MAJIKOI×DRIFTERS   作:霜焼雪

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第十四幕 Sugar Mountain

 

 

 

 突如始まった戦争の第二ラウンド。一対一の決闘のはずが、周囲から見れば何よりも暴力的で圧倒的な闘争に思えてしまう。先程の第一ラウンド、一子の黒い兵士を用いた殺戮の方が生易しく感じられることだろう。

 

 方や鬼神、方や悪童。

 

 狼を従える鬼神は両の腕を豪々と輝かせ、臨戦態勢に突入する。悪童の目的を達成させず、かつ自分の得心を得るために戦う。

 

 飄々とした悪童は笑みを崩さない。鬼神と戦うことが、鬼神と出会ったこと自体が彼の目的の一部のように、彼の調子は崩れない。

 

 

 

 

 

 結果を述べてしまえば、鬼神は悪童に敗北する。

 

 

 

 

 

 殺されるわけでもない、かといって満身創痍になるわけでもない。それでも鬼神は悪童に大敗を期すことになる。

 

 悪童はすべての目的を完遂し、鬼神を詭謀に陥れる。鬼神はそれを防ぐことができなかった。

 

 

 

 これから始まる闘争は、悪童の命がけの奇譚。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 

「無双正拳突きぃ!!」

 

「おっと」

 

 

 

 千李の目にも止まらぬ速さで放たれた拳を、刑部は紙一重で回避する。その回避された拳の先にあった複数の家屋の残骸がさらに粉みじんにされてしまう。

 

 

 

「さらに乱れ突きぃ!!」

 

「よっほっほっと」

 

 

 

 辺りを破壊しながら繰り出される猛追を軽やかに回避していく刑部。攻撃をする気がないのか、ただただかわし続けて千李を挑発していく。

 

 

 

「ちょこまかと……」

 

「爆弾みたいなもんいちいち構ってらんねぇよっとぉ!」

 

 

 

 刑部は急激に速度を上げて千李に襲いかかる。殴ろうとしている訳ではなく、掴みかかろうとするように両手を大きく広げての突進だ。千李は瞬時にそう察して一歩下がり、刑部が仕損じた瞬間を狙って拳を叩きこもうと気を集中させる。

 

 それを予期していたのか、刑部はさらにスピードを上げて掴みかかろうとしていた体を勢いよく丸め、全宙の要領で飛び込み千李に踵落としを仕掛ける。

 

 千李は僅かに不意を突かれた形となるが、拳を放つことに変更はない。千李は刑部の脚を砕こうと拳を向けた。

 

 

 

「ところがぎっちょん!」

 

 

 

 待ってましたと言わんばかりに、刑部の口角がさらに吊り上った。

 

 千李の拳は刑部の脚には当たらなかった。千李の右腕の肘を擦る様にすり抜けた刑部の右足は地面に吸い付き、刑部の身体は千李の右脇に入り込んだ。

 

 固より刑部の脚は千李を狙っていなかったのか、してやったりと不敵な笑みを浮かべていた。千李が右拳を出したことにより開けた右のわき腹に、刑部は全力の拳を叩きこもうとする。

 

 

 

「何がぎっちょん、よっ!!」

 

 

 

 しかし、千李はその追撃を許さない。

 

 体中から闘気を爆発させて衝撃波を発生させ、刑部の身体ごとその拳を弾き返した。

 

 

 

「……ぎっちょんなんだな、これがよぉ……」

 

 

 

 

 

 悪童の奸計の一つが嵌った。

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 千李の身体に不可解な怖気が走った。攻撃を防ぎ、なおかつ反撃を成功させて上向きな流れを掴んでいるのは間違いなく千李だ。傍から見ても千李から見ても、千李が優位に立っているのは明白だろう。

 

 しかし、刑部の笑みは歪んでいくばかりだ。自分の怪我に何かしらの快楽を禁じ得ながら立ち上がった。所々から出血し、折角の高価なトレンチコートにも血の染みがついてしまう。それでも、刑部は笑う。

 

 

 

「へっへっへ……」

 

「……気持ち悪いわね、その態度」

 

「悪ぃね。こんな感じにされちまったもんだからよ……」

 

 

 

 刑部は自分の腹を摩り、口の周りに着いた血をべろりと舐めとり、硬骨な表情を浮かべつつ千李ににじり寄る。

 

