『黒服の姉ちゃんたちもおかしくなって絶体絶命のその時、嵐と共に紅い異形が現れた』
間一髪だった。「助けて」という少女たちの叫びが聞こえた時、僕はまだその場所には辿り着けていなかった。ブラッディ・ローズの旋律は僕を戦いの場に導くが、細かい場所まで指定してくれるわけではない。薔薇の音に導かれて到着するまではそこで何が起きているのか僕にも分からないのだ。そのため叫び声が聞こえた時、このままでは間に合わないと言うことにようやく気付くことができた。だから僕は、即座にファンガイアとしての力を解放して人知を超えた速度で少女たちの元まで飛んできたのだ。
そして彼女たち三人を纏めて抱えると、地を蹴って隣の低いビルの屋上まで跳躍した。着地と同時にすぐさま人間としての姿をとり、目を瞑っているであろう彼女たちに声をかけていた。
「もう目を開けて大丈夫。松原さんも」
「え? あ、あれ? ここってどこ……?」
「ふえぇ……っ、紅さん!」
一人は突然目の前の景色がビルの屋上に変わっていることに困惑し、辺りをキョロキョロと見渡していた。一方僕の顔を知る松原さんはようやく救援が訪れたことに安堵し、涙目になりながら僕の服を掴んでいた。
「……」
そして最後の一人はというと、僕の顔をじっと無言で見つめ続けていた。不思議そうな、興味深そうな視線でまじまじと見つめてくるためこそばゆくなってきそうだ。しかし僕の顔に何か付いているのだろうか……などと呑気な考えは浮かんでこない。僕が心配しているのはむしろ、さっきのファンガイアとしての僕の姿を見られてしまったのだろうかと言うことだ。
そんな不安を抱きかけた時、彼女は突然大声で叫び出した。
「すごいわあなた! 今のはどうやったのかしら! 赤くてキラキラした蝙蝠みたいな人があなたに変身したわ!」
思いっきりバッチリ見られていたようだが、それどころではなかった。宝石のように眩しく輝く瞳と、はち切れんばかりの期待を僕に向け、彼女は嬉しそうに僕の手を取って飛び跳ねていたのだ。完全に予想外の彼女の反応に僕は呆気に取られ、固まってしまうばかりであった。
「……」
「? どうしたの?」
「え、いや、さっきの見たんだよね? 怖くなかったのかなって……」
僕の本来の姿は人間、ひいては他の魔族から見ても恐ろしい姿をしているようで、本能的に恐怖を与えるものらしいのだ。僕のことを信頼していた友希那さんや紗夜さんでさえ、初見で心から恐ろしいと感じさせる程の威圧感を自然と放っている。そんな僕の正体を見て、彼女はまるで怖がっているようには見えなかった。それが不思議で僕は思わず彼女に問い質していたのだ。
「怖い? どうして? あんなにキレイに光っていたのに、あなたの何を怖がる必要があるのかしら?」
「な……(何なんだこの人は……)」
こんなに近くで“僕”を見たというのに、彼女はそれを心から楽しそうに話している。そんな目の前で広がる光景がにわかに信じられなかった。あの姿を見て一瞬たりとも怖気付かなかった者はいなかった。あの健吾さんでさえ息を飲んだくらいなのだから。
しかし彼女は今も笑顔で僕のことを見つめている。実はちゃんと見ていなかったのではないかと、そう思いたくなるほどに異常だと感じてしまう。ありのままの僕の姿を何の疑問も抱かないまま受け入れる、そんな少女の存在に僕は完全に意識を奪われてしまっていた。
「……」
「あ、あの、紅さんっ」
「っ……みんなはここで待ってて。僕は行ってくるから」
松原さんの声で現実に戻された僕は、今も地上で呻く人たちを助けるために動き出そうとしていた。ビルの下ではレジェンドルガの力によって変貌したファンガイアと黒服を着た人間たちが、こちらを見上げて呻いている。そしてそこから離れた場所に一体……蜘蛛のようなレジェンドルガが力なくそこに立ち尽くしていた。アレを撃破しない限りはあの人たちは解放されない。そのために僕は戦地に降り立とうとしていた。
「えっ、行くってあそこに? というよりあなたは……?」
「僕は……近所に住むヴァイオリニストかな。じゃっ」
「待っ……えええっ!?」
彼女たちに少し格好を付けて告げると、僕はビルから地上に向けて飛び降りていった。まあ当然そんなこと目の前でされたら叫んじゃうよね。近付いてくる地面を視界に収めながら、背中から聞こえてくる悲鳴のような叫び声に少しながらの罪悪感を抱いていた。
しかしこの直後、またも僕の想像を超える出来事が起こったのだ。
「待って! あたしも!」
「ってこころ!?」
「え……あ、えええええっ!?(いや何してるんだあの人!?)」
気配がしたので視線を上げると、なんと先程の不思議な少女が僕の後を追ってビルから飛び降りているのが目に入った……っていやいやいやいや! 何やってるんだ本当に!? まさか僕の真似して着地しようとしているのか!? 頭どうかしてるんじゃないのか!?
