『その時、麗牙さんの前に現れたのは友希那さんのお父さん! 何やらオトヤさんやマヤさんのことを知っている様子ですよキバットさん?』
『果たして友希那の父ちゃんは一体何者なのか……?』
友希那さんを帰してから数刻経ち、気が付けば朝の眩しい日差しが窓から差し込んでいた。あれから彼女の父親のことがずっと気になり、考えを巡らせながら眠りについたためか浅い睡眠になってしまっていた。元々が夜の一族のために身体の方は大して辛くないが、悩みが解決しなかったことで目覚めの方は正直いいものとは言えなかった。
♪〜
その時、屋敷に来客を告げるチャイムが鳴り響いた。昨日の夜に引き続き日曜日の早朝から誰が来るのかと怪しみながら、玄関まで降りていき覗き穴から様子を確認する。そして、そこにいる人物に驚きながらも僕はすぐに扉を開けて彼女を招き入れたのだった。
「っ、ゆ、友希那さんっ!?」
「おはよう、麗牙。昨日の今日で悪いけど、上がってもいいかしら?」
「お、おはようございます。ええ、構いませんけど……」
まさか朝食もまだというこの時間に友希那さんが訪れるとは思わず、しかし拒むこともできないためリビングまで彼女を通す。元々は泊まる予定で今日の朝から二人で作曲をするという話だったから、理論上は彼女がこの時間に僕の家に来ても迷惑にはならない。寝る場所が僕の家から彼女の家に変わっただけで、その続きを彼女はしようというのだろう。
しかしこれはチャンスかもしれない。彼女がいる今なら、昨日のモヤモヤを解決できるかもしれない。
僕はリビングから二階に上がろうとする友希那さんに、ずっと気になっていた質問を投げかけていた。
「あの、友希那さん。友希那のお父さんって何者なんですか?」
何故父さんと母さんの両方を知っているのか。何故僕が二人の子どもであることを知っているのか。そして、ブラッディ・ローズと何の関係があるのか。僕の知らないところで両親と深く関わっているであろう彼女の父親のことが知りたくて、彼女に問い質そうとする。
「ごめんなさい。多分、あなたの知りたいことまでは私も分からないと思うわ」
しかし友希那さんもそればかりは知らないようで、申し訳なさそうに顔を伏せる。それもそうだ。僕と出会うまでブラッディ・ローズのことを知らなければ僕の両親ことも知らない。父親から何も聞かされてない以上彼女が知る術がなくて当然だ。
「でも昔……私が小さい頃に昔話をしてくれたの。キバという名のヒーローが現れる昔話を」
「それは友希那さんのお父さんが?」
「ええ。紅色の鎧を纏ったヒーローが、恐ろしい怪物を倒して人々を助けるというお話。あなたが言っていた黄金のキバの話も」
しかし友希那さんがただ一つだけ彼から聞かされていたのが「キバ」の名だった。紅色の鎧のキバ──間違いなくファンガイア王家に伝わるキバの鎧のことだと確信すると同時に、それを知っている友希那さんの父親はファンガイアの存在も間違いなく把握していることも確信した。もしかすると僕の両親がファンガイアであること、そして僕がファンガイアであることも知っているのかもしれない。
「これ以上は何も聞いてない。昨日も結局何も聞けなかったわ」
「そう、ですか……」
他に何か聞いたことはないかと思ったが、残念ながらそれ以上の手がかりは現状掴めていないようだ。となればまた友希那さんに聞いてもらうか、僕が直接聞くしかない。いずれにせよ、彼とはまたいつか接触しなければならないと感じていた。
「でも、これだけはあなたに話しておきたいの。お父さんのこと。そして、私自身のこと……」
「友希那さんの?」
「ええ」
それとは別に話したいことがあるらしい友希那さんは重く頷くと、二階の作業部屋へ向かう。そして部屋に入り、立って僕と向かい合わせになった状態で、友希那さんは静かに胸の内に秘めた想いを明かし始めていた。
「私が幼い頃の話よ──」
それは彼女の父親がバンドマンとして活躍していた頃まで遡る。インディーズ時代から人気の高かった彼女の父たちのバンドはプロの世界に駆け上がり、更なる飛躍が期待されていた頃の話だ。
当時の友希那さんも父親の音楽が大好きで、そんな彼らの音楽に惹かれ、自身もまた音楽の素晴らしさに傾倒していたのだという。友希那さんが音楽の道を歩め始めたのは僕と同じで父親の影響だと知り、シンパシーを感じて内心微笑みそうになる。
