青空の元で再会を果たし、手を取り合って寄り添う麗牙と燐子。誰にも邪魔されないと思われた幸福の時間を、しかしそのまま過ごすことは叶わなかった。
「っ!? 燐子さん!!」
「きゃっ!?」
麗牙の背筋に悪寒が走ったと同時に、彼は鳴り響く本能に従って燐子を抱きしめてその場から飛び退いた。その次の瞬間、先ほどまで二人がいた地面を数本の槍が……否、槍の如く鋭く尖った蛇の頭が突き刺さっていたのだ。
「ひっ……な、何っ……!?」
「これは──」
「また会えたね……紅くん……」
「──っ、黒麓大地……!」
突き立てられた蛇を戻しつつ麗牙たちの前方から歩いてきたのは、窶れたように肌も髪もボロボロになった、変わり果てた黒麓であった。以前に麗牙が捻じ切ったはずの左腕も元のまま左肩から生えた五体満足の状態であり、自分の知らないところで再生したのだと麗牙は直感していた。
「やっと……前の借りを返せるね……」
「……燐子さん。下がってください」
「ら、麗牙さん……」
「大丈夫です。僕は絶対に戻ってきます。また……約束です」
「っ……はい……信じています……」
麗牙に向けて敵意を剥き出して睨む黒麓に言葉を返すことなく、麗牙は振り返って燐子と約束をしていた。もう二度と彼女との約束を破るまいと強く自分と燐子に誓い、麗牙は黒麓へ向けて一歩踏み出す。燐子もまた麗牙が約束を守ることを信じ、両手を硬く握りながら彼の無事を祈っていた。
「いいのかなぁ……そんな約束して……ふふ……変身」
黒麓の腹部に黒いレイキバットが止まり、彼の身体は漆黒の吹雪に包まれる。そして消え去った闇から、以前よりも銀色の装甲が増えたレイアライズが出現していた。それと同時に、麗牙の身体にも異変が生じていた。
「っ、ぅぐ……」
「麗牙さん!?」
「はは……どうやら、君の身体はまだクルセイダーの味を覚えているようだね」
黒麓の言葉の意味は麗牙もすぐさま理解していた。今の彼らの目の前にいるレイアライズは、以前よりも銀色の装甲が……クルセイダーによる装備が増えている。黒麓の体内の毒素によって複製されたクルセイダーは新たにレイアライズの鎧を覆い、その全身をファンガイア殺戮兵器へと変貌させようとしていたのだ。
そして、麗牙の身体もまたそれに反応していた。以前にレイアライズによって受けた傷は塞がったものの、完治とまではいっていない。故に、レイの全身から溢れ出すクルセイダーの波動が麗牙の身体にまで響き、その傷をこじ開けようとしていたのだ。
このままその身を晒していては命はないと、麗牙の身体は悲鳴を上げていた。ファンガイアの姿でもそれは変わらない。故に、彼にはこの選択しかなかった。
「キバットぉ……っ!」
そう、変身してその鎧で我が身を守らなければ、もはやまともに戦うことすらできなかったのだ。痛む身体に鞭を打ち、麗牙はキバットの名を叫んだ。
『行けるな、麗牙……よっしゃ、キバっていくぜ!』
「うん……ふぅ…………っ、変身っ!!」
息をつき、そして彼は変化の言霊を叫んだ。
銀色のベールが麗牙の身体を覆い、固まった膜がガラスの如く弾け飛んだ瞬間、紅色の鎧を纏った戦士──キバが顕現した。
「……ふっ、ハァァァァァッ!」
キバは腕を広げ、巨大な爪を持つ黒い戦士へと駆け出した。背後に守りたい人がいる今のキバにとって、敵に立ち向かう以外の選択肢は既になかった。
「くく……ハァァッ!」
「っ、はっ、フッ、ハァァァァッ!」
「へぇへへっ、やるねぇ……」
レイの両肩から発射される計八本の槍がキバを串刺しにしようと迫るが、キバは地面を滑り、或いは飛び越え、巧みな動きで複数の槍の突きを躱してレイは接近していた。見事な体捌きにレイの口から感嘆の声が漏れるが、それも彼の心からの余裕故であった。
「ハァッ!」
「フッ! まだまだ力の差はあるよ?」
