ボーカルでヴァイオリニストな彼は   作:春巻(生)

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『ついに麗牙たちの前に姿を現した二人のレジェンドルガ』

『それに相対するは我らが紅兄妹! お二人が揃えば怖いもの無しですよねキバットさん!』

『ああ。二人ともキバって行けよ!』

挿入歌:Supernova


第149話 長い一日の終わり

「(綺麗……)」

 

 並び立つ白と紅の鎧の背中を視界に焼き付けながら、彩は思わず息を呑んでしまっていた。芸術的な建造物のようにも見えるサガの鎧に、鎖で封印されし禍々しくも美しさを併せ持ったキバの鎧。これら二つの勇姿が並び立つ様は一つの名画の中の世界のようであり、いかなる種族であろうとも胸に生まれる高鳴りを止めることはできない。数多の例に漏れることなく、彩もまた王の鎧を身に纏う兄妹の姿に目を奪われてしまっていた。

 

「アゲハ……彩をお願い」

 

「うん。行くよ、彩」

 

「え……う、うん……」

 

 しかしこの場に彩がいつまでもいられるわけではない。戦闘の余波から逃すため、アゲハによって離脱させられてしまった。そこにいることが危険だと彩も感じていたが、それ以上にせっかくの美しい光景がもう見納めになることを残念に思わずにはいられなかったのである。

 

「チッ……また振り出しかよッ。ハァァァッ!!」

 

「フンっ」

 

「愛音っ、あの女の方を頼むっ。僕はあの骸骨を」

 

「うん、行こう……っ、ハァァァ!」

 

 二体の異形、そして無数の骸骨兵が前進を始め、サガとキバも迎撃の構えを取って駆け出した。スケルトンに用があるサガはクラーケンをキバに任せることにして、ジャコーダーロッドをその手に握り骸骨兵の群れに突撃を開始した。

 

「フッ! ハァッ!」

 

「紅麗牙……お前に用はないと言ったのだが」

 

「フンッ! ……こっちには大アリなんだ。個人的な理由もあるしね!」

 

 周りの骸骨兵を得物で打ち払いながらサガはスケルトンに迫ろうとする。サガがスケルトンに執着するのは何もレジェンドルガの目的を知りたいがためだけではない。自らの恩師──新子が怪物に変貌した最後のトリガーとなったのがスケルトンである。元より新子の心は壊れていたが、力を得たために彼女はより多くの犠牲者を生み出してしまった……大罪を背負ってしまったのだ。スケルトンが接触さえしなければ、救えはせずとも穏便に止められはしたかも知れない。そんな遣る瀬無さも相まって、サガはスケルトンを追っていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァァ!」

 

「ギュォ──」

 

「フッ!」

 

「ィガ──」

 

 一方キバは、徒手空拳で骸骨兵を薙ぎ倒しながらクラーケンへと迫る。更に途中で骸骨兵の持つを奪っては振るい、骸骨兵たちは簡単に砕かれて塵と化していった。

 

「ハァァッ!」

 

「ズア゙ァ!」

 

 やがてクラーケンに接近したキバは拳を突き出し、クラーケンもまた拳を振るい、両者の拳が激突する。重たい音が鳴り響いた直後、クラーケンは肩から生えた触手を振り回してキバに叩き付けんとするが、それを察知したキバは転がることで避け、そのままクラーケンの背中に鋭い蹴りを打ち込んだ。

 

「ハッ!」

 

「ッグ!? ッァア゙!」

 

 一瞬よろけた異形だが、僅かに一歩踏み出したのみですぐさま攻撃に転じる。今度は太い触手を叩き付けるのではなく、細く鋭い触手で切り裂こうとした。

 

「ッ! これヤバ……フッ!」

 

 間一髪で避けたものの、掠った触手によってキバの鎧が僅かに傷付いたのだ。キバの鎧すら切り裂く威力。生身の人間が食らえば四肢が切断されかねない攻撃を前に、愛音は仮面の奥で短く息を呑んでいた。

 しかし、それは決して対処できない攻撃ではない。触手の動きはキバには目で見えており、更にその動きを上回る速度で自身も動くことができる。よって──

 

「(でも……)フゥ! ダァァァッ!」

 

「な──グゥオオッァ!?」

 

