ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『みなさ〜ん。ベッコウバチって知ってますか? なんとあのタランチュラをも襲ってしまう巨大な蜂のことなんですって』

『バードイーター(タランチュラ)を狩るタランチュラホーク(ベッコウバチ)……なんつーややこしい名前してるんだコイツら!』


第126話 運命の鎧:Roots of the King

 目から輝きを失い、自分でない他人の意思によって足を進ませるこころ。その行き先に待ち構えている男は、自身が仕組んだことでありながら予定通り少女が来たことに興奮を隠しきれなかった。

 

「そんな君の目も僕は好きだよ」

 

「……」

 

 男が初めてこころを見たのは先日のことである。偶然街中でライブをするハロハピの姿を目撃し、その中心にいる眩く輝く少女を見つけたのだ。男の視線はすぐにこころに釘付けとなっていた。いつもどんな時も輝き続けるこころの瞳は煌びやかで、決して消えることのない希望を宿していたのだから。長年を生きてきた男はそれを見ただけでこころという少女の人物像をおおよそ掴んでいた。この人間の希望は滅多なことでは消えることはないのだろう。絶望、悲観、そんな感情とは無縁の世界にいる人物なのだと見抜いていた。そして、自分がファンガイアであろうと何も恐れることなく接する人物であることも。

 

 故に男は一つの思いを抱いていた。

 

 

 ──この笑顔溢れる少女の絶望に満ちた表情が見てみたいと。

 

 

 純真で汚れのない少女が自分の劣情によって泣き喚く姿を、夢想するようになっていた。

 

「長かったよ。どれだけこの時を待ったか」

 

 しかしこころの周りには常に護衛の黒服たちが存在し、迂闊に彼女の前に出ることは出来なかった。単騎で突撃して無理矢理連れ攫えるかと問われれば、ほぼ確実に成功するが失敗する可能性もゼロではなかった。万が一失敗すれば彼女の警護はより強固なものとなり、青空の会が自分のことを血眼になって探し出そうとするだろう。最悪の場合はチェックメイトフォーの目に止まる可能性もあり、それだけはなんとしても避けたかった

 

 そのため男は、アラクネを使い捨てることにしたのだ。

 

「あれもいい泣き声だったけどなぁ……ああ勿体ない」

 

 男の有する洗脳能力はレジェンドルガさえも操る程の強力な魔術であった。元々強力な力を持つファンガイアであった男は、自分を眷属化させようと襲ってきたアラクネをなんと返り討ちにし、逆に自身の能力で操って奴隷にしていたのだ。その上、男の嗜虐心と劣情はアラクネに対してまで湧き上がり、男はアラクネの身体を隅から隅まで味わい尽くしたのだ。時には意識のみを解放させて、その心が壊れるまで……。

 

 そんな男の次の獲物がこころであった。

 

 アラクネは最初から男の手先であり、男はレジェンドルガに襲われる被害者をこころの目の前で演じてみせたのである。アラクネの出した蜘蛛は取り憑いたものの身体を操るがそれは一時的なものに過ぎない。その気になれば男も抵抗は容易にできるものであったが、自分が操られては元も子もないため、アラクネには敢えて簡単に解呪できる力で自身の姿を変えさせていたのだ。

 結果、どこからどう見てもレジェンドルガによって被害を被った哀れなファンガイアにしか見えない構図が出来上がっていた。この状況でならばこころをそのまま連れ去っても目的は達成できるし、例え青空の会かチェックメイトフォーの乱入があったとしても自分は被害者の体を装うことができる。キバが現れることは少々予想外であったが、それでも自分は被害者だとその場にいる者全員に印象付けさせることができたはずだ。そしてあの優しい少女ならば、自分のことを心配もしてくれるだろうということまで考えていた。

 そして男の思惑通り、あの場でこころに直接触れることができた時点で彼の勝ちは決まった。こころが男の手を握った瞬間、彼はこころに魔術をかけていたのだ。アラクネに施したものと同じ、いつでも自在に対象を操り人形に変えてしまう呪いを。

 

