ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『燐子さんの側に麗牙さんが遣わせたのは、なんとキバットさんの妹のキバーラさん』

『オレ様としては色々と不安が残るが案の定、そんな彼女たちの会話を盗み聞きした少女がいて……』

挿入歌:Fight for Justice


第108話 迷宮少女と青空少年

「ふえぇ……また迷っちゃったよ……」

 

 昨日、見たことのない恐ろしい怪物と、それと可愛らしい女の子がピカピカの人になって戦うなんていうファンタジーみたいな光景を目の当たりにしてから、私はずっと心落ち着かない時間を過ごしていた。あの怪物は何なのか。あのピカピカに変身する人は何なのか。そして、その人と知り合いの彩ちゃんは何者なのか。短い時間の間でも私の頭がいっぱいになるには十分な情報量で、昨日もしっかり寝た筈なのに朝になっても目が回っているような気分だった。だから今日、勇気を持って彩ちゃんに聞き出そうとしていたんだけど、やっぱり怖くて中々話し出す機会が訪れることはなかった。せめて他に人のいない放課後ならと、静かにその時を待つしかなかった。

 そんな彩ちゃんが放課後に教室に戻るのを見かけて、私はチャンスとばかりに後を付けた。一緒にいるのが千聖ちゃんだから信用出来たということもあるんだと思う。でも、教室には既に燐子ちゃんや紗夜ちゃんもいて、そして見たこともない小さな白い生き物がパタパタと翼をはためかせて飛んでいた。

 

『な、何……あれ……』

 

 白い蝙蝠? それにしては身体が見当たらないし、目もすごく大きいし、何より言葉を話しているからそれが普通の蝙蝠でないとすぐに理解できた。そんな普通じゃない生き物と話しているみんなって何者なの? もしかして何か怖いことに巻き込まれているんじゃないかと、昨日の彩ちゃんの件もあって心配せずにはいられなかった。

 それからじっとその様子を隠れて見ていたけど、結局バレちゃって、それで思わず逃げ出しちゃったわけなんだけど……気が付けば私はまた町の真っ只中で途方に暮れていた。私って、どうやら極度の方向音痴らしいんだよね……何度か来たことのある道でも道が分からなくなって困ることが多いし。その度に知り合いに助けてもらったりするんだけど、残念ながら辺りに知り合いらしき影は見当たらない。かと言って知らない人にいきなり道を聞くのもなぁ……。

 

「(あ、歩けば何か見えるよね……う、うん……歩こう)」

 

 方向音痴あるあるで調べれば多分出てくるんだろうなぁ、「一歩目から勘で間違える」っていうの。私もその例に漏れず、完全に迷ったと判断する前に手がかりを探そうとして泥沼に嵌ってしまう。いつもそうなのに改善することなく、最終的には立ち往生してしまう。地図なんて読めるわけもなく、毎回助けてもらって申し訳なくなるけれど、どうして私はいつもこうなんだろう。不安の抱きしめながら、恐る恐る知っているのか知らないのか分からない道を進んでいく。辺りをキョロキョロと見回しながら、必死に知っているものを探そうとしながら歩いていたその時だった。

 

「きゃっ!?」

 

「ぅおっ?」

 

 よそ見して歩いていたのがいけなかったのだろう。横の道から出てきた誰かと突然ぶつかってしまい、転びはしなかったものの互いに予想外の衝撃で驚いて声を上げてしまっていた。

 

「ご、ごめんなさ──」

 

 空かさず謝罪を入れようと相手の顔を見ようとするけど、その瞬間に私の身体は石のように固まってしまった。何故ならその人は髪の毛を真っ金金に染め、学校の制服も着崩していて、何なら顔に切り傷みたいなのも残っていたりと、如何にもヤンキーチックな風貌の男の人だったからだ。当たり前だけど身長も私より大きくて、その視線は私のことを空から見下しているようであった。そんな人にぶつかってしまった私の頭は軽くパニックになってしまっていた。

 

「あ、ああのっ……ご、こご、ごめんなさいぃぃ!」

 