 ──迫り来る触手を掴み取ることなど造作もなかった。

 掴んだ触手を強く握り締めたキバはそのまま力一杯引っ張り、大きく弧を描くようにクラーケンを振り回し、そして上空から地面に叩きつけたのだ。予想外のダメージによって立つこともままならないクラーケン。全身が震えており、チャンスとばかりに畳み掛けようとするキバであったが、その時身体に異変が起こっていた。

 

「っ!? え……なに……!?(身体が……動かない……っ!)」

 

 キバがクラーケンに向けて一歩踏み出そうとした時、しかしその脚が動くことはなかった。いや、脚どころではない。胴体が、腕が、指先が、まるで金縛りにあったかのように動けなくなっていたのだ。何が起きたのか理解できないキバは必死に身体を動かそうとするが、その時、自身の全身に太い縄に縛り付けられたかのような感触が巡っているのが分かった。

 

「ふふ……陽が傾いていてよかったよ……」

 

「っ(私の影に巻き付いてる……!)」

 

 告げられたクラーケンの言葉とその視線の先に答えはあった。沈みかけた夕陽によって大きく伸びたキバの影。その影の足元から、黒い触手のような影がキバの影を縛り上げていたのだ。自身の身体には何もない。影が影を縛り付けていたのだ。

 相手の影に触れ、影を縛ることで対象の動きを封じる。それがクラーケンレジェンドルガの能力であった。

 

「さぁ、思う存分やっちゃいな!」

 

「グゥア──」

 

「ガァァ──」

 

「ぅぐッ!? あ゛ぁッ!?」

 

 動けなくなったキバに、クラーケンの指示で骸骨兵の刃が振われる。苦痛の声を上げるキバにクラーケンは恍惚とした表情を浮かべ、その様を嬉しそうにじっくり味わっていた。

 

「ぅあぁッ……ぃっ……」

 

「ふふ……じゃあ次はこっちね。死んでも知らないけど!」

 

 他者の悲鳴こそがレジェンドルガ族にとっての至福の音楽。それ故にもっとキバの悲鳴を聴きたいと望むクラーケンは、自身の触手でキバを切り刻もうと近付いていた。今ならばあのキバを好きに痛ぶることができると、いい気になっていたことで慢心すらしていたのだ。

 

 そして、その油断が命取りであった。

 

「……調子に乗るな……タツロット!」

 

「な──グハッ!?」

 

『ビュンビューン! お待たせしましたー!』

 

 キバに攻撃を加えようとしたクラーケンに向かって突撃した黄金の光。それは魔皇竜タツロット──キバに進化の光をもたらす存在であった。

 

『変身!』

 

「何ッ!? グゥッ……!?」

 

 タツロットがキバの鎧を解き放ち、その身体は黄金の光に包まれる。その瞬間、キバの身体は異形の束縛からも解き放たれた。眩しく輝ける光により、辺り一面から全ての影が消え失せたためだ。

 

 そして、戦場に黄金の鎧が降臨した。

 

「フッ!」

 

 エンペラーフォームへと究極覚醒したキバは、タツロットの口からザンバットソードを抜刀し、一振りで辺りの骸骨兵を一掃した。更にキバは鍔の付近で刃を噛み締めるザンバットバットを剣先までスライドし、再び鍔まで戻すことでザンバットの切れ味がより研ぎ澄まされる。眩く輝く剣を歩みながら振るい、ザンバットの残光より遅れて骸骨は粉々に砕け散っていた。

 

「ハァァッ!」

 

「ッ、ヅァア゙ァ!?」

 

 そしてザンバットの斬撃はクラーケンに届き、その肩から伸びる触手を纏めて切断した。更にその衝撃で吹き飛ばされたクラーケンは地を転がり、キバは追撃のために駆け出していく。

 

「チィィ、だったらもう一度!」

 

「っ!?」

 

 しかし、依然として太陽を背に戦っているのはキバである。キバの影に触れたクラーケンは先程と同じように再度キバの動きを封じようと画策する。その目論見通り、クラーケンの影は確かにキバの影を捕らえたのだ。

 

「こんなもん……フンッ!!」

 

「なァッ……ぁ……」

 

 それでもエンペラーへと覚醒したキバの力の前にクラーケンの策は無力であった。キバは強引に身体を前へと押し進め、自身の影に纏わりつく触手を引きちぎったのだ。予想だにしない光景を目にして一瞬呆然とするクラーケンを尻目に、キバはザンバットバットに付けれたウエイクアップフエッスルを取り出してキバットに奏でさせた。

 

Wake(ウエイク) Up(アップ)!』

 