 後は再びアラクネと彼女が持つ骸骨兵を動かして弦巻邸に侵攻させ、その隙にこころを操ってここまで歩かせたのだ。そしてその全ての罪はアラクネが背負うであろう。レジェンドルガが人間を攫っているという話は当然男の耳にも届いており、それを利用しない手はなかった。

 だから、アラクネがこころを攫った、或いは襲撃の隙に別のレジェンドルガが連れ去った。そんな筋書きになるだろうと踏んでいたのだ。

 

「ふふ、君はどんな声で泣くのかな……」

 

 予想以上に首尾良く進んだことに笑いが込み上げてくるが、男のこうした行為はこれが初めてではない。

 

 こころ以前にも、彼は同じような笑顔を振りまく少女たちを幾人も食ってきた。人間だけでなくファンガイアも、更にはウルフェンやマーメイド、ホビット……多くの魔族の少女がこの男によって食いものにされてきたのだ。

 そしてこれまで犯行は一度も明るみになってはいない。襲われた種族も、時間も、場所、手口も全てが出鱈目。種族の違いを気にしない笑顔の眩しい少女が被害者……共通点はそれだけである。その共通点だけでこの男に辿り着くのはほぼ不可能であった。

 

「じゃあそろそろ本当の君と……」

 

 男はこころの身体の自由を奪ったまま、彼女の意識だけ洗脳から解こうとしていた。洗脳されたままではつまらない。自分の純潔が汚される嫌悪と恐怖に泣き叫ぶ姿を想像し、男の鼻息は更に荒くなる。純真無垢な少女、それも種族の垣根を越えようとする優しい者たちの顔が絶望に歪む様をこの男は何よりの嗜好としていた。それだけが男の目的であったのだ。

 

 しかし……。

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

 

 

 男が洗脳を解除しようとした瞬間、こころの身体に紅いロープのようなものが巻き付いた。それに男が驚いて反応が遅れた次の瞬間、ロープに手繰り寄せられるようにしてこころは闇の中を飛んでいったのだ。

 

「だ、誰だ!」

 

 誰かがこころを奪い去ったと理解して男は叫んだ。手の込んだ仕込みをしてようやく手に入れかけた純真な少女を目の前で奪われ、怒りで頭がどうにかなりそうになっていた。やがて男の怒声が響いた闇の中から、静かな声色が返ってきていた。

 

「何をしようとしたんですか……」

 

「え……?」

 

 闇に響く静かな声。しかしその声には計り知れぬ怒りの感情が込められていることに男は気付いた。

 

「あんなに優しくて、貴方のことも思ってくれたこころちゃんに……今何をしようとしたんですか……」

 

「お、お前は……」

 

 闇の中からゆっくり姿を現したのは、その両腕でしっかりとこころを抱き抱えた麗牙であった。急に腹部を締められたことによりこころは酸欠を起こして気を失っていたが、それはこの先の展開を彼女に見せるつもりはない麗牙によるものであった。

 

「いえ、いいです。やっぱり言わなくて結構です。嫌でも聴こえてくるんですから……貴方の耳障りな音楽が」

 

「っ!?」

 

 暗闇の中でも関わらず紅に光る麗牙の瞳を見た男は、理由も分からず身体を震わせていた。地獄の業火の如く燃え盛る赤色と、直に心臓を突き刺さされるような鋭い視線は、生物としての本能的な恐怖心を炙り出すには十分過ぎる程の威圧感を秘めていた。

 

「っ……(な、なんだコイツ……)」

 

 目の前の赤毛の少年の名前を男は知らない。キバの近くにいたことは知っているが、彼自身はまるで戦う素振りを見せなかった。男にとっての麗牙それだけの印象しかなかったのだ。もし彼がこころたちを助け出す瞬間をしっかり目にできていれば、そして彼の握る剣をよく見てさえいれば、すぐその答えに辿り着けたことだろうが……。

 

「……僕も最初はこころちゃんの家に向かおうとしました。けど、そこを襲っているのがレジェンドルガと知ったから、こころちゃんを探してここまで後を付けさせてもらいました」

