ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『麗牙の才能について静かに語る友希那。その想いは彼の才能を理解しない者への苛立ちすら生み出していた』

『しかし麗牙さんの音楽を気に入るにしても、友希那さんちょっと熱入り過ぎてませんかねぇキバット兄ィ』

『口は災いの元。余計なことは言わない方がいいんだぜタッちゃん』


第125話 弦巻邸での戦い

 星空が輝く夜空の下、弦巻家の敷地内ではそんな静かな空に似合わぬけたたましい警報が鳴り響いていた。屋敷からぞろぞろと飛び出していく黒服たちは一糸乱れぬ隊列を組み、その警報の原因たる目標へと……アラクネレジェンドルガとそれが作り出した異形の群れへと進んでいた。ただし今回のアラクネの軍団は自身の能力によって変化させたレジェンドルガの傀儡ではなく、剣と盾を両手に持つ骸骨の兵士であった。

 

「急げ! 陣を崩すな!」

 

 アラクネによって盛大に破壊され塀から波のように大量の骸骨の兵士が押し寄せてくる。敷地内に二重三重にも築かれた防衛網は既に突破され、犠牲者は出ていないものの異形たちと屋敷までの距離はあと僅かとなっていた。

 しかし、それでも侵攻開始当初よりも異形の数は減少しており、弦巻家の防衛線の優秀さを物語っていた。そしてこれ以上は侵攻させまいと黒服たちはライフルやファンガイアバスターを携え、迎撃の陣をとった状態で発砲の指示を待って構えていた。

 

「撃て!」

 

「ガゴ──」

「ゥガ──」

「ギィァ──」

 

 指揮をとる黒服の指示と共に攻撃が開始され、魔族に有効なライフル弾や銀の矢が一斉に放たれた。雨のように降り注ぐ弾丸に耐え切れず、隊列の前方を歩く骸骨兵の身体は砕け散っていく。しかしその後方からは耐えず続く骸骨の群れが押し寄せ、アラクネも彼らの攻撃には意も介さず速度を落とすことなく歩き続ける。

 

「目標の速度変わらず!」

 

「構うな! こちらも隊列を入れ替えろ!」

 

 自分たちの武器が尽きるのが先か、異形の群れが朽ち果てるのが先か、それが分かる者はここにはいない。それでも彼女たちは諦めることなく、より効果的にダメージを与えられる陣形へと変えながら戦いを続けていた。必ずここで食い止めるという意思を彼女たちは抱いていた。この先には自分たちの守るべきものがあるからだ。

 

「決してこの先には進ませるな!」

 

 仕事である。雇われた身である。されど、この屋敷に住まう太陽の如く笑う少女を守りたいと誰もが思っていた。単なる忠誠心だけではない。側で見ていく中で、こころという少女に希望を見た者たちは愛しさにも似た感情を抱いていた。主従を越えた想い……ファンガイアの王家で見受けられるそれと同じだけの想いを、彼女たちは抱いていたのだ。

 

「(最悪全滅しても、お嬢様の逃げる時間だけでも!)」

 

 そう考えるのは一人だけではない。敵の勢いに変化を感じられなくとも、誰一人一歩として引くことのない強固な軍団がここに形成されていた。そして大きく変化はしないが、一体一体着実に異形の数は減っていたのだ。

 

 これならば耐え凌げる。最悪自分たちが力尽きようとも、青空の会の戦士が来るまでは足止めできる。先の見えない戦いの先に希望の光が見えたその時であった。

 

「っ、どうしたっ。お嬢様は──」

 

 指揮をとる黒服の無線イヤホンに別部隊からの連絡が入った。それは弦巻邸内にてこころの保護、及び逃亡の命を受けた班からのものであった。主の離脱に成功したのかと期待を抱きかけたが、その希望は次の言葉にして一瞬にして砕け散ることになる。

 

「なっ!? い、いない!?」

 

「っ!?」

「なっ」

「お嬢様が!?」

 

 屋敷の何処を探してもこころの姿は見当たらないと、無線向こう側から狼狽えた声が聞こえ、それを受け取った黒服も動揺を隠し切れず声に出してしまっていた。更に守るべき少女が屋敷にいないという事実は波のように黒服たちの周りに広がり、誰もが動揺を抑えることができなくなっていた。

 

「か、監視カメラに何か映っているかもしれない。早く!」

 

「あ、あのっ、こころ様がいないというのは──」

 

「狼狽えるなっ。構えろっ」

 

 別班にこころの捜索を任せはしたが、それでも自分たちの背中に守る対象がいないという事実は彼女たちの胸に重くのしかかっていた。何故この時に限っていないのか。実はこちらの群が陽動で既に攫われてしまったのではないのか。そんな最悪の予想が脳裏を過ぎり、黒服たちの組んだ陣形は脆く崩れ始めていた。

