ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『花咲川に潜む異形を追い、黒金麗華となって忍び込んだ麗牙』

『えっ? どう見ても愛音さんとこころさんに仕組まれていましたよね?』

『女子校に潜入することになった麗牙の運命や如何に!』

『あくまで麗牙さんの意思として押し通すんですね』


第146話 花咲川を巡ろう

 日菜さんたちが訪れてからいろいろと慌ただしかった昨日から一夜明け、しかし今日も同じような慌ただしさを感じ取っていたお昼時。少しだけ作業を手伝ってくれた市ヶ谷さんも去り、今はわたしと氷川さんの二人だけの物静かな生徒会室が築き上げられていた。いつもならこのまま何事もなく終わる静寂であったが、それを壊してしまう存在が今わたしたちの前に現れていた。

 

「あの……麗牙さん……ですよね?」

 

「はい……あ、今は黒金麗華でお願いします」

 

「は、はぁ……」

 

「話には聞いていましたが、本当に女子生徒になりきっていますね。黒金さん」

 

「あはは……どうも」

 

 全校中の好奇の視線から逃れてきたと思われる女子生徒姿の麗牙さんが、平穏の地を求めてこの生徒会室へ避難してきた。その後に続いて、昨日レジェンドルガに襲われたらしい丸山さんも現れたけど、わたしたちの視線は完全に花女の生徒に扮している麗牙さんに釘付けになっていた。

 

『ヒュー! すっごくかわいいわよ麗牙! もうどこの嫁に出しても恥ずかしくないわね』

 

「それよりその……その声は魔法か何かですか?」

 

「はい。でも、いつでも戻せますから……こんな風に」

 

「あ……本当に麗牙さんだ……」

 

 いつもの麗牙さんの声が聞こえたために、この少女が間違いなく麗牙さんなのだと改めて思い知らされる。目の前にいる少女はとても美形で背も高く、肌は綺麗で髪の毛も透き通るように滑らかで、まるで絵画に描かれたような美女だった。その上キバーラさんを少し大人っぽくしたような声を発しているために、本当に麗牙さんなのだと納得するまで少し時間がかかってしまった。心では理解していたから彼女が麗牙さんだとすぐに分かったけど、それを理解しようとする頭の方が付いていけなかったのだ。

 

「紅さん、こんな見た目だからめちゃくちゃみんなから注目を集めてたよ。なんかすっごく羨ましい……」

 

「彩さんはそうかもしれないですけどね……あはは」

 

「でも……みんなが見てしまう理由……分かります……だって本当に綺麗だから……今の麗牙さん……」

 

「そ、そうですか……」

 

「うん……わたしもちょっと……妬いちゃうくらいには……」

 

 本当は男の子のはずなのに、綺麗に施された今の麗牙さんはわたしなんかよりもずっと綺麗で美人で、そしてカッコよくて……女性として敗北感のようなもの感じてしまうのだ。だから丸山さんが羨ましいと言ってしまう理由はわたしも少しだけ分かってしまう。それがよりによって自分の恋人であるのだから、余計に自分が情けなく思えてしまうのだ。

 

「わたしよりも綺麗で……ちょっと自信失くしちゃうかも……」

 

「そんなっ。燐子さんより綺麗な人なんてっ……僕にとってそんなことあり得ませんって!」

 

「えっ? えっと……その……」

 

「燐子さんは素敵です。身も心も僕なんかよりずっと綺麗な人だって。だからそんなこと言わないでっ」

 

「いや、その……麗牙さん……あの……っ」

 

 ──嬉しい……すごく嬉しい……でも恥ずかしすぎる……っ。

 

 わたしのことで彼がそこまで力説してくれるのが嬉しくて舞い上がりそうになるけれど、ここまで真剣に正面切って言われると凄く恥ずかしくなってしまう。しかもここは生徒会室で、わたしたち二人きりの空間ではない。すぐ隣に氷川さんや丸山さん、それにキバーラさんがいるというのに億劫もなく平気でそんなことを言い切る彼のために、顔が燃え上がるように熱くなっていく。

 