 お願いだから乱暴なことはしないでください! そんな祈りを必死に込めて私はヤンキーさん(仮)に頭を下げる。さっきの蝙蝠のことも忘れて、今はただひたすら自分の無事を祈るばかりだった。

 

「いやこっちこそごめんな。大丈夫か? 怪我とかしてへんか?」

 

「へ?」

 

 しかし私の予想に反し、返ってきたのはとても優しい声色と言葉だった。その声に向けてゆっくりと顔を上げると、そこにはその声色に似合った心配そうな表情を浮かべた男の子が私に視線を合わせて屈んでいた。

 

「え、あ、はい……だ、大丈夫です……」

 

「そっか、よかった」

 

 呆気に取られながらも無事なことを伝えると、彼は胸に手を当てて青空のような穏やかな笑みを浮かべ、安堵の気持ちを身体全体で表していた。悪い人じゃない? そう思い私は男の人をよく観察してみる。金髪や顔に残る小さな傷、着崩した制服は変わりないけど、手に持つ鞄はとても綺麗だし余計なものを一切付けていないし、意外と真面目なのかもと思わされる。更に、その肩から提げる大きなケースの形にはとても見覚えがあったから……。

 

「あの、ギター……」

 

「ん?」

 

「ギター、大丈夫ですか?」

 

 彼の肩から提げているのは間違いなくギターケースだった。もしかして彼も私たちと同じでバンドをやっているのだろうか。それなら、今の衝撃でケース内のギターに何か問題は起こっていないか。怖さも今は吹き飛んで、それだけが心配になっていた。

 

「ああっ、大丈夫大丈夫っ。ありがとな、ギターの心配してくれて」

 

「い、いえっ。私が、よそ見ばっかりしていたから」

 

「ええって。ま、互いに何もなくて良かったわ。じゃあ気をつけてな。ほなっ」

 

 とても気軽で明るい調子の彼は、後腐れなんて残さないようにしているのか常に呆気からんとしてきた。そんな調子のまま別れてくれたからか、私も全然悪い気分ではなかった。むしろ、いい人に出会えたのかもと、少し得した気分だった。

 

 ──いい人……もしかしたら……。

 

 そんな人なら、今の私にとってはちょうどいいかも知れない。そう思った私は、すぐに行動に移していた。こんなチャンスを逃す手はないと。

 

「あ、あのっ!」

 

「ん? どないした?」

 

 去っていこうとする青空のような清々しい彼を呼び止め、そして問い質していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……花咲川女子学園って、どっちでしたっけ……?」

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「へぇ、花音(かのん)ちゃんドラムやってんねやな。なんか意外やわ」

 

 学校も終わり、今日は特に用事もなかった俺はマル・ダムールで向かおうとしていたが、その途中で思わぬ出逢いに遭遇していた。松原(まつばら) 花音(かのん)ちゃん……花女の二年生を名乗る彼女はあろうことか道に迷い、何故かどう見ても部外者の俺に自分の母校への道案内をせがんできたのだ。あまりに予想外の事態で一瞬頭がフリーズしてしまっていたが、本気で困っているようなので捨て置くわけにもいかず、こうして花女付近まで共に歩いていくことになった次第である。因みに方向音痴の彼女曰く「毎日が大迷宮」らしい。いやどんな日常やねん……。

 その道すがらで互いの自己紹介も終え、会話を途切れさせないように俺は彼女と言葉を交えようとしていた。その中で分かったのが、彼女もバンドに所属して音楽を嗜む同志であるということ。それだけ分かれば俺としては十分であった。どんな形であれ、音楽を奏でる同志に会えたことが俺にとっては最高の幸運なのだから。

 

「そうかな? 私は健吾くんの見た目で普通の人なのが意外だよ」

 

「そんなに厳つく見えるか俺?」

 

「うん……私、てっきり命は無いものかと思ったもん」

 

「え、えぇ……そこまで……」

 

 そんなに怖がられるような見た目にした覚えは無いのだが、彼女にとってはそうではなかったようだ。出会ってからもしばらくはびくびくした態度が抜け切らなかった辺り、彼女の人柄と見る他ないようだ。

 