 

「フンッ──」

 

「っがぁ!?」

 

「っ、しまった!」

 

 皆の動揺が広がり攻撃が緩んだ隙を狙い、骸骨兵はその手に握る剣を黒服の隊列に向けて投合した。剣は防護盾の間を擦り抜け、反応が遅れた黒服の一人の腕を斬り付けた。構えたライフルを落として地面に倒れる者をその場から急いで退避させるが、その間にも異形の群れは勢いを落とすことなく迫ってくる。

 

「くっ……」

 

 現状は未だ敵の目的が何なのかすら分かっていない。仮にこころが狙いだとして、それが屋敷にいないことを敵は知っているのではないのか。ならば侵攻する目的は何なのか。全く言葉を話さないアラクネが教えてくれるはずもなく、黒服の中に焦りばかりが募っていく。

 それに例えこころが狙いでは無かったとしても、この非常事態に屋敷にいるはずの彼女がいないという事態に黒服たちは狼狽えていたのだ。そして焦りとは伝染するものである。何事にも動じない仕事人の面影は消えかけ、洗練され統率されていた攻撃の陣は機能を失い始めていた。

 

「っ、下がって陣形を立て直す! 急げ!」

 

 それでも、この場に自分のすべきことを放棄する者は誰一人としていなかった。どれほど悲観しようとも、絶望的な状況に立たされようとも、彼女たちはそこで使命を投げ出すようなことはしない。それがこの家に仕える者として彼女たちが持つプライドでもあった。何よりも、こころに仕える者たちが「できない」と自分で決めつけることを許さなかった。やろうと思えばできないことはない、それを実行し続けてきた少女を知る黒服たちだからこそ、自分たちがここで諦めることを許せなかったのだ。

 

 故に黒服たちは抗い続ける。

 

 自分たちが仕える少女のように、どこかに希望はあるはずだと信じて……。

 

 そして……。

 

 

「……っ」

 

 

 進軍していた異形の群れが突如として足を止めた。警戒と様子見のために一時的に撃ち方を止めた時、黒服たちにも異形たちが足を止めた理由が分かった。

 夜空に鳴り響くけたたましいエンジンの音。

 どんどん大きくなっていくその音は、異形の群れの後方からは聞こえてきていた。そして、高台から応戦していた黒服の一人がその音の正体を目にしていた。

 

「っ、あれは……?」

 

 異形たちが踏み荒らした弦巻邸の庭園の跡をなぞるように、凄まじい速度で近付いてくる一台のバイク。青と白に彩られた、青空の如く晴れやかなマシン──イクサリオン。青空の戦士にのみ搭乗を許された正義の戦獅子であった。

 しかし、そこに跨るのは一人だけではなかった。後部シートにもう一人、運転手の腰に腕を回す華奢な身体付きの影。身体つきから女性と思われるその人が被るヘルメットからは紅色の長髪がはみ出し、風によって赤い尾のように靡いていた。

 

「ゥグゥ──」

「ゥア──」

 

 赤い尾を靡かせる戦獅子は異形たちの群れの真ん中に飛び込み、骸骨兵を押し除けて一気に最前列を突破して黒服たちの前に現れた。突然現れたイクサリオンに息を飲む黒服たちの前で鉄馬は停止し、跨っていた二人はヘルメットを外して異形たちに向けて素顔を晒していた。

 

「むぅ……やっぱ健吾の背中はビミョい……」

 

「喧しいわ。後で兄貴の背中にでも抱きついとき」

 

 戦獅子の操り手は健吾、同乗者は愛音であった。愛音がここに駆けつけるまでに偶然健吾と合流し、ここまで乗せてもらってきたのである。自分にとっての理想の背中でないことに不平を漏らし、健吾も軽口で対応しながらも、二人は目の前の軍勢から目を逸らすことはなかった。

 

「青空の……?」

 

「そっ、後は俺らに任しときっ」

 

R・E・A・D・Y(レディ)

 

「健吾に汚された……後で兄さんで上書きしないと……キバット」

 

『へいへーい。あんまり兄貴困らせるなよ〜。ガブッ!』

 

 黒服たちに明るく応えた健吾は自身の生体認証を読み込ませたイクサナックルを天に掲げ、愛音も天高く掲げた腕にキバットを咬みつかせる。

 

 異なる二つの警鐘が暗闇に響き、そして二人は変化の言葉を唱えた。

 

「変身!」

 

「変身」

 

F・I・S・T(フィスト) O・N(オン)

 

