ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『キバの戦いを目にし、そしてキバーラの姿まで見た少女、花音。健吾と出会った彼女は偶然にもレジェンドルガの戦いに巻き込まれてしまう』

『しかしそこは健吾さん。イクサに見事に変身して見事敵を撃破し、彼女たちを守りました! ですが今回は健吾さんたちの話ではなく……?』


第109話 紅皇女の秘めた想い

「そう……分かった……まあガンバ……」

 

 TETRA-FANGのライブを終えた次の日の放課後、私はつぐみの家が経営している羽沢珈琲店の席に座りながら、携帯の向こうにいる健吾と話をしていた。何でも昨日、私がキバに変身して戦っているところを偶然にも目撃してしまった子がいたらしい。

 

 全く、このキューティー愛音ちゃんをお化けみたいに言うとはなんてけしからん子だろうか……。

 

 ……え? 内心だとよく話すって? 当たり前だ、思考までスローリーな鈍感女子になったつもりはない。基本的にいつも言葉を口にするのが面倒だから、出来るだけ言葉数を少なくして疲れないようにしているだけ。まあ、疲れないとしても今更この話し方を変えるつもりはないんだけどね。

 それはともかく、昨日のキバの戦闘で共にいた彩に話しかけようとしたその子は、今日偶々キバーラと会話する現場を見てしまったようで、即座に逃走。その後偶然健吾と出会い、更にまたまた偶然にも彩と千聖がレジェンドルガ襲われている現場に出会して今に至ると言う。その子も運が無いというか、どれだけ巻き込まれれば気が済むのだろうか。根っからの巻き込まれ体質の彼女に同情はするが、今その子の相手をしているのは同じトラブル体質の健吾だ。些か不安は残るけど、それでも今は彼に任せるしかなかった。

 

「健吾のやつ、何て?」

 

「マル・ダムールで……事情話してるって……」

 

「そう。それにしてもその子、災難だったね」

 

「それな……出歩けば何かに巻き込まれる……健吾と似たタイプ……」

 

「それはそれでちょっと会ってみたいかも」

 

 アゲハは少し楽しそうに言うが、正直あんなの(健吾)と同じタイプなんて私はゴメンだ。ただでさえ私の身内にはトラブル体質が多いのに、更に増えるなんて面倒臭いの極みだ。外に出ることだって出来れば避けたいのに……はぁ……私の平穏からどんどん遠ざかっていってしまう。でも、もし何かあったら結局は手を差し伸べてしまうんだろうな……本当、私のバカ。

 

「ご注文はお決まりですか?」

 

 私たちのテーブルに寄って注文を聞いてきたのは隣のクラスのつぐみ……この羽沢珈琲店の看板娘だ。席についてすぐ健吾と連絡をとっていたからか、私の通話が終わるのを待ってくれていたのだろう。さっきも私の会話を邪魔しないように静かに水を置いていってくれたし、本当に気の利く女の子だと思う。しかし残念かな、電話に集中してたために私は未だメニューに目を向けてはいなかった。

 

「……アゲハは?」

 

「え? あ〜ごめんごめん。私も愛音に集中しててまだメニューとか見てなくて」

 

「なる……つぐみ、もうちょい待つがよろし……」

 

「ふふっ、分かったよ。でも、二人が来てくれるなんて珍しいね」

 

「……変?」

 

「ううんっ。すっごく嬉しいっ」

 

 目を細めて朗らかに笑うつぐみ……天使か。私たちの行動一つでここまで一喜一憂する彼女が可愛らしくて、ほんわかさせられてしまう。器量よしで愛嬌があり、嫌味を全く感じさせないし気が効くし、本当にいい面しか見えてこない子だ。なんなら一家に一人欲しいくらいだ。

 

「ど、どうしたの愛音ちゃん? そんなにじっとこっちを見て……」

 

「お持ち帰りしようかと……つぐみを」

 

「へっ!? お、お持ち帰りって、私を──」

 

「ジョーク……」

 

