ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『花咲川に新しく赴任してきた先生は、なんと麗牙のかつての教育係の新子花撫』

『久しぶりの恩師に会えて麗牙さんとても嬉しそうでしたね』

『そりゃあ昔懐いてた先生と再会できれば誰だってそうだろ。更に燐子もそんな花撫のことが既に気に入っているようで……』


第136話 明確な殺意

 先生との予期せぬ再会から一夜が明け、僕は早速学校で健吾さんとも彼女のことを共有していた。先生のことを知るのは僕だけでなく健吾さんも同じであり、今は元気そうに学校の先生を務めていることを知ると嬉しそうに喜んでくれていた。

 

「そっか〜かなちゃん先生は今や花女の先生か〜。あー羨ましっ」

 

「健吾さん、先生の授業受けたことないですよね?」

 

「せやけど、それでもあんな綺麗で優しい先生おったら絶対授業も楽しいやん。あーウチの籐郷(とうごう)ももっと柔らかくならんかなーっ」

 

「そ、それは多分健吾さんが絶望的に合わないだけじゃ……」

 

 放課後、健吾さんと共に帰路に着く間も僕らの話題は先生のことで持ちきりだった。健吾さんは先生と何度もキャッスルドランで会ったことはあるが、彼女の授業を受けたことはない。王室の教育係なのだから当然だが、それでも彼女の人となりを知るだけに、実の先生でないにも関わらず慕っていたことは覚えている。だから彼が先生の授業を羨ましいと感じるのはよく理解できた。僕だって望むのならまた彼女から教えを請いたいくらいなのだから。

 因みに彼の言う籐郷というのは今の僕たちの担任の名前だ。実はこの人もファンガイアなんだけど、他者を生まれで区別したりしないし、キングである僕のことを絶対に特別扱いしないなど、僕にとっては非常にありがたい先生であるのだ。決して厳しいと言うわけではないが、他人に悪い影響を及ぼしかねない行動については煩く注意してくるため、制服を着崩したり髪を染めたり校内の至る所にギターを持っていこうとしたりする健吾さんとはよく衝突していたりする。真面目にしていれば本当にいい先生なんだけどなぁ……。ともかく、いろんな先生がいると言うことには違いないだろう。

 

「だけど、父さんによってファンガイアの力が抜き取られていたことまでは知りませんでした」

 

「あー言ってたなぁ。ホンマ何したんやろなぁ……」

 

 僕が知っている先生は歴としたファンガイアだった。少なくとも僕の目の前からいなくなるまで、彼女はファンガイアとして城を出入りしていたはずなのだ。それがまさか、僕の知らない間にファンガイアの力を失っているとは思いもしなかった。それも先代のキングである父さんの手によってだ。父さんがそんな事をするなんて余程のことがあったのだと思うが、やはり信じられないと思ってしまう。あの優しい先生がそんな重い罰を受けるようなことをしでかすとは到底思えないからだ。

 だから今日、キャッスルドランに行って先生について調べてみようと思う。彼女が何か悪いことをして罰を受けたのなら、その記録は必ず残されているだろう。少し怖いが、彼女の身の上を知るためにも必要なことだ。そうすれば、僕も少しは先生を助けて恩返しできると思っていたから……。

 

「でも俺もまた会いたいなぁ、かなちゃん先生に」

 

「会えますって。花女にいるんだし、もしかしたら明日にでもばったり会うかもしれません」

 

「おー、そん時は成長した俺のギター聴かせたりたいでっ」

 

「ギター……そうだっ。今度の僕らのライブ、先生に見にきてもらいましょうよ!」

 

「言うと思ったで親友。俺も大賛成や!」

 

 そう言えば彼女にはまだ僕たちがバンドを組んでいることを伝えていなかったことを思い出す。昨日は驚きと嬉しさが優って僕の現状を上手く伝えることができなかったが、せっかくだからその報告をバンドの音楽として伝えることができないかと考えたのだ。僕の考えに心置きなく賛同する健吾さんに後押しされ、僕は来週に迫ったTETRA-FANGのライブチケットを彼女に渡すことを決心した。直接会えなくても、燐子さんから渡してもらえれば確実に彼女の手に届くはずだ。

 

「そう決まれば早速燐子さんに連絡を──」

 

 ポケットの中の端末に手を伸ばして燐子さんに連絡を取ろうとしたその時であった。

 

 

 ♬〜♬〜♬〜

 

 

「っ!?」

 

