『ハイッ! まだまだ残された謎を明かすためにも、ここから麗牙さんたちの新たな物語が始まります! それでは皆さんお待ちかね! 第三楽章、ただいまより開演です!』
第102話 音楽の守護者
「じゃあもう一度合わせるよ。『Destiny's Play』から」
僕の声に続いて、派手やかで世界を揺るがすような音楽がCiRCLEのスタジオに鳴り響き始めた。目前にまで迫った次のライブに向けて、僕たちTETRA-FANGは最後の調整としての練習をこのCiRCLEで行っていた。僕たちの普段の活動拠点はLiFEだが、その練習場所が同じというわけではない。キャッスルドランの中でもすることは多いし、何より今回の場合は状況があまりにも特殊だったからだ。
♬〜♬〜
僕の歌声の裏で奏でられるベースを弾くのは次狼ではなく、長く伸びた紅の髪を揺らして今も黙々と音を出し続ける愛音であった。先の戦闘で重傷を負った次狼が病み上がりのまま次のライブを全て熟すのは困難と判断し、最後の一曲を残して全てのベースを愛音と交代することにしたのだ。
幸い愛音のベースの腕は以前から衰えてはいなかったし、それどころかこの短期間で次狼と同レベルまで腕前を引き上げていた。僕ならば次狼と彼女の音楽を間違えることはないが、人によっては聴き分けが付かないほど愛音のベースは次狼の奏でるそれに酷似していた。本当はもう少し派手にアレンジしてもいいとは思っているが、今それを彼女に求めるのは酷だろう。ともあれ、彼女がこのままTETRA-FANGのベースとして活動する分には何の問題も無いのは確かであった。
「──ふぅ……」
更にもう一人。次狼と同じく重傷を負ったアゲハの代わりとして、キーボードにも代役が設けられていた。
「次行けますか? 燐子さん」
「うん……いきましょう……」
「よし……『Eternity Blood』」
Roseliaのキーボード担当であり、今は僕の恋人でもある燐子さん。彼女も次のライブのラスト一曲以外の全ての曲を担当してくれる。ほぼ全てと言っても彼女が(いつの間にか練習して)既に弾けるTETRA-FANGの曲と、残りは既存曲のカバーのため、そこまで時間を取らせるようなことはしていない。
とは言え、流石に「Eternity Blood」をいけると言われた時は思わず息を飲んでしまったけど……。
♬〜♬〜
そんな彼女の宣告通り、キーボードから几帳で滑らかな旋律が流れていく。この曲のイメージ通りの一糸の乱れもない厳格な調律が彼女によって生み出され、スタジオを支配し始める。「Rainy Rose」と同じでキーボードが主役となる曲なだけに責任は大きくなるが、燐子さんは顔色一つ変えず素早い指さばきで鍵盤を叩いて……いや、鍵盤の上で指を踊らせていく。流石はコンクールで金賞を受賞する実力はあると、内心で彼女のことを我が身のように誇らしく思いながら、彼らの旋律に合わせて僕も声を響かせていた。これなら全く問題はないと、彼女の音楽に安心する僕がいた。
「麗牙。お前ちょっと燐子ちゃんの方見過ぎやで?」
「ええっ?」
セトリで予定されている楽曲を一通り熟して練習が終わり、後片付けを始めようとした時だった。健吾さんからそんなことを言われ、ほとんど意識もしていなかった僕は驚いて声を上げてしまっていた。見過ぎって、僕はそんなに燐子さんの方をチラチラ見ていたということ……?