 今ここに、汚れなき白き戦士と紅き王の鎧が顕現した。

 

 更に──

 

R・I・S・I・N・G(ライジング)

 

『ビュンビューン! いつでもあなたのお側に。変身!』

 

 イクサの純白の装甲がパージされ、白き騎士は青空の如く澄んだ空色の戦士──ライジングイクサへと進化する。同時に魔皇竜タツロットがキバの元に降り立ち、その(カテナ)を解き放ってキバを黄金の姿に──エンペラーフォームへと進化させた。

 

「ハッ!」

 

「ふっ!」

 

 変身を完了させた青空と黄金の二人の戦士は、それぞれの手に武器を持って異形の群れへと駆け出した。イクサライザーの弾丸でこじ開けた軍勢の穴に飛び込んだイクサは、もう片方の手に握るイクサカリバーで次々と骸骨兵を無に返していく。高く跳躍して軍勢のど真ん中に降り立ったキバは、タツロットの口から引き抜いたザンバットソードを奮い、圧倒的な力で敵を砕いていく。力強く、また華麗なる二つの剣劇を前に骸骨兵たちはあれよという間に次々と砕かれていった。

 

「……はっ。今のうちに怪我人を下がらせろ! 残った人員で陣形を立て直す!」

 

 現れた増援に一瞬意識を奪われていた黒服たちもすぐに行動を起こしていた。キバとイクサという一騎当千の豪傑が二人も参戦したことで、戦局は自分たちに向いている。更に敵の目も完全に彼らに集中して、黒服たちの存在は意識から削がれていた。その機を逃す彼女たちではなかった。即座に立て直した攻撃の陣でライフルをやファンガイアバスターを構え、一斉に射撃を再開したのだ。

 

「撃て!」

 

「ァガァ──」

「ゴァ──」

「ギイィ──」

 

 二人の戦士の対応で手一杯な骸骨兵を向けて銃撃の雨が降り注ぐ。

 キバとイクサ、そして弦巻家の三方向からの攻撃によって異形たちの勢いは完全に止まっていた。しかし敵の動き自体を止めるには骸骨兵を倒すだけでは終わらない。司令塔たるアラクネを倒さないことにはこの侵攻は終わらないのだから。

 

「今度は逃がさない……ハァ!」

 

「……!」

 

「っ!? 何これキモ……」

 

 静かに屋敷に向けて歩こうとするアラクネを見つけ、キバは跳び上がりザンバットで斬りかかる。しかしアラクネはその身体から拳大サイズの蜘蛛を大量に生み出すと、自身に近付けまいとキバに襲い掛からせた。

 大量に蠢く蜘蛛を見て背筋が凍るような思いがするが、それを別としても雪崩れるように押し寄せる蜘蛛の群れのせいでキバはアラクネに近付けないでいた。ザンバットで何匹斬ろうが次々と押し寄せてくる蜘蛛。これでは前の戦闘と同じだと仮面の奥で愛音は目を細めるが、しかし同時にここにいるアラクネが本物であることを確信してキバの剣を握る手にも力が入っていた。

 以前逃げられた時のアラクネは、自分が相見えた時には既に幻であった。だからこそ自身は表立った行動はせずにただ立つだけであったのだ。そして今回、このような明らかな攻撃手段を行うということは即ち、目の前のアラクネが本体であることの証明であった。

 それと同時に、今まで進軍の中で見せなかった手段に出たことが異形が追い込まれたことの証明にもなっていた。

 

「(こうなったらアレを使うか)」

 

 目の前のアラクネは本物。ならば確実にここで倒すしかない。蜘蛛と骸骨の群れが邪魔でザンバットの刃が届かない中で、しかしキバにはまだ手は残されていた。後はその機を見つけるだけであったその時、事態が動くことになる。

 

「あそこを崩せ!」

 

 キバとイクサの乱入によって異形の群れがそれぞれに向かっていったこと。更に黒服たちの応戦によって層が薄くなった場所に銃撃が加えられ、着実に異形が倒されていったこと。これらが重なったことにより、異形の群れを完全に二分化させることに成功していたのだ。そしてそれは、今のキバにとってはこれ以上ない好機となっていた。

 

「(チャンスっ)健吾!」

 

「っ、おう!」

 

 イクサもまたキバと同じ考えに辿り着いており、彼女の呼び声一つですべきことを理解し応じていた。異形に囲まれていたキバとイクサはその場から跳躍すると二つの軍勢の間に立ち、そして背中合わせの状態を作ってそれぞれの軍勢に相対していた。

 

「いい具合に纏まってくれたな。サンキューな黒服のねーちゃんたち! じゃあこれで終いや!」

 