「ちょ……よっとぉ!」
しかしどう見ても彼女は普通の人間だ。五階建ての低いビルとは言えどう運良く見積もっても重傷、最悪死ぬことも考えられる。そんな光景を見て見ぬふりは出来ず、僕は着地する寸前の彼女の下に入り込むと、背中と白い膝の裏に腕を回してお姫様の如く受け止めたのだった。
「わっ……やっぱりあなたも受け止めてくれるのね!」
「(ほ、本当に何なんだこの人は!?)ふざけてるんですか? なんであんなとこから飛び降りようとしたんですか?」
まるで僕が受け止めることを予期していたかのような言い草に少しだけカチンときてしまい、言の葉を尖らせて彼女に問い詰める。それでも彼女は悪びれる素振りも見せず、さも当然であるかのように僕に言い放っていた。
「? あなたはやったのにあたしはやっちゃいけないの? あたし、こういうの何度かやったことあるわよ?」
「あ、あなた本当に人間ですよね……?」
「ええそうよ。あなたは違うのかしら?」
「っ、それは……」
僕のファンガイアの姿を見てまだそんな質問が出来るのかと、しかしそんな言葉を投げかける気力も起きず、溜飲を下げられないまま無言を返した。何なんだこの人は、そんな疑問と感想ばかりが先程からずっと僕の頭の中を埋め尽くしていた。
こんなタイプの人間は初めてだ。自分の中の世界や価値観に疑問を持たず、それでいて目に映るあらゆるものに興味を持ち知ろうとする。僕の正体を見ても全く怖気付かなかったりと、ここまでの規格外な人間と出会ったのは初めてだった。
「ォァァ──」
「っ」
腕の中に抱き抱える少女に気を取られ過ぎて忘れていたが、今の自分は戦場の中にいることを変貌した黒服の呻き声によってようやく思い出した。少女をゆっくり地面に下ろし、彼女の何か言いたげな視線を無視して一歩前に踏み出す。この調子じゃ僕が変身してもまた突撃してくる可能性が高いが、その時は悪いがジャコーダーで縛り付けさせてもらおう。
「サ──」
そして僕が姿を変えるため、サガークの名を呼ぼうとした時だった。
『オーラオラァッ!』
「ゥグァッ!?」
僕の前に一歩飛び出たファンガイアに向かって、キバットが飛び込んできて体当たりをかましたのだ。突然降り注いだ金色の光にやはりと言うか、少女は興奮を抑えられない様子で叫んでいた。
「今度は金色の蝙蝠さんね!」
「キバット。ってことは……」
しかしキバットが来るということは、つまりそう言うことなのだろう。新たに感じた気配の先に目を向けると、そこにはこちらに向かって駆けてくる紅色の少女の姿があった。
長い紅色の髪の毛を靡かせる長身の彼女──愛音は走りながらキバットを掴み取り、その手に彼の牙を咬みつかせて変化の言葉を告げていた。
「変身っ」
愛音の宣告と同時に、彼女の身体は紅の鎧に包まれる。そしてキバへの変身を果たした愛音はその場から跳躍すると、僕たちと異形たちの間に割り込むように着地した。やはり当然の如く僕の横の少女は困惑よりも興奮が優っており、黄金のキバの鎧に負けないほどの眩しい眼差しをキバの背中に送っていた。
「すごいわ! 女の子がさっきとは違う赤色の人に変身したわ! とっても大きな目の人ねっ」
「愛音……」
「ここは私に任せて……兄さん、なんだか大変そうだし……」
「……お願いします」
少女の言動から即座に僕の状況を読み取った愛音が静かに呟いていた。できる妹を持てて鼻が高いよ僕は。正直僕一人ではレジェンドルガ相手に戦いながらここまで興奮した少女を守りきるのは骨だと感じていたところだ。そのため愛音には申し訳ないが、僕が少女の相手をしている間にキバが対処してくれるのは非常にありがたかった。
「任された……ハッ!」
「わっ!? ねぇ、アレは誰なの? あなたのお友達?」
「……キバ。僕の妹が変身している姿だよ」
「キバ! 素敵な名前だわあなたの妹!」
「いや、妹の名前は愛音で、変身した後の名前がキバで……」
「? そうなの? どっちで呼べばいいのかしら?」
「……今はキバで」