「でも、こうやって一緒に迷わないように歩いてくれてるし、今は健吾くんのことがいい人だっていうのは分かるよ」

 

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、ちょっと簡単に信じすぎちゃうか? 本当は悪い人やったらどないすんねん」

 

「ええっ? い、今更悪い人なんて言わないでよぉ。私、本当に健吾くんのことそう思わなかったんだから……」

 

「わわっ、ちょ、本気にせんでええからっ! 悪かったって、変なこと言って。信じてくれて嬉しいから、急に落ち込まんといてくれって!」

 

 忠告と軽い冗談のつもりだったのに、花音ちゃんは本気で驚いたようにショックな顔を浮かべていた。彼女の瞳が揺れているのを目にして、俺はすぐに取り繕うように捲し立てる。とりあえず、この子相手にネガティブな方向に話を持っていくのは止そう。いくらなんでも弱気が過ぎるわこの子……。

 

「ふえぇ……今度こそ信じていいんですか?」

 

「も、もちろん。花女には友達もおるし、もし花音ちゃんに何かしたら、俺その子らに殺されるかもしれんしな」

 

「友達?」

 

 なんだか典型的な危ない男の誘い文句みたいな事を喋っている気もしなくはないが、嘘ではないし彼女に告げても問題ないだろう。こんなヤンキーもどきと連んでいるなんていう噂を彼女が立てるとも考えづらいし、俺の知っている子が彼女と知り合いならより話が通じやすくなる。だから花女にいる友達の名を告げようとした、その時だった。

 

 ♬〜〜♬〜〜

 

「ん? あ、悪い。ちょっと出るわ……噂の友達からや」

 

 ポケットから鳴り響く端末の着信音に会話を中断させられるが、その電話の相手が千聖ちゃんであることを確認すると、タイミングの良さについ笑みが溢れてしまう。千聖ちゃんから電話など珍しいこともあるものだと、俺は端末の通話ボタンに指を乗せて彼女の声を聞こうとした。

 

 しかし……。

 

「もしも──」

 

『た、助けてっ! 健吾くん!!』

 

「──ど、どうしたっ!?」

 

 聞こえてきたのは、今にも切羽詰まったような千聖ちゃんの声だった。

 

『彩ちゃんが狙われて、っ私も一緒に逃げ──きゃっ!?』

 

「千聖ちゃん!?」

 

「千聖ちゃん?」

 

 彩ちゃんが狙われた……つまりはレジェンドルガか!? 予想外の展開に軽く混乱してしまうが、走りながら必死に電話に叫びかけてくる千聖ちゃんの言葉に、俺も必死で耳を傾けていた。花音ちゃんには悪いが、彼女の抱く疑問に関しては今回は無視させてもらおう。

 

『お願い! 早く来て!』

 

「今どこや!? どこに──」

 

 俺はどこに行けばいいのか、それを彼女に聞こうとしたが、その必要は無くなってしまった。

 

「──だぉあっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

 ふと一歩踏み出した途端、横の路地から突然飛び出してきた人影にぶつかられ、俺は相手もろとも思いきり地面に倒れ込んでしまった。今日は何度ぶつかればいいんだと冗談も言っていられず、自分に覆い被さっている相手の顔を確認する。

 

「って千聖ちゃん!?」

 

「健吾くんっ!?」

 

 なんと俺にぶつかって来たのはちょうど電話で連絡し合っていた千聖ちゃん本人だった。よく見ればその脇で彩ちゃんが驚いた顔でこちらを見ているし、どうやら二人とも偶然にも近くにいたようだ。

 

 ……ん? 近くに? 襲われている彼女たちが?