 イクサは黒服たちに感謝の意を告げ、イクサライザーから引き抜いたフエッスルをベルトに装填し、ナックルを押し込んでその極意を発動させる。

 

「こっちも……」

 

 キバは左腕に止まるタツロットのホーントリガーを引き、やがてタツロットの背中のインペリアルスロットは翠玉の魔海銃の紋章を浮かび上がらせていた。

 

『バッシャーフィーバー!』

 

 タツロットの宣告と共に彼はキバの左腕から飛翔し、キバの手に握られた魔海銃バッシャーマグナムの銃口に自ら尾から入り込む。

 互いに背中合わせになった状態でキバはバッシャーマグナムを、イクサはイクサライザーを構えて、それぞれ突撃してくる異形の群れへ銃口を向けていた。

 

 バッシャーマグナムの銃口には大気中の分子から変換された大量の水が集まり、巨大な渦を作り上げていた。イクサライザーの銃口には高出力のエネルギーが限界まで充填され、暴発寸前にまでその眩いまでのエネルギーを溜め込んでいた。

 

 そして──

 

 

「ハァァァァァッ!」

 

「オルァァァァッ!!」

 

 

 キバの必殺技──エンペラーアクアトルネード、そしてイクサのファイナルライジングブラストが同時に放たれた。

 

 イクサの放つ高出力のエネルギー波は瞬く間に異形の群れを飲み込み、骸骨兵は跡形も残さず灰塵に帰していた。

 そしてキバの放つ水の波動は太い渦を起こしながら一直線に進んでいくが、その渦の中心で作り出される超重力に周囲の骸骨や蜘蛛は尽く吸い込まれ、抵抗する間も無くバラバラにされていった。

 

「……!」

 

 やがて全てを飲み込みながら直進する水の波動はアラクネをも飲み込んだ。その身体は強烈な水の圧力によって完全に潰され、アラクネは断末魔を上げることなく大きな水飛沫と共に完全に消失したのだった。

 

 

 

 

「ふぅ……終わった」

 

「やっとか。えらい骨やったな」

 

「骸骨だけに? 寒……無いわ」

 

「うっさいわ、たまたまや」

 

 全ての異形を倒したことを確認したキバとイクサは共に変身を解除し、軽く息をつきながら黒服たちの元へと歩いていった。

 

「大丈夫か? 遅くなって悪かったな」

 

「はぁ……失礼ですが、あなたは青空の会の? まだ高校生くらいのようにお見受けしますが」

 

 一旦の状況が終了し、次の行動へと移る黒服たち。その中で後始末を任された者たちへと健吾は声をかけていた。青空の会と繋がりのある弦巻家ならば青空の会のことも把握していて然るべきだが、まさかそこに所属する戦士が高校生だとは思いも寄らなかったようで、黒服は健吾の容姿に疑問を投げ掛けていた。

 

「高校生で間違いないで。こっちの愛音もな」

 

「よっす……」

 

「お嬢様より話は伺っています。紅愛音様ですね」

 

「おお……健吾よりも有名人……どやぁ」

 

「いやどんな張り合い方やねん……」

 

「……どやぁ!」

 

「うっざいなもう」

 

 こころの客人として持て成されていた愛音については、招待されてからまだそれほど時間は経っていないが既に全ての黒服が知るところとされていた。健吾よりも認知されていることに若干の優越感に浸り、したり顔を健吾向ける愛音。大方の問題が片付いたと見越した余裕のある表情だったが、直後の黒服からの質問で健吾もろともその顔を硬らせることとなる。

 

「お楽しみのところ申し訳ございませんが、お二方はお嬢様の居場所についてご存知ですか?」

 

「え?」

 

「待った……こころ……いないの?」

 

「……はい」

 

 愛音と健吾は互いに見合わせ、そして察したのだった。まだ終わっていないと。間違いなくレジェンドルガは倒した。しかしこころを巡る陰謀は、自分たちの知らぬところで静かに進行しているのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 夜の闇に閉ざされて人気の無い路地の一角に、黒服たちが探し続けるこころはいた。しかしその目にはいつもの太陽の如く光り輝く宝石は宿っておらず、光の通らない濁った瞳を浮かばせていた。

 

 そんな彼女はまるで幽霊のようにゆらゆらと力無く歩き、やがて一人の影の元へと辿り着いていた。

 

 

「やあこころちゃん。約束通りまた会えたね……」

 

 

 数刻前にこころが手を取ったファンガイアである男は野獣のような眼光を光らせ、下劣な笑みを浮かべながら少女を見つめ続けていた。




次回、ボーカルでヴァイオリニストな彼は

「第126話 運命の鎧:Roots of the King」

ご期待ください。

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