ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『愛音の前に現れた嵐を呼ぶドラマー、静歌。彼女に誘われて愛音たちがやってきたのは、彼女たちのバンドの始まりの場所だった。静かに高鳴る鼓動を胸に、愛音は再びベースを手に握るのであった』


第111話 奏でることの楽しさを

 空が黄昏に覆われ始めた頃、僕はラジオの収録が終わったPastel*Palettesの皆と談笑しながら帰路に着いていた。彩さんを見守ると決めた以上、最後まで無事を見届けてから帰りたいという心理は自然なものだし、幸いにも彼女たちは快く承諾してくれた。しかしその道すがらで、僕はある意外なことを知ることになった。

 

「えっ、大和さん知っていたんですか? その……イケメンズのこと……」

 

「はいっ、もちろんっすよ。今のTETRA-FANGの前身として結成された、知る人ぞ知る伝説のバンドのことですよね!」

 

「た、確かにある意味では伝説かもね……」

 

 なんと大和さん、僕たちのイケメンズ時代を知っていると言うのだ。あの少ない観客の中に彼女もいて、僕たちのステージを見てくれていたという偶然に驚き、僕は内心少しばかり盛り上がっていた。

 だが正直、未だその名前は慣れないしできれば言わせないでほしいと思っていた。思い出としては大切にしたいが、名を口にするのは恥ずかしくて堪らないのだ。ほら、彩さんなんて口をつぐんで必死に笑いを我慢しているし……。

 

「イ……っ、イケ……メンズ……っふ……」

 

「彩ちゃんどうしたの? お腹痛いの?」

 

「そっとしておいてください日菜さん」

 

「でもホンットどうしてなんでしょうね。あんなにブチ上がるステージなのにいつも妙に客入りが少なかったんですよね」

 

「な、名前のせいじゃないかしら……」

 

「ぷはっ」

 

「……それ考えた犯人の一人が健吾さんです」

 

「そ、そうなの……」

 

 彩さんにとってはこの名前は完全にツボなのか、遂に顔を伏せて震え始めてしまった。君はこの名前を笑える立場の人間なのかと思わないでもないが、ここはグッと言葉を飲み込む。こちらも笑われても仕方ないのは重々承知しているから。

 

「それとドラムの静歌ちゃんも発案者だったっけ」

 

「あ、ジブンこの間見ましたよ。静歌さんのドラム」

 

「え?」

 

 静歌ちゃんを見かけた? 大和さんの突然の報告に興味を惹かれ、その話に耳を傾けていた。

 

「知ってます? 今彼女、界隈ではちょっとした有名人なんですよ。スタジオミュージシャン、サポートドラマーとして活動してて、その性格も相まって今や自他共に認める嵐を呼ぶドラマーなんて呼ばれているんですよ」

 

「な、なんだか容易に想像できるよ……」

 

 健吾さんとの共謀だが、僕たち兄妹をバンドの世界に引き摺り込んだあの行動力を思い出して一人納得する。彼女ならどこでだってドラムを叩くし良くも悪くも有名人になり得る。一つ祈るならば、その性格が災いして厄介を呼び込まないことだが……。

 

「あの行動力には憧れますよホント。ジブンにとっても目標の一つっすよ」

 

「ふふ、なんか嬉しいです。友達をそう思ってくれるのは」

 

 破天荒な彼女のことを知り、それでも嬉しそうに憧れると語ってくれる大和さんに思わず頬が緩んでしまう。自分の友達を褒められてどうして気分を悪くできようか。同じドラマーだからこそ伝わる何かがあるのかも知れないが、静歌ちゃんを認めてくれる大和さんには感謝していた。

 

「(スタジオミュージシャンといえば、彼女はどうしているかな……)」

 

 今の静歌ちゃんと似たような立場の少女を僕は一人知っている。あの世界を渡る旅人と同時期に知り合ったもう一人のドラマー。彼女についてふと思いを馳せようとした時、それまで静観していたイヴさんから質問を投げかけられて思考を中断していた。

 