僕の意図を汲み取ったキバは、対峙する軍勢の中へと駆け出した。その間に、僕は質問を投げ掛けてくる少女に対して可能な限りの答えを返していた。正直彼女に対して敬語で話すのが妙に疲れるので、悪いが砕けた口調で話させてもらう。が、この少女なかなかに手強い。一つ一つの質問に答えるだけで異様な程に疲れてくる。説明のタイミングも悪いのだが、どうもこの少女にとってお預けを食らうのは我慢ならないようで、即回答が催促されていた。もう目が語ってるもの「今すぐ教えて」って……。
「それじゃあ、今キバは何しに走り出したの?」
「何しにって、戦うためだよ」
「戦う……?」
興味深そうな表情から一転、今度は不思議そうな顔を浮かべる少女。「戦う」というワードに疑問を感じているようだが、僕に言わせればこの状況で戦うと逃げる以外の選択肢は無いように思えるのだが……。とりあえずは「黒服の人たちを元に戻すため」と説明を加えるが、それでも少女の顔からは理解の色は見えなかった。
因みに戦うと言っても全てと戦うわけではない。キバが向かっていく先は当然レジェンドルガだ。アレさえ叩けば後は自然とその呪いも解除される。意識を奪われ無理に戦わされている人たち相手に力を振るう必要は無いのだ。しかし……。
「ググゥ!」
「っ、ふっ!」
レジェンドルガの眷属と化したファンガイアがキバの前に立ちはだかり、糸の塊のようなものを頭部に張り付いた蜘蛛からキバに向けて発射された。キバは上体を下げて上手く初撃を躱すが、異形は更に攻撃を続けながらキバに近付いていく。そう、いくらこちらに戦う意志が無くともレジェンドルガには関係ない。操れるもの全てを動員してこちらを排除しにくるのだから。
「グゥ──」
「ガゥァ──」
「ァア──」
「ち……ハァ!」
レジェンドルガを守るように立ちはだかる眷属たちが、立ち往生するキバに向けて襲いかかった。レジェンドルガ化が進んでいるのか、黒服たちの変化した蜘蛛のような脚は更に鋭利さを増しており、地に立てるだけでアスファルトに亀裂が走るほどまでになっていた。だがそれに対して無防備にやられる程愛音は大人しくはない。
「ちょっとごめん……フッ!」
「ゥグ……」
「ハァ!」
「ゥガッ……」
数名の黒服の鳩尾や首根っこに素早く拳や手刀を入れ、キバは空いた隙間から再びレジェンドルガに向けて走り出す。その先に待ち構える眷属化したファンガイアに対しても、彼女は同じように拳で黙らせようとしていた。
「少し我慢して……ダァッ!」
「ッ! ゥグオオ!」
「ぐッ!? っ……コイツ普通に強い……」
しかし殊の外その異形の力は強かったようで、キバの拳を片手で掴むとそのまま腕を振るって放り投げていた。何とか着地を決めるキバだが、レジェンドルガとの距離が更に空いたこと、そして予想以上に手強い傀儡がいることで彼女の声に若干の焦りが見て取れた。レジェンドルガ化する場合にも素質というものが存在するようで、どうやらアレは厄介にも元々の力が強力なファンガイアのようだ。
これは愛音一人には荷が重いかと、そう思ってサガークを呼び出すために一歩前に踏み出そうとした時であった。
「どうしてみんな戦っているの?」
「え?」
この状況を見てもまだ分からないと言うのか。黒服たちを助けるために戦うということは伝えたはずだ。それをもう忘れたというのか。彼女が何を考えているか分からないが、それならばもう一度答えてやろうと口を開こうとした時、彼女は先に言葉を投げ掛けていた。
「分からないわ。誰かを助けるのって楽しいことよね。どうして戦うの? 人助けって、誰かが痛くなることなの? そんなの全然楽しくないわ」
「……」
違う。分からないんじゃない。理解できないのだ。
誰かを助けるために、戦い傷付け合うということが。
誰かを助け出せたとしても、その過程で誰かが傷付くことに彼女は一切の納得がないのだ。操られたファンガイアや黒服のことも、そしてあのレジェンドルガについても、彼女は傷付いて欲しくないと思っているのだ。
「世界にはもっと笑顔になれることがあるのに、これじゃあ誰も笑えないわ」
「それは……」