 

「き、来たよ!!」

 

 彩ちゃんの声に反応して顔を上げると、道の先には一体の巨体が。

 

 全身を真っ赤に染めた、ゴツくて猛々しい五体。

 

 最も特徴的なのは、頭部から生えた二本の巨大な湾曲した角。

 

 鼻息を荒くし、脚で何度も地面を蹴る様は宛ら闘牛の如し。

 

 俺の予想で間違いなければ、アレはレジェンドルガ……ミノタウロスレジェンドルガということになるのだろう。

 

「オイオイ待て待て待て……」

 

 ヤツの目は真っ直ぐ此方を見据えている。しかも重心を低く構えて、まるで走り出す直前みたいに何度もその蹄でコンクリートをかっ切っているのだ。あまり闘牛などには詳しくないが、その仕草が何を表しているかに気付かない俺ではない。

 

 だから、俺は力の限り叫んだ。

 

「逃げろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

 

 俺たちが走り出したのと、ミノタウロスが飛び出したのはほぼ同じ同時だった。風を切ってものすごい轟音を立てながら迫るミノタウロスを尻目に、俺たちは死に物狂いで逃げることになったのだ。

 

「ふえぇ〜!? ま、また怪物ぅ〜!?」

 

「またって、見たことあんのか花音ちゃん!?」

 

「それよりっ、健吾くんまで逃げてどうするのよ!?」

 

「はっ! いや、つい……」

 

 勢いのまま皆と同時に逃げ出したが、実際その選択が正解かもしれない。こんな建物が密集している場所で大っぴらに変身して戦闘なんて繰り広げたら、どれだけの被害が出るか想像できない。それこそ必殺技すら放つこともできないだろう。それならば、この先にある広い場所で迎え撃つ方が周りに被害も出ないし、俺も心置きなくヤツと戦うことができる。

 

「その女を寄越せェェェェェェェェッ!!」

 

「い、いやだぁぁぁ〜!!」

 

「あれ彩ちゃん結構余裕?」

 

「そんなわけないよぉぉぉぉー!!」

 

 だったら律儀に逃げながら応えなくてもいいのに、と心の中でツッコんでおく。しかし実際には余裕がないのは皆同じだ。見たところヤツは直線状では凄まじい速度を発揮するが、上手く曲がることができないようだ。その度に止まるか壁にぶつかるかして再スタートする必要があるため、そこで俺たちはヤツを引き離すことができる。しかし持ち得る体力の差は歴然だ。このまま俺が戦える場所まで皆が辿り着くのが先か、ヤツが追いつくのが先か、正直なところ俺にも分からなかった。

 

「はぁ、はぁ……っ!? きゃっ!」

 

「っ、花音!」

 

「花音ちゃん!?」

 

 ヤツのと距離が離せないまま走り続けていた時、疲れで足元が見えていなかったのか、何かに躓いた花音ちゃんは転んでしまう。思わず全員が立ち止まって振り返ってしまうが、残念ながら彼女を助ける余裕は無かった。

 

「ゥオオオオオオッ!」

 

 俺たちを轢き殺そうとする赤い異形がすぐそこまで迫っている。最初から俺たちが生き残るためには立ち止まる、或いは引き返すという選択肢は無かったのだ。

 

「(くそっ)二人は走れっ! おおおおおおおっ!!」

 

「健吾くん!?」

 

「綾野さん!?」

 

 しかし、だからと言って俺はそれを鵜呑みにするわけにはいかなかった。二人に先に走るよう指示を出して、俺は倒れた花音ちゃんの元へと駆け出していた。

 

「オオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

「ひぃぃぃっ!?」

 

「花音ちゃん!!(間に合え……間に合えっ!!)」

 

 魔皇力を持つ彩ちゃん以外はどうなってもいいのだろう。問答無用で目の前にあるものを轢き殺す異形が花音ちゃんに迫る。

 

 花音ちゃんは何とか立ち上がろうとするも、そこから走り出してもきっとヤツに追い付かれる。

 

 逃げ場なんてどこにもない。

 

 どこに走ろうとも花音ちゃんは助からない。

 

「花音ちゃん、俺に──!」

 

 しかし、俺になら……っ!

