ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『再び屋敷を訪れた友希那により、彼女と、そして彼女の父親の過去を知る麗牙』

『互いに音楽を止めないことを誓い、共に音楽を作っていく二人。彼らの紡ぐ音楽はいつ奏でられるんでしょう。私も早く聴きたいです』


第135話 吸血王の先生

 春の息吹が桜と共に肌を包み込む今日この頃。三年生に進学してから一週間が経ち、わたしの周りでは目眩くように新たな日常が展開されていた。花咲川の生徒会長として始まった新学期はそれはもう目の回るような時間だった。生徒会の仕事を覚えたり、人間関係に慣れるために身近な人から交流を深めようとしたり、新入生の前で挨拶をしたり……全てが初めての挑戦で大変なことばかりであり、しかし同時に充実した日々を過ごしていた。

 新しいことへの挑戦はわたしに新しい経験と価値観をもたらしてくれる。まだ怖いところもあるけど、多くのことを学べる機会に触れてまた一つ新しい自分に出会えるような気がしていたからだ。この数日で少しずつ成長していると実感する自分が誇らしく、そんな想いを反映するように星々が輝く夜空の下、わたしはCiRCLEから自分の家へと歩いていた。

 

「燐子さんっ。こんばんは」

 

「ぁ、麗牙さんっ……こんばんは……!」

 

 その時、偶然にもキャッスルドランでの仕事を終えて帰路に着く麗牙さんと出会したのだ。彼の顔を見た途端に思わず溢れてしまう満面の笑みを抑えることができず、とてもだらしない顔で麗牙さんに挨拶してしまう。図らずともこうして大好きな恋人と出会うことが嬉しく、もはやわたしたちの仲は運命なんだと思ってしまう。

 

「お仕事だったんですよね……お疲れ様です……」

 

「ありがとう。燐子さんも練習帰りだよね。お疲れ様。それと、燐子さんがいるってことは──」

 

『もちろん私もいるわよ、麗牙』

 

「──うん。キバーラもお疲れ様」

 

 最近は共にいることが当たり前になったキバーラさんも出てきて麗牙さんと言葉を交えていた。彼女もずっとわたしの生徒会長との仕事を支えてくれていて、その並外れた知識量故にとても助かっている。わたしが生徒会長を何とか熟せるのは彼女の力によるところも大きかったりする。ソフトボールの練習試合の日みたいに守ってくれることはあれ以来無いけど、普段からもよく相談に乗ってくれていて気持ち的には専らお姉さんのような存在だった。

 流石に同じ生徒会の市ヶ谷(いちがや)さんの前では相談できないけどね。氷川さんならともかく。

 

「生徒会長、頑張っているみたいですね」

 

「い、いえ……わたしなんてまだまだです……」

 

『そんなことないわ。燐子ちゃん、よくやっているわよ。うん、花女のクイーンとしての貫禄が成りつつあるわ』

 

 自分では頑張っているつもりであり、それを他でもない麗牙さんに褒められることが心の底から嬉しくて顔が緩んでしまう。しかし生徒会長に成り立てで未だ至らないところがあることも自覚している分、彼には悪いがどうしても謙遜してしまう。羽丘女子学園で生徒会長に就任した日菜さんは全く臆することなく卒なく熟していると聞くし、せめて彼女くらいにはならなくてはと、内心で自分を奮い立たせていた。

 というよりキバーラさん、「花女のクイーン」ってなんか意味が違ってくるような気もするけど……あこちゃんみたいに「ラスボス」と呼ばれるよりは近いかもしれないけど……。

 

「僕の学校でも聞こえてきますから。花咲川の新しい生徒会長も頭がよくて、とても美人だって」

 

「ええっ?」

 

「嬉しくて叫んでしまいたかったくらいですから。『それは僕の彼女だ』って」

 

「そ、それは……嬉しいですけど……恥ずかしい……」

 

 まさか麗牙さんの高校までわたしのことが知れ渡っているとは思わず、それだけで恥ずかしいのに、その上で彼に宣言されたらと思うと羞恥で倒れそうになる。麗牙さんの彼女であることはわたしも誇りたいし彼にそう言ってもらえるのは嬉しいところだけど、自分の預かり知らぬところで注目されるというのは少し怖く感じてしまうのだ。

 しかし彼にもっと自信を持ってわたしのことを恋人だと言ってもらえたら、恥ずかしいけどとてもいい気分なんだろうな。だから、やっぱりこういうところも克服していかないといけないのかもしれない。

 

「白金さん?」

 

