ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『燐子の言葉によって自分を見つめ直したあかりは、再び闘志を取り戻してバッターボックスに立つ』

『白熱した試合の行方は果たして!? そして燐子さんを狙う刺客たちはどう動くのでしょうか!?』


第131話 襲撃、その時

 日が沈み、闇の中に溶け始めた街に笑顔を振りまきながら歩く少女たちの姿があった。先ほど夕食を終えたばかりの、今日だけのスカイスターズの特別編成メンバーである。そしてその中には、太陽のように眩しく笑うあかりの姿もあった。

 

「あかり、本っ当にカッコよかったよ!」

 

「もう、さっきも何度も聞いたよそれ」

 

 はぐみの素直で純粋な称賛の言葉の前にあかりは今日何度目かになる照れ顔を浮かべ、しかし湧き上がる嬉しさを抑えきれずに口元がにやついていた。試合の結果は三対三の引き分け。練習試合のためか延長戦にもつれ込むことはなく、七回が終わった時点で試合は終了した。しかし、直前に打ったあかりのヒットによってスカイスターズは同点に追い付くことができ、結果的に引き分けに持ち込んだあかりは皆の中でちょっとしたヒーローになっていたのだ。

 

「でも、やっぱりみんなのおかげだよ。こころちゃんたちの言ってたことも分かった。あかりの周りにいる、みんながヒーローなんだって」

 

 自分に再び勇気を思い出させてくれた皆、それと自分のすべきことを示してくれた燐子。あかりの周りにいる皆が彼女を今日のヒーローに仕立ててくれたのだとあかりは理解していた。「世界はみんながヒーロー」だと信じているこころの言葉を、いつだったか初めて聞いたときはすんなりと受け入れていたあかりであったが、今日その言葉の意味を真に理解するに至った。誰もが誰かを救うヒーローになり得る。今日はそれを心に染みて感じたのだ。

 

「だから、本当にありがとう。みんな」

 

 悔いを残すことなく試合を終えられたこと。最後まで自分を信じて戦い抜けたこと。目の前の友人たち、そしてここにいない燐子に向けてもあかりは心からの感謝の念を贈っていた。

 

 

 

 

 

 

「バイバイあかり! またソフトボールしましょう!」

 

 その後、こころをはじめとする多くのスカイスターズのメンバーと別れ、あかりたちはそれぞれの帰路へと歩み出した。あかりの他にはあかりと薫と愛音がおり、図らずとも彼女の再起のきっかけを与えた者たちであった。

 

「あれ? あいちんってお家こっちだったっけ?」

 

「違うけどいい……偶には一緒に帰るのもありよりのあり」

 

「そ、それってありですよね……?」

 

 あかりの冷静なツッコミに不適に微笑みつつ、愛音は彼女たちと歩調を合わせて景色を眺めていた。帽子から覗かせる可愛らしい寝惚け眼は朝から変わらないが、それを見て今日ずっと気になっていることがあった薫は愛音に問い質していた。

 

「そう言えば愛音、今日はグラウンドに来た時から一度も帽子を取らなかったけど、そんなに日が眩しかったのかい?」

 

 快晴とは言え、まだ春も半分過ぎていない今日は、然程の日差しというわけではなかった。それにも関わらず、日陰にいようが屋内にいようが愛音が頑なに帽子を取らなかったことに薫は違和感を抱いていたのだ。

 

「まぁ、眩しいのはあまり好きじゃない……けど他にも理由はある」

 

「理由?」

 

 試合中もわざわざ視界を犠牲にしてまで帽子を深く被っていたことにも訳がある。自分の兄がこの一週間どんな思いで過ごしてきたか、それを知らない愛音ではない。燐子を、そして他の無関係な少女に手を出させないためにも行動を制限し、ようやく今日行動を起こせたことも知っている。だから愛音は、自分も敵の目を欺くために今やれることをしていたのだ。

 

 今日が終わるまで、ずっと自分の正体を隠すということ。

 

 敵に自分の所在を悟らせないということを……。

 

「取り越し苦労ならそれでいいけど……」

 

「?」

 

