春田のお悩み相談室   作:けんろん

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WA2000編

『お悩み相談受け付けます!』

 

 と書かれた札が目に飛び込んできた。

 相変わらずお人好しなことをやっている、と戦術人形WA2000はその先にいるであろう店主を見据え眉をひそめた。

 

 

 本格的なカフェがオープンした、という話を聞いたのは幾分か前のことだった。

 以前から食堂の一角を借りて度々コーヒーを振る舞っていたとある戦術人形が、ついに指揮官からの要請により正式にカフェを開いたという。

 宿舎から少し離れた場所にひっそりと開かれたそのカフェは、元々はバーをやっていた場所だった。昼間はカフェ、夜間はバーになる仕様らしい。

 派手な宣伝こそ行わなかったものの、食堂での前評判とたまに指揮官が来るらしいという噂から、たちまち客足が増えた。

 そこは宿舎や訓練場からは少し離れているため普段の喧騒は無く、静かで落ち着いた雰囲気の中安らぎを得られる場所、ということで知らない者はいないほどとなっていた。

 

 

 

 訓練も終わり、銃の手入れもひと段落ついた夕方。

 WA2000は、もはや定位置となりつつあるカウンター向かって右から2番目の席に座ると、メニューも見ずに「いつものお願い」と目の前の店主に言った。

 

「いつもの、ですね。ふふっ、かしこまりました」

 

 注文を受けた店主であるスプリングフィールドは、ポニーテールを揺らしながら手際よく準備を始めた。

 

 

「お待たせしました、こちら”いつもの”ホットコーヒーになります」

 

 コト…という木製テーブルの落ち着いた音と共に出されたカップには、ほんの少しミルクの入った甘めのコーヒーが注がれている。

 ブラックも飲めないことはないが、『疲れたときは甘いもの』と口癖のように指揮官が言っていたせいで、一息つきにここへ来るときは甘いものを頼んでしまいがちだった。

 そう、別に私が甘いものを好きなわけではなく、これは全て指揮官の悪影響によるものだ。決してこのWA2000が、甘いもの好きなわけではない。断じて。

 

 そんなことを思いつつ、淹れたての香り立つそのコーヒーをひと口飲む。

 舌で甘みを感じることができ、それでいて甘過ぎない。うまく調和のとれた苦味が、より一層ほのかな甘みを引き立てる。

 ほんの少し入れられたミルクは、それらを優しく包み込む。

 いつもの絶妙な優しい味に、つい顔が綻びそうになる。

 

「今日の訓練はいかがでしたか?」

 エプロン姿の店主は、使った道具を元に戻しながら尋ねた。

 

「問題ないわよ。当然でしょ?」

 

「うふふっ、それはよかった。流石ですわ」

 

「…ねぇ……いや、やっぱりなんでもないわ」

 

 WA2000は何かを言いかけた後、そのまま考え事をするように黙り込んでしまった。

 スプリングフィールドは話し出すのを待つかのようにそれ以上追求せず、そのまま作業に戻った。

 

 

 辺りの高精細度スクリーンが燃えるような山吹色を映し出し、そろそろ閉店の時刻であることを告げる。

 カフェに来ていた数人の人形たちは、それぞれ会計を済ませ宿舎へ戻り始めた。

 

「すみません、夜の準備もあるのでそろそろ閉店したいのですけれど…」

 

「…それで、その、どうなのよ」

 WA2000が、意を決したように言葉を紡ぎ出した。

 

「何のことですか?」

 

「ぃやだからその…アレよ」

そう言うとWA2000は看板に掛かった札に向かって目配せした。

 

「アレ?……あぁ!もしかして、わーちゃんも相談に来てくれたのですか?」

 

「わーちゃんって呼ばないで。な、なによ!私が相談事しちゃいけないって言うの!?」

 

「いえいえ、頼りにしてくれて嬉しいですよ♪うふふっ」

 

 スプリングフィールドはカップを拭くのをやめ、WA2000の正面まで近付き

「それで、どんなことにお悩みですか?」

と微笑みかける。

 

 

 以前からスプリングフィールドは、悩み相談をされることが多々あった。

 彼女本来のお姉さん然とした雰囲気からなのか、カフェというリラックスできる場所の効果か、話のはずみで相談事をされるのだ。

 悩み事があればカフェへ、なんて噂が立ち始めたころ。指揮官から『彼女らの悩みや相談があれば聞いてやってほしい』と頼まれたのだ。

 本来ならばそれは指揮官の役割らしいのだが、『彼女らにとっても、私よりスプリングフィールドの方が話しやすいことが多いだろうし』、と。

 元々カフェ同様好きでやっていたことだったので、快く引き受けた。

 

