ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『愛に狂った異形の魔の手からイヴを救い、それ倒した愛音』

『愛音さんはイヴさんと共にモデルをやっていくことを決めるのでした』


第120話 あなたの才能は

 野良猫は普通、人間を見つけてすぐに逃げ出すわけではないらしい。必ずしもではないらしいが、人間と目が合った時に初めて猫はじっと身体を屈めたいつでも逃げることの出来る体勢に入り、一歩人間が近付くと一目散に逃げていく……らしいのだ。

 何故僕がいちいち「らしい」と自信なさげに付け加えているのかと言うと、そんな経験は僕には無かったからだ。そもそも、猫が僕を見つけた初手からして行動が違っているのだから。

 

「フシャァーッ!!」

 

「ん?」

 

 目が合ったわけではない。僕の意識に猫が入り込んだわけでもない。ただ向こうが僕を見つけただけだ。にも関わらず、彼ないし彼女は僕に向けて明らかな威嚇の声を上げていた。そして僕がその声につられてその子の方を向いて目が合った時、そこにいた小さな猫は踵を翻して一目散に逃げ出していったのだ。

 

「相変わらずやな麗牙」

 

「うん。慣れてはいるんですけど……でもやっぱり少し悲しいかな」

 

 目が合う前から警戒され、目が合えば逃げられる。普通の人間とは少し違う、今の僕と野良猫との関係を見ていれば理解してもらえると思う。僕は、動物から本能的に危険視されているのだと。

 愛音や他のファンガイアではそうはならないらしいが、何故か僕の場合だとこういうことになってしまうようなのだ。自分の身体に流れる強大な魔皇力が動物たちを警戒させている……とアゲハが推測していたこともあるけど、実際はどうなのか僕も分からない。自分では結構抑えているつもりなんだけどなぁ……。だがマル・ダムールのさゆりちゃんみたいに、僕に慣れることができる動物がいると分かっているだけでも充分幸いであろう。

 とは言え、それでも多くの動物はなかなか僕を受け入れてくれない。健吾さんとの放課後の帰り道で改めて思い知らされる自分の異質さに内心少し落ち込んでいた、そんな時であった。

 

「やっほー麗牙、健吾。ちょうど帰り? ウチらもなんだ♪」

 

「リサさんっ、こんにちは」

 

「友希那ちゃんも。お疲れ、これから練習か?」

 

「ええ。いつも通りCiRCLEで」

 

 偶然にも、僕らと同じで学校からの帰り道の途中であったリサさんと友希那さんに遭遇した。友希那さんたちRoseliaはこれからCiRCLEで練習するとのことだが、レジェンドルガから狙われている友希那さんや燐子さんには出来る限り出歩かないでほしいと言うの僕の正直な気持ちだ。

 しかし音楽に全てを懸けている友希那さんに言っても素直に聞いてくれはしないだろう。彼女にとって音楽を止めろと言うのは、ある意味で死ねと言っているようなものだからだ。僕だって同じ立場だったら音楽を止められる自信はない。燐子さんも以前に同じことを言っていたし、今更彼女たちに出歩くなとはキツく言えなかった。とりあえずはやんわりと代替案を提案してみるが……。

 

「これからずっとキャッスルドランで練習してくれるなら僕も安心出来るんですけどね」

 

「時間の感覚が狂いそうだから、悪いけど私は遠慮したいわ。それより麗牙……あなた、今あの子に何をしたのよ」

 

「そうですか……って、あの子ってさっきの猫?」

 

 僕の目の届く場所に居てほしいという提案は儚くも取り下げられるが、その直後に彼女から質問と共に強い視線を浴びせられることになった。恐らくは、先程僕を見て一目散に逃げ出した猫とすれ違ったのだろう。故に彼女は僕が猫に対して何かをしたのではないかと疑っているのだ。当然僕の方から意識して何かをしたわけではないため否定をさせてもらうが、友希那さんから発せられる圧が中々強いために言葉がどもってしまっていた。

 

「い、いやいやっ、何もしてませんよ……」

 

「友希那ちゃん。コイツな、昔から動物にはこうしてよく逃げられとんねん」

 

「逃げられる?」

 

「え、そうなの麗牙?」

 