そんな彼女の世界に気付いた僕は、即座に彼女に言い返せなくなっていた。彼女にとっての世界とは楽しいことで溢れているものなのだ。誰もが笑顔になれる優しい世界を彼女は信じている。だから彼女は暴力というものに何の理解も示すことが出来なかった。戦うという手段を選ばなくとも、世界が素晴らしくなることを疑っていないからだ。
「……そうだね。君は間違っていないと思う。誰かを助けるのに、他の誰かが傷付くのは僕だって嫌だ」
そして僕も、そんな彼女の世界が間違っているとは言えなかった。言いたくはなかった。
誰かが傷付くのが嫌なのは僕だって同じだ。
それが誰かを助けるためであったとしても。
たとえそれが倒すべき敵であったとしても……。
「でも、僕は今までそれ以外で解決出来たことがないんだ。戦う以外で、その……君の言う笑顔を守ることが」
「そうかしら? みんなが楽しいと思えることをやれば、そうしたらみんな笑顔になれるんじゃないかしら? あなただって世界中のみんなが笑えれば素晴らしいと思うでしょ?」
「みんなが、楽しいと思えること……」
世の中を知らなさすぎる戯言だ、綺麗事だと切り捨てるのは簡単だ。誰もが楽しいと思えるものなんてこの世に存在するのかも怪しい。現実を知らないで理想を語る者は、単なる夢想家になってしまう。
「……ふふっ。確かに、なんかいいね、それ」
しかし何故だろうか。そんな彼女の言葉を僕はとても尊いもののように感じていたのだ。
世界はそう簡単にはできていない。思想や価値観は人それぞれで、分かり合えない人たちばかりだ。ファンガイアのキングとして、今の掟に逆らった者を処刑したり、或いは悲観して自ら命を絶つ者を見たりしている分、分かり合えることの難しさを思い知らされていたはずだった。
でも、もし……もしもっと平和的な結末を願ってもいいのなら……僕は彼女の言う理想の世界がいいと思うのだ。
誰もが笑顔になれる、優しい世界が。
僕の差が心の底で本当に求めている景色を、彼女は本気で目指している。それが嬉しくて、そして心強くて、力が湧いてくるような気にさせられる。
本当の僕を見ても笑顔で受け入れた彼女に、僕はいつしかそんな黄金に輝く希望のようなものを感じていた。
「……僕は紅麗牙。君は?」
「あたしは弦巻こころよ! そして世界を笑顔にするのが、あたしたち『ハロー、ハッピーワールド!』の目的よ!」
「ああ、君が……」
彼女の告げた言葉でようやく全てが繋がった。病院でライブを行ったという、松原さんがいるバンド。世界中を笑顔で満たそうとするそのバンドを作ったのが彼女なのだ。そんな絵空事を本気で実現させようとしていることも話には聞いていたけれど……目の前の少女がその子だと知って合点がいっていた。予想以上の大物だったけれどね。
「こころちゃんの言う通り世界を笑顔で満たせられれば、きっと僕たちも戦うことは無くなるんだろうね」
彼女の理想は僕も好ましいと感じている。とは言え現実は厳しい。現に今、黒服たちの異変を元に戻すにはあのレジェンドルガを倒すしか方法はないのだから。或いは、レジェンドルガを説得して解呪させるかだが、話を聞く気のないあの様子では難しいだろう。
『
「わっ! 夜になったわ! 見てあれ! なんて大きなお月様なの!」
そしていつしか黒服たちの群れをようやく抜け出したキバが跳躍し、その右脚の鎖を解き放っていた。三日月が浮かぶ夜空に飛び上がり、その直後、立ち尽くすだけのレジェンドルガに急降下していた。
「ハァァァァァァッ!」
僕もキバもそれを確信した時だった。
「──」
レジェンドルガの身体を、キバの身体がすり抜けていったのだ。
「なっ!?」
「まさか……!」
同時にレジェンドルガの姿が完全に景色に溶けて消えていき、キバと僕の驚愕に満ちた声が辺りにこだましていた。そして僕もその現象について最悪の予測を導き出していた。
妙に動かないとは思っていたが、奴は僕が来た時点で既にここから離脱していたのだ。今まで僕たちが見ていたのはレジェンドルガの幻。ご丁寧にハッキリと魔皇力も感じさせる本物そっくりの幻だったわけだ。
「(やられた! これじゃああの人たちを元に戻せない……っ)」