「ライガさん。一つ気になることがあるんですけれど」

 

「どうしましたイヴさん?」

 

「どうしてみんなのことは名前で呼ぶのに、マヤさんだけ苗字なんですか?」

 

「あ、確かに」

 

「ジブンはあまり気になりませんでしたけど……」

 

 そこを突かれるかと、僕は少しバツが悪くなりながら頬を掻く。そう、大和さんのことを苗字で呼んでいたのは無意識にではなくて意図的にだ。幸いにも大和さん自身は気にしていないが、この際はっきり理由を言った方が互いのためだろう。そう思って僕は包み隠さずその理由を明かしていた。

 

「恥ずかしい話なんですけど……その、母と同じ名前なのでなんか呼びづらくて……」

 

「ああ〜……」

 

「それは……分からなくもないわね」

 

 もちろん抵抗のない人は世に多くいるのだろう。ただ僕の場合は少しばかりこそばゆさを感じてしまうのだ。大和さんや千聖さんから納得の声が漏れるあたり、ある程度理解はしてもらえたようだ。

 

「紅さんのお母さんってどんな人?」

 

 故に彩さんがそんな疑問を抱くのは自然な流れだろう。どう言う人か説明するのは本来なら難しいところだ。しかし、ファンガイアの事情を知る彼女たちになら簡単に説明できた。

 

「とても綺麗な人ですよ。強くて優しくて皆から好かれる……ファンガイアのクイーンでした」

 

「あ、そっか。紅さんって王族だったんだっけ」

 

「いやいや、忘れないでくださいって。あっははっ」

 

 大事なことですよ、と言いながらも僕は彼女たちに笑いかけていた。自分を王族だと忘れてくれる今の彼女たちがとても好ましく感じていたのだ。僕はキングである前に一ミュージシャンだ。彼女たちの前では常にそうありたいと願っているのだから、彩さんのその距離感がとても嬉しかった。

 因みに母さんに唯一会ったことのある日菜さんはニコニコしているだけで、意外にもその話に加わろうとはしなかった。

 

「父さんに教わったこともあって、母さんのヴァイオリンの腕も相当なものです。結局は公の場で披露することはなかったんですけどね」

 

「紅さんのお父さんって、あの紅オトヤさんですよね。世界的ヴァイオリニストの」

 

 その事実はここにいる皆が知っている。前に一緒に番組に出演した際に、そのことにも触れているのだから。だが、その時に知らされなかった新事実を僕はここでまた知ることになった。

 

「私、小さい頃に行ったことがあるわ。彼のコンサート」

 

 千聖さんが父さんの音楽を聴いているというのは初耳だった。思いもよらぬ父さんへの繋がりに僕の興味は一気に彼女に向かい、真剣な表情を浮かべた顔を彼女に近付かせていた。

 

「本当ですか? え、いつくらいの頃?」

 

「ど、どうだったかしら……七歳か八歳くらいの頃だったと思うのだけど……でも、とても素晴らしい音楽だというのは記憶に残っているわ。あんな音を人が出せるなんて、と感動したのを今でも覚えているもの」

 

 彼女が七歳八歳の頃だとすると約十年前。まだ父さんが生きている頃の話だ。そんな時代の音楽でも未だ千聖さんの心で鳴り続けている。時を超えても尚奏で続ける彼の音楽は、僕の想像だにしないほどの高みにあるのだろう。ならば僕もいつか響かせたい。彼の音楽に負けないほどの美しい調べを。時を超えても響き続ける永遠のメロディーを。父の音楽を語る千聖さんを前にして、僕は改めてそう思うのだった。

 

「素晴らしい音色を奏でるヴァイオリン奏者ってその人間性が音にまで現れるのだと、あなたたちを見ていると思うわ」

 

「ライガもそうだけど、ヴァイオリニストってみんな心が澄んでるような気がするなー」

 

「そうだね。うん、僕はそう思いたい……」

 

「?」

 

 世界的ヴァイオリニストと呼ばれる人が全て素晴らしい人間か。残念ながら僕はその答えを出すことはできなかった。

 