ようやくレイの懐に潜り込んだキバは、その真っ赤に染まる拳をレイに突き出した。しかし敢えなくレイの巨爪に止められ、レイは煽るようにキバの攻撃を誘っていた。
「フゥン!」
「ゥオッ!?」
しかしレイが腕を振り上げようとした時、キバはすぐさまその巨爪ごとその腕にしがみ付き、レイの腕を軸に身体を翻してレイの頭部に蹴りを入れたのだ。レイは一瞬怯むものの、すぐに腕を振るってキバをなぎ払おうとし、それに合わせてキバもレイから離脱していた。
「はぁ……入れられたね」
「……」
キバの一撃を受けた頭を摩りつつ、レイはやれやれと言わんばかりに軽く息をつく。キバはそんなレイに対して無言で睨み、油断することなく構えていた。レイもまるで遊びのないキバを見て若干つまらなく感じるも、それならば遠慮はいらないと、声を高らかにキバに襲いかかってきた。
「じゃあ、こっちも思い切りやっていこうかな。ハァァァァッ!」
「ッ、なっ!?」
キバに駆け寄ったレイは、その両腕の巨爪を容赦なくキバに振るいかかった。キバはその場から一歩引いて初撃を避けるが、直後に地面から黒麓の蛇が突き出してキバの脚に巻きつき、その動きを鈍らせていた。その一瞬の隙に、レイはその爪を連撃を浴びせたのだ。
「ハァァァァッ!」
「ガッ!? ゥグッ、グハァッ!?」
「あぁっ!?」
ギガンティック・クローの破壊的な斬撃を数度その身に浴びたキバは、その身から火花を散らして吹き飛ばされていってしまう。地に何度もぶつかりながら転がっていくキバは、やがて彼を心配する燐子の目の前で止まっていた。
「くっ……」
「麗牙さん……」
消えそうになる燐子の声を聞き、よろめきながらもキバは立ち上がる。まだ自分は折れていない。燐子が見ている限りは、自分はもう二度と折れないと誓ったばかりなのだから。泣きそうになる燐子を安心させるように彼女に頷くと、キバは再びレイに向かって走り出した。
「ハァァァァッ!」
「なるほどね。よほど白金さんが大事と見える。フッ!」
レイに迫ったキバはその爪を躱し、レイの腕を掴んでその仮面に殴りかかる。しかしレイの手がキバの拳を掴み、互いに睨み合ったまま拮抗する状況を作り出していた。
「っ!」
「ふっ、並々ならない執念だ。だけどね紅くん……ボクだって今とても怒っているんだ」
大切な人が見ている前で負けるわけにはいかないと、麗牙の強い意志に一瞬だけ賞賛を見せるレイだが、その声色は徐々に激しさを増していた。言葉だけではない、真なる怒りがレイの身体を蝕んでいたのだから。
「闇のキバを纏えないキミには失望させられるし、あんな醜い姿でボクに傷を負わせて……これはもう、ただ殺すくらいじゃ物足りないよねェッ!」
その時、レイの身体から数匹の蛇が飛び出し、なんとその身体を槍のように尖らせて燐子へと向かっていったのだ。
「なっ!?」
「ひっ!?」
真っ直ぐ伸びていく凶器は間違いなく燐子の心臓を狙っていた。あと数度瞬きする間に黒麓の蛇は燐子の身体を貫くだろう。
「っ! ザンバット! ハァァァァァッ!」
キバはレイの懐から逃れると、最後の隠し球として残していたザンバットソードを召喚し、燐子の前まで跳躍してレイから伸びた蛇の胴体を斬り裂いた。切断された蛇は影となり消えていき、その先にはつまらなさそうに構えるレイの姿があった。
「へぇ、そういうのもあるんだ」
「お前……燐子さんを……っ!」
「その方が、よりキミを深く傷付けられそうだからね」
燐子への襲撃が途絶えても、麗牙はなお燐子の前から動くことなく、ザンバットソードの切っ先をレイに向け続けていた。しかし、これ以上戦闘が長引けば間違いなく燐子の命も危険だと確信した麗牙は、王の剣を手に再度レイに立ち向かおうとする。
しかし……。
「フンッ!」
「な、グッ、っゥゥゥ!?」
