ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『とある少女の記憶。それは一人の少年の傷心の記憶でもあった。ってオイ麗牙、聞いてるのか? ……って今日はいないのか』


第13話 王の恋路に魑魅魍魎が列をなす

「次狼だ。TETRA-FANGのベースを担当している。ま、お手柔らかにな」

 

 素っ気ないような、ともすれば投げやりにも思える素振りで次狼は自分の紹介を終えてしまう。ほれ見ぃ、Roseliaのみんな反応に困っとるやん。しゃあないしここは俺が話進めるしかないな。

 

「失礼ですが、苗字はどのように呼べば?」

 

「要らん。次狼だ」

 

「……」

 

「まぁまぁまぁ、次狼も揃ったし、これでTETRA-FANG全員集合っちゅうわけやな!」

 

 麗牙が自分の家にリサちゃんを招待してから明くる日曜日。以前から麗牙と友希那ちゃんの間でこと交わされていた二バンドの合同練習が行われていた。目的はもちろん一週間後に控えたライブに向けての顔合わせと調整、それと互いの勉強のため。前々から俺もRoseliaに関しては興味は持っていたし、こういう機会に恵まれて麗牙様々やで……と言いたいところなんやけど……。

 

「リサさん。それってリサさんが作ってきたやつですか?」

 

「うん、そうだよっ。あとで麗牙たちにもあげるからね、楽しみにしててっ」

 

「はいっ、すっごく楽しみです!」

 

 ──なんやアレ分っかりやす!?

 

 そう叫んでしまいそうになるほど、麗牙はあからさまにリサちゃんの方へ気にかけていた。しかも幸か不幸か、リサちゃん自身麗牙のそんな態度に気付いた様子もないし、なんならむしろ満更でもない顔して照れている。

 

 ああ、ほんまややこしい事になったわ。と俺は昨日の麗牙の言葉を思い出す。

 

 ──『リサさんのこと、好きになっちゃったかもしれないんです』

 

 正直唖然とした。あの麗牙が、また人間の女の子に恋をするなんて、と。「かもしれない」と言っていたから麗牙自身それが本当に恋なのかは分かっていないという可能性もあるが、それにしたって気が早いと思う。もう少し様子を見てからでもいいのにと言いそうにもなる。

 本当のところを言うと麗牙のことは応援してあげたい。本気でリサちゃんのことが好きだと言い切るんなら、俺は正面切って麗牙を支えたいと思っている。だけど麗牙の場合それに伴う不安要素が大きすぎる。

 まず立場の問題として、麗牙はファンガイアでしかもキングだ。普通の人間と恋仲になるとすればそこに掛かってくる問題は余りある。これを機とばかりに麗牙の失脚を図る奴もいるかもしれないし、麗牙を気に入らない輩がリサちゃんに狙いを定めるかもしれない。言い方は悪いが、リサちゃん自身が麗牙のウィークポイントになってしまいかねない。当然それによって傷つくのは他ならぬ麗牙自身だ。

 それにだ、例え今はリサちゃんが麗牙を受け入れてたとしても、将来的にも確実だとは言えない。何かの拍子でファンガイアを憎んだりして麗牙の元を離れる可能性だってある。または、未だ見せていない麗牙の真の姿(・・・)を見た時、それでも拒絶しないという保証はどこにもない。

 

 そう、あの時の彼女のように……。

 

「(……あの子がなぁ)」

 

「前は知らなかったんだけど、燐子ってピアノのコンクールで何度も賞を貰ってるんだって? すっごいなぁ〜」

 

「そ、そんなことないです……アゲハさんだって……教会でオルガンとか弾いてるんですよね……そっちの方がすごいと思います……」

 

「ううん! 燐子もすごいって!」

 

 俺はRoselia側にいる黒髪の少女へちらりと視線をやる。今はアゲハと鍵盤について少し嬉しそうに語り合っている大人しそうな少女。彼女の名は白金燐子。俺がその名を知ったのは随分昔のことだった。

