ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『CiRCLEで練習し、キバーラとも交流を深めていた友希那たちRoselia』

『その会話の中で、なんとRoseliaの皆さんがキャッスルドランに招かれることに……五名様入りまーす!』

『待て待てタッちゃん。五人だけじゃねーぞ今日は』


第113話 変身が得意な彼女

 時が流れるのは早いもので、私が健吾くんに助けられてからもう平日が終わり今日は土曜日……彼らTETRA-FANGの練習を見学させてもらう日になっていた。今思い返しても、突然健吾くんたちの練習を見にいくと、静歌ちゃんにあれよこれよと言う間に決められてしまっていたなと思う。しかし、思い立ったが吉日みたいにどんどん進んでいく静歌ちゃんの行動力を見ていると、こころちゃんみたいだと思ってしまう。私たち『ハロー、ハッピーワールド!』のリーダーでありボーカルを務める弦巻(つるまき)こころちゃん。私がドラムを辞めずに続けることができたきっかけを作ってくれた女の子、狭かった私の世界を大きく広げていったあの女の子に、静歌ちゃんはどことなく似ている気がしていた。流石にこころちゃんほど常識外れなことはしないけれど、愛音ちゃんの音楽を世界を広げたように、彼女も人を導く力のある女の子なんだと今では思うんだ。

 

 それに、今では健吾くんたちの練習を見るのを楽しみにしている自分もいた。健吾くんの弾くギターは本当に凄かったし、そんな彼が誇りにしているグループたちというのがどういうものなのか気になってしまうものだよね。待ち合わせる場所も教えてもらい、念のためにと経路が書かれた紙の地図も渡されて、私が辿り着くまで健吾くんには色々とお膳立てされていた。私が迷わないように色々考えてくれたんだよね、健吾くん。

 

 だけど……。

 

「(ふえぇ……やっぱり迷っちゃったよ……)」

 

 例の如く、私は道に迷っていた。そもそも地図が読めるなら方向音痴なんて呼ばれたりしない。地図アプリの音声ナビがあっても間違えてしまうほどの筋金入りなのに、迷路の答えみたいな紙を渡されてもそれに従って進むことは私には不可能だった。

 

 迷うなら一人で行かなければよかったんだけど、誰も誘うことができなかったんだ。だって健吾くん、「誘うなら魔族を知っている人だけにして」なんて言うもんだから……。そんなのどうやって聞けばいいのか分からないし、知ってそうな人に今更自分から話しかけるのって、なんかすごく勇気がいるし……。そんなこんなで、今日この時まで私は誰にも相談することができずにいたんだ。

 

「花音?」

 

 どこに辿り着くか分からない不安を抱えていた時、聞き覚えのある希望の声が私の耳に届いていた。目を輝かせて声のする方を向いた時、そこには私の親友である千聖ちゃんが心配そうな目で私を見つめていたんだ。千聖ちゃんを見つけた時の私は、安堵のあまり涙目になりながら彼女に急いで寄り添っていた。まるで天使が舞い降りたような、そんな幸福感に満ち溢れていたから。

 

「ふぅぅえぇ〜……千聖ちゃぁぁん……」

 

「ど、どうしたのよ。また迷ったの?」

 

「うん……」

 

 本当にごめんね、いつもいつも。道に迷った私の頭を撫でて慰めてくれる彼女に申し訳なく思いながらも、その時私の頭にはっと思いつくことがあった。

 

「そうだっ。お願い千聖ちゃん。一緒に来てくれない、かな?」

 

「え?」

 

 これを逃せば後はない。もう彼女しかいない。そんな藁にもすがる思いで、私は千聖ちゃんに詰め寄っていた。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「全く健吾くんも健吾くんよ。花音が道に弱いの知っているなら自分から迎えにくればいいのに」

 

「いやホント面目無い……」

 