「あ、あの……それで大丈夫だったんですか……なんだか逃げてきたみたいな感じだったんですけれど……」

 

 恥ずかしさを紛らわすように彼に質問を投げかける。彼に何事もなかったのは何となく分かるけど、ここに至るまでどんな心境であったのか気になり問いかけていた。みんなから注目を集めて大変だという気持ちはわたしもよく分かるし、彼の話を聞いてあげたいという気持ちになっていたのかもしれない。

 

「ライブの時と違って何だろう……なんか視線が生々しいというか、どこか狙われてるような……でも好意的なものだから嫌だというわけじゃないですけど」

 

『案外、本気でお付き合いとか考えていたりしてー』

 

「いやいや、そんなまさか……」

 

 しかし、彼が感じていた視線の感覚からわたしは嫌な予感に取り憑かれてしまう。麗牙さんはああ言ったけど、今の彼の姿は本当に綺麗で、性別なんて関係なく人を魅了してしまう妖艶さを発していた。そんな彼の姿を見て、キバーラさんの言う通り本当に付き合いたいなんて視線を皆が送っていても無理はない。むしろ、そう言う視線ばかりじゃないのかと急に不安になってきてしまったのだった。

 

「なんか……嫌……だな……」

 

「え?」

 

「ぁ……いや、その……」

 

 つい心の声が漏れてしまい彼に聞かれてしまった。しかし聞かれた以上は彼に隠すこともできず、わたしは胸の内に擽る不安と焦燥を彼に明かすことにした。

 

「わたし……少し嫌です……麗牙さんが……そんな目で見られるのは…………わたしの……恋人……なのに……」

 

 うぅ……言っちゃった……。お気に入りのおもちゃをとられそうな子どものようなわがままを吐露し、わたしは今更ながら軽く後悔してしまっていた。麗牙さんが人気であることは客観的に見ていいことだし、彼がそれらを受け止め切れる度量を持ち合わせていることも知っている。故にわたしには不安なんて抱く必要なんてない……はずなのに、彼がそんな目で見られることを嫌だと、わたしの心は叫んでいた。

 

 麗牙さんはわたしの恋人だ。誰にも取られたくない。期待するような目で見ないで欲しい。

 

 いつしか、わたしの心はそんな独りよがりな想いで溢れていたのだ。

 

「はっ……ごめんなさい……わたし勝手なこと……」

 

 同時に、それを彼本人に対して語ってしまったことに対して嫌悪感を抱いてしまう。麗牙さんはわたしたちのためにわざわざ女子生徒の格好に扮しているのに、そんな彼がここにいることをよく思わないだなんて……。麗牙さんの事情も考えずこんな自分勝手なことを言ってしまうとは、自分ながらなんて醜い性分なんだろうと自己嫌悪してしまう。

 

「やっぱりわたし……まだまだ小さい人間だなって……」

 

「燐子さん」

 

「ぇ……へ……?」

 

 しかし気が付けば、彼はわたしに近寄り、わたしより大きなその手でわたしの手を包み込んでくれていた。温かな彼の体温を感じて胸がドキドキ高鳴る中、とても落ち着いたような麗牙さんの声が聞こえてきたのだ。

 

「僕は幸せ者ですよ。燐子さんにそう思ってもらえるのが。もし逆の立場だったら、きっと僕も同じ気持ちになるという自信がありますし」

 

「麗牙さん……」

 

「でも心配しないでください。僕は燐子さんの恋人です。燐子さんのことを絶対に裏切ったりしません。ずっとあなたの側にいるという誓いも違えません。だから今は辛いかもしれませんけど、ここは僕と共に乗り切ってください」

 

「うんっ……!」

 

 嬉しい……! 彼にそう言ってもらえることも、今彼に触れていられることも、こうして苦難を共にしていることも、全部が愛おしくて幸せ過ぎて死んでしまいそうになる。最愛の人にここまで言わせてしまう自分の不甲斐なさに少し気落ちしてしまうけれど、それでも彼の言葉による幸福が上回ってしまい、気持ちが昂って麗牙さんの顔以外見えなくなってしまう。好き……大好き……。言葉に出せないけど、心の中でずっと彼に向けて呟いていた。彼の隣にいる自分は、きっと世界で一番幸せな人間なのだと信じて疑わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「紗夜ちゃん。前もそうだったけど、この二人って会うといつもこんな感じ?」

