ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『TETRA-FANGとRoseliaの合同練習の帰り道、リサは麗牙を気に入らないというファンガイアの襲撃を受ける。しかしそこへ颯爽と現れたのこのオレ様、キバットバットⅢ世! オレ、参――』

「それ以上は言わせないよ」


第14話 王の夜:Mind Garden

 突如として空から舞い降りた金色の一頭身の蝙蝠──キバットバットⅢ世は、乱入後間も待たずしてオクトパスの腕から伸びる触手に噛み付いた。

 

『ガブっ』

 

「っあ!? ぐっ、まさか……」

 

 キバットの牙による痛撃によってオクトパスは自身の触手を緩めてしまい、結果リサは解放されて首元から圧迫感が消え失せた。その小さな身体のどこにそんな力があるのかリサには不思議に感じていたが、少なくともオクトパスを怯ませる程度の力は持っていることだけは確かだと思い知った。

 そしてキバットが来たと言うことは……それをリサが確信していた時、空気を切り裂くような爆音を轟かせて、赤い何かが近づいてきた。

 

「ちょいちょいちょい待てや麗牙! まさか俺乗せたまま突っ込むんと──」

 

「舌噛むから黙ってて下さい!」

 

「っ!? グォアァァァ!?」

 

「きゃっ!?」

 

 接近するソレをリサとオクトパスが視覚に捉えた直後だった。突如、リサの目の前から異形の姿が消え去った。それと同時にソレは僅かにリサの目の前を通り過ぎ、アスファルトを擦る大きな音を立てて停止した。そしてようやくリサはソレの正体を把握することができた。

 ソレは紅いバイクだった。全身がキバの如く紅に染められたボディで構成され、全体的にシートが後ろ寄りで低く設置され、逆にハンドルバーが高くシート側へと伸びている、所謂アメリカのクルーザータイプのオートバイであった。そんなオートバイに深く跨り右足を前方へ伸ばしてステップにかけたまま左足を地につけた運転手が一人、そしてその運転手の腰に手を回して振り落とされないよう必死に掴んでいた同乗者が一人いた。

 

「〜っ! 死ぬかと思ったわ!」

 

 同乗者が叫びながらヘルメットを脱ぎ、運転手へと抗議の声を上げる。それはリサも先ほどまで共に練習していた健吾であり、予想外の人物の登場にリサは声も出ずに目を見開く。

 

「健吾さんなら大丈夫だって思ったから。第一本当に死にそうだったのリサさんなんだから」

 

 健吾の抗議に対して少しの反省の色も見せない声で返しながら、運転手もヘルメットをとる。そこに見えたのは、リサがずっと待ちわびた麗牙(ヒーロー)の姿だった。リサの心から不安が砕け散り、安堵と歓喜に塗れて声を大にして叫んだ。

 

「麗牙!」

 

「ごめんなさいリサさん、遅くなって。でももう大丈夫ですから。健吾さん」

 

「はぁ〜ったく、しゃあないな! リサちゃんは俺が守ったるやさかいに。お前は思っきりキバったれ!」

 

「はい」

 

 バイクから降りた健吾はリサの側まで近づき、まるで盾になるかのように未だに地に伏せたままのオクトパスとの間に立ち塞がる。その手に金色の装飾が施された機械仕掛けのナックルのようなものを握りしめていることを、リサは気付かなかったが……。

 

「な……何故ここへ……」

 

「まず一つ。貴女が僕たちのことを監視していたのは分かっていました。と言っても、貴女の身体から切り離されたものだったので僕は気付けませんでしたけど」

 

「次狼がいたのが運の尽きってやっちゃなぁ」

 

 オクトパスが麗牙とリサの間にある気の置けない関係に気付けた理由、それは彼女自身が練習中の様子を監視していたからである。オクトパスは自身の身体の一部を切り離して練習のスタジオに予め仕掛けていたのだ。おまけにオクトパスには擬態能力が備わっており、身体を周囲の空間に合わせて体色を変化させることができるため、その力で周りの空間と同化していた彼女の一部は最後まで誰にも発見されることはなかった。

 ただ一人、その独特の匂いを感知した次狼を除いて。彼が麗牙を一度外へと連れ出した理由、それはキングを狙う、或いはキングに関連するものを狙う輩がいることを伝えるためであった。故に麗牙は警戒していたのだ。近いうちに誰かに危険が及ぶ可能性があることに。尤も、麗牙自身それがまさか今日のすぐ後に起こるなどとは少々予想外であったのだが。