 そろそろこころたちと、そして彼女を護衛する弦巻家の黒服たちから離れて大分時間も経った頃だろうと愛音は思惑する。

 今日の試合が何事もなく進んでいれば、敵は間違いなく燐子のみを狙うだろう。しかし今日、計らずしてあかりと麗牙が接触してしまった。もし自分が刺客なら、この時点で候補は二人に絞られる。そして今頃燐子には、彼らにとって最大の壁となるキングが付いている。

 

 となれば先ず狙われるのは……。

 

 

「……アイツには悪いが、やっぱ疑わしきは消さねぇとなァ」

 

 

 周囲に護衛らしき影が全く見当たらなくなったあかり以外に他ならなかった。

 

 進路を立ち塞ぐようにして突如現れた一人の男を前に、当然愛音を除く少女たちの顔には困惑の色が浮かび上がる。

 

「え、だ、誰……?」

 

「悪いが死んでくれや」

 

「っ、ひッ!?」

 

 余計な口を挟むことなく、ガタイの良い男の身体にステンドグラス状の模様が浮かび上がる。その瞬間、男の周囲に二本の吸命牙が出現し、誰かが反応を起こす前に即座にあかりに向けて放とうとした。

 

 しかし──。

 

『オゥラオラァァァァッ!』

 

「っぐッ!?」

 

 変貌した男に向かって空から金色の光が襲い掛かった。金色の蝙蝠のような魔族──キバットの小さいながらも激しい体当たりによって男の身体は吹き飛ばされ、それと同時に吸命牙も溶けるように景色に消えていった。

 

「な、キバット族!?」

 

『へっへーん、ざーんねんでしたー!』

 

「なっ、なになに!?」

 

「な、何が……?」

 

 愛音の元に飛来するキバットは煽るように、自身の登場に驚愕する男に告げる。そんな一連の光景に理解が追いついていないためか、あかりたちは目を何度も瞬きさせてキバットと男を交互に見つめていた。

 

「正直あまり隠せてる気はしなかったけど……まさか本当に気付かれないとは思わなかった……」

 

 そうして愛音はこれまで頑なに外さなかった帽子を取った。外されたキャップから現れた綺麗な紅色の長髪が風によって靡くその様は、宛ら燃え上がる炎のようでもあった。

 

「ただのソフトボールプレイヤーじゃない……この紅愛音ちゃんは」

 

「紅愛音……禁忌の……!」

 

 名乗りをあげたことによって、ようやく目の前の少女が驚異的な存在であると認識した男は額に汗を滲ませていた。キングを狙う者としてハーフファンガイアである彼女の存在を知らない筈がなかったが、そもそも彼は人間のソフトボールチームのメンバーに関しては誰一人として脅威にカウントしていなかったのだ。完全に眼中になかった存在が、よりによってキングを除いて最も警戒していた存在だと気付かされたことで男の強面の顔がより険しくなる。

 

「ふっ……面白い! オォォォォォォッ!」

 

 しかし男は口元を吊り上げるとその身体を変貌させ、人ならざる異形の姿が彼女たちの目の前に現れていた。青みがかった体表に張り巡らされたステンドグラス状の細胞。両手に携えられた鱗のような甲羅のような縦。ヨロイトカゲのような相貌を浮かべる異形──サンゲイザーファンガイアがその正体を現した。

 彼の中には恐怖心というものはない。ただ強者に対する興味、好奇心があるだけである。そして今はただ、戦いへの高揚感のみが異形を包み込んでいたのだ。

 

「なっ……も、もしかしてアレが……ファンガイアの姿っ?」

 

 話には聞いていたが、初めて目の当たりにする人智を超えた異形の姿に薫の身体は僅かに震えていた。ただ見た目の恐ろしさだけではなく、その身体から発せられる気が人間の本能を刺激していたのだ。目の前の存在は人間よりも強者であり、逃げなければ命はないと。それは一度目にしているあかりとはぐみにとっても同じであった。

 

「みんな下がって……キバット」

 

『よっしゃ! キバっていくぜ! ガブッ!』

 

 戦慄に息を飲む彼女たちの前に愛音は冷静に立ち、腕を天に掲げてキバットに自らの手を咬ませた。

 注ぎ込まれる魔皇力により、愛音の細く白い肌の上をステンドグラス状の模様が走る。

 直後、彼女の腰回りに紅色のベルトが出現し、警鐘のようなおどろおどろしい音が辺りに響き渡っていた。

 

