『日本語では「
『しかしどちらも楽しい競技であることに変わりはない。どちらかが優れている、なんて論争は無意味だぜ』
後日、河川敷のグラウンドには地元のソフトボールチームのメンバーが集まっていたが、何故かハロハピの五人と愛音がその中に混ざっていた。見ての通りだが、これから行われる練習に参加するためにだ。
「なぁ麗牙、愛音ってソフトやったことないんやろ? 大丈夫なんか?」
「ハロハピも……北沢さん以外は聞いたことないですけど……大丈夫でしょうか……」
「……全然分かりません」
『大丈夫よ! 愛音のことだしきっとカッコよく決めてくれるわよ!』
「いや決めるも何もまだ練習一日目やって……」
僕と僕のせいで巻き込まれた燐子さん、彼女の護衛のキバーラと、そして野次馬根性で見に来た健吾さんは今は彼女たちの練習を見守っていた。北沢さん改めはぐみちゃんがソフトボールをやっているというのは聞いていたが、そうでない他五人は間違いなく素人だ。本当に大丈夫かどうかは僕も分からず答えることができなかった。
そもそもどうして彼女たちがソフトボールの練習に参加しているのか、その経緯から説明しなければならない。
はぐみちゃんたちの所属するソフトボールチーム──スカイスターズは次の練習試合が二週間後に迫っていた。その日のために監督や選手たちは当然予定を空けていたそうなのだが、なんと肝心の試合の日にちを間違えてしまっていたようなのだ。
情報伝達の際に何処かで齟齬が起きたのだろうか、実際は二週間後でなく一週間後に練習試合が行われることになっていた。選手はおろか監督すらその日には予定が既にあって行けないらしく、かなりの数のメンバーが練習試合当日に集まれない事態に陥っているという。
普通に考えればこのまま練習試合は流れることになるのだが、納得できない少女が一人いたのだ。それが先日ファンガイアに襲われているところを愛音が助け出した、あかりちゃんと言う少女だった。次の練習試合の相手のピッチャーからどうしても打ちたいという強い気持ちで練習を続けてきたのだが、こんな形で試合ができなくなることに彼女は大きくショックを受けていた。何とか来週の練習試合はやりたい。しかし試合に出られる人がいない。自分だけではどうしようもならない現実を前に、歯痒い思いに駆られていたという。
そこで立ち上がったのがハロハピだった……が、いやいやどうしてそうなった? 僕も一度その経緯を聞いたはずなのに、やはり彼女たちが代わりにソフトボールに出る理論が分からない……。いくら練習試合とは言え正式に所属していない彼女たちが試合に出るのはいいのか? 相手に対して失礼じゃないのか? などと色々思うところはあるが、このままハロハピが試合に出ることにチームのみんなも受け入れてくれているようなのだ。いや、すごいなみんなの包容力……。
そしてその頼みの矛先は愛音にも向かってきた。偶然……本当に偶然その話をしている時のハロハピと出会ってしまったのが彼女の運の尽きであった。事情を聞かされてからすごい勢いでこころちゃんに迫られて、なし崩し的に愛音もソフトボールに参加することになってしまったようなのだ。愛音曰く「断る方が後々面倒なことになりそうだった」とのことだが、こんなきっかけでもなければ愛音が外で運動するなんて絶対にないだろうし、僕としてはちょうどいいのではと正直思っていたりする。それに愛音も愛音で自分を慕ってくれているあかりちゃんの悲しそうな顔を見たくないようだし、なんだかんだお節介が働いて断れなくなったのだろう。
因みに先日の愛音の「ソフトボールは分かるか」という質問には無情にも「NO」と答えさせてもらった。野球なら少しは分かるが、正直僕にはソフトボールと野球の区別は付かない。そんなわけだから、健吾さんやキバーラがいることには大いに助かっているのだ。
「言うて俺も野球とソフトの違いの細かいところまで分からんかったから、ちょっと調べただけやで?」