 

「そして二つ目に、邪魔が入らないように人払いの結界を張ったようですけど……キングを舐めるなっ」

 

「っひ!?」

 

 麗牙は静かに語る目つきから一転、相手を貫くかのような鋭い目つきでオクトパスを睨みつけた。目の前から発せられる重厚な威圧、自身が狩られるものと自覚せざるを得ないほどの凄み、戦意を根こそぎ喪失させられかねない程の恐怖が、今のオクトパスを襲っていた。ただ睨まれただけのオクトパスは、怯えの声を上げて僅かに退いてしまう。そして確信してしまったのだ。自分の成す魔術など、キングにとっては子どものお遊び程度なのだと。自分の力ではキングを出し抜くことなど出来ないのだと。

 

「はっきり言って、もう言い逃れが出来る状況じゃないけど……何か言いたいことがあるなら聞くよ」

 

 それはもはや死刑宣告に近い発言であった。それでも麗牙はオクトパスの言葉を聞き届ける責任があった。彼女が凶行に及んだ理由、一族の掟に背いた理由……それを次代に継がなければならないからだ。

 

「……わ、私は……」

 

「……」

 

「っ、私はァ! 人間のライフエナジーを喰らうことが誇りだった! キング! アンタらが勝手に! 私たちの意見も聞かずに勝手に人工ライフエナジーの義務化なんかを強行したから! 私の! 人間を糧にするという誇りが消え失せたァ!!」

 

「今ある人工ライフエナジーじゃ不満だと?」

 

「人工って時点で最悪だ! 私らファンガイアは生きとし生ける人間を喰らう、それが正義だった筈だ! ファンガイアに他種との共存なんて不要! 支配だ! 支配し喰らうことこそファンガイアの誇りだ!! アンタのような人間かぶれのファンガイアがキングだなんて、私にとったら地獄でしかないんだよ!!」

 

 オクトパスは叫ぶ。自身の価値観を。失われた誇りを。世の理不尽を。だがそれは決して他種族と相容れぬものであり、麗牙にとっても同様であった。

 

「支配こそ誇り……そうだね。それだけは今でも変わっていない」

 

「なんだと……」

 

「ファンガイアの掟は力の掟、強い者が全てを支配する……文句があるならかかってこい! 僕に! 直接!」

 

 故に麗牙の答えは決まっていた。彼が──現代のキングが定めたファンガイアの新たな掟──他種族との共存、それを破りし者に対してキングは己が使命を果たさねばならない。キングの使命、それは掟に背く者の処刑。王に牙を剥いた者は永遠の死を知ることとなるのだ。

 

「キバット!」

 

 麗牙はキバットを呼び寄せ、更に自身の左手の甲にキングの紋章を浮かび上がらせ、オクトパスに見せつけた。本来ならグローブなどで隠さなければならない筈の紋章だが、麗牙はそれを幻術によって隠していた。普段からグローブを着けていては満足にヴァイオリンを弾けないという彼なりの拘りがある故にだ。

 

「王の判決を言い渡す。死だ」

 

 麗牙の掌にも浮かぶキングの紋章を掲げた瞬間、キバットが麗牙の元に飛来し、麗牙は右手でキバットを掴み取った。

 

 そして自らの左手を引き寄せ、自身の右手に持ったキバットに噛み付かせた。

 

『キバって行くぜ!! ガブッ!』

 

 キバットが噛み付いた部位から麗牙の体内にアクティブフォースと呼ばれる、当人の奥底に眠る力を呼び覚ますための魔皇力が流し込まれる。この起爆剤が発端となり、彼の身体をステンドグラス調の色彩が駆け巡る。やがてそれが彼の顔をも多い尽くそうと言うところで、同時に彼の腰回りにキバックル──キバットの止まり木となる紅のベルトが出現した。

 

 そしてオクトパスに見せつけるかのように右手でキバットを突き出し、その言葉を告げた。

 

 

「変身」

 

 

 キバットをバックルの止まり木──パワールーストに止まらせると、麗牙の身体は霧のようなベールに包まれ、次の瞬間には弾け飛んだ。

 

「っ(出た……キバ!)」

 

