『奏でられる音もさることながら、未だ再現不可能な材質や構造、現存するのが約六百挺という希少性からも価値が付けられていますよね』
『よく知ってるじゃねーか。およそ三百年に渡って過去から現代受け継がれてきた、いろんな音楽家の魂と歴史が詰まった名器だ。君は聞き分けられるかなぁ?』
すっかり日も暮れ、既に空っぽになったCiRCLEのスタジオから私は去ろうとしていた。今日のRoseliaの練習では皆の成長も確実に感じられたし、私たちの目標であるFWFにも着実に近づいている実感が湧いていた。そんな有意義な時間であったはずなのに、しかし私の心は晴々しいとは言えなかった。いつからか胸が嫌に焼けるような気分がし、練習中も心のどこかにしこりのようなものは残っていたのだ。それを忘れるようにして力の限り歌い、結果として誰も私の胸にかかる暗雲に気付くことはなかった……リサを除いて。
『友希那、どうしたの? もしかしてどこか調子悪い?』
『っ』
自分でも思い過ごしかと思えるほどの小さな心の機敏も、この世話焼きな幼馴染みにはお見通しだった。驚きで僅かに息を飲む私を心配そうに見つめながら、リサは私に寄り添おうとしていた。
『麗牙たちと別れてからだよね。なんか友希那、ちょっと気分悪そうだったし』
『(そんなことまで分かるのね……)大丈夫よ。リサが心配するほどのことじゃないわ』
『え? でも──』
『少し、残って練習するわ。だからリサ、みんなと先に帰ってて』
心優しい彼女はいつだって私のことを想ってくれる。そんな彼女の包容力につい甘えそうになるが、しかし私の今のこの感情はリサに明かす気にはなれなかった。自分の中で解決させたいという気持ちがあったが、それ以上にこんな嫌な気持ちを彼女に見せたくなかったという思いもあった。ガールズバンド間に不和を生じかねない、こんな独りよがりな気持ちを……。
「はぁ……」
そんな鬱蒼とした気分を振り払うためにも練習後に一人CiRCLEに残り、今まで一心に歌い続けていたけど、それでも歌い終わった後にはモヤモヤが蘇ってきて私の心を包み込もうとしていた。それどころか音楽に向き合えば向き合うほど、小さかった心のしこりは肥大化していく。結局のところ、私は自分の中の納得いかない気持ちに整理が付かないまま帰路に着こうとしていた。
しかしその時だった。
「……あ」
「っ……麗牙?」
暗闇の中から外灯に入り込んできたのは、放課後に別れた麗牙の顔であった。最後に見た時と比べて随分と疲れたような顔をしているが、やはり弦巻さんの家……というよりハロハピとの交流には流石の麗牙も疲労せざるを得ないのね、と一人内心でほくそ笑んでいた。
ああ、でも何なのだろうか。彼の顔を見た途端、胸の内の嫌な気分が晴れていくような感覚がした。不思議なこともあるものだと思うが、彼の周りでは不思議なことばかりなのだから今更なのだろう。
「どうしたのよ。Roseliaの練習ならとっくに終わってるわよ」
こんな時間にわざわざ一人でCiRCLEに来る理由なんて大体想像が付くけれど、一応は聞いてみることにした。
「あぁ、ははっ。もしかしたらまだいるかなって」
「私だけよ……悪かったわね、燐子じゃなくて」
「い、いえっ、そんなことっ」
きっと疲れたから燐子の顔を見て元気でも貰おうとしたのだろう。しかし残念ながらいるのは私だけだ。そんな皮肉を言うと麗牙は「友希那さんと会えて僕は嬉しいです」と全力で否定してくるが、きっとそれもお世辞だろう。彼が言うと本当に思えてくるし嬉しくなってしまうのだから尚タチが悪いのだが。
「それで、随分と疲れてるようだけど?」
「あ、あはは……それはもう」
「そう……少し、座って話しましょう」
「え? あ、はい……?」
燐子じゃない私の顔を見ただけで彼の疲れが取れるとは思えないが、話すことでスッキリすることもあるだろう。そう思った私はすぐ近くのベンチに座り、隣に彼を招いていた。言っておくが、弦巻さんになし崩し的に招待された彼に同情をしているだけで他意はない。過度なストレスは音楽家にとっては敵だから、それを取り除けたらと思っただけだ。そんなことで彼が音楽ができなくなるのは私にとっても耐えられないことだから……。
