『その時、燐子さんの元に現れたのは……?』
「何これ!? メチャクチャ綺麗じゃん麗牙!」
羽丘の放課後にて、昇降口では私の携帯の画面を見つめるリサの悲鳴にも似た叫びが轟いていた。彼女の見つめる視線の先にある画像……それは私が今日撮影した、兄さん扮する黒金麗華の写真であった。
これを見せることになった経緯を話せば少し長くなるが、学生に化けることができるレジェンドルガがいる以上、魔皇力を持つ友希那にも危険が及ぶ。それを説明する上では花女に女装して潜入する兄さんの話をすることは避けては通れない道であったのだ。決して……決して私がどうしてもリサたちに見せたかったと言うわけではない。
『すげぇノリノリで見せてたけどな愛音』
「うるさいキバット……」
本当のことをいうと自慢をしたかったという気持ちはある。私の兄さんは女になろうとも綺麗で素敵なのだと、それを証明する術が手中にあるのに何故披露しないでいられようか。私には無理だ。こんな綺麗な兄さん、もとい姉さんを私だけのものにするなど勿体なさ過ぎる。世界はもっと兄さんを知るべきだ。もういっその事ことリサだけでなく、勝手に履歴書でどこかの事務所に送ってしまおうか。いや、それならいっそイヴのとこに売り込んだらいい。あわよくば私と兄さんをモデルとして二人きりの写真を撮ってもらえるかもしれない……ふふふ。
そんな私の抱く野望など露知らず、リサは黒金麗華の写真を複雑そうな目で見つめ続けていた。
「う〜……麗牙が綺麗なのは知ってたけどさぁ、なんかここまでされると悔しくなってくるよ。私だって女の子なのに……」
「それな……女としての敗北感……」
『正直オレ様もここまでとは思わなかったぜ』
『そのまま愛音さんのお姉様と言われても誰も不思議に思いませんよね』
兄さんは性別すら超越すると言ったのは自分だが、本当に女としての尊厳すら危うくなってくる。兄さんに負けるのならそれはそれでアリだが、よくもまあここまで素晴らしい女性になったものだと我が兄ながら恐ろしく思う。キバットとタツロットもわざわざ会話に入ってくるあたり、彼らも相当驚いていたのだろう。
『まぁ、オレ様としては首筋の長い愛音の方が好みだぜ。モディリアーニの描くジャンヌの肖像画みたいでよう』
「いつも思うけど……それ褒めてんの?」
『当たり前に決まってんだろ? あの細くて綺麗な首筋、健康的な肌の質感、最高に噛み付きたくなるじゃねーか』
「変な性癖垂れ流すな……」
『ぅおっ!?』
流石にこれ以上はリサが会話に入ってこれないため、とりあえずは特殊な性癖を語るアホコウモリを黙らせなければ。そう思って素早くキバットを掴み取り、翼を逆方向に折り畳もうとした。その時であった。
「あっ、リサ姉と愛音っ。今から帰り?」
「お、あこじゃん♪ お疲れーっ」
「おつ……ってヤバっ」
下校しようとしていたあこが来て、私もキバットを向けて挨拶しようとした。しかし、彼女の周りに見知らぬ人影がいることに気付き、実に自然な動作でキバットを鞄の中に押し込んで事なきを得た。
『(得てない得てない! いででででででッ無理矢理押し込むなァ!)』
「(今は黙っててキバット)そっちは……?」
キバットが文句を言うことすら許さず、冷静を装ってあこの隣にいる二人について尋ねた。見た感じしっかりしてそうな見た目のショートカットの子に、眼鏡をかけた大人しそうなサイドテールの子。どちらもあこちゃんとは違った特性を持つ可愛らしい女の子であった。
「同じクラスの友達だよ。“あすか”と“ろっか”」
「一年の
「お、同じく一年の
歳上の自分に対して即挨拶できるとは、実によくできた後輩たちである。などと偉そうに言うが、自分も挨拶を返さなければならない。とりあえずは威圧感を与えないよう砕けた挨拶をしてみよう。
「紅愛音……とりまよろ」
「は、はぁ……」
結局はいつも通りの自分だったのだが、明日香を反応に困らせてしまったようだ。まあ人を反応に困らせるのは毎度のことなので特にどうとは思わないけど。しかし、隣の六花の反応はまた違っていた。
「あっ、も、もしかしてTETRA-FANGの新ベーシストの……
「……オーイエァ」
なんとなんと、この子はTETRA-FANGのベースとしての私を知っていたのだ。私がTETRA-FANGのEINE(綴りはこれで合っている)として公の場に現れたのはつい最近のことだが、それを知っていると言うことは、この間のライブにも来てくれたのだろうか?