 ブラッディ・ローズの警鐘のような旋律が僕の耳に響いてきた。どこかで誰かの音楽が掻き消されようとしているのを見過ごすわけにはいかず、僕は健吾さんに目線だけで伝えると二人して現場に向けて走り出したのだった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「あっ、おーい!りんりーん!」

 

「あこちゃんっ」

 

 放課後、生徒会の仕事を終えたわたしはそのまま家に帰ることなく、真っ直ぐショッピングモールへと向かっていた。昨日一緒に買い物をするとあこちゃんと約束したためだ。先に学校が終わって待っていたあこちゃんは、わたしを見つけると腕をぶんぶん振って大手で迎え入れてくれた。

 

「ごめんねあこちゃん……来るの遅くなっちゃって……」

 

「ううん、全然いいよ。りんりんも生徒会の仕事お疲れ様。やっぱり生徒会長って大変なの?」

 

「うん。でも……とてもやりがいはある仕事だと思うよ……氷川さんに市ヶ谷さん……キバーラさんも助けてくれるし……辛くはないよ」

 

『ふふっ、どんと任せなさいって♪』

 

「あ、キバーラっ。こんにちは」

 

『こんにちはあこちゃん。今日も決まってるわね』

 

 今日もわたしのために共に付いてきてくれるキバーラさんも合わせ、三人でショッピングに向かおうとしていた。しかしその道すがらに話す内容も、やはり新子先生のことになってしまう。ずっと彼女のことを考えていたから、あこちゃんともこの話題を共有したくて堪らなかったのだ。

 

「麗牙さんの先生!? つまりファンガイア王室直属の教育係ってこと? 何それすごくカッコいい!」

 

『それだけ優秀な人材だったってことよ。先代キングが亡くなるより前に城から出て行ったけど、麗牙からすればもっと居てほしかったでしょうね』

 

「あんなに優しい人だったら……麗牙さんが懐くのもよく分かります……わたしももっと話をしたいと思ったし……」

 

「えーあこも会ってみたいなー」

 

 わたしも出来ることならあこちゃんにも会ってほしい。きっと気にいると思うからだ。麗牙さんが彼女を見る愛おしい眼差しが簡単に理解できてしまうほど、先生は人ができている。

 でも、だからこそ一つ腑に落ちないことがあったのだ。

 

「キバーラさん。どうして先生は……ファンガイアの力を失ったんですか? 先生は何か悪いことをしたと言っていたけど……」

 

 あの先生が「悪いこと」をしたとは、わたしにはとても信じられなかった。誰にでも優しく笑顔が印象的な彼女がそんな重い罰を受けるほどの悪さをしたとは考えられない。考えたくなかった。だから、何かを知っていそうなキバーラさんに向けて疑問をぶつけてみた。

 

『ごめん、そこまでは私も知らないわ。多分お城に行けば何か分かると思うけど……』

 

「そう、ですか……」

 

 残念ながらキバーラさんも先生の過去については知らないようで、謎は明かされないままだった。しかしここまで来るとどうしても知りたくなってしまうのが人間だ。

 

「あの……わたしも一緒に行ってもいいですか……キャッスルドランに……」

 

 あの竜の城で何か分かるのなら、それを知るために行きたいと思っていた。あこちゃんとの買い物が終わった後に、再びあの城に足を踏み入れてわたしも調べてみたくなったのだ。どうもお城の人も、わたしに対してはとても親切で何でも教えてくれるから、先生の過去にもすぐに行き着けるような気がしていた。

 

「え、りんりん麗牙さんの城に行くの? あ、あこも一緒にいい?」

 

『え、ええ。構わないと思うけど……先に麗牙に確認しないとね』

 

「そうですね……じゃあ──」

 

 とりあえずは麗牙さんに電話をかけよう。そう思って端末を取り出そうとした、その時だった。

 

 

 

 

「フッッッッ!!」

 

 

 

 

 わたしたちのすぐ真上に、突如大きな影が現れた。

 

 人間の身体ではあり得ない跳躍で飛びかかってきた影。

 

 わたしに向けて狙いを定める鋭い眼。

 

 わたしに向けられた肥大化した腕。

 

 その全てが一瞬のことであり、しかしわたしには一連の流れがゆっくりに見えていた。

 

 だから分かってしまうのだ。

 

 この直後に自分の命は呆気なくこの怪物に刈り取られてしまうのだと。

 

 逃げることもできず、無防備に身体を晒していた状態で、もはや何もできるはずがなかった。

 