「弦巻さんたちにはどこまで話したの?」
「うーん……キバのこと、ファンガイアのこと、その他の魔族のこと、僕がファンガイアの王様であること、キャッスルドランのこと……」
「つまりほとんど全て?」
「いや、流石に出せない情報は出してないよ」
そもそもの事の発端は弦巻さんがキバの姿を見たことから始まったそうだ。黄金に輝き空を舞うキバの姿を求めて、彼女がハロハピ全員で街を散策した結果、運悪くファンガイアやレジェンドルガと遭遇し、そして運良くキバと出会うことになったと。
「一つ聞くけど麗牙、その黄金のキバってどう言うものなの? 私は見たこと無いのだけど」
昔、お父さんが話してくれた昔話に登場した黄金の姿のキバ。燐子やキバーラからも麗牙がその姿に変身できることを知った私は、その詳細を知りたいと思いつつも今まで機会が巡ってこずにいた。しかしようやく訪れたこの機会を逃すことは出来ず、私は彼の話を聞く立場でありながら彼に質問を投げ掛けていた。
「黄金のキバは、ファンガイアの王が身に纏うために製造された第三の鎧のことです」
「第三? その前に二つの鎧があるというの?」
「はい。一つ前が闇のキバ。そして、最初に造られたのが運命の鎧──サガです」
「サガ……」
闇のキバと言うのは以前に健吾からも聞いたことがある。お父さんが語ってくれた血のような赤と黒のキバ。それが麗牙たちの言う「闇のキバ」なのだろう。しかし「サガ」と言う名前は初めて聞く。キバ以外にもファンガイアの王が纏う鎧があるのだと今日初めて知ることとなった。
「今は僕がサガの鎧を所持しています。彼と一緒にね」
『◆я$⊿Θν⌘』
「っ、これって前にもあなたの家で……」
「はい。彼はサガーク。人工的に造られたゴーレムだけど、僕とは意思疎通できるんです。彼がいることで、僕はサガの鎧を身に纏って変身するんです」
そう言えばと、以前に麗牙の家で目にした白い円盤のような物体を思い出す。確かあの時はキバットを家に置いてこのサガークと呼ばれる円盤と共に出て行っていた。だから何かの理由でキバットが使えない時にサガークで変身するのだと勝手に推測していたところで、私はとあることに気が付いた。
「あら? 麗牙、キバットはどうしたの? 今日は一緒じゃないの?」
「ああ、言ってませんでしたっけ。キバットとは今は愛音と共に行動してます。だから、今キバに変身しているのは愛音なんですよ。こころちゃんが見た黄金のキバも」
「愛音が……キバ?」
彼の予想外の返答に驚いてしまう。何よりも、あのいつも眠そうな目をしている愛音があのキバに変身して戦うという光景が全く想像が付かず、愛音には悪いが少し疑いたくなっているところだ。しかし、私が来る直前までキバとして変身して戦っていたのも愛音であるようで、そのために弦巻さんも彼女を自宅に招いていたのだという。そうは言われても、やはりあの愛音が戦うなんて、と思わずにはいられなかった。
「……そうね、質問は以上よ。あなたの話を続けて……っくしゅん!」
だがとりあえず自分からの質問はこのくらいにした方がいいだろう。そう思って麗牙の身に起きた話に耳を傾けようとした時、夜風に当てられて肌に寒気が走り、ふとくしゃみが出てしまっていた。春とは言え夜はまだ冷えるものだと、ろくに防寒していない自分の迂闊さに情けなくなる。彼に恥ずかしい姿を見られたと思った、しかしその時であった。
「ごめんなさい、続けて──」
「友希那さん。これ着てください」
「──っえ?」
麗牙は自分の制服の上着を脱ぐと、私に上から着せようとしてきたのだ。突然の彼の行動に面食らって反応が遅れたために、すんなりと彼によって肩から上着がかけられていた。肩から背中にかけてほんのりと感じる彼の温もりにどこか安堵を覚えながらも、しかし少し緊張を感じる自分がそこにいた。
「……悪いわよ、こんなの」
「いいですから。友希那さんに風邪なんて引いてほしくないですし」
「それはこっちも同じよ……でも……ありがとう」
むしろ麗牙が風邪を引いてしまわないかと心配になるも、頑なに返されようとしない麗牙に根負けして結局はその温もりに身を任せることを選んだ。