「やっぱり無自覚かいな……本番も客の方違ってほとんど後ろ向きそうな勢いやでこれ」
「ホントそれ……兄さん……私の方ももっと見ろ……」
「いやそっちちゃうわっ」
見当違いなことを考える妹に健吾さんのツッコミが入るが、その間にも僕は自分が歌唱中に燐子さんを見てしまうことについて理由を考えていた。決してただ好きで見ていたいという理由だけではない、正当な理由を探すためにだ。これではただ惚気ているだけだと思われてしまうし……。
「えっと……でもそれはやっぱり、Roseliaのこともあるのに燐子さんには無理して来てもらってるわけだし……」
「無理は……していません……麗牙さんの力になりたいって……わたしから望んで始めたことですから……」
「燐子さん……」
「……紅白バカップル」
「せやな」
二人ともちょっと黙ってて欲しい。こっちは真剣に燐子さんの身体のことを思って接しているのだから揶揄わないでもらいたい。それに愛音も自分が紅だと分かっててそのネーミングなら割と悪意があるのではないのか。それに僕はともかく燐子さんまでバカ扱いはしないでほしい。
「何やっているのかしら、あなたたちは」
ちょうどその時スタジオの扉が開き、若干呆れたような顔をして友希那さんが声をかけてきた。予想していなかった突然の来訪に驚き、呆気に取られながらも彼女へと言葉を返そうとする。
「友希那さん?」
「あれ? 今日って……Roseliaの練習は……」
「今日は個人的に練習しようと思って来ただけ。ついでにあなたたちの様子が気になって顔を覗かせたのだけど……見るからに珍しい組み合わせね」
友希那さんの言うことも尤もだ。ボーカルとギターは変わらず僕と健吾さんだけど、ベースには愛音、キーボードには燐子さんがいるのだから。正直これをTETRA-FANGと言っていいのか微妙なところだけれど、ライブを取り止めることもできない以上、今は僕らがTETRA-FANGであるしかないのだ。
「最後の新曲だけはいつものメンバーですから」
「二人は大丈夫なの?」
「まあ、動けるには動けます。本当は無理させたくないんですけど、どうしてもあの一曲だけはやりたいみたいで」
「そんなにいい曲なの?」
「僕の自信作です」
「今までのTETRA-FANGで最高傑作やと俺は思っとるで」
「健吾さんそんな大袈裟な」
確かに今までの中では最高の出来かもしれない。今まで制作が止まっていたが、燐子さんとの関わりの中で抱いたインスピレーションを全て打ち込み、ようやく生まれた小さな星。自信を持って提供できると自負するだけに、それを初披露できるのも今まで共に練習して来た四人だと僕は思っていた。だからこそ、アゲハと次狼がこの一曲に参加することを止めることはしなかった。
「そう。それなら楽しみにしているわ」
「あはは……まあともかく、期待していてください」
「ふふっ……ええ。じゃあ行くわね」
珍しく柔らかい笑みを見せて友希那さんは部屋を去っていく。彼女を期待させてしまった以上、無様なライブは見せられない。僕に再起するきっかけをくれた彼女や紗夜さんに少しでも恩を返せると思えば、プレッシャーなんて感じることもなかった。だからだろう、僕の顔からも自然と笑みが溢れていたのは。
「……むぅ……」
「……燐子さん?」
しかし直後、僕の服の袖を引っ張る感覚につられて振り向き、そこに少しふてくされた顔の燐子さんがあるのが目に入ってしまった。
「……」
「あの、燐子さん? 燐子さーん?」
「……」
僕に触れているくせに、視線はこっちに向けてくれない。明らかに僕にかかってきているのに、そっぽを向いてだんまりを決めている燐子さん。声をかけても知らんぷり。しかし僕の服の袖を一向に離そうとはせず、むしろより掴む力を強めている。
これは、えっと……ひょっとすると……?
「燐子さん。もしかして……拗ねてます?」
「っ……!」
「……その技を既に身につけていたとは……恐ろしや燐子……」
「つか麗牙もわざわざ言うかいなって……」
そこ二人余計なこと言わない。燐子さんは大きく反応したけれど、彼女の返答を聞かない限りそれは真実にはならない。故に僕は、彼女が口を開いてくれるまで辛抱強く彼女の顔を覗き続けた。すると……。
「……だって麗牙さん……あんなに……笑うから……友希那さんに……」
