今回は第一話な上に主人公の背景を含めてこの作品の特色上設定が多いのでその説明が結構くどいかもしれません。
ご了承ください。
随分と時間ギリギリになってしまった。
まだ彼は待っていてくれているだろうか。
ゲームにログインが完了したことを確認し、久々の自身のアバター姿を見る。鏡が無いので全身を見ることは出来ないが、それでも目を引く白銀の鎧と濃紺に金のラインや装飾が施されたマントから所属はどうあれ騎士なことは一目瞭然な見た目である。
視界には入っていないが、確か身長は160cm代前半と低めで髪は淡い金、顔のパーツだと垂れ目が特徴的だったはずだ。
種族は人間じゃないが、アイテムの効果で見た目は完全に人間と同じようになっているはず。人間に擬態しているのは本来の姿だとなんというか、大変目に優しくないからだ。
「そういえばこの鎧もマントも入手するのに随分手間かけたんだよなぁ。種族のせいで攻撃もバフもできないから装備品やアイテムで色々補うしか無くて苦労したっけ……っと、こんな所で感慨に耽ってる場合じゃないんだった。早く行かないと」
焦る気持ちを抑え、ギルドメンバーのみに与えられた指輪『リング・オブ・アインズ・ウール・ゴウン』を使用して今朝方送られてきたメールに記述されていた待ち合わせ場所へと急ぐ。
見慣れた、しかし随分と久しぶりに感じる転移の光のエフェクトが体を包むのを感じながら、これまでの俺達の軌跡を思い起こす。
ここで出会った友人達と共に沢山の冒険をした。時に泣き、時に笑い、時には仲間内で対立してあわや戦争となるギリギリまで行ったことも一度や二度ではない。
我らがギルド『アインズ・ウール・ゴウン』。仲間たちと共に作り上げたこのナザリック地下大墳墓は、紛れもなく俺の誇りである。
そしてそのナザリック地下大墳墓の主人であり我らがギルドマスター。そう、今回俺達をここに招集した人だ。
俺達が沢山の時間と金を費やしてきたこの『ユグドラシル』というゲームは、本日を以てサービスを終了する。
だからせめて最後の一日だけでもまた皆で集まらないか、というのが今回の招集の旨。
転移の光が収まったのを感じて周囲を見回す。
大きな部屋の中心部に円形に並べられた座席。その最奥に待ち人――否、待ち骸骨は居た。
「お久しぶりです。モモンガさん」
約半年ぶりに会う彼は、骨ばった顎をあんぐりと開けて間抜け面をしていた。
「それにしても、最後なのに随分と寂しい光景ですねぇ」
「そうですね……。呼びかけに応えてくれたのはヘロヘロさんと貴方だけでしたよ。シィグニトゥスさん」
「もう殆どの皆さんがギルド自体を脱退されて居ますし、残る方々もリアルでの過労で死に体でしょうし」
「ははは、先程ヘロヘロさんもその名前の通りヘロヘロになってましたよ。どうやら残業続きで中々休みも取れていないようでした」
「それはモモンガさんだって同じでしょう?最近ちゃんと7時間以上寝たの何時です?仕事だけじゃなく、こっちのギルドの管理までしてくださって……」
「ギルドの管理はシィグニトゥスさんだってちょくちょく来てくれてたじゃないですか。それに貴方は私よりも忙しいでしょうに。今をときめく売れっ子俳優さん。正直貴方が一番来るの厳しいと思ってましたよ」
冗談めかすように言うモモンガさんの顔の側に誂うような顔のアイコンが電子的な効果音と共に表示される。
「あっちもこっちも引っ張りだこ――になってくれるように日々走り回ってます。まだまだ業界じゃあ若輩者ですからね」
俺のリアルでの職業は一応俳優だ。
一応、と付けたのは俺が自分自身の力で一からこの道を歩んで来たわけではないためである。
俺は俗に言う二世というやつで、幸か不幸か両親共に世界から認められるような大女優と大俳優の間に産まれてきた。
この世に産まれ落ちた時点である程度確約された未来のレール。世間からは上手くやれば「二世だから」、失敗すれば「二世なのに」と常に親とセットで見られる人生を送ってきた。
周りはいつだって敵かおこぼれに与ろうとすり寄ってくる信用できない汚い他人ばかり。
