ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『名護に修行を頼むも、心の隙を見抜かれて何も言い返せない健吾。自分の中で納得のいく答えが見つからないまま深い迷いの中にいた』

『更には麗牙さんとも嫌な空気になって出ていってしまいました。これからどうなってしまうんでしょう!?』


第142話 選んだ答えは

 キャッスルドランを後にした俺は、太陽が輝く晴天の下を当てもなく歩き続けていた。自分の未熟さが原因で生まれた迷いと苛立ちなのに、助けを求めた麗牙に当たってしまい、今は迷いと共に罪悪感も付いて回っていた。こんな重苦しい心境であるのに、まるで見せつけるように燦々と照りつける太陽が今は少し疎ましくすら思ってしまう。

 どこか暗い場所へ避難しようかと思い立ったその時、視界の端に見覚えのある美少女が映った。それどころから、その少女は俺を見つけると声を上げてこちらに走り寄ってきたのだ。

 

「健吾くんっ」

 

「千聖ちゃん?」

 

 今日は朝から撮影だと聞いていたが、もう終わったのだろうか? とりあえず彼女の前で無様な格好は見せられず、暗い気持ちを押さえ込んでいつものように音楽バカな自分を再現しようと笑みを作り出していた。

 

「はは、アイドルに走り寄ってこられるなんて、俺も捨てたもんと違うな」

 

「はぁ、そんなこと言ってる場合? 愛音ちゃんから聞いたわよ。その傷でバンドの練習に出たって。ホント無茶するんだから……」

 

 しかし千聖ちゃんのその言葉は今の俺にとっては胸に刺さるものであった。せっかく作り上げた微笑みの仮面も虚しく崩れ去り、情けない小さな男の顔を彼女に曝け出してしまう。

 

「いや……無茶と違う。そこまでの無茶と違ったんや、俺のやってきたことは……」

 

「健吾くん……?」

 

「昨日も聞いてたやろ。俺はハナっから自分の大事なもんを賭けてもない。失うのが怖いから、最初から天秤にかけることもせんかった。戦士として命かけてる戦ってるはずの自分が、何みみっちい真似しとんねんって話や」

 

 千聖ちゃんに対して俺は自分の正直な気持ちを吐露していた。これまで彼女の前では頼れる戦士であり続けたつもりであったが、ここに至ってそれを保つことに限界が来てしまったのだ。

 

「もし本当に目の前の誰かか、自分の人生か、どっちかしか選べやんかったら……俺はまだその答えを出せやん」

 

 こんなことを言ってしまう俺はもはや戦士ではなく、ただの迷える一人の男であった。

 

「そんなの、全然あなたらしくないわ。健吾くんらしくない」

 

 俺らしくない……か。むしろ本当の俺とは何なのだろうか。いつもの音楽バカな自分か、敵と対峙する戦士としての自分か、それともこうして大事なものを決められない優柔不断な自分か。もはや自分でも自分を見失いかけ、暗闇の中を進んでいるような感覚であった。一体何が答えなのか分からず、自分のことも分からず、光も見えない闇の中に閉じ込められているようであった。

 

 

「他人か自分か。私はその問いの答えをもう持っているわ。健吾くんが教えてくれたのよ?」

 

「え?」

 

 

 しかし、その暗闇に小さな光が灯った。なんと千聖ちゃんは俺が迷っている答えを既に持っているという。しかもそれは他の誰でもなく俺が教えたというのだ。そんな彼女の言葉が希望の光のように思えて、視線を彼女の目から離せなくなっていた。

 

「俺が教えた?」

 

「ええ。だって──」

 

 

 ♪〜♪〜

 

 

「──ごめん……あ、花音からだわ」

 

 しかしその時、タイミング悪く千聖ちゃんの携帯が音を鳴らしていた。表示された名前から相手が花音ちゃんだと分かり、すぐさま通話に出る千聖ちゃんだったが……。

 

「もしもし。どうしたの花音──」

 

『ふえぇぇぇ〜! 迷っちゃったよ〜っ!!』

 

「──きゃっ!?」

 

「うわすごい大声……」

 

 端末からは、話し相手でない俺にまで聞こえてくるほどの特大の花音ちゃんの悲鳴が轟いていた。突然の大声で驚いた千聖ちゃんは思わず地面から跳ね上がっているし、相当の大音量だったようだ。つまりはそれほど花音ちゃんも一大事だということなのだろうが……。