「十分ですって。僕なんて野球の細かいルールとかもよく知りませんでしたし」
「わたしも……」
『私は当然バッチシよ。麗牙と燐子も、愛音やハロハピと一緒に学ぶことね』
流石キバット族と言ったところか、キバーラはソフトボールについてもしっかり知見がある。因みに僕たちはここに至るまでにも健吾さんとキバーラからある程度ソフトボールの知識を学んでおり、基礎知識や用語についてはそれなりに覚えたつもりだ。
グラウンドに集まる少女たちはいつしか準備運動が終わったのか、皆グローブを手にはめると二人一組でソフトボールを持ち、キャッチボールを始めていた。しかし奇数人のために一組だけ、愛音の組だけ三人でキャッチボールを始めていた。件のあかりちゃんと向かい合うようにして愛音と松原さんが横に並び、一対二の状況を作っていた。
「愛音たちの向かいのあの子があかりちゃん?」
「うん。こころちゃんたち、あの子のために病院でライブをやったんだって。本当にすごいですよ。音楽で彼女の心を救ったんですから」
ハロハピが病院で行ったライブの話については前から聞いてはいたが、先日までその理由については把握していなかった。今もグラウンドで楽しそうにボールを投げているあかりちゃん──彼女に笑顔を思い出させるためにこころちゃんたちはいろいろと試行錯誤を重ねたらしい。事故によって入院し、手術も成功して後はリハビリだけであったが、「自分は歩けない」と弱気になっていたあかりちゃん。そんな彼女を勇気付けるために、ハロハピは最終的には病院ライブに行き着いたそうだ。
その結果が今の楽しそうにボールを握る彼女だ。こころちゃんたちの音楽は一人の少女の心を救い出した。笑顔を忘れた少女にそれを思い出させ、立ち上がる勇気を与えたのだ。そして僕はそれを偉業と心得る。音楽によって誰かの心を救い出すということは誰にもできることではないし、音楽で世界を笑顔にするというハロハピの言葉が虚言でないことの証拠にもなっているのだから。故に僕はハロハピがもたらす音楽の力は偉大なもののように感じていたのだ。
『でも、麗牙だって同じようなことをしたじゃないの〜?』
「せやで麗牙。お前も自分の音楽でリサちゃんのこと助けたやんか。お前やって十分すごいで」
「うん……わたしも……そう思います」
「そんなんじゃないですよ。僕はただ、皆の音楽をリサさんに届けようとしただけです」
確かにリサさんの心が壊れかけた時、僕は渾身の音楽を彼女のために披露しようとした。しかし僕がしたのはあくまで伝達係だ。僕一人の音楽だけじゃ恐らくリサさんを助けられなかった。友希那さんや愛音にアゲハ、あの場にいるみんなの音楽があったからこそ、彼女の心にみんなの音楽を届けることができたのだ。僕は決して、僕一人の音楽で誰かを救えるとは思っていない。誰かが共にいてこそ、誰かの音楽が側にいてこそ、音は遥か彼方まで届くのだも僕は思う。
「いや十分すごいって……って、ありゃ? 花音ちゃんボール全然見てへんやん」
「弦巻さんのボール……すごく曲がってますね」
『うわっ、ホンットね。魔球よ魔球!』
「なんかすごく心配になってきた……」
誰かの心を動かすことに関してハロハピというグループは非常に秀でているのだろう、そう思っていたところだったが、彼女たちの練習風景を見てそうばかりも言ってられなかった。松原さんはあかりちゃんの投げるゆっくりめのボールにすら恐れてるし、こころちゃんは相変わらず規格外だし、慣らしのキャッチボールでこれならば実戦はどうなるのかと不安になってきてしまう。因みに愛音はビックリするほど無難に経験者のあかりちゃんとキャッチボールできていた。こら愛音、いちいちこっち見てドヤ顔するんじゃないよ……。
『愛音とあの背の高い子、結構いい感じじゃない?』
「瀬田さんですね……綾野さんと同じでギターを担当しています」
「へぇ、カッコええやん。いつか一緒に弾きたいなぁ。なっ、麗牙」
「そうですね」