しかし夢を追い続ける彼女の父は、ある日その道を自ら断つことになった。
事務所の意向から自分のたちの望まぬ音楽を奏でるよう指示され、それで出した曲は従来のファンに当然受けることなく、彼らの評判は落ち続けていく。そして自分たちの本当の音楽を奏でられないまま、FUTURE WORLD FES.──今のRoseliaが目指している高みへの挑戦がかかった舞台で、彼らの音楽は「いらない」と一蹴されてしまったのだ。
自身の望む音楽を奏でられず、夢への道も敗れた友希那さんの父たちはバンドを解散、引退してしまった。
「……」
友希那さんの父の壮絶な過去を知り、僕もまた息が詰まるような思いであった。自分の奏でたい音楽を奏でさせてもらえず、偽りの音を奏でたまま最後には他者から限界を突き付けられて自ら音楽の世界から去る……それがどれほどの苦しみか、音楽を愛する僕には痛いほど分かる。しかしその苦しみを僕以上に痛感したのは当時の友希那さんだった。
「あの時ほど音楽があんなに残酷だなんて思ったことはない。音楽を憎いとさえ思っていた」
「そんな……」
努力を続けてきた父親の挫折を目の前で見せつけられた友希那さんの絶望は計り知れない。父親が突然自分たちの本心とは異なる音楽を奏で始め、今まで応援していた人たちが去っていく光景。夢がかかった舞台で父たちの音楽を見限られた光景。音楽に全てを捧げていた父親が音楽に裏切られた光景。その全てが幼い日の友希那さんに襲いかかってきた。
そして、友希那さんの音楽に対する想いも変えてしまった。彼女が音楽を続ける理由さえも……。
「私がRoseliaを作った理由……それは復讐よ」
友希那さんの告げるその言葉がとても重々しく、僕はただ息を吸って話を聞くとしかできなかった。
FWFで父親の音楽を奏でて世間を見返すこと。それだけが彼女の音楽を奏でる理由であった。全ては父親のため、父の音楽のため、父が正しかったことの証明のため。友希那さんはひたすら死ぬ物狂いで高みを目指してきた。そこに、かつて抱いていた音楽が楽しいという感情、音楽を好きだという気持ちは失われてしまっていた。
「私は、音楽を復讐の道具に利用しようとしていた……あなたから見れば軽蔑されるような人間よ」
「……でも、今は違う。友希那さんの音を聴けば分かります」
しかし、そう語る友希那さんの過去と今の彼女の音楽が違うことくらい僕にはすぐ分かる。本当に音楽を憎んでいる人なら、僕の前であんなに真剣に曲の意見を出したりしない。歌う時にあんなに心地の良い心の音楽を鳴らしたりはしない。友希那さんが音楽を道具扱いしていないことなんて既に分かりきっていることだった。
「皆が気付かせてくれたの。私はもうお父さんのためだけに音楽をやっているんじゃない。私は私のために、Roseliaのために自分たちの音を奏でているのだと」
彼女が作ったRoseliaが彼女自身を変えてくれた。燐子さんにリサさん、紗夜さんやあこちゃんの皆の音楽が、友希那さんの復讐心を新たな想いへと昇華させたのだ。他の誰の音楽でもなく、Roseliaの音楽で頂点に昇り詰めると。父のためでなく、自分のために音楽を奏でると。
──『あなたは父のために戦っていたというの?』
──『麗牙、もう一度よく考えて。あなたの父のことではない、あなた自身のことを』
「(だからあの時友希那さんは僕にあんなことを……)」
リサさんと紗夜さんの間で悩んでいた時に友希那さんに言われたことを思い出し、ようやくその強さの根底を理解することができた。かつては友希那さん自身が父親のためだけに音楽を奏でていたからこそ、同じように父さんの理想のために戦っていると思っていた僕を叱咤できたのだ。
故に僕の知っている友希那さんの歌声には迷いはない。Roseliaという強かに咲く薔薇を頂点に導くために、揺らぐことのない意志を持って音楽を奏で続けている。そこには復讐者の面影は感じられなかった。ただひたすら精進する音楽の求道者としての彼女を知っているからこそ、僕は友希那さんが音楽のことを憎んでおらず、かつての想いを取り戻しつつあるのだと思っていた。しかし……。
「友希那さんはもう音楽のことが──」
「待って。まだよ」
「──まだ?」
好き……そう言おうとしたところで彼女に止められてしまう。
