ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『花音の強い意志に触れ、己の迷いを断ち切った健吾は、花音を救い出し見事レジェンドルガを撃破した』

『しかしホッとしたのも束の間。ライブを終えた麗牙さんの前に「チュチュ」と名乗る少女が現れて……どうやら麗牙さんとはお知り合いのようですが……?』


第144話 口は災いの元

 TETRA-FANGのライブから明くる月曜日の放課後。授業が終わったことでクラブ活動や帰宅などに向かう生徒たちで教室が慌ただしくなる中、私はようやく目を開けて夢の世界から帰還していた。

 え、それは授業をサボってないかって? ふふふ……と思うじゃん? この天才愛音ちゃんクラスになれば、例え寝ている最中に先公に名指しされてもすぐに答えることができるのだよ。そもそも今日の分だって受けるまでもなく分かることだし、今のレベルだったら知らなくても後からでも余裕で追いつける。ぶっちゃけそこまで勉学に対して本気(マジ)になっているわけでもないし、今日も適当に受け流していたわけだ。そう、受け流していただけでサボっていたわけではない。ここ重要だからね。

 しかし、それほど眠たくなるのにもわけがある。ただでさえ先週末は土曜にイヴとモデルの仕事、昨日はライブと来てるのに、その上……。

 

「(あー、思い出すだけで腹立ってきた)」

 

 昨日のライブの後に起きた出来事を思い出し、夢の世界に置いてきたはずの苛立ちが蘇ってきた。ライブを終えた兄さんに話しかけてきた女──名前は「珠手(たまで) ちゆ」と言うそうだが、生意気にも「チュチュ」なんて馴れ馴れしく兄さんに呼ばせようとしていた小娘を思い出す。

 

 

 

 

 

 

『チュチュ……?』

 

『ええ。はじめまして、TETRA-FANGの皆さん。次の世界を支配する音楽プロデューサー「チュチュ」と申します』

 

 兄さんを除く私たちに丁寧な口調で、しかし心の音はあくまで攻撃的な旋律を奏でながら、彼女は自らを世界を支配するプロデューサーと豪語する。アゲハよりも小さな少女改めチュチュは自信に満ちた表情を私たちに見せながら、その反応を楽しげに待っているように見えた。

 

『世界を支配って? ちゆちゃん』

 

『っ、チュチュよ! ……こ、コホン……それと、今のは言葉の通りよ紅麗牙。ワタシはいずれこの世界で最強の音楽を作り出す。世界の全てを虜にできるような圧倒的なサウンドを奏でる最強のバンドを繰り出してね』

 

 兄さんが望み通りの反応を返したと思った直後、昔の呼び名を言われて少女は少し顔を赤らめて取り乱す。なまじ小さい見た目なだけに可愛らしさを感じてしまい少し悔しいが、チュチュは直ぐに気を取り直して自らの野望を高々と兄さんに語り始めた。最強の音楽で世界を支配する……そんな果てしなく高い目標を堂々と宣言する様は年相応の少女の姿とは思えず、少しカッコいいと感じてしまう。

 

『でも、その前にやることがある』

 

『やること?』

 

『ええ……数多のガールズバンドが生まれ活躍するこの群雄割拠の大ガールズバンド時代。それをワタシたちの音楽で塗り潰して終わらせるっ。そしてその次は……あなたたちTETRA-FANGをぶっ潰す!』

 

 

 

 

 

 

 明らかな宣戦布告をして後を去る彼女に圧倒され、私たちは誰もその後を追うことなくしばらく呆けてしまっていた。それからしばらくして、私の中には小さな敵対心が生まれていた。私より歳下なのに兄さんに対してあんな偉そうに話しかけるのもムカつくし、兄さんに向ける攻撃的な音楽も気に入らない。何より、わざわざ「TETRA-FANGをぶっ潰す」なんて宣言をしていったのだ。兄さん曰く「昔はそんなこと言う子ではなかった」らしいが、それがどうしたと言うのか。「ぶっ潰す」と言われてはいそうですかと流せるほど私は大人じゃない。面倒臭いがその喧嘩を買ってやろうとすら思っていたのだ。ムカつくし面倒臭いが、無視できない存在……それが現時点でのチュチュなる少女の印象であった。