「もしかして……こないだのライブ来た?」
「はい! JIROさんが抜けると聞いてすごく残念ですけど、でもっ、EINEさんの演奏もすごくてっ、私とても感動しました!」
「お、おう……ありがと……」
「あれ、愛音もしかして照れてる? 珍しいじゃん」
やかましいリサ。ちょっと嬉しくなっただけだ。次狼のことを知っている辺り、やはり彼女はそれ以前からTETRA-FANGのことも知っていたということだろう。次狼の後釜として自分がいることに対する周りの反応が気にならなかったわけではないが、こうして六花のような前向きな反応を直接貰えたのは初めてなのだ。嬉しくなっても仕方ないだろうに。
「六花、TETRA-FANGっていうのはバンドの名前?」
「うん。男女四人組のロックバンドで、あのヴァイオリニストの紅麗牙さんがボーカルをやってるんだ。明日香ちゃん知ってる? 紅麗牙って」
「そりゃ知ってるよっ。天才高校生ヴァイオリニストって紹介されてたあの紅麗牙のことだよね? え、そんな人がバンドでボーカルやってるんだ」
「ふふん」
「やっぱそのタイミングでドヤるんだ愛音……」
因みに今のは「どうだ驚いたか」という笑みだ。天才的なヴァイオリンの腕を持っていながら、敢えてボーカルとして活動することに誰もが意外性を感じるだろう。兄さんはヴァイオリニストとしてもボーカリストとしても一級品の実力を持っているのだ。これは、そんな兄さんを誇っているからこそのドヤ顔だった。
「そのバンドもとってもカッコよくて……あ、も、もちろんRoseliaもすごくカッコいいですからっ」
「ふふ、ありがと六花」
すぐ隣にRoseliaのメンバーがいることを思い出し、すぐにRoseliaも賞賛する六花。いちいち目を輝かせてバンドを語る彼女の姿は実に可愛らしく輝いており、ついつい頭を撫でたくなってしまう。しかしそんな自分を何とか抑制し、同時にあこから疑問の声が投げかけられた。
「あれ? リサ姉、友希那さんは? 今日は一緒じゃないの?」
「ああ、友希那は今アゲハと何か話してるとこ。もうすぐ戻ってくるよ……って来た来た」
噂をすればなんとやら、友希那がこちらに近づいてきていた。その後ろにはトコトコと小動物みたいについてくるアゲハもいる。
「待たせたわね。随分と賑やかになってるけど」
「あはは〜まぁそういうこともあるよ。もういいんだよね? アゲハ」
「うん。やれるだけのことはやってるから」
「ありがとう。じゃ、またねみんな♪」
「?」
会話の意味が分からず頭に疑問符を浮かべているあこたちだが当然だろう。先ほどまでアゲハは、友希那に一種の魔除けのような術式を施していたのだ。万が一彼女にレジェンドルガの魔の手が迫った時、それを跳ね除ける強力な術が発動するように。一時的なものでしかないが、その時間さえ稼げれば私か兄さんが駆けつける分には十分だ。当然そんなことを、あこはともかく他の二人には明かせるはずもない。彼女たちには適当に誤魔化して解散し、昇降口では私とアゲハの二人きりとなった。
「……」
「どうした……アゲハ?」
「……なんか妙だなって。友希那に術式をかけたはず、なんだけど……」
「だけど……?」
「変な感じがしたの。なんか、かかった気がしないっていうか……」
友希那に抱いた違和感を、納得がいかないという表情で語るアゲハ。それを見て私は一筋の予感が胸をよぎった。
「まさか……それがレジェンドルガじゃ」
「いやそれはないよ。間違いなく本物の友希那だったよあれは」
「そう……」
誰よりも魔力の流れに機敏なアゲハが言うのなら間違いないのだろう。しかし、だとするとアゲハの違和感の正体は何なのだろうか? 彼女が術式を失敗するとは考えられない。とすれば、何かあるのは友希那の方だ。