 そして──

 

 

「ッッ!?」

 

 

 ──怪物の腕がわたしに届こうとしたその時、光る何か(・・)がわたしと怪物の間に展開され、それに弾かれる形で怪物はわたしから飛び退いていた。

 

「え……?」

 

「わっ!? わわわっ!? な、何っ!? ファンガイア!?」

 

『いえ違うわっ……こいつ、レジェンドルガよ!』

 

 わたしへの強襲が失敗したレジェンドルガは、一瞬キバーラさんのことを忌々しそうな目で睨んでいた。おかげで今の魔法みたいなのはキバーラさんによるものだったのだと察することができたが、すぐにわたしに向けられる視線によって身体が震えてしまっていた。

 

「(なんで……どうしてこんなに怖いの……?)」

 

 これまで怪物に襲われたことは何度かあれど、ここまで身の毛がよだつようなことは麗牙さんとの一件以来では初めてであった。しかしこの怪物が今までわたしの前に現れた怪物とは違うこと、そして何故こんなにも恐ろしく感じるのかはすぐに理解できた。

 

 それは、怪物がわたしを睨む瞳だった。

 

 そこには決して揺るがない「明確な殺意」が込められていたのだ。ただの悪意ではなく、何としてもわたしを殺してやるという強い意思を感じさせる、憎悪にも似た想い。そんな恐ろしい殺意を直に浴びてしまい、故にわたしは慄いて震えてしまっていた。

 

「なんか、スキュラみたい……NFOにもいたし」

 

 あこちゃんの指摘通り、目の前の怪物にはわたしたちの知る神話の「スキュラ」という怪物の特徴を有していた。どことなく女性を感じさせる丸みを帯びたシルエットに、地に立つ脚以外にも蛸のように脚が何本も生えており、犬のような頭部が胴体に埋め込まれている。宛らスキュラレジェンドルガと言ったところだろうか。そんな正に文字通りの怪物が、今もわたしの命を奪わんと歯を軋ませながらこちらを睨み付けていた。

 

「な、なんかりんりんのこと物凄く見てるよっ?」

 

『厄介なのに目を付けられたわね燐子ちゃん。さぁて、どうしましょうか……ん?』

 

 ずっとこのままと言うわけにもいかない。今ここに麗牙さんやルークさんがいない以上、わたしの身を守れるのはキバーラさんと、そして自分自身だった。今度こそ「その時」が来たのだろうかと決心を付けようとした時、周囲の景色に変化が起きていた。

 

「ヌゥっ!?」

 

「っ、夜に……」

 

「こ、これって……!」

 

 紅の濃霧に包まれ、世界は闇夜に支配される。

 

 世の理をもねじ曲げるその奇跡を起こせる存在をわたしたちは知っていた。

 

 そして、その勇姿は突如として現れた。

 

 

Wake(ウエイク) Up(アップ)!』

 

「ハァァァァァァァァァァァァッッ!!」

 

 

 天空に現れた巨大な三日月を背景に、紅色の戦士が矢の如く落ちてくる。右脚の悪魔の翼を解放させ、紅の戦士──キバはその断罪の一撃をスキュラに向けて放っていた。

 

「ッグゥゥォォッ!!」

 

 ダークネスムーンブレイクが異形の胸を貫き、同時に地面にキバの紋章を刻み込んでいた。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「……」

 

「や、やったの……?」

 

 空には青空が戻り、地に伏して動かなくなった怪物を見てあこは遠慮しがちにキバに訊ねる。

 

 突然の強襲によって完全に不意を突かれ、無防備な身体に完璧に入った一撃。

 

 並のファンガイアならば完全に生き絶える必殺の一撃は間違いなくスキュラの胸を捉えていた。

 

 そして誰もが決まったと思われた、次の瞬間だった。

 

「……ッ」

 

「っ!?」

 

「ッオオオッ!!」

 

「なっ!? っぅわああッ!?」

 

 なんとスキュラは再び動き出し、再封印されたキバの右脚を掴んで放り投げたのだ。起き上がったスキュラはキバの攻撃を食らったことなどまるで意に介さない様子で駆け出し、そしてキバへの追撃を開始した。

 

「ッフ! ガァッ!」

 

「っ、くっ!?」

 

 荒々しく殴りかかるだけにも見えるが、そこに込められた力、そして速度にはキバも塞ぐので精一杯であった。激しいラッシュによってジワジワと後退させられていくキバは、目の前の存在がただのレジェンドルガで無いことを察して次の一手を打とうとする。