 

「な、なんでお前……」

 

 現場を押さえられた今、無理に隠し通すことは無理だと判断した男は麗牙に問うていた。何故弦巻家にレジェンドルガが向かっただけでおかしいと判断されたのか。麗牙は静かな声色を崩すとなく、淡々と、平静を保って言葉を紡いでいった。

 

「レジェンドルガは人間を攫っている。貴方はそれを利用した。でも、それは魔皇力を持つ人間だけなんです。だからおかしいと思ったんですよ……こころちゃんにはレジェンドルガに狙われるような魔皇力は無いのに」

 

「っ……」

 

 こころの身体には魔皇力は宿っていない。即ちレジェンドルガに正面切って狙われる理由が存在しないのだ。自分の知らない真実を突きつけられ、男の表情が一瞬で固まる。

 

 それでも麗牙は言葉を紡ぐのを止めなかった。

 

 止めればその瞬間、自身の身体の底から溢れ出る激情で狂ってしまいそうであったから……。

 

「すごいと思いますよ。僕があんなに近くにいたのに全然気が付きませんでした……」

 

「え……?」

 

 男の持つ力はファンガイアとしては非常に強力なものであり、チェックメイトフォーに追随する可能性すら秘めていた。目の前に麗牙がいようとも全く気付かれずこころに魔術を施したくらいだ。その残酷が本性たる耳障りな音楽も、男を信じていた麗牙には聴こえることはなかった。いや、信じていたからこそ聴こうとしなかったのだ。

 

「レジェンドルガを操るファンガイアなんて初めてです……それだけの力があるなら他に幾らでも使いようがあったはずなのに……」

 

 使い方さえ間違えなければ男は多くの人のために役立ったかもしれない。他者のために使役できることができれば、多くの笑顔を守ることに繋がったかもしれない。しかし現実は、自分自身のために多くの笑顔を踏みにじってきた。そして今も一人の少女の心を己の欲望で滅茶苦茶に壊そうとしていた。

 

「こころちゃんは……ファンガイアも人間も関係なく笑顔にするって楽しそうに笑ってました。僕たち魔族のことも自分たちと変わりない世界の住人だって言ってくれました。そんな彼女を貴方は……っ」

 

 こころの想いを踏みにじろうとした男を前に麗牙は怒りで震えていた。腕の中にこころがいなければ握り拳から血を流すほど力を込めていたであろう。闇の中にも溶けることのない麗牙の怒りの形相を目にした男は、まるで蛇に睨ませたように動けなくなっていた。

 

「っ……麗牙」

 

 その時、彼の後方から現れた友希那も背中越しに麗牙の怒りを感じ取っていた。表情を見なくとも、背中から溢れる彼の想いが彼女にも伝わっていたのだ。初めて感じる麗牙の怒りを前に、友希那は静かに息を飲むばかりであった。

 

「友希那さん……こころちゃんを頼みます」

 

「わ、分かったわ……」

 

 友希那に自分の顔を見せないように気を配りながら、麗牙は友希那にこころを預けた。今この顔を彼女に見せるわけにはいかない。その時はきっと、正体を晒した時のように再び彼女を怖がらせることになると麗牙は確信していたからだ。

 託された友希那はこころを支えきれずその場に座らせることになっていたが、それで構わないと麗牙は友希那たちから離れて男に近付いて行った。

 

「もう貴方と……お前と話すことはない」

 

「お前は、な、何だ……!」

 

「……」

 

 目に浮かぶ激情の色とは裏腹に、感情を匂わせない声で冷たく告げる麗牙。身に走る怖気に耐えられず、男はファンガイアとしての姿を現して麗牙に問い質していた。そんな異形の質問に答える代わりに麗牙は更に数歩に歩み寄る。

 

 そして左手の甲を異形に向けてかざし、宣告した。

 

 

 

 

「王の判決を言い渡す──」

 

 

 

 

 彼の手に浮かび上がる紋章こそが全ての証であった。

 

 

 そこに刻まれしは王の紋章。

 

 

 薔薇から生まれしキングの駒。

 

