ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『Pastel*Palettesからのモデルの誘いを受けることになった愛音。そんな彼女の元に黄金の鎧が委ねられて……』


第105話 轟く牙の旋律

 ライブハウス「LiFE」の会場には、既に満員の客が詰め込まれていた。初めてここで彼ら──TETRA-FANGを見た時とまるで変わりない盛況ぶりが始まる前から見て取れていた。今回は他のバンドもあるためか麗牙によるヴァイオリンの公開練習はない。しかし、それでもTETRA-FANGの音楽を知ってしまった人にとってそれは大きな損失ではない。先のバンドのステージが終わり、今か今かと麗牙たちの登場を待ち構える人の熱気が私にまで伝わってくるのだから。

 

「友希那、次だよね? 麗牙たち」

 

「う〜、あこまで緊張してきたよ……」

 

「心配しなくても、白金さんならきっと大丈夫ですよ」

 

 しかし、今日のTETRA-FANGはいつもとは違う。ベースとキーボードの二人が負傷しているため、代理として愛音と燐子が加わっている。彼らの代わりが務まるのかと、私もあこのように心配しない気持ちが無いわけではない。しかし今の燐子ならば……自分がピアノを奏でる理由を思い出した燐子ならば、どのステージだろうと負けることはない。私はそう確信していたのだから。

 だから私としては、燐子よりも愛音の方が気になっていた。

 

「愛音もベースできたんだ……」

 

「ズルいよねぇ、あんなに背が高くて美人なのにベースまで弾けちゃうなんて」

 

「だいじょーぶ。ひーちゃんにはひーちゃんのいいところがあるから。気を落とさないでー」

 

「なんでさも私が負けてるような言い草なのっ!?」

 

「あはは……でも、やっぱりちょっと羨ましいな……燐子さん」

 

 愛音と同じ学年ということもあるからか、Afterglowのメンバーたちも愛音に注目しているようだった。一人羽沢さんだけは燐子に意識を向けているようだけど、今はその小さな羨望に触れるべきではないと本能的に感じていたため、特に彼女たちに触れることなくステージへと意識を向ける。

 

「あっ、来た!」

 

 会場にはPastel*Palettesのメンバーも客として入っており、日菜の声と共に会場の熱気は一気に盛り上がる。舞台の上に先に颯爽と登場したのはギターのKENGO。続いてベースの愛音、Roseliaのキーボードの燐子が登壇し、そして最後に、私たちがあの時見た赤と黒のド派手な衣装を見に纏ったボーカルRAIGAが現れていた。アフグロやパスパレの面々も普段の麗牙からは想像も付かない派手な衣装を前にして、一部困惑している風にも見える。動じず純粋にときめいているのも日菜や、あとは意外にも上原さんくらいであった。

 

「おーカッコいい!」

 

「く、紅さん……すごい衣装だなぁ……」

 

 相手に威圧感を与えるような彼らしからぬ装いだが、それも彼らの歌を知っているならば相応しい衣装だと分かることだ。重量感のあるサウンドと共に放たれる麗牙の凄まじまい声量に圧倒されるステージ、それがTETRA-FANGの音楽なのだから。

 

 そして全員が定位置に着いたことを確認した麗牙はただ一言、その曲名だけを告げた。

 

「……Destiny's Play」

 

 ♬〜〜

 

 前置きもなく、ヴァイオリンの調べと共に彼らの音楽が開幕した。デビュー曲を惜しげもなく開幕から披露していくスタイルは相変わらずだが、それでも新鮮味を感じてしまうのはそこにいる二人の少女のせいなのだろう。

 

「──自分のこと傷つけない物にだけ囲まれてても」

 

 燐子のピアノの腕は私たちもよく知っての通り、並の人のそれを大きく上回る。この短い期間で、彼女はTETRA-FANGの楽曲を完璧に自分のものに仕上げていた。アゲハの奏でるそれに全く負けていない、精錬された牙の調べが彼女の指から生み出されていた。

 

「──変わりたいと願うのなら抜け出さなきゃ殻を破り」

 

 そして愛音。かつてはベースを経験していたというが、その腕は決して次狼さんには劣っていない。それどころか、彼の音楽と何ら違いを感じさせないほどにその音は似通っていた。敢えて言うならば、次狼さんの音楽の根底には荒々しさが眠っていたが、彼女の音楽には静けさが……いつ飛び掛かるか分からない危うさを孕んだ妙な静けさが流れているような気がしていた。

 

「──解き放て未知の力」

 