 

「お、落ち着いて花音。近くには何があるの?」

 

 気を取り直した千聖ちゃんは花音ちゃんの居場所を探ろうと一つ一つ丁寧に確認していく。周りの景色、近くの目印になる建物、太陽の位置など、どこか熟れている感じがするのは気のせいではないのだろう。恐らく千聖ちゃんも何度となく迷った花音ちゃんのことを助けてきたのだ。

 

「ええ……ええ、分かったわ。今から行くからそこから動かないで待ってて……うん……じゃあ切るわね」

 

「なんか、いろんな意味で安心するな」

 

「はぁ……花音もあなたのことを思って会いに行こうとしてたのよ。そうじゃなかったらこんな急かすような助けの電話なんて来ないわ」

 

「……なんか本当にごめんな」

 

「とりあえず花音のところまで行くわよ。場所は大体分かるから」

 

 再び罪悪感に見舞われながらも千聖ちゃんの後に付いていき花音ちゃんのいるところまで目指すことになった。

 しかし流石と言うべきか花音ちゃん。俺たちの予想以上に離れた場所でベソをかいていたようで、キャッスルドランから彼女の家を挟んで反対方向にいるようなのだ。あの建物を目指したらそうはならんやろとは思うが、これもある種の才能なのかもしれない。

 そんなことを考えているうちに、目標となっていた広場に到着。その中心にポツンと立ち尽くす花音ちゃんの後姿を見つけたのだった。俺たちが来る方向すら間違えているのか、一向に振り返ろうとしない小さな背中がそこにあった。

 

「着いたぁ……よっ、花音ちゃん」

 

「ふぅ……花音、健吾くん連れてきたわよ」

 

 俺のために動こうとしてくれた花音ちゃんには悪いと思いながらも、素直に嬉しいという気持ちが湧き出てきて心からの笑顔を持って花音ちゃんの背中に話しかける。しかし聞こえなかったのか花音ちゃんはまだ振り返ろうとはせず、俺は更に走り寄って花音ちゃんのすぐ後ろからもう一度声をかけようとした。

 

「かの──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ばーか」

 

 

「え……っ!?」

 

 その次の瞬間、振り返った花音ちゃんの手が俺の手首をがっしりと掴み、そのまま締め付け始めたのだ。それと同時に何かが彼女の手を伝って俺の手首へと流れてくるような嫌な感触を味わい、咄嗟のところで俺は彼女の手を振り払ってその場から離れた。

 

「っぅおおっ!?」

 

「チッ、惜しい……」

 

「お前っ、昨日の!」

 

「同じ手で芸がなくてゴメンね。でもこれが私の十八番だから……そこは許してよね。けーんーごーくん?」

 

 目の前にいるのは花音ちゃんだが、その中にいるのは昨日も相対したあのゴースト族……今はレジェンドルガである異形だった。俺に何かをしようとしたようだが寸前で逃げられたことで一瞬だけ表情を歪めるも、すぐに馴れ馴れしい態度で挑発をかましてくる。しかしこちらとしては再び花音ちゃんを人質にとられたことで内心焦るばかりであった。

 

「そう思ってるんやったら花音ちゃんから出ていかんかい! そもそもそうせんとまともに戦えやんのやろ」

 

「ゴーストならね……でも今の私はレジェンドルガ。だからこんなこともできるんだ」

 

「なっ!?」

 

 その直後、花音ちゃんの身体を岩のような鎧が覆い尽くし、その場には昨日戦ったあの自動人形のような異形が現れていたのだ。あの姿の中身は空洞であり、今は奴に操られた花音ちゃんが纏っている状態であった。剣を手に持ち、今にも俺たちに斬りかかることもできる異形は、しかしその場で楽しげに話しかけていた。

 

「そんな、花音が!?」

 

「さあどうする弱っちい方のイクサ? 私を滅ぼすならどうぞお好きに。この子も一緒にだけど」

 

「っ、ふざけんな!」

 

R・E・A・D・Y(レディ)

 

 見え見えの挑発に乗る形になったが、兎にも角にも変身しないことにはこちらの命が危ない。ナックルを掌に押しつけてシステムを起動させ、天高く掲げて俺は変化の言葉を叫んだ。