 本能的に千李は刑部に拒絶反応を覚え、滅多に恐怖を覚えない体が鳥肌を立たせる。女性的にも動物的にも、刑部は敵と判断された。

 

 

 

「変態になり下がりましたね」

 

「へへっ、変態の方がもう少しマシだろうぜ」

 

 

 

 笑いながら歩み寄る足を止めようとしなかった刑部に、千李はついに攻撃を仕掛けてしまった。

 

 

 

「銀狼牙錬撃!!」

 

 

 

 千李は拳の嵐を刑部に向けつつ、複数の気弾を交えて刑部を排除しようと猛攻撃に移る。その壁のように迫る攻撃を全て回避することは刑部にはできず、弾きいなしてなんとか耐え忍ぼうとしたが、鬼神に対してその考えは甘かった。

 

 気弾のいくつかを胴体に食らい、さらには拳も直撃してしまう刑部。口からは盛大に血を吐き出し、全身に痛々しい傷跡を付けられてしまう。

 

 

 

「ぐふっ……!! へ、へっへっへ……!!」

 

 

 

 それでも、刑部は笑ったままだ。体中の傷から血を流し、立っていられるのが不思議なほどの重症にも拘らず、刑部はまだ千李に歩み寄る。

 

 もっと殴れ、もっと痛めつけろ、そう訴えかけるような行為だ。

 

 その刑部の屍のような振る舞いに、千李は一歩後ずさる。

 

 

 

「……えっ?」

 

 

 

 後ずさったのは千李、しかし、理性的には千李は立ち止まっているつもりだった。千李の本能が恐怖を覚え、危険だと判断した結果の現れだ。

 

 千李に対し、刑部はこれ以上ない恐怖の象徴と化した。

 

 

 

「逃げるなよ……。お前が危なっかしかった頃から今に至るまで潰してきた人間は、もっと、もっと惨い姿だったろ……?」

 

「くっ、そ……!」

 

「お前は精神修行やらなんやらで忘れたのかしらねぇけどよ、背負うべきもん忘れてるわけじゃねぇだろ? お前は捨ててきていいって思ってんなら、親失格だよなぁ……?」

 

 

 

 千李は拳を構えるが、その構えが安定していない。動揺が表面に現れてしまった証拠だ。

 

 千李の今までの被害者の全てを知っているように立ち振る舞う刑部は、千李の罪悪感を駆り立てる。千李は刑部の背後に、再起不能になった死人のような武人の大軍を視認する。

 

 

 

 

 

 悪童の奸計がまた一つ、嵌る。

 

 

 

 

 

「戦えねぇか? じゃあ一子は貰っていくぜ?」

 

 

 

 動揺を隠しきれなかった千李の隙を突き、刑部は素早い動きで一子のいるクレーターに駆け寄り、倒れている一子を抱きかかえた。

 

 その動きに千李は驚愕する。決してその速度が見切れない訳ではなかった。問題は、満身創痍の刑部がそれほど速く動けたと言う事実。

 

 

 

「な――――」

 

「体中痛いが、痛いだけだからな。まぁ……」

 

 

 

 この程度で動揺する方が悪い、そう刑部が言い放った瞬間に、千李の右腕から闘気が爆発した。

 

 

 

「餓皇双狼刃!!」

 

 

 

 牙をガチガチと鳴らし、爪を最大限に立たせた狼が顕現する。千李がこの世界に来て作り出した狼の中で最も巨大で、最も獰猛な獣。

 

 千李はそれを憤怒と焦燥に任せて解き放つ。爆破させるように地面を蹴り、空気を引き裂き刑部へ襲いかかる。大きく開けられた口から発せられる咆哮は、千李の心の怒号の現れだろう。

 

 その狼を見て、刑部は最高に歪んだ笑顔を浮かべた。

 

 

 

「一子、やれ」

 

 

 

 次の瞬間、一子の両目が大きく開け放たれた。目尻と目頭を引き裂かん勢いでこじ開けられたその双眸は、千李の狼をしっかりと視界に捕えた。

 

 

 

強奪(シーズ)

 

 

 

 

 

