「あなた方
調査隊が帰還して数十分後、キツは咳き込むことなく言葉を紡ぎ、自分と同じ空間にいる人間三人にそれを投げかけた。
「別世界の人間でも、姓名容姿性格全てが一致した記憶違いの同一人物が存在します。故に、二度目の初対面、一方通行的な面識が発生します」
「二度目の初対面?」
「あなた方に説明するには、平行世界の同一存在だとか、他の選択肢を選んだもう一人の自分だと説明すると伝わりやすいようですが」
「つまり、そこの東の大将が俺を覚えていないのは、俺が知っている九鬼英雄ではない。そう言いたいのか」
三郎はキツの言葉に対して、僅かな苛立ちを込めた言葉で聞き返す。
九鬼英雄が調査から帰還した直後、三郎は英雄に対して友好的、とは言わないが、見知った間柄のような振る舞いで話しかけた。
どうやってここに来た、他の連中はいるのか、お前がいながらこの村の有様はなんだ、そもそもこの世界はなんだ、聞きたいことを英雄に対してぶつけた。キツから話を聞けばよかったのだろうが、猫耳を生やした男子の知人に妙な違和感を覚えた三郎は、まだ正常な英雄に全てを聞こうとした。
――――まずは名乗れ。お前ら、初対面の人間に対しての礼儀を欠いているではないか。
その一言は、またしても三郎の眼を見開かせた。
三郎は英雄に対するどうしようもない怒りを覚えて刀を抜こうとしたが、どうやら英雄は三郎の隣にいる義経にも面識がないような態度をとっていた。
少しばかり思考を巡らせるために頭を冷やすことに成功した三郎は、義経を知らないと宣った英雄に奇妙な違和感を覚えた。
その違和感を感じた三郎に説明するため、キツは二人の仲裁をとるように間に入り、三人を同じテーブルに座らせ、今に至る。
「そもそも、だ。我は天神館は知っているが、そこの生徒との交流は皆無と言っていいほどない。先程の怒りはお門違いだ」
三郎の言い分を、英雄は僅かに苛立ちを覚えながら跳ね返した。
「……天神館の夏服など、見る機会はないものだと思っていたがな」
「ふん、いいだろう。お前が俺の知る九鬼英雄ではない、ということはなんとか認めてやろう。あの財閥の御曹司がそうそう人の顔を忘れるはずがない。ましてや、お前らが手塩を掛けて成就させた武士道プランのコイツを知らないという時点で、本人であるかどうかも怪しいところだからな」
そう言って三郎は義経の肩をポンと叩いた。
肩を叩かれた義経はと言うと、急に話を振られたことに驚いたように肩を震わせたが、それ以前に何かに脅えて言うように縮こまってしまっていた。背中を丸め、肩をすぼめ、視線すらまともに前を向けていない。
「義経、と言ったな。あの源義経のクローン、と」
義経は英雄に声を掛けられて再び肩を震わせてしまう。
怯えている原因はまず間違いなく九鬼英雄だ、そう悟った三郎は義経に声をかけようとしたが、寸前でその言葉をごくりと飲み込んだ。
ここでかけるべきは言葉ではなく、気遣いだ。
「覚えてない、というか、知らないのだな……」
「うむ」
きっぱりと英雄は言い放った。その歯に衣着せぬ直球的な物言いが、鋭利で長い刃物となって義経の心に突き刺さる。それはずぐりずぐり、と音を立てて心を引き裂こうと深く広く傷口を広げていく。
その痛みを耐えながら、義経は言葉を紡ごうと頭を回転させる。
「……それでも、少しは頼ってもいいか?」
頭を必死に悩ませて、心の痛みを必死に耐え忍びながら、心の奥から絞り出した言葉は懇願だった。
三郎の妙にやさしい視線に包まれ、ようやく発せる事が出来た義経の本音の言葉。
「……フハハハハ! 要らぬ心配だな!」
その本音だけで構成された言葉に対して、英雄からはじき出されたるは豪快な笑い声と、よそよそしく願い事を述べた義経に対する指摘。
「民を慕うのは我らが役目! 加えてもう一人の我が招いたことだというのであれば、なおのこと懇意にせねばなるまい!」
覇者は自身の胸を拳で叩き、義経に対して爽やかな笑顔を向けた。燦々と輝く太陽のように明るく熱いその様に、義経だけでなく三郎までもが目を見張る。
一瞬だけポカンとしてしまった義経だったが、直後花開かせたように明るい笑顔を取り戻した義経。
そのやり取りを見ながら、三郎は考察する。
――――なるほど、本質は変わらないということか。
奇妙な保護者のような存在であった三郎が、ふっとほくそ笑んだ。
◇ ◆ ◇
