中央大陸最大都市、アンガー。
そこはかつて霊峰ホーエンシュルットを名所とし、その山の中腹に聳え立つ古城ネッカーメイトハイムを継承する王族を中心に、他国の羨望を糧としてぐんぐん膨れ上がっていった。周囲の村々を呑み込み大きな城下町を完成させ、莫大な資金と権力を知らしめる大都市であった。
かつて、人間以外の生物は虐げられて然るべきだと提唱した当時の国王の考えが激しく伝播し、黒き森に亜人や獣人を追い込む運動を開始した発端の国とも言われている。「人間のあるべき生活」を求め、一定数の亜人たちを家畜として蔑んできたようだ。コウガ第三帝国もこの考えに賛同し寸動に参入していた。
そんな人間至上の理念を掲げていたアンガーに、一つの影が来襲する。
――――ここが一番汚らわしい。
そう考えたかの人物は古城に仕えていた王族直属の兵士全てを力任せに蹂躙し、王族の血を受け継いでいる人間を全て焼き払って大都市を半日足らずで壊滅させた。
当時かの人物の配下にいた二人の少年は脱走した残党狩りと、黒き森に追いやられた種族の救済をおこなっていた。その時の光景を見た者は彼らを人と思わず、自分たち同様の化け物だと認識するほど醜くも、その醜さを打ち負かすほどの力を有していたらしい。
今やアンガーのかつての姿はなく、そこは誰も近寄ることのできない絶対不可侵の領域、廃棄城へと姿を変えて今に至る。
◇ ◆ ◇
陽光を遮断する黒雲立ち込める空を龍が旋回している。その背には黒い甲冑を身に纏った人ならざる者が槍を担いで周囲を見回していた。どうやら彼らは監視体制にあるようで、実に規則的な動きで空を飛びまわっている。
黒い甲冑と表現したが、甲冑は関節部分に大きく露出しているだけで、基本的には布で全身を覆っている。鼻も口も布で塞がれ、監視に必要なのは目だけだと言わんばかりに全てを黒く覆い隠されている。
その龍の軍勢に、一匹の赤い龍が一際大きな翼で大気を叩いて速度を落とさずに飛び込んできた。
『パルチザンだ』
龍の顎にかかる手綱を引いて旋回行動を止めた一人の黒い兵士が呟いた。その龍と向き合うようにもう一匹の龍が速度を落として滞空する。
『やれやれ、あのお方も気楽なものだ。招集がかかっていながら幾度となく飛び出して』
『今回は特別だろう。紋白様の回収命令があったそうだ』
『紋白様の?
『劣ったとは言い難いだろう。紋白様はまだ「左腕」を使えない』
『左腕?』
『古くから崩王様に仕えていれば分かることだが、紋白様には崩王様からの特例が下っているからな』
『おいお前ら』
二体の龍の真横から、一回り大きな龍がぬっ、と首を伸ばして威嚇してきた。翼が一際大きいように見えたが、並んでみればこの赤い龍は他の龍の親のような大きさに見える。
素通りするものだと思っていたのか、思わず跳び落ちてしまいそうなほど体を跳ねさせた兵士二人。
『ぱ、パルチザン!』
『話すなら小声でやれ。俺じゃなかったら痛いお仕置きだぞ? 特に闇騎士様に見つかってみろ。電撃だけじゃすまないだろうよ』
『し、失礼いたしました!!』
槍の穂先を灯に向けないように斜め下に向け、空いた左手で敬礼する黒い兵士たち。
『しっかり働けよー。後で差し入れ持ってきてやるから』
『おお! パルチザンの手土産ですか!』
『いやぁありがたい。空ばかり飛んでいてはろくに休憩もできませんので』
彼らの声のトーンが上がった。先程まで喉がまともに機能していなかったのではないかと疑わせる程、如実に差が表れている。
『あんまり無理しないようにな。俺ぐらい適当にやってればいいから』
『貴方ほど適当にやっていたらそれこそクリスティアーネ様に殺されてしまいますよ』
『ははは、違いない。パルチザンが羨ましい限りだ』
『じゃあ呼んでみるか? 崩王ちゃーん! ってな』
灯のおどけた言動に、黒い兵士たちは顔を青くして首を振る。
『御冗談を! 出来る訳がない!』
『パルチザンが連絡なしに姿を消した時、いつも崩王様にやられてしまったのかと疑ってるくらいですよ!』
『……何気に酷いなお前ら』
呆れた様に灯がため息交じりに呟くと、黒い兵士たちの隠された顔から唯一露出した目が緩む。
『こうやって話せるのはパルチザンくらいですよ』
『他の
『あー……。余裕の無さそうな奴らばっかりだからな……。まあ、なんとか言っておいてやるよ。兵士たちに少し優しくしてやれって』
『是非』
『真剣に』
『苦労してんなー……。あんまり期待はしないでくれよ。ほんじゃあ頑張れ』
灯はそう言い残すと、ぐいっ、と手綱を引っ張って龍を大きく空へはばたかせ、監視を続ける龍騎兵たちの上空を飛び越えて古城へと向かった。
「口を出すなとはこのことか」
灯の背後に積まれ龍に括りつけられている荷物がごそごそと動いて言葉を発した。
「ああ。もう出てきていいぜ」
「なん、でっ……! 私まで隠れてなきゃいけないのよ!」
荷物を包んでいた毛布を勢いよく取り捨て、人形の様に抱えられている紋白と不機嫌そうな表情の梓が灯につっかかる。
「おもりに決まってんだろ新人」
「おい! おもりとはどういうことだ!」
「誰がアンタのこと先輩だって思うか!」
「崩王軍古参だって言ってんじゃん」
◇ ◆ ◇
「ただいまー!」
