『皆さんあちこちで戦闘が始まりましたね。そう言えば健吾さんやアゲハの姐さんはどちらに?』
『こころたちや他のスカイスターズメンバーの護衛に回ってるらしいぜ』
星々が輝く夜空の下、キバとサンゲイザーファンガイアの打ち合う拳の音がは止むことなく鳴り続けていた。
「ハァァッ!」
しかしキバの鋭いパンチが異形の身体に突き刺さることはなく、相手が打ち出した拳によって狙いから逸らされ続ける。或いはその両腕にある堅牢な盾によって防がれてしまう。その防御を掻い潜ってようやく身体に拳が届いても、サンゲイザー自身の堅牢な外装によってダメージは抑えられてしまっていた。
「ゥオオッ!」
「っぐ!?」
対してサンゲイザーの拳は鋭いだけでなく、巨大な鉄球をぶつけられるようなパワーを有していた。一発一発がとてつもなく重いその攻撃をキバは防ぐだけでも精一杯であり、しかもガードする度に確実に体力が奪われつつあったのだ。
「っ、ふっ!」
「ぅおッ!?」
しかし打てる手が無いわけではない。敵の拳をしゃがんで躱したキバはそのまま下段に蹴りを放ち、異形の脚を薙ぎ払って体勢を崩させた。サンゲイザーが倒れた隙にキバはその上に飛び掛かり、その身体を掴むと一回転して投げ飛ばしたのだ。
「ハァァァァッ!!」
「ゥオオオオオっ!? ッ……ふ、やるな」
しかし地面を転がるもすぐさま立ち上がったサンゲイザーには大したダメージは見当たらなかった。キングを狙うだけのことはあり、相当な修羅場を潜り抜けてきたタフな敵であると悟りキバは気合いを入れ直す。
「あいちん……」
「あまりに凄まじくて、なんて形容すればいいのか……」
幾度となく交わり衝突する異形たちの姿を、はぐみたちは固唾を飲んで見守るしかなかった。離れているにも関わらず肌に突き刺すような痛い感覚──それは正に生死のやりとりであった。生きるか死ぬか、その境にいる者たちの決死の空気などこれまで感じたことのない少女たちにとって、キバの戦闘というのはあまりにも目に余る衝撃的な光景であった。
「ハッ!」
「フンッ、ルォアアッ!!」
「っ、ぅああっ!?」
キバの放つ飛び蹴りをサンゲイザーは持ち前の盾で防ぎ切ると走り出し、蹴りの反動で空中で間合いを取ろうとするキバに追いついてその間身体に拳を叩き込んだのだ。苦悶の声を上げ火花を飛び散らして飛んでいくキバに、あかりたちの悲鳴が漏れる。
「あ、愛音さんっ!」
「まだまだァ!」
「ッぐぅ、ぁッ!?」
キバが完全に起き上がる前にサンゲイザーは急接近し、キバに向けて連続で拳を叩き込み始めた。素早く重いラッシュはキバの身体に容赦なく襲い掛かり、なす術なくその全てを身に受けていた。一撃がコンクリートすら真っ二つに叩き割る程の強烈な拳を連続で身に浴び、もはや力が入る素振りも見せないキバ。そんな彼女に向けて、異形は最後に特大の一撃を放ったのだった。
「ハァァァァッ!!」
「ゥアアァァァァァッ!?」
キバの身体は一瞬で吹き飛ばされ、ビルの壁に激しく叩きつけられる。激突の影響でビルの壁は崩壊し、瓦礫と土煙の中にキバの姿を隠してしまった。
「っ!!?」
「あ、愛音さ……っ」
誰もがその悲痛な光景を前にに声が出なくなっていた。逞しい戦士の姿に変身しているが、その正体は自分たちと何ら変わりのない人間らしい優しい少女である。共に話し合い、笑い合い、競技を通じて打ち解け合った少女。そんな彼女が傷付き、痛めつけられる光景は耐えられるものではなかった。ヒーローであり友でもある、そんな少女の危機を前にあかりの目には薄らと涙が浮かび上がっていた。
「キバ、これ程のものか……ぬ?」