幸いなのは両親がどちらも良識的で俺に対して優しかったことだった。二人は常々「将来は好きに選んでいいのだ。お前が望むなら協力は惜しまない」と言ってくれた。
しかし、それが当時の俺には逆に辛かったのだ。
世間からの圧倒的な期待とそれに相反する両親の認識。冷静になって考えればそんなことはないと思い至ることが出来るのだが、その頃の俺は恐らく人生の中で最も疲弊していた。
頭に浮かぶことは常にネガティブで落ち込んだ内容ばかりで、遂には『両親は俺に役者の才能がないことが分かっていて俺が失敗することで両親の評判まで落としかねないと危惧しているのではないか』とまで考えだした。
自由とは何だ。俺に選ばせているようで選択肢なんて最初から無いんじゃないのか。どうして周りは二世、二世と指を指す。100%とは言わなくとも以前より確実に実力は伸びているはずだ。
頭の中を大丈夫、頑張らないと、自由、二世が毎日毎日延々とぐるぐる回り続ける日々を送り、気がつけば高校生活は終わっていた。
このまま役者になるための専門学校へ進学し、俳優を目指す。
俺は小さい頃から演技しかやってこなかったし、結局の所やりたいことをやれと言われてもこれしか知らないのだからこれ以外に選びようがなかった。
俺も、周りの人間も分かっていた既定路線。
子役の頃からある程度成長して大人と子供の境界線の年齢になってもそれなりに使ってもらえているという時点でもしかしたら周りの関係者からはある程度認められていたのかも知れない。
けれど、悲しいことに「お前はよく頑張っている」なんて言ってくれる人が俺の近くには居なかったのだ。
両親からは褒められたのなんて子供の頃以来で、最近はずっと心配ばかり。
世間の声は怖くて極力耳を塞いで。
ずっと自分のやってることは正しいのかと自問自答を繰り返した。
そんな日々の繰り返しにとうとう頭の何処かがイカれたのか、なぜか唐突に俺は現実から逃げ出したくなってしまった。
そこで手を出したのが当時爆発的な人気を誇っていたこの『ユグドラシル』だ。
そして俺は出会ったのだ。
生涯を通して初めて心の底から友と呼べる人達に。
……まぁ、当時まだ学生なのに社会人だと偽ってギルドに加入したのはご愛嬌である。
「さて、楽しいお喋りも良いですが、そろそろ時間ですね。せっかくですし最後は玉座の間で迎えましょうか」
「良いですねぇ。結局あそこまで誰かが攻めてくることもなかったですし、最後ぐらいカッコつけて終わりましょう。それにその絵面なら俺もあの設定を使えますしね」
「あの設定って、もしかして以前タブラさんと詰めてたアレですか?」
「そう、ソレです」
俺が今使用しているアバターには少し特殊な設定がある。
といってもそういうのが大好きな俺とタブラさんとで作った完全なフレーバーテキストだが、以前特殊なクエストで俺の種族が半強制的に変えられるという事件が起こり、その際に「せっかくだし無理に戻さずそれっぽい設定を付けて別のナニカってことにしよう」というなんともアバウトすぎる提案をタブラさんに受け、それを承諾してしまったが故に引き起こされた二次災害である。
言い訳をさせてもらうとすれば、ふたりとも深夜テンションでただでさえ残念なおつむがさらに残念な事になっていた。
翌日眠気と謎テンションのせいで記憶が半分吹っ飛んだ状態から朧気な記憶の断片を頼りにご丁寧にも設定資料"集"と書かれたフォルダを発見してしまい、中身を開くと頭がおかしいんじゃないかと思うほど膨大な文章が記述されいた。
しかもそれと同量のものが複数あると気がついた時点で俺はウィンドウをそっと閉じた。
取り敢えず要点だけまとめると、マゾなのか?と言われても仕方のない程に攻撃を放棄した種族の強制的な仕様を見て煮詰めた結果出来上がったのは『ナザリック地下大墳墓特級守護者』とか言うよくわからないポスト。
どこがどうしてこれが出来上がったのかは正直あまり覚えていないが、割と俺だけの特別な役職という感じが結構気に入っていたりする。
玉座の間へと向かう途中でNPC達も回収し、いざ行かんと一列になって進んで行く。
巨大な門が開き、荘厳な空間が視界いっぱいに広がった。
