ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『遂に始まった愛音のモデル初挑戦』

『しかしその現場で、モデルの少女を襲ったファンガイアと激突。愛音さんは見事勝利するのでした……どうしましたかキバットさん?』

『う〜ん。オレ様にはどうもあっさりすぎる気がするんだよなぁ。ま、ともかく今回もキバっていこうぜ』


第117話 依存する少女

「はいOK! お疲れ様イヴちゃん、愛音ちゃん。なかなかいい画が撮れたよ。本当にありがとう」

 

 正体を現したファンガイアを倒してしばらくした後、私とイヴは再びモデルの仕事に戻っていた。キバの存在を聞いていたがその姿を初めて見たというイヴに対しての軽い説明会を間に挟んだものの、彼女もなかなか物分かりのいい人間のようで、私も特に疲れるほど喋るようなことが無くて地味に助かっていたりする。おかげでこうして、私も残りの撮影に万全の状態で挑むことができたのだ。

 

「二人ともお疲れ様。愛音ちゃんも本当にモデル初挑戦? なんだか最後の方なんてとても様になっていたよ」

 

 撮影を終えた私たちをイヴの事務所の人が暖かく出迎えてくれるが、私のモデル姿が良かったのか予想外の褒め言葉をもらう事となった。確かに自分の可愛さはある程度理解はしているが、正直そこまでよく思ってもらえるとは思わず、照れ隠しでいつものような調子に乗った言葉を出してしまう。

 

「それほどでも……ある……」

 

「あははっ。でもさ、これっきりなんて言わずに、一度真面目にモデルに挑戦してみてもいいんじゃないかな。どう、愛音ちゃん。ウチでやってみない?」

 

「え……?」

 

 しかしそんな彼女の言葉がまた予想外で、私はすぐに反応できずに固まってしまっていた。今回だけでなくて今後もモデルとして? イヴのように? つまりスカウトということ? そんな私の混乱もお構いなしに(そもそも私がポーカーフェイスなのも原因だけれど)、イヴはその綺麗な瞳を更に輝かせて、私の両手を握って胸に手繰り寄せて嬉しそうに迫っていた。

 

「そうですよアイネさん! 一緒にモデルやりましょう!」

 

「ちょ、ちょい待った……まだ心の準備が……」

 

「大丈夫ですよ! アイネさんなら絶対にモデルの世界でも輝けるはずです! 私も保証しますから!」

 

「お、おう……てかイヴってこんなに熱かったっけ……」

 

 今日この瞬間まで全く考えていなかったことを突然言われても、すぐさま決断を下せるほど私は行き当たりばったりな女子ではないない。ずっちゃんとは違うのだよずっちゃんとは。

 それにしても、彼女がいろんなことに対して熱心に取り組む人だということは理解していたつもりだったが、まさかここまで私の勧誘に熱くなるとは思いもせず若干引いてしまう。もはやポーカーフェイスすら崩れた私の困惑すら今のイヴは気付いていないのか、彼女は私の手を離そうとしない。彼女の背中から見える炎でこちらが火傷しそうな勢いだったが、そんな私を解放したのが最初にこの話題を提案してくれたイヴの事務所の人だった。

 

「そうねイヴちゃん、少し落ち着いて。ごめんなさい愛音ちゃん。今すぐ決断してもらう必要はないからね。あくまで愛音ちゃんの意思が大事だから」

 

「はっ……すみませんアイネさん。私また熱くなっちゃいました……」

 

「いい……イヴの新たな顔も見れたし……」

 

「アイネさん……」

 

 彼女に驚かされはしたが別に迷惑だとは思っていない。好きなことに熱中するのも、その世界に同志が増えるかもという期待をするのも全く不思議なことではない。イヴのそんな一面が見れただけでもある意味儲け物だ。やっぱり好きなことに熱くなれる女の子は綺麗だしカワイイ、そんな持論を内心で強めていた。

 

「うん。でもね、この世界は生半可な覚悟じゃやってはいけない。だから、もし愛音ちゃんが本気でやるって決めたなら、さっき渡した名刺のところに連絡してちょうだいね。私も期待はしているから」

 

「はい、分かりました……」

 

「……」

 

「どうしたイヴ……」

 

「私、アイネさんの敬語って初めて聞いた気がします……」

 