勝利に勝ち誇ろうとした異形であったが、巻き上がる土煙の先に自分が打ちのめした筈の紅色が無いことに怪訝そうに声を上げる。力無くひしゃげているものと思っていただけに、一瞬あまりの力に粉微塵に消し飛ばしたかと思ったほどであった。
その時である。
「どこに……んっ?」
「な、何の音……?」
異形の耳、否、そこにいる全ての者の耳に重い地響きのような音が聴こえていた。何かを削り取るような、引き摺るような、圧倒的な何かが近付くような音を誰もが感じ取っていた。
迫りくる破壊的で重厚な闇の音。
その音に畏怖を感じて異形が振り返ったその時、その場にいる全員の目に黄金の光が映り込んだ。
「何っ?」
誰もが目を奪われるほどの圧倒的な光。黄金の鎧──エンペラーフォームへと変身したキバがゆっくりとその足を異形に向けて進めていた。真紅のマントを靡かせ、闇の世界の中にいても一際輝く高貴な姿。初めて見る黄金のキバを前に少女たちは一瞬見惚れてしまい、誰もが溜め息を吐いてしまっていた。
「きれい……」
「ああ……そこにいるだけで一つの名画のようだ……」
今も鳴り響く地鳴りのような音の正体は、彼女が握る魔鉄槌ドッガハンマーによって引き起こされたものであった。魔鉄槌を引き摺りながら進むためにアスファルトは削られ、キバの歩く後の地面からは火花が飛び散る。しかしその姿は見る者からすれば、宛ら首狩りの斧を引き摺って進む死神のようにも見えたことだろう。
「オオオオオッ!」
「っ、フンッ! ハァッ!」
「ッグォッ!? ゥガァ!?」
ようやく本気を見せたキバに高揚感を抑えきれなくなったサンゲイザーの咆哮が轟き、彼は再びキバに向けて走り出した。
しかし異形の拳はもうキバには届かない。先ほどまでのお返しとばかりにキバは引き摺っていたドッガハンマーを一気に振り払い、思い切り異形の胸に叩きつけた。しかもあまりの威力に吹き飛びかけて仰反る異形に向けて更に追い討ちを掛けるように、超重量を誇るドッガハンマーを何度も素早くその身体に叩き込んでいたのだ。
「フッ! ハッ! ダァッ!!」
「ゴボッ、ィガ、ッゥア゙!?」
先までの戦闘が嘘みたいにキバの動きは素早く、そして力強く進化していた。サンゲイザー自慢の盾もドッガハンマーの前ではガラス細工も同然で呆気なく破壊されてしまっていた。もはや自分の身体を守るものが無い中で、それでもキバの鉄槌の雨が止むことはない。キバは……愛音は兄の命を、そして友の命を脅かす者の存在を決して許しはしないのだから。
「フンッ……ックグゥ!」
「っ、フゥンッ!!」
「ォ、オオオオオァア゙ッ!?」
一瞬ドッガハンマーの一撃を抑え込んだかに見えたサンゲイザーであったが、キバはその状態でドッガハンマーを振り上げると異形を薙ぎ払ったのだ。吹き飛ばされて地面に激突し、もはや息も絶え絶えになりながらも彼はなお立ち上がる。強者を前にして無様に寝ていることは許さないという彼なりの矜持がそこにあったからだ。しかしそんな彼の矜恃ごと粉砕すべく、キバは左腕に詰まるタツロットの角を引っ張った。
『ドッガフィーバー!』
タツロットの背中のインペリアルスロットに魔鉄槌の紋章が浮かび上がり、タツロットの力強い宣告がこだました。
『さあ行きますよー! ガチャ!』
左腕から飛翔したタツロットは自らの尾からドッガハンマーの束に入り込み、魔皇竜と魔鉄槌は一つになる。キバは槌を背後に、そしてタツロットの頭部をサンゲイザーに向けると、タツロットの口から禍々しい紫色のエネルギーが放出され始めた。重厚な闇の色をしたエネルギーは拡散することはなく、タツロットのキバの目の前で球体を作り、魔鉄槌から放出されるエネルギーでなおも巨大化を続けていた。
「ぅ……ぅぐ……っ」