「はい……恥ずかしながら。基本的に野良猫はみんな僕のことが怖いみたいで……」

 

 彼女たちにも僕が普段から動物に避けられていることを説明する。例外はあるが、やはり動物は皆僕の中に宿る力を本能で感じ取り、勝てないと悟って逃げていく。本当にすごいと思うよ。多くのファンガイアが僕の隠している魔皇力の実態を感知できないのに、彼らは明らかに他のファンガイアと僕の区別を付けられているのだから。僕は仲良くなりたいのだが、こうも逃げられることに慣れてしまうと半分諦めが付いてしまうのだ。だから友希那さん、そんな哀れみの目で見ないでください。地味に傷付きますからお願いします。

 

「あなた自身に悪いところはないのに……」

 

「仕方ないですよ。怖がっている動物たちに無理言って慣れさせるのも悪いですし。だから言ってるんです。僕のことを知って逃げない友希那さんたちの方が稀有だって」

 

「……」

 

 僕が普通の人間だと思われている内はヴァイオリニストとして人間たちに受け入れられるのだろう。TETRA-FANGのボーカルとして受け入れられるのだろう。しかしその正体が人喰いの怪物だと知られた時、きっと多くの人間は僕から離れていく。人間と動物たちの違いは、今それを知っているか知らないか。僕の正体が見えているか見えていないかだけの差だ。

 

「でもいいんです。みんながいるから、僕は今とても幸せなんです」

 

 僕から逃げていく存在がいても、今の僕はそれを悲観することはない。健吾さんやRoseliaの皆が異形である僕を受け入れてくれているから、僕は僕として音楽を奏で続けられるのだから。むしろ今が幸せ過ぎてこれ以上を望むのが怖くなっているくらいだ。

 

「それに今のこの状況の方がみんな僕の音楽を聴いてくれる。今は出来る限りの人に向けて音楽を奏でたいから、僕はこのままでいいと思っているんです」

 

 世界中の人に僕の音楽を届けられるのなら人間と思われてもいい。ファンガイアの存在を公に出来るその時までは、僕はこのままの方でいることが最善なのだろう。

 しかし、そこで終わってほしくないと願う人が僕の傍にいた。

 

「うん、確かに今のままの方がみんな麗牙の音楽を聴いてくれるって言うのはもちろん分かってるよ。でも、アタシはもっといろんな人に麗牙を知ってほしいよ。麗牙という存在も、麗牙がファンガイアだってことも」

 

「リサちゃんに同意。今のままで満足してたらそこ止まりや。せやからもっと友達作ろうや」

 

 ファンガイアの僕を他の人にも知ってほしい、とはリサさんもまた難しいことを言うものだ。それにもっと友達を作ろう、なんて健吾さんも中々簡単に言ってくれる。隠し事をする必要がないくらいの友人なんてそう簡単に出来るものではないが、確かにもっと欲しいと心の底で願っている自分はいた。

 もし全ての人に、自分が人間じゃないと伝えた上で音楽を奏でることが出来たなら果たしてどうなるのか、どんな気分なのか全く想像が付かなかった。期待半分不安半分と言ったところであったが、そんな中で友希那さんから意外な言葉をかけられていた。

 

「麗牙、あなたはもっと堂々としていいと思うわ」

 

「堂々、と?」

 

「ええ。あなたの音楽の才能は私が認める。もしあなたの見た目や血だけであなたの音楽の価値を決める人がいるなら、私はそれを真っ向から否定するわ。だから、本当の自分を隠さない音楽を見せて」

 

「本当の自分を隠さない音楽……」

 

「少なくとも、この前のキャッスルドランでのあなたの音はそうだった。何一つ憂うことのない、あなたを全てさらけ出した音楽、あなたの才能を存分に引き出した開放感のある音楽だったわ」

 

 僕はこれまで、心の思うままの自分の音楽を奏で続けてきた。しかし、心の何処かでは自分が正体を隠しているという後ろめたさがあったのかもしれない。そして、秘密を全て明かした上でありのままの自分の音楽を響かせることを望んでいたのかもしれない。

