『自ら愛する者の命を奪った彼女は、それを目の当たりにしたイヴさんを見つけてしまい……』
百香の行方が心配になり、モデルの見学に集中している愛音に話さず一人で探しに出たイヴ。あの弱気な少女を自分が何とかしてあげたい、元気を与えてあげたいと、純粋な善意からもう一度彼女と会おうとしていたのだ。そして、地下駐車場に降りたところでようやく探していた存在を確認できた。
「え……」
しかし、そこで目にしたのは自分の想像を遥かに超える光景であった。
百香のマネージャーの首を締め上げ、彼女のライフエナジーを吸って殺害したファンガイア。
全てを満たされたように自分の身体を抱きしめて、マネージャーの名前を愛おしそうに、百香と同じ声で呼びかける異形。
血がこべりついた地から人の脚を持ち上げて、大事そうに頬擦りする異常な存在。
全てがイヴにとっては理解の外の世界で、故に彼女は目の前で何が起きているかの判断が出来なかった。
そしてそんなイヴの存在を異形は無視することなく、彼女に向けて腕から光の刃を放ったのである。
「きゃっあ!?」
間一髪、その場から僅かに横に動いたことで怪物の刃がイヴの首を切り落とすことはなかった。しかし鉄やコンクリートを裂くほどの凶刃はイヴをその場に繋ぎ留めておくには十分過ぎたようで、彼女はその場から更に動くことは出来なくなってしまった。
「な……ぁ……」
「最悪……またあなたなの? どうして? ねぇどうして? どうして私たちの世界に入り込んでくるの?」
「モ、モモカ……さん……?」
異形の体表に映る見知った少女の顔と発せられる声から、目の前の怪物の正体が百香であるとイヴは察していた。しかし、自分が先ほど見たおどおどした少女とはまるで印象の違う立ち振る舞いのために、信じたくないという想いが彼女の中にあったのだ。
「あ、なた……ファン、ガイア……ど、どうしてマネージャーさんを……っ」
「紘子さん? 紘子さんならここにいるよ。私と一つになって私の中で生き続けているの。幸せよ。私も紘子さんも。私たち、これからずっと二人で生きていくの」
「ぇ……?」
百香の話す言葉の意味をイヴは何一つ理解できなかった。目の前でその魂が吸われていく瞬間をイヴは確かに目撃した。しかし百香は失われた命が永遠に自分と共にあると言うのだ。それだけでなくマネージャーが幸せであると、全く疑いもせず語っていた。そんな明らかに異常と呼べる精神に対してイヴが言葉を投げる余裕は無かった。目の前の存在は、本当に自分と同じ世界に生きる者なのかという疑いの方が強くなっていく。
「あぁ紘子さん、紘子さん……ふふっ、うっふふふふふふっ」
何度となく紘子の名を呟き、悦楽に浸る異形。しかし自分の理解を遥かに超える本物の怪物を前にしたイヴの中には怒りや正義感といったものは存在せず、もはや恐怖の感情しか残っていなかった。
「あはははははは──」
「どうして……モモカさん……」
「──ははは……はぁ……何……あなたまだいたの? 私は紘子さんさえいれば他に何も要らないの。家もお金も食事もモデルの仕事も他の邪魔な奴らも! なのに! どうしてあなたは私の前にいるのよ!?」
自分の世界に浸っていた怪物が再びイヴを意識した時、彼女は烈火の如く怒りを顕にしていた。もはや何がこの異形にとってのスイッチなのか予想は出来ず、イヴの内なる恐怖はより強くなっていく。だがその時、イヴの中には恐怖以外に別の感情も生まれていた。
「他に何もって、そんな……」
それは悲愴。求める人以外は何も要らないという彼女の価値観は、同じモデルとして仲間意識を持とうとしていたイヴにとって悲しみ以外の何物でもなかった。モデルという仕事が大好きだからこそ続けてこられた。仲間がいたからこそここまで来ることが出来た。そんな今までの自分を作り上げてきた大切なものは、目の前の怪物にとっては必要ないものだというのだから。
「モモカさんにとってのモデルは……」
何よりイヴは、モデルという人を勇気づける仕事に……誰かに元気を与えることの出来る仕事に対して誇りを持っていた。同じモデルであるはずの百香が、そんなモデルという仕事自体に価値を見出していないことが悲しくて仕方がなかった。自分もモモカに笑顔になってほしいと、それを願ってここまで探しに来たのだから……。