 かつて幼い頃、麗牙は人間の女の子に恋をした。しかし淡くて未熟だった恋心は、自分の正体を晒してしまったことにより粉々に打ち砕かれてしまった。あんなにボロボロになった麗牙を立ち直らせるのに俺がどれほど苦労したことか……。ともかく俺はその後、軽く調べて──というより彼女の通っている図書館に行って後を追うように図書カードを見ただけなんやけど──麗牙を傷付けた張本人を突き止めることが出来た。それが彼女。麗牙の初恋の相手だったというわけや。

 しかし麗牙はそれに全く気付く様子はない。目の前に初恋の相手で、トラウマの元がいるというのにだ。そしてそれは向こうも同じ。まさかここにいるのがあの時の怪物くんだったとは夢にも思うまい。だけどこの関係もいつか限界がくる。必ず近い将来、互いが互いを思い出すことになる。そうなった時、双方がどんな行動をとるのか予測が全くつかない。あれから大分落ち着いたように見える麗牙だが、当時のトラウマまでは消えていない。現にリサちゃんに惹かれた理由もそれに起因するとも思われるし。燐子ちゃんの方もあの時の記憶が消えていないのは同じだろう。そして万が一にでも、あの時の再演が起きようものなら……俺はそれだけが気がかりだった。だからつい、麗牙には燐子ちゃんと関わらんように言ってしまった。

 

「(まあ、何もなければそれが一番ええんやけどな)っしゃ、じゃあ紗夜ちゃん。とりあえず同じギター同士、挨拶がわりに軽くセッションいっとくか!」

 

「……っ、えっ? あ、すみません、少しぼうっとしてまして……」

 

「(おんやぁ……?)」

 

 気を取り直すように俺は同じギター担当の紗夜ちゃんに声をかけてみたが、彼女はどこか上の空だった。明らかに何かを見たまま心ここに在らずと言った風にも感じられる。麗牙の話では、彼女は自分にも他人にも厳しい非常にストイックな性格で、生真面目な人間だと聞いている。そんな話と様子の違う彼女だったが、一応は立てかけた状態のギターを手に取り、構えを取ろうとしたところでまた視線がそっち(・・・)の方へと向けられる。

 

「……っ」

 

「(うっそマージかオイ)」

 

 彼女の視線の先には、相も変わらず楽しげにリサちゃんに話しかけようとする麗牙の姿があった。そんな彼女の目は少し伏せられて、睨んでいるようにも、悲しんでいるようにも見えた。さっきからこうしてチラチラと麗牙の方へと視線が行ってしまう彼女を見て、俺は少しばかり確信して小声で彼女に問い質した。

 

「紗夜ちゃん。麗牙のこと気になるん?」

 

「っ! べ、別に気になってなんかいません。ただ、さっきから今井さんとばかり話していて、その……き、今日の集まりの意義が薄れるんじゃないかと……そうです、そう思っただけです……」

 

「なるほどね……(こっちも分かりやすい子やったか〜)」

 

 言い訳がましい説明を繰り出す紗夜ちゃんを見て内心溜め息をつく。この子、自覚があるのか無いのか分からないが、間違いなく麗牙に好意を抱いている。少なくともリサちゃんばかりと話す麗牙を見て機嫌を損ねる程度にはな。まあ、麗牙の話やと色々精神的に危なかったところ助けたらしいし、そりゃあそうなっても仕方ないんやろうけど……。

 

「麗牙、リサならもう大丈夫だから。そこまで気を遣ってもらわなくてもいいと思うのだけど」

 

 ようやく麗牙の行為に待ったをかけたのは友希那ちゃんだった。確かにこれ以上続くようなら俺かアゲハも止めようかと思っていただけに、実にいいタイミングだと言わざるを得ない。

 それに友希那ちゃんはしっかりリサちゃんの状態を把握出来てるあたり、間違いなく親友なのだろう。じゃなければ他人のことを勝手に大丈夫だって判断できない。

 

