ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『帰り道に友希那と出会った麗牙は、彼女から自分を隠さない音楽を奏でることを求められる』

『友希那さん、麗牙さんの才能に妙にご執心な様子ですね』

『厄介なことにならないことを祈るばかりだなぁオレ様は』


第121話 金色を探して

「それじゃあ探しにいきましょう! 空を飛ぶピッカピカの金色さんを!」

 

 そう明朗快活な声を上げたのは、自身の言う金色と同じように眼を輝かせた笑顔溢れる少女──弦巻(つるまき)こころであった。日曜日に外出していた最中、楽しそうなことはないかと空を見つめていた彼女は偶然にも空を飛翔する黄金のキバの姿を目撃していた。普通の人間が見ても目を奪われる未知の光景であるそれを、人一倍好奇心旺盛なこころが見て興奮しないはずがなかった。

 見ていて心が踊った。自分も同じように飛んでみたくなった。あの黄金とお話ししてみたくなった。

 姿を見たその時から、彼女は黄金の鎧の虜になっていたのだった。

 

「あのさ、こころ。今日はもう遅いからせめて明日とかにしない?」

 

「それもそうねっ。分かったわ美咲。じゃあ明日、学校が終わった集まってみんなで探しにいきましょう!」

 

「おーっ!」

 

 こうしてこころ率いるガールズバンド──ハロー、ハッピーワールドは、こころの見た金色の人探しを始めることになってしまったのだった。同じくメンバーの一人である奥沢(おくさわ)美咲(みさき)の提案によって、とりあえずは月曜日の放課後からの捜索になったが、提案した美咲本人は未だ半信半疑であった。こころが嘘を付かないことは美咲自身がよく分かっているが、だからこそ何かの見間違いだったのではないかと心の何処かで思っていたのだ。まだ飛ぶだけならばいい。しかしこころの話ではそれは地上から一直線に空に飛び上がり、飛行機くらい小さくなるほどまで上昇すると、回転して地上へ落ちていったと言うのだ。「それってロケットじゃないの」と美咲が言ったが、こころは人だったと言い張る。一体何がどうしてそう見えたのか、それはそれで気になる美咲であったが、そんな人がいるわけないと彼女は一人苦笑するしかなかった。

 しかし見つかろうが見つからまいが、それも彼女たちはいい思い出に変えてしまう。どんな日常でも、些細なことでも心から笑顔になれる幸せなものに変えてしまう……それがハロー、ハッピーワールドなのだと知っている美咲は、今日は一体何に出会うことになるのかと胸の内で小さな期待も抱いていた。

 

 まさか、命の危険に出会すなどとは想像もしなかったであろうが……。

 

 

 

 

 

 

「あら? はぐみはどうしたのかしら?」

 

 花咲川女子学園の校門付近では、この学園に通うハロハピのメンバーたちが集まっていた。ただ一人来ていない少女のことを同じ一年生の美咲共々気にかけるこころであったが、先に来ていた一年先輩である花音がそれに答えていた。

 

「はぐみちゃんならさっき、取りに帰るものがあるからって先に家に帰っていったよ。みんなが揃ったら行っていいよ、って」

 

「えっと人探しだよね? 何を取りに帰る必要があるの?」

 

「きっとすごい作戦があるのよ! だからあたしたちもそろそろ行きましょう! 薫も今頃あの金色さんを探しているに違いないわ!」

 

「大丈夫かな……(あたしか花音さんがあの二人のどっちかに付いた方がいいような……)」

 

 こころ程ではないが、残る二人も放っておくと何をしでかすか分からない危うさを持っている。それを知る美咲は、こころの記憶以外で全く手掛りのない黄金を探すことで彼女たちがどのような行動を起こすのか予想が付かず、不安を胸に抱きつつも今は歩き始めるしかなかった。

 

 しかし、それとはまた違った不安を抱えるものが隣にいることを美咲は知らない。

 

「(ど、どうしよう……多分、その金色の人って愛音ちゃんのことだよね……)」

 

 ハロハピの中で唯一その黄金の正体を知る花音は、こころたちが愛音に辿りつかないかどうかを心配していた。世間には自分が変身して戦っていることを隠していると聞いているだけに、それがこころたちに知られることで変に周りに広まっていかないかと気が気でなかったのだ。事情を話せばこころたちは秘密にしてくれるかも知れないが、その最中で愛音や麗牙たち、更には健吾にまで迷惑がかかることは必至である。故に、どうか巡り合わないことを花音はひっそり祈っていた。