巨大な球体を確認したキバは、ドッガハンマーを構え始めた。しかしその構えはハンマーを振り下ろすような動作ではなく、槌を天に向けて垂直に握り締めたそれを身体の後ろに横に引くという、まるで野球のバッターのような構えであった。
「おおっ!」
「あいちんの必殺打法!」
左脚を大きく上げ、まるで試合中に見せた一本足打法のような構えをとり、キバはドッガハンマーを思い切りスイングする。槌で球の中心を捉え、そして打ち放たれた紫のエネルギー弾がサンゲイザーに襲い掛かった。
「っ……ハァッ!!」
「ッ、ゥグォォオ゛オ゛ァア゙ア゙ァァァア゙──」
強烈な重力を纏う一撃に晒された異形は身体中の組織が崩壊し、その全身はたちまちオブジェのように固く動かなくなってしまう。声を上げるどころか息をつくこともなく、その時点で異形は既に事切れていた。
「……」
キバはドッガハンマーを担ぎ、活動を停止したサンゲイザーに向けてゆっくりと歩み寄る。物置と化した異形の目の前で立ち止まり、今度は思い切りドッガハンマー振り上げるキバ。
そして……。
「ハァァッ!」
ハンマーを勢いよく振り下ろし、その圧力によって異形の身体は粉々に砕け散ってしまった。勢いのまま槌が叩きつけられた地面にはキバの紋章が刻み込まれ、辺りには煌びやかな色とりどりの破片が舞い落ちる。
エンペラーサンダースラップ──ドッガハンマーから放たれる皇帝の重厚な闇により、異形は容赦無く叩き潰されたのであった。
「……ふぅ」
キバの変身を解除した愛音はまっすぐあかりたちの元へと歩いていく。自分の戦闘をずっと見守っていたあかりを安心させるべく、できる限りの笑顔を浮かべて戦闘の終わりを伝えるために。
「愛音さん……」
「あかり……もう大丈夫だから」
「はい……ありがとうございますっ……愛音さん、すっごくカッコよかったです!」
「ふっふっふ……それほどでも……」
素直に褒められて満更でもない愛音は、静かにしたり顔を浮かべる。今の自分は彼女のヒーローなのだから、それに応えられるようにカッコいい女性でいようと愛音は余裕を振り撒く。内心では兄や燐子を心配しながらもその素振りを一切見せることなく、愛音は皆と共に再び帰路につくのであった。
あかりたちが無事に家に着いた頃、ルークと二人の刺客の戦闘も佳境を迎えていた。
「オオオオオッ!」
「ッグっ!?」
「くぅ!?」
ルークは自らの細胞から作り出した巨大な棍棒を振るい、発生した衝撃波で二体の異形を吹き飛ばす。成す術なく飛ばされた刺客たちは追撃を避けるためにすぐにその場から飛び退き反撃の機会を窺うも、一点の隙も見せないルークを前にして焦りが募っていた。
「ハァッ!」
「フンッ!」
「ちっ、抜かりの無い……!」
狙いをルークではなく、後ろにいる燐子に向けてエネルギー弾を放つムースであったが、ルークの得物である棍棒によって呆気なく打ち消されてしまう。この戦闘中に何度もルークでなく燐子を狙おうとしていた刺客たちであったが、今のように尽くルークに弾かれてしまっていた。どれだけ攻撃しようが目標に攻撃が届かず、それを防ぐルークにすらまともなダメージが入らない。キングの護衛を受け持つ名乗りは伊達ではないとこの後に及んで痛感していた。
「(今のうちに──)」
「ふんっ、まだ他人を狙う余裕があるのか」
「っ、ィア゙ァァァア゙ィッ!?」
相手の狙いがムースに注がれている隙に標的を燐子に定めたアブ型の異形──ホースフライファンガイアは、指先に仕込まれた毒針で始末するために燐子に迫ろうとする。しかしいつの間にか現れたルークによって腕を掴まれ、そのまま怪力によって腕を締め上げられていた。とてつもない破壊力を持つルークの腕により、バキボキと自身の腕を構成するものが壊されていく音を聴きながら、苦悶と共に絶叫する異形。ルークは更にその壊れた腕を掴んだまま自身の腕を振るい、思い切り振りかぶってホースフライを投げ飛ばしたのであった。