思い返せば彼女には以前から不思議な点があった。私や兄さんと同じようにブラッディ・ローズの音が聴こえるという部分なんてどうにも説明が付かない。そもそもアレはパパと兄さんの母が作り上げたヴァイオリンのはずで、そこに何の関係もない友希那が入り込めるはずないのに……。
「(もしかして……その前提が間違ってる……?)」
関係がない、というのがそもそもの間違いではないのか? ブラッディ・ローズに関して、実は友希那には何らかの関係があるのは? 自分で考えておきながら突拍子のない予測だと思うが、それでも有り得ないとは言い切れない。分からないことだらけだが、少なくとも友希那に関しては不明な点が顕著になったということは確かであった。
「それと愛音。つぐみ、もう帰っちゃったみたいだけどどうしようか。一応昼休憩に術はかけたから大丈夫だとは思うけど……あ、今日はアフグロ、CiRCLEで練習だって」
「行こう……」
本当のことを言うと兄さんの様子を見に花女に行きたかったところだけど、つぐみのことも心配なため、結局はCiRCLEで見守ることを優先することにした。合法的につぐみを眺めることができるのだから役得だと自分に言い聞かせ、何事も起きないことを祈りながらCiRCLEへと向かったのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「燐子さんっ」
「ら……麗華さんっ」
夕陽で赤く染まった花咲川の屋上に現れたのは黒金麗華であった。いつものように「麗牙さん」と呼ぼうとしたところで、キバーラさんがわたしのポケットに入った意味を考えてすぐさま名前を言い直す。彼女が姿を見せないと言うことは、恐らくは市ヶ谷さんか牛込さんがいるということなのだろう。彼女たちの前でボロを出すわけにいかず、ある程度の緊張感を持って麗牙さんの作戦に協力を続けようとした。
「あれ……?(麗牙さん一人?)」
彼以外の人間がいることに身構えていたけれど、実際に訪れたのは麗牙さん一人だけであった。ドアの向こうに隠れているとも考えられないし、ここにやってきたのは本当に麗牙さん一人だけなのだろう。
「探しましたよ。さ、戻りましょう」
そう言って彼はわたしに手を差し伸べ、ゆっくり近付いてくる。わたしも何の疑いもなく彼に近付こうとして、しかしある一点が気になって彼に問いただしていた。
「丸山さんは……大丈夫なんですか?」
「何の心配もないよ。さ、行こう」
「う、うん……」
珍しく曖昧な返答をする彼に困惑しつつ、わたしを連れ戻そうとする彼に向かって歩き出す。しかし一歩一歩と彼に近付く度に、妙な違和感がわたしの体を包み込むのだ。目の間にいるのは女装している麗牙さんのはずなのに、まるで本当の女子を前にしているような気分であった。
彼が何とか女性らしい動きを真似しようとしていたのは知っているし、確かにそれで皆の目を欺くことができていた。しかし普段から彼のことをよく見ていたわたしには、そこにいつもの麗牙さんの動きがあるのがはっきりと見えていた。何気ない仕草には男性らしさ、そして麗牙さんらしさが確かに含まれていたのだ。
だからこそ疑問に思ってしまう。
一朝一夕の努力でしかないはずの黒金麗華が、本物の女性のようにしなやかに動いていることに。
わたしと二人きりの状況でここまで完璧に女性になりきっていることに。
「……慣れましたか? この学校に……」
だから、わたしはふと彼に質問してみたくなったのだ。わたしの中に生まれた疑心を明らかにするために。
「はい。燐子さんたちのおかげで何とかなりそうです」
「皆からの視線は……もう平気ですか……?」