「──も、もうっ、変なこと言わないでよぉ……」

 

 流石に本当にお持ち帰りしようとは思わない。今みたいに慌てるつぐみを見てみたくて、ほんのちょっと揶揄いたくなっただけだ。うん、赤くなってるつぐみはやっぱり可愛いし、いいものが見れたと満足気に頷く。

 

「こーら愛音、あんまり揶揄わないの。ごめんねつぐみ。とりあえずさ、ここの店のオススメのコーヒーを二つ頂戴。次狼も前に頼んだようだし」

 

「はいっ。他にご注文はございますか?」

 

「つぐみを一人……」

 

「はいはい、そういうのはいいの。とりあえずそれだけお願いね」

 

「あ、あはは……うん。じゃあちょっと待っててね」

 

 アゲハの小言を聞き流しながら、つぐみが去っていくのをじっと見つめる。彼女の無防備で小柄な背中が非常に愛らしく感じさせられるのだから仕方ない。しかし先に言っておくが私に「そっち」の気はない。ただ可愛いもの見て癒されたいと思っているだけだということはここでハッキリさせておきたい。

 

「うん……可愛いは正義」

 

「うんうんっ、分かってるねぇ愛音。つぐは可愛い、そして可愛いは正義。つまりっ、つぐは正義!」

 

「ひまり……うるさい」

 

 そんな私の言葉に乗っかってきたのは、胸のたわわを思い知らせるかのように私に擦りつけてくるあんちくしょう……ひまり。自分の意見と私の意見が合致して嬉しいのは分かるが、だからと言って肩を掴んで私に顔を寄せることはないだろうに。百歩譲って私に寄り添うのはいいが、その胸の凶悪な爆弾を私になすりつけるのは本気(マジ)でやめてほしい。自分のだってそこまで小さいつもりはないが、同い年の彼女とここまでの差があると、こんな形で肌で思い知らされるのはとても癪なのだから。

 

 ああ、この胸の爆弾、いつか爆発しないかな……。

 

「今なんか物騒なこと思わなかった!?」

 

「被害妄想乙……」

 

「つぐとのこの差は何っ!?」

 

 知らない、そのわがままボディに聞いてくれ……とは口には出さない。まあ本気で彼女のことを邪険にしているわけではないし、どちらかと言うと好きだし、愛想尽かされる前に宥めておこう。多分ひまりも何だかんだ言いながら許してくれるだろうし。じゃなきゃこんな冗談、滅多に言えたものじゃない。

 

「ひまり……ええじゃないか……」

 

「よ、よくない!」

 

「あっははははっ! 愛音ってホンットに面白いな!」

 

「サンクス巴……よく言われる……」

 

 私たちの会話に入ってきたのは、つぐみやひまりと同じAfterglowのメンバーであり、Roseliaのあこの姉である巴だった。背丈は私と変わらないが、とても活発で男勝りなところがあり、いろいろと私とは正反対の人間だ。行動派な人で健吾と似て熱苦しく感じなくもないが、さっぱりしていて中々気持ちのいい人間でもあり、彼女も共にいて悪い気はしなかった。因みに今も彼女がこうして静観しているのは、単なる戯れだと理解しているからだ。そもそも友達のことを貶そうものなら、巴は本気で怒ってくる人だから。

 

「あいちん、ひーちゃんの扱いを心得てるねー」

 

「心得てるの!? 嘘でしょ!?」

 

「でもまだ足りない……モカっち……ご教授を」

 

「ほっほっほ〜、ひーちゃんマスターのこのモカちゃんにお任せあれー」

 

「ねぇ!? 私どうされるの!? っていうか私のマスターって何!? モカも変なこと教えないでよぉ〜!?」

 

 間延びしたような声を出す彼女とは何故か一番気が合うからか、互いを「あいちん」「モカっち」と呼び合うようにまでなっている。何が私たちの間でマッチしたのか分からないが、とにかく気が合うのだ。ひまりの少し困った顔を見るという目的が今は互いに一致していたらしい。すまないひまり……君に弄りがいがあるのが悪いのだよ。