 そして……。

 

 

「変身」

 

 

 彼女の宣告と同時にキバットがバックルに収まり、彼女の身体は変化を遂げた。

 右脚と双肩を鎖で封印された紅の鎧──キバ。

 兄より預けられた王の鎧を身にまとった愛音──キバは、腕を大きく開きながら異形に向けて駆け出したのだった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 ♬〜♬〜♬〜

 

「っ、始まった」

 

 太陽が沈み星々が光り始めた頃、異形の悪意を知らせるブラッディ・ローズの音色が僕の耳に届いていた。先ほど愛音たちと別れた方角からその気配を感じており、あかりちゃんに付いている愛音か、またはその他の子に付いている健吾さんかアゲハが戦闘を開始したのだとも察していた。

 

「やっぱりあかりちゃん……でしょうか」

 

「多分ね。でも大丈夫。愛音がいるから」

 

 試合中に彼女と接触した時からあかりちゃんの方に刺客の手が及ぶことは覚悟していた。何をどう見れば燐子さんでなく彼女の方を襲うのかは分からないが、まあ疑わしきは消すと考えている奴がいてもおかしくはないだろう。

 しかし今あかりちゃんの側についているのは愛音だ。黄金のキバを持つ今の彼女に勝てる存在が今のファンガイアにいるとは到底考えられず、憂うだけ余計な心配だとすら思っている。何せ彼女が黄金のキバの能力を、さらには愛音自身のあの姿(・・・)をフルに用いれば、今の僕相手でさえ相打ちに持ち込まれるかもしれないのだ。

 それ程の力を秘めた彼女のことを僕は信用している。故に彼女がいるならばあかりちゃんは大丈夫だという確信も持てた。

 

「後は燐子さんですけど……やはり僕がいると姿を見せませんね」

 

 今日のことで敵は狙いを燐子さんに定めたと僕は踏んでいる。しかし愛音たちの方に敵が現れたことを考えると、未だこちらに何も反応も無いのは僕を警戒しているためだと思ってしまう。やはり敵を誘い出すためにも僕は彼女の目の前から消えた方がいいのだろうか……いや、やっぱり心配だ。たとえ僕や僕以外の護衛が彼女から離れたとしても相手を一蹴できる術(・・・・・・・・・)を彼女に託しているが、それでも彼女を僕の手の届く範囲から手放すのが嫌で仕方なかった。何があっても燐子さんを守ると、そう僕は彼女に誓っているのだから。しかし……。

 

「麗牙さん……わたし、一人でも大丈夫です……」

 

「えっ……」

 

「麗牙さんがわたしのために……いろいろと手を打っているのも知っています……だから怖くないです……わたし、麗牙さんのこと信じているから……」

 

 そうは言うものの、燐子さんの瞳は揺れ、握った拳は僅かに揺れているのを僕は見逃さなかった。自分の命が狙われていることが本当は怖くて仕方ないはずなのに、それを一切表に出そうとせず彼女は僕に離れてくれと言っているのだ。彼女の心から流れてくる怯えるような音楽がそれを証明していた。

 

「燐子さん……」

 

「っ」

 

 健気に僕に応えようとするも、怯えて震える彼女の身体を抱き寄せる。片手を彼女の頭に回して僕の胸の中に抱き込み、僕の全身で彼女を包み込む。すると、大きくなりかけた彼女の震えは収まり、彼女の心の音楽もまた平穏を取り戻すのが聴こえてきた。

 

「ありがとう燐子さん……それとごめんなさい、怖いのに無理させて」

 

「ううん……わたしも……逃げてばかりはいられないから……」

 

「本当に強いですね……燐子さんは」

 

 怖いことや敵わないものには誰だって目を背けても仕方ない筈なのに、目の前の脅威から逃げない強さを持つ燐子さんには僕も尊敬の念を抱かずにはいられない。あらゆる困難を乗り越えて身につけた今の彼女の心の強さは、僕よりもずっと強固なものだと感じていた。

 

 それでも彼女の側に居続けたいと願うのは僕のエゴだろうか。彼女の強い想いを取り下げてでも離れたくないと、女々しいことを言いたくなるのは僕が弱いからだろうか。

 そんな風に僕の中で迷いが生じていたその時であった。

 

