MAJIKOI×DRIFTERS   作:霜焼雪

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第二十一幕 百萬発弾

 

 

 

 ズキン、ズキン、と体を奔る鋭くも後を引く痛みに三郎はゆっくりと意識を取り戻す。その痛みの発信源は己の左腕、折れた曲がった程度では納得のできないその痛みの理由を、意識の曖昧な三郎は認識できないでいた。

 

 一体どんな状況に晒されているのだろうか。潰されているのか、引き裂かれているのか、まだ救いがあるのかどうか。三郎の右手が半身を握りしめようと稼働する。

 

 しかし、ガタガタと震えるその手には何の感触も得られない。どうにも狙いが定まらないのか、左腕を掴むことができない。二度三度、何度も何度も空を切る三郎の手の震えは、か弱い命の儚さを映し出しているようだ。

 

 長い時間をかけて、三郎の左肩が自らの手によって掴まれる。ここまでくれば後は手を這わせるだけ。児童でもできる簡単な行為だ。

 

 しかし、三郎の手がするりと落ちる。何も掴めず何も触れず、沿うべきはずの輪郭を失い彷徨ってしまう。

 

 三郎は痺れを切らし、体中に走る痛み全てを無視して体を無理やりに動かし、左半身を見ようと首を傾ける。閉じられたままの目蓋を強引に抉じ開け、暗闇に閉ざされていた世界に光を差し込ませる。

 

 真紅に染まった制服、体を雁字搦めに固定する古臭い布、所々に飛び散る骨肉の欠片。

 

 自分の身体についていたものを視認し、ようやく三郎は不明瞭だった意識をはっきりと覚醒させた。

 

 

 

「い、石田さん! ご無事ですか!」

 

 

 

 耳元で発せられる疲弊した叫び声。寝起きがけに襲いかかる鼓膜の痛みに嫌悪感を示して上半身を起こそうとする三郎だが、左肩から迸る激痛がそれを許そうとしない。

 

 

 

「お前……!? ぐぅっ……!!」

 

「無理をなさらないで! 血も足りていません!」

 

「…………お前が、手当てを……?」

 

 

 

 三郎の視界に移った人影は、自分のよく知る病弱を装った男に猫の耳という不要なオプションを取り付けた奇妙な存在、キツ。その目の見開き具合、口元の歪み具合が三郎の気絶するまでの感覚を次第に呼び戻していく。

 

 得体の知れない能力に風穴を開けられた腹部。何の抵抗もできず、死角からの刺突に呆気なく膝を付いてしまった。

 

 その腹部から大量に漏れ出す己の血液。一矢報いる前に少女を救い出した、彼にしては珍しい他人を優先した行動で無様に倒れ込んだ。

 

 

 

 そして、他人のために犠牲にした左腕。

 

 

 

 戦争の臭い、襲い来る仲間、切られた左腕。気絶してしまっている状況でないことがようやく思い出された三郎は、居ても立っても居られず体に鞭を打って必死に立ち上がろうとする。

 

 

 

「止めておけ。それ以上の無茶は体に障る」

 

 

 

 グッ、と三郎の右肩が力強く押さえられた。

 

 

 

「……九鬼……? 何故、泣いて……」

 

「十分だ。十分やってくれた」

 

 

 

 英雄は三郎の右肩を強く強く握りしめる。英雄は恐らく今にも抱き着き感謝の意を示したいのだろう。体がウズウズしているのが見て取るようにわかる。

 

 しかし、自分を庇ってくれたことで剣士の命とも言える腕を失った三郎の身体を労わり、普段なら誰彼ところ構わずハグをする自分自身を抑えつけている。申し訳なさと感謝の気持ちで既に彼の感情のダムは決壊してしまっているが、そのあふれ出た思いは全て涙と三郎の右肩を握る力に変換している。

 

 

 

「感謝を言葉にしても伝えきれぬ。すまない。感謝している……!」

 

「…………そう、だったか……。あまり、記憶に、なくてな」

 

 

 

 三郎は嘘を吐いた。

 

 糸のような細く固い何かに腕をしっちゃかめっちゃかに締め付けられ、跡形もなくなった自分の左腕を求めるように肩から噴き出した鮮血、気を失ってしまうほどの精神的衝撃と激しい痛み。どれもこれも鮮明に思い出される。

 

 それなのに、三郎は何の気まぐれか、はたまた痛みで頭がおかしくなったのか。普段の彼ならばしないような他人を護ると言う行為に加え、お前のせいだと他人に責任をなすりつけようとしない。

 

 三郎は痛みを振り切って自嘲してしまう。

 

 

 

「それより、だ……! 九鬼紋白は、どうなった……!?」

 

「……まだそこにいる。まだ、な」

 