 キバットの宣告と同時に、キバはザンバットバットをスライドさせていく。剣身は眩い赤い光を放ち、それはまるで数多の血を吸い上げた妖刀の如く面妖な輝きであった。

 

「ッ!? (ヤバいっ!)ハア゙ァァァッ!!」

 

 キバが大技を放つことを感じたクラーケンはすぐさま触手を放ってキバを近付けまいとする。自身の身体から伸びる触手と、己の影から放つ触手で今度こそキバの動きを封じようとした。

 

「……! セェヤァァァッ!!」

 

「な……!?」

 

 しかし次の瞬間の光景に、再びクラーケンの口は開いたまま固まってしまう。それは正に刹那の出来事。キバの振るう赤い斬撃は、その一振りのみで迫る触手を全て薙ぎ払ったのだ。クラーケンの身体から伸びる触手だけではない。自身の影に纏わり付こうとする触手の影さえも、ザンバットの放つ赤い残光によって掻き消されていたのだ。

 

 もはやキバと異形の間を妨げるものは何もない。骸骨兵も触手も全て突破したキバは、クラーケンに向けて紅の斬撃を放った。

 

「フン! ハァァァッ!!」

 

「ゥギァ!? ガバァ──」

 

 縦と横に二閃、異形の身に浴びせたキバは颯爽と背を向ける。再びザンバットを手に持ちスライドさせ、剣身から赤い輝きは消えていく。そしてザンバットが鍔に戻ったその瞬間、異形の身体は限界を迎えた。

 

「これで終わり……」

 

「ゥグゥア゙ア゙ァァァア゙!?」

 

 キバが放つファイナルザンバット斬によって異形は爆散し、炎の中にその原型を残さず消え去ってしまった。しかしすぐに気を抜くとはなく、サガとスケルトンが戦闘している方へと駆け出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サガとスケルトンの戦いは奇妙なものであった。サガはスケルトンに向けて容赦なく攻撃を仕掛けていたが、スケルトンはそれを躱し続けるのみであり、その上視線はサガへは向けられていなかった。スケルトンの視線の先にあるのはキバ。彼は自分の戦いよりも、キバとクラーケンの戦いに意識を割いていたのだ。

 

「ハッ!」

 

「ッ!? フンッ」

 

「っ……(コイツ、攻撃を食らってるのにまだ愛音たちを見てる)」

 

 既に骸骨兵はサガによって全て砕かれ、スケルトンも兵隊のストックが切れたのか新たに召喚することはなくなっていた。故に現在はサガとスケルトンの一騎打ちが行われていたが、その状況にも関わらずスケルトンはサガに興味を示すことはなかった。サガの攻撃によって身体にいくつもの傷を負おうとその姿勢が変わることはなかったのだ。

 何を狙っているのか分からない不気味さを感じながらも、しかしサガは引くわけにはいかない。王として、そして個人として目の前の異形からは情報を聞き出さなければならなかったからだ。

 

「お前は何を考えているんだ。答えろ!」

 

「どうせ後で分かる……今でなくてもいいだろう」

 

「悪いけど、僕は今知りたいんだ」

 

「……わがままな王様だな……終わったか」

 

 その時、離れた場所で起きた爆発音がサガたちの元にも届いていた。愛音の心の音楽が聴こえている麗牙は、その戦いがキバの勝利で幕を閉じたことを感じ取っていた。そして、同じくその様子を察したであろうスケルトンが完全に意識を自身から手放した時、サガはすかさず次の行動に出たのだ。

 

Wake(ウエイク) Up(アップ)

 

「ハッ!」

 

 ウエイクアップフエッスルをサガークにインサートさせ、サガークの甲高い宣告が辺りにこだまする。辺りは暗闇に包まれ、ジャコーダーロッドの剣身も血の如く真っ赤に光り輝く。サガによって作り出された悪夢のような世界の下で、彼はジャコーダーロッドの切先をスケルトンに向けて突き出した。

 

「フッ」

 

 真っ直ぐ放たれた閃光はスケルトンの首を狙っていた。しかしスケルトンは僅かに首を曲げ、自身に向かってくる赤い閃光を間一髪で避けたのだ。異形の首のすぐ横を通り過ぎた閃光は、その背後に立つ木に突き刺さる。

 

 必殺技が無駄打ちに終わったと、スケルトンは鼻で笑おうとする。

 

 しかし、サガの行動はまだ終わっていないことまでは見抜けなかった。

 