まだハロハピのライブを見たことはないが、健吾さんと同じで彼女たちと共にライブをしたいという気持ちにはなっていた。あのこころちゃんが率いるグループだけに、何をしでかすか分からない楽しみが回ってくるからだ。
「ん? いきなりポジショニングしてるんか?」
しばらくしてキャッチボールの時間は終わり、それからはとりあえずは習うより慣れろという感じで各々のポジションに着き始めて練習を始めていた。
「だ、大丈夫なんか? 花音ちゃんさっきも目瞑ってたのにキャッチャーって……」
健吾さんとキバーラ曰く、球場全体を唯一見渡せるポジションのキャッチャーは全体への指示が必要となる守備の要であり、試合を動かしたりと基本的にチーム全体の取りまとめ役になるそうだ。それがソフト初経験の彼女で大丈夫なのかと、ただでさえ怪我の可能性も高いポジションにいる彼女のことを健吾さんは心配していた。
今からはバッティング練習を行うようで、はぐみちゃんと松原さんの二人は離れてキャッチボールを継続していた。何球かを打っては守備と代わり、全員が一度は打席に立ってバットを握るそうだ。本当に習うより慣れろという感じだが、そうでもしないと一週間後の練習試合に間に合わないのだから仕方ないのかもしれない。そもそもバッティング練習で野手が実際の守備に着くこと自体そう無いらしいし。
「あぁ〜……花音ちゃんまた後ろにボール逃して……」
松原さんのことが心配で堪らない健吾さんの慌ただしい声が聞こえるが、僕としては愛音たちの方も心配だ。意外と運動能力は高い愛音だが、基本インドア派ということもあり本格的にスポーツする彼女というのが僕にとっても未知数なのだ。先のキャッチボールでは難なくこなせていたが、何処かで未経験者故のボロが出て怪我でもしないかと不安になっていたのだ。
そんな心配をしていた時、バットの心地良い金属音が鳴り響いた。芯で捕らえられたボールは高く舞い上がり、愛音の頭上を越えようかという勢いで飛んでいったのだ。
「……やったらぁよ」
『え、愛音アレを捕る気なの?』
「みたいですね……」
小さく呟く彼女の独り言が聞こえると同時に落ちてくるボールの落下地点目指して走る愛音。しかも狙いは悪くない。戦士としての戦いで培われた本能、そして経験は間違いなく彼女の身体に蓄積されていたのだ。
やがて打球にすぐそこまで迫った愛音は、グローブをはめた腕を伸ばして地を蹴り、そして……。
「……よっ」
「おうっ」
バシッと気持ちのいい革の音が鳴ったと思えば、直後走りながら綺麗に地面に着地し、そして彼女の伸ばしたグローブの中にはボールがしっかりと収まっていた。そんな彼女のファインプレーにグラウンドで見ていた皆の声が称賛の漏れるのは自明の理であろう。本当に今日がソフトボール初めてかと疑いたくなるが、見事なキャッチに僕も思わず声が出てしまっていたのだから。
「愛音さん……すごいですっ」
「うん……僕も驚いた」
『キャー! 愛音ー! カッコいいわよー!』
これはもうそのままレフトにいても全然問題ないだろう。一度きりのまぐれという可能性もあるが、行動を起こした時の愛音の落ち着きようを見る限り、他の打球も同じように捕るだろうということは明らかであった。
打球を捕り、愛音はみんなのようにボールをゆっくりバッティングピッチャーの足元まで転がせて……転がせ……って!?
「ふんっ!」
「いやちょっと愛音!?」
「……あれ?」
これは守備練習じゃなくてあくまでバッティングということを忘れているのか、愛音は捕ったボールをピッチャー向けて返すことなく、なんと即座にホーム……正確には中継地点のサードに投げたのだ。彼女の中ではランナーがいたのだろうか? タッチアップを決めようとしてきたのだろうか? しかも彼女の有り余るポテンシャルがここでも働いたのか、その勢いはレーザーか何かを彷彿とさせる直線を描いていた。
……それ本当にソフトボールだよね? 間違えて一球だけ野球のボールとか混ざってないよね?