 

「あれ……アゲハ……? って何これ……書き置き?」

 

 いつまでも昨日を思い返しても仕方ないしとりあえず今日は帰ろうと、同じクラスのアゲハの姿を探そうとする。しかし彼女の姿はどこにも見当たらず、代わりに私の机には書き置きの付箋が貼られていた。

 

 ──ごめん、ちょっとつぐみたち手伝ってくる。戻るまで待ってて。―アゲハ―

 

 つぐみたち、ということは生徒会だろう。この羽丘女子学園では新年度から日菜が生徒会長となり、つぐみは副会長に就任している。そんな新生生徒会の活動において、偶に今日のようにアゲハが手伝うことがあるのだ。まあ普段からビショップとして兄さんの元に仕えている分仕事はできるし、なんなら生徒会長だろうが風紀委員長だろうがなんでも熟せるのが彼女だ。引く手数多な人材ではあるが、ビショップの使命故に学校の仕事に常に気を回すことができないのは惜しいと言うべきなのだろうが、だからこうして偶にはつぐみたちの手伝いにも参加しているのだろう。

 

「しゃーね……待って……やっぱ行こ……」

 

 大人しく待っていようかと考えたが、せっかくなので私も生徒会室に行くことにした。暇というのもあるが、つぐみの可愛らしい顔を見れるならその空間にいるだけでも損はない。きっと教室なんかよりもずっと寝心地はいいはずだと、不純な動機で私はアゲハたちのいるであろう生徒会室に向かったのだった。

 

「しぇーしゃーす……」

 

 やる気のない「失礼します」の声を上げて生徒会室の扉を開く。そこには自分の思った通り、アゲハとつぐみ、それと生徒会長の席に座る日菜の姿があった。

 

「あっ! やっほー愛音!」

 

「あーやっぱ来ちゃったか」

 

「まぁね……どうせ待つなら……つぐみの腕の中だなって」

 

「え、ええ……それだと流石に仕事できないよ私」

 

 困惑しながらも真面目に答えてくれる可愛らしいつぐみを見れて満足したところで、空いている席に腰掛ける。そして机に突っ伏して夢の世界に入り込もうとしたところで、それを妨げるかのようにつぐみからこんな話題を振られたのだった。

 

「ねぇ愛音ちゃん。愛音ちゃんは次の文化祭に関して何か意見とかやりたいこととかないかな?」

 

「ぶん……かさい?」

 

「ほら、再来月にあるでしょ? ウチの文化祭」

 

「うん。それでせっかくだから愛音ちゃんの意見も聞こうかなって。生徒会でどうまとめて進めていこうかって、アゲハちゃんにも相談に乗ってもらっていたんだ」

 

「ふむ……」

 

 それはぶっちゃけ私に聞くようなところではないと思うが、まあ可愛いつぐみのためなら何とかして意見を絞り出してみよう。文化祭を盛り上げるためにはまず自分が楽しめなくてはいけない。そして私が楽しめること……今やりたいことと言えば……。

 

「……リラクゼーションルーム?」

 

「いや寝る気満々じゃん愛音……そこはせめてライブとか言おうよ」

 

「兄さんいないのにヤダ……城南も一緒にするなら……なきにしもあらず……」

 

 即却下されて打ち砕かれた希望に打ち拉がれる暇もなく、無難にライブを勧めるアゲハに口を尖らせる。やるにしても正直兄さんたちTETRA-FANGのいないところでのライブは気が引ける。せめてTETRA-FANGが大っぴらに参加できるように兄さんと健吾の通う城南大付属とコラボしてくれるならと、実現しなさそうな希望だけは伝えておこう。

