「家をお化け屋敷みたいに言わないでくれる? 実際そうかもだけど」
──これは、過去の追憶。
少年は恋をしていた。
少女もまた、少年に恋をしていた。
互いに名を語る勇気も聞く勇気もないほど内気で似たもの同士であったが、その幼い二人の間には確かに互いを想う心があったはずであった。
多分初恋だったのだと、少年だった彼は今でも思う時がある。
しかしある日、少年は自分の本当の姿を少女に晒してしまう。
大切な少女の命を守るため、少年は大人たちから決してなってはならないと言われていた、怪物の姿へと変身してしまった。
そうして少年は少女を守り切ることができた。
しかしその代償はあまりにも大きすぎた。
『ぃ……いや……来ないでっ! あっち行って!!』
少女から少年に投げかけられたのは、拒絶の言葉だった。
先に怪物の姿を晒したのは少年であった。
少女を怖がらせたのが自分の方なのは違いなかった。
しかし大好きだった少女に叫ばれて拒絶される苦しみを、少年は今まで味わったことがなかった。
生まれてから絶望と言う感情をこの時まで知ったことはなかった。
少年は逃げ出した。
苦しくて消えてしまいたくてたまらなくなり、少年は自分の部屋の中で一人泣き続けていた。
『ひっぐ……ぼっ、ぼくっ……ぼくはっ、に、にんげんと……っ、一緒にいちゃいけないんだぁ!』
大人たちは慰めようとした。だけど同じ怪物だった大人たちでは少年を救うことはできなかった。
『ぼっ、ぼくみたいな
少年は泣き叫んでいた。
幼くも初めて恋をした少女から拒絶された。
自分が怪物だという理由だけで……人間じゃないという理由だけで好きな人から嫌われてしまった。
その事実がずっと少年の心を闇からつかんで離さなかった。
これは、少年が人間の親友に救われるまでの追憶。
しかし決して彼の心から消えることのない、深く切り刻み込まれた傷心の記憶であった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ファンガイア……」
麗牙の口から出たその名を、アタシはゆっくりと反芻する。
「うん。僕やアゲハは、昔から人間たちの間で『吸血鬼』として語り継がれた存在──それがファンガイア。太古から続く吸血の一族なんです」
「吸血鬼……」
そう言われて、麗牙やアゲハの妙に色白い肌に説得感が生まれたような気がする。二人とも夜の方が好きだって言っていたし、それに妙に色気があるのも吸血鬼として……血を吸っているからなのかな? 何となくだけど、映画とかのせいで吸血鬼って美形で色白なイメージあるし……。
「麗牙……その、吸血鬼ってことはさ……やっぱり血とか吸うの?」
「血なんて吸いませんよ。ファンガイアはその生命線として生き物のライフエナジーを吸い上げるんです」
「ライフエナジー?」
「簡単に言えば生き物の生命力のことかな。それを捕食して生きるのがファンガイアを含めた十三魔族なんです」
十三魔族って……まーた如何わしい話が出てきたなぁ。あこが聞いたらどんな反応をするのかすごく気になるところだけど、とりあえず今は麗牙の話に集中しよう。
「ファンガイアの他に、世界中の竜伝説の元になったドラン族、人魚伝説の元になったマーメイド族、幽霊の話の元になったゴースト族、他にも──」
『オレ様のようなキバット族もいるんだぜ!』
「きゃあああ! また出たぁぁぁぁぁぁ!!」
麗牙の話に集中しているとき、突如としてアタシの視界に巨大な赤い目をした黄金の塊──あの蝙蝠お化けが入り込んできた。あまりの突然の事に驚いてまた叫び声をあげてしまう。
『だからなんでだァァァァ! なんでオレ様がこんなに驚かれるんだよ!』
「いやだってキバット、そんな急に降ってこられたら誰だってビックリするよ」
まだバクバクする胸を抑えながら、アタシは麗牙と親し気に話す蝙蝠お化けの姿を今一度よく観察する。全身はまるで金色に塗り染められたように綺麗に光っていて、顔には巨大な二つの赤い目、頭には可愛い猫耳のような耳が生えている。それに身体は存在せず、黄金の翼や脚が頭から直接生えている、正に一頭身の蝙蝠だった。うん、やっぱりお化けとしか言いようがないよね。
「ごめんリサさん。彼はキバットバットⅢ世。とりあえず僕の友達だから怖がらないで」
『そうだぜ姉ちゃんよぉ。ま、こーんなにもいい男ならビビってしまっても仕方ないか』