「別世界の人間との関係性は実に奇妙で興味深いものです」
コウガ第三帝国から西へ向かう山道、ガタガタと荷馬車に揺られながら、燈火は
馬車を操るシンも、激しく駆け抜けていく馬の足音や散らされる石が弾ける音の隙間を縫って、燈火の話に聞き耳を立てていた。
「この世界はあなた方の存在していた世界とはかけ離れた異世界ですが、あなた方の世界は薄氷一枚で隔たれた密な関係にある。ただの他人とは訳が違うのです」
「私が銑治郎さんを知らないのに、銑治郎さんが私のことを知っている。こんな一方通行的な関係がよく見られるんだ」
「確かに、儂が知る百代とは雰囲気も態度も違うようじゃ。かように心がお淑やかで強かとは、別人のようじゃな」
百代は対面に座っていた銑治郎を例に挙げ、その例を銑治郎自身が実感していた。
銑治郎の知識にある百代はもう少し落ち着きがなく、強者を追い求めるような不安定さを兼ね備えた危うい存在だった。銑治郎は百代の違いをこの中で最も理解していることだろう。
その揶揄するような発言に、百代は苦笑しながら返答する。
「そっちの私はお淑やかではないんですか?」
「お主の方が別嬪さんじゃのう。生きるために命を燃やしておる様が煌びやかじゃ」
ニカッと笑った銑治郎に、百代も笑いで返す。銑治郎が百代のことを知っていたこともあり、早くも二人はなじみ始めているようだ。
「この二人の関係のように、一方だけが相手のことを知っている状態が一つ。他には――――」
「ワシとこの馬鹿みたく、互いが互いを見知っているってことだろう。世界線とやらはよく分からんが、まず間違いなく同じだろうよ」
燈火の説明を上から塗り潰すように、虎蔵が虎之助の頭をワシャワシャと掻き回しながら発言する。虎蔵が力任せに髪を掻き分け頭皮に指を立ててぐわんぐわんと頭を揺らすと、虎之助は心地よい痛みと無理やり頭を振らされていることに奇妙な感覚を覚えていた。。
「うおっ、いきなり何すんだじーちゃん!」
虎蔵の力強い撫で回しに嫌そうな言葉を並べるが、その声はどう聞いても毛嫌いしているように聞こえない。恥ずかしさを隠すために言葉だけ反抗的になっているだけのようだ。
その表情は分かりやすく、虎之助が上機嫌であることを示すような明るい笑顔。
――――虎之助さん、嬉しそう。
決して声には出さなかったが、それを見ていた沙也佳は虎之助を温かい目で見つめつつ、少しばかり悲しい感情を覚えていた。
身内がいることを見せびらかせられると、どうしても身内が恋しくなってしまう。家族仲がいい人間ならそれは当然の感情だろう。
加えて、沙也佳は先程まで三千尋に襲われた恐怖から抜け出せないままでいた。ようやく解放された今も、まだ声を出すのが躊躇われるほどに精神がやれてしまっている。
拠り所であった少年がああも蕩けてしまっていては、沙也佳の拠り所とはならない。
人肌以上に心の温かみを探している沙也佳に対し、背後から人影が近寄る。
「他の関係性と言えば!」
「わひゃあ!?」
ほんの少しだけ憂いを帯びた表情を浮かべた沙也佳に、突然百代が飛びついて両腕を沙也佳のお腹に回してギュッと固定した。
「互いに知っているが、世界線が違うという感じだろう。沙也佳ちゃんのお姉ちゃんから話は聞いていたぞ?」
「わ、私も一応、手紙伝いですけど……」
「……だが、私とは別の世界の沙也佳ちゃんみたいだけどな」
そう言うと百代は少しだけ力を加え、沙也佳をさらに自分に引き寄せた。ひと肌のぬくもりを求めているような行為だが、彼女の表情から満足や充足という言葉は読み取れない。
あるのは物寂しさ、歯痒さ。
今の不安定な精神状態の沙也佳にとってはきつい抱きしめが相応しいかったが、百代はそれを意図的に行った訳ではない。百代もまた、不安定なのだ。
「私はそこの立花一家の存在を知らない。東西交流戦で天神館の試合を全部見たが、二年生でそんな奇怪な刀を使う奴はいなかった。それに、剣聖と呼ばれていた人間に立花なんて人間はいなかったしな」
「そいつは不思議だな。一応剣聖の看板は背負わされていた身で言わせてもらうが、これでも広告塔として剣聖の肩書を後生大事に抱えてきたんだ。川神院の直径ともあろう武神がそいつを知らないってなると、教養不足を疑う」
「教養不足なのは認めるが、強者に関してだけは例外なんですよ? 私の知識は」