 だけど友希那ちゃん、これ単に麗牙が過保護だと思ってるだけや。全っ然麗牙の胸中に気付いてない! ソイツ今お前の幼なじみにロックオン中やからな? そこんところ気付きぃや。

 

「(つか何やねんこの状況?)」

 

 思えば現在の麗牙を廻る関係は複雑だ。

 まず麗牙はとりあえずリサちゃんのことが好き。そんなリサちゃんは麗牙に好意は向けてるけど、それがラブなのかライクなのかは恐らく本人にも分かっていない。その上、自覚があるか無いかは置いといて紗夜ちゃんも麗牙のことを気にかけている。友希那ちゃんはそこまでではないけど、リサちゃんの件で麗牙に恩義を感じてるし心も開いているからどう転がっても不思議じゃない。そして最後に、お互いに覚えてないが初恋の相手でトラウマの元凶でもある燐子ちゃんがいる。本当に一発でヤバいことになるかもしれないトンデモ爆弾が……。

 

 ──Roselia自体と関わってまだ1ヶ月やろお前!? なんでそないな事になっとんねん!

 

 そんな俺の心のツッコミを受け止めてくれるものなどここにはいない。早速複雑な人間関係が出来上がっていたことに、俺は麗牙の将来が心配過ぎて胃が痛くなりそうだった。

 

「あ、あの!」

 

「っと、あこちゃん……だっけ」

 

「はい! あの、TETRA-FANGの曲ってほとんど健吾さんが作ってるんですよね! あこ、TETRA-FANGの曲が大好きで、あの詞に合う曲ってどうやって考えてるのか、あこ気になっちゃって……参考にしてるものとか何かあれば話聞かせてくれませんか!」

 

「……うぅ……聞いてくれるか……?」

 

「え? う、うん……どうしたんですか?」

 

「いや……ちょっと目にゴミ入っただけや……」

 

 ああ、俺にとっての癒しはあこちゃんだけやで……。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「ふぅ……結構疲れるなぁ」

 

 RoseliaとTETRA-FANGの合同練習も一段落着き、今はみんなしばしの休憩時間に入っていた。いつもと違う環境のためかみんないつも以上に熱が入って、お陰でまだ終わってもないのにアタシは疲れが出始めていた。そしていつものように座って水分補給を取ろうしていたところだけど、そこに声が掛けられる。

 

「お疲れ様、リサさん」

 

「麗牙っ、お疲れ」

 

 さっきまで友希那と同じように本気の歌唱で練習をしていた麗牙だった。彼らもRoselia同様に、練習でも常に全力を出す人たちで、それはこの部屋で轟いていたとても力強いサウンドが証明していた。それに一人一人が個性的で、アタシの知るどのバンドにも負けないくらいに素晴らしい人たちだと思う。

 

「どうでしたか? みんな面白い人たちでしょう」

 

「うんっ。前のライブの時も思ったけど、近くで見てるとみんなすっごい真剣で楽しそうだったよ」

 

「ありがとう。そう言ってもらえると嬉しいです」

 

 みんなが音楽に対してひた向きに、真摯に向き合っているのはよく伝わってきた。そして麗牙を始めとしたみんなが楽しそうに演奏していることも。次狼さんもずっと表情が変わらない人だと思っていたけど、よく見ていたら偶に口元がニヤリと上がるのが見えて、この人もちゃんと音楽の人なんだって安心していた。そう言えば次狼さんはこのメンバーの中で唯一の大人だけど、どのくらいいってるのかな? 見た感じは三十代前半くらいだけども……麗牙に聞いた方が早いか。

 

「ねぇねぇ麗牙。次狼さんってさ、今一体いくつくらいなの?」

 

「う~んと……確か七十は越えてたかなぁ?」

 

「え……マジ? じゃあ次狼さんも……ファンガイア?」

 

 小声で麗牙はアタシに衝撃の数字を伝える。あんなイケオジな七十過ぎの男がいてたまるかとアタシは即座に内心ツッコんだ。でも、そうなれば後の可能性としては歳をとりずらい吸血鬼……麗牙たちと同じファンガイアだということになるんだけど……。そう考えていると、麗牙はアタシの耳元で小さく、優しく囁き始めた。