 

「……綾野さん曰く『紅白バカップル』だとか」

 

「ああ……なんか言ってたかも……」

 

『はぁ……ここに燐子ちゃん以外の女子が三人いること忘れてるわね、麗牙』

 

「あと白金さんも。正直彼女がこんな風になるとは夢にも思いませんでしたが」

 

「あ、あはは……」

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 久しぶりに一息付けたと思われた昼休みもすぐに終わってしまい、そこからは再び好奇の目に当てられながら花女生活一日目の後半戦が始まっていた。授業については内容も理解できていたために全く問題はなかった。僕の理解度を測る為なのか、ほぼ毎限教師に当てられていた気がするが、難なく答えることができた。まあ、その度にいろんな方向から光るような視線が飛んでくるんだけどね……。

 しかしやはり問題となるのは授業間の休み時間だ。転校生特有の質問タイムは当然僕にも襲いかかってくる。午前中は様子を見る人ばかりでそうでもなかったが、午後になって僕が割りかし喋れる人だと分かると、次々と話しかけてくる人が増えてきた。

 

「前の学校ってどんなのだった?」

「もしかしてモデルとかやってたり?」

「何か部活とかやってた?」

「やっぱり彼氏とかいるんでしょ?」

 

 僕もそんな彼女たちを邪険に扱えず、一人一人真摯に対応せざるを得なかった。疲れることになると分かっていても流石にその期待を無下にはできない。きっと死ぬまでそういう性分なのかもしれないな僕は。

 因みに最後の質問に対してははっきりと否定させてもらった。が、途端にどこからともなく息を呑むような、小さな悲鳴のような声が幾つか聞こえてきたのを僕は聞き逃さなかった。何を期待されているのかは知らないけど、彼氏がいないのは間違いないし、しかし流石にこの場で彼女がいるとは口が裂けても言えそうになかった。

 

 ♪〜

 

 そんな質問時間と授業を交互に繰り返し、遂に下校時間となったのである。ここまで僕は実質休憩なし……終業のチャイムに疲れた耳を傾けながら、しかしよくもまあ男だとバレなかったものだとホッと胸を撫で下ろしていた。正直、この胸も触られたら直ぐにバレるのではと内心おどおどしていたのだ。僕が知っているのと言えば燐子さんのそれだけだが、アレと比べるとあまりにも貧相で硬くて、故にすぐに偽物だと思われても仕方ないのではと実は考えていたのだ。しかし実際にはバレなかったのだからこれはこれで意外と問題ないのだろう。

 因みに同じことを後日アゲハに話したら滅茶苦茶怖い顔して睨まれたんだけど……。

 

「(ともかくこれで今日は──)」

 

「ねぇねぇ黒金さん。今日ってこの後予定は?」

「今から部活なんだけど、見ていかないかな?」

「あ、じゃあウチのところも来てよ」

 

「(──やっぱりね)」

 

 教師が退室して放課後に入った直後、先の休憩時間と同じようにクラスメイトたちが僕の元に集まってきたのだ。これまでの会話が上手くいきすぎたためか、午前中よりも皆とてもフレンドリーに話しかけてきていた。それはそれで嬉しいのだが、女装して騙している身であるという罪悪感故に、彼女たちの誘いに心から乗ることに躊躇してしまう。

 それにどの道、この後の予定はある程度決めているのだ。

 

「あの、ごめんなさい。今日はこの後、生徒会の方に学校内を案内してもらう予定なんです。だから今から一緒には行けないけど、もしその時に会えたらよろしくね」

 

 そう言うと皆少し残念そうな顔を浮かべていたが、僕の心遣いを汲み取ってくれたのかすんなりと立ち去ってくれた。無論、生徒会の方というのは燐子さんのことだ。レジェンドルガが本当にこの学園に潜んでいるならばどうにかして探し出さなければいけないし、狙われている燐子さんの側にいることは彼女を守ることにも繋がる。つまり、僕がこの学園で燐子さんと共に行動するのは実に合理的な判断であるのだ。