 リサは心の中で麗牙がその鎧を纏う光景の再演に喜んでいた。あの時に感じた興奮、圧倒的な力を感じれることに対して、彼女は少なからず嬉しさも感じていた。そこには麗牙がまた自分を助けてくれるという、ある意味でシンデレラコンプレックスに近い願望も含まれていたことだろう。

 

「……」

 

 しかし対照的に健吾はその姿に変わる麗牙を見て苦々しい表情を浮かべていた。同時にチラリと後ろを見て、歓喜の色に染まっているリサの顔を目にしてその顔を更に曇らせる。

 

「リサちゃん……あんま喜ぶもんちゃうで、アレは……」

 

「え──?」

 

 リサが健吾の言葉に反応を返すと同時に、事は動き始めた。

 

「はっ!」

 

「チッ、クソッ!」

 

 バイクに跨ったままであった麗牙──キバはそのアクセルを吹かせて機体を走らせ始めた。一方オクトパスも自身の脚を車輪のような形状に変化させ、キバから距離を取るように駆け始めた。

 二人の速度は次第に大きくなり、目で追うことすらやっととなるレベルまで到達し、やがてリサと健吾の視線から完全に消えてしまった。

 

「スタジアムの方や。ついてきやっ!」

 

「う、うん」

 

 しかし健吾は彼らがどこに行ったのかが分かっていた。ずっとここに居ては状況も何も分からないため、彼はリサとともに場所を変えるべく走り出した。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 アタシは健吾さんに連れられて街から少し離れた場所にあるスタジアムへと走ってきていた。ここ一帯の土地ならば広く開けているし、それによって麗牙たちの戦いの様子がよく分かるから、と健吾さんは言っていた。ならばアタシだって行かない理由はない。麗牙のことが心配だし、何よりあの鎧……キバの鎧を纏った麗牙の活躍が内心楽しみで仕方なかったからだ。

 あの日の夜、蜘蛛のファンガイアからアタシを救ってくれた彼は正にヒーローだった。アタシを助けるために現れた仮面のヒーロー……それだけで胸がときめくには十分過ぎるくらいカッコよくて、今でも胸が高鳴っているほどだった。そんなアタシのヒーローが、今もアタシのために戦ってくれている。自分にお姫様願望なんて有るとは思っていないけど、どうもこういうシチュエーションにはアタシは弱過ぎるみたい。

 未だキバとファンガイアの様子は見えないけど、アタシの中では既にキバが敵を追い詰めている様子が想像できていた。以前あの圧倒的な強さを見せたキバが破れるとは微塵も思っていなかったからだ。そんな期待を寄せていたアタシに、ふと健吾さんは問い詰めてきた。

 

「リサちゃん。聞きたいんやけど、キバって好きか?」

 

「え? う、うん。アタシは好きだよ。カッコいいし、それに麗牙だしね」

 

「そっか……確かにキバ、カッコええよな。それは分かるわ」

 

 健吾さんもやっぱりそう思ってるんだ、とアタシが内心嬉しく思いながら納得と満足を得ていたところで、予想を大きく覆す言葉が彼から返ってきた。

 

 

 

 

「やけどな、俺は嫌いや。キバ」

 

 

 

 

「え……?」

 

 一瞬だけ自分の耳を疑ったけれど、今間違いなく健吾さんは言ったはずだ。キバが嫌いだと。麗牙の親友で、彼がキバとして戦っていることも承知で、それでずっと共にいた健吾さんがどうして麗牙のことをそんな風に言うのか。アタシが混乱している間にも健吾さんは口を止めずに説明を続ける。

 

「麗牙は大好きや。せやけど、麗牙が変身するキバを、俺は好きにはなれやん」

 

「麗牙が変身するキバ……」

 

 何が違うの? 麗牙と、麗牙が変身したキバ。どちらも同じ麗牙で、その意思も彼のものなのに……。アタシが違いを分かっていないことを見抜いているのか、健吾さんはアタシにとって必要となる知識を的確に教えてくれた。

 

「リサちゃん。よう分かってないようやから説明するで。麗牙はな、ファンガイアのキングや。キングにはキングの使命がある。まずは一族を纏めること。分かりやすく言うと掟を作ることやな。そこまでは分かるな」

 

「うん……」

 

「でもな、キングの一番の大きな使命はな……掟に背いたものの処刑や」

 

「っ」

 

 冷たく、相手を殺すような低い声色でそう告げる健吾さんに、アタシは息を飲んでしまう。それは彼の態度のためだけではない。彼が言った事実、キングの果たすべき役割によるところが大きい。でもその全貌を掴めていないアタシはまだ口を開けられず、無言で健吾さんに話の先を促す。