 

「…まぁ、その、悩みってほどでもないんだけど…」

 

「えぇ」

 

「あっ、ここで話したことは」

 

「もちろん、他言無用です」

 

「そう。…それで、その相談なんだけど」

 

「はい」

 

「…まぁ、いうほど大した悩みでもないし、あんたに聞いてもらうような相談事でも…」

 WA2000はもぞもぞと言いづらそうにしたあと、喉を潤すように冷えてしまったコーヒーを一口含んだ。

 

「もう、日が暮れてしまいますよ?」

 とスプリングフィールドは困ったように言った。

 

 少しの間の後、WA2000は目の前のコーヒーカップに話しかけるようにつぶやいた。

 

 

「わ、私…もっと素直に、なったほうがいいのかな…」

 

 

 次に間を置くのはスプリングフィールドの方だった。彼女は目を丸くしたまま、反応を伺うように縮こまっているWA2000を見ながら考えた。

 素直になるべきか、それが彼女の相談事だと言う。

 

 はて、どうしたものか。

 たしかに彼女は、素直とは対極に位置するような態度を度々とってはいる。だがその実、素直が隣で肩を組んでいるかのように真意がわかりやすいのだ。

 その証拠に彼女がいくら悪態をつこうと、そんな理由で彼女を毛嫌いする者はいない。素直な気持ちを恥ずかしさで裏返していることを、みな知っているからだ。

 それほど彼女は、一言で言えばわかりやすい。

 

 その上あのWAがこういう相談を持ちかけている時点で、十分素直になっている。

 

 どう答えたものかと思考を飛ばしていると、しびれを切らしたのか目の前の少女が語尾を荒げて言い放った。

 

「…ちょっと、なんとか言いなさいよ」

 

「あ、あぁすみません。ええと、どうしてそのようなことを?」

 

「どうってことは、ないけれど…」

 

「その、最初は軽く見られないようにって思っていたんだけど…。新しい子が増えた今でも、指揮官はこんな私をそばに置いてくれるから…。でも、アイツの周りには可愛げのある子が多いし、そばに置くならそっちの方がいいでしょ。それで私、もっと素直になれた方がいいのかなって…」

 

「なるほど。そういうことでしたか」

 

 WAは自分でも考えがまとまりきっていないのか、釈然としない物言いだった。

 だが『指揮官』という名が出てきた瞬間、スプリングフィールドはなんとなく彼女の悩みが理解できた。

 どうやら、素直になれず可愛げのない自分は指揮官にとって厄介者になると思い込んでいるらしい。

 

「たしかに、わーちゃんは指揮官に対しては、より一層ツンツンしていますからねぇ」

 

「うぅ…」

 いつもの彼女らしい反論はなく、まさにぐうの音も出ないという感じだ。

 

「でも、指揮官がそんなことで貴女を嫌いになるような人に見えますか?」

 

「私はそれなりの態度をとってしまっているわ。嫌われてもおかしくないもの」

 

「あの指揮官が、私たちの人格を否定すると?」

 

「それは…そんなこと、ないと思うけど」

 

「でしょう?指揮官は私たちそれぞれを大切に、尊重してくれています。このカフェをオープンすることができたのも、皆さんに憩いの場を、と指揮官が気にかけてくださったからこそです。もちろん、私がカフェをやりたかったのもありますけどね♪」

と、スプリングフィールドはWA以外誰もいなくなったカフェを見渡しながら話した。

 

「だから無理して、自分を変える必要はないと思いますよ。今のありのままのわーちゃんを、きっと指揮官は大切にしてくださると、私は思いますわ」

 

「そう…ね。あんたの言う通りだわ」

 WAは憑き物が落ちたように比較的穏やかな顔になっていった。

 

「私たちのような存在にも大切に接してくれる。そんなアイツだからこそ、素直になりたいなんて思ったのかもね…」

 

「きっと大丈夫ですよ。それでも素直になりたいというのなら、そうですね…いきなりなにもかも素直に、というのも難しいでしょうから、まずは何か1つ素直な気持ちを伝えてみる、というのはいかがですか?」

 

「素直な気持ち?」

 

「はい。例えば、日頃の感謝を伝えるとか、労いの言葉をかけるとか。たった一言でも伝えられたら、それだけで変わると思いますよ」

 

「たった一言、ね…」

 

「あら、かのエリート人形であるWA2000にとって、そのくらい問題なくできるでしょう?」

 スプリングフィールドは意地悪そうな笑みを浮かべて、挑発するように言った。

 