「それは流石にね……でもすぐに慣れますよ。別よく考えれば恥ずかしがることじゃないしね。
「っ!?」
その言葉で疑惑は確信に変わった。
目の前の女生徒が言った「同じ女の子」。
麗牙さんならば絶対にそうは言わない。
彼は間違いなく男の子だから。
とすれば、目の前の誰かは黒金麗華を本物の女子だと認識している『誰か』だ。
「(違う……誰……? 麗牙さんじゃない……っ!)」
「さぁ……」
黒金麗華を模した誰かは、立ち止まったまま動かないわたしへとゆっくり歩いてくる。得体の知れない存在が近寄ることに嫌悪感を覚えたわたしは一歩後退りし、震えた声で目の前の女生徒に訴えた。
「っ……止まって……!」
「何言ってるんですか燐子さん。ほら」
「ぇ……!?」
下がろうとするわたしの足首に何かが絡みつくような感触が訪れた。同時にその場から一歩たりとも動けなくなり、わたしは自分の足元に目をやる。わたしの身体そのものに変化はなかった。だけど、太陽を背にするわたしの影……その脚に、触手のような何かがが絡み付いていたのだ。
「ふふ……」
「ぃ、いや……っ」
わたしの影を踏むまで近付いていた女生徒は手を伸ばしていた。夕陽に照らされるその作り物の顔が今はとにかく不気味で無性に嫌悪感を強く抱いてしまうが、今のわたしに逃げる事はできなかった。
「(でも……!)」
眼前に迫る、ヒトではない異形。
しかし、それでもわたしは絶望していなかった。
だって、信じていたから……。
「目を閉じて燐子さん」
「っ……!」
わたしの胸に溶け込む、温かくて力強い、わたしの大好きな声。
それを信じない道理はなかった。
声を信じて目を閉じた刹那、物凄い轟音がわたしのすぐ目の前で巻き起こった。何かを引き裂くような、砕くような、そして何かが飛び散るような嫌な音もなったけど、それらがわたしの肌に届くことはなかった。
「……」
足元に絡みつくような感触が消え、また耳に反芻する轟音が消えたところで、わたしはようやく目を開けようとする。しかし、それより前にわたしの身体に再び何かが触れる感覚が訪れていた。
「ごめんなさい。怖い思いをさせて」
「平気です……信じていましたから……」
今度こそ本物の麗牙さんだと、その声と体温で確かに感じた。
申し訳なさそうにわたしの両手を握る麗牙さん。怖かったのは本当だけど、わたしはずっと彼が来てくれると信じていたから絶望なんてしなかった。
『遅いわよ麗牙!』
「ごめん、みんなと離れるのに時間がかかった」
後から聞いた話だと、二人は既に異形の視線を感じ取っていたそうだ。しかし、隣に黒金麗華がいる限り向こうは手出しは出来ない。先日にキバによる邪魔が入ったのだから当然だろう。そのため、わたしが一人になる状況を敢えて作ったのだ。
そもそも、これは麗牙さんが花女に来る前にわたしに申告していたことでもあった。「敵を誘き寄せるために敢えて燐子さんを囮にするかも知れません」と言う麗牙さんの言葉に、わたしは何の躊躇もなく「それでいいです」と返していた。彼の足手纏いにはなりたくない。この学校の平和をわたしも守りたい。そんな意思の元で、わたしは自ら囮になることも厭わなかった。
まさかわたしが一人嫌な気持ちになっているところで実行されるとは思ってもみなかったけど。黒金麗華の偽物が現れるとも思わなかったし。
「キバーラさんは……分かってたんですよね?」
『私でも半々だったけどね。むしろよく燐子ちゃん気付けたものよ』
「それは……麗牙さんのこと間違えるわけにはいかないし……あの人も……麗華さんを本当の女子だと思っていたので」