「……」

 

「紅さん?」

 

 少しだけ昔話をしよう。僕が十歳くらいの時、父さんを通じて一人の女性ヴァイオリニストと会ったことがある。父さんに師事したというその人の奏でるヴァイオリンは圧倒的だったし、心に残る美しい音色であることには間違いなかった。

 

 しかし、僕が幼いながらも彼女の人間性を垣間見た時、ふと思ってしまったのだ。

 

「この人、嫌だ」と。

 

 悪い人間ではないのだろう、それは間違いない。優しい人だったし本人にも悪意は全く無い、正に善人に位置する人間だ。しかしそんな彼女の違和感に僕が気付いたのには、彼女の一人娘が関係している。彼女と同時に知り合った幼い女の子……詳しいことはあまり言いたくないが、その親子の関係に対して僕がある違和感(・・・)を覚え、その時にふと思ったのだ。あのヴァイオリニストが自分の親でなくて良かったと。もしそうならば、僕は恐らく音楽が嫌いになっていただろうから……。

 

 それ以来、僕は彼女とは会うことはなかった。父さんも僕を彼女の演奏会に連れて行くことはなかったし、その後に父さんが死んだことも相まって僕が彼女と会う機会が訪れることはなかった。それはそれで良かったのだが、ただ一つ心残りなのは彼女の娘だった。僕よりいくつか歳下の小さな少女……あの正当な評価を与えられなかった世界の中で、彼女は真っ当に成長できたのか。音楽を嫌いになってはいないかと……今となってはふと心配になってしまう。

 

 とにかく、音楽家だからといって僕が全員を好きではないということだ。悲しいけれど。

 

「……とりあえず話を戻しますけど、大和さん。一人だけ苗字呼びで他人行儀に思えたならごめんなさい」

 

「いやいやいやっ! いいっすよ別に。ジブン呼んでもらえるだけで十分ありがたいですからっ」

 

「そう、ですか……」

 

 ふと思い出した昔話を再び胸の奥に仕舞い込み、大和さんに謝罪を入れる。気を遣わせたのかどうかは分からないが、今のままの呼び方でも彼女は全く問題はないということなのだから、とりあえずはそれを信じておこう。

 

「それより麗牙さん。ジブン、また愛音さんのベース弾くところ見てみたいんですけど、また見れますかね?」

 

「どうかな……前に冷めたって言っていたけど、昨日のライブもあるし、案外すぐ見れるかもしれないね」

 

 まさかその同時期に妹が再びベースを握っているなど想像も付かず、大和さんと同じ期待を抱きながら闇に沈もうとする帰路を歩んでいくのだった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 ♬〜♬〜

 

 高架線の下で、世界を揺るがすほどの重厚な音楽が鳴り響く。阿修羅か千手観音が叩いているのかと思うほどずっちゃんの腕はいくつもあるかのように素早く動き回り、ドラムを強く、そして重く叩き鳴らしていた。彼女の作り出す音は大地の鼓動の如くその場を揺らして支配し、それが私たちの音の道標となっていた。

 健吾と次狼のギターが楽しげにシャウトする。好き勝手に聴こえる彼らの音もずっちゃんの音があるからその行き先を見失うことなく、調律の取れた見事なグルーヴ感を生んでいた。ドラムはバンド全体のリズムを担う重要な役割を持つが、イケメンズの時も彼女はこうして私たちを導いていた。それは演奏外でもそうだった。元々バンドを始める発端は健吾とずっちゃんで、私をベースとして誘ってくれたのは彼女だった。その時、私は初めて音楽に聴く以外の楽しさを知れたのだから……。

 

 ──運命繋がれ Destiny's Play

 