 

「っ、フンンッ!」

 

「なっ──ぐ、がぁぁッ!?」

 

 しかしそれを許さないスキュラは身体から生えた数多の脚でキバの捕え、その動きを封じていた。激しい締め付けによってキバから苦悶の声が漏れるが、異形の攻撃はそこで終わらない。

 

「ッ、ガァァァァ!」

 

 胴体から生えた犬の頭部から火球を何発も飛ばし、キバを燃やそうとしていたのだ。絡みつくスキュラの脚によって身動きがとれず、更に至近距離からの火球の連打によってキバの悲鳴が辺りにこだましていた。

 

「ゥグア゙ぁぁぁぁぁッ!?」

 

「ああっ!?」

 

 逃れる術もなく成されるがままにいたぶられるキバの姿に、あこからも悲痛な声が漏れていた。あの神秘に満ちた魅力的な戦士が、自身にとっての「カッコいい」を体現した戦士がこのまま朽ちてしまうのかと、あこは信じられない思いでその様子をただ眺めていた。このまま火達磨になって焼死してしまうのではないか。そんな不安に押し潰されそうになっていた時、彼女たちの視界に新たな光が差し込んでいた。

 

「っ、グゥ!?」

 

 それは炎に包まれていたキバから……キバ自身が黄金の光を放っていたのだ。炎の中にいても埋もれることのない汚れなき黄金の輝きが、静かにその誕生を待ち構えていた。

 

「ハァァッ!」

 

「ッグォォ!?」

 

 そして黄金の輝きと共に炎が弾け、同時に異形もそれに巻き込まれて大きく吹き飛ばされる。

 

「っ……わぁ……!」

 

 炎が弾けたそこに立つ黄金を目にし、あこの眼は一際輝いていた。エンペラーフォーム──キバの鎧の本来の姿への覚醒を遂げたそれは、見るもの全てを圧倒させる魔力を秘めていたのだ。

 

「……」

 

 真の姿を見せたキバは真紅のマントを靡かせ、ゆっくりとスキュラに向けて歩み出す。それと同時に左手に留まるタツロットの角──ホーントリガーを引き、黄金のキバの真髄を引き出した。

 

Wake(ウエイク) Up(アップ) Fever(フィーバー)!』

 

 インペリアルスロットがキバの紋章を写し出し、タツロットの勇ましい宣告がこだまする。キバの身体を紅色のオーラが包み込み、踵に装着されたルシファーズナイフに全身の魔皇力が集約されていく。

 

「オォォォォッ!」

 

 スキュラは雄叫びを上げながらキバに突進し再び殴りかかろうとするが、そんな異形に対してキバは依然歩き続けたまま止まろうとはしない。

 

 そして両者がぶつかり合う瞬間、キバはその場から飛び上がり、スキュラに回し蹴りを食らわせたのだ。

 

「ッ、ハァァァァァァァッ!!」

 

「ッグォオォォォォッ!!?」

 

 片脚での回し蹴りによるエンペラームーンブレイクが炸裂した。

 

 襲いかかる激しい衝撃によってスキュラの身体は火花を飛び散らせながら吹き飛ばされていく。スキュラはそのまま公園の草木の中へと消えていきその姿が一瞬確認できなくなるが、キバは油断することなく異形の行方を追おうとしていた。

 その場から跳躍し、スキュラが消滅したと思われる場所を観察するキバ。そして一つの結論を導き出し、仮面の奥で苦々しい表情を浮かべたのだった。

 

「(まだ生きてる……っ)」

 

 今の一撃で仕留め切れるまでは行かず、おまけに撤退を許してしまったことを察し、キバは静かに苦渋を舐めることしかできなかった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 変身したまま何かを探して立ち尽くすキバの側まで近付き、わたしたちは声をかけようとする。

 

「あの、麗牙さん……?」

 

「違うよあこちゃん」

 

「え?」

 

 案の定あこちゃんは目の前のキバが麗牙さんだと勘違いしていたようだ。しかしわたしは彼から聞いていたから、目の前の黄金の鎧を纏っている人が誰なのかは分かっていた。

 

「愛音さん……ですよね」

 

「……そ。正解は愛音ちゃんでした……」

 

「ええっ?」

 

 キバットさんとタツロットさんが離れていき、鎧の中から愛音さんのいつもの眠そうな顔が現れていた。予想外の変身者にあこちゃんは声を上げて驚き、愛音さんのことを穴が開くように見つめ続けていた。