その発言が真剣なのか彼のジョークなのかは判別できなかった。とりあえず全然いい男には見えないし、なんなら良くてマスコットにしかならないと思う。でも、とりあえずは平気になったかも。さっきもあの時も、急に目の前に出てこられたから驚いただけだもん。慣れてしまえば、うん、確かになんてことのない蝙蝠お化けだ。
「ええと、じゃあキバットさん……よろしくお願いします」
『おうっ、よろしくなっ』
「うん。えっと、それで麗牙……さっきの続きだけど、魔族ってそんなにいるの? 十三ってことは……」
蝙蝠お化け改めキバットさんの所為で忘れかけてたけど、麗牙の話の続きが気になっていたことを思い出して彼に催促する。アタシが見た人じゃない存在はファンガイアとキバットさん。でも彼の言葉から察するに他にも地球上には魔族と呼ばれる存在はいるということになる。彼が嘘をついているとも思えないし、信じざるを得ない現実を何度も目撃しているだけに、まだ見ぬ魔族というものがどういうものなのか気になっていた。
「正確には一つは滅んでるから今は十二かな。それに、人間だって立派な魔族です」
「え?」
魔族と言う名を聞くと如何にも魔法を使うような、はたまたファンタジーの世界の生き物のような印象を抱くけれど、人間も魔族とは一体どういうことなんだろう。
「僕たちの定義だとね、魔族っていうのは生き物のライフエナジーを摂取することができて、文明や社会性を持った知性体のことを指しているんです。人間だって動植物を食べるけど、アレだってライフエナジーを捕食しているって考えられる。だから他の魔族の間でも、人間は立派な十三魔族のうちの一つに数えられています。尤も、人間自身は生きた年数や数が増えすぎて、自分たちが魔族である自覚も忘れているんですけど」
「はぇ~……」
なるほどな~、と麗牙の説明を聞いて納得する。その理論だと確かに人間も魔族かもしれない。人間だって他の生き物を食べないと生きていけないわけだし、そういう意味では他の怪物と変わりないかも。
「(……ん? 怪物……食べる……)」
その時、アタシの中で何かが引っ掛かった。ライフエナジーは生き物の生命力の事だと麗牙は言った。それを人間やファンガイアは摂取して生きているとも。じゃあファンガイアはどうやってライフエナジーを取っているのか。何を食べているのか。それを考えた時、あの日の記憶が蘇ってしまった。あの夜、女子高生が怪物だった男に襲われた時、男は何を言っていたのかを……。
「麗牙……もしかしてだけど、ファンガイアって……人間を食べるの?」
その続きの言葉を思い出したくなくてアタシは麗牙に質問をする。お願いだからこんな予想は外れてほしい。そう願うも、麗牙の顔は少し苦いものに変わり、返答する気配が無くなっていた。だから代わりにアゲハがアタシの質問に答えてくれた。
「食べるって言うよりも、正確には人間のライフエナジーを吸うって言った方がいいかな。ファンガイアはこうやって『吸命牙』を出してね、相手に突き刺してそのライフエナジーを吸うことができるの」
「っ(やっぱりアゲハもそうなんだ……)」
そう言ってアゲハの顔にステンドグラス上の模様が浮かび上がったと思えば、彼女の上空に二本の牙が出現した。その異常な光景を見て、ようやくアゲハもファンガイアなのだと思い知ることになった。言葉で説明されるよりも、こうして実際に見た方が説得感が出る。
だけど、やっぱりアゲハもあの時の麗牙と同じだった。さっきエレベーターで見た何の感情も伺えない表情じゃなく、不安が入り混じった顔を今はアタシに見せていた。
「ごめんね、怖がらせちゃって」
「っ、ううん。アタシは大丈夫だよ。アゲハもアタシの友達だから」
「ふふっ、ありがとう。リサ」
ファンガイアの特徴を知ることはできたけど、そのためにアゲハに不安な気持ちにさせてしまったのは失敗だったなと思う。だけどアゲハはアタシの言葉でまた笑顔を見せてくれた。今はとりあえずそれでほっとできた。
「でもねリサ。私たちはもうそんなことはないんだよ」
「え?」
「ありがとうアゲハ、ここからは僕が。リサさん、今はね、人工のライフエナジーを開発、量産、流通に成功させているんです。だからもうファンガイアが人間を襲う時代じゃない。僕たちがそうしたんだ」
「麗牙たちが?」
そう言えばまだちゃんと聞いていなかったことがある。麗牙やアゲハが時折口ずさんでいた「キング」という言葉だ。その意味を、彼は教えてくれるのかな?