 健吾の微妙な……あくまでも兄さんと比べたら微妙な歌声を受信しながら、私は休むことなくベースを弾き続ける。彼の歌声を久々に聴くと、本当に結成当時のことを思い出されてふと感傷的になってしまう。あの時は私と兄さんも色々と疲れ果てて心も沈み、音楽なんて気分にはなれなかった。そんな私たち兄妹を無理矢理引き上げたのがずっちゃんと健吾だった。勝手にグループ名もパートも決められていて不満はあったが、しかし始めてみると殊の外楽しくて、次第に音楽の楽しさが私たちの胸の内に蘇っていたのだ。同時にこれが共に音楽を生み出すということなのだと、生まれて初めて理解したのだ。

 

 ──闇の中で 呼ぶ声 Wake up Destiny's Play

 

 その時の気持ちを、私は今再び感じていた。ベースを握って、音を奏でて、みんなと一体になるという行為。他では滅多に味わえないこの得意な興奮こそがバンドなのだ。一人一人奏でる音が違えども、それが合わさって生まれる音は世界中どこにも見当たらないここだけの音。それを再認識できた時、私もまた一つの感想を抱くことができた。

 

 音楽を奏でることが楽しいと……。

 

 ──迷い込むよ 謎の中へ Wake up Destiny's Play

 

 これがラストだと、私たちは最後の輝きを見せ付けるように音を轟かせる。この鼓動が消えるまで、私たちの音楽は終わらない。音が消えていく最後の最後まで、魂を乗せた音を送り出していた。

 

「(また……やりたいな……)」

 

 魂を込めた旋律は次第に小さくなって消えていくが、この空間を支配する熱気は消えることはない。観客となる少女たちの温かい拍手を受けながら、私はひとり更なる音への期待を胸に抱いていた。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 空が赤から黒に染まりかけるまで、俺たちの音楽は高架線下で響き続けた。と言っても元々時間も経っていたからほんの三曲しか披露できなかったが、愛音の楽しそうで嬉しそうな音を聴けただけでも俺は満足だった。バンドから離れていても、愛音もその楽しさを忘れることはできなかったのだと思うと俺も嬉しかったからだ。そんな俺たちの小さなステージが終わり、少女たちからの温かい感想が待っていた。

 

「すっごくカッコよかったぞみんな!」

 

「うんっ。こんなとこで演奏だなんて、私それだけでもドキドキしちゃったよ」

 

「それに愛音、とても楽しそうだった」

 

「そーだねー。やっぱり楽しかったでしょーあいちん」

 

「……ひまりのおつむほど?」

 

「ちょっと!? それどういう意味!?」

 

 同じ学校だからか、Afterglowの皆との関係はいいようだ。皆が愛音の抱いた気持ちに気付いてくれている。彼女の中で再燃した演奏を楽しむ心をしっかり感じ取ってくれるのも、ひとえに愛音のことをよく見ていたからに他ならない。彼女から揶揄い甲斐ある認定をされてしまっているひまりちゃんには同情を禁じ得ないが、まあまた後で慰めてあげようと思う。俺もしょっちゅうやられてるしな。

 

「あっははっ! ひまりちゃん、愛音に気に入られちゃったねぇ〜」

 

「気に入られてんのかアレ?」

 

「え〜相変わらず疎いなぁ健吾は。アレが愛音なのよ」

 

「言葉が過ぎる……マイフレンド」

 

 俺は愛音のことで未だ分からないことが多いが、静歌は愛音という人物をよく理解しているのだろう。だからこそ愛音も彼女を親友と呼称する。それほどの人が遠くへ行ってしまったのだから、愛音がベースを止めてしまったのもある程度は理解できる。

 それも今、愛音は取り戻したのだ。楽器を奏でることに対する楽しさ、愛しさを。彼女の顔に現れている抑えきれない小さな笑みがその証拠であった。

 

「アゲハ……何にまにましてるの……気持ち悪い」

 

「酷っ!? いいじゃんにまにましてても。それ言うなら愛音だってにまにましてるし」

 

「……これは……威嚇……」

 

「いや無理あるやろそれ」

 

 誰に対しての威嚇だというツッコミは入れないでおく。自分の口角を吊り上げている様子を即座にそう言い直させる頭の回転の速さには恐れ入るが、それが照れ隠しなのは誰が見ても明らかであった。次狼もまた、昨日今日と久しぶりに人前でベースを披露する愛音を見て嬉しいのか、愛音ほどではないが薄らとその顔に微笑みが表れていた。