 その時、わたしの名を呼ぶ女性の声が聞こえてきた。麗牙さんの後ろから近づいてくる、黒のカジュアルな服装を着こなした若々しい綺麗な女性だった。突然わたしの名を呼ぶだけあって、その人はわたしもその存在を知る女性であった。

 

新子(あたらし)先生……?」

 

「こんばんわ、白金さん。今帰り?」

 

「はい……バンドの練習の帰りです……」

 

 彼女の名は新子(あたらし) 花撫(かなで)──もとい新子先生。今年度から花咲川に赴任してきた教師だ。しかしその若々しい見た目とは裏腹に学校での振る舞いは随分と熟れており、新任にも関わらず生徒や先生たちの間にも手慣れた様子で入っていく姿は、宛らベテラン教師を見ているような気にもさせられていた。わたしも生徒会長として何度かお話させてもらったけど、しっかり者だけど柔らかい物腰のためにとても接しやすく、わたしはすぐ新子先生の人となりが好きになっていた。まだ数日しか経っていないのに既に学園の人気者になるのも十分納得だ。

 

「そちらは……」

 

 そんな先生とは言えど、流石に彼氏といるところを見られるのは少し恥ずかしい。厳密にはキバーラさんもいるけど、先生から隠れている以上、彼女には私たちが二人きりでいるように見えるだろう。当然先生は麗牙さんを見遣り、何かを告げようとする。

 

 しかし次の瞬間、わたしのすぐ隣から予想だにしない言葉が聞こえてきたのだ。

 

 

「……先生……」

 

 

「え?」

 

 目を丸くして呆気に取られた様子の麗牙さんは、わたしの先生を見て小さく呟いていた。わたしの言葉からとって先生と呼んだわけじゃないのは明らかであった。確実に、麗牙さん自身がそう呼ばせていた。そう呼ぶことに自然体であったのだ。

 そしてその思惑の答えは、先生の口から発せられた。

 

「お久しぶりです、麗牙様。ご健勝で何よりです」

 

「やっぱり……先生、なんですね……!」

 

「え……え……?」

 

 麗牙さんに深々と頭を下げ、改まった口調の先生に少しだけ混乱しそうになる。非常に整った姿勢で見ているだけで目を奪われるような綺麗な佇まいの先生。しかしそんな先生のことをとても懐かしむように、そして愛らしく見つめていている麗牙さんを見て胸がチクリと痛み、おかげで混乱から覚めることができた。

 

「ら、麗牙さん? 先生とはどういう……?」

 

 先生に向ける愛おしそうな目をやめてほしくて、麗牙さんの手を揺さぶって意識をわたしに向けさせる。思惑通りわたしに視線を向けてくれた麗牙さんは、我に帰った途端に思い出すように短く笑い、そしてわたしに告げたのだ。

 

 

「彼女は……先生は、昔の僕の教育係……つまり王室に勤めていたファンガイアなんです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新子先生が紅さんの教育係……ですか」

 

 あれから一日経った今でもその衝撃が忘れられず、またこのことを誰かに共有したくてわたしはすぐに氷川さんに話していた。彼女も少なからず驚くことがあったようだが、僅かに眉を上げて目を開くだけで、昨日のわたしのように大きな衝撃を受けているようには見えなかった。

 

「氷川さん……あまり驚いていませんね……」

 

「いえこれでも驚いてるわ。紅さんのこともあるし、先生がファンガイアだということもね」

 

「あ、ファンガイアというのは……今は少し違うみたいです」

 

「どういうこと?」

 

 新子先生は確かにファンガイアであったが、ある日を境にその力を失うことになったそうだ。その理由は教えてくれなかったが、先生曰く「悪いこと」をしたために先代のキング……つまり麗牙さんのお父さんによってその力を抜き取られたのだと言う。人間のライフエナジーを吸うことも異形の身体になることもできない自分は果たしてファンガイアと呼べる存在なのだろうかと、そう笑って話す先生に準じてわたしも「少し違う」と呼ばせてもらったけど……麗牙さんは怒るかな……?