 悪童の奸計が、がっちりと嵌った。

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 千李の身体から、ごっそりと“何か”がなくなった。千李は激しい虚脱感と嘔吐感に襲われ、千李はその場に跪いてしまう。しかし、千李は倒れ込みそうになりながら何とか刑部を見据える。

 

 

 

 

 

 

 そこには、一子の背後から延びた大きな手が、狼を握りつぶそうとしている光景があった。

 

 

 

 

 

 千李は訳も分からぬままその光景を眺めているだけ。狼を戻そうとしても制御が効かない。足掻きも虚しく、千李は地面に座り込んでしまい、狼は一子の背後にある“何か”に吸い込まれてしまった。

 

 それを見た刑部は、今までのような口角を上げるだけの笑顔を消し、腹を抑えてしまいそうなほど高らかに爆笑する。

 

 

 

「ハーッハハハハハハァ!! こいつは我ながら傑作だぁ!!」

 

「な、にを……」

 

「ご丁寧に教えてやろうか千李? お前が無様にも“力を失くした”原因をよぉ?」

 

 

 

 千李に対する挑発を止めようとしない刑部に対し、千李は何とか立ち上がって再び戦闘に突入しようとしたが、どうしても足が言うことを聞かなかった。立ち上がるどころか、手を地面についていないとバランスが取れない程。

 

 

 

「……ま、俺からしたら気分もいいし、ご教授してやろう。有りがたく聞いとけ」

 

 

 

 一子を背中に背負い直し、刑部は千李に少しだけ近寄った。反撃はされまいと僅かに警戒心を残しているのだろう。千李が立ち上がり動かない限りは刑部に届くことはない距離だ。

 

 

 

「俺ら廃棄物(エンズ)って連中には、よく分からんちっこいガキから一人一つちょっと特殊な力が与えられる。今の現象もそれだ」

 

 

 

 そう言って刑部は一子を背負い直す。

 

 

 

「一子の強奪(シーズ)は“対象の気を奪い行使する”って力だ。一子の本能が才能を欲したんだろうぜ?」

 

 

 

 コイツには才能がないからな、と刑部は一子を優しく揺すりながらそう付け加える。

 

 

 

「だが、コイツは才能がないことを認めたくはない。だから本人の意識があるうちは使えねぇ。誰かしらが命令しない限り、使うことはできても奪い取ることはできねぇ」

 

「じゃあ、この失われた感じって――――」

 

 

 

 

 

「お前の狼は、一子の中だ」

 

 

 

 

 

 千李の頭が真っ白になった。

 

 今まで培ってきた技の一つが、あっさりと他人のものになってしまったという事実を認めたくないのに、体は狼がいなくなってしまったことをはっきりと理解している。千李の肉体と精神が齟齬をきたし始めた。

 

 しかし、いなくなったのはあくまで一匹、右腕の一匹だ。

 

 

 

「と言っても、一匹分の気をもらっただけだろうぜ。一子が毘沙門天を奪った時も、他の顕現は奪えなかったからな」

 

 

 

 その言葉に、千李の精神がさらに不安定になる。

 

 

 

「今、なんて――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前のジジイを殺す前に奪って話だが、それがどうしたよ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブツリ、と千李の中の何かが切れた。

 

 

 

「うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁッ!!」

 

 

 

 千李は考えることを放棄し、完全なる殺意を持って気弾を刑部に向けた。一撃一撃が先程の爆弾のような拳以上の威力を秘めた、殺戮兵器だ。

 

 釈迦堂から外れた気弾は更地になったハーピーの村に追い打ちをかけるようにクレーターを作っていく。千李と一子の戦いの余波で無理やり埋められた死体が、再び掘り起こされてしまう。地獄絵図とはこのことだ。

 

 その地獄絵図すらも、刑部にとっては予定調和だ。

 

 

 

「言い忘れてたな。俺も力をもらっててよ――――」

 

 

 

 千李を見下ろす様に説明しようとした刑部の腹部に、爆弾のような気弾が命中した。

 

 命中したが、爆発はしなかった。

 

 千李がその不発に疑問を覚えてようやく思考を復活させたところで、刑部は自分の腹部にめり込んで停止した気弾を“直に掴んで口に運んだ”。

 

 

 

 

 

悪食(グラットン)

 

 

 

 

 ばくり、と気弾を一口で食べた刑部に、千李はもう何が何だかわからなくなってしまっていた。

 