 ヘルプの二人を加えたとしても、彼らの音楽、彼らの牙に衰えは全く感じられない。それどころか新たな彩りと響きを得た牙は、その輝きを更に増して観客を圧倒していた。そんな彼らを見て、私たちもまた一つ強く思うことがあった。

 

「負けたくないわね……彼らには」

 

「はい。私もそう思います」

 

 彼らの強い音を前にして、更なる高みを目指すことへの執念をより増していくのが感じられていた。彼らと共に競い合っていけば、私たちはまだまだ高みに行ける。FWFへ行くことも、その更に上に行くことも。そんな自分の中の更なる力が、彼らによって呼び起こされるようであった。

 

 ♬〜〜||

 

 私たちが初めて彼らと出会ったDestiny's Play(運命の戯曲)も終わりを迎える。曲の終わりと同時に熱気に満ちた客の熱い歓声が響き渡り、これが本当に一曲目なのかという錯覚すら抱いてしまう。

 

「皆さんこんにちは、TETRA-FANGです!」

 

 歓声が鳴り止まない中、麗牙の挨拶によって更なる歓声がライブハウスを埋め尽くした。

 

「事前告知でもあったように今日はAGEHAとJIROは怪我のため、ラスト以外は彼女たちが代わりを務めてくれます」

 

 会場から口裏を合わせたかのようなわざとらしい落胆の声が漏れるが、代わりのメンバーのことを告げられた途端、その声は一気に盛り上がり歓声となっていた。そんな彼らの反応に満足したのか、麗牙は今回の編成メンバーの紹介を始めていた。

 

「それでは今回のメンバーを紹介します。まずはベース……僕の妹の紅愛音!」

 

 ♬〜♬〜

 

 麗牙の紹介と共に華麗なベースを弾き鳴らし始める愛音。低くとも皆の心に響くしっかりした彼女の旋律は、彼女の中の芯の強さを表しているかのようであった。

 

「なんと今度、雑誌のモデルも務めるみたいなのでね、皆さんよければ応援してやってください」

 

「アイネさーん! 頑張りましょうー!」

 

「モデル……?」

 

 そんな話聞いたこともなく、隣をちらりと見るがRoseliaもAfterglowも目がきょとんとして明らかに誰も知らない様子であった。唯一違うのがPastel*Palettesで、皆が楽しそうに相手を見つめ、更に若宮さんが大声で彼女に声を投げかけていた。

 確かに愛音ほど長身ならモデルくらい務まるのかもしれない。そんな彼女を応援するように、今日初めて見る彼女にも温かい歓声が会場から轟いていた。

 

「そしてキーボード! 僕の──失礼しました。Roseliaのキーボード、白金燐子さん!」

 

 ♪〜♬〜

 

 今、麗牙は何と言い間違えかけたのか何となく分かってしまった。しかし燐子は動じることなく、パフォーマンスとして鍵盤をいつものように綺麗に響かせていた。

 

「Roseliaのファンの方は知っていると思いますが、なんと彼女、先月のピアノコンクールで金賞を受賞したんです! おめでとうございます!」

 

 囃し立てるようにギターとベースが鳴り響き、観客からも歓声が上がる。Roseliaのステージではそんな話題をしないため、突然の歓声に燐子は縮こまらないかと心配してしまうが、彼女の様子を見てそれも杞憂だと判断できた。

 

「あ、ありがとう……ございます……」

 

 突然の大音量に驚きはしたものの、燐子は慄くことなくその盛り上がりを受け入れて言葉を返していた。本当に強い……いや強くなったのだと、今の彼女を見てしみじみと感じる。麗牙との関係も過去のトラウマも乗り越え、新たな自分になった燐子には怖いものはもう無い。今の燐子は何を前にしても決して怖気ず、逃げることのない強い少女なのだと改めて分かったのだ。

 

「あ、それとギターいつものKENGO」

 

「オチ担当かい!」

 

 ♬〜♬〜

 

 ツッコミを入れながら、笑いに包まれた会場でギターを弾き鳴らす健吾。相変わらずの凄まじい指捌きで弾き奏でるサウンドで、会場は更に熱気に包まれていく。

 

「そして我らがTETRA-FANGのボーカル、RAIGA!」

 

「よろしくお願いします!」

 

 健吾からの紹介で麗牙が声を上げ、全員の紹介が終わる。それは即ち、彼らの音楽の再開を意味していた。

 

「では皆さん、今日も盛り上がっていきましょう! ……Eternity Blood」

 