 

「はぁ……モカ、愛音もそこまでにしてよ」

 

「うぅ……蘭だけが私の味方だよ……」

 

「敵はここに在らず……本能寺にあり……」

 

「いや、つっこみづらいんだけど……」

 

 ひまり弄りを見かねたのか、蘭によって一連の流れはストップさせられる。今の会話で分かるように、この羽沢珈琲店にはAfterglowのメンバー全員が揃っていた。学校でもそうだが、この五人は常に共にいる印象がある。昔ながらの幼馴染みだから当然と言えば当然だが……今はそれが少し羨ましくもある。

 

「愛音、あたし昨日から聞きたかったんだけど、愛音ってベース弾けたんだな」

 

「おう、そうだっ。昨日のライブの愛音、すっごくカッコよかったぞ!」

 

「そうだよっ。楽器が弾けるって言ってくれればよかったのに」

 

「ふっふ……であろう……」

 

 昨日のTETRA-FANGのライブで臨時のベースを担当していたのを彼女たちも聴いたのだろう、飾りの無い素直な称賛の言葉を浴びて気を良くしてしまう。まあ仕方ないよね。パパの娘で兄さんの妹であるこの愛音ちゃんの手にかかればざっとこんなもんよ……と口に出して言いたいところではあるがグッと堪える。一度はベースを置いてしまった自分にそんな大層な口を言える資格があるとは思えなかったからだ。

 

「でもあいちん、どうしてお兄さんと一緒にバンドしないのかなー?」

 

「……それは……」

 

 モカっちの言葉で思わず言葉に詰まってしまう。私が今兄さんたちとバンドをやらない理由。私がベースを弾かない理由。そこまで大した話ではないのだけど、それを今この場で明かすことには少しだけ抵抗が生まれてしまっていた。決して彼女たちを信じられないからではなく、個人的なちょっとした気恥ずかしさのためだ。

 

「お待たせ。愛音ちゃん、アゲハちゃん。それとごめんね、私も聞いていいかな? 愛音ちゃんはバンドやらないの?」

 

 注文のコーヒーを持ってきてくれたつぐみも私の音楽事情が気になるようで、相変わらずの可愛らしい顔で訊ねてくる。しかしその顔は卑怯だ。そんなお人形のような顔で見られたら答えるしかなくなってくるではないか、全く……。

 

「愛音、代わりに言おうか?」

 

「いい……結論から言うと……なんか鎮火した」

 

「いや、分かりづらいんだけど……」

 

 つぐみの愛さしさに免じて端的に答えてみたが、みんなの理解には及ばなかったようだ。今ので察して欲しかったが、次にもう少しだけ言葉を付け足して説明してみる。面倒だから出来るだけ短縮させてだけど。

 

「うちの若い衆が消えての……」

 

「いやアンタ組頭でもないし消えたの()でもないし。はぁ……静歌(しずか)が引っ越してからでしょ、愛音がベース弾かなくなったの」

 

「静歌?」

 

「愛音の幼馴染み。中学まで愛音とバンドやってたのよ。あと麗牙と健吾もね」

 

「つまり、その子がいなくなって……えっと、やる気がなくなった?」

 

「ザッツラーイト……」

 

 言葉のチョイスを間違えたのか、結局アゲハが分かりやすくみんなに説明してくれた。そして最終的につぐみが私たちの言葉の節々から得た情報を繋げて正解を導いてくれたので、私は彼女に軽く拍手を送っていた。まあ、要はそういうことだ。静歌……ずっちゃんが引越しして気軽に会って演奏ができなくなってから、私の中の火が静かに消えていってしまったのだ。

 

「本当はTETRA-FANGだって次狼じゃなくて愛音を誘ったんだけど、この子こんな調子だから」

 

「そんなにその子が大切だったんだ……」

 

「別にそこまでじゃ……連絡も取れるし会おうと思えば会える……けどやる気が起きない……」

 