僕が友希那さんに笑いかけていたために機嫌を損ねてしまったと、燐子さんは顔を真っ赤に染めて白状した。つまりはヤキモチを焼いていると言うのだ。あの燐子さんがそんな感情を抱くのが意外で一瞬驚くも、同時に嬉しくなって顔がにやけてしまっていた。
「麗牙さん……なんで……嬉しそうなんですか……?」
「だって、本当に嬉しいから……燐子さんに焼かれるの」
だってヤキモチだよ? あの燐子さんが。この僕にっ。好きな人にヤキモチ焼かれて、そんなの嬉しくならない人なんかいるわけがない。そんなにも僕のことを想ってくれているのかと、今も舞い上がりそうな気分だ。
しかしヤキモチを焼くと言うことは、僕が友希那さんに笑いかけたのを見て悔しくなり、悲しくもなったということ。そんな燐子さんを放っておくわけにはいかず、僕の袖を握る彼女の手を取り、優しく包んで語りかけた。
「でも、燐子さんが心配することはないですよ。僕が誰に笑いかけても、僕の心は燐子さん一人のものですから。僕は絶対に燐子さんのこと、裏切ったりしません」
「麗牙さん……」
今この場で改めて、僕は彼女に誓いを立てていた。僕は何があっても燐子さんを裏切らない。心に決めた燐子さん以外の女性に靡いたりはしない。最後まで彼女と添い遂げることを決めたこの心に嘘はないと、彼女に宣言していた。もし彼女が不安に思うのならば、毎日でも彼女の前で誓ってもいい。それほどの覚悟が僕の中にあったのだから……。
「紅白バカップル」
「バカップル……」
……二人には帰った後でいろいろ「お話し」させてもらおうかな。
♬〜♬〜♬〜
「っ!」
しかしその時、僕の耳にブラッディ・ローズの叫ぶような調べが響き渡っていた。
誰かの音楽が失われ、今も別の音楽が失われようとする警鐘が……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「私たち上がります。お疲れ様ですっ」
「今日は千聖ちゃんと一緒に終われたね」
「確かに五人揃って終わって帰るのって珍しいですもんね」
彩ちゃんや
「ねぇねぇ! せっかくだからこれからどっか遊びに行こうよっ。ねっ?」
「ひ、日菜ちゃん。遊びにいくって言っても、もうすぐ夕方だし……」
「じゃあ、羽沢珈琲店に行きましょう!」
「結局いつも通りなのね……」
楽しくなって遊びたい日菜ちゃんにイヴちゃんがいつもの場所を提案しているのを目の当たりにして、少しだけ身体の力が抜けてしまう。なんだかんだで私たちが揃う時って、こうして決まった場所になってしまうのよね。今日はこのままつぐみちゃんのお店にお世話になるのかな……。
しかしそう思っていた矢先、日菜ちゃんが新たに行き先を提案してきたのだ。
「でも今日つぐちゃんいないんだよね……うーん…………あっ! ねぇねぇ、マル・ダムールはどう?」
「マル?」
「ダムール?」
何故つぐみちゃんが店にいないことを日菜ちゃんが知っているのかは敢えて聞かないことにしよう。そして、その名を知らない彩ちゃんとイヴちゃんからは当然疑問の声が漏れていた。私も突然のことで少しだけポカンとしてしまったけれど、健吾くんと初めて会った店のことだと思い出して小さく頷く。しかしそんな私の挙動も麻弥ちゃんにしっかり見られていて、彼女から質問の声を上げさせることになってしまった。
「千聖さん、知っているんですか?」
「えっ? え、ええ。とてもお洒落で、雰囲気の良い喫茶店だったわ」
「ライガとケンゴくんの行きつけの店だって」
「ライガ……もしかしてTETRA-FANGのRAIGAさんですか? それとギターのKENGOさんの」
「そうそうっ。よく分かったね麻弥ちゃん」
「そりゃあ、今や結構有名ですからねTETRA-FANG。その二人の行きつけならジブンかなり興味ありますよっ」
ああ、これは完全にマル・ダムールに行く流れになっているわね。今もイヴちゃんが小声で「ケンゴさんって、あのサムライのことですよねっ」と興奮気味に聞いてくるし、こうなっては私には止めようもない。
「うんっ、決まり。じゃあ、るるるんっと行っちゃおう!」
「そうだね。もしかすると紅さんもいるかもしれないし」
