ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『静歌によってキャッスルドランに誘われた花音』

『道に迷っていたところ偶然にも千聖さんと出会い、二人は健吾さんに導かれて城の中を進んでいきます』

『そんなキャッスルドランの奥では、既にRoseliaによる練習が始まっていた』


第114話 魔王の城の開かずの扉

「おはようございます……麗牙さん」

 

 時は少し遡り、土曜日の朝。わたしたちRoseliaはキバーラさんに誘われ、麗牙さんが主人を務める竜の城への招かれていた。キャッスルドラン──タツロットさんと同じドラン族で、その中でも特に強力なグレートワイバーンと呼ばれる存在を改造して造られたファンガイア族の王城件移動要塞だと、以前に麗牙さんから説明を聞いている。そんな場所にわたしは今、再び足を踏み入れようとしている。しかも今回はわたし一人だけではなく、Roselia全員でだ。

 

「おはようございます燐子さん、みなさん」

 

「お、おはようございます! 麗牙さん!」

 

 そしてこの中で唯一、これから行く場所にまだ立ち入ったことのないあこちゃんからは若干の緊張の色が見て取れていた。仕方ないよね、キャッスルドランの説明を聞いてしまえば、期待も緊張もしてしまうものだ。ここに来るまでの間に、わたしはあこちゃんに先の麗牙さんから受けた説明をあこちゃんにもしていた。するとあこちゃんは、以前にそれを見てることを思い出し(当時今井さんが側にいたことでそれが間違いではないことも分かった)、「あのドラゴンのこと!?」と興奮冷めやらぬ様子で今日この時まで待ち続けていた。わたしも昔から神話やファンタジーの世界に興味を持っていたからその気持ちはすごく分かる。分かるけれど……これから見ることは空想でもゲームでもなく現実だということを念頭に置いてもらいたかった。

 

『おはようらーいがっ』

 

「おはようキバーラ。案内ご苦労様」

 

 ここまでわたしたちを案内してきたキバーラさん。今はわたしの肩にちょこんと乗って、麗牙さんと朝の挨拶を交わしていた。わたしを迎えにきてくれたのは彼女だけど、麗牙さんより先にわたしの元に来てくれたんだと今の会話で察していた。

 

「あ、紗夜さん。前のNF──」

 

「おはようございます紅さん。時間も惜しいのでそろそろ行きましょう」

 

「──O……あー、はい。行きましょうか、あははっ」

 

 何かを言おうとした麗牙さんに先を急がせようとする氷川さんを見て、あこちゃんと顔を見合わせて笑いそうになる。麗牙さんが何を言おうとしたのか、わたしとあこちゃんはすぐに分かった。キバーラさんから誘われた日、CiRCLEからの帰り際に麗牙さんからのNFOの誘いのメッセージを見た氷川さんの顔がトマトみたいに赤くなってたこと、更にゲーム内で「ハマっているわけではありませんから」等と必死の弁明をする様子を思い出してしまっていた。

 その日は久しぶりにわたしたち三人と、麗牙さんとルークさんの五人パーティでNFOをプレイできてとても楽しかった。麗牙さんもきっとそう思ってくれているはずだ。だから彼は氷川さんに声をかけたんだろうけれど……氷川さんは表立ってそういう話をしない人だからと静かに苦笑する。まだゲームに慣れていない麗牙さんに向けていろいろ厳しく指導していたんだけど、多分意識してなかったんだろうな……。

 

「じゃあ付いてきてください」

 

 そう言って屋内へ歩き出した紅さんにわたしたちもついていく。エレベーターの前に立った紅さんはその扉に向けてゆっくり手を伸ばした。そして扉に触れたその瞬間、ステンドグラス状の鮮やかな模様が扉一面に広がっていったのだ。既に二度見たことのある光景だけど、その幻想的でおどろおどろしい現象には未だ慣れず、わたしは静かに唾を飲み込んでいた。そんなわたしの隣からは、予想通りあこちゃんの驚いた声が響いていた。しかし、この場で驚いていたのは彼女一人だけではなくなかった。

 

「うわっ!? 何これっ!?」

 

「っ……!」

 

「……友希那さん?」

 

 あれ? あこちゃんが驚くのは分かるけど、友希那さんも? 友希那さんもキャッスルドランには来たことがあるはずなのに、まるでその光景を初めてみるかのようにその顔は驚愕に満ちていた。

 

「あーそっか。友希那、前は空から降ってきたんだっけ」

 

「空から……ああ……」

 

 今井さんの言葉でわたしも思い出す。いつか麗牙さんにこれまでの活躍を聞いた時、友希那さんと共にサバトに襲われたことも語っていたことを。あの時二人はバイクに乗ったままキャッスルドランの屋上に着地した、だからこの入り口から友希那さんが城に入るのは今日が初めてなんだとわたしは納得していた。