「……流石に歳上には敬語は使う……ただし身内は除く」

 

 イヴは私を何だと思っているのか。歳上に敬語も使えないクソガキだと思われていたのかと思うと少しだけ悲しい気持ちになる。確かに上の学年の彩や燐子にもタメ口で話していたが、アレは身内扱いということでノーカンにしてもらいたい。

 

「今日の仕事はここまでだけど……残りのモデルの撮影も見ていく?」

 

「はい! 人生は毎日が勉強です!」

 

「……じゃあ私もいる」

 

 そんなわけで、私とイヴはもう少しだけこの建物で他のモデルの様子を見ていくことにしたのだった。眩しいライトの中心に晒されながら、カメラマンの要望に沿ったポーズを決めて笑顔を保ち続ける少女たち。さっきまで自分も同じことを続けていたはずだが、彼女たちのように上手いこと被写体に成りきれていたかと聞かれればあまり自信はない。モデルとはそれほどまでに大変な仕事で、同時に奥が深い世界なのだとこの短時間で身に染みて分かった。そして私は、同じように他のモデルの様子を真剣に眺めていたイヴの、その整った横顔をチラッと覗き見る。

 

 ──『一緒にモデルやりましょう!』

 

「……」

 

 先ほど彼女から言われた言葉。その時は突然で予想外のことだったために狼狽えるしかなかったが、今になってどうしてかずっとその言葉が頭から離れてくれなかった。嬉しかったから? やりたくなったから? イヴの熱意に応えたくなったから? 正直、自分でも理由は分からない。どうしてイヴの言葉に対して胸の高鳴りを感じているのか。どうして今も真剣に他のモデルの撮影を眺めているのか……。

 

「あ、さっきのあの人ですよ……」

 

 そんな中、私がさっき倒した社長の事務所の少女の出番となっていた。相変わらず不安そうな顔をしてマネージャーにべったりとくっ付いており、かなり動き辛そうにしているマネージャーには正直同情してしまいそうだった。

 

「何だかさっきよりも不安そうですけれど……でも、もう何ともないから大丈夫ですよねっ」

 

「うん……(だといいけど……)」

 

 黒い噂の蔓延る事務所の元凶は絶たれたということでイヴは安心しているけど……果たして本当にこれで解決したのだろうか。考えすぎならばいいのだが、私にはあまりに呆気なさすぎる気がしてならないのだ。

 

紘子(ひろこ)さん……私、本当に大丈夫なんでしょうか……」

 

 その時、少女のおどおどとした声がマネージャーに投げかけられるのが聞こえたので、私は耳を澄ましてその会話を盗み聞きすることにした。

 

「社長さん、連絡付かないんでしょう? い、いなくなったってことですか……? わ、私は大丈夫なんですか?」

 

「あー……(ごめん、それ私のせいだ……)」

 

 事務所の女の子を文字通りの食い物にしていた社長はつい先ほど私が倒してしまった。事情を知らない者からしてみれば、これまでのモデルと同じように失踪したと見られても仕方ないだろう。予想外のところで少女に恐怖を与えてしまったことに罪悪感を覚え、内心で少女に謝罪を加えていた。

 

「大丈夫よ。大した問題じゃないから、貴女は自分の仕事に集中していなさい。いいわね」

 

「で、でも──」

 

「いいわね?」

 

「……分かりました」

 

「(何あれ……全然優しくないじゃん……)」

 

 少女があまりにもマネージャーに頼るものだから、彼女はそれだけ信頼されるほどの心を持つ人物だと思っていたが、今のやりとりを見ているとどうもその予想が違うようにも思えてきた。不安でどうしようもない少女が頼っているのに、あんなに冷たくするなんて……何故あのモデルは彼女のことを慕っているのだろうかと不思議に思う。とは言え、マネージャーも自分の担当するモデルの撮影の様子をじっと見つめており、彼女のことを見放しているわけではないのは分かった。だから単に自分も余裕が無かっただけなのだと、そう思うことにした。

 

「お疲れ様、百香(ももか)ちゃん。急な交代だったけどよく頑張ってくれたね。今日はゆっくり休んでね」

 

「はい……ありがとうございます……お疲れ様でした」

 