 ……役得だと少し思っているのは内緒の方向で。

 

「じゃあ彩さんも行きましょう」

 

「やっぱり私もだよね」

 

 しかし一緒に校内を回るのは燐子さんだけではない。同じく魔皇力を持つ彩さんも共に行動してくれた方が僕としてもありがたいのだ。燐子さんと二人きりになれないというのは少し残念だが、今の現状と比べたら実に細事なことである。

 

「でもみんな本当によく話しかけてきますね。これが女子校特有の空気なのかな?」

 

「それもあるかもしれないけど、多分、この前までいた先生が突然いなくなったのもあるのかも。みんなから好かれてたのになぁ……。あっ、新子先生って言うんだけどね」

 

「……うん。聞いてるよ、その話は」

 

 皆から人気だった先生がいなくなったことで、注目されるような人物が無くなり、故に新しくやってきた僕に期待を寄せているのかもしれない。新しいものや珍しいものが好きなのはどこも変わらないのだなと、なるべく先生の話を振り返さないように意識して彩さんと共に生徒会室へ足を進めていた。

 

 その後は何事もなく到着し、燐子さんと合流して花女を巡ることになった。体裁として彼女たちの元にいる必要があるとは言え、彼女たちの校内を回ることに関しては少なからず楽しみにしている自分がいたのも事実。自分の学舎とは違う環境がどのようなものか気になるし、それが女子校となればきっとまた違ったものが見られるに違いない。そんな純粋な好奇心も芽生えていたため、黒金麗華として振る舞うのも今は悪くない気がしていた。

 

「なんか、楽しみです」

 

「わたしもです……ふふ……何から紹介しようかな……」

 

「……なんだろう、この蚊帳の外感」

 

『まあ気持ちは分かるわよ彩ちゃん。私なんてしょっちゅうよ』

 

「大変なんだね、キバーラちゃんも」

 

 ──悪かったよ大変な思いさせて。

 

「え、えっと……屋内から見ていきましょう……生徒会室と職員室は分かっていると思うから……他の部屋から……」

 

 隣で疎外感を感じさせている二人にバツが悪くなるも、すぐに気を取り直して歩き出した燐子さんの後についていく。放課後ともなれば誰もいない部屋の方が珍しいだろう。

 保健室や生徒指導部室、進路指導室などの案内なら特に何事もなく平穏に終わった。しかしその他の部屋では部活動に励む生徒たちで満たされており、案の定、行く先々で僕はあらゆる人たちから注目を浴びることになったのだ。

 

 理科室では化学部が、家庭教室では料理部、視聴覚室ではパソコン部に温かく迎え入れられた。しかしその後、美術室では美術部員たちからモデルにならないかと誘われたり(もちろん丁寧にお断りさせてもらった)、放送室では放送部の人たちによって自身の存在が大々的に宣伝させられかけ(こちらに限っては全力で阻止させてもらった)、まだ半分も巡っていないのに既に一日分の疲労が溜まりきっていた。

 

「さ、流石に……転校生って、注目されますね……」

 

「私、今まで学校でこんなに注目浴びたことない……」

 

『き、気を落とさないで彩ちゃん! 麗牙がちょっと特殊なだけだからっ。彩ちゃんは充分魅力的よ、うんっ。ほら、レジェンドルガだって今はあなたに夢中じゃない!』

 

「全然嬉しくないよ〜!」

 

 僕の注目具合に色々とショックを受けている彩さんだが、そこまで言うのなら変わってほしいくらいだ。僕はただゆっくりと校内を見て回りたいだけなのに、みんなして僕を体験入部みたいな感じで巻き込んで……それはそれで楽しいけど、これではいくら時間があっても足りやしない。敵を探るという本来の目的も忘れてしまいそうな忙しさだ。

 

「そもそも紅さんってさ、こうして女装しなくても目立ってるよね。普段から纏ってるオーラが周りと違うって言うか……ここまで来たらもう才能だよ。何もしなくてもアイドルだもんっ。アイドルの才能大ありだよ紅さん!」