レジェンドルガ化した人たちを元に戻すにはその根源たるレジェンドルガを撃破するしかない。しかしその元凶たるレジェンドルガが既にこの戦場から姿を消しているのだ。マズい、これはかなりマズい! 早くさっきの奴を見つけないと大変なことになる。
「(とりあえずアゲハに連絡を──)っ!?」
「グァァ……」
端末に手を伸ばそうとした時、いつの間にか距離の離れていたこころちゃんに向かって変貌した黒服が迫り、その鋭い脚を振りかざそうするのが目に入った。僕はポケットに伸ばしかけた手を止め、すぐさまその場から飛び出してこころちゃんと黒服の間に入り込んだ。
「くっ……ハァァッ!」
「ゥグ──」
今更無駄だとは分かっていても悔しさを抑えきれず、そしてこころちゃんを守るためにも僕は右手にザンバットソードを召喚させ、襲いかかる黒服の頭部に張り付く蜘蛛を斬り裂いた。どうせすぐに再生されるだろうが、とりあえず怯ませることは出来るはず。その隙にここから彼女を連れて離脱しよう……そう考えていたのだが……。
「ァァ……ぅ……うう……」
なんと蜘蛛が黒服の身体から離れると同時に、彼女の身体が人間のそれに戻ったのだ。
「えっ……!?(なんで、こんな簡単に……??)」
目の前の光景が信じられず、剣を片手にその場に立ち尽くす。レジェンドルガ化された人を元に戻すにはその元凶を叩けばよかったはずだった。しかし今、頭に張り付いた蜘蛛を斬り落としただけで彼女は元の人間の姿に戻っているではないか。あまりに簡単に、呆気なく解決してしまったことに困惑し、疑念を抱かずにはいられない。しかしそれならばそれでやることはただ一つだけであった。
「(それなら……っ)愛音! 頭の蜘蛛を!」
「っ、うんっ」
『だったらコイツで一気に決めるぜ! バッシャーマグナム!』
キバットが吹くフエッスルからラッパのような音響が鳴り響き、その直後に空から翠玉の彫刻がキバに向かって飛来する。キバが右手でそれを掴んだ瞬間、彼女の右腕と胴体が鎖で覆われ、それが弾けるとそこには彫刻と同じ翠玉の鎧が姿を現していた。キバの瞳も同様に翠玉に変化し、バッシャーフォームへと変身した王の鎧がそこに顕現していた。
「まあ! 赤から緑に変わったわ!」
『バッシャーバイト!』
すぐさま
「ハッ!」
そして強烈に圧縮された水弾がキバの握る銃から撃ち出された。黒服の頭部目掛けて放たれたそれは、そのまま貫けば頭骨ごと粉砕しかねない恐ろしい威力を誇っている。しかしバッシャーフォームの放つこの弾丸は一直線に飛ぶ代物ではない。弾丸は空中で軌道を変えると、器用に黒服の頭部に張り付く蜘蛛だけを撃ち抜き破壊していたのだ。まるで生きているかのように自在に動く水の弾丸。これこそがバッシャー・アクアトルネード──キバの定める標的だけに向けてどこまでも追いかける自動追尾弾の真髄である。
「ゥ──」
「ァ──」
「ッグ──」
龍の如くうねりを打ちながら飛び交う水の弾丸は次々と的確に頭の蜘蛛のみを撃ち抜いていく。そして、ファンガイアに残った最後の一匹を撃ち抜いたところで弾丸は大気に消えていった。
いつしか戦場には平静が戻り、操られていた全ての者が元の姿に戻って倒れていた。
「……やけに簡単に解除できた」
僕と同じ疑問を抱きながらも、とりあえずは脅威が去ったことを確信したキバは変身を解除して愛音の姿に戻っていた。本体を倒したわけでもないのに皆を元に戻すことが出来たが、偶々そういう特性のレジェンドルガだったということなのだろうか? これまでとは勝手の違う異形に戸惑いを隠せないが、とりあえずは皆が無事のため良しとしておこう。倒れてはいるが、ここにいる誰もが安定していることはその身体に宿るライフエナジーからも分かっていた。
「(後は逃げたレジェンドルガを追うだけか)……? って、ははっ……やっぱり来ちゃうんだ」
ちょうどその時、戦場から解放されたこの地に駆けつけてくる足音があった。先程別れたはずの友希那さんに、それに追付いする健吾さんたちだ。よくもまあ付いてこようと思ったものだと思うが、やはり知っている顔を見ると落ち着くものだと、嫌に疲れた溜め息を吐きながら僕は彼女たちの元へと歩いていくのだった。