 

「それいい! 今とってもるるるんってきた! 今年はライガたちもおねーちゃんたちも一緒に文化祭!」

 

「ちょ、ちょっと待って日菜。共同開催するにしても城南は共学だからきっとみんな抵抗あるって。せめて花女だけにとか」

 

「えぇ〜そう? ライガたちダメなんだ〜……」

 

 アゲハに諭されてつまらなさげに机に突っ伏す日菜。私もダメ元で言ってみたがまさか本当に乗っかってくるとは思わず、自分の滅茶苦茶な提案が通らなかったことにそっと胸を撫で下ろす。自分で言っておいてなんだけど、流石に共学の城南とウチが合同でやるのはいろいろと問題が多すぎる。ウチの生徒会長の聞き分けがよくて助かった……。

 

「でも花女と一緒にやれれば、ガールズバンドのみんなが一同に介してライブもできるよ。そうすればきっとポピパは出てくれるし、もしかするとRoseliaも出てくれるかも」

 

「よし! じゃあ花女に行こう!」

 

「うんそうだね……ってええっ!? 今から!?」

 

 つぐみの言葉で再起した日菜は勢いよく立ち上がると、そのまま彼女を連れて生徒会室を後にしようとしていた。まさか今から花女に行こうというのか? 花女の生徒会に乗り込んで「一緒に文化祭しませんか」と誘うつもりなのか?

 

「あ、二人ともありがとう! じゃああたしたち行ってくるね!」

 

「ま、待ってよ〜!」

 

 などと考えているうちに日菜は嵐の如く走り去っていき、それを追ってつぐみも出て行ってしまう。先程まで喧しかった生徒会室はいつしかしんと静まりかえり、本来の使用者ではない私とアゲハは、走り去る日菜たちに何も言えないままポツンと残されてしまっていた。

 

「……どする?」

 

「放っておいていいと思うけど、なんか燐子に申し訳ない」

 

「同意……」

 

 きっとこのまま放っておけば日菜たちは花女の生徒会に突撃することになるだろう。突然アポ無しに訪れた彼女たちに困惑する燐子の顔が目に浮かぶようであり、そのきっかけを提供してしまったことに少なからず罪悪感を抱いていた。

 

「一緒に行こっか、愛音」

 

「はぁ……しゃーなし」

 

 軽く溜め息を吐きながら私たちも生徒会室を後にする。その間にアゲハは燐子に連絡を取り、もしかすると日菜たちが行くかもしれないことの趣旨を伝えていた。電話の向こうから聞こえる狼狽る燐子の声から、彼女がどんな顔をしているか容易に想像が付く。

 その後に真っ直ぐ校門まで行ったが既に日菜たちの姿は見えなかった。花女の生徒会の仕事が終わるまでに着く必要があるため、ここから走って行ったのだろう。それに付き合わされるつぐみは本当に哀れというか……後でよしよししてあげよう。

 

「走ろっか」

 

「えー……アゲハの力でワープ──」

 

「こんなところでできるかっ。さっ、とにかくレッツゴー」

 

「なんで楽しそうなの……」

 

 多分、普段運動せずダラダラしてる私を動かせるのが嬉しいのだろう。くそぉ……こうなれば走るしかない。恨めしや日菜め……。

 それにしても日菜は何という行動力だろうか。あまり比べたいとは思わないが、こころとどちらが自由人かは少し気になるところである。なかなか自分の欲望に忠実と言うか……え、私もだって? 何を証拠にそんなことを。

 まあ、強いて言うならばこれが放課後でよかったということか。もしこれが昼休みなら、昼休みのうちに突撃かましてたところだ。あの生徒会長はそう言う人間だ。今日学んだ。

 

 それからしばらく走り続けること数分後。花女の校舎が見え始めたところで、私たちも目的の人物たちの背中を捉えることができた。ちょうど信号待ちしている最中であり、私たちの声に気付いた二人はこちらに振り返って笑顔で迎え入れてくれた。