 

「ううん。次狼はね──」

 

「っ!?(ちっ、ちちち近いよ麗牙……っ)」

 

 周りには聞かせられない秘密なのだろう、麗牙の顔がどんどん近づいてくる。だけどアタシは麗牙の綺麗な顔が近くにありすぎて顔が熱くなりそうだった。自分の心臓の音で麗牙の話を聞き逃しそうになるほど、胸が高鳴っているのが分かる。

 

 ──でもこれ以上は耐えられそうにないから早く言って麗牙お願い!

 

 心臓の鼓動が限界に近くなる中、麗牙の口がゆっくり開こうとしたその瞬間──

 

「麗牙、ちょっと来い」

 

「──っ、ごめんねリサさん。話はまた今度」

 

「あ……うん、分かった」

 

 麗牙は次狼さんに呼ばれて部屋を出て行ってしまった。麗牙が離れて助かったような、でもなんか残念だったような不思議な気持ちに取り残されてしまう。

 

「はぁ……(なんだかなぁ)」

 

 次狼さんの話が聞けなかったことよりも、麗牙が部屋からいなくなってしまったことの方がよっぽど残念だった。そんな気持ちを隠すようにペットボトルの水を飲んでいると、またもアタシにかける声があった。

 

「今井さん。少しいいかしら?」

 

「うん? どうしたの紗夜?」

 

 いつものように真剣な眼差しを浮かべてアタシに話しかけた紗夜だったけど、その眼の奥にある光は鋭く尖っているようにも、または折れそうにも見えていた。

 

「少し気になって。あなた、紅さんとあんなに仲が良かったでしたっけ。先週まではあまりそうには見えませんでしたけど」

 

「えっ!? そ、そうかな? そんなに仲良く見えたかなアタシたち……アハハ……」

 

 マジか〜紗夜にそんなこと思われるほどアタシたち仲良く見えちゃってたんだ。でもそう思われても悪い気は全然しないしむしろ嬉しく感じる。だけど紗夜の表情は依然固くしたままで、何を言われるか分からず背筋が少し伸びてしまう。

 

「何かありましたか? この前休んでいましたけど、その間に彼との間に何か粗相でも──」

 

「ないない! 粗相なんてそんなことしないよ麗牙は! アタシが休んでたのは麗牙のせいじゃないし、むしろ助けられたというか……」

 

「助けられた、ね」

 

「っ、ごめん。これ以上はたとえ紗夜でも言えないよ」

 

 アタシが休んだ件に関しては友希那は体調不良だってみんなに伝えてくれている。それはみんなに心配をかけたくないアタシとしてもありがたいもので、実際に何があったか知っているのは友希那だけ。でも、その後に起こったこと……キバやファンガイアについてはアタシと麗牙だけの秘密。麗牙にもそう約束しちゃったし、アタシもそれだけは他の誰にも共有させようなんて思わなかった。言っても信じてもらえないというのもあるけど、何より彼との間に誰にも言えない秘密があるというこの状況が、とても魅力的で素敵だと感じてしまっていたから。だからアタシはあの日の全貌を紗夜には教えられない。たとえ紗夜が麗牙のことを好きだったとしても。

 

「大丈夫だよ。麗牙はただアタシを気遣ってくれてるだけだから」

 

「……信じていいんですね?」

 

「アタシのこと信じれなくても、少なくとも麗牙が悪い人じゃないってことだけは信じてほしいな」

 

「それは……私も信じたいです」

 

 言外に「アタシは隠し事をしている」と伝えているようなものだけど、それは紗夜も同じだもんね。紗夜はアタシたちよりも以前に麗牙と会っている。その時に何があったか紗夜は一向に教えてくれないし、それならアタシだって隠し事をしても問題ないよねっ。

 

「紗夜はさ……」

 

「はい?」

 

「……ううん、何でもない。ごめん」

 

「いいえ、こちらこそ変なことを聞いてしまいました。ごめんなさい」

 

 本当は紗夜に聞こうとしたけど口を噤んじゃった言葉。

 

 ──麗牙のこと、好き?