「ォオォォォッ!」
「ゥガ──カハッ……ぁア゙……」
「ちっ……オオオオッ!」
激痛に悶えて蹲るホースフライを目にし、もはや誰も当てにならないと踏んだムースは単身ルークに挑みにかかった。激しい突進から繰り出される拳はコンクリートの壁くらいなら簡単に壊せるほどの威力を秘めている。しかしその拳にルークは真っ向から挑みに、自身も拳を奮って迎え撃った。
「オオオオオッ!」
『もう完全に私たちの出る幕ないわね』
「はい……(でも、よかったかも……)」
ファンガイア同士の熾烈な戦いを前に、燐子はただ息を飲むばかりであった。先ほどまで自分はこれに挑もうとしていたのかと思うとゾッとし、今でも全身が僅かに震える有様であった。キバーラの言う通り今の自分にできることはないが、この場に留まっていることに安堵を抱いていることも確かであった。
「フンンンッ!」
『っ!?』
「きゃっ!?」
二体の異形が掴み合ったところで、ムースからエネルギー弾が放たれた。ルークの顔面にぶつかった光球は自分もろとも巻き込んで至近距離で爆発し、燐子たちからは互いの姿が見えなくなる。この隙に燐子を狙われないかとキバーラは燐子の前に飛び立つが、それからしばらく待っても燐子の元に攻撃が来ることはなかった。
そして煙が晴れた時、そこにはムースの頭部を強く地面に押し倒しているルークの姿があった。そして、先ほどまで這いつくばって悶えていたはずのホースフライの姿がどこにもなかったのだ。姿を隠して燐子を狙っているのかとキバーラは一瞬警戒するも、辺りの気配……正確にはこの場所から離れていく魔皇力を感知して考えを改める。
『アイツどこに行って……いえ、これって……』
「まさか……逃げたのかぁ……!」
ムースとルークが激闘を繰り広げている隙を見て、なんとホースフライは戦闘から離脱していたのだ。自分には敵わない、殺されると、恐れをなしたホースフライは完全に砕けた己の腕を庇いながら逃げ出したのである。彼らの間に仲間意識など無い。ただキングをその座から引き摺り下ろすという目的が一致したに過ぎない。絆など存在しない仮初のチームワークなど所詮その程度でしかなかったのである。
「……仲間に恵まれなかったようだな。フンッ!」
「ゥグホッ!?」
仲間が逃げ出したという事実にムースは怒りの形相を見せるが、それを歯牙にかけずルークはムースを蹴り上げ、その身体に指の爪をミサイルのように何発も発射する。その身にもろにルークの攻撃を浴びたムースは地面を転がり、起き上がろうとする脚も震え始めていた。
「とどめだ……二人ともその目でよく見ておくがいい」
「?」
もはや決着は付いたと思われたその時、突然ルークは後ろで見ている燐子たちに声をかけた。
「俺は最近、ある大事なことに気が付いた。それを今から体感させてやる」
「大事なこと……?」
『何言ってるのかしらアイツ?』
真剣な眼を浮かび上がらせて静かに告げるルークを、燐子もまた真剣な表情で見つめていた。彼の言う大事なこととは何なのかと、ほのかな期待を抱きつつ彼の次の行動を待っていた。
そしてルークは再び拳を構えたその時、彼の身体を中心にバチバチと音を立てて稲妻が走り始めた。
「唸れ
「ガハッ!?」
詩を歌うかのように宣告をするや否やルークの姿は消え、その直後、ムースの目の前に現れた彼はその拳を振り上げてアッパーカットを叩き込んだ。ルーク自身が電光の如く一瞬で動いたために、燐子たちには彼が動いた瞬間が見えておらず、急に瞬間移動したかのように現れたルークにただただ圧倒されるだけであった。