「私はまだその先の言葉は言えない。私もまだ、答えを出していないの。今の私が本当に音楽が好きなのかどうか。FWFに出てその頂点に立つその時まで、私はきっとその言葉を言うことはできない」
「友希那さん……」
強く真剣な瞳で僕を見つめる友希那さんに僕は何も言えなくなる。Roseliaのお陰で変われた友希那さんだが、当初の目的である高みに辿り着くまでにこれまで、そしてこれからも多くのことを経験してしまうのだろう。そしていざその時が訪れた時、彼女は胸を張ってそれを言えるかどうかの確信が持てなかったのだ。しかし今はまだ無理でも、いつかはその言葉を言える時が来ると僕は信じたい。だから僕は友希那さんに告げた。
「僕も手伝います」
「え?」
「友希那さんにもう一度、音楽を好きだと言ってもらえるように。音楽が好きって、友希那さん自身の口から聞きたいから」
僕は今の友希那さんが音楽を楽しいと感じ、好きだと思っていると信じている。しかしそれを自分で言葉にできないのなら、できるまで彼女を支えたいと思っていた。思い返せば僕はこれまで友希那さんが音楽を好きだと言葉にしたところを聞いたことがない。
だからこそ、いつか「音楽が好きだ」と彼女の口から言ってもらいたかった。いや、望むだけじゃダメだ。
「絶対に友希那さんに、音楽が好きだって言わせてみせます」
その言葉を言わせてみせると、僕は彼女に啖呵を切る。彼女がまた音楽を恨まないよう僕が支えてあげるのだと彼女に、そして自分自身に誓う。それが彼女たちの過去を知った僕なりの覚悟だった。
「……ふふ、そう。どこまでも音楽に対して情熱的なのね、あなたは。お父さんみたいに」
薄らと微笑む友希那さんを見て、ふと思うことがあった。彼女がこれまで僕に投げかけてくれた言葉の、その裏に流れる想いを……。
「友希那さん、以前僕に言いましたよね。『僕の音楽を奏で続けて』『自分の音楽を貫き通して』と。それってやっぱり……」
「麗牙の思っている通りよ。勝手なことで悪いと思っているけど、私はあなたに父の面影を見ていたわ。どこまでも音楽に真摯で、妥協を知らず高みへと昇っていく。そんなあなたの音楽を奏でる姿がいつしか父と重なって……いえ、多分初めてこの目で見た時から感じていたんだと思うわ。あなたは私の父とどこか似ているって」
僕は友希那さんの父親と似ている……それが真相なのだろうと腑に落ちた。僕の音楽が燻ることへの懸念も、僕の音楽が失われることへの危機感も、彼女の父の過去に起因するものだった。僕の音楽が友希那さんの父の音楽と重なっていたのだとその言葉で感じた。
しかしそれは、自分の父親をフィルターとして僕を見ていたということにもなる。友希那さんにとっての僕の音楽は、彼女の父の音楽ありきのものではないのか。僕の音楽を聴く以前に、彼女の中には別の音楽があるのだと思うと少しだけ遣るせない気持ちになってしまう。僕の音楽は彼女にとってどうしても二番手になってしまうのだから。
「だから友希那さんは僕の音楽を心配していたんですね。友希那さんにとっては、今の僕の音楽も父親と同じものだから──」
「それは違うわっ」
「え?」
しかし慌てるように叫んで僕の言葉を遮る友希那さんに、僕は自分の考えが違っていることに気付かされる。
「確かに二人とも才能はあるし、どこか似ているところもある。でもあなたとお父さんの「音楽」は違うっ。私はあなたの音楽が父と同じだなんて欠片も思っていないわ。ただ私は麗牙に父の……お父さんの二の舞になってほしくないだけ……」
最後に消え入るような小さな声で友希那さんは呟いた。僕の音楽は第二の父の音楽ではなく、全く別の音楽だと友希那さんは真剣に語った。僕の音楽に父親の音楽を重ねたのではなく、彼女は純粋に心配してくれていただけだったのだ。そして僕の音楽を気に入っているのも、純粋に一つの「音楽」として好意を抱いているからだった。
「私はあなたの音楽が……その、とても気に入っているの。だから……自分がそう思った音楽が消えていくのを、私はもう二度と経験したくない……」
自分が大好きだった音楽が消えていく様子。その時の絶望と恐怖、悲壮は未だ消え去ってはいないのだろう。同じことはもう二度と目にしたくないと、静かな面持ちでも彼女の心から流れる必死な音楽がそう告げていた。