 兄さんたちがTETRA-FANGを結成した当初、彼女はその応援に来ては偶にドラムを担当してくれていた。今にして思えば、私が弾くのを期待してくれていたのかもしれないが、そんな光景を見てもどうにもやる気が湧いてこなかった結果が今の私だ。次狼は私がやりたいならいつでも代わる気でいてくれているが、残念ながら今でもそういう気にはなれなかった。一度消えてしまった炎は、二度と灯ることはないのだと私は思っていた。

 

「じゃあ昨日はどうして?」

 

「それは……流石に二人のために……しゃーなし」

 

 私だって鬼じゃない。怪我を負ったアゲハと次狼に長時間の演奏で無理をさせないためにも、私が再びベースに手をつけるしかなかっただけだ。燐子のように他のバンドの手を借りるというのは私や兄さんも避けたかったし、それならば自分がやるしかない(その上で自分から進んでやると言ってきた燐子も燐子だけど……)。そう思って今回は久しぶりにバンドに参加しただけなのだから。そう、やむを得ない事情があった、それだけのこと……のはずだったのに……。

 

 

 

「その割には愛音、とってもノリノリだったよ」

 

 

 

「え……」

 

「うん。昨日の愛音、本当に楽しそうに演奏してたよ」

 

 そう言って優しく微笑むアゲハと蘭に私は息を飲んでしまう。楽しそうだった? 昨日の私が? そう周りに思われていたのが意外で、呆気にとられてしまっていた。

 

「私……楽しそうだった……?」

 

「気付いてないの? 愛音ちゃん、結構楽しそうに笑ってたよ」

 

「嘘だ……」

 

「いやいや本当だって。そうだ、昨日の動画誰かがアップしてたんだ。ほら見てみろよ」

 

 巴が出した携帯の画面では、昨日のTETRA-FANGのライブの動画が再生されていた。ステージに近いところで撮影していたためか、四人の表情の変化までがくっきりと映り込んでいた。いつ見てもカッコいい兄さんと、ムカつくほどいい笑顔でギターを弾き奏でる健吾に、とても落ち着いたようにキーボードを奏でる燐子。そしてそんな彼らに囲まれて、だらしなく緩んだ頬で笑顔を浮かべている私の姿もそこに映されていた。

 

「っ! ……これはノーカンで……さ、削除を要請……肖像権の侵害……」

 

 予想だにしない光景を目の当たりにして困惑し、そして恥ずかしくなって巴の携帯を無理矢理取り上げてしまう。自分はベースを握るとこんな無防備に笑うのか、誰彼構わず笑顔を振りまいていたのかと思うと、途端に羞恥が襲いかかってきたのだ。兄さんの勇姿を収めるのは構わないがこれはいけない。今更ベースを楽しそうにしている自分を見られるのは……かなり恥ずかしい……。

 

「あれれー? あいちん照れてるー?」

 

「ぅ……照れて、ない……っ」

 

「コメントもいっぱいあるしね。『RAIGAの妹ちゃんクッソ美人っ』とか『背高くて可愛くてベース上手くてムテキかよ』とか。うわすごっ、これみんな半分くらい愛音のこと書いてるよっ」

 

「ぅぅ……」

 

 自分の携帯を出してコメントを読んでいくひまりに耐えきれず、耳を押さえて蹲ってしまう。しかし悲しいかな。半分ファンガイアな自分の聴覚は兄さんほどではないが人並みより鋭く、容赦無く感想を読んでいくひまりの言葉が薄ら聞こえてきてしまうのだ。『ファンになるわ』『これからも聴きたい』『いいね一個じゃ足りない』『好き!』『嫌いじゃないわ!』なんてつらつらと読んでいくのは正直勘弁してほしい。ただでさえこっちは赤くなった顔をみんなに見せたくなくて、そのまま顔を上げられずにいるのだから。

 

「ひまり、もうその辺にして。愛音も顔上げて。ほらっ」

 

 しかし蘭によってこの羞恥地獄から解放され、私はまだ少し桃色に帯びた顔を上げてひまりを睨みつけていた。

 