いや、温もりだけじゃない。僅かだが、彼の匂いも残っている。彼の音楽と同じように、包まれるだけで私の心も落ち着くような彼の優しい匂いが……。
「ああそうだ。話の続きですけど──」
弦巻さんの家で魔族について何を話したかの続きを麗牙は語るが、正直中々頭に入っては来なかった。ファンガイアの王として一族を纏めていることや、愛音がハーフであること、復活したレジェンドルガのことや私のような一部の人間が狙われていることなど……そのどの説明の間でも彼女たちは騒がしくしていたと彼の表情からも分かるが、彼の言葉の一つ一つまでは鮮明に記憶に残っていない。
「(何故かしら……妙に心地良いわ……)」
原因は私の身体を温める彼の上着のためだ。異性の服を身に纏って気が散っているわけではなく、むしろ逆で気持ちが落ち着きすぎていたのだ。彼の音楽に包まれているような心地良さに、そのまま意識を持っていかれそうになっていた。
「あ、それと途中で黒服さんに呼び出されて──」
その途中で画面越しに弦巻家の当主と話をしたなんて凄いことを語っていた気がするけれど、やはり具体的なことまでは覚えていない。娘を助けたことを感謝されたとか、狙われている花女の燐子たちにも目を向けて欲しいと頼んだとか、そんなことを言っていた気がするがやはりどこか夢心地の自分にははっきりと記憶できていない。
「それで──……友希那さん? 眠そうですけれど、もう帰りましょうか?」
「っ! ……いえ、大丈夫よ。話を続けて……」
しかしその時、意識が半分飛びかけていたことを見抜かれて即座に意識を現実に戻す。彼の話を聞くと言いながらそれを放棄しかけていた自分が情けなくなるが、もう同じことはしまいと今度こそ気を入れ直して彼の話に耳を傾けていた。
「え? は、はい……あ、友希那さんもハロハピの皆さんとは交流あるんですよね?」
「ええ。共にライブをしたこともあるし、ある程度の人物像は分かるわ」
「よかった。でも、ハロハピのみんなって本当に不思議ですよね。すっごく漠然とした目標を語るのにとても希望が感じられて、僕までそんな気にさせられると言うか──」
ハロハピのことをとても眩しいようなものに感じたと語る麗牙の顔は、それはもう楽しそうに見えた。世界には人間以外にも数多の魔族がいることを知った弦巻さんは、案の定「みんな笑顔になって仲良くなりましょう」なんて根拠もないのに自信満々に言ったそうだ。そして、そんな理想を麗牙は無下にできなかった。麗牙自身がそれを夢見ていたからだ。
「人間もファンガイアも他の魔族も、みんなが楽しく笑い合えるような世界にするって、こころちゃん自信に満ち溢れた顔で言うんだ。ふふっ、思い出しただけでも笑っちゃいますよね」
弦巻さんの言葉を思い出してほくそ笑む麗牙だが、それは嘲笑ではなくて心から楽しそうに笑う愉快な笑顔だった。弦巻さんの語る「世界を笑顔にする」という目標は、麗牙と出会ったことでもはや人間だけの括りには収まらなくなっている。世界中の魔族も含めて、皆が笑える世界にするのだと決意を新たにしていたのだろう。
そんな彼女の語る目標は麗牙にとっての理想でもあった。人間とファンガイアの共存を完全なものにしたいと願う麗牙にとっては、同じくらい壮大な理想を求める少女との出会いは衝撃であったはずだ。そして同時に勇気付けられたことだろう。自分の目指すものが、独りよがりな夢物語でないことの証明にもなったのだから。
「でも、確かにそれはいいわね」
「友希那さんもそう思ってくれますか?」
「ええ。もし実現できたら、あなたは自分の正体を隠す必要はなくなる。自分のありのままの音楽を奏でられるもの」
彼の音楽は元よりレベルの高いものであったが、燐子との関係が改善されたことでより鮮明に彼らの心の様を現すものへと変化していた。そして披露されたのが「Supernova」……彼らにとっての一つの到達点とも呼べるこの曲を前に、私は自分の中に既に抱いていた思いに確信を得ていたのだ。彼の音楽の才能は本物だ。他人が違うと言っても、自分だけはそうだと言い切れるものを彼は持っている。そんな思いをより強くしていた。