久しぶりに紅さんに会えるかも、と少し期待する彩ちゃん。私とは違って彩ちゃんは以前の収録以来彼とは会っていないから再会を期待するのは分かるし、本来ならそれが普通だ。むしろ何度か会う機会があった自分の方がおかしいのだ。それどころかファンガイアや果てにはレジェンドルガなんて存在を知ってしまうなんて……今考えてもやはりおかしなものだと自分で笑いそうになってしまう。
ともあれ、私たちPastel*Palettesは今から揃ってカフェ・マル・ダムールへ行くことが決定した。どちらかというと広い店ではなかったし、突然で迷惑しないかと心配してしまうが、ここまで来ればなるようにしかならないだろう。
「(そう言えば、健吾くんともしばらく会ってなかったわね……)」
もし会えたなら、なんて言うおかしら。二ヶ月ぶりだものね……久しぶり、じゃ味気ないかな……。なんて、どこかで再会を楽しみにしている自分がいたことにも特に気に留めることなく、私たちは日菜ちゃんの後について例の喫茶店への道を進んでいた。マル・ダムールは商店街からは離れた場所に建つが、今日の仕事場からはむしろこちらの方が近く、みんなして歩いて行くことになった。
……その時だった。
「キャァァァァァァァァァッ!!」
「「!?」」
突然、空を裂くような女性の悲鳴が辺りに響き渡った。私たちは驚いて何事かと首を動かしてその声の主を探そうとする。しかし周りに他に人影は見当たらず、その叫びの主らしき人物を見つけることは出来なかった。
「こっちです!」
「ちょっ、イヴちゃん!?」
建物の影に隠れて見えないのだろうと思っていた矢先、イヴちゃんはその悲鳴のした方角向けて走り出していったのだ。慌てて私たちも彼女の後を追い走り出す。
そして、彼女に追い付くと同時に見てしまった。
「っう゛──」
女性の両肩に何かが刺さったと思えば、その人の身体の色がみるみると消えていく光景を……。
「え……?」
女性の姿が消え、服だけしか見えなくなったそれは力なく地面に崩れ落ち、ガラスが割れる音と共に動かなくなってしまった。それと同時に女性が持っていたケースが開き、中からヴァイオリンが姿を見せる。
「まさか……」
その現象を見たことはないが、同じような現象を聞いたことがあった。それは、今も私たちの目の前に立つステンドグラスのような体表を持つ異形によって引き起こされるものだと。
そう、ファンガイアと呼ばれる異形によって……。
「ひぃぃっ!?」
「な、なななな何ですかっ!? か、かかか、怪物!?」
初めて見る人ならざる存在を前に、彩ちゃんと麻弥ちゃんは腰を抜かしてしまっていた。しかしそんことはお構いなしに、異形──ファンガイアは私たちを目にするとこんなことを言い放ったのだ。
「その顔……知っている。お前たちも音楽をしているな……ちょうどいい」
何がちょうどいいのかは分からないが、ゆっくりとこちらへ近づいてくる猪のような顔をしたファンガイア。逃げなければ、みんなと一緒にここから走り去らないと……。
しかし頭では分かっていても、私の体は震えて動いてくれなかった。恐ろしい異形を目にしたからではない。人間でない異業を目にするのはこれで三度目で慣れてはいたけれど、それ以上に恐ろしいものを私は目にしてしまったのだから。
「(今の……さっきの女の人は……)」
私たちはたった今、人の命の輝きが消える瞬間を目の当たりにしたのだから……。
「(し……死ん、で……っ)」
誰かの命が無残にも奪われる光景を目にし、私の心は恐怖に囚われて動けなくなっていた。
「千聖ちゃん!」
「っ、日菜ちゃん……」
しかしそんな私に日菜ちゃんの声が届いた。それは宛ら太陽のように強く輝く光のようで、私の凍えた心が溶けていくのが感じられた。おかげで震えも静まり、私は力を込めてみんなに叫んだ。
「みんな! 逃げて!!」
麻弥ちゃんを日菜ちゃんとイヴちゃんに任せると、私は彩ちゃんを支えながらその場から走り出した。日菜ちゃんとイヴちゃんが麻弥ちゃんの両肩を支えて走り去るのを見ながら、私たちも別方向へと逃げ出す。この場合は固まって逃げるよりもバラバラに逃げた方が助かる可能性は大いに上がる。全員助かる方法よりも少しでも可能性が高い方を咄嗟に選ぶ合理的な自分に腹が立つけれど、今はそれしか方法が思い付かず、とにかく彩ちゃんを連れて逃げ回るしかなかった。
「彩ちゃん! 大丈夫っ? 走れる!?」