「助かった蘭……マジ感謝……おのれひまり……許すまじ……(後でひまりのコーヒーに砂糖を大量にぶち込んでその身体肥やしてやる)」

 

「今なんかすんごい怖い心の声聞こえた!?」

 

 ひまりは読心術でも持っているのだろうか。まあ持っていたところで未来は変わらないだろう。甘いのは好きだろうし多すぎる糖分でもひまりは喜んで口にしてくれるはずだ。

 

「あ、あはは……でも愛音ちゃん。みんな書いてるよ。『愛音ちゃんの笑顔が可愛い』って。つまり、それだけ楽しく演奏してたってことだよね」

 

「……そう……かな……」

 

「うんっ。きっと愛音ちゃん、自分が思っている以上にバンドをするのが好きなんだよ。全然冷めてなんかないんだよっ」

 

 何故か自分のことのように楽しそうに言うつぐみに、私は頬に手を当てて考え込む。私はバンドが楽しい? 一度冷めてしまってからは聴くばかりで、何にも楽器に手をつけてこなかった自分が、今更バンドを楽しいと思っているのか? 思ってもいいのか? つぐみには悪いけれど、未だに自分の中でしっくりくることがなく、一人唸りながら昨日の演奏を振り返っていた。

 

「う〜む……」

 

「じゃあさ! 今からみんなで何かやろうよ! 楽器持ってさ!」

 

「……なん……だと……」

 

「ちょ、今からやるの?」

 

 しかし突然立ち上がって溌剌と叫ぶひまりによって私の思考は途切れてしまう。え、楽器持ってって、演奏するってこと? Afterglowに混じって? ひまりの提案に追いついていけず、私は他のアフグロメンバーと同様に目を丸めてひまりを見上げていた。

 

「だって愛音、あんなに楽しそうに演奏するのに弾かないなんて勿体なさすぎるよ! だから行こう!」

 

「……ひまり……」

 

 目を輝かせて私の手を握るひまり。本気だ。この子本気で私のこと連れてどこかでベースを弾かせる気だ。

 

 しかし、それを疎ましく思ってない自分がそこにいた。

 

 何の打算もなく、純粋に私と一緒にベースを弾きたいと言う彼女の手はとても温かかった。そして何故か胸が高鳴っていた。このまま彼女に導かれて、なるようになってもいい、一瞬そう思えてしまったのだ。

 

「でもどこで? CiRCLEだって多分予定で埋まってるだろうし」

 

「ここもお客さんがいるからね……」

 

 しかし私の中に生まれた微かな光は呆気なく消えていこうとしていた。それはそうだ。いきなりバンドしよとしても場所なんてあるはずがない。奇跡的にどこかのライブハウスが空いているかもしれないがあまり期待はできない。外、それも人目のつくところなんて言語道断だ。本当ならドランの中に誘いたいけど、モカと巴はこっちの事情知らないため迂闊に呼ぶこともできない。アゲハの方をチラリと見るが、彼女も首を横に振ってダメだと言外に伝えていた。

 

「是非もなし……(でも、なぁ……)」

 

 残念ながら手詰まりであったが、それに対して意外にも落胆する自分がいることに驚いていた。もしかして私は期待していたのだろうか。彼女たちと共に演奏することを。自分が再びベースを握って舞台に立つことを……。

 

「別に今日じゃなくても……来月や来年でも……」

 

「いや遠すぎでしょ……」

 

「う〜! 今日がよかったの! 愛音にベースは楽しいぞって今すぐ自覚してほしいの!」

 

 駄々をこねるひまりをじっと見つめながら私は不思議に感じていた。どうして私のためにここまで一喜一憂できるのか、そこまで私にベースを弾いてほしいのか。ひまりが何に必死になっているのか理解が及ばなかったが、直後のつぐみの言葉で私もようやくその真意が分かることになった。

 

「そうだね。私も愛音ちゃんの笑った顔、また見てみたいし」

 