しかしそれでも、そんな彼の音楽すらまだ本当の姿でないことをキャッスルドランでの演奏で知ってしまった。あそこで披露されたライブこそが、麗牙の本当の音だと気付いてしまった。正体を隠しているという彼の無意識の罪悪感に気付いてしまった。
だからこそ、その才能の全てを開放させた一糸纏わぬ本当の音楽。私はそんな麗牙の音楽を聴いてみたいと心から思っていたのだ。
「向こうで音楽の話はしなかったの?」
「もちろんしましたよ。一緒にライブできたら素晴らしいって、こころちゃんも言ってくれましたし。ただ今回は何も決められなかったけど、いつかハロハピとも共にライブはしたいです」
「そうね……あなたたちの驚く顔が少し楽しみだわ」
未だハロハピのライブを目の当たりにしたことがない麗牙だが、あの奇想天外なステージを見た時、彼がどんな反応をするのか楽しみにしている自分がいた。でも、きっと素直に感心して喜ぶのだろうと、この音楽が好きな青年を見て容易に想像できてしまう。
「それとヴァイオリニストだってことで、みんなの前で何曲か演奏してきたんです」
またも嬉しそうにそう語る麗牙。屋敷の人たちがどこからかヴァイオリンを持ってきて、麗牙がその音楽を皆に披露することになったそうだ。
「ハロハピのみんなはもちろん、実は扉の向こう側で黒服さんたちもみんな聴いていたんですよ。僕は気配で分かりましたけど」
「あなたの音楽だもの。そうでしょうね」
彼女たちよりも先に彼の音を知った身として、その才能に圧倒される様子を想像して内心得意げになっていた。しかもハロハピの皆や屋敷の人間が麗牙の正体を知っている分、彼は何も隠すことない本当の音楽を奏でられたはずだ。そして、それはとても気持ちよかったのだと彼の満足げな表情からも読み取れた。
「(あれ? もしかして麗牙、苦労を共有してスッキリさせたいからじゃなくて、嬉しくて誰かに話したかったんじゃ……?)」
弦巻さんたちに熱心に絡まれて疲れたのは確かだろうが、それ以上に嬉しくもあったのだろう。自分の理想に近い目標を本気で掲げる少女たちと出会い、自らの本当の音を奏でることもできて、心から楽しくなっていたのだ。正にハロハピの言葉通り、彼女たちは麗牙を笑顔にしたのだと今更ながら理解できていた。
「音がもう本当に良くて、それで後から聞いたらストラディバリウスだって。ははっ、もう笑うしかないですよ。よくそんな凄い楽器を客人に貸せるなって」
「スト……え、何?」
「あー……ストラディバリウスは昔の凄いヴァイオリン技師が作り上げた名器たちの総称です。一挺数億円はくだらないですね」
「数億って……」
流石は弦巻家。それ程の高価な楽器を所有して尚且つ他人に貸与できる程の余裕まであるとは……いえ、恐らく相手が麗牙だから貸したのでしょうね。天才ヴァイオリニストとしてある程度知られている彼にならば、信頼してそのストラなんとかを託すことができたのだろうと一人納得していた。
「友希那さんにも聴かせてあげたかったです。あの芯の底から響き渡る重厚で繊細な調べを」
「そうね、確かに残念だわ」
盛大に自分の好きな音楽に触れられて楽しそうにする麗牙。そんな彼を隣でただ見ているのも、全然悪い気はしなかった。きっと彼は音楽があってこそ輝く人物なのだろう。音楽のことを話す彼を見ているとそう思わずにはいられなかった。
「それじゃあ、その後はずっと音楽の話で盛り上がったのね」
きっと弦巻さんたちも彼の音楽を直に聴いて、その卓越した才に感動したに違いない。同じバンドの道を進むする者として、彼の音に何も感じないなんてあるはずがないもの。だから彼女たちも私たちと同じように、麗牙たちと音楽の話題で話に花を咲かせていたのだと思っていた。
そう信じていた。
しかし……。
「いやぁ……あはは、それがまたすぐにキバの話に戻っちゃうんですけどね」
「え……?」
麗牙のその言葉が受け入れられず、私は目を見開いて彼を見つめる。そんな私の言いたいことが伝わったのか分からないが、麗牙は苦笑しながら優しく話していた。
「いや仕方ないと思いますよ。彼女たちにとっての僕は音楽家である前に、ちょっと周りとは違う特別な人ですから」