 

「ん? あっ、アゲハと愛音! 来てくれたんだ!」

 

「はぁ、はぁ……っ、え……ぁ、ホントだ……はぁ……」

 

「つぐみ……めっちゃバテてる……」

 

「だ、だって、日菜先輩速いんだもん〜!」

 

 割と忍耐強い印象のあるつぐみだが、そんな彼女すら置いていくほど日菜が高スペック過ぎるのだろう。羽丘と花女は近いと言うが距離はそこそこ離れており、それをほとんどノンストップで走り続けてきたにも関わらず日菜は全く息切れしている様子が見られない。むしろこうしてバテているつぐみの方が普通なのだ。

 

「それより、愛音ちゃんもアゲハちゃんも、なんで平気なの……走ってきたよね……はぁ……ファンガイアだから……?」

 

「まあ確かに、ファンガイアだからその分人間より頑丈なのかも」

 

「半分なのにバテてない……私すげぇ」

 

「自分で言わないの」

 

 自画自賛くらい許してくれてもいいのにマイフレンド……。まあ戯れもここまでにして、日菜に追い付いたわけだし共に花女に乗り込むことにしよう。信号もちょうど青に変わり、進んでいく先に見える花女の校門。そこで待ち構えている人影を見つけ、日菜は大きな声で叫んでいた。

 

「あっ! おねーちゃん!」

 

 花女の風紀委員を務めている紗夜の姿を捉え、姉を慕う妹は文字通り矢の如く飛んで行った。しかしその矢は紗夜に突き刺さることなくピタリと紗夜の目の前に着地し、こちらに背中を向けているのにも関わらず、目を輝かせているのが私たちにも分かるほど日菜は楽しげに身体を揺らしていた。そんな妹の姿に目もくれず、こちらに視線を向けると頭を下げてこう告げたのだ。

 

「ありがとうございます、羽畑さん。先に連絡をしてくれたおかげで、こちらも落ち着いて対応ができます」

 

「え? あ、連絡してくれたんだアゲハちゃん。ごめん、私走るので精一杯で……」

 

「気にするなつぐみ……よしよししてあげるから」

 

「いやそこなんで愛音が慰めてんのよ」

 

 何やともあれアゲハのおかげで門前払いを食らうことなく、私たちは紗夜の案内で生徒会室に招かれた。しかし当然他校の制服の子がいれば興味の視線を集めるわけで、歩いている間ずっと注目の的になることが恥ずかしく、私は周りをこけしだと思い込むことで平静を保とうとしていた。

 

「失礼します」

 

「しぇしゃす」

 

「こら愛音っ」

 

 流石に燐子相手とはいえ他校の生徒会に今の舐めた挨拶はマズかっただろうか。アゲハに叱られながら入室すると、一番奥の生徒会長の席には燐子が。そしてもう一人、私の知らない少女がどこか警戒するような音を心に奏でながら私たちを見つめていた。

 

「あ、日菜さん、羽沢さん。どうも……それであの……そちらのお二人は?」

 

「有咲ちゃん、二人とは初めて?」

 

「はい。まあ」

 

「私たちもないよ」

 

「うむ……」

 

 こんな亜麻色のツインテールが可愛らしい小さな少女、会っていたら忘れるはずがない。燐子と似て人見知りなのか、少し緊張している様子が見られて実に愛らしく感じる。ただ、制服の上からでも分かるほどの胸の爆弾が少しムカつくが……花女の生徒会は胸のサイズに規定でもあるのだろうか畜生め。あ、紗夜がいたか。

 

「何か今、とても失礼な視線を感じた気がしたのですが」

 

「気のせい……それより自己紹介……オッス、オラ愛音。よろしくな」

 