ならば僕は絶対にそんな姿を彼女に見せない。友希那さんにこれ以上のトラウマを背負わせるわけにはいかないと、僕の心が煩く騒ぎ立てていた。
「麗牙。あなたは何があっても、音楽をやめたりしないわよね……?」
「当然そのつもりです」
誰かに言われるまでもなく、僕は自分の音楽を奏でることを止めたりはしない。だから心細げに話す友希那さんに対して自信を持って強く言い放つ。友希那さんの心の音楽を守れるのは、僕自身の音楽なのだから。
「じゃあ、もしあなたが音楽を捨てそうになったら……引っ叩いてでも引きずり戻していいわね?」
「やれるものなら。もし友希那さんがそうなったら僕が引きずり戻しますから」
「そう。心強いわね」
不安げな表情が消え、ようやく笑ってくれた友希那さんに僕も微笑み返す。互いに音楽への執着が強いために音楽を止めるなんて状況が想像できないが、万が一のことが起これば彼女はやってくれるのだろうという信頼があった。きっと友希那さんも、僕に対して同じ信頼を抱いてくれていることだろう。
「父の話はここまでよ。さっそくだけど──」
「はい。曲作り、再開しましょうか」
「──ふふ……ええ」
僕がそう言うと、友希那さんは今までよりもずっと柔らかい笑みを浮かべて頷いた。随分と入り込んだ昔話を語ってくれたことからも、僕も彼女からかなり信用されるに至ったのだと感じて少し嬉しくなる。明かすことができたからこそ、今の友希那さんの心の音も今までよりも軽く、跳ねるようなリズムを踏んでいた。
「でも、あなたの父の曲じゃない。これはもう私たちの曲よ」
「確かに、そうですね」
後から聞いた話だが、「LOUDER」もまた彼女の父親の曲であったそうだ。一度は自分には歌えないと思ったその曲を友希那さんたちRoseliaは完成させ、そして見事演奏しきったのだという。父の曲を一度は自分たちのものにした友希那さんの言葉には、何も知らなかった僕にも自然と響いてきたのだ。
しかしこの直後、友希那さんは突然僕にこんな提案を投げかけてきた。
「麗牙。この曲だけど、私に歌わせてくれないかしら」
意外な言葉ではあったが、然程驚くことはなかった。これまでは誰が歌うかすら想定できなかったため、誰が歌ってもいいようにこの曲の旋律を決めていった。しかし今まで自分が歌うとハッキリ言わなかった彼女が今になってそう言うのが少し意外で興味深く、続く彼女の言葉に耳を傾けていた。
「Roseliaの曲にするわけじゃないわ。そもそもヴァイオリンのパートも入れてるのだからあなたがいないとダメだから。ただ、この曲に乗せて私の音を届けたい、世界に響かせたい……そう心から望んでいるの」
「分かりました。それでいきましょう」
「本当にいいの?」
「はい。僕も何となく、友希那さんに歌ってほしいなって思ってましたから」
あっさりと自分の要望が通ったことに友希那さんは驚いたように目を見開いていた。しかし僕はこの曲は友希那さんが歌うべきだと、彼女の話を聞いて感じたのだ。自分は将来どのように音楽と向き合えているのか。そんな不安と期待の中で前に進もうとする友希那さんに、僕たちが作り上げたこの曲を歌ってほしい。僕たちが詰め込んだ音楽への情熱が、そして僕の父さんから紡がれた生命の輪が彼女によってどのような音楽を奏でるのか、誰でもない僕自身が一番知りたがっていた。
「ありがとう。麗牙」
こうして僕たちの曲──仮題「生命の輪」は友希那さんをボーカルとする形で作曲を進めていくことになったのだ。
近い将来に友希那さんがこの歌を歌う時、僕は彼女に音楽が好きだと言わせているだろうか。いや、言わせてみせる。音楽と向き合うことの迷いの中にいる彼女を引きずり出して、必ず音楽への純粋な気持ちを取り戻してみせる。そう自分の中で決意を固めると、自然と力が湧き上がってきていた。
「……」
外から吹く風によってパラパラと捲れていくカレンダーにふと目をやる。時が経つのは早いもので既に四月に突入しており、明日からは僕たちも三年生だ。高校最後の一年間、果たして僕たちはどのような音楽を奏でながら過ごすのか。それを今から楽しみに感じながら、春の日差しに照らされて彼女と作業に取り掛かるのだった。
それと同時にブラッディ・ローズと共に飾られた不思議な写真──通りすがりの旅人によって撮られた僕と父さんの写真が一瞬煌めいたような、そんな気がしていた。