「ねぇ、麗牙って何なの? ファンガイアっていうのは分かるんだけど、多分それだけじゃないよね?」
本当は聞くのは少し怖かったけど、どうしても聞きたかったらから。アタシは勇気を出して彼に問いただした。
「僕……僕はね……」
「……」
アタシは彼の言葉を静かに待った。
そして知ることになる。
「僕はファンガイアのキング。つまり一族を統べる王様なんです」
ボーカルでヴァイリニストな彼は、吸血鬼の王様だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
麗牙は嬉々とした表情でリサをこの城の中を案内する。正直言うと、彼がここまで嬉しそうに人間と関わるのは健吾を除いたらほとんど記憶にない。いや、過去にもしかしたらそんな表情をしていたこともあったのだろうけど、少なくとも彼が小学校に上がってからは健吾以外で自ら積極的に関わろうとする人間の相手はいなかったはずだった。
「この部屋。ここで普段TETRA-FANGで揃って練習したりしてるんです」
「へぇ~……じゃあ健吾さんもここに来るんだ……あれ? もしかして健吾さんも麗牙たちのこと知ってるの?」
「うん。健吾さんの懐の深さは世界一だから」
「あはは、そこまでなんだ」
だけど、麗牙がリサを気に入っている理由は分かっている。リサが自分を拒絶しなかったと麗牙に何度も嬉しそうに聞かされてきたし、彼の過去を知っている私としてもそれはすごく嬉しく感じている。さっきだって、麗牙がキングだと言ってもあまり対応に変化はなかったし(といってもリサがキングの偉大さを理解できていないだけかも知れないけど)、きっと今後も二人の仲は変わらず放れることはなさそうだという予感があった。
「わっ!? ね、ねぇ、さっきからなんか変な音聞こえてこない?」
「ああ、こっちに来れば分かりますよ。怖ければまた手を掴んでいてもいいですから」
それにしても麗牙、本当に気を緩めすぎだと思う。さっきもキングとしての命令を私に下しているのに気づかなかったし、偶に自覚が無いのではと感じる時がある。
彼はキングだ。ファンガイアを治める王、一族のトップ。故にその言葉には絶大な力が伴うものだ。キングは絶対的存在であり、誰も逆らえない。それはファンガイアの間では昔から言われ続けてきたことだ。今でこそ少しだけ体制が緩和しているけど、それでもキングの言葉の強さには変わりがない。今回は仲間内だからこそよかったものの、もしこれが他の同族や異種族の高貴な存在が相手だった場合、一歩間違えばとんでもないことになってしまう。だから今回は麗牙にそれをちゃんと自覚してもらうためにも、失敗を経験する形で彼に教えることができて丁度よかったと思っている。巻き込んでしまったリサには本当に申し訳ないけど。
「きゃっ!? ご、ごめん麗牙! やっぱ怖いから手繋がせて……っ」
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとう……ひやっ? またなんか揺れた!?」
……本当に分かってくれたのかな麗牙は。自分の渾身の説教が身に染みているのかどうか不安になるところだけど、それは別として今の楽しそうな麗牙を見てるのは気分がよかった。うん、やっぱりリサってすごいなって思う。怖いのが嫌いなはずなのにファンガイアの麗牙を受け入れて、それにこんなところまで来たりして……人に好かれるのが上手な子なんだと私にはそう感じられた。その上世話焼きで料理上手で、オシャレでとても女の子らしくて、正直言って人間としては優良物件だと言わざるを得ない。麗牙が彼女を気に入ったのもごく自然な流れとも思えてしまう。
──それはそれで面白くないんだけど……。
「えっ……ねぇ麗牙……これってもしかして……ドラゴン?」
「うん。キャッスルドランって言うんだ。今僕たちがいるこの建物って本当はお城で、大昔に彼を改造させたものなんです」
「? ……え~っと? ん? ごめん、ちょっとどういうことか分かんないんだけど?」
そうそう、確かここはキャッスルドランが擬態時にその頭部を隠している空間…………は?