「っ……(どうしてよ……)」
その話を聞いて、形を潜めていたはずの胸の内のモヤモヤが再び胎動を始めていた。そして先程の光景を思い出す。麗牙が弦巻さんや奥沢さんと話していた時に感じた言い知れない不快感も。
「分からないわ……」
「え?」
彼女たちハロハピも、RoseliaとTETRA-FANGの合同ライブを観に来ていた。そして麗牙の音を──音楽家としての彼の才能を直に味わっていた筈だった。それなのに今日の彼女たちの話を聞く限り、そんな彼の音楽の才は彼自身の特異性によって塗り潰されていた。キバや魔族といった話の前では、彼が音楽家という事実は薄れてしまっていたのだ。それが私には理解できなかった。
「あなたの音楽の才能は自身の出生や特異性なんかに塗り潰されるものじゃない……」
「友希那さん……?」
「みんな、あなたの才能を十分に理解していないわ……」
分からない……どうして彼の音楽を聴いておきながら他のことに関心を寄せるのか。彼を音楽家としてではなく特殊な人として見るのか。彼女たちの、まるで彼が音楽を奏でようが奏でまいが関係無いと言わんばかりの態度に苛立ちを隠しきれなかったのだ。彼の音楽の才能、彼の実力が別のもので潰されるような予感がして、心穏やかにはしていられなかった。
「友希那さんは、やっぱり他の人とは違いますね」
「え?」
しかしそんな私の内心とは対照的に、彼は穏やかに笑うと私に語りかけてきた。何が違うのかと疑問の声を上げる私に向けて、麗牙は朗らかな笑みを見せながらその理由を教えてくれた。
「だって、友希那さんはずっと僕の音楽だけを見てくれているんですから」
「……」
そんな彼の指摘に、私は少しだけ冷静に自分を見つめることができた。彼の音楽だけを見ている……その通りかも知れない。そもそも彼は音楽家やファンガイア以前に、紅麗牙という個人でしかない。だから彼の本質を語るならば、彼に付随した才能や異端ではなく彼自身を見なければいけないはずなのだ。しかし私は彼の音楽だけを見ていた……見つめていたいと無意識に願っていた。自分の見たいものを見ようとするという意味では、私は自分が苛立ちを覚えた相手と同じなのかも知れない。
そのため、麗牙の優しそうな笑顔が自分に対するショックを隠しているものなのだと一瞬思ってしまった。
「……嫌だったかしら?」
「いいえ、嬉しいです。友希那さんにとって、僕はファンガイアでも人間でもなくて一人の音楽家なんだって、そう言ってもらえた気がしたから」
「……そう思っているわ、私は」
しかし、彼は私の彼を見る目を的確に解釈してくれた。故に私も彼の言葉に肯定して素直に気持ちを伝えていた。彼の生まれが何であろうと、そこに才能のある音楽家がいることには違いない。私はずっと……そう、彼の音楽を初めて聴いた時からずっと、私は彼の音楽に惹かれてしまっていたのだ。
「(麗牙。あなたはあの人と同じ……)」
一人の音楽家に対してこんなに惹かれるのは人生で二度目だった。だからこそ、私は彼の才能を守りたいと思っていた。
「麗牙、あなたはあなたの音楽を奏で続けて。他の誰にも変えられることなく、強い意志で自分の音楽を貫き通して」
「当然、そのつもりですけど……友希那さん、何かあったんですよね?」
「……あなたになら、そろそろ話してもいいかも知れないわね」
私は過去に、この世で最も好きだった音楽家が廃れていく様を目の前で見てしまった。今の自分の人格を作り出したと言っても過言でないその出来事は、未だに私の心に苦い現実として残り続けていた。
だから彼には同じようになって欲しくなかった。彼の才能を正当な目で見てほしい。ファンガイアがどうという理由で彼の音楽を奪われたくない。そんな想いから、私は彼に初めて自分の過去を明かそうとした。
私の過去……いえ、私の父の過去を……。
♬〜♬〜
「「っ!?」」
しかしその時、私たちの耳に警鐘のようなおどろおどろしいヴァイオリンの音が聴こえてきた。麗牙の家に静かに飾られているはずの、ブラッディ・ローズの旋律が。
人の心に流れる音楽を守れと謳う、薔薇の調べが……。