 

「さ、入ってください」

 

「みんな早く早くー!」

 

 麗牙さんに続いて臆することなく颯爽とエレベーターに乗り込むあこちゃんは、非常に輝いた笑顔でわたしたちを手招きしていた。これから目の当たりにする未知に対して楽しみにしている純真な彼女に、皆の顔から笑顔が溢れてくる。そうしてわたしたちも皆エレベーターに乗り込み、城に続く籠はわたしたちを上空へと持ち上げていったのだった。

 

 そして……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すっっっっごぉぉーーーーい!!」

 

 最上階についたエレベーターの扉が開いた直後、その光景を見たあこちゃんは開口一番叫んでいた。石段が積まれた壁に赤い絨毯、ステンドグラスにシャンデリア。壁の至る所に絵画に彫刻に燭台と、ファンタジーゲームでよく再現されるような中世ヨーロッパのような造りの巨大なエントランスが待ち構えていたら、あこちゃんが叫ぶのも無理はない。わたしだって初めて目にした時は、興奮しすぎて麗牙さんの手を握って揺らしながら何度質問したことか……やっぱり恥ずかしいことをしたなと今更ながら恥ずかしくなってきちゃった……っ。

 

「何これ! うわっははぁっ! ホントのホントに魔王の城みたい!」

 

「宇田川さん、人の家ですよ」

 

「あ、ごめんなさい……」

 

 されど、ここはゲームの世界でなければ遊園地でもない。歴とした紅さんの生家もあるし、彼ら以外にもこの城には多くのファンガイアたちが暮らしている。氷川さんの言葉でそれを思い出したあこちゃんはすぐさま興奮を抑え込み、小さく紅さんに謝っていた。でも、あこちゃんの内なる情熱が消えていないことは皆にはバレバレだった。騒がないように自重するもウズウズと身体が小さく震える様がおかしくて、麗牙さんも頬が緩んでいるのが見えた。

 

「ははっ。でも確かに、本当に魔王の城だから。ここ」

 

「魔王……それはあなたのこと?」

 

「紅さんが魔王と言われても、あまりピンと来ませんね」

 

「友希那さんに紗夜さんまで……」

 

 二人から魔王認定されていないことに軽くショックを受ける麗牙さん。でも確かに、わたしも彼が「魔王」と言われてもイマイチピンと来ない。夜の一族の王様、魔族の王様であるから魔王には違いないけれど、世間一般的に言われる「恐ろしい高圧的な魔物の王」という意味合いから彼は遠く離れすぎている。だから誰も彼が魔王と言われてもピンと来ないんだ。

 

「まあ確かに麗牙、あんまり魔王っぽくないからね」

 

「リサさんまで……でもほら、僕も一応は魔の一族の王様だし。魔王で間違いないかなって」

 

「そ、そうだ! あこ、なんで気付かなかったんだろう? 麗牙さんって本物の魔王じゃん! あこ、いつの間にか魔王と友達になってたんだ!」

 

「……っ、あっはははははは! 確かに、魔王なのにいつの間にか人間と友達になってたよ僕! あっははははっ」

 

「麗牙さん?」

 

 しかし、あこちゃんの言葉が彼の何かに触れたのか、一気に破顔して笑い声を上げていた。そんな彼の様子に皆呆気に取られてしまうが、わたしは何となく彼の笑いたい理由が分かるような気がしていた。彼にとって、人間の友達はそう多くはなかったんだ。幼い頃のわたしのせいで、無意識に人間の友人を作ることを避けてきていた麗牙さん。だからこそ、今の自分の状況を省みて愉快に思えてしまったのだろう。いつの間にか人間の友達に囲まれていた魔王という、奇跡のような光景を。

 

「──っはは……はぁ〜……ごめんなさい。でもなんか嬉しくて。僕、いつの間にかこんなにも人間の友達が増えていたんだって思えて」

 

「カワイイ彼女も出来たしねぇ〜♪」

 

「っ!」

 

「今井さんっ!?」

 

 いい話で終わると思ったその時、今井さんの予想だにしない横槍に狼狽てしまう。彼女は突然何を言い出すのかと、わたしと麗牙さんは同時に顔を真っ赤に染めて目で彼女に抗議していた。それから互いをチラリと見つめ合うけれど、指摘された直後ということで互いに恥ずかしくなり、やはりまた同時に今井さんの方へと視線を注ぐことになった。

 

「ぅぅ……」

 

「おおっ、りんりんも麗牙さんも動きがシンクロしてるっ」

 

「やはりお二人はどこか似てますね」

 

「……」

 

「り、リサさん……」

 