 

「あ、愛音、キバに変身してたの? え、じゃあ麗牙さんは……?」

 

「兄さんは別の鎧なう……それより燐子……ごめん、今の逃したみたい……」

 

「えっ……」

 

 逃した……つまりさっきのあの怪物はまだ生きているということを愛音さんに告げられ、静かに戦慄する。あの恐ろしい目と殺気を向けてくる怪物がまたいつか現れるのかもしれないなんて、まるで心が凍りつくような思いであった。

 

「燐子さん! あこちゃん!」

 

「っ……! 麗牙さん!」

 

 しかしその時、わたしの大好きな声と共にこちらに向けて走ってくる人影が目に映り、同時に怯えが消え去ったわたしは思わず彼の名を叫んでいた。愛しの彼が現れるだけで恐怖なんて吹き飛んでいく。その心地良さが欲しくて、わたしは自分に触れようとする麗牙さんに近付いてその身を明け渡していた。

 

「大丈夫でしたか!? 怪我は……っ」

 

「大丈夫です……キバーラさんと愛音さんが……守ってくれましたから……」

 

「はぁ、よかった……ありがとうキバーラ、愛音」

 

『大したことないわ。どんとこいよあんなの』

 

「ふふふ……兄さんに褒められた……」

 

『オイオイ、オレ様もだぞ麗牙』

 

『そうですよー』

 

「そうだね。二人もありがとう」

 

 わたしの身体に触れながら大事がないか確認する麗牙さん。しかしわたしたちの無事を確信すると手を離してしまい、少し寂しい気持ちになってしまう。この緊急時にもっと触れてほしいとも言えず、沈む気持ちを抑えつつ、気を取り直して麗牙さんと再び向かい合っていた。

 

「あの、俺もいるんやけど……」

 

「ドンマイ健吾……コバンザメは寂しかろ」

 

「お前ホンマ最近言葉選びキッツいなオイ」

 

「あ、あはは……それで、どうなったの? 敵は?」

 

 綾野さんへの毒舌を流しつつ、麗牙さんは状況確認を愛音さんたちから取ろうとする。しかし彼女たちの口から語られるのは、わたしたちも知る通りの結果だ。

 

「ごめん……その肝心の敵に逃げられた」

 

『ウエイクアップ一発とフィーバー技一発……二発叩き込んだのに倒しきれなかった。麗牙、アイツ相当強いぜ』

 

『いやはや、私面目ないです……』

 

「っ……そう……でもみんな、燐子さんたちのことちゃんと守ってくれてありがとう」

 

 よく考えればあの怪物はキバの必殺技を二発も食らってまだ生きているのだ。あの怪物がそれほど強靭な肉体を持つというということにも戦慄を覚えるが、それ以上にまたあの殺意を向けられるかもしれないということが恐ろしく感じていた。

 

『でもおかしいのよ麗牙。あのレジェンドルガ、間違いなく燐子ちゃんの命を狙っていたわ』

 

「え? 拐うんじゃなくて?」

 

「はい……わたしには感じられました……あの怪物から向けられた明確な殺意を……」

 

「ちょ、ちょっと待ちぃて。レジェンドルガって燐子ちゃんのように魔皇力を持つ人間を生きたまま拐おうとすんねんやろ? なんで燐子ちゃんを殺す必要があんねん?」

 

 それがわたしにも分からなかった。これがまだファンガイアなら、以前にも狙われたから理由としてはある程度察することはできる。しかし綾野さんの言う通り、レジェンドルガならわたしをすぐに殺したりはしないはずだ。レジェンドルガの(ロード)を復活させるために、わたしのような魔皇力を持つ人間が必要だからだ。故にその法則に当て嵌まらない存在のことを麗牙さんも綾野さんも疑問に感じていた。

 

 数少ない例外として、あの蛇の怪物がいたことをわたしは思い出す。彼は麗牙さんが苦しむところを見たくてわたしの命を奪おうとしていた。ならば今回の襲撃も麗牙さんを苦しめるため? いや、しかしそれならあんな目をわたしに向けたりしないはずだ。スキュラはわたしの奥にいる麗牙さんでなく、間違いなくわたしそのものを睨み付けていたから……。

 

「そのレジェンドルガの目的は分からないけど、でもまたりんりんを狙ってくるってことだよね?」

 

「うん。だから絶対に気を抜けない。燐子さんは絶対に傷付けさせない」

 