 

 圧倒的な支配の称号。

 

 

 そして手を裏返し、冷たい声で麗牙は──キングは告げた。

 

 

「──死だ」

 

 

 掌にも浮かび上がる同じ刻印を見せつけ、男に冷酷なる判決がくだされた。

 

 

「キ、キング……っ」

 

 

 目の前にいるの男がファンガイアのキングであると、ようやく知るところとなった異形の声は引きつっていた。キバの側にいたことからチェックメイトフォーに関する者だと予想していたが、まさかキング本人だとは思いもしなかった。人間との共存を目指しているとは聞いていたが、まさか人間の少女たちとまるで友達のように接するあの優男が自分たちの王であるとは夢にも思わなかったのだ。

 

「サガーク」

 

『Ψ∂я⊿Σэ♯з』

 

 麗牙の呼び声に呼応し、暗闇の中から白い円盤が麗牙に向けて飛んできた。それはかつてのファンガイア族が作り上げた人造ゴーレム──サガーク。回転しながら古代ファンガイア語を話して飛来したサガークはそのまま麗牙の腹部に触れ、その瞬間にサガークから麗牙の腰回りにかけて帯が出現し、やがて自身をバックルとするベルトが形成されていた。

 

 ♪〜♪〜

 

 警鐘のような甲高い鐘の音が闇に響き渡る。

 

 不気味に響き渡る旋律は様々な感情を持つようであった。

 

 断罪の執行を待つまでの秒読みのようにも。

 

 闇の王の誕生を祝福する福音のようにも。

 

 そしてその音は、麗牙の告げる言霊と共に解放された。

 

 

 

 

「変身」

 

 

 

 

 腹部のサガークに取り出した白色の笛──ジャコーダーを差し込んで直ぐに引き抜いた瞬間、サガークの盤面──マンダテーブルが回転を始め、サガークの宣告が闇に響く。

 

 

Henshin(ヘンシン)

 

 

 同時に麗牙の身体は薄い銀幕に覆われることになる。

 

 そして、誰が息をしたかも分からぬ刹那の後……。

 

 銀色のベールは弾け飛び、白銀の鎧が顕現していた。

 

「アレは……?」

 

 初めて見るキバでない鎧を前に友希那の口から息が漏れる。

 

 それはまるで闇に浮かぶ白き教会であった。

 

 中世西洋の建築様式を踏襲したような高貴で堅牢な外装。

 

 胸に煌めくは幻想的なステンドグラス状のアーマーと漆黒の魔皇石。

 

 手足に蛇の如く絡みつく(カテナ)

 

 額に輝く紅色の魔皇石と、反逆者の心を見透かす青き複眼。

 

 それは身に纏う全てが、敵対者の希望を奪う至高の鎧。

 

 闇の一族の主にのみ受け継がれてきた運命の鎧──その名はサガ。

 

 

 ──即ち、仮面ライダーサガ。

 

 

 一族の安寧を守るため闇から闇へ歩き続ける吸血王の名である。

 

「くっ!」

 

 異形──タランチュラホークは戦う意思を見せることなく、すぐさまサガに背を向けて駆け出した。顕現した運命の鎧を目の当たりにして本能的に感じ取ったのだ。「この場にいれば命はない」と。迫りくる死から逃れたいと生を求めて異形は逃走を試みたのだ。

 

「……」

 

 しかしキングに狙われたが最後、生存への希望は消え失せる。サガの降臨は牙を剥く反逆者の絶望の始まりを意味していたのだから。

 

「はっ!」

 

「ッグゥ!?」

 

 サガに背を向けたその時、異形の身体に赤く光る鞭のようなものが巻きついた。サガの手に握られたジャコーダーから伸びた赤い刀身──バイパートングを鞭状に変化させたそれは、強く異形の身体を締め付けて放さなかった。

 

「ふっ」

 

「ゥオオァア!?」

 

 濁り締めたジャコーダービュートを引っ張り、サガは縛り付けた異形を自分の元へ引き寄せる。凄まじい勢いでサガの元に飛んできた異形は、直後サガの振り下された足によって地面に叩き付けられた。