 

 ♬〜♬〜♬〜

 

 

「っ」

 

 再び僕の耳にブラッディ・ローズの旋律が響き渡ってきた。またどこかで襲撃が起きたのだろうと思い、薔薇の音に耳を傾けてその場所を探ろうとするが……。

 

「麗牙さん? もしかしてまたどこかで……」

 

「そうだけど……いやこの感じ、ここから結構離れてるっ」

 

「離れてる……?」

 

 もしクイーン候補を狙うはずならこの街の中、少なくとも僕らの近くで襲撃が起こるはずだ。しかし今回の薔薇の音が知らせる場所はここよりも随分離れた地点……街の外から聴こえてきた。

 

 

 つまり、今回の刺客とは無関係のファンガイアが人を襲っているということだ。

 

 

「なんでこんな時に……っ」

 

 しかもブラッディ・ローズの音が分かるのは僕と愛音だけ(友希那さんは僕が側にいない限りは聴こえないらしい)。この襲撃に気付いている者で、なおかつ場所まで把握して動けるのは僕しかいなかった。

 

「行ってください……」

 

「燐子さん……」

 

 しかし燐子さんは再び僕に離れるよう告げた。今度は身体が震えることなく、揺らぐことのない真っ直ぐな瞳で僕を見つめる燐子さん。そんな彼女の心からは何者にも負けない強い決意の調べが奏でられていた。

 

「わたしは大丈夫です……だって、そうなるように麗牙さんが手を回しているんですよね……わたしはただ、麗牙さんを信じるだけですから……」

 

 先ほどと同じように僕を信じると、何一つ疑わない真っ直ぐな視線で彼女は僕を見据える。

 

 ここまで燐子さんから信用されて、僕が彼女を信用しないわけにはいかなかった。

 

「……すぐに戻ってきます。絶対に無事でいてください」

 

「うん……」

 

「……っ!」

 

 彼女を視界の外に出すことに躊躇しつつも、彼女から踵を返して僕は駆け出した。今もどこかで誰かの音楽がかき消されようとしている。今それを止められるのが僕しかいないのなら、動かないわけにはいかない。

 最愛の人を残すという胸の痛みに苛まれながらも、今はただ闇に沈んでいく街の中を走るだけであった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 麗牙さんと離れてから歩くこと数分。自宅が見えてくるまで後もう少しというところであった。

 

「止まってもらおうか」

 

「ご機嫌いかが? キングのお嫁さん」

 

「っ……」

 

 辺りから人の気配が消えたと思ったその時、わたしの目の前に二人の人影が現れた。ピシリと礼服を整えている寡黙そうな長身の男の人と、華美な装飾を身に纏う目つきの鋭い女の人が、足音も無くゆっくりとわたしの方へと迫ってきた。

 

「本当にキングはどこかに消えたようだな」

 

「……それをずっと待っていたんですよね……麗牙さんが怖いから……」

 

「まぁ、そうなるな」

 

「全く変な話よね。アイツが勝手に居なくならなければさ。三人ならキングがいても関係無かったんだけどねぇ」

 

 女性の言葉を受けて、そう言えばとわたしは周囲を再び見渡す。麗牙さんの話では刺客は三人と聞いているけど、わたしの前に現れたのは二人だけだ。そして彼女の話を信じるなら、後一人は別行動を起こしている……恐らくあかりちゃんの方に行ったということなのだろう。

 

「ま、とにかくさっさと殺っちゃいましょうか」

 

「手短にな」

 

 余計な言葉は不要とばかりに二人はその姿を変化させ、ファンガイアとしての正体を晒す。ヘラジカのような巨大な角を持った異形と、全体的に刺々しくどこかアブを連想させる異形が、わたしの命を刈り取らんとその力を解放していた。

 

「っ……(こ、怖い……けど……!)」

 

 その圧を受け、思わず身体が震えてしまう。改めて命を狙われるということの恐怖を前に全身の筋肉が収縮し、極限の緊張から吐き気すら催してくる。今にも涙が溢れてしまいそうな程ここにいることが恐ろしく感じてしまう。