レイの両手、そしてレイキバットから漆黒のブリザードが放出しキバに襲いかかった。避けようにも後ろに燐子がいる今、そこから動くことができなかったキバはその氷点下の嵐をその身に浴びることとなったのだ。
「ぁ……ッ……ぐ……」
その結果、全身こそ凍らなかったものの、凍てつく冷気が彼の全身を痛めつけていた。全身から感覚が抜けていき、やがて剣をその手から落とし、キバの体は地に沈んでしまった。
「いやっ……麗牙さん!!」
倒れたキバにいても立ってもいられなかった燐子は、大切な人の名前を呼んでその沈む紅色へと駆けつけた。意識は消えていないが全身を走る痛みで身体が震えているキバに、燐子は涙目で麗牙の名を呼び続けていた。
「麗牙さんっ……麗牙さん!」
「お友達に戻れたようだね。それはおめでとう。心から祝福するよ。ああとても綺麗だとも。でも、嘘はいけないなぁ……紅くん」
「う、そ……?」
しかし、レイが語る麗牙の嘘という言葉に燐子は固まる。彼が何か自分に嘘を言ったというのかと、そんな不安が身を包みかけていた。キバも、レイが言おうとする内容を理解して、しかし止めることも叶わず拳を握りしめて睨みつけることしかできなかった。
「お、前……」
「キミが彼女に向けていたのは親愛じゃないんだろう? ならせめて死ぬ前に伝えればよかったんだ。キミが彼女を好いていたのはただ友達としてじゃない。一人の女性として好きだったと」
「っ!?」
レイの言葉で心臓を突かれるような衝撃に襲われ、燐子の目が大きく見開かれていた。
友達としてでなく、一人の女性として。
親愛でなく、恋愛の感情を。
目の前で倒れている青年が自分に向けていたのだと、燐子はただただ驚愕して動けなくなっていた。
「ああっ、はは、悪かったね。そういうのは自分で言うべきだったね。でも、もうダメか。そんな身体じゃ、彼女に何も伝えることなんてできないからね」
「っ……ぐ……」
地に伏せながらもレイの言葉を聞き、麗牙は仮面の中で悔しそうに歯を食いしばっていた。自分の中に抱いた恋という尊い感情を自分でなく、よりによって目の前の悪鬼によって燐子に明かされたのだ。自分の中で大事にしてきた感情だからこそ、それを無下に扱われたことが彼にとってこの上なく屈辱で、そして残酷なことであった。
「苦しいよね。でも今から解放してあげるよ。まずは……その子を殺してからねっ」
「っ!?」
レイの宣言が言い終わるや否や、彼の肩から伸びた槍が燐子を貫こうとしていた。
キバは倒れ、もはや彼女を守るものはいない。
キバの声無き悲鳴が轟くことだと予感したレイだったが、しかし、その直後の光景に息を飲むこととなった。
「ふんッ……ぐ……ッ」
「何っ?」
「ぁ……」
燐子を貫こうとした槍は、あろうことかキバの身体に突き刺さり、しかしその勢いを完全に殺して止めていたのだ。動けない状態であったにも関わらず、立ち上がって攻撃を受け止めるキバの姿勢にレイは僅かに動揺していた。
「ごめんなさい、燐子さん……」
「え……?」
レイの槍を身体と両手で受け止めながら、キバは背後に立つにいる燐子へと静かに語り始めていた。
「友達って言ったけど……訂正させてください」
静かに語り始めた言葉はやがてどんどん熱を孕んでいく。自分の身体が自分のものではないような、燃えるような不思議な感覚に陥っていく。それでもキバは──麗牙は語ることを止めない。
言わなければならない。
伝えなければならない。
今ここで。ヤツでなく、自分こそが言うべきなのだと麗牙の心が叫んでいたのだから。
「僕は……燐子さんが好きです。このまま手放したくない。誰に渡したくない、自分がどうなろうとも守りたい! こんなにも熱くなる気持ちは初めてなんです!」
「っ、何……?」
キバは自分に刺さる槍を力を込めて抜き、その腕で銀色に光る槍を叩き折ったのだ。
その上でキバはレイを強く睨む。
