三郎と義経がケットシーの村に到着した翌朝、キツも英雄も三郎も目覚めぬほどの早朝に義経が一人で外に出て村を散歩していた。散歩とは言っても、気分は晴れないし朝の爽やかな気分も得られることはできなかった。
理由は明白。ケットシーの村に漂うのは死の香り、蔓延する煙霧と朝方の靄が陽光を段々に遮る不快な気候、それを体中で受け止めて快感に浸るような狂人ではないからだ。
改めて壊滅具合を確認していた義経だったが、徘徊すればするほど彼女の頭の中で、やり場のない複雑な感情がぐるぐると目まぐるしく動き回っていく。もっと早くこの場に辿り着けていればこの惨状も変わったかもしれない、という自責の念。何故このような悲劇が起こされたのか、という当然の疑問。流体状の重苦しい感情が義経の脳内を支配していく。
臨時に作られた火葬場は灰と木くず、こびりついた焼け焦げた死臭だけを残し、ただの更地に戻っていた。ひょっとすると、その更地には大きな一軒家が建っていたかもしれないし、この村の名産品を育てていた畑かもしれないが、義経にそれを知る術はない。あるのは、火葬場に使われたという事実のみ。
義経は踵を返し、火葬場であった更地から墳墓へと向かう。
墳墓とは言っても、こちらもまた元々は墓ではなかったのは明白だ。家の枠組みがちらほらと残った中央に膨れ上がる土の丘、死体を引きずったとしか思えない血の轍、放り投げられた農耕具。必死に土を掘り起こし、せめてもの思いで弔ってやろうとした結果であろう。
その少し離れた部分に、こちらの墳墓より小さめの土の山がもう一つ建てられていた。義経はそれを見ただけで何かを察することができた。
――――敵兵まで弔うその様、見事。
村を壊し命を奪い、殺戮の限りを尽くしたであろう黒い兵士と呼ばれる存在の墓。そのように丁寧な墓標が建てられれている訳ではないが、土の盛り方が甘いことやより乱れた血の跡が、死者に対する敬意が薄れていることを示している。
義経は二つの墓に両手を合わせ、深く深く
十数分かけて義経は村の徘徊を終わらせる。その徘徊の最中に見つけたほんの少しだけ開けた広場に座していた。石を土に埋め込んで作られた円形の、村人たちの憩いの場であったと思われる広場の汚れと小石を払い、義経は膝を突き瞑想に入っていた。
思うことは多く、まとまることは決してないだろう。しかし、義経は乱れた心を正す必要があった。今日明日中にやってくるであろう大隊を相手にするため、義経は剣をより鋭く尖らせて待機すると決めた。
それがこの混濁した脳内を解消し、死んだ村人の深き悔恨を晴らす最善の手段と判断したから。
義経は愛刀を鞘から引き抜き膝に寝かせ、目を瞑ったまま刀身を徐になぞる。義経ではない義経、彼女のオリジナルと言える平安末期の名武将、源義経が愛用されていたとされる刀に触れ、何かを確かめようとしているようだ。
罪人の身体を肩から膝まで切り裂き、怨恨が収束した妖怪を伐倒し、蛇の声で調べを奏でるように吠えた、千年近く失われていた刀に呼びかけ頼る。
――――ぬるい、ぬるすぎるね。
声が聞こえた。
道化が観衆の前でおどけたような、閻魔が罪人を糾弾したような、師匠が門下生に叱責したような、親友が肩を叩いて激励したような、幼児が大人を軽視したような、聞くものを錯綜させる不可解な笑い声。
――――ははは、笑わせやがる。こんな
「……何が、おかしい」
――――全部、とは言わないでおいてやるよ。同一人物一歩手前の
ギラリ、と義経の刀が鈍く光る。
――――戦場に要らん感傷を持つことが一番の過ちだ。死んだ奴のことを顧みる、甘っちょろい奴だ。
「…………」
――――精々、楽しむと良いさ。
刀から光が失われ、声は聞こえなくなった。
ほんの少しだけ差し込んでいた陽光が黒雲に飲み込まれ、村には自然の恵みとも言える明かりが辿り着かない暗さを引き起こしてしまう。
「……嫌な天気だ、本当に」
◇ ◆ ◇
義経が徘徊を終わらせてから大よそ数時間が経過したところで、キツの容態が悪くなった。咳き込んだり血を吐いたりするいつもの生理的現象とは違い、頭を押さえ苦痛の表情を浮かべながらも、歯を食いしばり必死にペンにインクを染みこませて羊皮紙に書き込む様は実に痛々しかった。
――――黒き兵士、おおよそ五十名……!