 朝の仕事が終わり、今日は夜まで何もなかった私は気分転換に商店街へと顔を出そうとしていた。そんな中でいつものように道に迷っている花音を助け出したのだけれど、どうやらTETRA-FANGの練習を見学させてもらえるようで、彼らの元へと向かっていたのだという。ちょうど時間を持て余していたし、健吾くんたちの練習を見ることができるのは幸運かもしれないと、そう思ったから付いてきてほしいという彼女の頼みにも二つ返事で承諾してしまったのだ。

 

「でもまさか千聖ちゃんまで来てくれるとはな」

 

「花音一人じゃ何があるか心配だもの。当然よ」

 

 しかし何故他のハロハピのメンバーを誘わなかったのかと彼女に聞くと、なんでも健吾くんからある条件を提示されていたらしい。「魔族を知っている人だけにして」と。何なのそれ、絶対に如何わしい場所に連れて行かれるに決まっているじゃない。後からそれを知った私は逃げようかと彼女に提案しようとしたけど、約束を破らせるわけにもいかないし、健吾くんがいるならある程度のことは大丈夫かもしれないという信頼があったから、結局彼の言う待ち合わせ場所──ドラクルタワーレジデンスへと辿り着いてしまったのである。

 ……決して、私がTETRA-FANGの練習を見たいからというわけじゃないからね。

 

「とにかく、花音に何かあったら承知しないから」

 

「分かってるよ。まあそのためにも俺から離れんといてくれよ花音ちゃん。中は結構入り組んでるからな」

 

「う、うん……よろしくね」

 

 中が入り組んでいるという彼の言葉に私は違和感を覚えていた。見た目はそこそこ見栄えの良い高層マンションだが、日本で入り組んだマンションというものは私は目にしたことがない。まあ花音ならどんなに単純構造のマンションだろうとも迷ってしまうのだという確信はあったけれども……。

 

「じゃあ行こか」

 

 そう言ってマンションのエントランスへと歩いていく健吾くんに私たちも付いていき、エレベーターの前に進んでいた。しかし私たちはそこで早速普通ではない光景を目の当たりにしてしまう。彼はエレベーターのボタンを押すことはなく、ポケットからペンダントを取り出すとその先の宝石を扉にかざしていた。

 

「ひっ……何……」

 

 その瞬間、扉全体が突然ステンドグラスのような色鮮やかな模様に包まれたのだ。人工的なプロジェクトマップみたいなものだと思うことができればよかったが、明らかに扉自身がその彩を変化させているのが肌で感じられて、まるで生きているかのように思えてしまったのだ。花音は思わず声を上げてしまい、私もその異様な光景を前にして表には出さなかったが心臓が軽く跳ね上がっていた。

 

「驚かせてごめんな。とりあえず入ってくれるか?」

 

「……」

 

「大丈夫やって、何も怖いことなんてないから。俺を信じてくれ」

 

 動じることなくエレベーターの中に入っていく健吾くんは私たちを誘おうとする。信じてくれという彼に対して、私は一瞬反応が遅れてしまった。彼を信じたいという気持ちはあるが、彼とは関係のないところで抱いた本能的な危機感が私に言葉を出させてくれなかったからだ。

 

「(でも、健吾くんが言うなら……)」

 

「……うん。分かったよ」

 

「(ぁ……)」

 

 しかしそれでも意を決して動こうとした時、私よりも先に花音が彼に返事をして同じ籠の中へと入っていったのだ。更に彼女が先に喋ったことが予想外で驚き、呆気に取られてしまったことで自分が出遅れたことを自覚するのにも時間がかかってしまっていた。そして健吾くんを先に信じてやれなかったことに少しだけ悔しくなりながらも、私も彼女の後についてエレベーターに足を踏み入れた。

 

「(って、何を悔しがっているのかしら私……)」

 

 しかしどうしてそんな感情が生まれたのか理解できず、私は自分に向けて質問を投げかけていた。確かに私は花音よりは健吾くんのことを知っているし彼のことを理解しているつもりだ。だがそんな彼の言葉を自分より先に花音が答えたことに、何を悔しがる必要があるのか。全く意味も道理も分からない。何故胸の奥がこんなにムカムカするのか理由を説明できず、また余計に苛立ちが募ってしまう。