 

「フンッ!」

 

「ガハァッ!?」

 

「っ……フッ! ハァッ!」

 

「ギッ!? ガァ!?」

 

 異形が起き上がる前にサガは異形を掴んで無理矢理立たせ、蹴りの応酬を浴びせていた。手に待つジャコーダーは剣の形へと姿を変えていたが、サガ──麗牙は黄金のキバである時と変わらないまま己の脚のみで敵を圧倒していた。

 

「ふっ、ハァァッ!」

 

「ゥグオオォォッ!?」

 

 最後にジャコーダーロッドの赤い刃によって突きが入れられ、異形の身体は大きく吹き飛ばされる。立ち上がろうにも身体に蓄積されたダメージが大きすぎるため満足には動けず、恐怖から情けない声を上げながらサガに背を向けることしか考えることができなくなっていた。

 

「……」

 

 しかしそれでもサガが罪人を許すことはない。取り出した白いフエッスルをサガークにインサートさせたその時、サガークの断罪の宣告が闇にこだました。

 

 

Wake(ウエイク) Up(アップ)

 

 

 宣告と同時にジャコーダーロッドの束をサガークに差し込み、その細身の剣身に妖艶な光が集まっていく。

 

 直後、闇に包まれた景色を更なる紅い濃霧が包み込む。

 

 そして霧が晴れた時、月明かりの無かったはずの空には巨大な紅い満月が姿を現していた。

 

「なっ……!」

 

 更にサガが剣を振るって闇に覆われた天に向け切っ先を突き刺したその時、空一面に巨大なキバの紋章が浮かび上がったのだ。

 

「何が……」

 

 地上を見下ろすキバの紋章に圧倒される異形、そして友希那。全てが世の理から外れた空間の中では、誰もがこの先の未来を予測することはできなかった。

 

「ハァッ!」

 

「ッグォア゙ァッ!?」

 

 サガが突きを繰り出した次の瞬間、ジャコーダーから伸びた紅い剣は瞬く間にレーザーの如く射出され、異形の喉元を的確に貫いた。

 

「ァガ──ンア゙──ィァ──」

 

「ふっ!」

 

 喉を潰され息も声も満足に出せず激痛に喘ぐ異形。それに構うことなくサガは剣が敵を貫いたジャコーダーを握り締めたまま地を蹴り、天に輝くキバの紋章へと跳躍する。

 紋章を潜り、友希那が一瞬サガが見えなくなったと思った直後、サガは再び紋章から姿を現して地へと降り立っていった。

 

「ゥンァ──ァア゙──」

 

 地上に降り立ったサガが天から伸びたジャコーダーを引くと、同じくキバの紋章に伸びたそれに貫かれた異形の身体が地から浮かび上がる。

 

 てこの原理を利用して吊るしあげられるかのように首を引っ張られ、地上から離されていく異形。

 

 腕をじたばたと動かして首を貫く紅い刃を抜こうとするも、深く差し込まれた刃を抜くことはできず、また特殊合金ブラッディアイアンで造られた堅牢なそれを破壊することも敵わなかった。

 

 そして──

 

 

「フンッ!」

 

 

「ヴア゙ア゙ア゙ア゙ァア゙ッ!!」

 

 

 サガの持つジャコーダーから膨大なエネルギーが異形の身体に流し込まれ、それに耐えきれず異形はようやく上げることのできた断末魔と共に破片となって弾け飛んだ。

 

 スネーキングデスブレイク──罪人を永遠の死へと誘う必殺の仕置である。

 

「……」

 

 ゆっくりと舞い落ちるステンドグラスの破片を背後にしてサガは立ち上がる。

 

 そして夜空を彩る色とりどりの破片の中を、白き鎧を纏う王は静かに歩んでいくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あら?」

 

 こころを背負い、友希那と共に弦巻邸へと歩いていた麗牙。その最中、背中におぶられたこころが目を覚ましたことに気が付いた麗牙は彼女に訊ねていた。

 

「大丈夫? こころちゃん」

 