そう言ってわたしは校舎の壁に打ち付けられた異形の身体を見る。鋭い爪で引き裂かれたような傷跡を見せ、ぐったりと動かなくなったイカの異形。ファンガイアの姿に変身した麗牙さんの一撃を食らえばああもなってしまうだろう。わたしの目の前で起きたことなのにその余波がわたしに届いていないということに関しては、キバーラさんが何かしらしてくれたのだろう。
「案外騙せるものなんですね」
『ええ。麗牙、自分が思ってる以上に女の子になれてるわよ』
「ア゙ア゙……ホントにな……」
「っ!?」
その時、壁に打ち付けられた異形が立ち上がり言葉を発していた。あれだけの傷を受けて何故、と思ったが、よく見ると薄らと傷が塞がっていくのが目に見えて分かった。驚異的な再生能力で身体を治しながら、しかし忌々しげな視線を放って麗牙さんを睨んでいた。
「ファンガイアの男が……私を騙すためだけに女に扮して……あんたプライドとかないのか!?」
「大切な人を守れないような脆いプライドならいくらでも捨てますよ」
あっさりと麗牙さんはそう言い切った。彼はただのファンガイアの男性ではない。ファンガイアの王様で、他の誰よりも高貴な存在のはずだ。そこにはきっと彼なりの誇りや矜持があったはずだ。それなのに彼は、わたしを守るためならばそのようなことは大事ではないと言い張ったのだ。誰かを守るためならばある程度のプライドも気にしない、今は女子生徒姿の彼がとても逞しくて、その横顔がとても輝いて見えていた。
「それにレジェンドルガには聞きたいことがあります。最近、人間以外の魔族をレジェンドルガに転生させていますね。レジェンドルガは……いや、骸骨のレジェンドルガは何を考えているんだ」
麗牙さんが言っているのはレジェンドルガの眷属化ではなく、新たにレジェンドルガとして生まれ変わるための儀式。それは彼らの王を復活させるために人間に対して施していたものであったはずだ。
しかしファンガイアだった新子先生や、綾野さんに襲いかかった元ゴースト族など、最近は人間でない存在が新たなレジェンドルガとして生まれ変わり、襲いかかることが増えている。これまでとは違うレジェンドルガのアプローチを疑問に思った麗牙さんは、その手がかりを目の前の異形に求めていた。
「ハッ、スケルトンか。アイツの考えることなんか分かんないね。正直どうでもいいっ。私はさ……」
しかし麗牙さんが怪しんでいる骸骨のレジェンドルガのことについて、異形は何の手がかりも持っていなかった。同族のことなのに妙に冷たそうな態度を取る異形に思うところはあるが、今はそれどころではない。異形はゆっくりと校舎の屋上の出入り口に近付き、そして……。
「燐子ちゃん、紅さんっ。今のって何の音……っ」
ちょうどその時、屋上に続く扉から丸山さんが出てきたのだ。
すぐ下の部屋にいたかもしれない。そんな時にあれ程の轟音を聞けば気になって上がってきてしまうだろう。しかし今はタイミングが良くなかった。
これ以上ないほどの最悪のタイミングだった。
「私は……ロードが復活さえすればそれでいいのよっ!」
「きゃぁぁぁっ!?」
「っ、しまっ──」
すぐ目と鼻の先にいる獲物を捕らえた異形は、丸山さんを抱えたまま校舎を飛び降りていった。その直後、丸山さんが現れた扉から市ヶ谷さんと牛込さんも現れるけど、それに気を取られている場合ではなかった。
「燐子先輩! 黒金先輩……うわっ、どうしたんですかこれ!?」
「雷だよ!」
「か、雷……って黒金先輩!?」
「麗華さん!?」
市ヶ谷さんに一言告げるや否や、麗牙さんはその場から駆け出し、異形が去った後に続くように自分も校舎から飛び降りたのだ。屋上から身を投げる姿に市ヶ谷さんと牛込さんは悲鳴にも似た叫び声を上げるが彼がファンガイアであると知らなければ当然の反応であろう。二人はひたすら黒金麗華の心配をしているのだろうけれど、わたしの中にある想いはたった一つだった。