神秘的な青が煌めく空間に各メンバーのシンボルの描かれた旗が掲げられている。その下を歩み、遂に玉座へと到着する。
玉座へ腰掛けるモモンガさんの右手側にNPCのアルベド。
そしてその反対側に俺が立つ。
俺とタブラさんの書き上げた長ったらしい設定によると、『ナザリック地下大墳墓特級守護者』というのはモモンガさん達ギルドメンバーと守護者達NPCの中間管理職的なポジションらしい。
よって俺が立つべきはいつでも主を守ることの出来るアルベドと同じ位置というわけだ。
モモンガさんがNPC達に『待機』コマンドを指示し、NPC達がその場に止まる。
「そういえばアルベドを見るのは随分久しぶりですねぇ」
「そうですね。基本的にこの玉座の間から動かしてませし」
そういえばアルベドはどんな設定だったか、とモモンガさんがつぶやきながらウィンドウを開くと、呪文のような大量の文字列が表示され、二人揃って「「長っ」」と声に出してしまった。
その直後にアルベドの製作者がタブラさんだったことを思い出し、モモンガさんと二人で顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。
いや、モモンガさんのほうは表情筋というか顔がないので表情は存在しないんだが。
もし顔があったらきっと近い表情をしていただろうというのは間違いない。
頭の痛くなりそうな長さの文章を下っていくと、最終行に顔を出したのは『ちなみにビッチである』という凄まじいパワーワード。
流石ギャップに萌える男タブラである。
「流石にこれは可哀想というかなんというか……」
「それならそのスタッフで書き換えちゃいましょうよ。どうせ最後なんですし」
流石に最後の最後にビッチで終わるのも、ということでモモンガさんが管理者権限を取得し、それと同時に設定を書き換えるためのキーボードが出現する。
「うーん、シィグニトゥスさん何かいい案ありますか?」
「そうですねぇ……モモンガを愛している、とか」
「ぶっは!?ちょっと、何言い出すんですかいきなり!」
そう言いつつも設定を修正していくモモンガさん。割と満更でもないようだ。
修正が終わり、NPC達にモモンガさんが『ひれ伏せ』コマンドを指示し、NPC達がその場に跪く。列を為す美男美女が一糸乱れぬ動きでこちらを敬服する様子は中々に壮観だ。
モモンガさんは息を付いて玉座に深く背を預け、顔を少しだけこちらに向ける。
しかし、何かを言いかけてそのまま顔の向きを正面に戻した。
「サーバーが落ちたら早く寝ないとお互い仕事に差し支えてしまいますね」
「はは、現実を見るのが辛い。……ねぇモモンガさん。また、必ず一緒にゲームをしましょうね」
「……ええ。もちろんです」
ユグドラシルでのギルドアインズ・ウール・ゴウンは終わってしまうが、メンバーさえ集まればきっとまた再建だって夢じゃない。
俺と、そしてモモンガさんが居る限り、ギルドアインズ・ウール・ゴウンは不滅だ。
だから、また皆で以前のように楽しい日々を――――。
今見ている玉座の間の景色をしっかりと目に焼き付け、サービス終了三秒前に目を瞑る。
3
さようならユグドラシル。
2
さようならナザリック地下大墳墓。
1
本当に、楽しかった。
そして全てが終わる――――はずだった。
0
1
2
3
「「あれっ?」」
素っ頓狂な声が自分の口と隣から聞こえた。
そして二人で顔を見合わせる。
「サービス終了、しませんねぇ」
「そう、みたいですね」
「延期とか?」
「それくらいしか考えられないんですけど……最悪何らかのエラーという可能性も」
「それはちょっと……あれ、チャットのウィンドウが開かない」
「GMコールも出来ません。これは少し、いや、明らかに異常ですね」
「これは一体どういう――」
男二人が若干パニックになりながらああでもないこうでもないと言い合う最中、鈴の音ような美しい声が響く。
「どうかなさいましたか?」
声のした方へ揃って勢い良く振り向けば、そこには先程までと同じ傅いた体制のまま不思議そうに小首を傾げるアルベドがいた。