「私、モモカさんにちゃんと笑って──」
「アハハハハハハハハハハっ! 私は笑えているよ? 紘子さんと一つになれて今最高に幸せなのっ。こんなにも嬉しくて笑えることが世の中にあるのかしら。アハハハハッ」
「──っ……違い、ます……」
それでも、イヴには彼女の笑いが真の意味での笑顔だとは思えなかった。何故ならその笑顔の世界には自分しかいないから。笑顔は自分一人のものではなく、誰かと分かち合えるものだとイヴは信じていたから。だからこそ、自分の中の幸せに閉じこもってそれを幸せと感じて笑う目の前の怪物が、本当に笑っているとは思えなかったのだ。そして、イヴは今でもまだ百香に心から笑ってほしいと、誰かと分かち合える笑顔を知ってほしいと願っていた。
「それじゃあモモカさんだけしか笑えない……私はそんなの嫌です! モモカさんは──」
「私ね、紘子さん以外の人と話すの本っ当に嫌なの。声を聞くのも逃げ出したくなるくらいに嫌。だから消えてよ」
「──っ……(どうして……分かり合えないんですか……っ)」
理解し難い相手でも言葉は通じると、せめてもの意思疎通を図ろうとするイヴであったが、怪物は最初から聞く耳など持ってはいなかった。言葉が通じるのに、同じ空気を吸って生きているはずなのに、それでも決して分かり合えない存在が目の前にいる。自分が助けたかった少女は決して相容れない怪物なのだと、イヴは悲しみに暮れていた。もはや言葉を出すこともなく、彼女の白い肌を一筋の涙がなぞっていた。
「……」
怪物は無言で腕に光を集約させ、鋭い刃を形成する。
怪物の狙いはただ一人、悲しみからただ涙することしか出来なくなった小さな少女であった。
悲しみ、恐怖、そして無力感から、その場から動くことの出来なくなったイヴに、ゆっくりと迫る怪物。
そして、怪物の凶器がイヴの身体を斬り裂こうとしたその時であった。
「……っ、きゃッ!?」
突然、轟音と共に天井が崩れ、怪物は少女のような声を上げて腕の光を消すと共にその場から退いていた。
壊れた天井から差し込む眩しい光が激しく舞う土煙に反射し、誰もが一瞬だけ視界を遮られてしまう。
しかし何が起きたのか理解する前に、怪物はその眼で綺麗な紅色を見つけていた。
地上から差し込む日の光が照らし出している紅色……王の鎧を。
「……外した」
そこには愛音が変身したキバが、右脚の
「な、何なのよあなたっ。どうして……どうしてこう関係ない奴らばかりが私の前に現れるのよ! もう嫌! みんなして私と紘子さんの時間を邪魔しないでよ!」
しかしキバが現れようと怪物はその存在自体に慄くことはなく、自分の世界にとっての異分子が現れたことへの憤りが優っていた。これまでの怪物の言動の一部始終を見ていないキバからして見れば、彼女が何を言っているのかは全く理解出来ていなかった。いや、全てを見ていたとしても恐らく理解することは敵わなかったであろう。
「敵だわ……みんなみんな、私の敵だわ! 紘子さんは私のものなのっ。他の誰にも渡すものですかっ!」
「……あなたが何をそんなに必死になっているのか……私には分からない……でも……」
「……」
目の前の存在が何を目的としているのかはキバには理解はできない。どうして事務所の人間を襲い、今もイヴを襲おうとしているのかも知らない。しかし、それでも一つだけ確かだと感じていることがあった。キバはゆっくりと後ろへ振り返り、そこにいる少女を一瞥する。ただ呆然と立ち尽くし、静かに涙で頬を濡らしている自分の友達の姿を……。
「あなたを……許してはおけないということだけは分かる……」
怪物にとっての正義はあるのだろう。
幸せはあろうのだろう。
だが、それでもキバは目の前の存在を許すことはできなかった。
その白い頬を濡らす少女の涙……理由はそれだけで十分であった。
「うるさい!! 紘子さんは誰にも渡さない! ハァァアアアアアッ!!」
「……タツロット」
♪〜♪〜
怪物が怒声と共に動き出すと同時に、キバットに咥えさせたフエッスルが辺り一面に轟き渡る。そして天井から差し込む光から、それよりも更に眩しく輝く黄金の光が招来したのだった。