 

「千聖ちゃん?」

 

 無言で乗り込んだ私に対して健吾くんは少しだけ不安そうな目を向けてくるが、その心に触れて欲しくなかったがために今はただ無言で彼に頷くしかなかった。彼には悪いとは思うが、今は自分の心の整理を付けさせてほしかったから……。

 

「そうか……じゃ、行こか」

 

「ええ……っ!?」

 

「わわっ!? なにっ?」

 

 彼がそう告げるとエレベーターの扉は閉まり、何のボタンも押してもいないのに私たちを乗せたエレベーターは上昇を始めたのだ。床に押し付けられるような感覚を足裏全体に感じながら、私たちはその成り行きを静かに見守ることしかできなかった。そして身体に掛かる圧力が次第に弱まっていき、エレベーターの動きが止まった時、完全に私たちの身体は解放されていた。恐らくこの階こそが、健吾くんたちが誘いたかった場所なのだろう。

 そしてエレベーターの扉が開いた時、私と花音は目の前に現れる光景に息を飲むことになったのだ。

 

「っ……これって……」

 

「わぁぁ……」

 

 外から見れば現代的なマンションの壁だったそれは石造りの壁になっており、床一面は赤い絨毯で敷き詰められていた。天井は博物館の入口のように高く、そこから大きなシャンデリアがいくつか吊るされている。絵画や燭台が壁にかけられており、まるで中世ヨーロッパの世界に入り込んだかのような光景がそこに広がっていたのだ。そんな幻想的な世界を前にして、私も花音もまともに言葉を発することが出来ず、ただただ圧倒され続けるだけであった。

 

「すごい……綺麗……」

 

「ええ、でもこれは……」

 

 ようやく言葉が出てきたが、よくよく考えればその光景が異常であることに気付くはずだ。いくらこのマンションが大きいといってもこの玄関口の広さは明らかに無理がある。奥に見える広い階段や、そこから伸びていく廊下の長さも、外から見えたこの建造物の幅に見合っていなかった。

 そんな私の疑問に気付いた健吾くんは、その答えとなるとんでもない情報を私に教えてくれたのだった。

 

「魔術やな。ファンガイアの」

 

「ま、魔術?」

 

「ここはキャッスルドラン。ファンガイアの王のための城や。外からは高層マンションに偽装……いや、擬態しとんねや」

 

 王の城? 擬態? 彼の言っている言葉の意味が全然理解できず、余計に頭の中が混乱してしまう。ファンガイアの王に城があるのは分かる。それが目立たないところにあるのも分かる。しかしそれが何故こんな街中のど真ん中にあるのか。そして花音がここに呼ばれたのか、その二つが全然繋がらなかった。私たちTETRA-FANGの練習を見学するために、その練習場へ訪れたはずだ。ここに来るまで何も説明してくれなかった健吾くんに向けて、私は薄く睨みつけていた。

 

「言っても理解できやんかも知れんから見てもらった方が早いかもと思ったんや。後はせやな……これ見て驚いてほしいなってちょっとは思って──いって、ごめんごめんって!」

 

「っ……!」

 

 驚いてほしかった、なんてサプライズにも程があるだろう。度が過ぎた彼の悪戯心に少し苛立ってしまい、私は無言で彼の背中を何度も叩いていた。そんや健吾くんは避けることなく全てを背中で受け止めてくれて、私も何度となく叩くことで怒りは発散されていた。そんなところで変に優しさなんて見せないで欲しいのに、と自分で怒っておきながら面倒くさい人間みたいに拗ねてしまいそうになる。

 

 そんな時だった。

 

 

 ──ゴォォォォォォォォ──

 

 

「ひぃぃっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

 突然、この空間全体に揺れるような低い音が走ったのだ。そこまで大きな音ではないが、雷のような地響きのような身体を揺らすような音に包まれてしまい、ふと恐怖のようなものを感じてしまっていた。そしてあろうことか、私たちはこの場で唯一狼狽ていないただ一人の存在に向かって思い切りしがみ付いてしまっていたのだ。

 

「あー、キャッスルドランの唸り声やな。なんか調子でも悪いんかアイツ?」

 

「う、唸り声……?」

 

「ここな、ただの城と違うねん。ドラゴンと合体しとんねん」

 

「ふぇ……ドラ、ゴン……?」

 

 そんな非現実的な存在を信じろと言うのか……なんて今の私の口から出すことは出来なかった。ファンガイアにレジェンドルガなんていう人ならざる異形たちを目の当たりにしてきた今なら、そういう存在もいてもおかしくないのだと半ば諦めもついていた。そういえばあの時紅さんが金色に変わる時に現れたのもドラゴンだったわね……。そのことを思い出しながらも、直後に私は今の自分の状態に気付くことになってしまう。

 

「……ぁ……っ」

 

 今の私は、聞こえてきた唸り声に驚いて思わず健吾くんの身体にしがみ付いている。彼の固い腕に自分の両腕をがっちりと回し、身体をべったりと密着させていた。懐いた犬のように異性に自分の身体をなすり付けるとは、なんてはしたない真似をしているのだ自分は。自分の姿に気付いた途端に羞恥に襲われて、私は赤くなる顔に気付かないまま、逃げるようにすぐさま彼から離れていた。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 なんとか涼しい顔を浮かべて冷静な女を演じるも、内心では未だ心臓の高鳴りが収まってくれなかった。何故彼に密着しただけでこんなに動揺することがあるのか。何故異性に触れることに嫌悪よりも羞恥が優ってしまうのか。さっぱり分からない自分の状態に困惑するが、鋭い彼に悟られない内に私は女優としての能力をフルに使って、平気な女を演じるのだった。

 

「ええよ別に。花音ちゃんは大丈夫……やなさそうやな……」

 

「ぅ、うん……ごめんね。もうちょっとだけこうさせてもらえる?」

 

「構へんよ」

 

 花音の方は予想通りというか、今の音に驚いてしまって腰を抜かしかけていた。恐らく一人で立てるし歩けるのだろうが、先の驚きと恐怖が消えてくれなくて、生まれたての小鹿のように脚が震えていた。そんな今の花音にとっては、彼という頼れる人間が必要なのだろう。

 しかし離れることなくずっとしがみ付いている花音を見て、少しだけ面白くないと思ってしまう自分がいることにすぐには気付かなかったけれど……。

 

「このままここで屯しててもしゃあないし、とりあえず行くか」

 

「え、ええ。でも花音がそのままだと、健吾くん歩きづらくはないかしら?」

 

「そうだよね……ごめんね健吾くん、歩きづらいよね?」

 

「いいや全っ然。このままでも全く問題ないわ。結構鍛えてるからなこれでも。あははっ」

 

 離れて歩いた方がいいのではと二人に伝えようとしたけど、結局、花音は健吾くんの腕にしがみ付いたまま敷き詰められた赤い絨毯の上を歩いていくのだった。楽しげに談笑しながらね。

 

 

「この先に俺らの練習場所がな──」

「ふえぇ……いつもここで──」

「……」

 

 

「花音ちゃんって普段から──」

「そ、そうなんだ。いつもみんなに──」

「……」

 

 

 しかしそれからしばらく歩き続けている内に、私はそんな二人に対して内心で苦言を溢すようにすらなっていた。

 

「(くっつき過ぎよ花音っ。健吾くんも何嬉しそうにしてるのよ!)」

 