 いつまた襲ってくるか分からない脅威に対して、麗牙さんはより一層警戒を強めることをわたしに約束してくれた。そのため、この後のショッピングも彼が同行してくれるという嬉しい結果にも繋がったのだから、決して悪いことばかりではないと不謹慎ながらも内心喜んでいた。

 

「あ、そうだ麗牙さん……わたし、キャッスルドランに行きたいんです……新子先生がどうしてファンガイアの力を失うようなことがあったのか……」

 

 その道すがら、麗牙さんに相談したいことがあったのを思い出したわたしは早速彼に尋ねてみた。あの城に行けば多分先生のことが分かるかもしれない。そんな期待を込めて彼に頼んでみた。しかし……。

 

「それは僕もちょうど知りたかったところです。先生のことは僕が調べておくから大丈夫ですよ。何か分かればすぐ教えますから」

 

「そう、ですか……」

 

 先生のことが知りたいのは麗牙さんも同じだったけれど、わたしが城に行くのを暗に断られて気持ちが沈んでしまう。そんなわたしの態度が表に出てしまったのか、麗牙さんはすぐ取り繕うようにわたしに頼み事をしてきたのだ。

 

「あの……代わりにと言ったらなんですけど燐子さん、明日これを先生に渡してくれませんか?」

 

「これは……ライブの……」

 

 麗牙さんがわたしに託したのは、来週開催される予定のTETRA-FANGが出演するライブチケットだった。わたしも持っているから見覚えがあるそれを、先生に渡してほしいのだと言う。きっと麗牙さん、今の自分たちの音楽を先生に聴いて欲しくてたまらないんだろうな。成長した自分を恩師に見てほしいという彼の気持ちがよく分かり、わたしは快く承諾していた。

 

「はい……きっと先生に渡します」

 

 麗牙さんたちの音楽を聴いた時、一体先生はどんな顔をするだろうか。きっと驚いて、そして笑ってくれるだろうな……。そんな先生の表情を想像して楽しくなりながら、わたしは来る日のことを期待して、明日再び先生と会うのがより一層楽しみになるのだった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 日が沈んでから随分時間が過ぎ、闇に沈んでいく街の裏通りにて、胸を抑えて蹲る影があった。

 

「ぅ……ぅぐ……ッ……」

 

 絶えることなく襲いくる激痛に何度も意識を奪われそうになるも、その影は決して活動を止めようとはしなかった。死に物狂いで黄金の鎧から逃れてようやく息をついたのも束の間、迫りくる激痛がその影の意識を何度も奪いに来たのだ。しかしそれらの苦痛を全て跳ね除け、その影は人間の姿へと変えてひっそり身体の回復を待っていた。

 

「ハァ……ハァ……」

 

「……ん? どうしたの君? 具合でも悪いか?」

 

 そんな苦しそうに蹲る女性の影を見かけ、声を尋ねる男がいた。人気の無い裏路地で一人呻き声を上げる者がいれば誰だって目がつくであろう。それがうら若き女性であるならなおさらである。

 

「……ァ?」

 

「はは、酔ってんのか? ほら立てる?」

 

 男に下心が無かったと言われれば嘘であるが、見目麗しい女性が苦しんでいるのを素通りできる者もそうはいない。あわよくば……という思いも少なからずはあったのだろう。軽く酔いが回っていた男は女性に手を差し伸べ、薄汚れた地面から立たせようとしていた。

 

「すぐ近くに身体を休ませるところが──」

 

 しかし男の言葉は続かなかった。

 

 風を切る音が過ぎ去った次の瞬間、男の上半身は消え去っていたのだ。

 

「……」

 

 立ち尽くす胴体の切断部からはおびただしい量の血が溢れ、先ほど女性だった怪物の腕にも同様に血がこべり付いていた。

 更にスキュラの胴体に埋め込まれた犬の顔から放たれた炎により、男だった下半身と上半身は焼き払われていた。全ての血液が蒸発し、何の証拠も残さないまま一人の人間の痕跡が完全に消え去ってしまったのだった。

 

「っ、人間……人間がァ……っ!」

 

 激しい憎悪の炎を燃え上がらせ、異形は唸る。既にその姿は異形のものから美しい女性に変化していたが、その瞳に移る憎悪は異形の時と全く変わりなく蠢いていた。

 

「獣は……滅ぶべき……!」

 

 もはや誰にも正せない自身の信念を静かに唱え、彼女は闇の中を歩き出すのだった。

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