「ぅぐぁあッ!?」
『テンションフォルテッシモ! さぁ行きますよ愛音さん!』
キバに迫る異形を跳ね飛ばして戦場に舞い降りる小さきドラン族、ゴルディ・ワイバーン──魔皇竜タツロットはキバの全身を覆う鎖を解き放った。
『変身!』
タツロットがキバの左腕に装着された瞬間、キバの鎧は日の光にも負けぬ金色の光を放ち始めた。紅から黄金へ……エンペラーフォームへと覚醒したキバは、ゆっくりとシャークに向けて歩み始めた。
「ぐぅ……ハァァッ!」
黄金の鎧に変化したキバに向けてシャークの腕から光の刃が放たれる。人間ならばいとも容易く真っ二つに、鉄やコンクリートもスライスしてしまう程の凄まじいエネルギーの刃がキバに迫る。
「ハァッ!」
「なっ!?」
しかしキバは腕を横に振り払い、その刃を霧のように掻き消した。キバの腕が刃を弾いたのではない。彼女の腕に握られている王の剣──ザンバットソードが敵の攻撃を斬り裂いていたのだ。
「っ、消えろッ! 私の前からッ! ア゛ア゛ァァァァッ!」
自身の自慢の攻撃を簡単に掻き消されたシャークは、怒りから同じ光の刃をいくつも生成してキバに向けて発射した。一振りの剣のみでは対処不可能な数の斬撃がキバに迫る。しかしキバは依然慌てることはなく、先程のように冷静に腕を振るって光の刃を掻き消したのだ。
……両手に握られた二振りの剣で。
「ハァァァッ!」
「何っ?」
右手に魔皇剣ザンバットソードを、左手に魔獣剣ガルルセイバーを握りしめた黄金のキバが戦場の中心に君臨していた。シャークの放つエネルギーの刃を見事な二刀流で捌き続け、その全てを斬り裂き掻き消していたのだ。それだけでなく、一つ一つ斬撃を撃ち落としながらキバはじわじわと歩みを進めてシャークとの距離を縮めていた。
「わ、私たちに……近寄らないでッ!」
それに気付いたシャークはこれ以上キバを自分に近寄らせないよう、放つ斬撃の勢いをより激しくさせていく。しかし冷静さが欠けているのかそのコントロールは定まっておらず、キバに到達する刃の数はむしろ少なくなり、殆どの刃は駐車場の柱や壁をズタズタに斬り裂いていく始末であった。キバとしては戦闘が楽になるところであったが、このままシャークが無闇矢鱈に駐車場を破壊し続ければこの空間が崩壊しかねない。自分の後ろにいるイヴにも危害が及びかねなかった。
「ッ、ハァァッ!」
「な、ぐア゛ァァァっ!?」
故にキバはこの状況から抜け出すためにザンバットソードをシャークに向けて投合したのだ。真っ直ぐシャークの身体に飛んでいった剣は、それを防ごうとした彼女の腕を大きく弾いて体勢を崩させた。そして斬撃の雨が止んだ一瞬の隙を狙い、キバは異形の懐に潜り込んだのだ。
「セイッ、ハァァッ!」
「イギァ!? グァアッ!?」
投合された剣によって両腕を弾かれて無防備になった異形の身体にガルルセイバーの斬撃が襲いかかる。更に一閃二閃だけでなく、何度にも及ぶ斬撃の応酬がシャークの身体を襲う。黄金のキバの前で一度でも攻撃の隙を晒せば最後、敵は黄金の連撃に飲み込まれ、もはや最後まで抗うことは許されない。
「ハァァァッ!」
「ア゛ア゛ァァァッ!? ……ぐ、ぅぅぐ……ッ」」
最後に大きな一振りによって吹き飛ばされ、もはや息も絶え絶えとなったシャーク。そんな敵を眼下に収めながら、キバはガルルセイバーを握り締めたまま左腕に留まるタツロットの角──ホーントリガーを引っ張った。タツロットの背中のインペリアルスロットが回転し、そこに青い魔獣剣のシルエットが現れた時、タツロットの力強い宣言が辺りにこだました。
『ガルルフィーバー!』
するとタツロットはキバの左腕から再び飛び上がり、「ガチャ」という効果音を自ら口にするとなんとガルルセイバーの柄頭に尾から合体したのだ。そして接続されたタツロットの頭部から激しく炎が吹き出し、ロケットの如くキバを宙へと持ち上げた。激しい推進力を得たガルルセイバーはキバを連れて、ようやく立ち上がろうとしていたシャークに向かって一直線に飛んでいく。
「いや……私は……紘子さんと幸せになるの……!」
「フゥッ!」
「っ、ガァァ──」