 

「変身!」

 

F・I・S・T(フィスト) O・N(オン)

 

R・I・S・I・N・G(ライジング)

 

 ライジングイクサへ変身した俺は即座に岩肌の異形の両肩を掴み、花音ちゃんに語りかけていた。

 

「待っとれよ花音ちゃん! 今の助けたるからな!」

 

「フンッ!」

 

「ッちィィ!」

 

 異形の振るう剣をすんでのところで避けて距離を開け、俺も敵と同じようにイクサカリバーを構えていた。そして敵に接近して攻撃のために刃を振り下ろそうとする。あの外殻の硬さは以前の戦いで何となく掴んだから、どの程度の威力で斬り裂けばいいかは分かっているつもりだった。故に花音ちゃんを覆う外殻だけを破壊するつもりで俺は剣を振るって攻撃をしかけたのだ。しかし──

 

「ふふん」

 

「っ!?」

 

 刃が敵に触れる瞬間、なんとその部分から異形の鎧は消え失せ、花音ちゃんの傷一つない白く綺麗な肌が顕となったのだ。俺の振るう刃は異形の身体でなく、罪も汚れもない少女の身体に向かっていった。

 

「ふんんんっ!!」

 

 しかし何とか反応が間に合い、力の限り踏ん張ってギリギリで刃を止めることができた。あと少し遅ければ俺の剣は花音ちゃんの腕を斬り落とすところだったことに冷や汗をかくも、目の前の存在のせいで落ち着いている暇はなかった。

 

「あぶなーい。もう少しで腕がなくなるところだったよ」

 

「こ、こんのやろ……っ」

 

 あからさまな挑発だが、花音ちゃんの声で可愛らしく言う様が余計に俺の神経を逆撫でさせていた。しかし花音ちゃんを盾にしていることでこちらも迂闊に手が出せず、より腸が煮え繰り返る思いだった。このまま攻撃を続けても今みたいに避けられたらいつかは花音ちゃんを傷付けてしまう。最悪命まで奪ってしまうことになる。それが恐ろしくて、俺は一瞬動きが鈍ってしまってた。

 

「じゃあこっちから行くよ!」

 

「グゥッ!? ゥワァァァッ!?」

 

 俺が手をこまねいている一瞬の隙を突いて異形の剣がイクサの装甲を斬り裂いた。鋭い連打で何度も斬撃が襲いかかり、激しく火花が飛び散っていく。最後の大振りの一撃で吹き飛ばされて地を転がり、痛みに耐えながらも何とか身体を起こして敵を眼下に収めようとする。

 

「(せやけどどうしたええねん! このままやと何もできやんとやられるで!)」

 

 花音ちゃんが敵の手の中にあるうちはこちらから手出しはできない。それによく考えてみれば、あの外殻を破壊したところで花音ちゃんを助けることができるという保証もない。依然花音ちゃんは乗っ取られたままで根本的な解決にはなり得ないのだ。

 解決の糸口が見つからないまま仮面の奥で唇を噛み締め、それでも何が方法があるはずだと思考を巡らせていたその時だった。

 

「なんかかわいそうだしヒントあげるよ。この子から私を追い出す方法は二つある」

 

「え……?」

 

 なんと敵自ら攻略法を教えてくれると言うのだ。手立てが見つからない現状では他に頼るものがなく、俺は大人しく敵の言葉に耳を傾けていた。

 

「一つは魔術で無理矢理私たちを引き剥がすこと。まあそんなことすればこの子の精神も一緒に引き裂いちゃうから君的には無しだよね」

 

 なるほど、わざわざキャッスルドランから離れた場所まで俺たちを誘導したのはファンガイアからの介入を防ぐためか。彼らの魔術があれば有機生命体からゴーストを引き剥がすことは可能だ。その可能性を可能な限り減らした上で俺たちに襲いかかってきたわけだ。

 しかしその過程で花音ちゃんの心が壊れるというのなら俺はそうはさせない。たとえ敵を打ち倒しても花音ちゃんが無事でなければ意味がない。故にその選択は相手の言う通り無しだった。

 

「もう一つは……」

 

「フ……君の身体に乗り移ることさ。そしたらこの子は自由だ。おめでとう」

 