世界線の問題でなければ馬鹿にされてもおかしくないぞと、僅かに白い目で百代を見つめた虎蔵に対し、百代は真っ向から視線をぶつけ合った。
「けど、沙也佳ちゃんは二人のことを知っている。これで私たちは別の世界線の人間ということになる」
百代は虎之助、沙也佳、虎蔵の三人に意識を向けながら確信を以て宣言する。
――――私もまた、別の世界線だろう。
その様子を見ながら、燈火もまた疑問を抱えていた。
燈火と同じ世界線の人間は、はたして
◇ ◆ ◇
「あなた方は最も複雑な例、互いを知らない姉弟という立場です」
与一が根城としていた洞穴の中、四人の漂流物と一人の犬耳の少女がその場に会していた。
パチパチと、洞穴内を照らす焚き木が燃え盛り火の粉を上げて、静寂を打ち消している。
刑部が撤退した後、与一と協力して
――――我々
非日常を求め非日常を演じていた与一にとって、
与一は少女に対し、お前らが特異点をここに集めたのかと問うた。
――――我々は、あなた方をかき集めるために存在しています。
与一はその一言に弓を収めた。下手な動きを見せたら即座に射殺すと言う警告を付けて、犬耳の少女に現状の説明と解放を頼んだのだ。
少女の使う奇術は実に奇妙なものだった。
傷ついた漂流物の痛みを緩和させる効果によって、目を覚ました
そして今、漂流物同士の関係性について焦点が移っていた。
「同じ川神姓、加えて同じ家族構成から養子までが一致しているという条件下、あなた方は互いを知らない」
「……姉貴は、一人だけ、です」
両膝を抱えながら、十夜は決して顔を上げることなく呟いた。
十夜はあの戦いの後で最も早く目を覚まし、ハーピーたちの死体の埋葬や介抱に尽力を尽くしていた。一子について考えてしまうことから逃れるため、逃避の手段として傷を抱えつつ他人のために動いた。人見知りなど圧し殺し、無心で働いた。
しかし今、一子のことを否応なしに考えさせられる状況になってしまった。十夜の精神状態が急速に風化し崩れ去る。
「私だって弟なんかいないわ。まゆっち、適当なこと言わないで」
千李は苛立ちを顕にしながら少女に反論する。
千李は一子を奪われ、狼を奪われ、自身の不甲斐なさに怒りをため込んでしまっていた。その怒りが漏れた結果がこの苛立ちだ。
あの戦いの後は決して気絶することはなかったが、千李はしばらく呆然と自分の右手を見つめたまま動けずにいた。狼が奪われたと言うことを直視することを避けるように、無気力に近い状態になりかけていた。
互いが互いを牽制しあう様に、焚き木を挟んで対角線上に座り込む十夜と千李。否定しあい、威嚇しあい、血の繋がりを否定していた。
自暴自棄手前の十夜と自分に対する怒りを抱えた千李の威圧感をひしひしと受けながら、まゆっちと呼ばれた少女は千李をじっと見据える。
「適当なんかじゃありません。現に変わり果てた妹を見ているのでしょう? 十夜さんにとっては姉、ですか。あと、私はまゆっちではなくユイです」
強気になって反論するその様は、十夜と千李を驚愕させるには十分だった。
ユイの容姿は十夜も千李も知っている、彼らが属していたグループにいた大人しい少女と同じであった。まゆっちという愛称もそこから引き出されている。故に、口を開けば謝罪をし、本音は馬のストラップに代弁させていた彼女の姿で、堂々と意見を述べて反駁までやってのけたその姿に、二人は驚愕を禁じ得なかった。
「妹さんもまた、あなた方と違う世界線の血縁者でしょう。あなた方がそう感じたはずです」
「……あんなの、ワン子じゃない」
ギリッ、と十夜の奥歯が悲鳴を上げる。
一子の変貌ぶりを目の当たりにし、一子の妖艶な奇行に振り回されたことに、十夜はどうしようもない感情をため込んでいた。自分の憧れであり恩人であり家族である少女の姿をした悪魔に、十夜は引っ掻き回されてしまった。
しかもそれが
「俺もあれは違うと思うぜ。感覚の物言いだけどよ」
「同じく、あんな悪の塊が同じ世界の特異点とは思いたくもない」
十夜たちと同じように焚き木から間隔を開けて岩を椅子と見立てて座り込んでいた準と与一も、奇妙な具足を身に纏っていた一子の存在を否定していた。
準はあの後最も遅く目が覚め、気が付いた時には既にこの状況に突入していたため、話し合いには強制的に参加させられる形となっていた。尤も、目を覚ましていてもこの話し合いに参加していたのは明白であるが。