「ちょっと待った麗牙! ドランまで見せていいなんて言ってないからね!」
リサに全く見せる気のなかった領域まで来ていることに気付いて、私は声を荒げてしまった。もうすでに手遅れなのは分かっていたけど、持ち前の真面目な気性故にそうせずにはいられなかった。
「え!? むしろなんでこの道通ってて今まで気付かなかったの!?」
「ぐ……それを言われると何も言い返せないのが悔しい……」
本当に迂闊だった……完全に麗牙とリサのことに意識を取られすぎていた。こんな簡単なミスを犯すなんて……麗牙が不安と言って付いてきたのにこれでは先代たちに顔向けできない。後で反省文を書き綴らねば……。
だけど見てしまったものは仕方ないし、ここは混乱したままのリサのためにも説明してあげよう。
「リサ、この建物なんだけどね、実は最上階だけこのキャッスルドランっていうドラン族が擬態したものになっているんだ」
「擬態って?」
「そのまんまだよ。普段はビルの姿をしているけど、本当はあんな感じのデカい図体をしてるんだ」
更に、と私はリサに説明を加える。太古の昔、ファンガイア族はドラン族の中でも特に強大な力を持つ種族──グレートワイバーンを捕獲し改造、その結果誕生したのがこのキャッスルドランと呼ばれる移動要塞だった。西洋の城を模した巨大な建造物と合体したキャッスルドランは、その後ファンガイアの移動戦闘拠点として活躍してきた。今はこのビルの最上階で人から姿を隠し、ひっそりとビルに擬態して過ごしている。彼自身もこのビルが一番落ち着くみたいだし、それでいいのならそれに越したことはないんだけどね。
「じゃあ今はビルの形だけど、本当はもっとこんな内装に似合ったものになるの?」
「もちろん。屋上もあるし、お洒落な時計台だって。またいつか見せてあげますよ」
──またこのキングは余計なことを勝手に約束して……。
注意を促さんと私が麗牙に口を出そうとしたその時、私たちの耳に小さく揺れるような低い音が聞こえてきた。それはドランの息吹く音ではなく、誰かのお腹が鳴った音だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「ぅわぁ~~~~~何これ! すっごい食事!!」
あの後、互いに昼食を食べていないことをアタシのお腹の音で思い出して(死ぬほど恥ずかしかったけど)、みんなで昼食をとることになった。アタシもこの家の食事に招待してくれるってことだったから、麗牙たちについて行って食卓に向かったんだけど、そこに至るまでも使用人らしき人と何人かすれ違い、みんながみんなアタシたち──正確には麗牙に頭を下げていた。
それを見てやっぱり思ってしまうんだ……この人は本当に王様なんだなぁ、って。
そうして辿り着いたのは、 さっきの執務室など比べ物にならないくらいの広い空間だった。クロスが敷かれた長いテーブルが真ん中にドンと設置されていて、机の上では立派なキャンドルが灯されている。天井には玄関で見たような巨大なシャンデリアがいくつか並んでいて、よく見れば天井やその付近の壁一面に、教会で見るような宗教画のような絵が張り巡らされていた。
そして何より、そのテーブルの上に並べられた豪勢な料理の数々にアタシはついつい声を上げてしまった。
「……あれ? そう言えば麗牙たちってファンガイアだけど、人間と同じように食事ってするんだね」
学校にお弁当を持ってきているアゲハや、以前共に食事をとった麗牙を思い出してアタシは訊ねる。
「人間と同じような食べ方でも僕たちは生きていけます。まあ確かに、ライフエナジーと比べたら満足度は全然なんですけどね」
「そのための人工ライフエナジーなんだから」
「うん、アレがないと本能を抑えられなくて、嫌でも人を襲っちゃうファンガイアが出てきちゃうから」