 

 それを言い止まったのは、アタシも覚悟出来なかったからかも知れない。もし紗夜がYESと答えたらアタシはどうしていただろうか。紗夜を応援していたのだろうか? それとも出来なかったのだろうか? 出来ないとしたら何故? その答えが出せない今のアタシでは判断のしようがなかった。仮に応援していたとしても、それが心からの応援かは自信を持って言えない。

 そしてもしNOと答えたなら……アタシは、そして紗夜はどういう行動をとっていただろうか。紗夜の本心を確かめないまま、自分のやりたいことをやっていたのだろうか、それともいつものお節介が働いて彼女を助けてしまうのか……。

 

「(アタシは紗夜を、そして麗牙をどうしたいんだろう……)」

 

 自分の気持ちにもハッキリとした答えが出せず、離れていく紗夜を余所目にモヤモヤした思いを掻き消せずにいた。部屋に戻ってこない麗牙のことを今か今かと待ち遠しく感じていたことも、アタシはあまり自覚はしていなかったかも知れない。

 

 

 

 

 

『……』

 

 そんなアタシたちの様子を、RoseliaでもTETRA-FANGでもない誰かが見ていたことなど練習が終わるまで知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そう、練習が終わるまで……。

 

「ってなんでまたアタシなの〜〜!!」

 

 アタシ、現在絶賛襲われ中です☆……なんてふざけている場合じゃなかった。アタシの背後からゆっくりとその脚を踏み出すのは、ステンドグラス状の模様が身体中に張り巡らされた異形──ファンガイアだった。

 

 TETRA-FANGとの合同練習の後、友希那や麗牙たちと別れて一人音楽ショップへ寄ろうとしていた時だった。突然道の脇からつば広の白い帽子を被った、白いドレスの女性がアタシの前に現れた。色白で美形で、うっかり見惚れてしまいそうな妖艶さを孕んだ表情を浮かべていた女性だけど、アタシに一言──

 

「貴女に恨みはないけれど、運が無かったと諦めて」

 

 その言葉とともに女性の顔に浮かび上がるステンドグラス状の模様。その瞬間、アタシは持ち合わせた知識と体に眠る本能から、咄嗟に踵を返して走り出した。間違いない、あの人はファンガイアだと。そして今にもアタシのライフエナジーを吸って命を奪おうとしているのだと。

 

「ら、麗牙に電話を……っ」

 

 走りながら慌てて携帯を取り出して麗牙にかけようとするも、ただ無情に電子音が鳴り続けるだけで一向に電話が繋がらない。どうして? と思う疑問も携帯の画面を見て即座に判明した。

 

「な、なんで圏外……」

 

 端末の画面の右上には立っているはずのアンテナの棒がどこにもなく、ただ「圏外」という表示が残されていた。こんな住宅街の中でどうして!?

 

「ファンガイアは独自の魔術大系を持っているのよ。キングから教わらなかったかしら?」

 

「っ!?」

 

 その声に振り返り、アタシは叫びそうになる声を何とか抑えた。目の前にいたのは紛れもなく異形だった。全身を真っ赤に染めて、頭部が伸びて先が膨らんだような異様な姿。顔の周りに無数に付いている吸盤のようなものから、アタシはその異形に蛸のような印象を受けた。蛸の吸血鬼(オクトパスファンガイア)はアタシが逃げられないと悟ったのか、機嫌良さそうに説明する。

 

「周りに人もいないでしょ……邪魔者を入れさせない程度の魔法なら私でもできるのよ」

 

「っ、でも待ってよ! あなたたちファンガイアには、今は人工のライフエナジーってのがあるんでしょ!? どうしてアタシを狙うの!?」

 

「あら、キングはそういうところ教えてるのね。本当に気に入られてるのね貴女」

 