準は一子という人間を、他クラスであったとは言えよく知っているつもりであった。彼女の姉から、彼女を慕う者たちから、彼女の仲間たちから、嫌と言うほど彼女の魅力について語られ、それを目の当たりにしている。準が襲ってきた異形の一子を、自分の知る一子と認められるはずがなかった。
一子との接触は最小限であった与一でさえも、あの一子に関しては嫌悪感しか示していない。自分が知る川神一子と言う少女は、誰よりも思いやりのある優しい人間だと、ひねくれた与一もそう感じていた。
「この世界に招かれた以上、こういう奇妙な関係は普遍的に発生します。故に、あなた方には覚悟が必要とされます。かつての仲間と敵対する、殺し合う覚悟が」
ユイは淡々と冷ややかに、四人に対して現実を叩きつけた。
「……ふざけんな」
その現実を最も否定し、拒絶した十夜が立ち上がってユイに詰め寄る。
「何が
「これだけでは道具のように感じたかもしれませんが――――」
「道具じゃねぇか、戦争の駒ってことだろうが、なぁ!?」
十夜が吠えた。頭も心も沸騰させ、無抵抗に戦争に呼ばれた理不尽さをユイに訴えかける。ユイがこれを仕組んだ人間ではないと言うのは重々分かっている十夜だったが、十夜は声に出してぶちまけてしまいたかった。
それほどまでに十夜の内側に怒りが積もっていた。しかし、その怒りは自分に向けたものではない。
――――あんなことをやっちまうような性格に弄繰り回されたワン子が、可哀想だろうが……!!
十夜が抱えていたのは、家族を道具にされたことに対する憤怒だった。恩人を人形にされたことに対する義憤だった。
自分のことよりも、ここにいる別の
「落ち着きなさい」
高ぶった感情のままにユイに掴みかかろうとしていた十夜の肩が、弱弱しい手によって掴まれた。
「……千李、さん……。何ですか……」
「その子に当たったって意味はないでしょ? 冷静になりなさいな」
「アンタだって、一子の家族だろ!? 何でそんな落ち着いてんだ!」
「……落ち着いてないわよ」
十夜の言葉が痛いところを突いたのか、千李の口内からゴリッ! と聞き慣れない音が聞こえた。
すると、千李の口元から血が溢れ出した。それを千李は手でグイッと拭い取り、十夜の目の前に突き出した。その赤黒い血の跡に、十夜は少しだけ頭を冷やされる。
千李の口内がどうなっているか、十夜には想像もつかない。
「一周回ってクールになったわ。だから、今は自分に対する怒りを自分にぶつけてまた一つクールになった。後は、残った熱い怒りを一子をあんな化け物にした張本人にぶつけるだけ。ユイちゃんにぶつけても、解決しない」
「……分かってる、分かってるよ……っ!」
自分を痛めつけて冷静になった千李に戦慄しながら、十夜は何とかして自分も落ち着こうとする。しかし、十夜に溜まった怒りは千李以上の意味合いがある。幾重にも重なり複雑になった彼の一子に対する想いは、どうやっても押さえ付けることはできない。
その抑えられない思いに従って千李の手を払い除け、十夜は洞穴の出口に覚束無い足取りで向かって行った。
「お、おい川神!」
その消え入りそうな後ろ姿に不安を覚えてしまった準が十夜の跡を追って出口へ走っていく。
「アンタは追わないのか?」
十夜を止めた千李に対し与一が問いかける。最後まで止め切らないのかと、責務を問いただす。
「警戒されてるからね。私が出る幕じゃないわ。井上くんに任せましょう」
――――それに、他人に構っていられるほどの余裕がないのよ。
千李は自身の右手を見つめ、自身の目的を改めようとする。
あとがきしょーとすとーりー 共同企画控室
エリカ「あーあー、行っちゃったわ……」ガチャッ
準「俺を殺す気かよ、あの貧弱……」
エリカ「お疲れ様」
準「あ、どうも……?」
エリカ「どうしたの?」
準「あ、いえ……。失礼ですが、質問を一つしてもよろしいでしょうか?」
エリカ「セクハラはNGよ?」
準「守備範囲外なのでご安心を」
エリカ「……それはそれでムカつくわね」
準「エリカさんでしたよね、参加するんですか?」
エリカ「しないわよ?」
準「え、じゃあ何故ここに……?」
エリカ「弟が心配で忍び込んだの」
準「えっ? そればれたらまずいんじゃ……」
エリカ「大丈夫大丈夫、「霧夜王貴は時々姉成分不足で発作を起こす」って履歴書に書いておいたし」
準(なんでそんなやつを紫は雇ったんだよ)
完