「(麗牙さん……丸山さんをお願いします……)」
それは、今は待つことしかできない無力な小娘の儚い祈りであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
場所は変わってCiRCLE前のカフェテリア。つぐみが心配になったとは言え、その練習を邪魔しに来たわけではない。愛音たちも特にこれといった急用はないため、しばらくの間ここでつぐみたちの練習が終わるのを待つことにした。カフェテリアで注文した飲料を飲みながら随分と待ちぼうけ、空が赤く染まり始めた時である。ゆっくりと、誰にも気付かれないほどに気配の小さな影が愛音たちの席に近付いていた。
「……」
「……何よ。用があるなら言いなさいよ」
帽子を深く被り、長い前髪が目元を隠しているためにその人の表情は見えない。頬は骨のように痩せこけ、大きすぎる衣服を身に纏っているため、男か女かすら判断できなかった。しかし、それでもアゲハにはただ一つ分かっていることがあった。
「生憎だけど、アンタたちに上げる人間は無いのよ。消えなさい、レジェンドルガ」
「……」
アゲハの強い口調に反応するように、その人物の視線がアゲハには向けられる。しかし、一瞬だけ見えたその瞳は果たして瞳と言えるのか、アゲハには分からなかった。全ての光を飲み込むような闇、いや穴といった方がいいのだろう。眼球自体が底の見えない深い暗闇のように感じられ、得体の知れない不気味さをアゲハは感じ取っていた。やがてその人物は光の無い視線をアゲハから逸らし、愛音へと向ける。まるで興味がないと言わんばかりの態度に、アゲハの口が僅かに引き攣っていた。
「ぷ……フラれてやんのアゲハ……」
「言ってる場合か。それより愛音」
「うん……やっちまおう」
目の前の存在が人間でないことは愛音も把握していた。つぐみを狙うレジェンドルガの一人であるならばここで片を付けなければならない。そう考える二人はゆっくり席を立ち上がり、男か女かも分からぬその人物を睨みつける。
「……いい感じだ……お前」
その時、初めてその人物から声が発せられた。妙に高く、それだけでは男女の区別が付かないほどの中性的な声。そして、それは明らかに愛音に向けられたものであった。
「? 何……ナンパならお断り──」
♪〜♪〜
「──っ!?」
いつもの軽口で応えようとする愛音であったが、直後、ブラッディ・ローズの旋律が脳内に響き渡り思わず息を呑んでしまう。薔薇の警鐘自体は珍しいことではないが、この状況で鳴り響くことに動揺していた。自分の目の前にレジェンドルガがいる状況、そして薔薇の旋律が知らせる場所が問題であった。
「愛音? どうしたの?」
「ブラッディ・ローズの音……しかも……花女で……」
「え、じゃあコイツは……」
二人とも目の前の存在がつぐみを狙いに来たのだろうと考えていたが、実際に今襲撃を受けているのはつぐみではなく、燐子が彩のどちらかであった。二地点同時に強襲するつもりだったのかとも二人は思ったが、その人物はCiRCLEに目を向けてつまらなさそうに呟いた。
「その中にいる人間には興味ない……必要もない」
「必要ない? どういうこと? 現にアンタの仲間は今もロードの可能性のある人間を狙っているんでしょう?」
「それは……愚かとしか……何も知らぬ哀れな愚者よ」
その言葉に愛音たちは眉を顰める。魔皇力を持つ人間はロード復活の要となる、ということがこれまで得た情報であった。つぐみは燐子や彩と同じく魔皇力を持つ者であり、それ故にこれまでも何度かレジェンドルガに狙われてきたのだ。しかし目の前のレジェンドルガはそんなつぐみに興味がないと口にしたために、二人はこの異形の真意を測りかねていた。つぐみが必要でないのなら何故わざわざここまでやってきたのか。まるで目的が分からず、愛音たちはそれを引き出そうと内心画策していた。