 

「花音さん? なんか顔色悪くないですか?」

 

「ふえぇっ? そ、そんなことないよ。が、頑張って見つけようね……(見つからないでほしいなぁ……)」

 

 一人だけみんなの目的が叶わないことを祈る自分に罪悪感を抱きながら、花音は元気よく先陣を歩くこころにとぼとぼ付いていく。

 

 それからは、良くも悪くもこころの行動力に二人は振り回されていくことになるのであった。

 

「ねぇみんな! 空飛ぶ金色の人って見たことない?」

 

「やっぱり直球で聞いていくんだ……」

 

「ふえぇ……(ごめんなさい愛音ちゃん紅さん健吾くんっ)」

 

 聞いて回る人が知らなくとも、そんな突拍子もないことを聞かれれば嫌でも記憶に残ってしまうものだ。今回の捜索の結果がどうあれ、こころがこの調子で多くの人に話しかけていけば嫌でも皆の頭の中に黄金の人の話が残ってしまう。自分の全く預かり知らぬ所でキバの話が広がるのは愛音たちにとっては迷惑な話だと考えていた花音は、こころを止めることも出来ず内心で謝ることしか出来なかった。

 

「ねぇ、あなたは金色の──」

 

「そうなのよ! それで空に向かって──」

 

「いいえ、ロケットじゃなくて人よ──」

 

 しかし当然と言えば当然だが、空を飛ぶ金色に光る人と言うものを見た者とは一向に出会うことはなく時間だけが過ぎていった。日が次第に地平線に近づきつつある中で、これはいよいよ潮時かと見た美咲はこころに捜索の引き上げを提案しようとしていた。

 

「ねぇこころ。今日はもういいんじゃない? 薫さんとはぐみに連絡して、また明日にすれば」

 

「そうかしら? 空は青いし、あたしはまだまだ探し足りていないわ」

 

「そうは言っても……そうだ、他に手掛かりはないの? そもそもあたしたちも『空を飛ぶ』と『金色の人』くらいしか分かってないから……他の色とか特徴とか何かあれば……」

 

「そうね……っ、そうだわっ! 確か赤いマントのようなものも付けていたわね! そうよっ、今度は『金色と赤いマントの人』で聞いていけばいいのよ!」

 

「あーダメだ。いよいよ分からなくなってきた……」

 

「(もう絶対キバだよ……愛音ちゃんだよ……)」

 

 こころの思い出した更なる特徴によって美咲は更なる混乱に陥るが、花音はそれによって探し人が黄金のキバであることを確信して頭を抱えるしかなかった。元から諦めると言う言葉に縁のなかったこころだが、進展が見えたことでより勢いを増して行動に出ることになっていた。

 

「こんにちは! ねぇあなた、金色で赤いマントの人って知らない? とーっても速くお空へ飛んでいくのよ」

 

「あー……諦めましょう花音さん。これは日が沈むまで続きますよ」

 

「そ、そうだね……」

 

 これまで通り、こころは誰でも分け隔てなく話しかける。相手が何者であろうと決して差別することなく相手にする彼女は、ある意味では理想的な人間なのかもしれない。

 

 

 しかしこの日、この時、人を選ばない彼女の天真爛漫さが仇となることとなった。

 

 

「……ゥゥ」

 

 長い髪で顔がよく見えないが、背丈と身形から男性と推測できる人。こころの質問に対して答えるどころか、男は胸を抑えると膝を地に付けて呻き声を上げ始めていたのだ。

 

「あら? どうしたのかしら? 大丈夫? 具合でも悪いのかしら?」

 

「えっ? だ、大丈夫ですか?」

 

 崩れるようにして跪く男を目にして、美咲と花音も人探しどころではなく男の元へ走っていく。手足が震え、明らかに普通ではない様子の男に誰もが心配をかけていた。

 

 しかし……。

 

「……ろ……」

 

「え?」

 

 消え入りそうな男の声にもう一度耳を傾ける一同。

 

 だがその時、男の声とは別の違う音が彼女たちの耳に響いていた。

 

 それはガラスの軋むような音。

 

 誰の耳にも聞こえていたそれに対して、何かを言おうと皆それぞれの顔を見やる。

 

 そして次の瞬間、男が次に口を開いた時であった。

 

 

 

 