 健吾くんの腕を身体に引き寄せるように掴んで歩く花音と、それにどこか嬉しそうな顔して歩き続ける健吾くん。しかし今の二人は正直目に余る。二人を見ていると街中で見かける熱々の恋人同士にすら見えてしまう。今の彼らを見ているとお腹の辺りがキリキリするし、喉も渇いて熱くなる。健吾くんも健吾くんで人が良すぎるし、花音もいつまでそれに甘えているつもりなのかと、言葉には出来なかったが少しずつ苛々が溜まっていくのが自分でも分かった。

 

「(……私、なんで二人にこんなに苛立っているの?)」

 

 気が付けば二人に対して苛立ちを募らせる自分がいたが、今はその理由も分からなかった。

 

 健吾くんにならまだ分かるけど、花音に対してこんな理不尽に腹を立てるなんて自分はどうしてしまったのだろう。何故親友に対して苛立ちと、そして悲しみを抱いているのか。分からない。何が私を苦しめているのか、今は全然分かる気がしなかった。

 

「(どうしたのかしら私……)」

 

「千聖ちゃん?」

 

「っ……」

 

 言葉を発しないまま無言で歩き続けていた私に、花音の怪訝そうな声が向けられていた。その声によってようやく意識を内から外に向け、彼女の方へと視線を投げると、花音の心配するような目がそこにあった。しかし私を心配するその綺麗な瞳も、今は余計に苦しくなるだけだった。すぐ隣に彼の腕がある、それを見るのが嫌だと感じてしまっていた。

 

「さっきから何も喋らないけど……」

 

「ん? どうかしたんか千聖ちゃん?」

 

「いいえ、大丈夫よ。ちょっと珍しいものだらけだから、静かに観察していたくて」

 

 本心を隠してサラリと嘘をつく。嘘をつくのは好きではないが、嘘を本当のことのように言うのは得意だった。何せ私は小さい頃からの女優。嘘を演じるのも、誰かに変身するのも、昔からずっとやってきたことなのだから。

 胸の内の謎の苦しみを微塵も漏らさず、何でもない静かな少女を演じることくらいわけはなかった。健吾くんの前で言いたくはないけれど、私はこの中で一番「変身」が得意な人間だから……。

 

「花音は大丈夫なの? まだ健吾くんの腕が必要そうなの?」

 

 負の感情を見せないまま、優しい少女を演じて言葉裏に「離れろ」と花音に伝える。明らかに怯えた表情は消えているし、脚もしっかり床に根ざしている。彼の腕はもはや必要ないはずだと、花音をそこから離れさそうとしていた。

 

「え……うん、そうだね。もう大丈夫──」

 

 そして私の思惑通り、大丈夫だと悟った花音は健吾くんの腕を離して一人歩こうとした。おかげで私の胸の内に吊り下げられた重りが少し軽くなった、そんな感覚すらしていた。

 

 しかしその時だった。

 

 

 ──ゴォォォォォォォォ──

 

 

「──ふえぇ!?」

 

「っ!」

 

「ぅおっと、またかいな」

 

 さっきの唸り声が廊下を突き抜けて、再び私たちに襲いかかった。予想だにしなかった第二波に私は何とか耐えたものの、花音はさっき以上に飛び上がると再び健吾くんの腕にしがみ付いてしまったのだ。

 

「か、花音ちゃん?」

 

「ふえぇ……ごめん……まだ無理かも……」

 

「そうか。無理せんでええからな。こんな腕やったらいつでも貸したるから」

 

「っ……」

 

 消えかけていた苛立ちがまた蘇りそうになるも、何の企みもない二人に対して抱くのは違うと自分を制しようとする。そう、花音はただ怯えているだけで、健吾くんもただ親切で助けているだけ。それだけのはずなのだと、そう必死に自分に言い聞かせて、勝手に苛立つ自分が悪いのだと思い込むしかなかった。

 

「(本当に何なのかしら一体……)」

 

 結局どうして二人を見ているとこうも心が揺さぶられるのか、その原因が分からないまま私は胸の痛みを、作り上げた微笑みの仮面の裏に隠して歩き続けるのだった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「すごいね。なんだか絵本の世界に入り込んだみたい」

 