「ウォォォォォォォオオッ!」
「ッ!?」
自身が殴り飛ばしたムースを追うようにルークも地を蹴って跳び上がり、目標を追い越して天高く跳躍する。猛々しい雄叫びと共に天を泳ぐ様から、燐子にはルーク自身が雷のようだと感じていた。
朧げな意識ながらもルークに一瞬の内に真上を取られたことを察したムースは、もはや叫ぶことしかできなかった。
「ルゥゥゥゥクゥゥゥゥゥゥゥッ!!」
そして──
「震天動地! ヘブンズ・フィストォォォォォォォ!!」
ルーク渾身の雷の拳が異形の身体に突き刺さった。
「ゥグオオオォォォァァア゙ァァ!?」
落雷の如く天より降り注いだルークの一撃は異形の身体を打ち砕き、地面との衝突と同時にムースの身体を粉々に吹き飛ばした。ファンガイア独特の色鮮やかな破片が電気を帯び、より一層煌びやかに輝きながら夜の空から舞い落ちていく。その幻想的な景色に、燐子は何も言えず立ち惚けていた。
「……」
「どうだRinRin、カッコよかったか?」
「は……ル、ルークさん……」
景色に意識を奪われていた燐子であったが、いつの間にか目の前に現れたルークによって意識を現実に戻される。既に人間の姿に戻っていたルークは、燐子の前に現れた開口一番そんなことを尋ねてきたのだ。
「あの……結局ルークさんの大事なことって……何だったんですか?」
当然カッコよかったと言うべきところだが、燐子にとっては先ほど彼の告げた「大事なこと」が気になっており、その詳細を求めようとしていた。そんな燐子の純粋な興味に対してルークは得意げに、そして嬉しげに答えた。
「まず俺にとって大事なのことの一つは必殺技だ。カッコいいしそれだけで盛り上がる。しかし、それと同じくらい大事なことがもう一つある……必殺技の口上だ」
『口上って、アンタねぇ──』
「わ、分かりますっ……決め技の時の口上は大事ですよね……流石ですルークさんっ」
『──って燐子ちゃん!? 嘘でしょ!?』
ルークの感性に呆れたように息を吐こうとするキバーラであったが、燐子がそれに同調したことが意外で空中でひっくり返ってしまう。そんなことなど気にしない燐子は、口上の大切さを理解する同志に向けて若干早口になりながら談義を始めていた。
「NFOの魔法でも……詠唱があるのと無いのでは違いますよね……ルークさんのさっきの口上も……カッコよかったです」
「ふっふっふ……そうだろうそうであろう。カッコいいは正義。最強なのだからな」
「はい……(ルークさん……やっぱりちょっとあこちゃんに似てるかも……)」
ルークと同じく「カッコいい」を求める友だちを思い浮かべ、燐子は二人の趣向を重ね合わせる。元々同じ趣味を持ち合わせていただけあり、やはり自分たちにはどこか通じ合うところがあるのだろう。そう感じた燐子は、ルークが自分たちにとって心から分かり合える友になれるかもしれないと予感して楽しげに笑顔を浮かべる。
『それでルーク、一人逃げちゃったけどアンタはどうするのよ? 私はほとぼりが冷めるまで燐子ちゃんと一緒にいるけど』
「え……それは家にも……ですか?」
『ええ。ダメかしら?』
「そうじゃないですけど……なんだか申し訳なくて……」
キバーラの言葉で敵が一人逃げ出したことを思い出した燐子だが、しばらく自分の側にいると言い出したキバーラに後ろめたさが生まれていた。自分を守るためとは言え、そこまでして彼女の自由な時間をそれで奪っていいのかと優しい彼女は思い悩んでしまっていたのだ。
『別に今更よ。それに私だって燐子ちゃんのこと好きだし、麗牙と同じように守ってあげたいと思っているわ』
「俺も同じだ。RinRinは俺の親友の大切なフィアンセであり、そして俺自身の友でもある。それを守るためなら苦とは思わん」