「じゃあ何……わざわざ自分から懲らしめられにやってきたの……マゾなの?」
「……だとしても、ここでやるのは嫌だろう……ついて来い」
「っ!? ちょっと!?」
「急に走るな……もうっ」
しかし急に走り出した男(背の高さ故に愛音は男だと思うことにした)を前に思考を放棄せざるを得ず、愛音たちも急いでその後を追い始めた。確かにCiRCLEの前で戦うことは愛音たちも望むところではない。巻き添えになる人々のことを考えるならば、男からの提案は非常にありがたいものであった。しかしレジェンドルガがわざわざそのようなことを考慮するとはどうしても思えず、故に今から向かう先には罠が待ち受けているに違いないと、後を追う二人は気を引き締めていた。
「……ここでいいだろう」
「確かに人気はないけど、罠にしては随分近い場所じゃない」
男が立ち止まったのは川の近くの林の中であった。しかし場所としてはCiRCLEから然程離れてはおらず、本当に人目を避けるためだけに選んだような場所でアゲハからは疑問の声が上がる。
それも当然のことであった。男は最初から罠を仕掛けたわけではない。
ただ純粋に戦いの舞台を人気のない場所に移しただけなのだから。
「別に罠を仕掛けたわけではない……だが、今からやること……お前たちの仕業にしてくれると助かる」
「? 何を──」
「っ!? アゲハ、来るっ!」
「フンッ!」
男の言葉の意味を理解しかねるアゲハであったが、何かに反応した愛音が上空を見上げた。目の前の男ではない。それとは違う何かがこの場に近付いているのを本能で感じ取っていたのだ。更に愛音の言葉とほぼ同時に男も同じように空を見上げ、掌に禍々しいエネルギー状の球体を作り出して腕を空に向けた。そしてその手から弾丸の如く球団が空に向けて放たれ、そして──
「ゥギャァ!?」
──ちょうど跳躍していたクラーケンレジェンドルガに直撃したのであった。
「きゃああああああっ!?」
その衝撃で、クラーケンが抱えていた彩がその腕から離れて地上へと落下していく。悲鳴を上げながら地上に近付いていく彩だが、即座に反応できた愛音は既に落下地点で待ち構えており、いつかと同じように危なげなく彩をキャッチしたのであった。
「ふっ……彩……また空から降ってきたの?」
「う、うぅ〜ん……愛音ちゃん……あれ、このシチュエーション何度目?」
「まだ二度目……二度もある方がおかしいけど……」
「愛音っ!」
「兄さん……!」
彩を地面に下ろした時、彼女たちの元にクラーケンを追ってきた麗牙が合流した。彼女たちのいる林は花咲川女子学園からもそう距離は離れておらず、彩が連れ去られてからほとんど時間は経過していない。予想よりも随分早く敵に追い付けたこと、そして彩を取り返せたことに麗牙は安堵し、軽く息をついていた。
「ぅ、ググ……何が……」
「アイツらだ……お前、まんまと撃ち落とされたな」
「……(私たちの仕業ってそういうこと……でも何故……?)」
愛音の見間違いでなければ、今し方クラーケンを撃墜したのは紛れもなくクラーケンの同胞であるあの男であった。しかし何故か彼はクラーケンを攻撃して彩を解放させたのだ。その上で再びクラーケンの仲間の面を見せてこちらに敵意を向けさせようとしている。そんな男の真意が分からず、しかし決して油断してはならない相手だと愛音は気を引き締める。
「誰かと思えばスケルトンかよ……チッ、せっかくのロードの器かも知れない女を取られた」
「……本当に何も知らぬなお前」
「何か言ったか? まあいい、ロード復活のためだ。アンタも手伝え」