 麗牙が曲名を告げ、燐子の指から奏でられる荘厳で厳粛な調べが会場を支配し始める。神聖さを、或いは禍々しさを孕んだ変拍子の楽曲が、彼らの手によって生み出されていく。Destiny's PlayからのEternity Blood。私たちが初めて彼らのライブを見た時と同じ構成だったのは偶然か、それとも狙って組んだのかは分からない。ただ、私たちが彼らTETRA-FANGとの出会いを振り返ってしまうのは仕方のないことであった。

 

「──偽りのない知性が冷たく影を堕とす」

 

 私は当初、その評判から彼らに興味を持っていただけだった。しかしあこが誘わなければ、あの日に彼らのライブを見ることはなかったのかもしれない。そして私は、彼と言う存在を知ってしまった。人の心の音楽が聴こえるという、音楽の申し子とも呼べる本物の天才──紅麗牙に。

 

「──終わりなき夜を歩み生きて」

 

 初めて会った時から不思議な何かを感じていたが、実際の彼は私の想像を超えるほどの大きな光を私に見せつけた。リサの心が壊れそうになった時、彼はその音楽で彼女の心を救い出したのだ。音楽の持つ力を私は知っていたつもりだったけれど、あそこまでの温かな光を私自身直に感じたのは初めてのことだった。暗闇の底にまで届く音楽を感じたのは私にとって衝撃的な出来事で、音楽というものの奥深さ、そして尊さを改めて思い知らされた出来事でもあった。だからこそ、私は今も彼に思うことがあるのだ。

 

 いつか私も、彼のような音楽を伝えたい。

 

 私の音楽で世界を包み込んでやりたい。

 

 私が心の中で、彼に負けたくないと思い始めたのはそれからだった。暗闇に沈む親友を救い出せるほどの光ある音楽を伝えたい。私の、私たちの力で……彼を見ているとそう思わずにはいられない。

 

「──その手が紡ぐ Eternity Blood」

 

 その後、彼が人間ではないと知ったが、それは私にとっては些細なことでしかなかった。彼の奏でる音楽に人間や怪物なんて関係ない。彼の持つ独特の音楽性は、きっと彼の純粋で優しすぎる人となりが生み出したものなのだから。誰よりも音楽に真摯に向き合う彼を好ましく思っているし、純粋に尊敬もしている。

 

 だから、今はその音楽を誰よりも近くで学べる燐子のことが少しだけ羨ましく思うことがあるのだけど……。

 

 ♪〜〜||

 

 いつしか二曲目も終わり、息をつかぬ間に更なる旋律が奏で始める。牙の饗宴はまだまだこれからなのだと、私も心の中で笑みを浮かべていた。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 鳴り止まない歓声が飛び交う中、TETRA-FANGのライブも終幕が近付いていた。今回の特別編成で行われる最後の曲も終わり、愛音と燐子が舞台から立ち去ろうとしていた。

 

「ベース愛音、そしてキーボード白金燐子でした。ありがとうございます!」

 

 二人を讃える歓声の嵐を受けながら、二人はステージを後にする。誰もが二人の演奏に心打たれ、その名残惜しさに寂しさを覚えながらも、この後に控える本当のTETRA-FANGに湧き立つ心を抑えられない、そんな一体感が会場を埋め尽くしていた。

 

「愛音さん本当にすごいですよっ! あの二人や白金さんの演奏に全然負けてませんよ」

 

「本当ね。同じベースとして少し複雑な気持ちだけど」

 

 まだステージの上に残る紅色の少女に、パスパレの少女たちも驚きと感動を覚えていた。あの時自分たちと言葉を交わしたモデルのような美少女……その器量だけでも他を凌駕しているにも関わらず、他の三人の繰り出す音楽に全然負けていないベースの技量は目を見張るものがあった。更に言うならば愛音は本来ピック弾き中心でベースを扱っていたが、今回はTETRA-FANGにいないドラムを補うためスラップ奏法中心の演奏に変えていた。それでもまるで変調をきたさない見事な演奏をこなした彼女に、麻弥や千聖もただただ感心するしかなかった。

 

「アイネさんの演奏、もっと聴きたかったです」

 

 イヴの願いも虚しく彼女の演奏は終わり、ステージから消えようとする。それは即ち、本来のTETRA-FANGが降臨することを意味していた。

 

 

 

「うん。でもこの後が本当のっ──」

 

 

 

 しかし、彩の告げようとした言葉は最後まで続かなかった。

 

「……彩ちゃん? ねぇみんな、彩ちゃんは?」

 

「彩さん? あれ? さっきまで隣にいたのに……」

 

 彩を除いたパスパレの四人が辺りをきょろきょろ見渡すが、どこにも彩の姿は見当たらない。つい数秒前まで姿も声も感じていた彼女たちのリーダーの姿は今、忽然と姿を消していたのだ?