「やっぱそう言うことか」

 

 最初からそれが目的だったのだろう。手首を握られたときに感じた嫌な悪寒は、花音ちゃんの身体を伝って奴が俺の中に入り込もうとした感触だったのだ。

 しかし例え俺が花音ちゃんの身代わりになったとしても、その後が保証されない。俺を乗っ取った敵がそのまま二人を殺す可能性もあるし、その後も多くの人を傷付ける可能性がある。これがリリース当初のイクサなら活動制限時間を用いた裏技もあったが、機能が安定している現代のイクサではその戦法も使えない。

 花音ちゃんを助けたいがこのまま自分を差し出すこともできない。結局何も出来ないのかと歯を食いしばった時、戦場に再びあの人が現れた。

 

「綾野くん! 白鷺さん!」

 

「師匠!」

 

「名護さん!」

 

「チィ……もう来たのか」

 

 俺の師匠──名護啓介。全てを眩く照らし出す太陽の戦士、正義の象徴。彼がいるだけで全ての絶望は希望へと変わる。あまりに力強い味方の登場に自然と笑みが溢れ、全身にも力が湧き始める。同時に一瞬表情が歪んだ異形であったが、すぐさま余裕の笑みを浮かべて師匠へと語りかけていた。

 

「でもいいのかな強い方のイクサ。こっちには……ほら」

 

「松原さん……そういうことか」

 

「そういうこと。君はどうする? この子ごと私を殺せるかな?」

 

 異形の外殻を肌を伝って滑らせ、花音ちゃんの素顔が顕になる。それで全てを察した師匠に敵は俺と同じ問いを投げかけた。しかし例えどちらの答えになるにしろ、師匠が来たことで俺の答えは決まっていた。

 

「なるほど。確かに俺にその子を斬るのは難しい。昨日もいろいろ話もしたしな。しかし戦士である以上俺は──」

 

「待ってください師匠」

 

「──綾野くん?」

 

 師匠の言葉を切って申し訳なく思うが、ここは俺が出ていかなければならない場面だった。師匠に軽く頭を下げて、俺は再び異形へと問いかけていた。

 

「なあ、お前。さっきの俺に乗り移るって話。アレまだ生きてるか?」

 

「ああ、うん。もちろんだとも。それが目的でこんなことしてるんだし」

 

「そうか……やったら望みこの身体好きに使わせたる!」

 

「健吾くん!?」

 

「……」

 

「へぇ……」

 

 きっとこのままでも師匠は戦うだろう。花音ちゃんを助けるのかそうでないのかは正直分からなかったが、どのみち二人の激突は避けられない。ならばせめて、俺がその代わりになればいい。それなら花音ちゃんは助けられるし、師匠なら俺が相手でもきっと打ち勝ってくれる。例えこの身が滅んでも俺の正義は果たされる。そう信じていたからこその答えだった。

 

「師匠」

 

「……君がそうすると決めたのならそうしなさい。それが君の納得する答えならな」

 

「ありがとうございます」

 

「……っ」

 

 師匠に一礼して変身を解除した俺はゆっくりと異形へと歩いていく。向こうも俺が抵抗する気がないことを感じて近づいてくる。

 自分か、花音ちゃんか。正に今がその二択を迫られている時なのだろう。しかしいざその時が来ればなんとも呆気ないものか。俺は迷いなく自分よりも花音ちゃんを選んだ。

 

 ──今に見てろ。この後俺の師匠がお前を完膚なきまでぶちのめすからな。

 

 心の中でそう勝ち誇りながら、一歩また一歩と歩みを進める。自分の命運などもはや気にも留めず、ただ師匠の勝利を信じていた。

 

 その時だった。

 

 

 

 

「ダメ……」

 

 

 

 

「……放してくれんか千聖ちゃん」

 

「嫌……絶対に嫌よ。放さない……行かせないっ」

 

 俺の腕を固く掴んだ千聖ちゃんによって俺の歩みは止められる。俺を行かせないように両手でしっかりと掴むが、そんな彼女の小さな手は小刻みに震えていた。

 

「なんでよ……なんでこんな時は自分を捨てられるのっ。音楽を捨てたくないならそのまま自分を大事にすればいいじゃない! 中途半端でもそうすればいいのにっ。どうしてこんな時に極端になるの!」