「まぁ……元よりそのつもりだ」
男はクラーケンに告げると、その姿を変貌させた。か細い骨のような外装に包まれた全身。空洞でできた目や鼻に口。頭蓋骨のような頭部。正に骸骨そのものを連想させる異形がそこに立っていた。
スケルトンレジェンドルガ──かつてマミーレジェンドルガによって復活を果たした異形はようやくその姿を麗牙たちの前に現し、カタカタと音を立てて麗牙たちを──正確には愛音を見据えていた。
彩を解放させたかと思えば今度はこちらに敵意を向け始める。そんなスケルトンの思惑がまるで読めない愛音であったが、助け出した彩をアゲハに預け、麗牙の隣に立って異形たちを睨み付けていた。
「っ! 骸骨のレジェンドルガ……ようやくお目にかかれたよ」
新子を誘惑して力を与えた元凶。そして恐らくは、他の魔族を支配下に置かないままレジェンドルガに転生させていた存在。自身の追っている疑問の鍵を握る異形が目の前に現れたことに、麗牙はほくそ笑まずにはいられなかった。
「お前には聞きたいことが山ほどあるんだ」
「お前には興味ないし……話すこともない……紅麗牙。まぁ、何ゆえ女人の姿を装っているかは気になるが……」
まるで興味ないと言わんばかりに麗牙の言葉を避け、スケルトンはブレスレットのように腕に巻き付けられた細かい骨を引き千切り、それを周囲にばら撒いた。すると地面に落ちた細かい骨は忽ちヒト型を形成し、それぞれが剣をその手に持つ骸骨兵士が生まれていた。それは、これまで数多のレジェンドルガの手に委ねられていた骸骨兵と全く同じものであった。つまりはそれらの大元が、目の前のスケルトンレジェンドルガであると麗牙は改めて確信したのだ。
しかし自身の質問に答える気のないスケルトンに薄く目を細めると、肩をすくめながら何とでもない風体を装って彼は異形に語りかけた。
「そう、残念。じゃあ懲らしめた後にたっぷり聞くことにするよ。それと……今の僕は花咲川女子学園三年B組の黒金麗華だよ。行くよ愛音」
「ノリノリじゃん……姉さん♪」
麗牙もとい麗華の声に応え、愛音は珍しく機嫌良さげに声色を上げる。
そして、二人同時に己の従者の名を呼んだのだった。
「サガーク」
「キバット」
彼らの声に応え、並び立つ兄妹の元に金と銀の光が舞い降りる。
白銀に輝きながら回転する円盤状のゴーレム──運命の鎧をその身に宿すサガーク。
黄金の翼をはためかせて飛来するキバット族──キバの鎧を管理するキバットバット三世。
主人がその名を呼びさえすれば、彼らはいつ如何なる時でも駆け付けるのである。
『∋ζ√фйΣ§』
『おー、やっぱすげぇ格好だなぁ麗牙。まぁいいや愛音、キバっていくぜ! ガブッ!』
サガークが麗牙の腰に装着し、ベルトを形成する。
キバットが愛音の手に収まり、その手に噛み付かせ、その腰回りに紅色のベルトが形成される。
♪〜♪〜
やがて互いのベルトから警鐘のような待機音が流れ出した。
異なる二つの旋律は本来なら不協和音を生み出しかねない程に離れた音楽。
しかし、今この場においてはそれらは自然と調律が取れていた。
単に王の鎧が並び立つからではない。
血を分けた兄妹──心の底から信頼する者同士が並び立つ故に、彼らの音楽は完全調律を成していた。
そして……。
「変身」
「変身」
二人の告げる変化の呪文が辺りに静かにこだました。
麗牙と愛音、二人の身体を銀幕のベールが包み込み、一瞬で弾け飛ぶ。
そこから現れたるは白と紅の戦士。
最初の王の鎧として生み出された運命の鎧──仮面ライダーサガ。
最も新しく生み出された封印されし黄金の鎧──仮面ライダーキバ。
王家に生まれし兄妹、二つの王の鎧が今、異形を前に戦士として並び立つのであった。