「いやそんなキャラじゃないでしょアンタ……こほん、羽畑アゲハです。愛音とは一緒にバンド組んでて、その縁でここにいるみんなと知り合ったの」

 

「え、バンドですか?」

 

「はい……市ヶ谷さん、見たことないですか……TETRA-FANGって……去年、わたしたちと合同でライブしたこともある……」

 

「……あっ、あの時」

 

 どうやらRoseliaとの合同ライブを目にしたらしく、燐子の言葉で思い出した彼女の目が僅かに開かれる。尤も、その時は私はいなかったから彼女の記憶の中にはどうしたって出てこないが、まあこれから思い出を作っていけばいいだろう。

 

「ああ、ごめんなさい、私のことがまだでした。市ヶ谷有咲です。私も、その……バンド組んでて……それでキーボードやってます」

 

「えっホント? 私もキーボードだよっ」

 

「キーボードだらけじゃねここ……寂しみ……」

 

 七人中四人、氷川姉妹と私以外がキーボードであることに気付き、妙な疎外感に囚われる。そんな中、何かを尋ねたそうな顔をする少女──有咲に気付き、そちらに視線をやって話を促した。

 

「それで、そちらの……愛音さんの苗字ってなんですか?」

 

「忘れてた……紅……紅愛音……あの天才ヴァイオリニスト紅麗牙の妹……よろしく」

 

 兄さんが天才であることを強調して有咲に改めて紹介する。TETRA-FANGとしての兄さんも紹介した方がいいかと再度口を開こうとした時、有咲は呆気にとられたような顔をして呟いたのだ。

 

「え、あの紅麗牙の?」

 

「もしや……ヴァイオリニストとしての兄さん……知ってる」

 

「いや、そりゃあんだけテレビで出てたら知ってるって……あ、知ってますよ」

 

 最近はメディアへの露出はないが、去年の時点での兄さんの活躍をテレビで見て知ってくれていたのだろう。その事実に鼻が高くなり、心の音を軽快に鳴らしながら私は有咲へと近づいていく。

 

「じゃあ……その兄さんがTETRA-FANGのボーカルって知ってる?」

 

「えっと聞いていたけど……あんまり意識はしなかったっていうか──」

 

「燐子の彼氏ってことも?」

 

「愛音さんっ!?」

 

「いやそれは流石に知ら──ってえええっ!? 前に言ってた燐子先輩の彼氏ってあの紅麗牙なんですか!?」

 

 そこまでは聞いていなかったのか、私のもたらす情報に驚愕し慌てふためく有咲。そんな可愛らしい反応を見せる彼女に内心ニヤニヤしながら脳内メモリにバッチリ保存しておく。うん、これで三日はいけるな。なかなかどうしてか、有咲は見た目も反応も可愛らしくて実にいい。それにクール雰囲気を保とうとする彼女の空気を崩すのは楽しくて仕方ない。昨日チュチュなるものを見たから余計にそう感じているだけかもしれないけど。まあアレもアレで可愛らしいから、いつか弄ってみたいな……。

 

「ちょっと愛音。ここにきた理由忘れてない?」

 

「……ぶっちゃけ……完全にすっぽ抜けてた」

 

「自己紹介はもうよろしいでしょうか?」

 

「おけ……」

 

 紗夜の静かな確認によって一旦は場の空気は静まり返る。ようやく本題に映ることにつぐみと燐子はほっと一息をついていた。そして今回の訪問の主導者である日菜が、燐子たち向けてここに来るまでと変わりない高いテンションで告げたのだ。

 

「あのね、あたし、ウチと花女で一緒に文化祭やりたいなーって!」

 

 

 ♬〜♬〜

 

 

「っ!?」

 

 それと同時に、私の耳にブラッディ・ローズの旋律が聴こえてきたのだった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 それは愛音たちが生徒会室に入室したのと同じ頃。花咲川女子学園の職員室前でプリントを手に持った少女──彩がいた。訳あって提出の遅くなった課題を出すため、帰る前に一人教科の先生の元へ訪れようとしていた。