 

 

 英雄は親指を突き立てて自分の背後を確認しろと指示した。

 

 英雄の肩から顔を出し、その先の戦況を確かめようとする。

 

 

 

 

 

 ――――なんだ、これは。

 

 

 

 

 

「貴、様ぁ……!!」

 

 

 

 小規模ながらも全てを抉り風化させんとする竜巻が金髪紅眼の少年を中心として吹き荒れる。竜巻の勢いを少年の威勢、威圧と捉えるのであれば人を殺すような勢いだ。

 

 しかしその中心にいる少年は地に伏して立ち上がれないでいる。それだけでこの竜巻の性質が途端に保守的なものに見えてしまう。少年を護ろうと必死に吹き荒れている。

 

 加えて、竜巻は一つではない。もう一つの竜巻が少年を食らおうと牙を向いている。

 

 

 

「……はっ、はぁ……! す、すまない……」

 

「お気になさらずお嬢様。獲物をもらっちゃってるからね」

 

 

 

 吹きすさぶ竜巻に真っ赤な頭髪を靡かせ、身を削るような風の爪を肌で心地よく受け止める少女。少女の周りにも砂埃が巻き上がった削岩機のような嵐が吹き荒んでいた。それでいながら少女の後ろで活きを整えている満身創痍の幼女を護る、攻守一体の能力だ。

 

 バチバチ! と音を立てて互いに身を削り合わせるように衝突する二つの竜巻。その中心部から生じる衝撃波のような突風は大地に砂の津波を起こしているようだ。

 

 

 

「待てぇっ…!! 待つんだ、灯くんっ……!!」

 

 

 

 その衝突を背に、刀を支えとして激昂する少女。怒りだけでなく、何故と問うた様に困惑にも支配された体はぶるぶると震えて止まらない。息も不規則に乱れ、滲む汗も不快感しか感じないようなものとなっていく。

 

 背中に滲む引き裂かれたような三本の傷跡さえなければ、ただの動揺と捉えられたことだろう。

 

 少女の意識は、既に痛覚に寄り麻痺し弾得ている。その状況下でも決して倒れることなく、橙色に近い頭髪を携えた少年を呼び止める。

 

 

 

「まだ立つか。そんな頑張りは見てて結構悲しいぜ? 悲しいけどこれ戦争なのよね」

 

 

 

 飄々と笑いながら少女を嗜めようとする少年。ギラリと鈍く光る彼の犬歯と、煙が漂っている右腕にべっとりと張り付く血液がその笑みを一層不気味に映している。

 

 

 

 三郎の目に映る二人の漂流物(ドリフ)、三人の廃棄物(エンズ)。彼らの小戦争が勃発したのは、三郎が目覚めるほんの数分前のことだった――――。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「何をしているんだ! 灯くん!」

 

 

 

 一歩、無意識に義経の脚が前に出た。英雄を護れる範囲からははみ出さず、それでいて新たな来襲者に一足で攻撃に移れる距離。義経はその限界を見極めながら、足を細かに動かしてにじり寄る。

 

 

 

「何って言われてもなぁ……」

 

 

 

 その義経の行動に対して全くの警戒を見せない廃棄物(エンズ)、国吉灯は笑いを崩さない。

 

 義経と灯、二人は前々からの面識がある様に話を進めていく。それも、灯にはそのことにも動揺していない。

 

 

 

「今はこっちも戦力を失うのが惜しくてね。最後の仕上げまでに玉繭(その力)を手放すわけにはいかなくってよ」

 

 

 

 そう言って灯は背後で倒れ込んでいる紋白に視線を一瞬だけ向けた。

 

 

 

「分かる様に説明してくれ……! もう何が何だかさっぱりだ!!」

 

 

 

 精神状況が平常心そのものの灯に対し、義経の脳内は既に疲労困憊、こんがらがって理解が追い付いていなかった。

 

 

 

「……あー、おいそこの行燈機構(ラント)

 

 

 

 今の義経では話にはならないと判断したのか、灯は英雄の後ろでビクビク震えているキツに苛立ったような声で呼びかけた。

 

 

 

「わ、私……?」

 

虚木霊(ココダマ)のキツだろ、お前。お前のおかげで何人漂流物(ドリフ)を逃がしたことか。こっちの修行馬鹿がぐちぐち漏らしててな。せいぜい夜道には気を付けた方がいいぜ?」

 

 

 

 不気味に微笑んだ灯に、キツはささっと英雄の背後に身を隠して灯の視界から姿を消した。キツにとっては隠したつもりだったのだろうが、尻尾がピョコピョコと見え隠れしている。

 

 その尻尾が英雄の視界にも映っているのか、英雄も苛立っているように言葉を荒くする。

 