彼にとって燐子とは何か。
女性として好きか? いやそうではない。彼の中ではそのレベルは既に超えているのだ。
黒麓に測れるほど、自分の気持ちは浅はかではない。
自分には自分だけの、誰にも負けない気持ちが眠っているのだから。
そして彼は目の前の敵を見据え、高らかに吠えたのだ。
「僕は、白金燐子を愛している!!」
「っ……!」
麗牙の心からの想いを受け、燐子は息を飲む。
初めて受け取った、他人からの熱い想い。
その計り知れぬ大きな想いを前に、燐子は何も言えなくなってしまっていた。
「ハァァァァァァァァッ!!」
「! ……ら……っ」
燐子が何かを口にしようとする前に、キバは立ち上がって再びレイへと駆け出していた。既に限界を迎えているはずの身体で動けるはずがないと踏んでいたレイも、この激しい情動の前には思わず揺れてしまっていた。
「っ、まだ動けるというのか……だけど!」
「ッグゥ!? ぐぐ……」
しかし想いだけでは埋まらないほどの大きな壁が、二人の戦士の間にはあった。片やレジェンドルガ最強格の戦士が纏った、対ファンガイア特攻兵器。片や重傷を負い力を出しきれないファンガイアと、本来の力を失ったファンガイアの王の鎧。既に死に体に近付いていたキバの一撃も呆気なく受け止められ、その無防備な身体にレイの爪の一撃が炸裂した。
「ぐァァァァァァァッ!?」
凍てついたキバの身体は再び地に伏せる。それでもまだ立ち上がろうとするキバに、もはや興味が失せたかのようにレイは冷酷に告げていた。
「キミのそれは愛じゃなくて、キミだけの一方的な妄執じゃないのか? そんなものボクは求めていないんだ。消えろ……醜き王よ」
レイが──黒麓が求める愛は、互いに想い合う愛である。今し方麗牙が叫んだ愛の言葉も、結局は彼一人が叫んだだけで何の意味もない独りよがりの妄執だと、レイは切り捨てようとしていた。闇のキバにもなれず、自分の求める愛も見せてくれず、今度こそ本当に紅麗牙という人物に失望し、その醜い人生に終止符を打たんとしていた。
しかし、その時であった。
「違い、ます……」
「何?」
巨爪を振り上げ、キバの命を刈り取ろうとレイが歩み出した時、その歩みを止めた者がいた。
「燐子……さん……」
倒れ臥すキバの前に……そしてレイの眼前に躍り出た燐子はその両腕を広げ、キバの盾となって立ちはだかっていたのだ。
「妄執じゃない……麗牙さんの想いは……独りよがりなんかじゃない……っ」
レイの前にその身を晒しながらも、燐子は一歩も引くことなくその想いを放っていた。
自分が守りたい人は、決して独りよがりな人ではない。
何故ならと、燐子は自身の想いを言葉に綴っていた。
「だって……わたしも……好き……だから……っ」
「え……?」
彼女は気付いたのだ。
自分の心の奥に灯っていた温かな光に。
ずっと言い訳して逃げていたその気持ちに。
そして、燐子は叫んだ。
彼女の心が奏でる、一糸纏わぬ本音を。
「わたしはこの人をっ……紅麗牙を愛しています!!」
「ぇ……」
燐子の叫ぶ熱い想いにキバと、そしてレイの両方の動きが止まっていた。互いに驚愕していたのは間違いなく、しかし歓喜という感情も、意味は違うが両者とも抱いていた。
「……ふ、くはは……そう……なら都合がいい。このまま二人、仲良くあの世で一緒になればいいさッ!」
満足気に笑い飛ばした後にレイは地を蹴り、そのまま燐子に向けて爪を振り被った。
燐子が麗牙を愛すると言うのなら、それはレイにとって願ったりもないことだった。
愛し合う二人を喰らうことこそが彼の喜びなのだから。
「っ!?」
「燐子さん!!」
「グォォオオオオオオッ!」
キバは動くのもやっとで、もはや燐子の前に出ることも間に合わない。
鈍く銀色に光る爪が、燐子を引き裂く。
そんな逃れられない未来が訪れようとしていた。
そして──