 

「きゃ?」

 

 しかしその時、開けられた窓の間から突風が吹き込んだ。廊下を吹き荒ぶ風は彩にまで襲いかかり、彼女の手に握る用紙を奪い去ってしまったのだ。

 

「あっ! ま、待って〜!?」

 

 風に飛ばされる用紙を追いかけ、彩は駆け出す。窓から外に飛び出した用紙は校舎内の人気の無い裏地へと運ばれていく。そこでようやく風は収まり、用紙はひらひらと舞いながら地面へと着地した。

 

「ふう、やっと追い付いた……ん?」

 

「……」

 

 校舎の裏の誰もいない空間で、自分以外にもう一人生徒がいることに気付いた彩は顔を上げる。そこにはぽつんと寂しげに立ち尽くす一人の長髪の少女。前髪が長いために素顔は見えないが、その立ち振る舞いや背丈的に同い年くらいに彩は感じていた。

 

「(でもこんな子いたっけ……?)」

 

 その生徒に見覚えのない彩は、違うクラス、或いは違う学年の子ではないかと推測する。しかしその少女の纏う妙な雰囲気に、彩は次第に違和感を覚えるようになっていった。こんな人目のつかないところで一人立ち尽くしていること。自分が用紙を追いかけて現れたことに対してピクリとも反応しなかったこと。よく考えれば不自然なことばかりで、軽く恐怖を感じ始めていた。

 

「ふふ……」

 

「っ、あ、あの……」

 

 ようやく反応を見せた少女に対して、彩は自分の不安を取り除くように語りかける。

 

 その直後であった。

 

「ロードの可能性……貰っていくわ!」

 

「ひっ!?」

 

 彩を見定めた少女の目が妖しく光り、そして叫ぶと共にその身体は流動し始める。うねうねと動く身体はヒトの形を超越し、元の原型を留めぬ恐ろしい異形の姿へと変貌を見せていた。

 

「嘘、これって……っ」

 

 彩が短い悲鳴を上げ終わる頃には少女の身体は既に異形の身へと変化を終えていた。頭部、肩、そして腰から生える無数の触腕。びっしりと吸盤が張り詰められたその脚は、蛸や烏賊などの頭足類のものであった。腹部に嘴のような鋭い牙を覗かせるその姿は宛らクラーケン──古き時代の大海原に伝わる伝説の怪物──クラーケンレジェンドルガであった。

 

「生徒会長だけかと思ったけど思わぬ収穫ね。まずはあなたから試してみるとしましょうか」

 

 レジェンドルガの目的はロードの復活。彩の体内に眠る魔皇力はロード復活の要となり得る可能性を秘めている故に、彼ら一族から狙われる立場にある。花女の生徒に化けていた異形は元より魔皇力を持つ燐子に狙いを定めていたが、偶然目にかかった彩が魔皇力を持っていることを感知し、急遽狙いを変えたのだ。海を荒れ狂わす程の風を巻き起こせるクラーケンの持つ力によっておびき寄せられた彩は、正に格好の獲物であった。

 

「ひっ……(逃げなきゃ) ……きゃっ!?」

 

「逃げちゃダメ。ちゃんと一緒に来てよね」

 

 ここから逃げ出さねばと地を蹴って走り出そうとした彩であったが、その直後にバランスを崩して転んでしまう。恐れで脚が絡まったからではない。その原因は、彩の脚に絡まっているクラーケンの触腕であった。いつの間にか腰から伸びた脚が彩の脚に絡みつき、その自由を奪っていたのである。もはやいくら足掻いても抜け出せず、彩は次第にパニックに陥ってしまっていた。

 

「や、やだっ! 来ないで!!」

 

「ふふ」

 

 学校の外ならいざ知らず、この校内で助けになってくれる人なんていない。自分の知るキバもイクサも、今からここに来るには時間がかかり過ぎる。もはやどうにもならないと、目の前から訪れる脅威に絶望するしかなかった。