「? あたしどうして麗牙におんぶされているのかしら?」

 

「何も覚えてないの?」

 

「ええ、何も分からないわ。でもとっても不思議ね。目が覚めたら星空の下にいて、麗牙がおんぶしてくれているんだものっ」

 

 こころの証言から、洗脳されている間の記憶は一切残らせていないことを麗牙は悟った。彼女が部屋にいる時に男の魔術が発動してここまで連れてこられたため、こころは自分が何故ここにいるのかも分かっていなかったのだ。

 

「それで、友希那と一緒にあたしをどこに連れて行くの?」

 

「あはは、違うよ。今からこころちゃんの家に帰るところ」

 

「あたしの家……嬉しいわ! 麗牙またあたしの家に来てくれるのね。それに今度は友希那もいるわ!」

 

「悪いけど、私たちはあなたを送り届けたら帰るつもりよ。きっと屋敷の人たちもあなたのことを心配しているだろうから」

 

「心配?」

 

 先ほどまで自分の身に危険が迫っていたことなど知らないこころは、不思議そうに目の前の麗牙と友希那の横顔を交互に見やる。結局は大事にならなかったわけだから全てを話す必要もないだろうと麗牙は思っていたため、それ以上のことを話そうとはしなかった。自分が興味を持った人が自分を襲おうとしていたなんて、今の彼女に聞かせられる気分ではなかったのだ。

 

 しかし……。

 

 

「そうだわっ。確か部屋にいた時、今日会ったキラキラした男の人の声がしたの。麗牙は何か知ってる?」

 

 

「……さっき会ったよ。あの人は、帰るところに帰ったよ」

 

 意識を奪われる寸前、こころは男の声を聞いたと言う。そんな彼女にどう答えるか一瞬だけ考え、そして麗牙はただ真実だけを告げた。きっと彼女に嘘は通じないだろう。こころという人物を通じてそれを理解した麗牙は嘘を言わず、余計な真実を言うことなく押し通そうとした。

 

「だからあの人の代わりに言うよ。約束破ってゴメンって」

 

「……」

 

 そう告げられたこころは不思議そうにじっと麗牙の横顔を見つめていた。やはり彼女にはこの程度の誤魔化しは通用しないかと内心バツが悪くなりかけた麗牙であったが、直後のこころの言葉によってその歩みを止めることになった。

 

「麗牙って不思議ね。だって涙を流さないで泣くもの」

 

「え……」

 

 また一つ同族の命を奪うことになった麗牙。たとえそれがどれほどの悪人であろうと、彼ら一族の長としてそれを討つことに慣れることはない。そしていつだって彼は目に見えぬ涙を流していたのだ。そんな彼の心の慟哭を少女が見抜いたことに、麗牙は小さく息を飲んでいた。

 

「どこか痛いの? ファンガイアってみんな静かに泣くものなの?」

 

「……ふふっ、そんなことないよ。ありがとうこころちゃん。僕はもう大丈夫だから」

 

 麗牙を労わるようにこころは彼の紅色の髪を撫でる。人間やファンガイアなど関係なく優しい少女の姿を再び体験し、麗牙の心は先よりも落ち着いていた。悲しいだけであった彼の音楽も、今は僅かに歩度を上げていた。

 優しくて明るくて希望に満ち溢れた少女。こころにはこのまま変わらぬままでいて欲しい。そう強く願いながら、麗牙は再び夜の道を歩き始めるのであった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 ♪〜♬〜

 

 

 翌日。学校の帰りに立ち寄った公園で、僕は思うままに一人ヴァイオリンを弾き奏でていた。観客はいないが、僕が僕であるための本当の音楽を奏でようと思っていたのだ。

 

 僕はファンガイアだ。でも本当はそれを隠したくはない。皆にありのままの僕を受け入れて欲しい。

 

 そしていつか、世界を僕の音楽で包みたい。

 

 そんな想いに乗せた旋律は、透き通った空へと吸い込まれていくようだった。

 

 

 ♬〜〜||

 

 