「(まだだ……)フンッ!」

 

「何……!?」

 

 サガは手首を捻り、ジャコーダーを操った。すると剣のように硬かった赤い剣身が一転、鞭のようにしなやかに動くジャコーダービュートに変化したのだ。サガの起こした僅かな手の動きによって鞭の波を作り出し、その波は輪っかとなって鞭を伝いスケルトンに向かっていく。その予想外の行動に反応が遅れたのか、迫る輪を避けることはできず、サガがジャコーダーを引いた瞬間に赤い閃光が首に巻き付いたのだ

 

「フッ」

 

「グ、ゥ……!?」

 

 サガはその場から跳躍し、林の木にジャコーダーの鞭を引っ掛けて着地する。サガの狙い通り首を締め付けられたスケルトンになす術はなく、脚は地上から離れ、木から吊し上げられてしまった。

 

「……(どうやらここまでか……)」

 

「ハァァ!」

 

 スネーキングデスブレイク──ジャコーダーを伝い強力な魔皇力がスケルトンに流れ込み、その身体は激しい爆炎に包まれた。

 本来ならば確実に相手をこの世から消し去る必殺の奥義。しかしサガは決して対象を滅ぼすために放ったわけではない。本気で殺すつもりならば彼は間違いなくその首を貫いていたのだから。故にその爆発の後にはスケルトンの身体が残っている……そのはずであった。

 

「……?」

 

 しかし直後、爆炎の中から地に落下してくるものがあった。それは骨……先程までサガと戦闘を繰り広げていたスケルトンの残骸であった。そこにスケルトンは存在しない。サガは手加減をしたにも関わらず、スケルトンは爆炎と共に木っ端微塵に吹き飛んでいたのだ。しかし技を決めた直後に感じた違和感により、変身を解除した麗牙は一つの確信を抱いていた。

 

「兄さん……倒したの……?」

 

「いや、そうじゃない。ただ……」

 

「ただ……?」

 

「あいつ……自壊した」

 

「え……?」

 

 そう、スケルトンはサガの技によるダメージで滅んだのではなく、自らの身体を崩壊させたのだ。駆けつけてきた愛音にそう語る麗牙は腑に落ちない表情を浮かべてスケルトンの残骸を見つめていた。じわじわと塵と化していく残骸は小さくなっていき、やがて完全に消えて無くなってしまった。

 

「アイツの目的は何だったんだ……」

 

 麗牙の心は、ようやく掴みかけた足掛かりが掌から溢れ落ちたことによる悔しさよりも、困惑の方が優っていた。何故スケルトンは戦闘の最中で自分ではなくキバを観察していたのか。彼は一族の秘密を守るために自らの命を投げ出すほどの忠義者であったのか。それでいて何故それに伴う感情らしきものを見せなかったのか。考えれば考えるほどに謎が深まるばかりであり、麗牙の心の内は濃霧に包まれたように曇りきっていた。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 レジェンドルガとの戦闘を終え、僕はアゲハたちと合流すべく愛音と二人並んで歩いていた。そして戦場となっていた林を抜け、暗くなった街路を進もうとした時だった。

 

「げ……」

 

「げ、って愛音また……え?」

 

 誰か顔見知りと出会ったのだろうか。こころちゃんの時と同じように、他人の顔を見るなり嫌そうな顔と声を漏らした愛音を反射的に叱ろうとする。しかしそれよりも先に愛音の視線の先にある人影が目に入り、僕もつい息を呑んでその人物を見つめていた。

 

「紅愛音? それとアンタは……」

 

「っ……(ちゆちゃん!?)」

 

 猫耳のヘッドホンを首にかけた制服姿の小さな女の子──ちゆちゃんが僕らの目の前に立っていた。先に愛音の名を呼んだちゆちゃんは、その隣に立つ見知らぬ女子高生──女装したままの僕を訝しむような目で睨んでいた。

 もしかしてこれマズい……? バレかけてる? いやそんなはずはない。花女の誰にもバレなかったのだ。今更彼女にバレるわけがないっ。

 そうして今日一日の成功体験を糧とし、自分に自信を募らせていく。ちゆちゃん相手にだって黒金麗華だと押し通すことができるはずだと、自分に言い聞かせていた。

 

「(私は黒金麗華、私は黒金麗華、私は黒金麗華……よしっ)……私は──」

 

「何て格好してるのよ……紅麗牙」

 

「──……(全然よしじゃなかった!)」

 