 ひまりは……いや、ひまりだけでなくここにいる皆が私の笑顔を見たいのだと言う。単なる笑顔ではなくて、音楽に身も心も委ねて快楽に浸っているありのままの私の笑顔を……。

 

「……私の笑顔は安くない……一億ドル」

 

「たっか!? ……ってあれ? 愛音また赤くなってる?」

 

「……うっさい……」

 

 本当は嬉しく思っているけど、照れ臭くて捻くれた返ししかできない。しかし、やはり気持ちを抑えることが出来ずに顔に現れてしまっていた。なんだか今日は調子が狂う……いや、今日だけじゃない、きっとベースを再開してから、私の中で何かが変わってきていたのだ。

 

「アゲハも……何か喋れ……」

 

 それにしてもアゲハはさっきから何をしているんだ。ずっと静観を決めて私が辱めを受けているのをただ見ているだけなんて、友人にあるまじき行為だ。そんなアゲハを恨めしく見つめていたが、彼女は温かい目でこちらを見つめ返し、そして優しく話していた。

 

「だって最近の愛音、同年代の女の子とよく話すようになったし。なんか微笑ましくて」

 

「オカンか……」

 

「静歌の代わりかもね」

 

 同年代なのは自分だって同じだろうに、彼女の妙に大人びた態度にはつい甘えたくなってしまう。だから彼女が側にいるといつもだらしなくしてしまうのだけど……。それはそれとして明らかな上から目線は少し不服なので口を尖らせてしまう。

 

「それよりさぁ、みんなも考えてよぉ〜! きっとどこかに演奏できるところがあるはずだって!」

 

 ひまりはまだ私がベースを弾くことを諦め切れないのか、メンバー全員を奮い立たせようと奮闘していた。その熱意には圧倒されるし少し呆れてしまうが、でも私はそんな彼女を嫌いにはなれなかった。強引で行き当たりばったりだけど、胸の中で温かい音楽を奏でるひまりはとても眩しくて、もう少しだけその音を聴いていたくなってしまう。彼女の誘いに乗るのも悪くないのではないかと、そう思わせてしまう何かがそこにあった。

 

「そうは言ってもなぁ……」

 

 だが現実は残酷だ。誰もいい案が浮かばないまま時間だけが無情に過ぎていく。このまま時間が流れればこの会は自然と解散、この話はお流れになってしまう。私も、それを心のどこかで残念に思っていた。

 

 

 

 

 ……そんな時だった。

 

 

 

 

「おう、まさかとは思ったが。愛音がここに来るとはな」

 

「「次狼?」」

 

 羽沢珈琲店の扉を開けて店内に足を踏み入れたのは、私が毎朝顔を合わせる世話焼き狼の次狼だった。そろそろみんな忘れているかも知れないが、私が毎日持っていっている弁当は次狼作だ。後で返しておかなければ。

 

「なんでここに?」

 

 しかし次狼がマル・ダムール以外の店に来るなんて珍しいこともあるものだ。以前にここのコーヒーを褒めていたようだけど、今日もここで一服するつもりなのだろうか。

 

「用があってな。お前らの匂いを辿ってきた」

 

「失せろ変態狼」

 

「まあ待て悪かった。だが、罵倒はこいつに会ってからにしてくれ」

 

「え?」

 

 女の子の匂いを辿るなんてなんて不届きな野郎だと目から光が消えかけたが、直後の次狼の言葉で思い留まる。こいつに会ってから? 次狼は誰を連れてきて──っ!?

 

 

 

 

 

 

 

「やっほー☆ 愛音! ひっさしぶり!」

 

 

 

「ずっちゃん……」

 

 

 

 噂をすればなんとやら。

 

 

 私たちの目の前に現れたのは、噂の幼馴染み──静歌。

 

 

 そしてまたの名を……

 

 

「嵐を呼ぶドラマー、SHIZU! あ、ただいま参上!」

 

 

 店内で傍迷惑な大声を上げる幼馴染みを目の当たりにして、私はただただ頭を抱えるしかなかった。

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