「ご、ごめん千聖ちゃん……私、まだ足が竦んで……」
「っ、動かせるだけマシよ。さ、早くっ」
私の身体の震えは収まっているが、死の恐怖から解放されたわけではない。怖くて後ろを振り返る余裕なんてなく、ただ前を向いて走るしかなかった。
「ハァ、ハァ……(お願い健吾くん……早く来て……っ)」
彩ちゃんを支えて走ったまま彼に連絡なんて取れるはずがなく、必死に祈ることしかできない。どこまで走ればゴールかなんて分からず、じわじわと焦りと恐怖が身体を蝕んでいく。私たちに残された希望はただ一つ、この恐怖を打ち払ってくれる仮面のヒーローだけだった。
「ハァ、ハァ……きゃっ!?」
「わぁっ!?」
仕事での疲れも残っていたのだろうか。低い窪みに足をとられて躓いてしまい、私たちは地面に倒れ込んでしまった。急いで立ち上がろうとするも、後ろからかけられる声によって背筋に寒気が走ってしまう。
「鬼ごっこは終わりか?」
「っ……ファンガイア……」
声に咄嗟に振り返ると、そこには逃げる前とほとんど距離の変わらない場所に立つファンガイアの姿があった。最初から逃げ切ることなんて不可能だと笑うように、異形はゆっくりと私たち向けて歩いてくる。
「ち、千聖ちゃん……逃げて……」
「……は?」
それでもまだ諦めるものかと脚に力を入れようとしたその時、力のない彩ちゃんの声に虚をつかれて動きを止めてしまった。そして彼女はとんでもないことを口にしたのだ。
「私……もうダメ……だから……千聖ちゃんだけでも──」
「何バカなこと言ってるの! ふざけないで!!」
「──え……」
一瞬でも自分を諦めようとした彩ちゃんに私は大声で叫んでしまっていた。あの彩ちゃんが足手まといな自分を見捨てろと言ったのが信じられず、怒りが込み上げていた。私の知ってる丸山彩はこんなところで簡単に諦められる人間じゃない。それを私が一番よく知っているからこそ、彼女の弱気な態度が我慢できなかった。
「絶対に見捨てるものですか! 絶対に……っくぅ!」
「千聖ちゃん……」
そしてそんな彼女を見捨てることをできるはずもなく、私は彼女を立ち上がらせようと肩を支える。きっと彼女を見捨てれば私だけは助かるのかもしれない。どちらかが犠牲になればどちらかは生き延びられる。どちらも死ぬよりはよほどいい選択なのもしれない。それでも……。
──『両方助けるに決まってるやろ!』
あの時の健吾くんの言葉を思い出し、脚に力を込める。
諦めない……諦めてたまるものですかっ。
私も、彩ちゃんも……こんなところで絶対に終わらせないっ!
「ふん。だがここまで──」
しかし無情にも、立ち上がって間もない私たちにとどめを刺そうとファンガイアが再び歩き出そうとする。
その時だった……。
「──ンゥ?」
「え?」
異形だけだなく、私たちにも変化は感じていた。
この状況を変えられる存在の訪れを。
「この音……」
大地を揺るがすような激しい振動。
ドラムよりも乱暴に身体を揺らす爆音。
そう、けたたましいエンジンの音が辺り一面にこだましていたのだ。
そして──
「ハァァッ!」
「きゃっ!?」
突如として紅色に染まったアメリカンバイクが現れ、私たちの真上を飛び越えて地面に着地したのだ。
着地したバイクはすぐさまその場で激しく唸り、回転を始める。
そして、運転手に捕まるように後ろに乗っていた人の手に握られたもの──イクサナックルから衝撃波が放たれ、ファンガイアの身体を大きく吹き飛ばした。
「オラァッ!」
「ッグォァ!?」
「今のってイクサの……もしかして……!」
吹き飛ばされ地面を転がる異形を見ながら、バイクの後ろに乗る人がヘルメットを外してこちらに振り返る。
その顔を見た途端、私は我慢していた強がりが解け、思わず涙が出そうになっていた。
そこにあったのは、私が待ち焦がれた人の顔だったのだから……。
「千聖ちゃん! 大丈夫か!?」
「何よ……遅いわよ、健吾くん……」
彼が来てくれたという安心からつい笑みが溢れてしまい、そのまま愚痴を漏らしてしまう。私たちが無事なのを確認できたからか、健吾くんの表情も和らいで薄らと安堵の笑みを私に見せてくれた。
「あの人って……」
「彩ちゃん。もう大丈夫よ」
「え?」