 しかしなんと、彼女は何の戸惑いもなく僕を紅麗牙だと言い切ったのだ。ここまで見事に言い当てられるとは微塵も思わず、僕は口を半開きにして絶句してしまう。

 

「ヴァイオリニストがバンドでボーカルやってるかと思えば、まさか女装までしてるなんて。crazyね」

 

「な、なんで……」

 

「むしろなんでバレないと思ったのよ。分からない奴がいるなら、それはそいつの見る目無さすぎよ」

 

「(ですよねー……)」

 

 今の言葉で彼女は花女のほぼ全校生徒を敵に回したことになるのだが、それに気付くのは誰もいないだろう。僕も言うつもりはないし。

 とは言え、ちゆちゃんに女装していることがバレたというのは、実際のところ嬉しいような悲しいような微妙な心境だ。やっと気付いてくれたというか、よく見ているなというか、何にせよ彼女の優れた観察眼にはついつい感心すらしてしまっていた。

 

 ……まぁ、僕が女装するような人だという認識が彼女の中に生まれてしまったことに関しては間違いなく最悪の事態なんだけど。

 

「他人の趣味にこれ以上どうこう言うつもりはないけど、アンタが何考えてるかさっぱり分からないわ」

 

「いや趣味じゃない──」

 

「兄さん……言わせておけばいい……」

 

 いやそこは言わせてよ愛音……ここは全力で否定させて欲しいんだけど。僕は決して女装趣味は無いってちゆちゃんに叫びたいんだけど。

 そんな僕の祈りも通じないまま、愛音はちゆちゃんに向ける鋭い視線を止めず、こう言い放ったのだ。

 

「兄さんの真意も汲めない小娘に……TETRA-FANGを潰すなんて不可能……」

 

「言うじゃない。紅愛音……」

 

 明らかにちゆちゃんに対して喧嘩を売る愛音。愛音が自分より歳下の少女に向けて敵意を向けるということが意外過ぎて、僕は愛音が放つ言葉に対する反応が遅れてしまっていた。

 

「私たちを倒すなら……そのバンド見せて……そもそもメンバーはいるの?」

 

「……」

 

「何……メンバーもいないのに……あんな大口叩いたの……?」

 

「いるわよ。ドラムと……キーボードだけ……」

 

「それマジ? 態度に比べて規模小さすぎでしょ……?」

 

「(正直に言うんだ……)って、愛音っ。そんなに煽らないの」

 

 愛音の音楽がどんどん攻撃的になっていくのを感じた僕は愛音を止めようとする。まだ乗り始めたばかりのため煽りも優しい方だが、これからヒートアップしていくと僕でも止められそうになくなる。そのためにも僕は早いうちに愛音を鎮火させる必要があった。

 ちゆちゃんもちゆちゃんで律儀に答えるのもどうかと思うけど。

 

「くっ……でも、私の作り上げるバンドは間違いなく最強になるわ。今に見てなさいっ」

 

「悪いけど……ウチのライバル枠はもう埋まってるから」

 

「何よそれ……そうなの? 紅麗牙」

 

「(そこ僕に振るんだ……)まぁ、そうだね。僕はライバルって思ってるよ。彼女たちのことは」

 

 ちゆちゃんに有無を言わせない強い視線を浴びせられ、僕も正直に告げる。愛音のようにライバル枠が埋まったとは言わないが、僕も彼女たちをライバルとして認識しているのは確かだ。友であり、音楽の道を歩む仲間であり、そして共に高みを目指して競い合うライバル。

 

「そのバンドの名は?」

 

 そして僕は、気高く咲き誇る青薔薇たちの名前をちゆちゃんに告げた。

 

「Roseliaだよ」

 

「Roselia?」

 

「あれ? 知らない? 合同でライブもやったんだけど」

 

「日本に来てからあなたがバンドをしていることを知ったのよ。どこの誰と一緒にやったかなんて全部把握できていないわ」

 

「本当に潰す気あるのかなこの子……」

 

 誰にも聴こえないように呟く愛音の小言を叱責するように軽く彼女を小突く。美羽さんの手紙によると、海外で暮らしていたちゆちゃんが日本に来たのは本当にごく最近のことなのだ。その後で僕がバンドをしていることを知ったとして、それですぐRoseliaまで行き当たるのは確かに無理があるだろう。故にRoseliaのことを知らないとしても彼女を攻める余地はない。

 しかし、それはそれとして残念な気持ちがないわけでもなかった。

 