その言葉を最後に、キツは意識を失い机に倒れ込んだ。
――――キツは自然の精霊に呼びかけ索敵をすることができる不思議な言葉の力があるようだ。精霊崇拝の一種だそうだがな。
キツの代わりに状況を一番理解していた英雄が義経に説明した。かつて黒き兵士との戦いになった際にその能力のおかげで穴を突くことができたと、英雄は感謝の意を気絶したキツに向けていた。
キツの最期の言葉、「時間がない」とはどれほどのことなのか。キツの采配で言う所の紅茶が入れられる程度の数分か、装備を整えてようやく対応できるかどうかの数十分か。
しかし、「時間がない」と言われてしまえば、即座に動かないような人間はそうそういない。義経は勢いよくキツの家から飛び出して周囲の気配を探る。相手が生物で兵士であれば、義経が認識できないはずがないからだ。
半径一キロ弱に及ぶ索敵の結果、発見してしまう。索敵担当と思しき選考した五名程度の何かが、散会しながらこちらに向かってきていた。決して速いとは言えないのは慎重なためだろうが、一時間もしない内に敵軍の本体が村に到着することは明らかだった。
義経に続いて外に出てきた英雄にその旨を伝えると、英雄は「あやつらに伝える必要がある!」と村の奥へと駆け抜けて行ってしまった。
そして、その索敵終了から約十分。義経の定期的な索敵による若干の精神の乱れが顕になってきていた。相手に気づかれないように気を巡らせ他人の気を探る、精神に相当な負荷のかかる高度な技術の多様に、流石の義経も疲労の色を見せ始めた。
その時だった。
「阿呆。焦ってどうする」
聞き慣れた声と共に義経の頭が小突かれた。力強いが肉体的には痛く感じない、心に重く感じる拳に義経は目をパチパチとさせ、勢いよく後ろを振り向いた。
そこには、既に刀を抜いて戦闘態勢に突入している天神館が十勇士の大将が、呆れたような表情を浮かべて首を鳴らしていた。
「い、石田君……!?」
「鳩が
義経の頭を再び小突き、三郎は義経の一歩前に出て肩を回して関節を解していく。その様に義経は数秒の間思考を停止させてしまったが、すぐに意識を明確にさせて三郎に食い掛かる。
「こ、断ったじゃないか!」
「……キツとやらの思惑にまんまとはまってしまうことは、未だに不愉快だ。それは変わらん」
だがな、そう区切って一息置く。
「い、一宿一飯の借りを返しに来ただけだ。甚だ不本意ではあるが協力してやろう」
――――僕に力貸してくれないかな?
――――全く、あの鍛錬馬鹿のせいだ。おかげで俺の出世街道は蛇腹になってしまった。
九鬼家の反逆において三郎は友人に頼まれた光景を思い出す。人の頼みを素直に聞き入れることのできない、仲間に対して不必要な感情移入、どれも三郎の出世街道の道のりを長くする行為だ。
そんな彼を応援し付き従った腹心、そんな彼の陰に隠れた懐刀のような仮病使い、そんな彼の初めての友人とも言える好敵手。三郎の価値観はくだらない友情で情けのないものに堕落する。
それでも彼は出世街道の遠回りを楽しみ始めている。
――――誰かから聞いたかは忘れたが、一番の近道は遠回りだった、と言えるようだ。せいぜいそれが真実であると願い、邁進する他ない。果てしなく続くこの道を、心臓が破れんばかりに駆け抜けてやろう。
「この石田三郎、やるからには全力を賭して対処する。なに、出征街道を
「素直に協力してやると言えんのか、貴様」
三郎の言葉を遮る様に呆れたような文言が飛来する。
声の主を視界に入れるべく義経と三郎が背後を振り返ると、そこには声の主だけでなく、多くの兵士が武器を構え防具を纏い、燃え盛る闘志を瞳に宿して集っていた。ただの農民ではない、かと言って憤怒に支配された木偶でもない。
明確な勝機を手に入れるため参列した正規兵に近い。
「フハハハハハハハッ! 九鬼英雄が即席兵団だ! 剣兵十名、弓兵四名、槍兵十名、騎兵と銃兵がいないのが辛いところだが、即席ならば十二分の成果を発揮できるぞ!」
「き、貴様……。一体いつの間に
「驚くのも無理はないだろうが、我が指南したのは武具の「驚異」だけだ。槍も剣も、このケットシーとやら、種族柄なのか容易く身に付けおったわ!」