 

『ヒュ〜! 麗牙ったらこのままアイドルデビューいっちゃう?」

 

「あ、アイドルはどうかな……あはは」

 

「……」

 

 なんだか話が大きく飛躍してしまっているが、とりあえず彩さんを落ち着かせて次に進もう。そして気のせいなのか、僕のアイドルの話をしている時の燐子さんの音楽はどこか面白くなさそうだった。やはり嫌なのだろうか、僕が他の女の子から好意の目を向けられるのが。しかし燐子さんは何も話すことなく、静かに次の部屋に向けて歩き始めた。

 

「ここが図書館です……わたし、ここが好きで……よく来るんです」

 

「図書委員でもあるもんね、燐子ちゃん」

 

「ふふ……はい……」

 

 そう話す燐子さんの心からは憂いの音楽は消えており、落ち着いた心地良い旋律が流れていた。燐子さんが好きだと語る図書室……読書が好きな彼女のことだからその反応も当然なのだろう。それに、こうして彼女と共に数多の本に囲まれていると、昔のことを思い出してしまう。

 

「出会った時のこと、思い出しますね」

 

「……実はわたしも……今思ってました……」

 

「……ははっ」

 

「ふふっ……」

 

 思い返せば僕たちの最初の出会いは図書館でのことだった。二人して丁度同じことを思い出していたことが嬉しくて、そして面白おかしくて思わず吹き出してしまう。幼い頃の燐子さんと出会った記憶は昨日のことのように思い出せる。彼女もあの日のことを忘れていないのだと改めて感じ、静かな幸福感に包まれていた。

 

 

 

 

「あ、あの……次行かない? 部屋の入り口だと邪魔になっちゃうよ」

 

「ご、ごめんなさい……それでは、付いてきてください」

 

 二人だけの世界に入りかけたところで彩さんによって現実に引き戻される。名残惜しいが本来の目的を忘れるわけにも行かないために先を急ごう。流石に図書室は他の部屋と違って平穏そのものであった。読書をしたり勉強したり、各人が思い思いに静かに過ごせる聖域なのだろう。

 

「ここは茶室ですね……茶道部が活動していますので──」

 

 次に訪れた部屋は、学校には似つかない和風の引き戸の扉が付けられていた。なるほど茶道部とな。部活動にも力を入れているとは聞いていたが、そういうものもこの学校内にあるのかと感心していた。そして、後に続く言葉を燐子さんが言おうとした時だった。

 

「アヤさん?」

 

「あ、イヴちゃんお疲れ。今から部活?」

 

「はいっ。それにリンコさんと……そちらの方は?」

 

「(あー……言ってなかったかも……)」

 

 今の流れでイヴさんが茶道部員だということは何となく理解できた。しかし問題はそこではなく、そもそも僕が女装していることを彼女には共有していないのだ。そう、完全に失念していた。花女に通うRoseliaやハロハピのメンバーには周知済みだけど、パスパレはそう言えばイヴさんもいたことを今更ながら思い出した。

 

「(麗牙さん……)」

 

「(もしかしてイヴちゃんには……)」

 

「(はいその通りです……)」

 

 二人の視線から言いたいことが分かるが、それに対して僕ができることは目を伏せて肯定の意を示すのみだった。そんな僕に向けて突如目を輝かせたイヴさんは、勢いよく僕の手を掴んで叫びだしたのだ。

 

「も、もしかしてまた体験入部でしょうか!? 大歓迎です! さあさあどうぞ!」

 

「あ、いやその僕……私は……っ」

 

「はっ、失礼しました。若宮イヴと申します。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 

「わ、私は……黒金麗華です」

 

「レイカさんですねっ。よろしくお願いします」

 

 笑顔が眩しい。そして罪悪感が半端ない。こんなにも真っ直ぐに僕のことを女の子だと信じて疑わないイヴさんの純粋さを前にして、すぐにでも頭を床に叩きつけて謝りたくなる気持ちにさせられる。しかし今その場でそれを言うことはできない。

 

「あ、あのイヴちゃんっ、実は──」

 