 

 しかし──

 

 

 

「変身!」

 

 

 

「え……?」

 

 空から聞き覚えのある少女の声が響いた瞬間、黄金の光が頭上から彩の目の前に降り注いだ。

 

「ッギィ!? なんだ……?」

 

 同時に彩に絡み付いた触腕が切断され、クラーケンはそれを成した者を睨み付ける。

 

 そこにはザンバットソードを振り下ろして異形を睨み付ける、黄金のキバの姿があった。

 

 願ってもない存在が駆けつけてくれたことで彩の目には希望の光が灯り、その鎧の中にいる少女の名を呼んでいた。

 

「あ、愛音ちゃん……!」

 

「彩、ちょっと待ってて……今片付けるから」

 

 友達に手を出そうとした異形をキバは鋭く睨み付ける。ゆっくり立ち上がりながらザンバットソードを構え、いつでも敵の攻撃に対応できるよう体勢を整えていた。

 

「キバっ? なんでこの学園にいるんだ……クソっ!」

 

「っ! 待って!」

 

 しかし予想外の存在が乱入したことで取り乱したクラーケンは、なんと戦うことなくその場から即座に撤退を始めたのだ。キバに背を向け、校舎の表側へと走り去ろうとする異形。それを止めるべくキバも走り出すが、それよりもクラーケンは先に校舎裏から出ていってしまったのだ。花咲川の制服を纏った少女の姿で……。

 

「っ……しまった……」

 

 キバも変身を解除して愛音の姿に戻り、クラーケンの化けた少女が出て行った先を見やる。しかしそこには花咲川の生徒が数多く見受けられ、誰が誰か分からない状況が出来上がっていた。今は丁度下校時間であり、部活動のない生徒たちがこぞって校門に向かう時間帯である。そんな花女の生徒の中に先ほどの異形は雲隠れしてしまったのだ。

 

「(とりあえず鞄の持ってない人……アレだっ)」

 

 しかし愛音も馬鹿ではない。帰路に着くはずの生徒の中で鞄を持っていない生徒がいるとすればそれがクロである。既に校門の近くまで遠のいてしまったその後ろ姿を見つけ、愛音は駆け出す。羽丘の生徒が掛けていく様子を興味深げに見つめる視線の嵐に晒されるも、四の五の言っていられない愛音は異形を逃すまいと駆け抜ける。そして花咲川の校門を抜けて……。

 

「っ……くっ!(逃げられた……)」

 

 しかしそこには既に目的の後ろ姿はどこにもなかった。目に見える花女の生徒は皆鞄を手にしており、鞄を持っていないのは精々近所を散歩するお年寄りくらいであった。

 

 完全に逃げられたと、悔しさで歯を食いしばっていたその時であった。

 

「愛音っ!」

 

「兄さん……どうしてここに?」

 

「そりゃ、ブラッディ・ローズの音が聴こえて……花女だからってもう急いで駆けてきたんだ。でも、やっぱり羽丘の愛音の方が近かったかな」

 

「あー……そういう理由じゃないけど……あ、兄さん。鞄を持っていない花女の生徒……見なかった?」

 

 自分の方が兄より早く到着できた理由を有耶無耶にし、とりあえず彼が何か見ていないかの確認をとる愛音。例え見たとしても今から追いかけられるとは思えないが、自分の見たものが実在するか確認したかったのだ。

 

「いや見てない……けど……羽丘の生徒ならさっきちらっと見たかも。鞄持ってない子」

 

「っ、それだ……ごめん兄さん……ソイツに逃げられた……」

 

「え……」

 

 そして愛音はこれまでの経緯を簡潔に語った。彩が狙われて助けに入ったが逃げられたこと。敵は花女の生徒に化けていたこと。しかし逃してしまったこと。そして、今し方麗牙が見かけた羽丘の生徒が、その異形が再び化けた存在かもしれないこと。現状をまとめたところで、二人は同じように嫌な予感に包まれていた。