 百香と呼ばれたその子の撮影も無事に終わり、彼女は例の如くあのマネージャーの元へと小走りで向かっていく。早く帰りたくて堪らないのだろうか、彼女がマネージャーの手を引いて直ぐに帰るよう催促しているのが見えた。

 

「今すぐはダメよ。私、もう少しここで用事があるから」

 

「そ、それは私も──」

 

「ダメよ。着替えたら、私が戻ってくるまでここで待っていなさい」

 

「──う……はい……分かりました……」

 

 そう言って少女を残し、マネージャーは部屋を後にした。残された百香という少女はすぐに着替えにいくことはなく、しばらくその場でじっと床を眺めて佇んでいるだけであった。あのままで本当に大丈夫なのだろうかと、そう思った時、私の視界に別の影が映り込んでいた。私の視界の左側から少女に向かって進んでいく、銀髪の綺麗な髪を持つ少女──イヴであった。

 

「……ってイヴ?」

 

「大丈夫ですか? えっと……角口(すみぐち)百香(ももか)さんですよね?」

 

「ええ?」

 

 突然少女に寄り添おうとするイヴの行動に驚きつつも、そのまま彼女を一人にしておけない私はゆっくりと彼女たちの元へと近付いていく。その間にも、困惑する彼女に対してイヴはいつもの明るい笑顔を振りまいて言葉を投げかけていた。

 

「撮影、お疲れ様でした。モモカさん、今日はとても頑張っていましたね」

 

「な、何なんですかあなた……だからどうしたと言うんですか……?」

 

「なるほど……(身内以外へのガードは硬いのか)」

 

 マネージャーには心を許している風に見えたが、どうやら彼女はそれ以外の人間に対しては壁を作るタイプの子らしい。突然話しかけてきたイヴに対して警戒心を顕にし、睨むような目つきでイヴを見据える少女。手負いの虎のようにも見えるが、それでもイヴはお構いなしに少女に関わろうとしていた。優しいイヴのことだ、少女の抱える不安をどうしても払いたかったのだろう。

 

「はっ、すみません。私は若宮イヴです。モモカさんと同じで、この雑誌の撮影で来ていますっ」

 

「だから何ですか? 私、誰かと話している余裕なんて無いんですけど」

 

「私、心配しているんですっ。モモカさんが今日の撮影中ずっと不安そうにしていたから、励ましたいんです。そうですよね、アイネさん!」

 

「(えっ、私もっ?)……まあ……一応」

 

 まさかの巻き添えをくらい、一瞬言葉が詰まってしまう。全く心配していないというわけではないから一応は同意の言葉を述べるが、「私にどうしろと」と言うのが実の本音だ。誰かを励ますというのは正直得意ではないし……。しかしイヴは言葉を飾らないと言うか直球というか、自分の気持ちをそのまま言葉にする子なのだとしみじみと感じていた。不安がっている子に「励ましたい」と直に言えるなんて、ある意味とても男らしいし気持ちの良い人間だとイヴを見ていて思っていた。

 

「何を言ってるんですか……励ますって、無関係のあなたに何ができるんですか」

 

「無関係じゃありませんっ。私もあなたも、一緒のモデルの仕事に携わった言わば『同志』ですっ。同じモデルとして、モモカさんを放って置けないんですっ」

 

「ほ、放っておいてくださいっ。あ、あなたたちなんて必要ない……紘子さんがいるなら私は……」

 

「ヒロコさん?」

 

「さっきのマネージャーのこと……ねぇ、何故そんなに彼女に懐いてるの?」

 

 さっきの彼女たちの会話の中で出てきた名前を覚えていたから、角口さんの出した名が彼女のマネージャーのことだとすぐに分かった。同時に何故そこまであのマネージャーに執着するのかが気になってしまい、傍観するつもりだったのを諦めて彼女に問い詰めることにした。

 

「ひ、他人のことなんてどうでもいいでしょっ。私たちのこと、あなたたちには関係の無いことだから……」

 

「それならそれでいいけど……でもいいの? あなた、マネージャーに結構冷たそうにされていたけど……」

 

「関係無い!紘子さんは私を見つけてくれた人、私をここまで連れてきてくれた人、無価値な私に意味をくれた人なのっ。だから私はあの人の期待に応えるしかないの! 今日だって、あの人の頼みだから怖いのを我慢してここに来たんだから!」