「と、当然でしょ!そのくらいのこと、すんなりやってみせるわよ!」

と元の調子を取り戻したWAは息巻いてみせた。

 

「うふふっ、その調子です。やっぱりわーちゃんはそうやって、元気でいる方が素敵だと思いますよ?」

そう言ってスプリングフィールドは残りの片付けを再開した。

 

「…あんたに相談してよかったわ」

 ポツリと呟いて、残りのコーヒーを飲み干そうとカップに手を伸ばした。

 

 

 

「おーい、スプリングフィールド。こっちはあらかた終わったぞー」

 

 その声に反応して、手が止まった。

 

「指揮官、ありがとうございます。すみません、在庫整理なんてして頂いて」

 

「いやぁいいんだ、元はと言えばこっちが言い出したことだし。ふぃー、いい運動になったな」

 指揮官、と呼ばれた男は肩をぐりぐり回した後、腕まくりしたシャツを元に戻し始めた。

 

「ち、ちょっ、ちょっっと待って!」

 

「おー、わーちゃん。今日もお疲れさま。邪魔して悪いな」

 

「なんでアンタがここにいるのよ!もしかして、さ、さっきの会話聞いてたの!?っていうか、わーちゃんって呼ばないで!!」

 勢いよく席を立ったため、椅子が後ろに倒れてしまった。

 

「まあまあ、落ち着いてくださいわーちゃん。指揮官は在庫の整理を手伝ってくださったのです。一人ではなかなか追いつかなくて…」

 

「そういうこと。元々カフェの営業をお願いしたのはこっちだし、いつも美味いコーヒーを淹れてくれるからな。何か手伝いができたらと思って。決して書類業務から抜け出して匿ってもらっているわけではないぞ。うん」

 

「そ、そういうことは早めに言いなさいよ!まったく…」

 転がっていた椅子を元に戻して座り直した。

 ひとしきり叫んだら身体が熱くなってしまった。顔の火照りを感じるのはそのせいだろう。

 

 そうだ、まず一言伝えるのだった。

 素直な、自分の気持ちを。

 

「し、きかん…その、えっと…」

 

 まずい。

 何を伝えるか考える前に話しかけてしまった。

 いつもありがとう?いやいや、いくらなんでもいきなりそれは厳しい。

 在庫整理までやるなんてご苦労なことね。

 …ダメだ、嫌味にしか聞こえないだろう。

 

 なんて言おうか悶々としていると、指揮官が思い出したように話し出した。

 

「しかしまぁ実際、わーちゃんは可愛げあると思うよ。なんだかんだ言いつつ気遣ってくれてるのわかるし。素直な意見を言ってくれるし」

 上着を着ながら指揮官が言った。

 

 それ聞いたWAは即座に反応した。

 

「やっぱり聞いていたんじゃない!!」

 

「いや悪かった。本当は早めに終わってたんだが、言い出しにくくてな。タイミング見計らっていたら聞こえてきてしまって」

 

「耳でも塞いどきなさいよね!」

 そう言い放つWAの耳は、羞恥からかほんのり赤くなっている。

 

 そして指揮官は襟を正すと、WAの前まで近付いた。

 

「安心しろ、WA2000。君は今のままが一番だ。責任感が強くて、優しくて、なにより自分自身に素直な君が、私は好きだよ」

 そう言いながら指揮官はWAの頭をポンと撫でると、

「じゃあ後は頼んだ。そろそろ戻らないとカリーナにどやされる。また来るよ、スプリングフィールド」

と店を出て行った。

 

「はい、ありがとうございました」

とスプリングフィールドは頭を下げた。

 

 

静かに流れるBGMが大きく感じるほど、あたりに静けさが戻った。

 

「指揮官も罪作りな人ですね。あんなこと面と向かって言われたら、オーバーヒートしてしまいそうです。ねぇ、わーちゃん?」

 

 呼びかけられたWAは、嬉しさと恥ずかしさが相まって、何とも言えない表情をしていた。

 平静を装うその顔色は、夕焼けを映し出すスクリーンよりも真っ赤に染まっていた。

 

「そっ、そうね。全く、気安く触れないでっていつも言ってるのに。迷惑だわ…」

 そうもにょもにょ言いながら、椅子を元に戻しちょこんと座る。

 

 結局素直にはなれそうになかったが、そんなこと今は気にならない。

 

 何度もさっきのことを思い浮かべ、全神経モジュールを撫でられた頭に集中してしまう。

 気を抜けば笑みを浮かべてしまいそうだ。

 それを誤魔化すために、カップに残ったコーヒーを飲み干した。

 

 

 

 それはいつものより、ほんの少し甘い気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それであのぅ、そろそろ閉店を…」

 

 

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