 

 

「――――ごちそうさま。と言った感じに、俺は“他人の気を食べる”。一子と違って相手に回復を赦しちまうから、これは相手に対する力じゃなくて自分に対する力だ」

 

「あ、う……」

 

「それにしても、大分気を詰め込んだみたいだな」

 

 

 

 千李の気を完全に体内に取り込んだ刑部の傷が見る見るうちに回復していく様を見て、千李はもう声を出すことすらままならなくなっていた。

 

 娘を追ってやってきたこの世界で、千李は娘だけでなく妹も技も、プライドまでも奪われてしまう。

 

 

 

「じゃあ俺らは帰るわ。せいぜい元通りに回復しておいてくれよ? また食べに来てやるから、な」

 

 

 

 その貪欲な瞳に、千李は何の反応もできなかった。ただ見つめられ、身を震わせただけ。反撃の意思すら奪われていた。

 

 

 

「誰も殺さずに帰って正解なのかねぇ……。まぁ一子の力が発動しなかったら俺死んでたし、許してもらえるか」

 

 

 

 そう言い残し、刑部は颯爽とその場から立ち去って行った。

 

 残されたのは、瀕死の漂流物たちと、森の中にポツンとできたクレーターだけ。

 

 

 

「…………何がどうなってやがる」

 

 

 

 その光景を見つめる弓兵と、生き延びたハーピーたちは戸惑うばかり。

 

 

 

「……こんなところで、終わらせない……」

 

 

 

 その中でただ一人、前向きな希望を瞳に宿した犬耳の少女がいた。

 

 彼らの戦争はまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 

 

「与一ー!! 弁慶ー!!」

 

「誰もいないようだな。あの阿呆共、大将である俺を置いてどこに消えた……」

 

 

 

 大陸の遥か東にある密林地帯。そこで二人の剣士が遭難していた。

 

 一人は少女、馬の尻尾のような髪の毛を揺らしながらキョロキョロと辺りを見回しながら、自分の信頼できる人物の名前をひたすらに叫んでいる。

 

 一人は少年、トラのマークが入った白いベルトに差した刀をしきりに触りながら、何やら不満を爆発させているようだ。

 

 

 

「十勇士の連中ならばともかく、高坂までいなくなるとはどういう了見だ……」

 

「よいちぃー!! べんけぇー!!」

 

「ええい鬱陶しい!! 少しは叫ぶのを止めんか!!」

 

「よいぢぃー!! べんげぇー!!」

 

「な、泣くな阿呆!!」

 

 

 

 思わず涙目になった少女を慰める少年。こういうことに慣れていないのか、少年もあわあわとしながら少女をあやす。

 

 

 

 ――――ええい、武士道プランの申し子の癖に泣き虫な!!

 

 

 

 少年は不満を決して口に出さず、少女をひたすらにあやしていた。

 

 すると突然少女は泣きやみ、少年の背後に見える何かをじっと見つめる。

 

 

 

「…………」

 

「……?」

 

 

 少年も少女と同じ方向を見ようと振り返る。そこには木々が並んでいるだけで、三六〇度全方位変わらぬ景色、少年にはそうとしか見えなかった。

 

 しかし、少女は明らかに何かを見ている。抽象的な何かではない、もっとはっきりとした光景をその視覚は捕えている。

 

 それと同時に、少女の鼻がヒクヒクと動く。視覚だけでなく嗅覚でも何かを察知したようだ。

 

 

 

「火の手が上がってる。それに、戦の臭い……」

 

 

 

 漂流物(ドリフターズ)による闘争が再び――――

 

 

 





 キャラクター紹介

・立花虎之助
 立花家の自爆テロリスト、国際指名手配犯。
 この顔見たら一一〇番、と全国のコンビニや駅に顔写真が張られている。
 必ずロケット花火を持っているため注意が必要。
 酒を与えるとダウンするため、捕獲は容易だが爆破が危険

・黛沙也佳
 天使、母性本能溢れる妹キャラ。
 リアリズム妹とか全国七〇〇〇万人のオタクと虎之助を歓喜させる。
 虎之助との面識がなく危険人物としか思っていないが、姉とは知人。
 黛姉を巡ってちょっとしたエピソードがあるが、それはまた後日書かれるかもしれない。
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