「俺から……離れろ……ゥッ、オオオオオオオォォっ!!」

 

 

 

 

「っ!?」

 

「えっ!? は、ぁ、ええっ!? な、ななななななっ、何っ!?」

 

「きゃあああっ!?」

 

 男の身体が突如として変貌し、人間とは異なる猛々しい異形がそこに顕現していた。全身をステンドグラス状の体表を張り巡らせた、奇怪な蜂を想起させる異形──タランチュラホークファンガイア。しかし本来の姿とは違う特徴をこの異形が持っていることに、ここにいる誰も気付くことはなかった。

 明らかにファンガイアの特徴とは異なる、蜘蛛のような異物が頭部に纏わりついていることに……。

 

「わぁー! とってもキラキラしているわあなた! ねぇ、あなたは何者なの?」

 

「? ちょっ、こころっ?? 何やってんの!?」

 

「危ないよ! 逃げてっ!!」

 

 しかし、人ならざる異形を目にしてもこころは狼狽えることなく、それどころかこの珍しい出会いに喜んですらいた。ファンガイアの幻想的に光る身体に目を奪われ、こころは満面の笑みを浮かべて異形を見つめていたのだ。本能的な危険を感じて即座にその場から離れた美咲と、ファンガイアの存在を知っていた花音はこころの仰天な行動に面食らい、しかしすぐに彼女に離れるよう叫んでいた。

 

「? どうして? こーんなにキレイな見た目してるに?」

 

 人を見た目で判断することを知らない純真な少女は、その場から動くことなく二人に振り返り、怪物に無防備な身体を晒していた。

 

 そのため、こころからは怪物の腕が振り上げられているのが視界に入っていなかった。

 

 自分に向けられた、巨大で強靭な凶器が振り上げられるのを……。

 

「こころっ!」

 

「こころちゃん!」

 

 異形の腕が振り下ろされた時どうなるのか、彼女たちは理屈ではなく本能で察していた。

 

 しかし間に合わない。彼女たちの手は届かない。

 

 こころに逃げるよう、彼女たちは叫ぶことしか出来なかった。

 

 そして、異形の腕が振りかざされた時であった……。

 

 

 

 

「──ガァッ!?」

 

 

 

 

「きゃっ!?」

 

 振り上げられた怪物の腕に何かが直撃し、その勢いのまま怪物は後ろに倒れ込んでしまったのだ。何が起きたのか、一瞬こころたちはまるで理解出来なかったが、直後に現れた人影を見て美咲と花音は目を見開くことになった。

 

「ご無事ですかお嬢様!」

 

「お嬢様、こちらへ!」

 

 そこに現れたのは、その手にファンガイアバスターに手にした黒服に身を包んだ女性たちであった。彼女たちは弦巻家に仕え、今はこころの身の周りの世話を任された者たちであり、同時に彼女の身の安全を守る者たちであった。黒服の一人が撃ち出した銀の矢でファンガイアが怯んでいる隙に別の黒服がこころを抱えてその場から離れ、颯爽と美咲たちの元へと連れてきていた。

 

「え? ええっ!? こ、今度は何!? って言うか黒服さんたちの手に持ってるのって銃!?」

 

「あれって健吾くんも持ってた……」

 

 黒服たちの手に握られたファンガイアバスターは花音の睨んだ通り、健吾が持つそれと同じ、素晴らしき青空の会が製造するものであった。青空の会を支援する弦巻家は、その威力を敵性魔族以外に向けないことを約束に対ファンガイア装備を備えていたのだ。そしてこころに万が一のことが起きた場合も想定し、全ての黒服たちにファンガイアバスターが支給されていた。故に、こころに牙を剥く脅威に対して彼女たちは即座に対応できたのだ。

 

「奥沢様、松原様も私の後に。ここから離脱します」

 

「え、えっ、え? 離脱? それよりアレは何なんですか!?」

 

 先導する黒服の一人の言葉に従って彼女の後を走るこころたちであるが、未だ混乱から覚めない美咲は目を回しながら問い質していた。しかし今は逃げることが優先されており、美咲の質問に答えられるものは誰もいなかった。

 

「ッグ!? ッグガゥ、ググゥ!?」

 

「って言うか何っ!? 怪物退治もやってるのこの人たち!? やっぱり只者じゃなかった!」

 

「でもなんだか辛そうだわあの人」

 

「振り返らないでくださいお嬢様!」

 