 気持ちの良い音が最後に響き渡り、弓を弦から離してからも僕は少しの間余韻に浸っていた。しかしそんな時、小さな拍手が一人だけのはずの公園に湧き起こった。

 

「……友希那さん」

 

「いい音楽だったわ」

 

「……っはは、ありがとうございます」

 

 彼女から素直に拍手と称賛を贈られたことにやけにこそばゆくなり、照れながらお礼を返してしまう。珍しく力の抜けた自然な笑みをしている友希那さんを見ていると、本当に心から僕の音楽で喜んでくれているのだと分かり僕も嬉しくなっていた。

 

「もっと自分の音楽を信じて麗牙。あなたの音楽には皆を惹きつける力があるわ」

 

 今の演奏を聴いて確信したかのように硬い眼差しを僕に向けてくる友希那さんだが、ともすれば僕以上に僕の音楽を信頼しているようなところがあるかも知れない。何をもってそこまで僕の音を信じてくれるのかは分からないし、僕の音楽を真摯に受け止めてくれる彼女のことはとても好ましく感じている。だが、それでも至らなさを感じる時が多々あるのも事実だ。

 

「友希那さんにそう言ってもらえて嬉しいです。でも昨日友希那さんに言われた通り、僕の中には無意識に真実を隠しているっていう気持ちがあったんです。それにこころちゃんたちを見ていると、こんな僕が音楽で世界中の皆を魅了できるのかって少し気後れしちゃうんです」

 

 友希那さんに指摘された通り、僕が人前で奏でる音楽は全てを曝け出したものではない。皆に聞いてもらうために自分を人間と偽り、そうした後ろめたさがどこかに残った音楽であったと気付いてしまった。更には「音楽で世界を笑顔にする」と大真面目に語っていたハロハピと出会ったからだろうか。そんな僕の音楽で果たして世界を包み込むことができるのかと、少しだけ弱気になってしまったのだ。

 

「心配しなくても、あなたの音楽はそんな小さなものじゃないわ……ほら、あれを見て」

 

「えっ?」

 

 しかし友希那さんからかけられる力強い言葉と共に、僕は彼女の指差す方へと視線をやる。

 

 そこには……。

 

 

 

 

「ニャー」

 

 

 

 

 可愛らしく甲高い声で鳴く一匹の仔猫。逃げることなくつぶらな瞳を僕に向け続ける小さな命がそこにあったのだ。本能から僕を拒絶して逃げることなく、じっと僕のことを興味深そうに見つめている姿に僕自身も驚き、目を見開いて仔猫を凝視していた。

 

「あなたの本当の音楽はあの子にも届いている。だから、あの子はあなたから逃げたりはしないわよ」

 

「ミャー」

 

 まるで友希那さんの言葉に応えるかのように鳴き声を上げる仔猫は、更にこちらに歩み寄って僕を見つめ始めた。まるで、僕にもっと音楽を奏でて欲しいとねだっているかのように……。

 

「ねぇ、もっと聴かせて麗牙。あなたの音楽を。あの子にも……私にも」

 

「……はいっ」

 

 

 ♪〜♬〜

 

 

 友希那さんと、そして仔猫のリクエストに応えるように僕は再びヴァイオリンを構えると音を奏で始めた。

 

 優雅に、そして静かに辺りに溶け込んでいく僕の音──喜びの旋律。

 

 楽しい、誇らしい、嬉しいという僕の一糸纏わぬ本音を乗せた心の音楽。

 

 今そんな僕の音を聴いているのは、僕の本当の音楽に耳を傾けてくれる存在。逃げることなく僕の音楽に向かい合ってくれる存在。そう思うだけでとても勇気付けられるような気がしていたのだ。

 

 僕の音楽は種族を越えて届く。

 

 僕は僕のまま、ありのままの自分を届けてもいいのだと、不思議だけどそんな自信を持つことができたのだ。

 

 だから今の僕の音楽は輝いていたし、希望にも満ち溢れていた。

 

 この音楽を真摯に受け止めてくれる友希那さんに、もっと僕の音楽を届けたい……今はそう思うようになっていた。

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