「ゴホッ……。かくいう私も、剣技なら腕に覚えがありますよ……」
その即席兵団の後ろからヒョコッ、と顔を覗かせたのは、先程まで完全に気を失っていたキツだった。
「キツさん! 大丈夫なのか?」
「皆さんが奮闘している中、私だけ倒れているなんて無様なことはできませんよ……」
余程無理をしているのか、義経の気遣いに対してキツが笑顔で答えても、その笑顔が青白く染まっていては大丈夫と思えるはずがない。
「無茶をするな阿呆。敵の初期行動を読めただけでお前の役目は果たしただろう」
キツのその姿が無様だと言わんばかりに、三郎は苛立ちの籠った視線を向けていた。
しかし、キツはそのむしゃくしゃした感情を直に充てられて嫌な顔一つせず、それどころか心地良い様に微笑を浮かべているではないか。
「気味の悪い。ヨッシーそっくりなのも相まってかすこぶる気持ちが悪い」
「おっと、失礼しました」
両手で口を覆い隠して三郎のきげんをこれ以上損ねないように配慮するキツ。
「できる限り、敵の動きをお伝えします。剣の腕前と言っても、私には自衛しかできぬでしょう。ケットシーは元来、俊敏な動きと短剣による刺突を得意とします。自分の身は自分で守りながら戦況を把握いたしましょう……ゴホッ」
「無理を言わず、女子供と一緒に隠れている方が賢明だと思うがな」
三郎のその悪意のない発言に義経も賛同していたが、その言動が彼らの心の傷を深く抉ってしまう。
「……女子供は、もうほとんどいません」
「……なに?」
「あのお墓に眠る大半は、子供や戦闘能力の低い女性なんです」
三郎と義経は目を見開き絶句してしまう。よくよく見れば、英雄が編成し率いてきた兵士の中には華奢な体躯の女戦士も混じっている。余程の覚悟と状況でなければ、このようなか弱い女性が戦場に駆り出されることはあってはならない。
しかし、剣兵にも弓兵にも槍兵にも少なくとも一人ずつ、激しい闘志に身を焦がしている女兵士が混じっている。
「ここにいる四人の女は何とか生き延びることができた。子供はあと二人、地下に造られた食料庫にこの村の老いた村長と共に避難させてある。後の村人全て、この兵隊に参集している」
「男も数名殺されました。しかし、明らかな殺意のない、「殺しやすい」女子供、臆病そうな若者から狙って……ゲホッ! 殺して、いきました。私も狙われていたようですが……」
その場に居合わせたのかどうかは分からないが、英雄は唇を噛みやり場のない怒りと詫びる気持ちを抑え込んでいる。キツは生き残ってしまったと言わんばかりに、何故彼らだけ殺されたのか、返答者のいない疑問に頭を食い破られていた。
「……彼奴ら、そこまでの外道か」
その二人の姿と集った兵士たちの震える心を全身で受け止めた三郎の刀がバチッ! と唸り始めた。風も吹いていないこの村において、三郎の周囲に上昇気流が発生したかのように彼の髪がざわざわと震え始める。
「こんなに不快な気分になったのは、義経にとって初めてだ」
動揺に、義経も怒気の孕んだ声を吐き散らすと共に闘気を高めていた。三郎のように音を立てて身体に影響を与えるような変化はないが、周囲の靄が義経を中心に切り裂かれて僅かながらに晴れていく。
二人の剣士の戦う理由が、これ以上ないほどに定まった。
「…………っ!? み、皆さん! 武器を構えてください!」
突然キツが叫んだ。
反射的に武器を構えることができたのは三郎と義経のみ、英雄は武器を持っていないので拳を握り、数秒遅れてケットシーの兵団が武器の穂先をキツの視線の先に向ける。弓兵は二手に分かれ、高台に移動し高低差の攻撃を仕掛ける組とその場に残り支援する組を作る。
大よそ半径三キロ程度の円に治まってしまうような小さな村に静寂が訪れる。ほとんど更地と言っても問題のないこの土地に視界を遮るものは少ない。
鎧や武器が微細な体の動きで音を立てるが、それ以外の音は何もしない。呼吸が止まってしまったのではないかと思わせる程に、恐れを助長する金属音以外は排他されたようだ。
ゴクリ、と誰かが喉の渇きを無意識に潤そうと唾を飲みこんだ。次の瞬間――――