 

「ファンガイアの力を……そういうことができるんですね」

 

「今は……麗牙さんもできるって言ってました……」

 

「そうですか……キバーラさんは知らなかったのですか? 新子先生なら学校で何度か見ていると思いますが?」

 

『私もね、話だけなら聞いたことがあるけど、どういう人か知らなかったのよ。ファンガイアの力も失われているみたいだし、流石の私も分からなかったわ。でも昨日会った感じだとビミョ〜〜に何か魔皇力っぽいのは感じたわね。多分昔の残り香みたいなものかしら』

 

 キバットさんも麗牙さんの教育係を務めていたそうだから、その妹のキバーラさんも何か知っていると思ったけれど、意外にも彼女たちに接点はなかったようだ。微妙に感じたという言葉に少し引っ掛かりを覚えるけど、そういうものなんだと自分を納得させる。

 彼女についてはまだ知らないことが多いし、同時にそんな彼女を知る麗牙さんのことももっと知りたい。そんな思いに駆られていた時、魔族の秘密を共有する者たちだけの生徒会室に来訪者が現れた。

 

 

「楽しそうな話してるね。私も混ぜてくれる?」

 

 

「ぁ……新子先生……」

 

 噂をすればなんとやら、新子先生その人が生徒会室に訪れていたのだ。彼女に内緒でこそこそと語っていたことに罪悪感があったわたしは、正直に話の内容を告白することにした。

 

「すいません……ちょうど先生の話をしていました……」

 

「うん、正直でよろしい。まあ私も力は失ったけど、耳はいいまんまだから全部聴こえてたんだけどね。ふふっ」

 

 そう言って朗らかに笑う先生が可愛らしくて、つられてこちらまで笑顔になってしまう。見た目以上に年齢を重ねていることは分かっているが、それでも少女のように明るい笑顔を見せる彼女のことが、先生としてだけでなく時折友達のようにも見えてしまう。それほどわたしたちとの心の距離が近いということであり、皆からも好かれる秘訣なんだとしみじみと感じていた。

 

「って、白金さんにこんな口聞いちゃダメか。麗牙様の恋人……いや婚約者だから、私たちの未来のクイーンってことだもんね。んんっ……我が非礼をお許しください、クイーン」

 

「そ、そんなっ……それは……っ」

 

 しかし突然昨日の麗牙さんにしたようにわたしに頭を下げ、畏まった言葉で話す先生を前にして狼狽えてしまう。先ほどまで友達のような距離感する感じたあの可愛らしい姿は消え、言葉も態度も完全に別人のように変化した先生に気後れしてしていた。従順な家臣の如く礼節を弁えた言動に晒されて、自分は本当にこんな態度を取られるような偉い人間なのかと自信が無くなっていきそうにもなっていた。

 

「……なーんて嘘よっ」

 

「え?」

 

「ふふっ、そんな急に変わるわけないでしょ。ここは学校なんだし、卒業するまでは私たちは教師と生徒の関係よ。だから、これまで通り仲良くしましょう、白金さん」

 

「は、はい……よかった……」

 

「ええ、私も少し驚きました……」

 

 しかし、それはどうやら先生の悪戯だったようだ。楽しげな言葉を発すると共に先生の醸し出す空気も柔らかいものに一転し、先ほどまでの従者のような姿は幻だったのではと思ってしまう。「ごめんね」と小さく舌を出して謝る姿は本当に少女のようであり、しかしわたしはそんな彼女が不快だとは全く感じなかった。

 

「まあお詫びと言ったらなんだけど、彼の話とか聞かせてあげようか?」

 

「え……」

 

 そんな魅力的な提案を持ちかけられて断るような度量はなかった。わたしも知らない麗牙さんの過去、その話が聞けるなら是非とも聞いてみたいという思いがあったからだ。わたしは先生の話に即座に乗り、その話に耳を傾けることにした。

 

「どう? 聞きたい?」

 

「は、はい……是非っ」

 

「あの、私もいいでしょうか?」

 

『私も麗牙の全部を知ってるわけじゃないから興味深いわね』

 

「うん、いいよ。さて、何から話そうか……私が知ってるのは彼が十歳までのことだから……」

 

 楽しげに記憶の中から思い出を選ぼうとする先生の心に呼応するように、わたしもワクワクしていた。

 

「そうだね、とりあえず昔から頭はよかったよ。教えたことはすぐに吸収するし応用もできる。物覚えがよかったから、勉強面に関しては全然苦労しない子だったよ」

 

「勉強面は?」

 

「外に出るのが嫌でさ、ずっと城の中にいて運動や気分転換のために外に出すのも一苦労だったよ」

 

「有り体に言えば、引きこもりということですか?」

 

「と言うか間違いなく引きこもりだったね」

 

 確か前にもそんな話を彼自身から聞いたような気がする。昔は引きこもりみたいだったと麗牙さん自身が語っていたのが真実だと、彼を疑っていたわけではないが先生の発言でやっと確信が得られた気がした。

 

「まあそれも月日と共に大分マシになっていくんだけどね。あとちょっと泣き虫だったかな」

 