 

「麗牙はファンガイアと人間、はたまたその他の種族との共存を望んでる。それはアイツがキングになる前から今もずっと変わっとらん。せやけど、あのファンガイアのように全員が全員麗牙の新しい政策について来られるわけちゃう。これまで何度も何十も何百も。麗牙は自分の掟に背いて人間を襲うファンガイアを殺してきた。キバに変身してな」

 

「キバって、もしかして……」

 

「そうや。キバはな……麗牙がファンガイアを殺すと決めた時に纏う姿なんやっ。ファンガイアを……自分が幸せにしたいと思ってた同胞を……自分の手でやぞ……こんなアホな話あるかよ……っ」

 

 麗牙の使命を語る健吾さんの両拳が強く握りしめられ、音が鳴るかと思うほど激しく震えていた。それは憤りからか悔しさからなのかは分からない。だけど対照的にアタシの手からは力が抜けていきそうだった。今まで良く分からないまま麗牙を、キングを、そしてキバを受け入れていたけど、そこにとんでもない重責が乗っかっていたことに気付きかけて、息が詰まりそうになっていた。

 

「アイツは理解してんねん……自分のせいで苦しんでいるファンガイアもいるってこと。ちょうどリサちゃんを襲ったファンガイアのようにな。やけど麗牙にできるのは始末することだけや。それがキングに与えられた絶対の使命や。麗牙は……キングは罪人を殺すことでしか解決できやん」

 

「た、逮捕とかって無いの……」

 

「刑務所なんて今のファンガイアの価値観上何十年先になるかも分からんわ! 第一あの手の輩は捕まったら自害するのがオチや。現に今まで捉えた奴らは全員自分で命を絶ってる。『無様に生きながらえるのはファンガイアの誇りに傷が付く』だ……はっ! 掟だの誇りだの、ホンマ面倒臭いわ昔ながらのファンガイアって奴らはよ!!」

 

 自身の怒り、憤り、遣る瀬無さを隠せずに健吾さんの口調はどんどんと荒々しくなっていく。だけどアタシは、迫真迫る彼の言葉にもはや呆然とすることしか出来なかった。

 

 アタシは、ただ麗牙がファンガイアの王として何となく上手くやっているのかと呑気に考えていた。だけどそんな事は全然なかったんだ。彼はキングとして苦しんでいた。自分の望んだ優しい世を作るために、殺したくもない同じ種族の人たちを殺さなければならない。きっと彼には一番似合わない言葉なんだろうけど、今の彼の立場を表すなら「独裁者」という言葉が付いてしまうんだろう。それがファンガイアの王。彼に与えられてしまった哀しき宿命。それを理解するのと同時に、あの日の、変身を解いた瞬間の麗牙の哀しそうな表情の答えに手が届きそうになり、心が押し潰されるような感覚に陥ってしまう。だけど今は悲しむよりも、懺悔するよりも先に全ての話を彼から聞かなければならない。

 そうして健吾さんは興奮を冷まそうと息を整えてから、今度は落ち着いたように再びアタシに語りかけてきた。

 

「麗牙にとっての『変身』って言うんは、本当はめっちゃ哀しいことなんや……麗牙やって本当は『変身』なんてしたくないって思ってる。それでも! それがキングであるアイツにしか出来やんことなんやから、麗牙は……あのアホは全部受け入れてるんや。いつも仮面の中で泣きながらな。だから俺は嫌いやねん、キバ……アイツを縛る鎧と鎖が……アイツの涙を隠す仮面が」

 

「……アタシ……すっごく最低だ……」

 

 健吾さんが全てを語り終えたのを感じたアタシの口から出たのは、自分に対しての侮蔑の言葉だった。アタシは本当に何も知らずに麗牙が変身して戦う姿をカッコいいとしか見ていなかった。だけどそれは大きな間違いだったんだ。あの時、麗牙がキバの鎧から解放された瞬間に見えた哀しみの表情……それが全ての答えだったというのに、アタシは指摘されるまで気付くことが出来なかった。あの時に一瞬だけ見えていた哀しみはひと時のものではなく、仮面の下で常に彼が抱いていたものだと今にしてようやく知ることになった。

 

「麗牙……ずっと泣いていたんだ……」

 