 

「兄さん……これマジヤバかも……もしまた花女に紛れ込まれたら……こっちは何もできない……」

 

「それに、もし羽丘の生徒にも化けているなら羽丘も放っておけない」

 

 羽丘に危機が訪れる可能性があるなら愛音とアゲハをそこから動かすわけにはいかない。しかし花女に異形に対抗できる存在はいない。燐子とキバーラならばその状況を打破できるかもしれないと愛音は踏んでいるが、麗牙はできる限りその方法を取らせたくないと考えている。故に完全に手を拱いているのが現状であった。

 

「私が無理なら……兄さんが花女に通えばいい……」

 

「いや僕男だからね? ここ、女子校」

 

「兄さんの前では……性別など無力……」

 

「ねぇ君、僕のことなんだと思ってるの?」

 

「……神?」

 

 などと緊急事態とは思えぬ兄妹のやりとりが続いていたその時、花女の校門から新たな人影が現れ、彼らに声をかけたのだ。

 

「あら、麗牙に愛音! どうしたのこんなところで?」

 

「あ、こころちゃん」

 

「げぇ……」

 

「こら愛音っ」

 

 花咲川女子学園に通う生徒の一人であり、大富豪の一人娘であるこころが紅兄妹に話しかけていた。こころの綺麗な心を知る麗牙は綻んだ笑みを、関わると疲れることになると知る愛音は面倒臭そうな顔を。それぞれ対照的な表情を浮かべて彼女を迎え入れていた。

 

「随分怖い顔してるけど、一体何のお話をしていたのかしら?」

 

 こころにとってはいつものような何気ない一言。楽しいことも嫌なことも、なんでもありのままを知りたがる好奇心の塊の存在が口遊む言葉であった。

 

「兄さんが女の子だったら……花女に通えるのになって……」

 

 そして愛音もそれに対して軽口で返す。無理なものは無理だと、先ほどの日菜たちのやり取りで分かっているからこそ、適当に流してもらうつもりで告げた一言であった。

 

 本当に、愛音自身にとってなんて事のない一言だと思って発した言葉であった。

 

「いやその話もう──」

 

「いいわそれっ! 素晴らしい考えだわ!」

 

「──は?」

 

「……ゑ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして翌日……。

 

 昼休み、花咲川女子学園の三年生の教室が集う廊下には人集りが出来ていた。突然降って湧いたように転校生がやって来たという噂が朝から学年中に浸透し、その様子を一目見ようとする物見の生徒でごった返していた。

 そしてその生徒たちの視線の先……彩と同じ三年B組の教室の一角にその生徒はいた。他の生徒よりも一回り背の高く、肌は色白で紅色の髪の毛を腰まで伸ばした、まるでモデルのような出で立ちの美女。そんな見目麗しい姿の転校生に、皆の目線が集まっていた。

 

「あの、くれ──」

 

 その転校生の事情を知る数少ない生徒である彩は声をかけようとするが、危うく言い間違いかけてすぐさま訂正しようとする。

 

「あ、えっと、黒金(くろがね) 麗華(れいか)さん……だったっけ。今は」

 

 小声で小さく付け足し、彩は実在しない少女の名前を呼ぶ。

 

 彩が呼んだのは偽りの名前。

 

 転校生の本当の名は……紅麗牙。

 

 本当の性別は当然、男。

 

 そう、数多の女生徒からの視線を集める謎の美人転校生の正体は、見事なまでに女性の姿に扮したファンガイアの王であったのだ。

 

「ええ、よろしく、ね……(か、帰りたい……!)」

 

 どこから出ているか分からない女性の声を響かせて、麗牙……もとい麗華は、頭の中で悲鳴を上げながら事が終わることを必死に祈り続けていた。




次回、お待ちかねの女装回……?
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