 さっきからキングとばかり口にするファンガイア……そうだ、この人はアタシと麗牙が仲良くしているの知っているんだ。でも何故? いつ知ったの? どうしてわざわざアタシを襲うの? だけど目の前の異形はそれらの疑問に答えるより以前に、最初の質問の時点で人が変わったように吠え叫んだ。

 

「そう、人工ライフエナジーねぇ……ふざけんじゃねぇよ!!」

 

「!?」

 

「私はッ! 人間のライフエナジーを喰らって生きるのが誇りだった! 先祖代々そうしてきた、他に理由なんてない! なのに! それをあのキングが奪った! 私の誇りを! 人間という糧を喰らう喜びを!! 人工のライフエナジーだとォ? んな下らないもん私の誇りが許せるかァ!」

 

 わけがわからない。あの日、麗牙は言っていたのに……ファンガイアは人間を食べずとも生きていけると。人工ライフエナジーがあるから、人間とファンガイアが共存する世界が開けたと。なのに目の前の人は何だ。そもそもの前提として人を食べることが正義になっている。生きるための食ではなく、“見え”としての食。

 

「じゃ、じゃあ、なんでアタシを……」

 

「決まってんだろ。こんなふざけた政策を始めたキングの鼻を明かせるんなら、キングお気に入りのアンタを食うのが一番手っ取り早いだろうが。こっちは今日も人間を食えて一石二鳥だしよ」

 

 こうして言葉を交わせるのに、どうして通じないのだろうか。アタシと麗牙が分かり合えたのに、どうして同じファンガイア同士が分かり合えないのか。人を理解したいと、そう話していた麗牙と目の前の異形が、本当に同じ種族なのかどうか分からなくなってしまう。何より、麗牙たちが嬉しそうに語っていた人工ライフエナジーを下らないと言い切った目の前の存在がとかく恐ろしく見えてしまう。

 

「なんで、下らないなんて言うの……麗牙は嬉しそうに言ってたのに……人工ライフエナジーがあれば、ファンガイアと人間が共に生きていけるって……」

 

「人間は餌だ。家畜だ。それ以外に生きる価値なし」

 

「人間の価値をあなたが勝手に決めないで!」

 

「自分の立場が分かっているのかァ!?」

 

「っぐ!?」

 

 思わず叫んでしまったアタシに、異形は逆上する。そして右腕から虹色に光る細い縄のようなものを繰り出し、それはアタシの首元に巻き付いた。絞め殺されないように必死に首元の縄──いや、蛸の足を掴むけれど、アタシの力ではどうしようもなかった。

 

「ッあ! ぐっ……カハッ……っ」

 

「人間が。あるべき価値に戻れ」

 

 苦しみで地に倒れるアタシの真上に、二本の吸命牙が出現する。アレが突き立てられればその瞬間、アタシの身体から生命力が失われ、色彩を失って絶命する。あの時、麗牙がいなければ間違いなくアタシも陥った結末。その避けられた結末が今まさにアタシに迫っていた。

 

「(っ……麗牙……助けてっ)」

 

 都合のいいことだとは思うけど、アタシは麗牙の助けを願わざるを得なかった。同じことが二度も起こるなんて思わないけど、どうしても期待してしまう。

 

 それに、何故か分からないけどアタシは彼は助けてくれる、そんな気がしていた。

 

 だって、麗牙だから。

 

 あの日見た紅の鎧はまたアタシの前に現れる。

 

 あの優しい男の子はアタシを暗闇から救い出してくれる。

 

 そんな予感がアタシの中で渦巻いて仕方なかった。

 

 

 

 そして、想いは届く──

 

 

 

 

 

 

『待て待て〜い。そこまでだぜー!』

 

 

 金色の塊が、どこか陽気な声と共にアタシの前に飛来した。




キバとファンガイアとの戦闘が始まる中、健吾が語る麗牙の苦悩とは……。
次回、「第14話 王の夜:Mind Garden」
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