 今日だって彼が現れて変身して、それを自分はまるで子どものように喜んでいた。だけどそこに至るまで彼の中では葛藤や嘆き、哀しみが横行していたというのに、そんなこと全く考えもしないでアタシは……。

 そんな自分が嫌になる。人が哀しんでいることをどうして楽しんでいたのかと。自分と彼の間にある意識の差があまりにも大きすぎて、自己嫌悪に陥ってしまう。

 

 だけどアタシはそこで止まるわけにはいかない。何故なら知ってしまったから。麗牙が苦しんでいること、哀しんでいること、泣いていることを。それなら自分にやれる事は決まっている。

 

「(麗牙が哀しんでいるなら……泣いているならアタシは……っ)」

 

 アタシの中で、一つの決心が固まろうとしていた。

 

 それと同時に、赤いステンドグラス調の異形が転がる様がアタシたちの視界に映った。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 蛸型の(オクトパス)ファンガイアが俺たちにも見える場所で悶えるように地に伏せている。きっと俺らの見えないところでキバと激しいデッドヒートを繰り広げていたのだろう。そしてそれに追い討ちをかけるようにバイクに跨って現れるキバ。その姿には目立つ外傷は何一つ付いていない、正に王の気品溢れる姿のままであった。オクトパスには悪いが、最早勝負は付いていると言っていいだろう。

 

Wake Up(ウェイクアップ)!』

 

 バイク──マシンキバーを走らせたまま、キバは腰のホルダーから取り出した紅い禁断の笛(ウェイクアップフエッスル)を胸の前に祈るように掲げ、それをキバットに吹かせた。

 

 瞬間、世界は闇に包まれる。

 

 漆黒の霧が空を覆い尽くし、巨大な三日月が空を支配する。

 

「ハッ!」

 

 先程まで座っていたマシンキバーのシートを思い切り蹴り、キバはその身体を夜空の果てまで上昇させる。その最中で彼のベルトに止まっていたキバットが、キバの右足に巻かれていた(カテナ)を解き放った。トライシルバニア銀製の装甲が解放され、悪魔の翼を模した真っ赤な地獄の門(ヘルズゲート)がキバの右足で展開される。その脚には宙、地、水の精霊が宿るという極大の魔皇石(まおうせき)が埋め込まれている。正直俺にも詳しいことは分からないが、あれらの石がキバのこれから放つ一撃を何倍にも増幅させるものだということは聞いている。

 

 そしてキバが頂点に達して右脚をオクトパスに向けた瞬間、キバは急加速で落下していく。

 

「ハアアァァァァァァァァァァァッ!!」

 

「ゥグアォァァァ!!」

 

 ダークネスムーンブレイク──キバの必殺の一撃がオクトパスの身体を貫いた。キバ自身の脚力による破壊力と、足裏の魔斬口(まざんこう)と呼ばれる器官から流れる強大な魔皇力、この二段構えの衝撃が襲いかかる必殺技を受け止めきれるファンガイアは殆どいない。案の定オクトパスは成すすべなく砕け散り、ヘルズゲートが閉じると同時に空が晴れていった。

 キバによって砕かれたオクトパスの残骸が太陽に照らされてキラキラと輝いている。この世を地獄だと叫んだ彼女にようやく安らぎが訪れたのだと、今の俺はそう信じることしか出来なかった。

 

「……っ」

 

 キバがファンガイアを倒す様。その光景も俺にとってはもはや見慣れてしまった。だけどそれで麗牙が哀しむ姿はいつでも慣れることはない。俺にはファンガイアである麗牙を救えても、キングである麗牙を救うにはまだ力が足りない。例え俺が代わり(・・・・・)に戦っても、共に(・・)戦ったとしても、結果は変わらない。それが悔しくて、俺は今日も右手にある彼を守るためのナックルを強く握りしめる。

 

 やがて麗牙は変身を解除してゆっくりこちらへ向かってくる。キバから戻った時の麗牙の表情はやはりというか、今日も泣きそうな顔がそこに残っていた。

 

「っ、麗牙!」

 

「ってリサちゃん!?」

 

 と思ったらリサちゃんが麗牙の方めがけて走り出してしまった。あまりに急なことで動揺してしまい、自分も走り出すのが遅れてしまう。でもリサちゃん、一体麗牙に何をするつもりなんや。

 

「っ、ハァ、ハァ……麗牙……っ、大丈夫……?」

 