 

 

「おいお前、隠れるならしっかり隠れろ。頭隠して尾隠さずとは無様だぞ」

 

「す、すいません……」

 

「うーん、これで姿が天神館のEカップちゃんだったらよかったんだが、天神館は天神館でも病弱男じゃあな……」

 

 

 

 そう愚痴をこぼし、

 

 

 

「――――しっかり説明してやれ。俺のことを知らない訳じゃあるまいし、なぁ?」

 

 

 

 英雄とキツをまとめて鋭い眼光で射抜いた。この件に関してほぼ非のない英雄も巻き添いで身を震わせ、叱責の対象となったキツはその目を見ていないのにビクリと震え怯えていた。

 

 しかしキツもただ怯えているだけではない。

 

 震える体に鞭を打ち、英雄の脇からゆっくりと顔を出し、カタカタと歯を打ち合わせる口を動かして声を発しようとする。

 

 

 

「……ぉ、崩王軍最高幹部、遊撃の将(パルチザン)、国吉灯……!」

 

「……幹、部……?」

 

 

 

 何度目の驚愕だろうか、義経は目を見開いたまま灯を見つめ続けていた。

 

 

 

「そういうこと。悪いけど黙っててくれ。義経ちゃんを殺すのはまだ時期尚早、ってやつでな」

 

「灯、く――――」

 

 

 

 信じられないと、嘘だと言ってくれと懇願するように、刀を右手だけに持ち替えて一歩足を踏み出そうとした義経。

 

 

 

 

 

 ――――躊躇うなよ?

 

 

 

 

 

 それを制止したのは、またしても義経の刀。

 

 先程出てくるなと、義経が力づくで黙らせた刀がまたしても騒ぎ始める。

 

 

 

 ――――仮にも「僕」だ。身内が裏切ったら敵対する覚悟がなきゃ――――「僕」じゃないぞ?

 

 

 

 ドクン、と義経の中に眠る何かが衝き動かされた。

 

 その何かは義経には分からなかった。しかし、「裏切り」という言葉に何故か義経は心を揺さぶられた。まるで、その裏切りを経験しているように、その裏切りに対する反抗を義務としているように。

 

 

 

 ――――鎌倉のバカ兄上も、奥州のハゲも、自分の保身のために僕を殺そうとした。そんな甘っちょろい奴らに、お前はどうするべきだ、なあ?

 

 

 

 あるはずのない記憶が、ようやく、ようやく義経の中を駆け巡った。刀を発信源として、脳内から神経系に伝わる電気信号の様に、心臓をポンプとして血管流れる血液の様に、全身くまなく至る所に迸った。

 

 

 

 ――――そう、か。そうなんだな。

 

 

 

 義経の脳内の靄が一気に晴れ、疲労も何もかもが消し飛んだ。

 

 

 

 ――――それでいいんだよ。まったく、遠回りしすぎたな、バカな「僕」。さぁて、あの娘になんて言い訳しようか……。勝手なことするなって、まーた怒られちまうかな。

 

 

 

 多岐亡羊、様々な言い訳からいいものを選び出そうと思い悩んだような声を最後に、すっ……、と刀から僅かな重みが抜けた様に、義経の腕にかかる負荷が無くなった。

 

 それ以上に、義経を縛る見えない何かが解き放たれたように、自分の体が軽くなったように義経の一歩が大きく踏み出された。

 

 

 

「……ん?」

 

 

 

 その一歩を踏み出した後、目にも止まらぬ速さで刀を両手に持ち替えて振り上げた。袈裟切りでもするような構えを取った義経の顔を見た灯の背筋に悪寒が走る。

 

 普段の義経を知っている者なら想像することはできない、目蓋を半分下ろした酷く冷たい目。

 

 

 

「ぜぇい!!」

 

 

 

 灯の完全な虚を突いた一撃。正確には、灯の義経に対する固定観念の影に身を隠しての反撃。

 

 その明確な殺意を伴った斬撃を、灯は紙一重で回避する。

 

 

 

「うおっ――――!?」

 

 

 

 ズパッ、と音を立てて切り裂かれる灯の衣服。あと一歩行動が遅れていたら確実に肉体まで切り裂かれていた、その事実に灯は――――

 

 

 

「へぇ……。目つき、変わったじゃない」

 

 

 

 笑っていた。子供の成長を喜ぶ親の様に、義経の精神的変化を楽しんでいた。彼女の表情を見ると、垢抜けたように表情から無駄な力が抜けているのが見て取れた。常に見開かれていたような目はとろんと垂れ、それでいて奥に潜む瞳には明確な敵意と殺意が絡み合って濁っている。

 

 

 