『ビュンビュンビュンビュンビューーン!!』
「ッグォォッ!?」
──突如として、どこからともなく現れた金色の光がレイの身体を吹き飛ばした。
「えっ?」
何が起きたのか分からず、呆気に取られる燐子。
だが驚きも束の間、この場にそぐわない明朗でハイテンションな高らかな声が黄金の光から鳴り響いていたのだ。
『ジャジャーン! お待たせしましたー!』
「だ、誰……?」
黄金の光はやがて形を表していき、燐子は目の前の存在をようやく視認できた。
現れた光の正体は竜。
突然飛来した黄金に光り輝く仔竜に、燐子は思わず声を投げかけていた。
「タツロット!」
『お前、目が覚めたのか!?』
しかしその答えをキバとキバットは知っていた。
彼の名はタツロット。ゴルディ・ワイバーンと呼称される言葉を話す小さなドラン族の一種であり、同時に彼ら二人のかけがえのない友でもあった。
竜の城の奥で深い眠りから目覚めた友に、二人からは溢れる感情を抑えきれない声が漏れていた。
『はい! 麗牙さんと、そしてお嬢さんの間に流れる温かなメロディーが、深い闇の中にいた私の心にまで届いてきました。おかげで私の心もテンションフォルテッシモです!』
そう、麗牙と燐子が響かせた温かな旋律は眠りについたタツロットにも届いていた。
二人の奏でる優しい想いが、眠れる竜を呼び起こしたのだ。
そしてそれは、キバにとっても最高の希望の光であった。
「……よし、行こう。
キバは最後の力を振り絞って立ち上がり、タツロットに告げた。
もう恐れるものは何もない。
約束を守るための最後のキーがここに降り立ったのだから。
『はいっ! ドラマチックに行きましょう!』
そして、タツロットが再び飛翔を始める。
光をその身に纏い、キバの両肩を封印する
解き放たれた肩の装甲が解放されていき、巨大な蝙蝠の翼を開かせていた。
眩い光と友に、大量の黄金の蝙蝠がキバの身体から解き放たれていく。
そう、タツロットは麗牙たちの友であると同時に、キバの鎧の最後の封印を解くための制御キーでもあったのだ。
彼が存在すると言うことは即ち、キバの鎧がその真価を発揮できるということ。
そしてキバが左腕を天高く掲げ、タツロットが止まった瞬間……彼の音は進化を始めた。
『変身!』
タツロットの掛け声と友に、放たれた黄金の蝙蝠たちはキバへと再集結を始める。
キバの右脚──ヘルズゲートが解放され、次の瞬間に両脚は黄金に包まれる。
更に腕に、胸にと蝙蝠が集い、キバの紅の鎧が黄金へと塗り替えられていく。
キバットの赤い瞳が虹色に輝き、そしてキバのペルソナは紅い眼へと変化し、見るものを圧倒する黄金の仮面を生成する。
最後に熱い炎と共に真紅のマントが出現し、キバの鎧はその姿を完全に別のものと変化していた。
──そして今ここに、黄金の鎧が降臨した。
「な……」
「黄金……」
マントを払い、降臨した黄金の鎧にレイと燐子は息を飲む。
全身を黄金に包まれた、これまでと全く姿の異なるキバの鎧。
これこそがキバの鎧の真の姿……黄金のキバ。
即ち──
仮面ライダーキバ エンペラーフォーム
希望の光を奏でる、麗しの黄金である。
「なんだ……あの黄金のキバは……!?」
自身が求めた闇の鎧に近似する黄金のキバを目の当たりにし、レイの身体が静かに震え出す。
何故なら彼は、全く持って黄金の鎧の存在を知らなかったのだから。
レジェンドルガ族が封印された後に生成されたのが黄金のキバである以上、その存在を知らないのは無理もない。目覚めた時期にタツロットが眠っていたのなら尚更のことである。
「知らない……ボクはあんなの……ッ、ォオオオオオオッ!!」
だが知らないということは恐怖でしかない。対峙したものに本能的な恐怖を与える黄金のキバの威圧もあったからか、レイの中で激しく動揺が広がっていた。しかしあくまで闇のキバに似ているだけであり、それとは違うものだと自分に言い聞かせ、彼は目の前の偽物を叩きのめすために雄叫びとともに駆け出したのだ。