「さ、サード後ろォ!」
「え? ぅわぁぁあっ!?」
健吾さんの叫び声でギリギリ気付いたが、当然サードは驚くだろう。次の打球に気を向けていたから愛音の方を見ていなかったし、しかもどこの名物ピッチャーだと言わんばかりの豪速球が迫ってくれば反応できなくても無理はない。
何とかグラブの中にボールを収めたものの、体勢が整っていないまま捕ったために送球の勢いに腕を持っていかれ、サードの子はそのまま仰向けに倒れ込んでしまったのだった。
「……なんか……間違えた……?」
こっち向いて舌出して可愛らしくウインクしても今のは擁護しないぞ愛音。
安堵しかけた矢先の出来事であったため、この即席チームは本当に大丈夫なのかと僕らの中にある不安がより一層大きくなっていくのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
夕暮れに溶けていく街の一角、人目の止まらぬ街の入り口となる橋の下で、拳を交わせる二つの異形の姿があった。
「フンッ!」
「ォオオッ!」
一人は城壁の如く堅牢な鎧を持つチェックメイトフォーのルーク。そしてもう一人は、ヘラジカのような巨大な角を携えた異形──ムースファンガイアであった。互いに繰り出した拳は相手の拳を掠め、それぞれの胸に突き刺さる。激しく火花が飛び散り、ルークとムースは等しく後退していた。
チェックメイトフォーのルークは実力で言うならばファンガイアの最強格とも言える存在である。彼に狙われたが最後、敵対者の生存は許されず例外なく排除されることになる。
しかし、今彼が対峙しているムースの実力もまた桁外れであった。ルークの攻撃を幾度と喰らいながらも崩れることはなく、逆にルークの堅牢な身体に傷を負わせる程の力も見せつけていた。正に異形同士の頂上決戦とも呼べる激しい戦いは、しかし誰の目にも留まることなく続いていた。
「フンッ。何故キングに立て付く」
「我らの理想の王に有らず。理由はそれだけ」
ムースがここに現れた理由はただ一つ、己にとって信ずるに値しない君主をその座から引き摺り下ろすためであった。ファンガイアとしての誇りの一つであった人間の捕食を禁じたキングの政策に失望し、故に反旗を翻ろうとしていた。
ルークと同等の実力を持ちながらもムースの手に紋章が現れなかったのはこのためである。チェックメイトフォーの紋章は宿主の心理をも映し出す。キングに反逆する意志のある者、キングの心理と噛み合わない者の手にはその称号が継がれることはない。チェックメイトフォーの紋章はそういう意味では王座を守る抑制力にもなっていたのだ。
「何故今になって狙う」
「妙な噂を聞いた。キングに婚約者ができたと」
「……」
「ならば、それは我らの新たなクイーンだ。そして我らのクイーンとなる者が人間風情ならば……殺さねばならんっ」
キングと交際する少女の噂は、常にキングの動向を探っていたムースにも届いていた。それがファンガイアでなく人間だということも当然聞き及んでいた。自分たちの女王が人間の女だと、それを想像するだけで怒りが溢れて止まらなかったムースは、これを機に反旗を翻すことを決意したのだ。将来クイーンになり得る人間を殺すために、そして人間かぶれのキングを排するために。
「俺が許すと思うか?」
ルークが立ちはだかるのはただキングのためだけではない。キング──麗牙の隣にいる少女は自分にとっても友である。同じ趣味を楽しむ同志して、彼はそこに麗牙が絡まなくとも燐子のことを守るであろう。
「キングに辿り着く前にここで潰す」
「ふん、貴様も人間かぶれの汚れたファンガイアだ。潰さねばならん。だが今は……」
強敵であるがこれ以上の戦闘の継続は他者に気付かれる可能性がある。故にルークは自らの細胞から巨大な棍棒を作り出し、止めと言わんばかりにムースへ走り出そうとした。
しかしその時である。
「シャァッ!」
「グォォアッ!」
「っ、なっ!?」
ルークが踏み込んだ直後、彼の周囲で激しく爆炎が上がり、ルークは炎と爆音に飲み込まれた。強固な肉体を持つルークにとってその爆発は大したダメージになりはしなかったが、巻き起こる爆煙と轟音によって完全に周囲の情報がシャットアウトされてしまったのだ。更にこの爆発の起源はムースではなく、突然現れた別の二体のファンガイアであることをルークは爆発の直前にその目で見た。しかしその正体も煙に包まれた今では把握することは敵わず、すぐに棍棒を振るって風を起こして煙を振り払った。
「っ……しまった」
異形たちの目的はルークの排除ではない。彼の目を眩ませることであったのだ。煙の向こう側に異形たちの姿は無い。まんまと自分の目の前から逃げ仰せ、街の中に入れてしまったことをルークは痛感したのだった
「(だが麗牙のフィアンセがRinRinとまでは知らないはず……その前に見つけて始末せねば)」
文字通り煙に巻いて逃走を成功させた異形たちをすぐには追わず、ルークは人間の姿をとって歩き出した。最悪の場合は長期戦になることも見越し、先ずはキャッスルドランの王座に座る麗牙にこの件を伝えに行くのであった。