「キバーラさん……ルークさん……」
『ほら行くわよ。家、すぐそこなんでしょ。一足先に家族の温かみに包まれてきなさいって』
「あ、でもさっき……麗牙さんがすぐ戻ってくるって……」
「遅刻だ。先に帰ったと俺から伝えておく」
『それアンタが手早く敵を倒しちゃうからでしょ』
「ふふ……」
しかし燐子を守ることに何の苦言も呈さない二人を見て、燐子の顔に再び笑顔が灯った。目の前にいる二人は人間ではないが、彼らも麗牙と同じように温かな心を持っているのだと改めて実感していた。
「(麗牙さん……大丈夫……ですよね?)」
しかし今もこの夜空の下のどこかで戦っているであろう麗牙のことを思うと、少しだけ胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。彼のことだから大きな怪我なんてしないはずだと燐子は信じているが、それでもふと言い知れない不安が襲いかかってきたのだ。しかしその些細な変化を気のせいだと信じて、燐子はルークたちと共に帰路を歩むのであった。
「っ……音が止んだ……(終わったのかな)」
人を襲うファンガイアに裁きの鉄槌を下した麗牙は、マシンキバーを駆って燐子の元へと急いでいた。しかしその途中で耳に響き渡るブラッディ・ローズの旋律が止んだことで戦闘の終わりを感じ取り、バイクを停車させてヘルメットを取り感覚を研ぎ澄ませていた。確かに薔薇の音はもう鳴ることはなく、愛音たちの戦闘、及び燐子の家近辺で感じていた悪意の気配が消えていることを察し、今宵の襲撃の終焉を確信したのだった。
「(何となく分かる。みんな無事だ……)よかった……」
連絡を取れたわけではないが、皆が無事であることも確信した麗牙はようやく気の抜けたように深呼吸をついた。しかし肩の荷が降りたような、ある意味で油断していた様子の麗牙に向けて突如声がかけられた。
「何がよかったのかしら?」
「っ! って、友希那さんですか。はぁ……」
完全に気が抜けていた時に声をかけられたために一瞬肩が跳ね上がってしまうが、その声の主が自分のよく知る少女のものだと知ると途端に力が抜け、深くため息を吐いてしまう。しかしすぐに笑顔を浮かべるとマシンキバーから降りて彼女と向き合っていた。
「私の何に驚く必要があるのかしら」
「いや、ちょっと色々あったから……友希那さんはこんな時間に何を?」
「ライブハウスで他のバンドのライブを見てきたの。その帰りよ」
「ライブですか。何か収穫はありました?」
「そんな顔に見える?」
「あはは……いえ」
どこかつまらなさそうに目を細めて語る友希那の顔を見れば自ずと分かると、麗牙は苦笑ながらに答えた。自分に、そして他人にもストイックな友希那だからこそ音楽に求める理想も高くなる。そんな彼女の刺激になりうる音楽とは今日のライブでは出会わなかったようだと、麗牙はそれ以上言葉にすることなく彼女に尋ねていた。
「心惹かれる音楽って、そう見つからないものですかね?」
「あなたたちの音楽を身近で聴いていると余計にね」
「え、僕のせいですか?」
「少なくとも初めてあなたを見た日から、私にとっての理想はまだまだ高みにあると感じた。責めてはないわ。むしろ感謝してる」
「友希那さんって本当正直ですね」
友希那が思ったことをはっきり口にする人だと麗牙も知ってはいたが、今改めてその人となりと向き合ったことで自然と笑みが溢れていた。自分という存在が彼女にとってそこまで大きなものになっていることを諭されて嬉しく感じ、胸が温かくなる。自分の音楽は彼女には間違いなく刻み込まれているのだと思うと麗牙は喜ばずにはいられなかった。
「悪い?」
「いいえ。嬉しいです」