 

「あれ? ライガも戻っていくよ?」

 

 そんな日菜の言葉でステージに目を向けると、燐子や愛音に続くように焦ったようにステージを後にする麗牙の姿があったのだ。健吾はステージに立ち続けて観客を飽きさせないためにギターソロを弾き鳴らし続けているが、それでも時折ステージ裏に視線を向けているのが見え、観客たちの間にも次第に不安感が募っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなステージの裏側では……。

 

 

「兄さん……どこに行くつもり……」

 

 舞台から降り、麗牙はライブハウスの外へ続く扉に向かおうとしていた。そんな麗牙の目の前に立ち、その進路を封じる愛音。自分の行動を阻害する妹に対して、焦りを隠そうともしない麗牙の声が轟いた。

 

「今見えたんだっ、彩さんが誰かに連れ拐われるのを!」

 

「えっ!?」

 

 あの暗く多い人集りの中で、麗牙の目にははっきりと見えていた。彩の姿が突然人波から消えていく様を。それと同時に、何かの気配がライブハウス会場から抜け出したのを。麗牙の突然の報告に燐子は息を飲み、次狼は目付きを鋭くさせて麗牙の話に耳を傾けていた。

 

「嫌な予感はしてたんだ。前にあった時、彼女からも微妙に魔皇力を感じたからっ」

 

 以前の彩との会話の折に、麗牙は彩の体に眠る僅かな魔皇力を感じ取っていた。魔皇力を持つ人間、それは即ちレジェンドルガのロード復活の要となり得る存在であり、故に魔皇力を持つ人間はレジェンドルガに狙われる危険性を帯びていた。友希那と燐子、つぐみに続けて麗牙が見つけた四人目の魔皇力を持つ人間、それが彩だった。危険だと知っていながらも何もできず目の前で拐われたことに対し、自身に憤りを感じていた麗牙は一刻も早くここから動かなければという強迫観念にも似た思いに駆られていた。しかし……。

 

「私も……見えた……」

 

「だったら──」

 

「私が行く……」

 

「──え?」

 

 愛音の言葉を前に麗牙の口が止まる。愛音が自分から行くと言い出したことに一瞬呆気に取られてしまっていた。

 

「兄さんは……ここで最後まで歌うの……」

 

「でも愛音──」

 

「心配だったら……私の元まで兄さんの音を届かせて……じゃ」

 

「──あっ、愛音っ!」

 

 それだけを言い残し、麗牙の言葉も待たずに愛音は飛び出していってしまった。突然のことで反応が遅れた麗牙は、直ぐに後を追おうとして脚に力を入れようとする。しかし、そんな彼の腕を掴んで止める者がいた。

 

「愛音のこと信じてやってよ。麗牙」

 

「っ、アゲハ……」

 

 自身の腕を掴む側近の姿を見て、麗牙の動きが再び止まる。自分から言い出したのだから、愛音が彩を救い出すと兄である麗牙には信じてほしい。言葉足らずの愛音の言葉を、アゲハは補足しながら麗牙に伝えていた。愛音にとって、麗牙が音楽を響かせることが望みなのだから、とも。

 

「愛音も、貴方には歌ってほしいのよ」

 

「でも彩さんは──」

 

 彼女は自分の友達だ。関わってしまった自分が助けなければならないと、責任感の強い麗牙は反論しようとする。

 

「愛音だってもう彼女の友達だと思ったけど……違う?」

 

「……」

 

 しかしそれならば愛音も同じだとアゲハは伝えた。そしてあの日、異形の戦いに巻き込まれた彩も、その後はパスパレと共に愛音とモデルの件で談笑していたのを麗牙は思い出していた。知り合ってからの時間は短いが、それでも愛音にとって彼女たちは信用に足る人たちだと感じていたのだ。故に彼女は走る。異形を止めるために。そして、自分の友人を救うために。

 

「麗牙さん……」

 

「うん……そう、だね……愛音を信じよう」

 

 愛音の強さを誰よりも知っているが麗牙である。その自分が彼女を信じることができなくてどうするのかと、麗牙は自分に言い聞かせる。妹が囚われた友人を救い出すことを今はひたすら信じ、麗牙たちTETRA-FANGはステージへと躍り出るのであった。




次回、「第106話 超新星:黄金の皇女(ゴールデンプリンセス)

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