 石造りの壁はいつしか形を潜め、木や漆喰で覆われた屋敷の相貌を呈していく。それでも赤い絨毯の床や立て掛けられた絵画や燭台、飾られた彫刻などの景色は変わることなく、貴族の屋敷であることを二人は感じとっていることだろう。俺の腕にしがみ付いて感想を語る花音ちゃんの言葉通り、ここは正に人間の空想の世界のような場所なのだ。

 

「……? 待って。何か聴こえてこない?」

 

 しかし、そんな絵空ごとのような世界に似合わぬ音が俺たちの耳に響き渡ってきた。中世ヨーロッパの宮殿を思わせる廊下に小さく聴こえてきたのは、リズムの取れた振動であった。非常に小さな、ともすれば心臓の音に聴こえかねないそれを千聖ちゃんは聞き取っていたのだ。

 

「なんだろう……ドラムみたいな……」

 

 千聖ちゃんのおかげで音の存在に気付いた花音ちゃんも耳を澄まし、その正体を解き明かす。彼女の言う通り、それはドラムを叩く音で間違いなかった。小さいが気持ちのいいリズムで揺れる音が鳴り響き、僅かに振動が俺たちの元にまで伝わってきていたのだ。

 

「よう聴こえたな千聖ちゃん。花音ちゃんも正解や。何を隠そう、この扉の向こうが俺たちの練習部屋やからな」

 

 俺はある扉の前に立ち止まり、二人に対して笑顔で語っていた。このキャッスルドランの中に設けられた練習スペース、それが俺の目の前の扉の向こう側にある。二人の訪問の目的地にようやく辿り着いたのだ。

 

「でも、TETRA-FANGってドラムはいなかったはずよね?」

 

「それに、健吾くんがいないのに練習が始まって……もしかして私のせいで遅くなっちゃった?」

 

「いやいや、そうと違うわ。今日は先約がおってな。とりあえずお邪魔させてもらおうか」

 

「えっ?」

 

 そして二人の一瞬の戸惑いを余所に、俺は扉を開いた。

 

 先に来ている彼女たちを目にさせて、二人の驚く顔を俺が見たかったからだ。

 

 しかし……。

 

 

 ♬〜♬〜

 

 

 そこに広がる光景、そして舞い込んできた音響に彼女たちは……いや、二人だけでなく俺も思わず息を呑んでしまっていた。

 

 

 ──例え明日が(missing)

 

 ──行き止まりでも(going)

 

 

 大理石が敷き詰められ、シャンデリアが吊させるほどの広い空間の中心には五人の少女たちが。そこで奏でられる青薔薇の音楽は、普段とは違う圧倒的な存在感を俺たちに見せつけていた。

 

 

 ──自分の手で(breaking)

 

 ──切り開くんだ

 

 

 ステンドグラスの窓から差し込む幻想的な色の光が大理石の床、そして赤いカーペットを色取り取りに塗らし、その部屋の中心にいる彼女たちをも照らしていた。西洋の大聖堂の如く荘厳な造りの内装も、今はその中心で咲き誇る青薔薇たちの背景として完全に溶け込んでいたのだ。

 

 

 ──すくむ身体(get up)

 

 ──強く抱いて(stacking)

 

 

 そんな圧倒的な世界を目の当たりにして、俺たちはその場で立ち尽くして彼女たちの音楽に魅入られていた。俺にしがみ付いていたはずの花音ちゃんもいつしか離れ、青薔薇の音楽をその身に受けて溜め息をついていた。

 

 ──覚悟で踏み出し

 

 ──叶えたい夢 勝ち取れ今すぐに!

 

 ──Shout!

 

 

 ♬〜♬〜

 

 

「すげぇ……」

 

 思わぬ形でその音楽に感動することとなり、即座に感想を言葉にすることができなかった。

 

 ただ一つ……激しく舞い上がった青薔薇たちのステージは、まるで夜の王の如くその空間を支配していた。

 

 それだけは確かであったのだ。

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