 しかしわたしは決して絶望することはない。こうなることは麗牙さんもわざわざ見越しているし、そのための対応も全て手回ししてくれている。だからわたしは死にはしないと、彼の言葉を頑なに信じていたからだ。

 

 それに……。

 

 そもそも、この時のために麗牙さんは彼女(・・)をわたしの元に預けたのだから。

 

 

『ふふっ、なーんだか盛り上がってきたみたいじゃない♪』

 

 

「なんだ? あのキバット族は……?」

 

 ヘラジカの異形がわたしの鞄から飛び出てきたキバーラさんを見て怪訝そうな声を上げていた。同時に二人の足並みが止まり、彼女の様子を注意深く観察し始めていた。

 

『初めまして。私の名前はキバーラ。由緒正しきキバットバット家の長女よ。よろしくねー』

 

「何……?」

 

 敵が眼前に迫っているにも関わらず、マイペースに名乗りを始めるキバーラさん。そんな彼女の態度につい脱力しそうになるが、それはわたしだけのようで相手は一切警戒を解くことなくキバーラさんを睨み付けていた。

 

『麗牙が何の考えもなしに燐子ちゃんを一人にするはずがないでしょう? ふふっ、やっと……ようやく見せる時が来たわねっ』

 

 楽しげにわたしの周りを飛び回りながらキバーラさんは告げる。見せる時が来た? もしかして以前に話していた「奥の手」のことなのでは? 彼女の言葉の真意は分からないが、何故か楽しそうにしている彼女を見ているとわたしも自然と心が和らいでいた。

 

『手を出して燐子ちゃん』

 

「え? あ、はい……」

 

 わたしが手を差し伸ばすと、キバーラさんはその掌の上にちょこんと乗り、敵を見据え始める。

 

 そしてわたしに告げたのだ。

 

 

『さぁ、唱えて燐子ちゃん。麗牙と同じ、あの言葉を!』

 

 

「っ!」

 

 何を、なんて聞かずとも分かる。

 

 どうなる、なんて言われずとも分かる。

 

 それをわたしは目の前で見ているのだから。

 

 麗牙さんが変わる瞬間を……。

 

 彼の告げる宣告を……。

 

「っ……うん……」

 

 そして、もはや迷っている暇はなかった。目の前にはわたしの命を奪おうとする敵が……そして最終的には麗牙さんの命をも狙おうとする敵がいる。この期に及んで動けないなんてことは、わたしには無理だった。

 

「い、いきます……」

 

『ええっ。気合い入れちゃって!』

 

「すぅー……」

 

 深く息を吸い、気持ちを整える。

 

 いける……。

 

 やれる……。

 

 彼女を託した麗牙さんを信じる。

 

 わたしの命はわたしが守る。

 

 麗牙さんのこともわたしが守る。

 

 その覚悟と共に、わたしはその言葉を吐き出しそうとした。

 

 麗牙さんと同じ変化の言霊を……!

 

 

 

 

 

「へん──」

 

 

 

 

 

 

「待つんだRinRin、キバーラ」

 

「──っ!?」

 

 しかしその言葉を唱え終わる前に、わたしたちの行動を止める声が聞こえてきた。地面の底から湧き立つようなたくましい男の声。わたしのことをそんな風に呼ぶ男の人といえば一人しかいなかった。

 

「ここは俺の出番だ」

 

「ル、ルークさん……?」

 

 いつの間にかわたしたちのすぐ後ろに立っていたルークさんが、短くそう告げてわたしたちの前に躍り出たのだ。突然邪魔をするかのように現れ、せっかく入れた気合いが空回りしたキバーラさんの抗議の声が夜空をつんざいていた。

 

『ちょっ、ルーク!? 私たちの初陣を横取りする気!?』

 

「麗牙はRinRinにその手を使ってほしくないと願っている。ならば俺はそれに応えるだけ。RinRinよ。今は戦わず、そこで我が勇姿に刮目せよ」

 

「え、は、はい……」

 

 正直わたしも気合いが空回りしたことに少しだけ呆気なく感じてしまっているが、同時に麗牙さんがわたしにその選択をして欲しくないことも思い出した。彼はわたしに戦ってほしくない、誰かを傷付けてほしくないと願っている、だからキバーラさんの「奥の手」を使ってほしくないのだと今ようやく気付くことができた。

