?」
十夜「いや、その、俺も出番がですね、最近なくて……。誰かいるかなー、なんて思ったり……はい」
王貴「……失せろ。ここは貴様のようなレギュラー枠が来るようなところではない」
エリカ「アンタもレギュラー枠よ」
梓「十夜くーん、そろそろ出番だってー」
十夜「え、あ、はい! スイマセン失礼します!」バタン!
王貴「行ったか……。ふん、仕方あるまい。王たる
エリカ「ほら、涙拭きなさい」
完