ガルルセイバーの剣先を異形の身体に突き立て、キバは自分もろともシャークを宙へと連れていく。
そして勢いよく天井を突き破り地上へ、更に空へと……キバと異形はその高度を上げていく。
「ハァァァァァァッ!」
「ッア……ぁあ……?」
やがて十分な高度まで達した時、キバはシャークを解放して空中に置き去りにした。突然の浮遊感に襲われたシャークは身体の自由が効かず、また自分の今の状況を理解するのに時間がかかっていた。何故自分は空にいるのか。宙に浮くという体験とはこのようなものなのか。全てが理解の外で、夢と現の区別が付かなくなっていた。
しかしその間にもキバ自身は火を噴くガルルセイバーによって更なる高みへと上り詰めていく。
そして異形がようやくキバへと意識を向けた時、そこには昼間の月をバックにして自分に斬りかかるキバの姿があった。
それは即ち、異形の夢の終わりを意味していた。
「ハァァァァァァァァァァァァッ!!」
「イヤァア゛ア゛ア゛ア゛ァァァアアッ!!?」
黄金の鎧が振るう魔獣剣の極意──エンペラーハウリングスラッシュが異形の身体を一刀両断した。必殺の一撃を受けた異形の身体は忽ち全身がステンドグラスのように固まって動かなくなってしまい、その状態のまま地上へと落ちてこようとしていた。
剣を振り下ろした体勢で地上に着地したキバは、落下してくるステンドグラスの塊が自分の元に近づいていることを見ずとも感じ取り、そして……。
「ハッ!!」
立ち上がりながら横に一閃し、キバは落ちてきた異形であった塊を剣で粉々に粉砕した。辺り一面に色とりどりの煌びやかな破片が舞い散る中、キバは炎の消えたガルルセイバーをゆっくりと下ろしていくのであった。
「イヴ……」
狂った愛情を振り回していた異形の命を天に還した後、愛音はイヴを離れた場所まで連れて彼女が落ち着くまで座らせていた。愛音が駆けつけた時は茫然と涙を流すだったイヴも時間が経つことでようやく落ち着いたのか、その息は静かになっていく。しかし、その瞳に宿る悲しみの色は決して変わることなく、今も悲しげな視線をずっと地面に向けたまま顔を上げようとしなかった。助けたかった少女は救いようのない狂った怪物だったのだから仕方無いと愛音は思いつつも、このまま彼女の心は闇に沈んだままになってしまうと思うと居た堪れなくなり、彼女に声をかけようとした、その時であった。
「私……モデルはもっと楽しいものだと信じていました……」
「イヴ?」
愛音が次の言葉を発するより先に、イヴは初めてまともに言葉を話していた。イヴの気持ちを知りたい愛音は口を挟むことなく、そのままじっと静かにイヴの言葉に耳を傾けていた。
「モデルもアイドルと同じで、誰かに元気を上げられる。誰かを笑顔にしてあげられる。そう思っていたのに……私、モモカさんに何もしてあげられませんでした……モモカさんは最後まで……本当の意味で笑っていませんでした……っ」
悲しいだけでなく、悔しいのだろう。イヴの固く握り締めた拳が震えているのを見て愛音はそう感じていた。あの怪物が心で思っていた幸せではなく他の幸せも存在するのだと……他にも笑顔になれることは沢山あるのだと、イヴはそう彼女に教えたかったのだ。元々は落ち込んで不安がっていた少女に元気を与えようとしたイヴは、その正体を知った後でも少女を救おうと手を伸ばそうとしていた。しかし結果として怪物はイヴの手を受け取ることなく払い除け、その命を刈り取ろうとした。イヴは自分が彼女のために何も出来なかったことに対して悔しさと無力さを感じていたのだ。
「自分が思っていたよりも
「イヴ……」
そして何よりも、愛音にモデルの素晴らしさを教授しようとしていたイヴにとって、自分の信念が最悪の形で裏切られることになってしまったことが悲しかった。モデルは誰かに勇気を与えることが出来る素晴らしい仕事だと。そして他人だけでなく自分も笑顔になれる楽しい仕事であると。イヴは愛音に伝えたかったのだ。しかし自分と対話が敵わなかったあの少女のことを想うと、自分のしてきたことに意味はあったのかとイヴは疑問を抱くまでに至ってしまっていた。自身の信念が通用せず、更には愛音に嫌なものを見せてしまい、イヴは無力感から自分に嫌気が差していた。そして、このモデルという世界そのものにも……。