 

「だが、悪くなかった。今日は誘われてよかった。そうだろう?」

 

「まあ……よかったかも……健吾の微妙な歌も久々に聞けたし……」

 

「悪かったな微妙で!」

 

 麗牙ほど上手くはないが、俺もそれなりに人に聴かせられるものと思っているだけにその評価は少し傷付く。そんな素振りをかけらも見せることなく愛音に吠え叫び、気を取り直してまだ感想を聞いていない花音ちゃんへと視線を投げかけた。

 

「……コホンっ。で、どうやった? 花音ちゃん?」

 

「え? うん……演奏も上手だったけど、それ以上にみんなすっごく楽しそうで、見ているこっちまでドキドキしちゃっていたよ。健吾くんのギターもあんな音が出せるなんて……私ビックリしちゃったなぁ」

 

「せやろせやろ。もっと褒めてええんやで?」

 

「花音。ウザかったら素直にウザいって言っていいからね」

 

「ふ、ふえぇ〜?」

 

 こらアゲハ。花音ちゃんにそんな汚い言葉を言わせるんじゃない。今日の態度を見る限りそんな言葉とは無縁の世界で生きてきたような少女を心の中で庇いながらも、彼女の飾り気のない感想にひとり気分を良くしていた。というか癒される。どこかふわふわしたような、しかし地に足のついた妙な話し方のせいだろうか。そんな今まで周りにはいなかったタイプの少女に対して無意識ながら関心を抱いていたが、その時は全く気付くことはなく次狼の言葉に耳を寄せていた。

 

「愛音。麗牙たちとまたバンドがしたいなら遠慮はするな。いつでもそう言え。その準備はできているからな」

 

「次狼……」

 

 彼が何を言いたいのか俺には分かる。元々はその位置に立つのは次狼ではなく愛音であった。その立場を彼女に返す、その心の準備は次狼はできていた。いや、次狼だけでなく俺たちもだ。愛音がバンドへの熱意を取り戻す時がくると、俺たちの誰もが信じていた。今がその時ならば、それを妨げることはない。ありのままに彼女の想いを受け入れることに、きっと誰も反対はしないのだから。

 

「次の休みの日、キャッスルドランでTETRA-FANGとしての練習がある。来るか?」

 

「……うん」

 

 その誘いに、愛音は静かに頷いた。もはや音楽を奏でることを渋る彼女はいない。その時のどこか切なさを感じさせながらも満足げに微笑む次狼を見て、俺は何も言えなかった。きっかけこそ次狼たちの負傷であったが、その結果がこれならば笑い話にもなってしまうのだろう。故に自分の役目が一つ終わりを迎えることに寂しさを覚えても、彼は笑わずにはいられなかったのだから。

 

「あっ、それなら私も行く! いいよねアゲハ?」

 

「え? い、いいけど……」

 

 そんな中でも調子良く俺たちの練習に参加しようとする静歌。図々しいというか逞しいというか……しかしどんな時でも変わることのない彼女だからこそ愛音をバンドの道に誘い、今日だって愛音のステージを知って駆けつけて来てくれた。行動力の塊みたいな女だが、それが俺たちにとって常にプラスに働くからこそ誰も彼女を嫌いになれなかった。麗牙以上のインドア派な愛音にとって、静歌はこれ以上ないベストマッチな人物なのかもしれない。

 

 なんて静歌のことも内心褒めていたところで、とんでもないことを言い放ったのだこの女は。

 

「アフグロのみんなも来る? TETRA-FANGの練習見に」

 

「ちょっ!?(アホかコイツ!?)」

 

 次の休みの日のTETRA-FANGの練習……つまりキャッスルドランに誘うだとか何を考えているのかコイツは。アゲハと次狼もあまりの予想外の展開についていけず目を見開いたまま固まってしまっている。まだ事情を知っている蘭ちゃんにひまりちゃん、つぐみちゃんならいいだろう。しかしモカちゃんに巴ちゃんは魔族のことなぞ全く知らない。そんな少女たちをキャッスルドランに呼ぶなどハッキリ言って正気の沙汰ではない。