 

 

 

 

「俺に抱きつけェ!!」

 

 

 

 

「っ、うんッ!!」

 

 明らかに言葉不足で何を言っているのか理解されないかも知れない俺の言葉を、しかし花音ちゃんは信じて抱きついてくれた。

 

 その一瞬の行動が、信頼が、俺たちの運命を切り開いた。

 

「っ!(今やっ!)」

 

 花音ちゃんが俺の身体に強く抱きついたその瞬間、俺たちの身体は共に宙に浮き、ミノタウロスの突進を紙一重で躱していたのだ。

 

「えっ!? ふえぇ〜!?」

 

 何が起きたのか分からない花音ちゃんの困惑の声が宙に響き渡る。そんな俺の右手には、既に使い慣れたファンガイアバスターが握られていた。そう、彼女に抱きつかれる直前、俺はファンガイアバスターを真上に剥き出しになっている鉄骨に発射していたのだ。そして花音ちゃんが抱きついた瞬間にフックを巻き取り、地上から逃れることができたのである。

 

「オオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 しかしそれだけでは終わらない。あくまでこれでピンチを逃れたのは俺と花音ちゃんだけだ。あの異形は依然として彩ちゃんと千聖ちゃんに向かって駆け抜けていく。

 

「花音ちゃん、このまましっかり捕まっといてくれよ」

 

「う、うんっ……」

 

 そして俺は、花音ちゃんがしっかり俺に抱きついていることを確認し、左手に握っていたイクサナックルをミノタウロスの無防備な背中に向けた。

 

「っ、ハァァ!」

 

「ッグォォォォァアア!?」

 

 ナックルから放たれた衝撃波が見事にミノタウロスの背中に命中し、目標は自身の勢いもあり思い切り吹き飛ばされて、走っていた二人を飛び越えて廃屋の壁に激突していた。その様子を見た俺はファンガイアバスターのフックを再び伸ばして地上に近づいていき、無事花音ちゃんを地上に下ろすことができた。

 

「よく、俺の言葉を信じて抱きついてくれたな」

 

 あの瞬間、彼女が俺の言葉の意図を理解できずに抱きついてくれなければ彼女は死んでいた。最悪、そんな彼女を守ろうとして俺も命を落としていたかもしれない。だから、俺の言葉を信じてくれた彼女に対して感謝と尊敬の念を抱いていた。あんな絶望的な状況の中にいても、彼女は周りを見失うことなく俺の声が届いていた。もしかすると、花音ちゃんは俺が思っている以上に肝が座っている子なのかもしれない。

 

「ふふ……だって健吾くん、信じていいって言ってくれたから。だから私、全然疑ってなかったよ」

 

「……お、おお……そうか……」

 

「?」

 

 正直、今グッときた。あんな無邪気な笑顔で真っ直ぐ「信じてる」と言われたら、何て言うか……嬉しいし恥ずかしさも覚えてしまう。まだちょっとドキドキしてるもん俺……。

 

「健吾くん!」

 

「花音ちゃん!」

 

 俺たちの元へと駆けつけてきた二人と合流し、お陰で胸の高鳴りは消え失せる。一旦の危機を躱しただけで事態はまだ終わりじゃない。俺たちの目の前には、まだあの異形がいるのだから。

 

「クソォォォ! 人間がコケにしおってェェ!!」

 

 再び立ち上がったミノタウロスはご立腹のようで、雄叫びを上げて此方を睨み付けていた。鼻息を荒々しく吹かし、再び脚を地面に擦り付けて今にも走り出そうとしていた。

 

「ま、また来るよぉっ!」

 

 しかし、もう逃げることはない。思っていた場所とは違うがここならばやれる。ここならば戦える。そう確信していたから、俺は興奮する怪物向けてゆっくり歩み出していた。

 

「け、健吾くんっ!?」

 

「……三人とも下がっとけ。ようやく俺のライブや」

 

「ふぇ……ラ、ライブ……?」

 

 いきなり怪物に向かっていく俺に、予想通り花音ちゃんの驚いた声が轟く。しかし俺には秘密がある。目の前の怪物に打ち倒すための力がこの手に握り締められているのだから。

 

R・E・A・D・Y(レディ)

 

 俺は手に握られたナックルをもう片方の手のひらに押し当て、機構の生体認証を終わらせる。電子音が辺りに響き、瞬間俺の腰回りには機械仕掛けのベルトが出現していた。

 

 ナックルを太陽が光り輝く青空に向けて力一杯掲げ、そして俺は、親友と同じ変化の言霊を叫んだ。

 

 

「変身!」

 

 