「私、もう……」
「……私は楽しかったよ」
「えっ……?」
しかし予想だにしなかった愛音の言葉を耳にして、イヴは勢いよく顔を上げた。そこには青空を背景に心からの微笑みを浮かべて、自分を見つめる美しい紅の少女の姿があった。
「大変だった……ライト浴びて熱いし眩しいのに、笑顔とポーズを保って……着替えは多いし……何より拘束時間が長くてマジ最悪……」
「そ、それは……確かにそうですけど」
愛音が語るのはモデルとしては当たり前のことだが、普通の人が体験するには十分すぎるほど過酷なものであった。それをいきなり経験させられればそう思うのも仕方ないと、イヴは少しだけ瞳を曇らせて同意する。
「でも……最後には笑うことができた」
「え……」
しかし、愛音が感じたのは苦労だけではない。それよりももっと大きくて尊いものを愛音は抱いていたのだから。温かて煌めくような、満たされるような心の音楽が自分の胸から響いていたのだから。
「心からの笑顔を出せた……心から楽しいと思えるようになってた……それはきっと、イヴが私の隣で笑ってくれていたから……」
「っ……アイネさん……」
イヴのお陰でモデルの仕事の楽しさを知ることが出来た。
イヴのお陰で笑顔になることが出来た。
イヴのしてきたことは間違いではなかった。
イヴの信じていたものは間違ってはいなかった。
自分がその証明なのだと、愛音はイヴに心から伝えたかった。自分の心が奏でるこの温かな音楽は、イヴが自分に教えようとしてくれたものなのだと、それだけは確かだと愛音は信じていた。
だからこそ……。
「だから……その……また、やれたらって……」
「え……?」
……愛音は、恥ずかしげにそう呟いた。何を言われたのかすぐに理解できなかったイヴのために、愛音はポケットから先ほど手渡された名刺を取り出すと再度イヴに向けて宣言した。頬を赤らめて照れ臭そうにしながら……。
「っ……私、やるよ。イヴと一緒なら……モデル……」
「ぅっ……ぅぅ……アイネさんっ!!」
「ぅぉっ」
感極まったイヴはいきなり立ち上がると愛音に飛び掛かり、その細い身体を強く抱き締めた。自分のしてきたことは間違いじゃなかったという安堵と、愛音に自分の想いが伝わったという喜びが彼女の心を掻き乱していた。予想だにせず訪れた幸せに心の整理が追い付かず、溢れんばかりの涙を流しながらイヴは愛音の胸に顔を埋めて叫んでいた。
「ひっぐ……よかった……ぅぐ、よかったですぅ……っ!」
世界は広い。この空の下では自分とはまるで違う価値観を持つ人も多く存在する。自分と価値観を分かち合えない人、笑顔を分かち合えない人と出会い、心抉られることもある。しかし、そこには分かり合えない者、分かち合えない者ばかりではない。世界は残酷なことばかりではないのだから。
「頑張ろう……イヴ」
「っぐ……っ、はいっ……ぅ……よろしく、お願いします……っ!」
「うん……これからもよろよろ……なんて……ふふっ……」
だからこそ、二人の間で分かち合えた笑顔は青空の下で一際眩しく煌めいていた……。
それより少し後のことだった。
とある屋敷の広い豪華な部屋に集められた少女たちが、その部屋の主たる少女に視線を向けていた。
「ねぇっ、スゴいと思わない!? これってとっても笑顔になれるものだと思うの!」
「ああ確かに。それは儚いね……」
「うんっ! 探しに行こうよ!」
天真爛漫という言葉が似合う、満面の笑みを浮かべる少女。彼女の話を聞いた者の半分は彼女の興奮に同調して楽しげな笑顔を浮かべている。しかし、もう半分は心から同意することが出来ず苦笑いを浮かべていた。
「で、でもそれって……」
「それって見間違いじゃないの? こころ」
「何を言ってるの
疑うことを知らない純真な少女。偶然にも黄金の鎧を目撃してしまった彼女の行く先は、誰にも分からない。共に音楽を重ね合わせた友でさえ、彼女の行動は予測不可能なのだから……。
「(ど、どうしよう……)」
そして唯一その金色に心当たりのある少女──花音はこの後に起こり得る展開が想像出来てしまい、一人内心で不安を募らせていくのであった。