「ごめんごめんって〜。でもさ、吸血鬼の王様な麗牙が今こうしてみんなと幸せにいられるの、アタシもなんだか嬉しくなっちゃって」

 

 しかし、この中の誰よりも先に麗牙さんの内なる悲しみを知った今井さんだからこそ、彼の幸せを心から嬉しく感じていたのだろう。王様として振る舞わなければいけない責任と、自分が人間からは受け入れ難い存在だという現実。そんな彼の苦悩も、今この場においては無いにも等しかった。わたしたちRoseliaは、とっくに彼を一音楽家として受け入れている。それは彼の正体を知っても同じだった……訂正、わたしだけ一悶着あったけど……。それでも、麗牙さんが心からわたしたちを受け入れて笑ってくれている、その事実だけで彼の幸せを感じ取るには十分だった。

 

「そうですね。ふふっ、確かにとても幸せです。なんなら今が人生のピークなんじゃないかって思うくらいですよ」

 

「何言ってるんですか。あなたたちは長寿なんでしょう? こんなに早くピークを迎えたら後が持たないでしょう」

 

「ははっ、それもそうですね」

 

 皆の輪の中で心から幸せそうに笑う麗牙さんを見ていると、本当に今の彼は幸福に満ちているのだと感じられる。わたしもその一因だったら……とても嬉しいな……。

 

 そうして談笑する麗牙さんとRoseliaの光景を、わたしも幸せな絵画を眺めるように見つめていた。彼の幸せな日々の中にわたしたちはいる。わたしたちの歩みは彼の幸せにも繋がっている。それが嬉しくて、麗牙さんの幸せを自分のことのように噛みしめながら、わたしはその光景を目に焼き付けるようにして歩いていた。

 

 しかし、その時だった。

 

 

「──」

 

 

「っ……なに……?」

 

 ふと、何かの声が聞こえたような気がして、わたしは今歩いている廊下から分かれた別の廊下に目を向ける。壁に燭台がかけられているが何故か先は見えず、床の赤い絨毯は暗い闇の中に飲み込まれているかのようだった。

 

「──゛──」

 

「……」

 

 声ではない。唸り声でもない。しかし気が付けば、わたしは身に感じた何かに釣られるように自然と足を踏み出していた。

 

 その声の……いや、音のする方へと……。

 

「──゛──゛──」

 

 皆とはぐれたという意識はまるで無かった。よく分からない音に導かれるままに、わたしはそれが正しいと言わんばかりに足を進めていた。

 

 闇へ、闇へと、暗く伸びる廊下を歩き続ける。

 

 重く暗い音が、何度もわたしの耳を叩く。

 

 闇の中で呼ぶ声に誘われるように、深淵へと足を伸ばしていく。

 

「……ここは……」

 

 そしていつしか、わたしはとある大きな扉の前に行き着いていた。ここに来るまではほとんど無意識で、今も自分の周りに誰もいないことに気が付かず、目の前の扉に釘付けになっていた。

 

「誰か……いるの……?」

 

 音はこの扉の向こう側から鳴り響いている。わたしは何の疑問も持つことなく、扉に向けて言葉を投げかけていた。そこに誰かがいることを最初から疑いもせずに……。

 

 

「──イ゛ィン゛ンオ゛ォァァ──」

 

 

 そして、聴こえていた音は確かな声へと変わっていた。

 

 それが誰かの声だと認識すると共に、わたしは無意識の内に口を開いていた。

 

 

 呼んでいる……。

 

 

 この中の何かが──

 

 

 ──わたしを……っ。

 

 

「……ら──」

 

 

 そしてわたしは、声の主と出会うために扉に手を伸ばして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「燐子さんっ!」

 

「──っ、あ……麗牙さん……」

 

 ──扉に手が触れようとする寸前で、愛する人の声がわたしの手を引き留めてくれた。同時に自分が皆とはぐれて、自分でも知らないうちに一人で知らない場所に立っていることにも気付き、恐ろしくなってすぐに扉から離れていた。

 

「燐子さんっ、大丈夫ですかっ? はぁ、はぁ……何か、怪我とか……っ」

 

「だ、大丈夫です……ごめんなさい……わたし……気が付けばここにいて……」

 

「っ……僕もごめんなさい。燐子さんから一瞬でも目を離して一人にして……本当にごめんなさいっ」

 

「そんなっ、勝手にいなくなったのはわたしの方なのに……」

 

 わたしのために走ってきて息を切らせている麗牙さんを見ていると申し訳ない気持ちでいっぱいになる。それどころかわたしが一人になったのを自分のせいにしていることで、わたしの中の罪悪感はより一層大きくなっていく。