 

「みんな愛音とよくやってくれてるようだしっ」

 

 そう彼女が続けて言ったことで気付くが、まさか静歌はアフグロ全員がこちらの事情を知っているものだと思い込んでいるのか? 愛音が心許しているから、彼女の正体を皆知っているのだと考えを飛躍させているのではないか? 一瞬のうちにいろんな考えが浮かんでくるが、その短い時間の中でも彼女の提案を取り下げさせる余裕は生まれてこなかった。

 

「ごめん。その日はみんなで予定あるから」

 

「そ、そうか。そりゃ残念やったな(セーーーーッフ!!)」

 

 しかし蘭ちゃんがその誘いを断ったことで一気に安心感が生まれ、なんとか取り繕って話題を終わらせる。危ない危ない、もし予定がないし行きたいなんて言われた日にはどう断るか考えなければいけないところだった。あくまでも残念がる良き友人を演じながら、心の中で思い切り安堵の叫びを上げていた。

 

 しかしそこで安心するのは間違いだとこの直後に思い知ることとなる。

 

「じゃあ花音ちゃんはどう? 予定とか空いてる?」

 

「見境なしかお前ェェ!」

 

 静歌の毒牙は哀れにもいたいけな花音ちゃんに襲い掛かった。昨日キバを目にし、今日はレジェンドルガに襲われてイクサも見て、未だ心の中で整理が付いてないかもしれないかもしれないというのにだ。まだ魔族を知っている分はモカちゃんや巴ちゃんを誘うよりマシだが、よりによって気の小さい彼女をキャッスルドランに招くなんて俺にはできない。彼女を心労で殺す気か。

 

「予定は空いてるけど……でも、いいのかな? お邪魔しても」

 

「いいのいいの! じゃあ行こう! 決定!」

 

 しかし俺が意見の一つを出す前に速攻で話が決まってしまっていた。そもそもお前の城でもないし俺らの練習なんやけど? そんな言葉もこの行動力の塊の前ではきっと無力と化するのだろう。

 

「ちょっと待ちぃや。花音ちゃん。ホンマにええんか? 俺らの練習風景なんか見てもなんもおもろいことないで?」

 

 花音ちゃんが静歌にされるがままになることは分かっていたが、そこは流石に待ったをかけざるを得ない。こんなに気の小さい子をキャッスルドランに……言い方は悪いがあの人外魔境の中に放り込んでみろ。目に涙を浮かべて誰かの助けなしに歩くことが出来なくなることは目に見えている。ただでさえ方向音痴らしいのに……ともかく俺は彼女を守るためにも反対せずにはいられなかった。

 

「え? 今日のみんなの演奏、とっても楽しかったよ……もしかして迷惑だったかな? あの、ごめんね。健吾くん」

 

「楽しみにしとけよ俺らのカッコええ練習風景」

 

「チョロ……」

 

 うっさい愛音。彼女に気を遣われるくらいなら俺が側にいてずっと気を遣ってあげた方がマシだと気付いただけだ。しかし彼女を説得しようとして結局は失敗し、彼女がキャッスルドランに来ることが殆ど決まってしまった。まあ魔族のことも知ってしまったしいつかこういう日が来てもおかしくはなかったからか、アゲハや次狼からも特に反対意見は出なかった。心配しているのは、仲間内で唯一彼女の臆病さを知っている俺だけというわけだ。

 

「なんだか楽しみになってきちゃった」

 

 自分が行く先のことも知らず、静かに頬を緩ませる花音ちゃんを見てため息をつく。後で彼女には言っておいた方がいいかもしれない。もし誰かと一緒に来るならば、それは魔族を知っている人にした方がいいと。

 

 とりあえず今日は帰ったら、もう使わなくなったはずの胃薬がまだ残っているかどうか確認しておこう。




一方その頃、Roseliaは?
次回に続く。
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