 確かにキャッスルドランの中で友希那さんたちの前で音楽を奏でた時は、皆が僕の正体を知る者たちであり、友希那さんの言うように開放感のようなものを感じていた。本当の自分を隠さない音楽とはああいうもののことを言うのだと、友希那さんの指摘によって気付かされていた。

 ならば僕はこれからどうすればいいのか。人間社会にファンガイアの存在を認めさせる……それしかないだろう。人間とファンガイアが共に暮らす社会は僕の目標の一つであったが、僕の音楽にとっても叶えなければならない夢の一つなのかもしれない。夢なんていう大層なこと、実はしっかり考えたことはないんだけど……。

 

「……ん、リサさん?」

 

 これからの音楽人生について真剣に考え始めていたところで、リサさんが物珍しそうに友希那さんを見つめているのが目に入り、同じく気付いた友希那さんと共に彼女に訊ねていた。

 

「? どうしたの、リサ」

 

「え、いや……友希那が誰かに才能あるって言うの、なんか新鮮で……」

 

「……自分の思ったことを伝えただけよ。それに、言うべきだと思ったから」

 

 彼女が思ったことを率直に伝えるのは知っているが、人に才能のことを言うのが珍しいとは知らなかった。僕は以前にも彼女から才能を評価していると言われているし、故に彼女に対してそこまで辛口な印象は無かったのだ。厳しくはあるけどね……。

 

「私はまた聴きたいと思っているの。誰もがありのままのあなたを受け入れた中で、あなたが奏でる一糸纏わぬ音楽を」

 

「……」

 

 彼女の目、そして音楽は真剣だった。僕が真の意味で受け入れられる音楽を、彼女の心の音楽は待ち望んでいた。それほど自分は彼女から期待されているのだと思うと心が浮き立つような気分になる。自分のことを認められると言うのは、いつ誰が相手であっても嬉しく感じるものだ。

 

「友希那……麗牙の音楽めっちゃ好きじゃん」

 

「っ……それは……嫌いな人の方が少ないんじゃないかしら」

 

「でも、すごく嬉しいです。僕もRoseliaの音楽は好きですよ」

 

「そう……」

 

 取ってつけたような称賛になってしまったが、Roseliaの音楽が好きだという気持ちは本物だ。そんな僕に対してクールに返事をする友希那さんだが、その心が喜んでいることは僕だけでなく誰の目から見ても明らかであった。

 そしてそれは僕もだった。音楽に対して誰よりも真摯に向き合っている友希那さん。そんな彼女に、自分の音楽が好きだと言ってもらえるのはとても嬉しいし励みになる。それだけに、彼女に対して期待を裏切りたくないという想いがより強くなってしまうのだけど……。

 

「やっほ。何の話?」

 

「よ……」

 

 その時、ふと僕らに向けて投げられた二つの声があった。友希那さんたちと同じ方角から歩いてきた愛音とアゲハであった。友希那さんたちから少し遅れて羽丘を出た二人が立ち話をしていた彼女たちに追いついたのだろうと考えていると、いの一番に健吾さんが愛音に話しかけていた。恐らく僕が朝話したことについて、愛音に訊ねたくて仕方なかったのだ。

 

「おっ、聞いたで愛音。お前、真剣にモデル業始めるんやってな?」

 

「えっ、本当に!? 愛音これからずっとモデルやっていくの!?」

 

「ぅぅ……健吾の口は豆腐か」

 

「いや普通に柔らかいて言えや。分かりづらいわ」

 

 その割には愛音の言いたいことをよく分かっているなと健吾さんに軽く感心する。リサさんは思いがけない新情報に目を輝かせて愛音に詰め寄るが、愛音がイヴさんと同じ事務所でモデルをすることを決めたのは昨日のことだから、殆どの人は知らなくて当然だ。

 しかしTETRA-FANGとしてバンドに戻ったり、モデルを始めたりと最近の愛音は実に挑戦的だと思う。兄としては妹がいろんなことを経験していくのはとてもいいことだと思うし、彼女の成長に繋がると信じているからむしろ嬉しく感じている。母さんが目覚めない今、僕に残されたただ一人の妹のためなら可能な限りの応援はしてあげるつもりだ。とりあえず次の愛音の載る雑誌は何冊か買っておこうかな。