「ごめんなさい……若宮さんでしたよね? 今は学校内を見学中で、この後もすぐ行くところあるので」

 

「──って?」

 

 彩さんが正直に真実を明かそうとしたところで僕は遮り偽りを押し通そうとする。「何故?」と言わんばかりの表情の彩さんに、説明代わりとなる言葉をイヴさんにかけるのだった。

 

「それに、部屋の前で騒ぐときっと中の部員にも迷惑がかかります。冷やかしで申し訳ありませんが、またの機会にお伺いしようと……」

 

 扉は閉まっているが、部屋のすぐ向こうでは部員たちが静かに佇んでいるのが分かったのだ。ここで真実を話せば、僕が男性だと言うことが無関係の彼女たちにもバレてしまう。だから今この場で言うことは決してあってはならなかったのだ。少し残念そうな顔を見せるイヴさんには非常に申し訳ないが、今日はこのまま女性として貫かせてもらおう。

 

「そうですか……では、また後ほど。私、他の部にも入っていますのでそちらの方も是非見てみてくださいっ。レイカさんはとても大きいので、剣道部に入ったらすごく強そうですっ」

 

「そ、そうだね……それなら見ていくことにします」

 

「本当ですかっ!? 嬉しいです!」

 

 ああ、心が痛い。そしてまた予定が増えていく……。

 イヴさんは黒金麗華の言葉をまるで疑うことなく信じ、期待に胸を膨らませていた。この子は本気で目の前の存在を女性だと思い、新しい部員になるかもと期待してくれているのだろう。そんなことは絶対にあり得ないのに……。

 

 ああ、こんな純真無垢な子を騙す黒金麗華とはきっと相当な悪鬼なのだろうな……。

 

「あ、あの……行きましょう、麗華さん」

 

「はい……」

 

「学校見学、楽しんでくださいね!」

 

 本当に胸が痛い。後でこっそりメールか何かで伝えようと思っていたが、これでは伝えるに伝えられない。今更どのような顔して「実は男です」と告げればいいのか僕には分からなかった。

 

「なんて純粋な子なんだ……」

 

『完全に明かすタイミングを逃したわね』

 

「そこがイヴちゃんのいいところだから」

 

 後ろ髪を引かれる思いで茶室を後にし、再び燐子さんの後に付いていく。やがて僕たちは校舎から外へ飛び出し、明らかに学舎ではない建物へと向けて足を進めていた。校舎内は大方見終わったということだろうか。しかし音楽室とかは紹介しないのだろうか。そんな疑問がいくつも浮かんでくるが、きっと燐子さんなりに考えがあるのだろうから、ここは敢えて口を出さないことを決めたのだった。

 そして屋外に出て最初に燐子さんが連れてきてくれたのが……。

 

「ここが弓道場です」

 

 紗夜さんが所属している弓道部が活動を行う弓道場であった。内側から微かに弦が弾かれ弓のしなる音や的に矢が突き刺さる音が聞こえてきており、既に活動中なのが僕には分かった。弓道とは精神を極限まで集中させるスポーツだと聞いている。そんな場にこのまま入るのは、茶道部と同じで邪魔になるだろう、そう思ってその場を後にしようと提案しかけた時、僕たちに話しかける声が聞こえてきた。

 

「白金さんに丸山さん。それとく……黒金さんも」

 

「氷川さん……」

 

 紗夜さんに後ろから呼びかけられ、僕らは皆彼女へと振り返っていた。ちょうど道場内に入ろうとするタイミングだったのだろう。周りには誰もいなさそうなのに、丁寧に「黒金さん」と呼んでくれる心遣いには頭が上がらない。

 紗夜さんには既に僕たちが校内を見回ることは伝えている。最初は一緒に行くことも考えてくれていたけど、かえって邪魔になるかもしれないと見越して結局同行はしなかったのだ。しかしこうして再び巡り会えた以上、何もなく立ち去ると言うのは互いに味気ないと言うもの。紗夜さんからの「せっかくですから、少し見ていきませんか」という提案を断ることはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ」

 

「「おお……」」

 