 

「こんな時やからや。中途半端に自分を選べやん。選ぶならきちんと決めやなな」

 

 自分を大事にしない選択を取ったことに千聖ちゃんは納得できず、力を込めて俺を引っ張ろうとする。しかしいつしか振り向こうとしない俺の背中に頭を当てると、彼女は静かに震えた声で懇願するように呟いていた。

 

「違うでしょう……お願いだから思い出してよ……前のあなた自身を」

 

「千聖ちゃん……」

 

 以前の俺は彼女に何をしたのか。正直今は考えている暇はなかった。今の俺は音楽を捨てることよりも、花音ちゃんが失われる方が怖かったのだから。しかし何故今になって自分を捨てることができたのか、その答えは何となく分かっていた。

 

「多分、こうなる運命やったんやろな。両親と同じで」

 

「え……あっ、健吾くん!!」

 

 物心つく前にこの世を去った両親のことを想い、同じ運命を辿ろうとする自分にどこか諦めと納得のようなものを感じ取っていた。そして一瞬力の抜けた千聖ちゃんの手を掻い潜り、俺は再び異形の元へと近づいていく。

 

「なんで……なんで両方諦めないって選択はないのよ! あなたはずっとそうしてきたじゃない!」

 

「っ……(そうやったな……)」

 

 それが千聖ちゃんの言う“前の俺”。失いたくないものを両方を助けようとする俺のことを言っているのだろう。

 しかし今の俺に両方守ることができるのだろうか。この状況下で確実に花音ちゃんを助けるのならば、後のことを師匠に任せる方が遥かに確率が高い。危ない橋を渡って二人とも死ぬか、確実に一人助けるか。

 そう、他人ではなく自分が天秤に乗った時、俺はこういう選択をとる男だったのだろう。

 

「……っ、花音! 聞こえてるんでしょう! あなただってこんなの望んでいないはずよ!」

 

 すると千聖ちゃんは俺ではなく花音ちゃんに向けて叫んでいた。もはや俺の選択を取り消すならば花音ちゃんが目覚めるしかない。もしそうなればどんなに気が楽になることか。しかし花音ちゃんが目覚めない現状、俺に策はなかった。

 

「なーに言ってるのかな。私にそんなこと言っても私しか応えられないよ。しかしあの男は本当に何もしなかったな。何を考えてるのやら」

 

「それは俺に取り憑いた後のお楽しみやな。さ、こっち来い。花音ちゃんから出ていかんかい」

 

「へぇ。じゃあ、遠慮なく」

 

 異形の外殻が消え、敵は花音ちゃんの姿で俺に手を伸ばそうとしてくる。俺もそれに対して手を伸ばし、繋がろうとする。先も言ったが、この後のことについては本当に無策だ。完全に師匠頼みになってしまうことについては申し訳なく思うが、それでも俺は師匠を──名護啓介という男を信じていた。だからこそ後を託して、俺は自分の命運をも投げ打つことができるのだ。

 

 しかし……。

 

 

「花音! あなたも持ってるんでしょ! 誰かを助けたいという想いを! あなたの想いはそんな奴なんかに負けない! 健吾くんにも負けてない! だから花音! 早くそこから出てきて……健吾くんを助けて!」

 

 

「っ」

 

 俺を諦めようとしない千聖ちゃんの声が高らかに響き渡った。

 

 俺を、そして花音ちゃんを決して諦めない千聖ちゃんの力強い叫び。

 

 花音ちゃんを信じているからこその彼女の言葉は、花音ちゃんが目覚める可能性を諦めかけていた俺の動きを止めた。

 

 しかし俺に伸ばされる魔の手は止まることはない。

 

 俺の身体を奪わんとするその手は、今まさに俺の肌に触れようとしていた。

 

 

 そして──

 

 

 

 

 

「っ!!」

 

「えっ……」

 

 

 ──その手は俺に触れる直前で止まった。

 

 

 いや、止められたのだ。

 

 

 俺に伸びた方とは違う、花音ちゃんのもう片方の手によって。

 

 

「そうだよ……負けないで……健吾くん……っ」

 

「花音ちゃん……」

 

 

 その顔には、俺たちの知るあの少女の表情が表れていた。




次回「第143話 俺の覚悟:Don't lose yourself」
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