「義経は、義経だ。義経なら、義経でなければならない。特に、この場合は」

 

 

 

 轟っ!! と義経から闘気が溢れ出る。それを全身に浴びながら灯はうーん、と唸って何かを考えているようだ。

 

 

 

「……ちょっと待てよ、これ驚異ってレベルじゃねぇな……。廃棄物(俺ら)の宿敵に成り得るレベルにのし上がっちまったんじゃねぇか……?」

 

 

 

 灯の笑顔が僅かに変わり、苦笑と呼べるようなものになった。義経の変化が精神的なものだけでなく、肉体的、戦闘力的にも変化してしまっていることが予想外だったのだろうか。

 

 

 

「やれやれ、壁越えの中でも上位クラスだったのに、もう一段強くなったか……? 先に謝っとくぜ崩王ちゃん、間違ってここいらの連中殺しちまっても許してくれよ――――」

 

 

 

 灯は義経を前に、右手で口を塞ぎ左手で頭を抑え、体を丸めるように腰を曲げてブルブルと震えだし、こう呟いた。

 

 

 

 

 

「――――迅狼(ウールブヘジン)

 

 

 

 

 

 瞬間、義経の目に映っていた灯が変貌した。変貌とは言っても、姿形に変化はないし、これと言った攻撃態勢を見せてはいない。

 

 しかし、義経の目に映っている灯は何もかもが違う。まるで別人のような気配、別人のような闘気、中身だけごっそりと入れ替わってしまったような違和感に、義経は気味の悪さを禁じ得なかった。

 

 その違和感ごと、義経は灯を切り捨てようと全力で駆け寄り左肩を一閃――――

 

 

 

「!?」

 

 

 

 切り裂いたはずだった。しかし、まるで煙を払ったように灯の身体は乱れ剣をすり抜ける。一切の手ごたえの無さ、この灯が別人に思えた理由も身代わりであると考えて納得した義経は、即座に振り返って灯の姿を探る。

 

 英雄やキツ、他のケットシーたちに手を出していないかと警戒してのことだった。

 

 

 

「どっち向いてんだ」

 

 

 

 その警戒を粉々に打ち砕く様に、義経の背後から声がかけられる。義経の背後には、漂う煙のようなものしか残っていない筈だ。義経はそう確信したまま振り返った。案の定、そこには灯の身代わりのようなものしかなかった。

 

 しかし、その煙を凝視すると、水蒸気や工場の排煙よりも濃く、それでいて白濁とした奇妙な煙の中で何かがもぞもぞと動いていた。

 

 その何かは、白銀の毛皮で作られた縄の様なもの。しかしそれでいて蛇の様に骨が通っているのか、美しい曲線を描き丸まっていた。

 

 

 

「簡単に死ぬんじゃねぇぞ義経ちゃん……!」

 

 

 

 灯の声が煙から響いた瞬間、身代わりは途端に明確な輪郭を取り戻し始め、再び国吉灯という人物を象っていく。

 

 しかし、完全に元には戻らなかった。

 

 切り裂かれた左肩からその毛皮の縄のようなものが灯の左半身を包み込み、全身を獣の毛皮の様に覆い尽くした。それだけならばまだ灯として認識できる。

 

 

 

 それに包まれた左の口角が裂けた様に上がり、狼のような顎と牙を形成していく。

 

 

 

 右半身は義経のよく知る国吉灯、左半身は白銀の毛を生やした獣人。最早、義経の知る国吉灯はどこにもいない。そう実感させられるその異形の姿。

 

 

 

 

 

「……狼、男……!?」

 

 

 

 





 あとがきしょーとすとーりー 王王貴吾王貴

十夜「わんわんお!」

一子「ど、どうしたの十夜!?」

十夜「いや、俺が言うしかないと思ってな。何となくだけど」

王貴「ふん、くだらん……。化けるならネコ科に化ければまだ人気も出ただろうに……」

ヨシツグ「人気?」

王貴「……いや、一概には言えないな」

王貴?「当然だ。男にネコミミを生やして何になる。まぁ、ショウイチならば何でも似合うだろうが」

王貴「…………? …………!?」

王貴?「む、なんだジロジロと。無礼な」

王貴「だ、誰だ貴様!? (オレ)と同じ、おな、誰だ貴様ぁ!!」

王貴?「(オレ)は霧夜カンパニー総帥、霧夜王貴だ」

王貴(王)「何を戯言を!! 総帥は父上だ!!」

王貴(吾)「やれやれ、まだ一学生か……。こっちの(オレ)は無様だな」

王貴(王)「減らぬ口だ! その首たたっ切ってやろう!!」ゴッ!!

心「五月蠅いのが増えたのじゃ」

エリカ「王貴×王貴っ……!?」

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