 複数の黒服が撃ち出す銀の矢を受けて怯む異形を目にして、こころは悲しそうに小さく呟いていた。異形が人喰いの怪物だと知らない故でもあるが、それを知ったとしてもこころは目の前で苦しむ存在を無視することは出来なかったのだ。そしてそんな少女の優しさを知るからこそ、黒服は彼女にその現場を見せまいと前だけを見て走らせていた。

 

 しかし……。

 

 

「──フフフ」

 

 

 ファンガイアから離れるために走る彼女たちの前方で、更なる異形が姿を表していた。どこからともなく突然現れたそれは女性のような薄らかな笑い声を上げ、こころや黒服たちの前に立ちはだかっていたのだ。

 

「っ、ぅわ!? ま、また何か出た!?」

 

「まぁ、今度は毛むくじゃらの人ね!」

 

「下がってください! フッ!」

 

 それは先のファンガイアとは明らかに違う、それどころかどの魔族とも特徴の一致しない特異な存在──レジェンドルガ。女性のようなフォルムを持ちながらも、髪の毛や下半身から生える蜘蛛の脚は人間に対して生理的嫌悪を与えさせ、美咲と花音はその醜悪な容姿に軽く目眩を起こしていた。唯一こころだけは興味深そうに目を輝かせていたが、黒服はこころの前に立つと迷うことなくファンガイアバスターから銀の矢を撃ち出していた。

 

「フフフ……フフフ……」

 

「な……」

 

 女のような、蜘蛛のような異形──アラクネレジェンドルガはその身に銀の矢を浴びても怯むどころかずっと笑い続けていた。ファンガイアの苦手とする銀物質の攻撃故にレジェンドルガへの大ダメージは期待出来ないとはいえ、それでも損傷を与えて然るべき威力は兼ね備えていたはずだった。しかし目の前の異形はまるで意に介さず、その異常さに黒服は一瞬息を飲んだ。その時である。

 

「──シェァッ!」

 

「っ、むぐぅ!? ンンッ!?」

 

 アラクネの髪から拳ほどの大きさのある蜘蛛が飛び出し、隙を見せた黒服の顔に飛び移ったのだ。

 

「ぅわぁ!? だ、大丈夫ですか!?」

 

「ンンッ、っンンンッ……ァ……」

 

「え……?」

 

 抵抗していた黒服であったが、その直後、彼女の身体は糸が切れたように動かなくなってしまった。不気味なほど静かになる黒服に美咲と花音は嫌な予感を覚える。そして、その予感は無情にも的中することとなったのだ。

 

「ゥ……ゥアア……」

 

「な、なんで……手が蜘蛛みたいに……」

 

「ひぃぃ!(もしかして、これが健吾くんが言ってたレジェンドルガの……っ)」

 

 アラクネの放出した蜘蛛が取り付いたことで、黒服はレジェンドルガの眷属と化していたのだ。腕はいつの間にか蜘蛛の如く細く尖り、握っていた武器は地に落とされていた。アラクネと同じ特徴を持つ怪物へ変貌しようとしているその姿に慄くも、花音は記憶の中で健吾が語っていた恐るべき存在のことを思い出していた。

 レジェンドルガ……古の時代より復活を果たした凶悪な魔族。純粋な力もさることながら、その真の恐ろしさは他の魔族を自分と同じレジェンドルガに変えてしまう性質を持つことである。黒服の変貌を目の当たりにした花音は、目の前の異形がレジェンドルガであるという正解を導き出していた。

 

「ア゙ァ……」

 

 死にかけの人のような呻き声を上げ、異形に変わる黒服はゆっくりとこころたちに近付いてくる。この土壇場で花音が異形の力について思い出したところで、ここにいる誰もがこの状況を解決できる力は持ち合わせていない。今自分たちに出来るのは逃げこと、そしてこのことを健吾たちに伝えることしかない。

 

「っ、こころちゃん! 美咲ちゃん!」

 

 花音は二人の手を取り、踵を返してアラクネと黒服から逃げようとした。多少危険かもしれないが、向こうならば戦っている黒服が数人いる。そちらの方に走ればまだ逃げられる可能性は高い。もはや恐怖で怯えているだけではいられないと、花音は勇気を振り絞って二人と共に反対側へと走り出していた。

 

 しかし……。

 

「ァアア゙──」

「ウヴ──」

「グゥ──」

 

「ひっ、そ、そんな……」

 