古城内部、一人では開けられなさそうな重圧感を放つ一際大きな扉を、まるで西部劇の酒場によく設置されているスイングドアでも開けるかのように軽々と開け放った。相当質量があったのだろう、そのせいで扉の奥の大きな広間の天井から細々とした石が落ちてくる。
「壊れる壊れる! 何やってんの!?」
「大丈夫大丈夫、いつもこんなのだし」
思い切り動揺する梓に尻を蹴られながらふざけて魅せる灯。どうやら紋白は初めて見る光景ではないようで、少し警戒しながらも梓よりは落ち着いていた。
「お帰りなさい国吉先輩……そちらの二人は?」
その部屋の中に既にいた少女が頭に付いた砂埃を払いながら近寄って声をかけた。少女は帽子を深くかぶっていて表情が読めない。
「あれベイちゃん、あずにゃんはともかくとして……ちびっ子のこと知らなかったっけ」
「私、参加は割と最近ですから」
ベイちゃんと呼ばれた少女は被っていた帽子を取って梓と紋白に素顔を見せた。後頭部で髪をまとめ上げ、動きやすそうなホットパンツに「18」と刺繍された運動着を身に纏っている。
「そっか。ほれあずにゃん、ちびっ子、挨拶」
灯はそれを見て梓と紋白の頭を浮かんでぐいっと押し付ける。
「アンタは私の親か!」
「我を子供扱いするなとあれほど!」
犬にでも噛まれそうになったように手を引っ込めて悪がきのような笑顔を浮かべる灯。
「崩王軍南方制圧部隊副隊長、
「あー、私のが新参者なんだけども……。えー、この度
伸びた背筋で静かに腰を曲げた伊予とは違い、後頭部を掻きながら軽く頭を下げる梓。
「あずにゃん確か二年生だろ? 伊代ちゃん一年生だからタメ口でもいいんだぜ?」
「バイトじゃ就職順で先輩後輩決まるんだし、こんなもんじゃない?」
「その割に俺にはタメなのな。一応最古参なんだけどよ」
「セクハラ野郎に敬意は払わないわよ普通」
「規律に準じてるのかそうでないのかはっきりしろよ」
「
梓と灯が慣れた手つきで蹴ったり蹴られたりを繰り返していると、灯が開け放った扉から一人の男が入室した。
「首尾はどんな感じだ?」
「各地の
「国吉灯、まさかお前のことではなかろうな。お前が浮浪癖を持っていることはあまりにも有名だ」
紋白がジロリと冷めた目つきで灯を睨み付けるが、本人はそれを笑って受け流す。
「信用無さすぎねえ? 割と俺は命令には従順なんだけどよ」
「どうだか、怪しいところではないか?」
「…………崩王様も呆れて命令しなくなったしな」
「うるせーよ修行馬鹿!」
軽く拳を肩にぶつけようとした灯だったが、男はそれを目で制する。
「……ねぇアッカリン。あのおっきい人は誰?」
「あれはな、タンパク質を摂取することでヌタのような液体を分泌できる
「聞こえてるよ国吉。法螺を吹くのも大概にした方がいい」
ガシリ、と灯の頭を掴んで言葉を遮る男。はははと笑いながらも灯が男の手を振り払おうとする手には力がこもっている。
「僕からしたら初めましてではないんだけど、改めて。港三千尋です。ここの参謀とかやってます。誤解なきよう念の為訂正しておくけど、僕の異能はそんな標準的な能力ではないから」
「よ、宜しくお願いします!」
「向こうでは同い年だし、気軽に話しかけてね」
「おい! それよりも早く放せ!」
「フハハハハ! 無様だな国吉灯!!」
灯が三千尋の手の中でもがいている様を大げさに笑う少女が現れる。
「……クリスティアーネさん、で良かったかしら」
「残念ながら自分はお前のことを知らん。ので、名を述べろ。自己紹介タイムだ!」
「お、それやるなら今いる廃棄物全員でやっておこうぜ。どうせ二人以外はいるんだし」
その提案に便乗する形で灯が提案する。その案に賛同したのか、三千尋はようやく灯から手を放した。
「二人?」
「命令だとか作戦だとかの訳あって帰ってこれない奴と、命令を無視してドンパチやってる奴」
「命令を無視してもお咎めないの?」
その言葉に、普段から命令を無視しているという話題ばかりの男が自らを棚に上げて難色を示した。
「うーん、こればっかりは特例だな。毎日ずっと
俺も一人は顔を知らねぇよ、そう言っておどけて見せる。
「んじゃ闇騎士様? あそこに連中固まってるし、あずにゃん連れてって」
「応!」
クリスが梓の手をがっしり掴んで部屋の奥へと引っ張っていく。
「ちょ、急に引っ張らないでよ!」
「いいではないか! 女の仲間は嬉しいからな!」
「…………引っ張るのが嫌ならおんぶしてあげようかな」
「止めておけ港。殺されるぞ」
「……さて、そんじゃあ崩王様の容態でも見に行きますか」
梓が受け入れられたことを確認し、灯は部屋の外へ出て行った。
あとがきしょーとすとーりー 共同企画控室
十夜「
十夜(暇なはずなのに、控室俺しかいない……)
十夜「助監督の立花はまだしも、あの霧夜ファミリーまでいないってのは珍しいな……。いっつも騒いでるのに……」
十夜「まじで暇だ……。本当にこの後収録あるんだろうな……。ちょっと台本確認しとこう」
―――
王貴(吾)「良いではないか……」
王貴(王)「ぬ、ぬぅっ! しかし……」
王貴(吾)「そのようなことを言って……ほれ」スッ
王貴(王)「ぬうぅ!!」ビクンビクン
王貴(吾)「貴様の
――――
十夜「ファッ!?」
完