「え?」

 

「紅さんが? 本当にですか?」

 

 泣き虫……あの麗牙さんが? その言葉に驚いたわたしたちは一瞬声を上げてしまう。

 

「ホントよホント。ねぇ、そこはキバーラちゃんも知ってるでしょ?」

 

『え? ええ、まぁ泣いてたところは見たことあるけど、私の時はそう何度もあったわけじゃないわ』

 

「そう? じゃあ私がいた時だけかな、彼がよく泣いていたの」

 

「……(いや……)」

 

 しかしよく考えてみれば、わたしは彼が今でも泣いていることを知っていた。麗牙さんが変身して戦う時、彼はいつもあの仮面の奥で誰かを傷付けることに涙を流している。そう、人前で泣かなくなっただけで麗牙さんはいつだって一人で泣いているのだ。

 そして麗牙さんの隣にいるということは、そんな彼を一人にしないことなのだと改めて感じていた。彼が悲しむ時はわたしも傍にいて共に悲しみ、想いを分かち合う。それがわたしが彼のためにできる精一杯のことだと、彼の隣にいる者としての心構えを新たにしていた。

 

「そうね……あっ、あの子がうっかり私の着替えを見た時は──」

 

 そして先生がいろんな意味で聞き逃せない内容を話そうとした時だった……。

 

 

「失礼します」

 

 

 その声と共に生徒会室の扉が再び開かれ、新たな人影が足を踏み入れていた。わたしより学年が一つ下で、生徒会の書記を務めている市ヶ谷(いちがや)さんだ。バンド活動ではキーボード担当でインドア派だったりと共通点も多く、同じ生徒会になったことで最近より親しい間柄になった人物でもある。そんな彼女は、明らかに話の途中であった先生の姿を見て少しだけ反応に困ったような態度を見せていた。

 

「新子先生?」

 

「──っと。ごめんね市ヶ谷さん。生徒会と無関係な先生がいてビックリさせちゃった?」

 

「そうじゃないですけど……あの、もしかして何か立て込んだ話とかしてました?」

 

 自分が訪れたことで話の腰を折ってしまったのではないかと、市ヶ谷さんは若干の後ろめたさを感じているようだった。優しい彼女のことだから、自分のせいで邪魔をしてしまったのかもしれないと気になってしまったのだろう。そんな心配しなくてもいつでも聞けることだから問題ないと、わたしが市ヶ谷さんに伝える前に、先生が先に言葉を発していた。

 

「ううん、そうじゃないよ。ちょっと、白金さんの彼氏のことでね」

 

「っ(せ、先生ぇぇ!?)」

 

 しかしその内容があまりにも正直過ぎて、一瞬息が止まるかと思うほどの衝撃に襲われて何も言えなくなってしまう。勝手に自分のプライバシーが晒されたとか、そんなことを思う暇もない程に驚いて身体が硬直してしまっていた。

 

「あ、なんだ、そうなんですか。彼氏ですか。へー、彼氏……かれ……し……ってぇぇええっ!? 燐子先輩って彼氏いるんですか!?」

 

「うんっ、とてもいい反応ねっ。市ヶ谷さん」

 

 身動ぎしないと思われた市ヶ谷さんだけど、言葉の意味をもう一度汲み取ってからは案の定驚愕し、仰天した顔でこちらを見つめていた。何がそんなに信じられないような顔をしているのかは分からないけど、口を大きく開いて驚いている彼女が少しおかしくて、ようやく先の衝撃から逃れることができた。

 

「ごめんね。私がここにいたら仕事にならないよね。じゃ、頑張って」

 

「ぁ、はい……ありがとうございます……」

 

 現場を賑やかすだけ賑やかして、そして先生は生徒会室から出て行ってしまう。残されたのはわたしと氷川さんと鞄に隠れているキバーラさん。そして、先生の告げた内容に衝撃を受けたままの市ヶ谷さんだった。

 

「これ……説明した方がいいんでしょうか……」

 

「この流れで何の説明も無しというのは無理がありますね」

 

「ですよね……」

 

 なってしまったことは仕方がない。結局、わたしは事情を知りたそうにこちらを見つめている市ヶ谷さんに手短に話すことにしたのだ。とても素晴らしい男性とお付き合いをしていること。そして今がとても幸せだということを。

 

「(でも……先生ともっと話したいなぁ……)」

 

 麗牙さんのことをよく知る先生……あの朗らかな笑みを浮かべる可愛らしい先生とまた話がしたい。市ヶ谷さんに語らう最中で、自然とそんな想いが生まれていたのだった。

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