「フッ!」
「ッグフッ!?」
レイが振るった巨爪をキバは蹴りの一撃で簡単に跳ね返した。そしてその大きく開いた身体に向けて、何度も黄金の脚による蹴りを叩き込んだ。
「フンッ! ハァッ! ダァッ!」
「アガッ、ガァッ!? ゴホァ!?」
休まることなく、そして反撃を許すことなくキバの蹴りが何度もレイの身体を撃つ。先ほどまでとはまるで別人のように変化した動きに動揺する間もなく、レイの身体にキバの蹴りが刻まれていく。
「ハッ、フッ、ハァッ!」
「ゴァ!? ィギ!? ガァァッ!?」
黄金のキバの荒々しくも華麗で、煌びやかな動きで何十という蹴りの応酬を受けるレイ。最後にようやく大きく蹴られて吹き飛ばされたことで、レイはその連撃から解放される。しかしその鎧や爪は既にひび割れており、まともに機能することができなくなっていた。
黄金のキバに解放されたキバの身体能力は、鎖で封印されていたキバのそれを大きく上回る。ただの蹴り一発でさえ、ダークネスムーンブレイクを上回る破壊力を持っているのだ。それほどの攻撃を連打され、未だ原型を保っていられる方が稀であった。
「違う……まだ、こんな……ハァァァァァッ!!」
レイはまだ機能するブロウニングショルダーの槍と、そして黒麓自身の蛇を全導入し、一斉にキバへと襲い掛からせた。レイが持つありとあらゆる凶器が、キバを串刺しにするために無数に迫る。
「……」
「な……に……」
しかしキバの鎧には一切の傷は付かなかった。無数の槍が全て黄金の鎧の前では歯が立たず、キバの目の前で止まっていた。そしてキバは脚を振り上げ、自身に向けられた凶器全てをいとも簡単に切断したのだ。
「ハァッ!」
「ッグゥ……ハァァァァァッ!!」
物理的な攻撃が全て無に帰したところでレイはすぐさま己の両手を向け、ブリザードミストを放出した。まともに食らえばそれだけで活動不能になる漆黒の吹雪。いくらあの黄金の鎧でも二度目のブリザードには耐えられまいと、黒麓は仮面の中で希望を抱いていた。もはや希望を抱かなければならないほどに、彼は追い詰められていたのだ。
「ハァァァァァァッ!」
相手が見えなくなるほどまで、レイは無我夢中でブリザードミストを放出し続けた。黒い霧が辺りを包み込み、宛らキバの如く夜を作り出しているようであった。
この霧が晴れた先で、あの鎧は凍りついているはず……そんなレイの希望は、一瞬の内に砕かれることとなった。
「ハァァッ!」
「な──」
闇の霧を裂いて、黄金の光がレイのすぐ目の前に現れたのだ。
今のキバの前で、凍てつく冷気はもはや無意味であった。
彼の心は今も燃え盛る炎によって包み込まれていたのだから。
恐怖も戸惑いも、全てを焼き払う熱い炎が。
それは彼の身体を突き破り、全身を焦がしていたのだから。
「──グォォッ!?」
レイが驚愕に反応する間もなく、キバはレイに鋭い蹴りを叩き込む。
更に追撃として蹴り上げられ、空中に放り投げられる形でレイは全身が浮遊感に包まれていた。
「がァ……アッ……!?」
レイが完全に無防備になった瞬間をキバは見逃さなかった。
キバは左腕に止まるタツロットの角──ホーントリガーを引き、そして竜の背中に取り付けられたインペリアルスロットが回転を始めた。
スロットが回転を止め、やがてタツロットの背中には紅色に燃えるキバの紋章が浮かび上がっていた。
それは、黄金のキバが持つ最強の一撃の発動を意味していた。
『
タツロットの力強い宣言と共に、キバの身体が真っ赤なオーラに包まれる。
熱く燃えるような波動の中で、キバはクロスさせた腕をゆっくり広げていく。
腰を低く落とし、構えをとるキバ。
その仮面が狙うはただ一人。