 それに今は、眼前にそびえるルークさんの力強い姿に頼もしさを抱いていた。ゲームでもリアルでも言動が変わることのないその姿に安心感を覚え、彼の言う通り見守ることに専念しようと自然と思えていたのだ。

 

「ちっ、結局ルークが来ちゃったわね」

 

「まぁいい。状況が不利なわけではない」

 

「今度は逃さん。反逆者風情が」

 

「反逆者……ふっ、お前こそ、よくあんな王の護衛などできるものだ。人間なぞに魅入られたあの王の一体何がいいと言うのだ? 何の価値がある?」

 

 人間は餌だと、そういう認識でしか考えられない異形は麗牙さんのことを至極嫌っていた。人間を好きだと言う彼のことを欠片も理解できず、だから反逆者の汚名を背負ってまでわたしたちを殺そうとしている。

 そして、同じくその麗牙さんに仕えるルークさんのことも理解ができなかった。故に彼は問うのだろう。あの王のために尽くす価値はあるのかと。

 

「別に俺は麗牙が王だから仕えているわけではない」

 

「何?」

 

 しかしルークさんは呆気からんと、まるでそれが自然だと言わんばかりに答えた。その言葉の意味に首を傾げたのは異形だけでなく、わたしも同様であった。ルークさんは「ルーク」だから「キング」である麗牙さんに仕えているのではないのか? 何が彼を突き動かしているのか知りたくて、わたしもその先の言葉に耳を澄ませていた。

 

「アイツがいるから今の俺がいる。俺に俺という価値を与えてくれたのはキングではない麗牙自身だ。だからこの命、最期の時まで麗牙()のために捧げる。それが俺の信じる道だ」

 

「信じる道……」

 

 麗牙さんとルークさんの間に起きた過去はわたしもまだ聞いたことはない。しかし、今の語る言葉の節々から感じられる感動、歓喜、感謝、決意はわたしの心に確かに届いていた。嘘偽りの無い純粋な忠誠を確かに彼は麗牙さんに向けているのだと、この場にいる誰もが感じたことだろう。

 

「たとえ俺の進む道が間違っていたとして、しかしそれでこの身が滅びるのなら本望だ」

 

「……狂信者め」

 

 想像を絶する覚悟だと、唾を飲み込みながらその言葉に耳を傾けていた。それは、わたしの信じる「正射必中」の教えとはある意味で真逆の彼の決意。たとえ間違っていた行動を続けていたとしても、それが自分にとって満足のいく選択ならば結果はどうでもいい。そんな壮絶な覚悟を持つ彼を「狂信者」と異形が評するのも少し分かる気がしていた。

 

「そんな友の大事なものを守るのも俺の使命だ。そろそろ俺の本当の姿を見せよう。よく見るがいい、RinRinよ」

 

「は、はい……」

 

 ルークさんの言葉に再び気を引き締め、その瞬間を待ち構えようとする。

 

 しかしわたしが息を整える間もなく、その時はすぐに訪れた。

 

「ゥオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 彼のけたたましい咆哮と共にその筋肉質な身体は変貌を遂げ、城壁の如く堅牢な見た目の身体へと姿を変える。ステンドグラスが散りばめられたような姿とは思えぬほどの硬そうなイメージは、ライオンのようなその容貌のせいだろうか。両肩に携える喇叭(ラッパ)を吹く天使のような彫像にすら、思わず畏怖を覚えてしまう程の圧倒的な威圧感がわたしにも襲い掛かっていた。

 

「こっ……(これがルークさんの本当の姿……っ)」

 

 直接目にするのは初めてだけど、予想を遥かに超える威圧感に肌がピリピリしていた。直接彼の殺意を向けられているわけでもないのに、彼の背中から伝わる凄みだけで死んでしまいかねないとすら感じてしまう。

 

 これがファンガイアのキングである麗牙さんを守護する、チェックメイトフォーの一人──ルークさん。

 

「行くぞ! オオオオオッ!!」

 

 そしてファンガイア随一とも言われる怪力の化身が、目の前の敵を排除すべく雄叫びと共に走り出したのだった。




変身はお預け。
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