「はい、大丈夫です。でも、本当にごめんなさい。僕のせいでリサさんが危険な目に遭ってしまって……僕、なんてお詫びしたらいいか……」

 

「麗牙……」

 

 やはりと言うか、麗牙は自分を責めていた。自分が彼女にあからさまに取り入った態度をとっていたことから今回の件があるわけで、それを誰よりも繊細でお人好しの麗牙が気にしないはずがなかった。昨日好きだと言った人の前であんなにもしょぼくれて情けない姿を晒しているのだから、やはり相当参っているのだろう。

 

「そんなことどうだっていいって。だってアタシ、危険な事に遭うことの恐怖よりも、麗牙と会えた喜びの方が大きいし……」

 

「リサさん……」

 

「それよりも麗牙、アタシが大丈夫って聞いたの、麗牙の身体のことだけじゃないよ」

 

「え?」

 

 リサちゃんは困惑するままの麗牙の右手を取り、それを両手で包み込んで、それから麗牙の両目をしっかりと見つめて再び話し出した。まるで自分がここにいるとアピールするように。

 

「アタシもゴメンね、麗牙。アタシ……麗牙が変身することの意味、全然分かっていなくて……。麗牙が泣きそうになっているのに、全然気付いてあげられなくて……」

 

「そ、それは……」

 

 リサちゃんは何度か顔を俯かせそうになりながらもグッと堪えて麗牙の顔を見上げ続ける。

 そんな二人の間に割って入れるほど無粋にもなれない俺は、どう転ぶか分からない不安の中で二人を見守ることしか出来なかった。

 

「アタシさ、麗牙にすごく助けてもらったから、アタシも麗牙を助けてあげたいんだ。でもアタシには麗牙に何してあげれるか分かんないし……それでも、麗牙が泣きたい時は一緒に泣いてあげたいし、苦しんでいるなら一緒に苦しみたい。麗牙一人に苦しい想いをさせたくないって思ってる」

 

「そんな……リサさんにそんなこと」

 

「アタシにも助けさせてよ! 麗牙、アタシってそんなに頼りにならない?」

 

「っ、そ、それ言うのはズルいですよ……」

 

「はぁ〜……(リサちゃんすっげぇな……)」

 

 正直驚いた。リサちゃんがまさかここまで言ってくるなんて。麗牙やアゲハからは世話焼きな人だと聞いていたけど、はっきり言ってもうそのレベルを超えていると思う。少なくとも今の麗牙に対する姿勢は友人レベルなんてものには俺には思えなかった。

 

「麗牙。アタシはいつでも麗牙の助けになるよ。ううん、いつかあなたを夜から青空の下まで連れて行ってあげる」

 

「っ」

 

 麗牙が彼女に惹かれるのは仕方のないことだったのかも知れない。リサちゃんは麗牙に無いものをいくつも持っている。天性の明るさにポジティブな思考、誰かに寄り添える母のような包容力。麗牙が夜の月だとすればリサちゃんは朝の太陽、まるで正反対の二人だ。もしかすると、麗牙にとって必要なのは彼女のような人なのかも知れない。

 

「リサさん。ありがとうございます。僕、リサさんに会えて本当によかったと思います」

 

「ちょっと〜それだとお別れみたいじゃんか〜。もっと素直に軽く喜んだりしてって……そうだっ。麗牙、アタシにもっとタメ口で話してみてよ」

 

「え、でも──」

 

「でも、じゃない! 偶にタメ口あった気もするけど、折角だからずっとそのままがいいなぁって。呼び捨てでもなんでもいいから! ほらほらっ。ねっ?」

 

「え、えっとじゃあ……ありがとう。これからもよろしく……リサさん」

 

「今までと一緒じゃん! やり直し!」

 

「えぇっ? ……あ、ありがとう。これからもよろしく、ね? リサさん」

 

「……さん付けは取れないの?」

 

「まだ、ちょっと……」

 

「あはは……まあ、それも麗牙らしくていっかな」

 

 互いに忘れているのか、さっきからずっと手を繋ぎながらこれである。正直隣で見てる分には甘すぎてお茶でも飲みたくなる気分だ。

 

 しかし──

 

「(この子なら、大丈夫かも知れへんな)」

 

 意外なところで俺の不安は外れたかも知れない。とりあえずはリサちゃんを信用してみようと、俺は麗牙の笑顔を見てそう考えるのであった。




ヒロインはまだいることをお忘れなきよう。
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