 

 軽く挑発してみるつもりが何かを踏んづけてしまったのか、彼女に想いを全て吐露させることになってしまった。しかしおかげで彼女たちの関係というのがなんとなくだが見えてきた。彼女はその紘子というマネージャーによってこのモデルの世界に足を踏み入れ、その後もマネージャーの力添えでモデルとしてやってくることができた。だからこそマネージャーに恩義を感じて、彼女に尽くすことを決めたのだろう。しかしその恩義が行きすぎて依存という形になっていることを、果たして彼女自身は気付いているのだろうか。今は大丈夫だがそのマネージャーがいなくなった時こそ、彼女は本当に終わってしまうのではないか。そんな予感を抱かずにはいられなかった。

 

「なんで……なんでこんなことになってるの……ここであなたたちといるよりも、私は早く紘子さんと一緒に帰りたいのに……っ」

 

 元から気の小さな子だったのだろうが、自分の事務所で行方不明者が出たことで彼女は完全にその恐怖心に囚われてしまっていた。いつ自分が消えるか分からない恐怖の中で、マネージャーだけが自分の心の拠り所だったのだろう。だから彼女のいう通り、私たちでは彼女を救うことはできないのかもしれない。彼女の心は完全にあのマネージャーの元に置き去りにしてしまっているのだから……。

 

「きっと心配ことはありませんよ。百香さんの周りではもう、悪いことは起きることはありませんから。大丈夫ですっ」

 

「え、ちょっとイヴ──」

 

「っ、何を訳のわからないことを言ってるんですかっ。どうして心配ないとか大丈夫とか、そんな無責任なこと、急にあなたに言われなければならないんですか!」

 

 イヴは彼女の不安の元となっている失踪事件が起こらないと、自信を持って彼女に伝えていた。元凶を絶ったのだからもはや彼女の事務所で事件が起こることはない。彼女に安心して欲しい一心で、イヴはそれを伝えたかったのだろう。しかし悲しいかな。今それを話したところで、この場でそれを信じてもらう術がない。だから、今のイヴの言葉も彼女からすればその場しのぎの気休めの言葉にしか聞こえなかったのだ。

 

「もう嫌よっ!」

 

「あっ、モモカさん!?」

 

 そして角口さんは私たちの横を潜り抜けて、部屋から走り去っていってしまったのだった。

 

「……私……失敗してしまいました」

 

「仕方ない……どの道あの子は私たちじゃどうにもならない……もうあのマネージャーにしか……彼女は助けられない……」

 

 自分が特に考えもせずに話したからだとイヴは自分を責めていたが、それだけではない。完全にマネージャーに依存しきった彼女とのまともな対話など、今日会ったばかりの自分たちが叶うはずがなかったのだ。あれほど一人の人間に対して固執する人となんて、それこそ何ヶ月も関わりを深めていってようやく信用を得られるものだ。私たちが彼女を救うには時間が足りなさすぎたのだ。

 

「でも……あの人に何も起こらないのは確かですよね……」

 

「……分からない」

 

「え?」

 

 私たちが彼女を安心させることは出来なかったが、それでも彼女の事務所でこれ以上失踪者が出ることはないはずだと、そんなイヴの期待に対して、しかし私は正直な気持ちを伝えていた。

 

「私も……自信がない……彼女の臆病風が感染ったのかもだけど……」

 

 あれだけ不安そうにする角口さんを見ていたからだろうか、私はこの後に何も起きないと言い切ることが出来なかった。そもそも、例え彼女の事務所に渦巻く悪が無くなったとしても、彼女のあの調子では別の厄介を引き込んでしまいそうだからだ。

 

「(あるいは彼女自身が……は考えすぎか)」

 

 馬鹿なことを考えていると自分でも思いながらも、私たちに出来ることは無いと、目の前で行われているモデルの撮影を見ることに再び集中することにした。残念だがこれ以上は余計に彼女の心の負担になってしまう。だから、私はイヴにもそう言い聞かせてこの件から手を引くことにした。

 

「……アイネさん」

 

「?」

 

 しかしその後、手洗いに出かけたイヴの戻りが遅いことに私が気付くのに、少し時間がかかってしまうことになるのだが……。

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