 紗夜さんの射った矢は真っ直ぐ飛んでいき、ボスッ……と小さな音を立てて的の中心に矢が突き刺さる。紗夜さんの見事な射的を目にして僕と彩さん、キバーラの感嘆の声が漏れていた。

 燐子さんから紗夜さんの弓道の腕は聞き及んでいたが、こうして実際に目の当たりにするとその凄さがよく分かるものだ。彼女は決して戦士ではないが、ラモンの力を身に纏うキバの如く正確無比な業を見せられて思わず舌を巻いてしまう。それはひたすら正確さを追い求める紗夜さんだからこそ身に付いた強さであった。

 

「正射必中……弓道で大切なのは的に中てることではなく……正しく射ること……そうすれば自然と的に命中するんです……」

 

「へぇ……深いんだなぁ、弓道って」

 

 燐子さんの語る言葉は僕も以前聞いたことがある。あの時僕が聞いたのは言葉のみであったけれど、今の紗夜さんの射る姿を見てその意味がよく分かったような気がしていた。紗夜さんはあの的に中てるために集中していたのではない。ただひたすらに自分の中の正しさを意識して弓を引いていたのだ。敵は目の前に在らず、心の中に在り。そう言わんばかりの紗夜さんの姿は、燐子さんに「正射必中」の言葉を理解させるのに相応しい気高い音楽を奏でているようであった。きっと紗夜さんがいなければ今の燐子さんはいない。そして、今も僕の隣にいないだろう。紗夜さんから送られたその言葉こそが燐子さんの新たな原動力となり、あのピアノコンサートに向き合う意思を固めさせたのだから。

 

「紗夜さん、とてもカッコよかったです」

 

「ふふ、ありがとうございます。黒金さん。しかし、こうしていると白金さんの部活体験の時を思い出しますね」

 

「はい……」

 

 かつて燐子さんもここで弓を握り、日が沈みかけるまで何度となく矢を引き続けたらしいのだ。最後まで諦めず逃げない燐子さんの強さを僕はもう分かっている。ここに立って矢を引き絞る燐子さんの姿も、僕には容易に想像できていた。

 

 正射必中──正しいことを続けていけば自ずと結果は付いてくる。逆に言えば、謝った行動を続けている限り結果は降りてこない。

 キングとして僕が行っていることが望んだ結末を呼ぶのか、それが正しい行動なのか、今それを知る術ない。今は自分のすべきことが正しいことだと信じて進むしかないのだ。人とファンガイアが本当の意味で共存できる未来を。異形が皆に受け入れられる未来を。僕の本当の音楽が世界中に響き渡る日を。それを求めて、僕も彼女たちのように正射必中の心を持ち続けていようと思うのだ。

 

 ……今の女装という手段が正しいかは甚だ疑問だけどね。

 

「ら──麗華さんも……やってみたいですか……?」

 

「い、いや……ぼ──私はいいです。はい……」

 

 とは言え、流石に今の状況で弓を構える気にはなれなかった。自分の立場というものもあるが、弓矢に対してあまりいい思い出が無いことを思い出したからだろうか。燐子さんの期待を裏切るようで心苦しいが、ここは謹んでお断りさせてもらう。

 

 そもそもこれは校内見学だったはずだ。それが何故か、だんだん部活体験になり始めている気がしないでもないけど……。

 

「そう言えば紅さん、弓を見て複雑そうな顔をしていましたが、何かありましたか?」

 

「え? あ、いや……弓を見るとむず痒くなるというか、くすぐったくなるというか……なんでだろうね、あはは……」

 

「へぇ、そんなことあるんだ」

 

 無いよ普通は。そんな彩さんへのツッコミは何とか口元から外には漏らさなかった。

 確実にあの旅人のせいだと、とんでもない後遺症を残した“彼”に向けて僕は内心恨みを募らせていた。

 

 

 

 

 

 

『弓ね……燐子ちゃんならもしかすると……』

 

「キバーラさん?」

 

『うん? ううん、なんでもないわ。ただの独り言よ』

 

「そうですか……」

 

 妙に真剣な声色のキバーラの呟きも、この時は完全に意識の外で全く記憶していなかった。

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