麗牙は恥ずかしそうに、そして申し訳なさそうに告げた。そうなんだ……やっぱり麗牙たちは普通の食事だとあまり満足は出来ないんだと、そう思うと少し悲しい気持ちになる。
だってみんなにも……麗牙にもアタシの作ったクッキーとか作って食べてもらいたいなぁ、と思っていたから……それでは満足出来ないと知ってしまったら、アタシが彼にしてあげられることなんて何もない。
思えば出会ってから麗牙に助けられてばかりの自分だけど、アタシは麗牙に何も返すことは出来ないのかな……。
「リサさん、座って。とりあえず食べましょう」
麗牙はそう言ってテーブルへと向かうけど、こんなにも豪華な食事でさえ彼は満足出来ないのだと思うと余計に虚しくなる。本当はファンガイアなんだから、ライフエナジーを吸いたいはずなんじゃないかな。
「麗牙たちって、普段からライフエナジーって取ってるの? ほら、さっき人工がどうのって言ってたじゃん」
「まあ、それなりに」
「嘘だよリサ。麗牙は普段から人間と同じような食事しか食べてない」
「アゲハッ?」
「いい加減に人工ライフエナジーでもいいからもっと取らないとッ。麗牙なら暴走はしないと思うけど、でもいつか倒れちゃうよ!」
ふとした質問でとんでもない事が発覚してしまった。え? 何? ライフエナジーの摂取ってそんなに大事な話だったの? とアタシは二人に問うように視線を向ける。
「麗牙は
「魔皇力?」
「魔力みたいなものって認識でいいよ。一応軽い魔法なら使えるしね……ってそうじゃなくて麗牙、毎日でも取らないと本当にいつか力が足りなくなっちゃうよ」
なんだかサラッとまたとんでもない発言が出た気がするけど、ともかく麗牙が何故か人工ライフエナジーを積極的に取る事なく、人間のような食生活を取っていることは分かった。でも、なんでそんな事をする必要があるのか、アタシには理解し得なかった。話を聴聞いているかぎり、食生活どころか死活問題にもなりかねないのに……。
「麗牙、どうして?」
「あの……それは、その……やっぱり人間の文化って憧れてるんだ僕。料理なんて昔のファンガイアにはあり得ない文化だったしね。それにずっとそうしてれば、もっと人間のことも知れるって……理解できるかなって思ってるから」
恥ずかしそうな表情をもはや隠そうともしない麗牙は、消えそうな声で語ってくれた。人間を理解したいから……そこまでして麗牙は人を知りたいのかな。それはやはり王様だから? 自分の健康に関わったとしても? 彼の人間に対する拘りがアタシには今一つ見えてこなかった。
「……まあ、麗牙もいろいろあったからね昔」
「そう、なんだ」
「でもそれとこれとは別だから。後でちゃんと摂るんだよ?」
アゲハに諭されて「ハイハイ」と空返事を返しながら椅子に着こうとする麗牙。その目の前には豪勢な食事。人間が食べるような、だけど彼らにとっては主食になり得ないもの。麗牙が健康でいるためには、きっとライフエナジーというのが必要なはずなのに、麗牙は勧んで食べようとしない。
たとえ麗牙が望んでいることだとしても、それでも彼の身に何かあると思うとアタシは居ても立っても居られなくなっていた。
「あのさ……麗牙。その、ライフエナジーを吸うのってさ……ちょびっとだけだったら怪我とかしないのかな?」
アタシの言葉に麗牙もアゲハも目を大きく見開いてこちらを凝視していた。ここまで二人の驚いた顔を見るのは初めてで少し滑稽だったけど、いくらなんでも驚き過ぎで自分が何か不味いことを言ったのではと思ってしまう。
「え……あ、そのっ、ダ、ダメですってリサさん! 危険ですから!」
「や、やっぱりそう、かな? あはは……」
アタシの考えていることが伝わったのか、麗牙は凄い形相でアタシを止めてくる。アタシのライフエナジーでも少しだけなら麗牙の力になれるかも、なんて思っていたけどやっぱり危ないみたい。まあ正直なところ、自分のライフエナジーが吸われる感覚がどういうものなのかを知りたかったって好奇心も少しはあるんだけどね。