健吾くんをよく知らない彩ちゃんからすれば、私の安心する様は疑問に思えることだろう。しかし彼がいるということは、それはこの状況を変えることができるということ。即ち、異形に立ち向かう戦士──仮面ライダーがいるということなのだから。それだけでも、安心する理由としては十分であった。
「……」
しかしその時、彼をここまで連れてきたバイクの乗り手もヘルメットを外し、そこに見えた顔に私たちは同時に驚いて声を上げていた。
「二人とも下がってて」
「「紅さんっ!?」」
なんと、あのアメリカンバイクに跨って無茶苦茶な運転をしていたのは紅さんだったのだ。天才ヴァイオリニストとして名の知れている彼があんな風にバイクを乗り回すとは思えず、そのギャップに困惑してしまう。あの優雅にヴァイオリンを奏でる姿と今のライダーとしての姿が噛み合わないのだから。しかし、普段からTETRA-FANGのボーカルとして激しいシャウトを轟かせることを知っていればこそ、私たちはその困惑からもすぐに解放されていた。
健吾くんに続いてバイクから降りた紅さんは私たちに振り返ることなく怪物を睨み続けていた。
「なあ麗牙。アレやったら俺がやるで?」
「いえ健吾さん。コイツは僕が……」
「……そうか、分かったわ。じゃあ二人は俺に任しとき」
「お願いします」
その言葉を紅さんに残した健吾くんはバイクから離れると、私たちのすぐ目の前に立って怪物を睨んでいた。戦う意思を見せず、ただ私たちの盾となるだけの彼の態度に疑念を抱いてしまう。
「健吾くん……?」
「期待してるところ悪いけどな、こっからはアイツのステージや」
「え……?」
そんな私たちの注意は、自然と一対一で対峙する紅さんと異形に向けられていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ようやく来たか……キングっ!」
立ち上がった
「わざわざこの街で……音楽に関わる人たちを襲うなんて……覚悟はできているんでしょうね」
「元よりそのつもり! 貴様のような腑抜けた王は俺が潰す!」
今まで自分が対峙した他のファンガイアと同じように、ウォートホッグもまた人間との共存を不要と考える存在であった。故に現在のキングを廃して自分に合わない世を作り替えようとしていたのだ。
しかし、この世にそれを許すような王はいない。
「王の判決を言い渡す……『死』だ。キバット!」
冷徹に目の前の異形に死刑判決を下し、麗牙はそれを執行するために相棒の名を呼んだ。
『よっしゃ! キバっていくぜ!』
「何あれ……金色の……蝙蝠?」
麗牙の元に飛来した黄金の光……赤い目を光らせる黄金の蝙蝠に彩と千聖の目が丸く見開かれる。撮影や企画などで奇妙な物語を演じたことのある彼女たちからして見ても、その存在はあまりにも奇怪であった。顔に翼と足が生えた一頭身の黄金が言葉を話しているのだ。これほどの奇怪な現実は恐らく、この先どれ程の奇天烈な企画と対面しても目にかかることはないだろう。
飛来した黄金──キバットバット三世を掴んだ麗牙は自身の左手に彼を近づけさせる。
『ガブッ!』
キバットが麗牙の手に咬みつくと同時に彼の体内にアクティブフォースが注入され、その全身をステンドグラスのような模様が覆い尽くさんとする。それと共に彼の腰回りに何重もの鎖が出現し、それは形を変えて紅色のベルトへと姿を変えていた。
♬〜〜
笛の音が何度もこだまする。
始まりを、断罪の時を待つかのように。
そしてキバットを敵に向けて掲げ、彼は告げた。
変化の言葉を──
戦士の降臨を意味する言霊を──!
「変身」
キバットを逆さにバックルの止まり木に止まらせた時、彼の身体を不透明な白銀のベールが覆う。
一瞬の間をおいた後、そのベールは音と共に弾け飛ぶ。
そして、紅色の戦士がそこに顕現していた。
「あれって……っ」
千聖はその姿に息を飲む。かつて一度だけその姿を目にし、健吾共々助けられたことを覚えていたからだ。
そしてその登場を待ち望んでいた異形がその名を告げた。
彼の名は──
「キバ……」
King of Vampire──
吸血の一族を治めるファンガイアの王。
掟を守る番人。
絶対なる夜の支配者。
人間との完全なる共存を夢見る若き王。
それがキバ。
そして、またの名を……
「……仮面ライダーキバ」
生きとし生ける全ての愛ある者の自由と平和、そして音楽を守る戦士である。