「そう……ふふ、正直なのはお互い様ね」
気持ちに蓋をせずに表現するのは自分も同じだと指摘され、つい破顔する麗牙。麗牙自身今まであまり意識はしてこなかったが、自分と友希那は似ているところがあるのではと考え始めていた。思いの丈を偽らずに伝える点、音楽に対して真摯に向き合っている点、同じ曲作りをしていたからこそ分かる彼女との共通点に麗牙は気付き始めていた。
「もしかして僕らって似てますか?」
「どうかしら……どちらかと言えば……」
「?」
「……何でもないわ」
肯定はしなかった友希那の口が途端に歯切れの悪いものになり、麗牙は怪訝そうに友希那の顔を覗き込む。しかし友希那はそんな麗牙から顔を逸らし、どこか苦そうな表情を浮かべるばかりである。何か悩みでもあるのかと麗牙が尋ねようとしたその時、逆に友希那から麗牙に質問が投げ掛けられた。
「ねぇ、麗牙。あなた、今日も燐子と?」
「え? はい……それが何か?」
「……少し思っただけよ。もう長いことあなたの家で曲を作っていないって」
「それは──」
「それにふと思うの。私があなたの家に上がって一緒に曲を作るのは……燐子は……あなたは嫌なのかなって」
「──え……」
バツが悪そうに顔を俯けて友希那は静かに告げる。最初に麗牙と共に曲を作ると約束したのは自分であり、これまで何度か彼の家に上がっては彼の父の曲を完成まで近付けていた。しかし今や彼には愛すべき恋人がいる。そんな人を差し置いて彼は自分を家に上げるだろうか。現に先日は燐子を自分の家に上げて随分と楽しんでいたようだし、今日も二人で仲良くしていたのだと麗牙の言動からも分かる。故に思ってしまうのだ。今の彼は「音楽」よりも「愛」に傾倒しているのではと。
自分にはまだ「愛」はよく分からない。分からないからこそ、今自分よりも燐子のことが優先されることに複雑な気持ちを抱いていた。「音楽」を後回しにされることが悔しいのだと、それが自分の気持ちだと友希那は思い込んでいた。本当の意味での「嫉妬」という感情を知らないからこそ、そうなのだと信じ込んでいた。
「……」
そして麗牙もまた友希那の質問に答えられずにいた。友希那が自分の家に上がることに関して自分は全く嫌ではない。むしろこれまで同様に父の曲を共に完成させたいと思っており、随分彼女を誘っていないことについても罪悪感を抱いていたのだから。
しかし燐子が嫌がると言われれば、麗牙は何も言えなくなってしまう。もし自分が何も考えずに友希那を迎え入れれば燐子はどう思うだろうか。自分を信じてくれる……麗牙はそう思いたがっているが、それでも燐子の心の奥底では嫌だという思いが芽生えてもおかしくなかった。
もし自分が同じ立場ならば、と麗牙は考える。例えば燐子が自分の信頼する健吾かルークの家に二人きりと考えるだけでも、胸を掻き毟りたくなる程の嫌悪感を抱いてしまう。自分と燐子は違うと考えても、麗牙には彼女の悲しむ顔を思い浮かべずにはいられなかった。
「……」
「ごめんなさい。変なこと言って惑わせたわね」
「いや、そんなんじゃ──」
「おやすみなさい、麗牙。またね」
「──っ……はい。また……おやすみなさい」
結局答えが出ることはなく、友希那は麗牙の前から颯爽と歩き去っていってしまった。麗牙と話し始めた時は穏やかであった彼女の心の音も、今では重く塞がるような鈍い音になってしまうのを麗牙は感じていた。自分のせいで友希那の音を曇らせてしまったことに苦悩するも、今の迷いのある自分では彼女の音楽を変えることもできないと、苦々しい思いを背に麗牙はマシンキバーに歩き出そうとする。
その時であった。
♪〜
「……っ? はい、もしもし」