 理由は分からないけど、自然と流されるようにわたしの足はこの扉の元に向かって行ってしまった。以前麗牙さんに連れられてここに来た時はこんな経験は無かったのに……。

 

 この扉は一体何なのか、麗牙さんに訊ねようとしたが、彼は予想外の言葉をわたしに告げたのだった。

 

「この部屋のことは……僕もよく分かりません」

 

「え?」

 

 分からない? 麗牙さんはファンガイアのキングじゃないの? この城の主人じゃないの? そんな疑問も驚きのために声に出すことはできず、麗牙さんはわたしの唖然とした顔を見て苦笑いしながら教えてくれた。

 

「キャッスルドランの開かずの扉……僕の生まれる前に、父さんが封印を施した部屋なんです。でも、その中身を僕には教えてくれなかった。『決して開けてはいけない』と、それしか言ってくれなかったんです」

 

「開かずの扉……」

 

 麗牙さんも全く知らないと言うわけではなく、その存在自体はお父さんから聞かされていたみたいだ。しかし肝心の部屋の中が分からずじまいで、何のための封印かは謎のままだそうだ。彼のお父さん……先代のキングから固く言いつけられているそうだけど、現キングすら立ち入りが許されないものがこの城の中にあるとは思いもしなかった。

 

「父さん以外で知ってるかもしれない次狼も、何も言ってくれなくて……『災いが待っている』なんて脅されたこともあったっけ」

 

「災い……パンドラの箱みたいですね……(そうは……思えなかったけど……)」

 

 自分でパンドラの箱と言ってみたけど、わたしは本気でそうだとは思えなかった。あの時聞こえた声は今思い返すと恐ろしかったけど、でもわたしにとっては……どこか懐かしさを感じるような声だった。地の底で唸るような声……その正体を知りたくて、わたしは麗牙さんに部屋の中身を知る術を訊ねようとする。

 

「無理に開けることは?」

 

「できないよ……ちょっと離れてて」

 

「? はい……」

 

 麗牙さんの言うとおりに彼から離れると、麗牙さんはゆっくり扉に近付いてその手を伸ばした。

 

 その瞬間だった。

 

 

「ふぅ…………っ、ぅぐぉおォォォッ、ぅぐァ!?」

 

 

「麗牙さん!?」

 

 扉に触れた途端、弾かれたように彼の身体は後方に吹き飛ばされ、麗牙さんはキャッスルドランの壁に思い切り叩きつけられていた。突然のことに動揺したわたしは叫び声を上げることしか出来ず、直後に呻き声を上げる彼の元へ急いで駆け寄っていた。

 

「麗牙さんっ! 大丈夫ですか!?」

 

「い、たたた……だ、大丈夫です……やっぱりダメか……っつつ……」

 

「い、今のって……」

 

「あはは……こんな感じで、僕でも触れることが出来ないほどの強い魔術がかけられているんですよ。父さんの施した強力な結界がね」

 

 心配要らないとわたしに手を出してアピールしながら、麗牙さんは部屋にかけられた結界について説明してくれた。麗牙さんでもどうにもならないことは分かったけれど、自分を実験台にして説明することもなかったのに……。

 

「とにかく、この部屋には絶対に近付かないでください。何があるか僕にも分からないから」

 

「はい……分かりました」

 

 身体を庇いながら立ち上がって言う麗牙さんの注意喚起にわたしは頷くしかなかった。きっとここにわたしは近付かない方がいいのだろう。今のファンガイアのキングですら手に余るものを前にして、自分が立ち向かおうという気は起きてこなかった。しかし……。

 

「……(気のせいじゃない……よね……)」

 

 さっきまでの声は、確かにこの部屋の中から聞こえていた。誰かを……わたしを呼ぶ声が……。しかし誰かの声がした、とは麗牙さんには言えなかった。部屋の正体も知らない彼がもし中に誰かがいると分かれば、さっきみたいな無茶をするかもしれないと思ってしまったからだ。

 

 それに、もうあの声は聞こえてこない。

 

 わたしは、この部屋のことは忘れた方がいいのかも知れない……。

 

「さ、行きましょう。皆さん、もう部屋で待ってますから」

 

「は、はいっ……お願いします……(でも……)」

 

 それでも、わたしの心はあの声を忘れさせてはくれなかった。恐ろしくも、しかしどこか聞き覚えのあるような音と声。そんな不思議な感覚は、恐怖を超えてわたしの心に残り続けることになった。

 

 あの扉の向こうには何があるのだろう。麗牙さんに連れられてRoseliaのみんなが待つ部屋に向かう間も、そんな疑問が頭から離れてくれなかった。




原作の「時の扉」のことではありません。
しかしこの開かずの扉が、この第三楽章の要となる……かもしれません。
次回もお楽しみください。
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