 

「モデルの人たちってどんな感じやった? やっぱりみんなスラっとした長身の人ばかりか?」

 

「鼻の下伸ばして聞くな変態」

 

「伸ばしてへんわアホ。純粋な興味や」

 

「アタシも気になるなぁ。ねぇ愛音、撮影ってどんな感じだったの?」

 

「熱くて眩しかった……イクサの時の健吾みたいに」

 

「どういう意味やそれ流石に分からんわ」

 

 多分、熱くて焼け死にそうだが付き合ってみると意外と楽しい……という意味だろう。愛音の言葉の意味を理解できなかった健吾さんに変わり内心で翻訳していた。そもそも楽しくなければ愛音はきっとモデルをやろうとは思わない。昨日は紆余曲折あったようだが、イヴさんからの誘いは愛音にとっての思わぬ転機になったと僕は信じている。愛音がモデルとしてどのよくな活躍をしていくのか、今から楽しみで仕方ない僕であった。

 

「麗牙」

 

 愛音や健吾さんたちが話に花を咲かせている最中、妹の行く末を温かく見守っていた僕に友希那さんは小さな声で訊ねてきた。

 

「何ですか?」

 

「その、あなたの父の曲作りは続けるのよね? 私は……まだ必要かしら?」

 

 友希那さんに言われて、もうしばらく彼女と共に父さんの曲を作っていないことを思い出す。だが続けるのは当然だ。それが僕にとっての一番の目標なのだから。

 しかし、その時の友希那さんは珍しくどこか自信なさげに自分が必要かと問うていた。珍しく寂しそうな音が聴こえる気もするが、既に決まっている答えを僕は彼女に告げるだけだ。

 

「もちろんです。友希那さんが必要なのは変わっていません。今更来ないでなんて言いませんよ」

 

「そう……じゃあまた呼んでくれるのね」

 

「はい、また連絡します」

 

「……待っているわ」

 

「……?」

 

 その時、顔には出さなかったが、安堵したような、嬉しそうな心の音楽が彼女の胸から聴こえてきていた。小さく震えるような、彼女らしからぬ自信無さげな音に少しだけ違和感を覚えていた。それに「待っている」なんて、そんな期待するような言葉を彼女は今まで言ったことはない。しかし他の誰も友希那さんの言葉を聞いていないため、抱いた違和感を共有することは出来なかった。

 何か不安にさせるようなことでもあったのだろうかと考えを巡らそうとするが、しかしその時であった。

 

 

 ♬〜♬〜

 

 

「っ!?」

 

「っ、兄さん」

 

 突如、ブラッディ・ローズのつんざく様な音が僕の耳に聴こえてきた。父さんが作り上げた血染めの薔薇が奏でる悲鳴のような調べは、誰かの音楽に危険が迫っていることを僕たちに伝えるものであり、それは父さんの娘である愛音も同様に聴こえるものであった。しかし、今この場でブラッディ・ローズの音を感知していたのは僕たち兄妹だけではなかった。

 

「っ……麗牙、これって……」

 

「……やはり友希那さんにも聴こえているんですね。ブラッディ・ローズの音が」

 

「え……兄さん、それマジ……?」

 

 これまで何度となくブラッディ・ローズの音が聴こえていた友希那さんにも、今のけたたましい旋律が耳に届いていた。理由はまるで分からないが、友希那さんには僕たち兄妹と同じようにあの薔薇の音を聴く力がある。初めてそのこと知ったであろう愛音は驚いたような視線を友希那さんに向けるが、今はそれどころではない。

 

「でも今は……先に行く……っ」

 

「え、愛音っ? 健吾さん、アゲハ。二人のこと頼みますよっ!」

 

 誰かの音楽が危険に晒されている今、こんなところで屯しているわけにはいかない。愛音が先に走って行ったことに意表を突かれるが、健吾さんとアゲハに二人を任せて僕も愛音を追ってすぐさま走り出した。

 

「えっ、ちょっと麗牙!?」

 

「……っ」

 

「え? あ、ちょっ、友希那ちゃん!?」

 

 まさかそのすぐ後に、友希那さんたちが僕らの後を追って走り出すことまでは予想出来なかったけれど……。

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