「どうしよう、これ」
「いやぁ、どうしましょう」
「これほんとどうしよう」
現在俺は豪奢なローブに身を包んだ骸骨と部屋の隅の小さなテーブルを挟んで顔を突き合わせている。
先程鏡で見た時は薄暗い部屋の中でもはっきりと分かるほどに俺の顔色は悪く、また骸骨の方ももし顔に肉が付いていればまず間違いなく同じ様に青い顔をしているであろうことは想像に難くない。
いや、その背に乗る期待度的に言えば俺なんかよりも彼の方が圧倒的に胃痛を感じているだろう。
まぁ、彼は全身骨なので胃は本来あるべき場所には存在していないのだが。
そんなくすりとも出来ない骸骨ジョークは置いておいて、なぜ俺達が今これほどまでに追い込まれているのかを説明するには時系列を小一時間程前まで戻す必要がある。
俺達はどうやらユグドラシルの中に、つまりゲームの中に入り込んでいしまったらしい。
もしくはユグドラシルにそっくりな何処かの世界か。
この二つの違いは正直現状どうでもいい。今現在進行系で何らかの異常に巻き込まれているのは確実なのだから。
そして俺達の胃を痛めつけてくる要因はそれだけではない。というかこっちが本命だ。
今までうんともすんとも言わなかったNPC達が自我を持って動き出した。それもさも当然だと言わんばかりに。
俺とモモンガさんがサービス終了のアナウンスも強制ログアウトも発生しないとてんやわんやしていた所を隣で見ていたアルベドが俺達を心配して話しかけてきたのが事の発端だった。
GMコールというプレイヤー側の単語が理解できないと
これだけで元のユグドラシルと比べれば大いに異常事態。
え?なにこれ、どうなってんの?と、挙動不審になるとまでは行かないものの、頭の中がフリーズした俺に対し、即座にNPC達に指示を出したモモンガさんは流石の一言に尽きた。
おお!我らがギルドマスター!と俺が感動と尊敬に打ち震えている間にもモモンガさんの現状把握は進み、最終的にアルベドの胸を揉みしだきはじめた。
モモンガさんの尊厳を守る為にきっと今後このことについて仔細を語ることは無いと思われるが、ただつい数秒前まで俺の中で最高潮だった彼への尊敬度が一瞬で急降下して行ったとだけ言っておこう。
そして現在はアルベドに守護者を第六階層の闘技場に呼んでもらうように頼んだ直後だ。
「はぁあ、いつまでもこうしていてもどう仕様もないですね。覚悟を決めて闘技場に行きましょう」
「そうですねぇ。取り敢えず目下一番の課題は俺もモモンガさんもあの忠誠心マックスな彼らに合わせて支配者ロールで頑張る他ないというとこですか」
「そうなんですよね……ああ、決まりかけていた覚悟が音を立てて崩れていく……」
「まぁそこは任せといてください。初動で助けられた分演技では俺が出来る限りバックアップしますから」
「ははは、そう言ってもらえると少し気が楽になります。頼りにさせてもらいますよ」
力ない声で笑いながら天上を仰ぐモモンガさん。俺の唯一と言ってもいい長所である演技力。それにユグドラシルのスキルがそのままこの体に備わっているのだとすれば事防御に於いて自分の右に出る者はいない。
ユグドラシル最硬の名前は伊達じゃない。
もしNPC達が謀反を起こして俺達に襲いかかってくるようなら直ぐにモモンガさんの盾になるように動こう。
数秒稼げれば後衛職のモモンガさんと超防御特化のタンクである俺とで綺麗に前衛後衛で役割が分担できるはずだ。
そう覚悟を決めて、俺達は闘技場へ向かった。
「指輪は問題なく機能したようですね」
「はい。これでアイテムの確認は最低限取れました。となると今度は――」
「スキル、ですね」
俺達はユグドラシルでは全体の上位数パーセントに位置する最上位プレイヤーの内の一角だった。だが、この世界でも同じ様に俺達の力が通用するかは分からない。
極論で言えばもしかしたらナザリックの外は200レベルの規格外がウヨウヨという可能性だってまったくないわけではないのだ。
その逆に皆クソ雑魚という可能性も無きにしもあらずだが、楽観視は出来るだけするべきではないだろう。
特に俺なんて攻撃スキルも能力向上バフも使えないんだから出来うる限り臆病であるべきだ。
俺達が闘技場の入り口から姿を現して直ぐにこの階層の守護者であるアウラが解説席から見事な空中大回転を決めながら地面に着地した。
快活な笑みをこちらに向けて駆けて来る様子は見た目通りの少女に見えるが、一応設定では70代か80代のおばあちゃんであることを忘れてはいけない。
いや、エルフならまだ少女の枠に入るのか?