数十以上の黒い塊の集合体が、彼らの頭上から落下してきた。
陽光がない状態での頭上からの攻撃に真っ先に気づいたのは義経だった。彼女が上を仰いだ瞬間、その場にいた者が上を見上げ、絶句する。
『う、うわ――――』
ケットシーの兵士が叫び声を上げる寸前、三郎が飛び立った。
「せぇい!!」
黄金色の龍を纏ったように刀身が震え、眩い閃光と共にその塊は綺麗に十字に切り裂かれる。引き裂かれた塊を村に落ちないように空中で何とか弾き飛ばすが、二つの塊を零してしまう。
その切り裂いた感覚に驚愕した表情を浮かべながら、三郎は叫ぶ。
「義経ぇ!!」
「ああ!!」
ケットシーらに目掛けて振ってきた塊を、義経は着弾する前に高速の斬撃で細かく斬り、闘気を帯びた剣撃で村の外まで弾き飛ばした。残りの一つも対処しようと剣を振るった義経だったが――――
――――曲がれ。
義経の鋭い踏み込みからの一閃は空を切ってしまう。その手ごたえのなさに義経は目を見開き対象の軌道を確認した。
黒い塊の欠片は一度重力に逆らい空中で跳ね上がり、落下予測地点を大幅に変更したではないか。
その不規則と言うか、不可解すぎる軌道に翻弄されたように、義経は踏込を止めてしまう。そのまま残りの一つの欠片は村の誰もいない場所に落ちた。人的被害はなかったものの、その真下にあったものはあっさりと潰れてしまった。
『は、墓が……!』
「ちっ……!」
「……くそぉっ!」
三郎は自身の対処の甘さに舌打ちし、義経は己の判断ミスに吠えた。
敵の攻撃はケットシーたちに肉体的攻撃を仕掛けるように遠距離の攻撃を仕掛けた。しかし、結果的に狙われたのは彼らの精神だ。
ケットシーの感情が揺さぶられ、武器を握る手が遂に激しい震えを伴い始めてしまう。
『突撃ぃ!!』
ケットシーたちの不安定さが露呈したのを見計らったように、密林から数騎の黒騎兵が武装された馬を操り四方から飛び出してきた。騎兵は片手に手綱を握り、斧槍をもう片方の手に握り地を這わせて突撃してくる。
『弓兵ぇ!! 動きが止まったら即座に敵騎を仕留めよ!!』
その瞬間、英雄が義経と三郎の聞き慣れない言語を用いて弓兵に喝を入れた。激しく震える大音響と、それに共鳴し膨れ上がる覇気を全身に浴びた弓兵は即座に弓と矢を構えた。
その爆弾のような喝撃に心身揺さぶられたのは弓兵に留まらず、ケットシー全体の士気を立て直した。震える穂先は馬の眉間を差し、短剣を己の手のように馴染ませているケットシーの洗練度は取り戻される。
ケットシーの槍兵が敵騎兵の攻撃を回避しながら馬の脚を狙い落馬を誘発しようとするが、敵騎兵も手慣れた様にそれを跳躍し回避する。しかし、その先に待ち構えていたケットシーが身軽に飛び跳ね騎兵の武器を切り落とし落馬させる。
ケットシーから大きな恐怖が消えたことを確認した三郎と義経は、互いに背中を合わせて全方位からの攻撃に備える。しかし、二人が近づいた理由はもう一つあった。
「石田君、あの塊……!」
「やはりか、思い過ごしであってほしかったな」
二人は顔を見合わせることなく、刀から伝わった奇妙な感覚を共有し合う。
「「死んだ生き物の寄せ集め」だ。それも、まだ死んで間もない」
「確りと血が抜き取られているのに何かわけがあるのかは分からないけど、趣味が悪いなんて言葉では片づけちゃいけない!」
「胸糞悪い、阿呆も極まった敵将がいるようだな」
二人の怒りのボルテージが最高潮に達する寸前だと分かるほど、彼らの内に秘められた闘気が膨れ上がっていく。それに呼応するように各々が握りしめる刀が震え吠える。
「まずは騎兵だ! 次段が来る前に機動力を奪うぞ!」
「ああ!」
決意を新たに剣士が動いた。
あとがきしょーとすとーりー 共同企画控室
ガチャッ
灯「……おいハゲ」
準「なんだサボリ魔」
灯「エリカさんどこいった」
準「なんかふくよかな体のおっさんとスタジオ行ったぜ?」
灯「あれ、あの人参加者じゃないだろ? 何しに行ったんだよ」
準「「ちょっと弟の晴れ舞台見に行ってくる」って言ってた」
灯「そんな気はしてた」
完