「でも確かに……ちょっとだけだったら跡は残らないしいいんじゃない?」
「アゲハ!? 止めるところでしょそこは!」
「いや、この際少しでも摂取してもらおうかなと」
「ふ~ん。ちなみにアゲハ、跡って何日くらい残るの?」
「さあ? 麗牙のコントロール次第じゃない?」
「勝手に話進めないでくれる!?」
アゲハの声色から、彼女が本気でさせることはないと確信できた。慌てふためく麗牙を見ていて少し楽しくなってしまいアタシもそれに乗っかっちゃったけど、ちょっとだけ悪ノリが過ぎちゃったかな。落ち着いてきた麗牙は、今度はすごく真剣な表情を浮かべてアタシに泣きそうになりながら言ってきた。
「ともかくリサさん。僕にはできません……間違ってもリサさんを傷つけると思うと、僕は、すごく怖いです……本当に」
「ご……ごめんね麗牙。でもアタシ、何か麗牙の力になれたらって思っちゃって」
「いえ、気持ちは本当に嬉しいです。ありがとうございます」
凄く気を使わせちゃったのに礼を言われるのは何だかすごく変な感じがする。でも本当に嬉しそうに笑う麗牙を前にアタシは出そうとした言葉が出てこなかった。
「麗牙、早く食べないとごはん冷めちゃうよ。私たちはともかくリサさんには辛いと思うけど」
「っとそうだね。じゃあ食べましょうか。いただきます」
「うんっ、いただきます」
アゲハのお陰で食堂に着いてから大分時間がかかったけどようやく食事にありつけることができた……って美味しい!? 何これっ、見た目もすごいけど味もすごっ!? え、マジで? ああ……生きててよかったぁぁ……。
やっぱり王族の用意する食事ってすごいんだなと、そう思い知らされるばかりの昼食となった。ああ、麗牙にこの城の料理人さん……本当にごちそうさまです。
「ふふ……」
しかし味ばかりに気を取られていて、そんな自分を嬉しそうに眺める麗牙がいたことにアタシは露ほども気づかなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「おーっす麗牙! 元気かぁ! 今日はこっちに帰ってきてるんやってなぁ」
久しぶりにキャッスルドランの赤い絨毯を踏みしめ、俺は麗牙がいると思われる玉座の間へと入る。普通の人間なら、いや人間でなくファンガイアだとしてもこんな行為は許されるものではない。だけどそこは俺と麗牙の仲やからな。これくらいの無礼講は許されるっちゅうわけや!
「健吾さん! いいところに来てくれました!」
「ぅおっ? どうした麗牙、そない意気込んでて。何かあったんか?」
しかし部屋に入った途端に俺を出迎えたのは、元気が全面的に押し出ててむしろ爆発しそうになっている麗牙だった。珍しいこともあるものだと思う。基本的におとなしい性格のアイツがこんなにも幸せオーラを滲みだしているのは。それは親友としては嬉しくもあるけど、なんだか妙に息巻いていて少しだけ心配になってしまう。
「なぁ、アゲハ。麗牙どないしたんや?」
「ハァ……じゃあ聞いてあげたら? 麗牙、健吾にも言ったげて……」
あからさまに呆れたといった態度をとるアゲハの様子も気になるが、とりあえずは麗牙だった。麗牙に話を促すと、麗牙は浮足立った感情を抑えることなく俺に喜々と近寄り、そして──
「健吾さん聞いてください! 僕、もしかするとなんですけど……
……リサさんのこと、好きになっちゃったかもしれないんです」
「…………あぁ~……」
リサさん……リサちゃんね、うん分かるよ。あの可愛い子のことね。
とりあえず麗牙の言いたいことは理解できてしまった。
俺は一瞬、天井を仰ぎ見て、そして──
「……ハァァァァァァァァ~~~~…………」
肺の息を全て吐き出すように、部屋中を震わすように、長くため息をついた。
次回はとある人物の過去から始まります。