F・I・S・T(フィスト) O・N(オン)

 

 イクサナックルをバックルにセットした時、そこから光の鎧が空中に投影され、俺の体に纏わり付く。次の瞬間に俺の身体に纏われたのは光の鎧ではなく、実体化された白い鎧であった。

 

「ふ、ふえぇ……な、何……?」

 

 顕現せしは汚れなき純白に身を包まれた聖騎士。

 

 邪なる魂を浄化し神の元に還す使徒。

 

 その名もイクサ。

 

 Intercept X Attacker──IXA(イクサ)

 

 

 またの名を──

 

 

「仮面ライダー……!」

 

「仮面……?」

 

「ライダー……?」

 

 

 ──仮面ライダーイクサ。

 

 生きとし生きるもの全ての自由と平和を守るために現れる、正義の使者である。

 

R・I・S・I・N・G(ライジング)

 

 セーブモードからバーストモードへ、更に即座にマスクからイクサライザーを取り出し、イクサは更なる強化を完了させる。

 

 仮面ライダーライジングイクサ。汚れなき青空の如く透き通った心を抱く、正義の極意。イクサの最強の姿である。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 それがどうしたと言わんばかりにミノタウロスは駆け出した。俺はすぐにイクサライザーから取り出した青色のフエッスルをバックルに差し込み、イクサナックルを押し込んでコードを読み取らせた。その瞬間、俺の手に握られるイクサライザーの銃口にとてつもない質と量のエネルギーが充填されていく。

 

「ゥオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 俺たちを轢き殺さんとする赤い猛牛が轟音を立てながら一直線に迫る。

 

 そう、一直線にだ。

 

 ヤツは決してあの速度のまま曲がることはしない。俺たちを激突するまで、あの異形は真っ直ぐ突き進み続けるだろう。全てをなぎ倒す無敵の超突進、それがミノタウロスの最大の武器であった。しかしその特技が、今の俺にとっては最大の好機となっていた。

 

 直線状の攻撃で最も威力を発揮するのは、俺の方なのだから。

 

「オオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

「く、来るよっ!?」

 

「大丈夫や」

 

 イクサライザーに溜められた高密度のエネルギーは眩しく光り輝き、今にも暴発しそうになっていた。最大限にまで溜め込んだ破壊的な光をミノタウロスに向けたまま、俺は微動だにせず銃を構えていた。

 

 そして──

 

「ハアアアァァァァァァァァァッ!!」

 

「ゥグォァァァア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァッ!!?」

 

「きゃっ!」

 

 俺はイクサライザーのトリガーを引き、イクサの極意を放った。

 

 ファイナルライジングブラスト。ライジングイクサの放つエネルギー波の嵐がミノタウロスを巻き込み、異形は俺たちに届く前に激しく爆散してしまった。俺の放った攻撃の余波で辺りの廃屋が一部吹き飛ばされるが、元々人のいなくなって長い場所だ。だからこそここで変身も出来たのだから。

 

「ふぅ……真っ直ぐしか走れやんのが仇になったな」

 

 敵がいなくなった眼前を見据えながら変身を解除して、誰にでもなく俺は静かに告げた。もう後ろの少女たちを脅かす存在はいない。それを見届けた俺は踵を返して、半ば放心している花音ちゃんの元へと歩いていった。

 

「……驚かして悪かったな」

 

「……け、健吾くんって……もしかして正義のヒーローなの?」

 

 相変わらずおどおどしながらも、彼女の瞳は少し輝いているかのようだった。正義のヒーローに憧れるような眩しい視線に嬉しくなってしまい、俺もつい気を良くして満面の笑みで彼女に答えていた。

 

「ふっふーんっ、そうやで。俺が、神に代わって悪を断罪する正義の戦士や!」

 

「調子に乗らないの」

 

「あだっ? あはははっ。いやぁ、ついな」

 

 しかし結局、いい気になっていたところを千聖ちゃんに小突かれていつもの調子に戻ってしまう。自分からヒーロー自称するなんて慣れないことはするものじゃないなと軽く反省しつつ、これから花音ちゃんにどう説明するかを考えるのであった。

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