誰かからの着信を受け取った端末が音楽を鳴り響かせ、麗牙は即座にポケットから取り出して通話ボタンを押す。その直前に「大ちゃん」と表示された画面を確認した麗牙は、聞こえてくる親友からの報告に耳を澄ませていた。
『麗牙か。RinRinは無事に家に帰したぞ』
「ほっ……うん。ありがとう、大ちゃん」
ルークのことを信じていた麗牙であるが、彼自身からその報告を聞けたことでようやく本当の意味で安堵を抱いていた。
しかし、直後のルークの言葉によってこの感想が間違いであることを知らされる。
『だがすまない。一人だけ逃してしまった』
「えっ?」
『インセクトクラスの女だ。腕を砕いたからろくに戦えるとは思えんが、念のためにキバーラと二人でずっとRinRinの家の周りを警戒している』
「そ、そうか……ありがとう。それなら僕も探すよ」
ルークとの通話をそこまでにして端末をしまい、麗牙は再び気を張り詰める。まだ終わっていない、まだ燐子の命を狙おうとする不届き者がこの街に残っているのだと、麗牙は更なる戦場に向けて感覚を張り巡らせていた。
「……っ!?」
だからであろう。その時になってようやく気付いたことがあった。
今まで完全に気を抜いていたことが仇となったのだろう。
「(ぁ……)」
振り返った時、それは既に姿を表していた。
何も気付かず歩く友希那のすぐ上の電柱に張り付く異形。
麗牙と友希那の会話をずっと聞いていた異形が友希那に狙いを定めている姿を麗牙は目にしていた。
「アンタじゃないよ……でも……」
「っ!? 友希那さん!!」
『
闇夜に浮かび上がる吸命牙を目にし、麗牙は走り出す。
すぐに麗牙の意を汲み取ったサガークが彼の丹田に張り付き、麗牙はサガへの変身を遂げた。
「アンタでも十分だよ……っ」
しかし友希那を狙う影──ホースフライファンガイアには麗牙の姿など眼中に無かった。今は目の前の少女を殺せればいいと……キングのお気に入りであるこの少女を殺せさえすればこの屈辱も晴れると、そればかりを考えていた。彼女がクイーンでないことは分かってはいたが、それでもキングの目を明かしてやれるならば十分な成果だと思っていたのだ。
そして異形は、麗牙の呼びかけに視線を向けているためにその存在に未だ気付いていない友希那の肩に向けて吸命牙を放った。
「死ねっ!」
「お前ェェェェェェェェェッ!!」
『
それと同時に麗牙も紅く光り輝くジャコーダーロッドを異形に向けて放つ。
「ッガア゙ァァッ!?」
怒りの雄叫びと共に打ち出されたスネーキングデスブレイクの必殺の一撃は、確かにホースフライの喉元を突き刺した。
しかし──
「っ!? ぁ……っ」
──友希那の身に吸命牙が突き立てられたのもまた同時であった。
「ッ! オオオオオオオォォォッ!!」
サガは腕を大きく振るい、異形を釣り上げるように刃に突き刺したまま空中へ放り投げる。友希那の元へと走りながら、宙へ浮かせたホースフライに莫大なエネルギーを送り込み、ものの一瞬で異形は息絶えてしまっていた。そしてサガは更に腕を振るい、後方の地面に叩きつけると共に異形の身体はガラス細工のように粉々に砕け散ってしまった。
「友希那さん!!」
自身の後ろで破裂し空からステンドグラスの破片が舞い散る中、変身を解いた麗牙は倒れかかる友希那の元に駆け寄り、その身体が地面に倒れる寸前に支えていた。
「友希那さ──っ」
「……」
しかし既に友希那に意識はなく、彼女は目蓋を閉じたまま麗牙の呼びかけに応じることはなかった。
「友希那さん……友希那さん!! 友希那さん!!!!」
ぐったりと力なく倒れる友希那の身体を支えながら、麗牙の叫びが夜空にこだまする。
麗牙がどれだけ叫ぼうとも、友希那の意識が目覚めることはなかった。
友希那の運命や如何に……?
次回に続く。