「(勿体ないな……)」

 

 この街に来てあの青薔薇の音楽を知らずにいるという事実。僕たちTETRA-FANGをぶっ潰すと宣告しておきながら、あの力強く咲き誇る気高い音楽を聴いたことがないというのは不幸だと言わざるを得ない。口では何と言おうと、ちゆちゃんが音楽に対して真剣に考えていることは何となく分かる。ならば、彼女は知るべきなのだ。僕たちTETRA-FANGのライバルたりうる彼女たちの音楽を。青薔薇の勇姿を……。

 

「ちゆちゃん」

 

 そして僕はある決心を固め、懐に持っていたそれを彼女に差し出した。

 

「っ、だからチュチュ──って何よこれ……」

 

「近いうちにさ、Roselia主催のライブが開かれるんだ。これはそのチケット。ちゆちゃんにあげるよ」

 

「兄さん……?」

 

「何のつもりよ。紅麗牙」

 

「僕たちのことだけじゃなくて、周りも見てほしいんだ。そしてちゆちゃんは知るべきだよ。Roseliaの音楽を……」

 

 狙いや打算なんてない。僕はただ、ちゆちゃんにRoseliaを知って欲しかっただけだ。僕たちのライバルがどんな音楽を奏でるのか。僕たちのライバルになろうとするのなら、彼女たちの音楽は知るべきだ。そんな思いが重なり、僕は自分の分のチケットを彼女に譲ることを決めたのだ。

 

「気に入らなかったらそれでもいい。でも……少なくとも、僕が尊敬する音楽がここにはある」

 

「……そこまで言うなら、受け取ってあげるわ」

 

「そう言ってくれると思ったよ」

 

 そうして僕からチケットを受け取ったちゆちゃんは、去り際に「アンタの女装のこと、言わないであげる」と言い残し、僕たちの前から姿を消した。嵐のような時間が過ぎ去り、二人取り残された中でふと愛音は眠くなるような声で零した。

 

「あの子にああ言ったけど……私もたまに兄さんの考えが分からなくなる……」

 

「そうかな? 僕の考えはいつだって単純明快だと思うよ」

 

「だといいけど……」

 

 すっかり暗くなった夜道を僕たちは再び歩き出す。これ以上待たせるとまたアゲハにとやかく言われるかも知れないし、早く合流して彩さんや燐子さんを安心させてあげよう。スケルトンのことやちゆちゃんのことなど、考えたいことは沢山あるが、今は僕たちを待つ者たちの元へ行くことを優先しよう。

 

 何はともあれ、これでようやく僕の長い長い一日は終わりを迎えるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば兄さん……レジェンドルガ倒したけど……黒金麗華はまだやる?」

 

「今日でおしまいです!」

 

 そして後日、その宣告通り黒金麗華は花咲川女子学園から転校していった。早すぎる転校で悲しむ者が何人もいた、と言う話は後で燐子さんたちから聞いて複雑な気持ちにはなったが、あのまま過ごせばいつか間違いなくボロを出していたことだろう。むしろバレたのがちゆちゃん一人だけなのが奇跡なくらいだ。

 もう金輪際二度と女装なんてするものかと、母校に戻ってきた安堵に包まれた僕は硬く決意するのだった。

 

 

 因みに僕がいなくなった後の花咲川についてだけど、それについては問題ない。

 

 僕よりも怪しげなく潜り込める人が花女に常駐することになったのだから

 

 いや……赴任といった方がいいのかな……。

 

 

 

 

 

 

「今日から赴任してきた……名護啓介だ。気軽に名護先生と呼びなさい。よろしく」

 

 

 

 

 

 

 その話を聞いて口からコーヒーをぶち撒けながら卒倒した健吾さんがいたとかいなかったとか。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「……」

 

 人も獣も草木も寝静まる月夜。

 

 人気のない山中で音もなく蠢く影があった。

 

 やがて木々の間から溢れる薄い月明かりがその影の正体を照らし出す。

 

「……やはりあれが」

 

 それはサガと戦闘を繰り広げ、粉々に砕け散ったはずのスケルトンであった。

 

 その身体には傷一つ残っておらず、最初から戦闘があった事実自体が存在しないかのような風貌で彼は佇んでいた。

 

「……もう少し待つか」

 

 スケルトンの見上げる先には僅かに光を放ち始めた、三日月には及ばないか細い月が浮かんでいた。

 

 その目的は未だ誰も推し量れず……。


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