空中で吹き飛ばされながらレイの鎧が崩れ始め、異形の身体を覗かせ始めた黒麓大地──ヨルムンガンドレジェンドルガ。
──これで全て終わらせるっ。
その決意と共に、キバは空へと舞い上がった。
「ハァァァァァァァァァァァァッ!!」
地を蹴って跳び上がり、レイに向けられたキバの両脚から一対の赤き翼の刃……否、紅い牙のオーラが出現する。
輝ける紅の流星となりて、キバの身体は鋭くレイの身体を貫いた。
「グォォォォォォォォォォォッ!?」
食らいついたキバの脚と、そして紅の牙が幾度とレイの身体に襲いかかる。
鋭く情熱的な紅と黄金の連撃が、確実にレイを砕き、その身体を破壊していた。
エンペラームーンブレイク──キバの全身の魔皇力が集められて放たれる、黄金のキバの切り札。
逃れることを許さない皇帝の裁きが、黒き異形を容赦無く喰らい尽くしていた。
「ハァァァッ!!」
最後にレイを空中に向けて蹴り、宙返りしてキバは華麗に着地を決める。
空高くへと吹き飛ばされながら、レイの身体は崩れ落ち、全身から火花を散らした蛇の異逆が現れていた。
「──ァァァ(そんな……ボクは……)」
遠く離れていく黄金の鎧を視界に収めながら、黒麓はそれでもまだ懇願していた。
「──ァァァッ!?(まだ……あの闇を……っ)」
包まれたかった闇を見ることなく、それでも求めることをやめられなかった異形。
しかしその望みはもはや叶わない。
他者を屠り続けてきた異形は、今まさに終わりを迎えるのだから。
「紅、くん……ッ、グォア゛ア゛ア゛ァァァァァァァァァァッ!!?」
最後に麗牙の名を遺し、レイアライズは激しく爆散した。
そして、黒麓大地もまた爆煙の中へと姿を消したのだった……。
「……」
レイの……黒麓大地の最期を見届けたキバは踵を返し、背中の真紅のマントを靡かせながら燐子の元へと歩いていく。
「麗牙さん……」
「……」
燐子の目の前に立つキバ。その黄金の鎧が光と共に消えていき、中から紅麗牙が現れた瞬間……彼は力なくその場に倒れ出した。
「……っ」
「っ!? らいっ、がさ……きゃっ!?」
崩れゆく麗牙を支えようと燐子は何とか彼を抱き寄せようとするも、体格差のために受け止めることはできず、二人して地面の上に倒れることとなってしまった。
「っ、麗牙さんっ……麗牙さん!!」
「……」
倒れた麗牙に必死になって叫びかける燐子。ようやく再会を果たし、想いも繋がることができた青年が目の前からいなくなることに途端に恐怖を覚え、瞳に涙を滲ませて麗牙の名を叫んでいた。
せっかく会えたのに、もう二度と会えなくなるのでは。
そんな思いに襲われ、彼女の涙腺が決壊しようとしていた。
「そんな……いやっ……麗牙さん!」
「……生きてますよ」
「ぇ……? 麗牙……さん……?」
しかし燐子の目から涙が溢れようとした時、それを阻止するかのように麗牙は彼女に応えていた。
胸に当てられた手をとり、力強く握り返す麗牙。
それはまるで、自分はここにいると彼女に言い聞かせるように……。
「約束……守るって言いましたから……」
「ぅぅ……麗牙さん!!」
「ぅおっ!?」
感極まった燐子は、思わず麗牙に抱きついてそのまま覆い被さってしまった。
「よかった……っ……本当に……よかったです……」
「燐子さん……はい……っはは」
「ふふっ……ふふふっ」
二人の顔には自然と笑みが生まれていた。
失望も後悔も絶望も今はない。
大切な人が自分の腕の中にいる。
今はただ、それだけで満たされていたのだから。
「燐子さん……」
「麗牙さん……」
今度こそ誰も邪魔をするものはいない。
青く広がる大空の下で抱き合い、互いに見つめあったまま、少年と少女はいつまでも眩しく笑い合っていたのだった。
次回、第二楽章最終回!
「第101話 千紫万紅の歌:Ringing Bloom」
お楽しみください。