「みんな、おかしくなって……」

 

 ファンガイア──正確にはレジェンドルガと化したファンガイアと交戦していた黒服たちは、皆先ほどの黒服と同じように自我を失った異形と化していた。見方であった人がいなくなったこと、そして逃げ道が既に無くなっていたことで希望を削ぎ落とされた花音はその脚を止めてしまっていた。一方変貌した黒服たちはファンガイアバスターを地に落とし、虚な目を浮かべて毛むくじゃらの脚をこころたちに向けて進めていた。

 

「ひぃ……っ」

 

「大丈夫? みんなとっても顔色が悪いわ」

 

「いや顔色が悪いとかそんなレベルじゃないよね!?」

 

 この状況に対する恐怖はこころの中には無いのかと疑問に感じている余裕はなかった。前方にはレジェンドルガ化したファンガイアと黒服数名が。後方にはレジェンドルガ化した黒服と、そのレジェンドルガ本体が。既に逃げ道が無いことにようやく気付いた美咲は錯乱する一歩手前であった。

 

「ど、どどどどうしようこころ!? っていうか花音さんは何を……」

 

「た、助けを呼んでいるの……」

 

 逃げ果せてから助けを呼ぼうとしていたが、こうなっては他に出来ることはない。故に花音はもはや遅すぎるとは思いつつも、この状況を逆転できる頼れる存在に……健吾に電話をかけようとしていた。しかし恐怖からか手が震えて思うように端末を操作出来ず、それがより彼女の焦りを大きくしていく。

 

「助けって、こんなヤバいのから誰が助けてくれるんですか!?」

 

「そうかしら? あたしが呼んだら意外とみんな助けてくれるわ?」

 

「いやそれアンタだけ! っていうかその助けてくれる人が今あっち側だから!」

 

「大丈夫よ! もし来なかったら大声で叫べばいいのよ!」

 

「こ、こころちゃん本当にすごいね……」

 

 こんな時でさえ怖気付くことなく自然体でいるこころを誰もが異様に感じていたが、今ではそんな変わらない彼女の存在こそが美咲たちの心の支えになっていた。だからこそ、こころの単純明快な言葉に乗ってみようと思ったのだ。

 

「せーの、で呼ぶわよ。せーのっ……」

 

「え? あーもう──」

 

 出鱈目だろうがなんだろうが関係なかった。もはや一刻の猶予も無い。それを感じた美咲と花音は意を決していた。

 

 こころの合いの手に乗せて、そして──。

 

 

 

 

「「助けてぇぇぇーーーっ!!」」

 

 

 

 

 ここ一番の大声で空に向かって叫んだのだ。

 

 

 

 

「グウォォ──」

 

「ひぃっ!?」

 

 しかしその直後、黒服の変貌した鋭い蜘蛛の足が彼女たちのすぐ眼前で振り上げられた。既に怪物たちの魔の手は、少女たちの命を簡単に刈り取ることの出来る距離まで迫っていたのだ。

 この先はどうなるのか誰にも分からない。呆気なく一生を終えるのか、目の前の人のように蜘蛛の怪物に変えられてしまうのか。迫りくる恐怖に耐えきれず、美咲と花音は思わず目を瞑っていた。これまでかと、諦めかけてしまっていた。

 

 

 

 

 その時であった。

 

 

 

 

「ッ!!」

 

 

 

 

 彼女たちの周囲に紅色の嵐が吹き込んだ。

 

 直後、彼女たちの身体は何かに抱き抱えられ、そのすぐ後には浮遊感に包まれていた。

 

「〜っ!?」

 

 目を瞑っている美咲と花音には当然何が起きているのかは分からない。

 

 目を開ける気にもなれなかった。

 

 極度の恐怖と緊張から、自分の身に起きることを目にしたく無かったが故であった。

 

 しかし、ただ一人……こころだけはしっかりとその目で見ていた。

 

「(わぁ……)」

 

 突如として自分たちと怪物の間に入り込んだ“ソレ”が自分たち三人を抱き抱え、地を蹴って空に跳んだ瞬間を。

 

 そして──

 

 

 

 

「(とってもキレイな……赤色の人……!)」

 

 

 

 

 ──赤いローブを纏った、人ならざる異形の姿を。

 

 

 紅い魔人の体表に煌めく色取り取りの模様を目にし、しかしそんなこころの瞳もまた彼の身体に負けないほど眩しく輝いていた。

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