モモンガさんがアウラと話出した所でひと声かけ掛けて少し離れた場所まで歩く。
闘技場の中央を超え、更にもう少し歩いてから後ろを振り返ってモモンガさんまでの距離を確かめる。
「それなりに離れたな。俺は別にスペース使わないけど、モモンガさん魔法職だからなぁ。確実に安全な距離を取るならこれくらいはあった方が良いよなぁ」
目測で最低20メートルは離れているはずだ。これだけあれば多少向こうがドンパチやりだしても流れ弾の心配はあるまい。
総確認していると、モモンガさんから何か言われたマーレがこっちに向かって走ってくる。
あっ、転んだ。
「ちょ、大丈夫か?」
「う、ぅ、だ、大丈夫です」
マーレは杖を支えによろよろと立ち上がる。見た目だいぶ満身創痍っぽいが、これでも高レベルNPCだからダメージ自体は殆ど無いはずだ。
「何かモモンガさんから言付けか?」
「えっと、シィグニトゥス様のお手伝いをするようにとモモンガ様が」
「あー、なるほど。といってもそこまで手伝ってもらうことが多いわけじゃないんだけど……せっかくだし少しお願いしようかな」
「は、はい!頑張ります!」
「マーレは俺の種族がどんなものか覚えてるか?」
「シィグニトゥス様の種族は『
「そう、その通りだ」
俺が突然変異のごとく強制取得させられた種族は
それと同時に今まで積み上げてきた攻撃系スキル、戦闘に関するバフ系スキル、戦闘に関するデバフ系スキルの全てが使用不可能になる。
その代りにプレイヤーに与えられるのは圧倒的な防御力。
ノックバック自体にダメージは殆無くノックバックそのもので倒せるのは20レベルくらいまでの雑魚モンスターだけだが、その圧倒的耐久力で
これが綺麗に決まるとその戦場は大体虐殺の地獄と化す。
「さて、上手く使えてくれよ……」
他にも便利なスキルはいくつかあるが、『拒絶』が一つ使えるだけで何かあった時逃げ回る分には事欠かない。
相当なレベル差がない限り『拒絶』を貼った状態では追手も矢も使用者にはダメージを与えられないのだから。
「『拒絶』」
コンソールがないのでスキルを手探りで感覚的に発動させると、ゲーム内で見慣れた半透明な白い球体に体がすっぽり覆われた。どうやら成功のようだ。
「よし、マーレ」
「は、はい」
「なんでもいいから軽く俺に向かって攻撃してみてくれ」
「えぇ!?そ、そんなこと……」
「あー、マーレの方からだと見えないんだっけか。俺も自分以外の
「えぇっと、それじゃあ、えい!」
マーレの掛け声と共に眼の前に小さな土の手が生え、その指先が『拒絶』の表面に触れた瞬間に反対方向へ弾け飛んだ。動作自体はゲーム時代と変わらない様に見える。
「うん、上手く動いてる」
スキルの発動は感覚任せで基本的に問題はなさそうだ。使っていない他のスキルも表現し辛いがなんとなく使えるような気がする。スキルを使う感覚を体が覚えているといった感じか。
各スキル最低10回ずつは発動練習をすれば最低限使い物にはなるだろう。
ふとモモンガさんの方はどうだろうかと見てみると、既に他の階層守護が続々と集まってきている所だった。
「どうやら他の守護者のみんなも集まってきたみたいだね。俺達も向こうに合流しよう」
「は、はい!」
アインズ様って原作だと一人だから初っ端から気を張ってたけど仲間がいると結構ゆるゆるな雰囲気のイメージあるんですけど私だけかな?